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プロの占い師が集う[占いブログ]

自分自身への予見

2005-12-11

今朝から4日間ほど旅行に出るため、その分、急いで占い原稿を仕上げなければならなかった。結果的に、何人かのお客さんは断ってしまった。もともと多くないお客さんを断るのは、自ら収入源を絶っているようなものだが、旅行の方を優先してしまう。私は会社勤めの時代から、仕事よりも私生活優先で生きてきている。先日もイベント屋さんから「私達は皆が休んでいるとき、働く因果な商売ですよね」と云われたが、黙っていた。反論すると厄介だし、かと云って同調するようなことはしてきた覚えがない。
「それで、1月1日なんですけど…」ファッションビルでの元旦占い鑑定会への出席依頼だった。先日も、別なところから来た正月三が日のイベントを断ったばかりだった。以前、元旦からのイベントに出席して、その一年散々だった思い出がある。前年オープンしたばかりのデパートでのイベントだったが、北海太鼓がうるさくて、占う側も占われる側も、何を云っているのか聞こえないのだ。あれでは占いにならない。しかも、1月2日は腹痛になってしまい、結局3日目はキャンセルせざるを得なかった。もともと乗り気でなかったイベント出演だっただけに、気持が乗らないで出演するのは止めようと決めたものだ。昨年も、あまり気乗りしないまま、12月末に地方のイベントに出演した。そうしたら車の事故に遭い、瞼が腫れあがって、お岩さんのような状態のまま占わなければならなかった。どうも、私は年末年始は、サラリーマンのように休んでいるのが良いようなのだ。
「一年の計は元旦にあり」という言葉があるが、云いえて妙とでも云うか、本当にその通りだと思う。元旦とは必ずしも限らないが、年末年始の状況は、そのまま新しい年を予見させる。だから、年末年始に変な仕事を入れると、その年はろくな事がない。これはもしかしたら、私の勝手な思い込みなのかもしれないが、現実にこれまでそうなのだから、妙なイベントの仕事は入れたくないのだ。
大体、正月になると、どう云うものか私は幼年時代を思い出す。故郷が懐かしくなり、少年の頃の気持や映像が、一気にあふれ出してくる。連れ戻されてでもいくように、現実の生活や前向きな気持ちが失われてしまうようなところがあるのだ。以前、この時期に詩の雑誌に投稿して、巻頭を飾ったことがある。北海道の真冬の情景と男女間の情景とを重ね合わせたその詩は、美しいイラストが加えられたせいもあって、我ながら感動的な詩になって巻頭を飾っていた。
このブログにも、詩を書こうか、という気になることがないでもない。ただ、あまりにも長い間、詩と云うものからも、詞と云うものからも、遠ざかっている私は、その第一歩を踏み出せないでいる。

Posted by 0075 04:30:47 │Comments(0)TrackBack(0)

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