最近、思い立って辞書の大部分を棄てました。

残したのは4冊かな。

仕事のために沢山の辞書が必要なんですね。

パリに居た時は、それこそ4つの本棚一杯に種々な種類の辞書(類語辞典、ことわざ辞典、商品事典等)、専門書、そして、日本語とフランス語の百科事典(それぞれ全30巻)。

帰国の時に、かなりの部分を置いてきましたが、それでも20冊くらいは持ってきました。

しかし、今では、インターネットのおかげでありとあらゆる情報を入手することができます。

紙媒体の辞書はもはや必要ではない。

ずいぶん前から、わかってはいたんですが、今回ようやく整理することに。

一つには、一般に辞書は値段が高いために(1万円以上するものはザラですし、ご存じの通り、百科事典なんか10万円以上します)、もったいなくてなかなか決心がつかなかったこともあります。

ううむ、さもしい吝嗇根性。

ところで、辞書、特に百科事典は処分が大変です。

重くて、やたら場所を取る。

ブックオフでは引き取ってくれない、図書館に寄贈を申し出ても断られる。

少しずつ廃棄するしかありません。

今後は、仕事にしても、研究にしても、山ほど本や資料を揃える必要はなくなるのでしょう。

本好きの人が本の重みで家の床が抜けたなんて自慢することもなくなるじゃないかな(古書愛好家を除く)。

では。

テレビを見ていると、いわゆる偉人の人生がよく紹介されます。

そこから教訓を得ようというわけなんでしょう。

また、書店に行けば、偉人の伝記や自伝なんかがそれこそ山のようにあります。

世の中には、偉人や成功者(大して成功していない人もいますが)の生きざまから学びたい人が多いんでしょうね。

しかし、偉人は他人ができないことをしたから偉いのであって、普通の人は真似できないんじゃないかな。

また、大抵の場合、成功は、本で紹介されている秘訣や条件だけではなく、さまざまな要素(簡単に言うと天の時、地の利、人の和)が集まった結果です。

本当の成功の秘訣は、単に運が良かっただけだったりします。

さらに言えば、成功者なんて大抵自己顕示欲の塊みたいな人間ですから、話を盛っていることが多い上に、自分に都合の悪いことにはまず触れません。

負の部分、それこそ人に言えないようなことをしていることも結構あるはずなんですが、きれいごとばかり。

偉人から学ぶべきことなんかあまりないと思った方が良いでしょう。

大体、ノウハウ本ばかり読んでいる人が大成功したなんて話は聞きません。

成功したければ独自の方法論を打ち立てなければいけないということでしょう。

では。

超熟成

もう少し食べ物の話をします。

昨日、じゃがいもを1年間寝かせる話を書きましたが、最近はこの超熟成(といってもパンではありません。普通考えるよりも長い期間の熟成のことです)が注目されているようです。

たとえば、魚なんかなんでもかんでも新鮮なもののほうが良いなんて言っていましたが、実は締めてすぐのものは固すぎることが多いんですね。

種類にもよりますが、1日くらい置いたほうが美味しいそうです。

当然、生け簀なんかで泳いでいた魚をすぐに刺身にしたものなんか問題外。

さらには、熟成鮨といってネタを2〜3週間寝かせる店もあるそうです。

それから肉も元々、1〜2週間ほど寝かせてから販売されていますが、これも40日から60日も熟成させるところが出てきました。

実は、この超熟成と言うのは、フランスでは昔からジビエ(野生の鳥獣の肉)に行われている方法で、特に、雉なんか腐る寸前まで待ちます。

パリの肉屋の店先で良く見る鳥がぶら下がっている図はこれが多いですね。

料理も日進月歩で、新しい調理方法が生まれてきたわけですが、こうしたものは少なくとも最初のうちは高いことが多いので、なかなか一般庶民の手に届かなかったりします。

私も熟成させたジビエは食べたことがありますが、熟成させたジャガイモ、魚、肉は食べたことがありません。

早く大衆的にならないかなあ。

では。

テレビを見ていたら農家の人たちがいろいろな野菜の美味しい食べ方を紹介していました。

これがなかなかおもしろい。

大抵、そのまま丸ごと焼くのが一番だと言うんです。

ピーマンも切らずにそのまま焼く。

これはある意味では料理に対するアンチテーゼですよね。

そのままの方が手をかけるよりも美味しい。

数種類の野菜を煮たり、炒めるのは素材の味を殺しているだけなのか。

新鮮でなくなった野菜の処理法と考えるべきか。

ものによっては、反対に、完熟させたり、寝かしたものの方が美味しいと言うのも興味深かったですね。

ピーマンは完熟させると緑色から赤色になり(パプリカではありませんよ)、ずっと甘みが増すそうです。

じゃがいもなんか1年も寝かした方が断然美味しいとのこと。

ただ、流通上の問題で一般消費者にはなかなか手が届かないようですが。

そう言えば、農家の友人が「一番美味い米は自分たちで食べるから、一般の人は本当の米の味を知らないんだ」と言っていたことを思い出します。

なんか腹が立つなあ。

では。

基本的に人は自分に釣り合った相手を選ぶと言われています。

不釣り合いだと思う相手とではたとえ付き合ったとしても段々と居心地が悪くなり、長く続かないことが多いようです。

もちろん、これは外見のことだけを言っているわけではありません。

今日も日本語に関わる話をしたいと思います。

テレビなんかで誤用の例としてしょっちゅう取り上げられる「汚名挽回」ですが、これには異論があります。

「挽回」には「元に戻す」という意味があるため、「汚名の状態を元に戻す」と解釈できるんですね。

つまり意味としては「汚名返上」と同様に使うことが可能で、「疲労回復」の使い方をイメージするとわかりやすいでしょう。

以前は「汚名挽回」も普通に使われていましたが、1976年頃から誤用説が広まったとのことで、最新の三省堂国語辞典(七版)には「誤用ではない」とはっきり書かれているそうです。

今、思い出したので、ついでに書いておくと、「情けは人のためならず」という諺をご存じだと思います。

その意味を「情けをかけることは、結局はその人のためにならない」だと思っている人が多いので、これもよくクイズに出題されます。

もちろん、「情けは人のためではなく、いずれは巡って自分に返ってくる」というのが本当の意味です。

しかし、ある心理学者によると別の考え方もあるそうです。

たとえば、電車で老人に席を譲るとします。

するとその人はそんな良い人である自分に満足感を覚えるんですね。

そして、自己肯定感を高め自分を好きになる。

後は好循環で、もっと自分を好きになるために、さらに人に親切にするようになります。

これは非常に重要な人生を幸せに過ごす秘訣だと思います。

人に親切にすると損をすると思っている人は、大抵、幸せそうには見えません。

大きなお世話かもしれませんが、考え方を変えてみたらどうでしょう。

今、思い出したのでついでに書いておくと、

では。