いつものようにシャワーを浴びて、パンツ(正確にはブリーフ)1枚で1分間ほどトレーニングらしきことをし、その後しばらくボケーッとしている。もちろん、パンツ1枚だ。
そう、そのボケーッとしている時に、私は無意識にやってしまう特技がある。笑うなかれ。私の頤のヒゲ抜きである。毎日、行なうのだ。別に、ヒゲを失くしたいからではない。まぁ、しいて云えばストレスの解消。実際にやってみれば解るが、頤のヒゲ抜きはなかなかに難しい。テクニックがいるのだ。何日かヒゲを剃らずにいて、その上で抜くなら、そう難しいことではない。私の場合、毎日である。だから難しい。もちろん、毛抜きで抜く。指先の器用さが求められる。手鏡を見ながらの真剣勝負だ。1本抜くのに、30秒以上掛かることもある。でも、負けない―ヒゲ抜き世界一になるのだ。
ヒゲと云うものが、どれくらい頤の中にめり込んでいるか、あなたは知っているだろうか。何と4ミリから5ミリも、めり込んでいるのだ。したがって、敵も然る者、そう簡単には抜けてくれない。気合を込めないと、ヒゲは抜けないのだ。もちろん、多少痛みはある。私の場合、慣れてしまったので、チクリ程度の痛みしか感じない。
いつから、これを始めるようになったか、正確な記憶はない。まぁ、そんなことはどうでも良い。
私は、今朝ちょっと早く起きすぎたので、実はもう眠い。何時に起きたかは、後生だから聞かないで頂きたい。
とにかく、そう云う訳で、私はノー天気にパンツ1枚でヒゲ抜きをしていたのだ。何かしら、物音が朝から響いていた。何かの工事なのか、もしかしたら隣りの住人なのか、うるさいとは感じたが、別に放って置いた。午前中の朝日が、眩しいほどにベランダを照らしていた。そのリビングのソファーにどっかりと座って、パンツ1枚で手鏡片手にヒゲ抜き作業にいそしんでいた。
工事の音は、益々うるさくなった。すぐ、隣りの部屋の内装でも変えるのかな。何気なく、ベランダを通して外を見た私の目に飛び込んできたのは、人間の顔であった。ギョッとした。眼が合った。ヤバイッと思ったが、後の祭りだった。何しろ裸なのだ。
ヒゲ抜きをしていたのだ。ヘルメット作業員の視線は、間違いなく私の行動を見ていた。一瞬とはいえ、眼が合ってしまった。
そうか。そう云えば、マンションのストーブをガスから灯油に切り替える作業をすると、入っていた紙には書いてあったが、いつからか確認しなかった。それに、ベランダの外に梯子を掛けて、8階まで登ってくるなんて、どこにも書いてなかったじゃないか。どうせ外からは見えないと、勝手に思っていた私も悪いが、ベランダの外から工事するなら、すると、そして内部見えちゃいますよ…お気をつけて…くらいの予告はして置いて貰わないと…何しろ、変な住人ですので…。ここで殺人事件が起きたら、どうするんですか。「作業員は見ていた」に、なっちゃうじゃないですか。男同士で、変ですし、恥ずかしいじゃないですか。そんな推理ドラマ、見たくもないですよ。せめて、パンツだけでも、もう少し見せても良いようなものを穿いて置けば良かったのだろうか。