昨日書いた、平和のことに関連して。

皆様は、引き寄せの法則 というのをきいたことがあると思います。

自分が引き寄せたいものを明確にして、それがすでに実現しているかのようにイメージする... というあれです。

(ご存知ない方のために一応参考として

引き寄せの法則の本質とやり方はこの1記事で完ペキ! で検索してみてください。ちなみに、私とは無関係のところです)

引き寄せが成功する人というのは、本当にそのことを手に入れると信じ込めた人なのです。

それが手に入って当然、というくらいに、信念にできた人は引き寄せを成功させます。

でも、私たちは 引き寄せの法則 なんて知らなくても、そもそも今までずっと自分の現実を引き寄せていたのです。

多くは自分に都合の悪い現実を、そうとは知らずに、自分の潜在意識が引き寄せていたのです。

要は、引き寄せを 意識的にやっているか、 無意識にやっているか、の違いです。

自分が引き寄せている現実を変えられる人 というのは、自分の現実に100パーセント責任を持っている人です。

占いでこの先どうなりますか? ときかれても、その人はその人が信じている程度の、未来を作っているだけです。

その人が信じていることと関係なく、未来が作られるわけではないのです。

まあ、カルマとか、そういうこともありますが、それは今はおいておきます。

一番の要は、

自分は何を信じているのか? ということです。

それを私たちは実現させていくからです。

無自覚に。無意識に。

私が占いで未来をみるより、自分の信念を調べた方がいいのでは... と思うのは、こういうことからきています。

信念というのは、パソコンでいうと、プログラムにあたります。

現実を変えるには、プログラムを変えていく必要があるのです。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、原爆の日ですね。

朝、黙祷の放送が役場の方から流れていました。

この日に平和を願う人は多いと思いますが、

では、どうしたら平和になると思われますか?

もちろん、現実的に手を打てることもたくさんあると思います。

変えられることも、たくさんあると思います。

でもそれって、現実的には、国のトップの人しか出来ないのでは...という気もしますよね。

では、一般市民の私たちが出来ることって、何があるのでしょう?

たまたま今読んでいる本に、興味深いことが書いてありました。

ある戦争の最中に実験が行なわれたそうです。

ある集団の人々を訓練し、頭の中でただ平和について考えたり、平和のために祈ったりするのではなく

平和がすでに自分の中に存在していると信じ、全身で平和を「感じる」ように仕向けたそうです。

この実験にかかわった人たちは、そうした感情を得るため、ある瞑想法を用いたそうです。

これらの人々が戦時下の荒廃した地域で瞑想した、彼等が平和を感じていた時間帯、テロリストの活動がやみ、

犯罪率が低下し、緊急救命室を訪れる人の数が減り、交通事故が減ったということです。

その結果、人口100万人の都市では、およそ100人。60億の世界では、8000人の人がそのようにすることで

影響を与えられる、という計算が出たそうです。

かなり少ない人数ですね!

もちろん、この数が多ければ、もっと影響があるということは想像できます。

それにしても、内面の状態が、外の世界に影響を与えるということが、本当にあるのでしょうか?

ですがこれは、私にはとても納得がいくことで、

普段でも、自分の内面の状態が、現実に反映されてるなあ... と実感することはよくあります。

起こったことをみて、自分の内面に原因を探すこともあります。

自分の心の中で争いがあるときは、現実もそのようになります。

何かを批判していて、嫌だなあ...と思っていると、逆にそのような人を引き寄せます。

ですから、

心の中が静かになってくると、日常もずいぶん穏やかになってくるのです。

このテーマに関しては、詳しい説明を後日したいと思います。

ともあれ、みんなが幸せに、健やかに暮らせますように。

今日一日、平和に過ごせたことを、感謝いたします。

皆様、こんにちは。

お久しぶりです。

なんと、もう梅雨に入ってしまったそうです。

季節の移り変わりは、気がつくとやってきていますね。

ところで、今日は、自分を愛することについてと、失恋の後の苦しみについて、

たまたま読んでいた本の中で、わかりやすい例をみつけたので、ここに残しておきます。

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あなたはなぜ、失恋の苦しみに関する章で、自分に対する愛について話す必要があるのか、疑問に思うかもしれません。

悲しみや寂しさは失恋につきものですが、相手に去られてできた寂しさよりも、もっとひどい底なしの空虚感を感じることがあります。

この痛みはしばしば、失恋の悲しみよりもひどい苦しみの原因になります。実は、この圧倒的な空虚感は相手が去ったからではなく、

自分に対する愛の不足から来ているのです。

大きなタンクがあると想像してください。

あなたのタンクが空っぽな時に、誰かがやってきてそれを愛情と優しさで充たしてくれると、

あなたは自分の人生にすばらしい愛があふれ込むのを感じます。

それでもまだ、あなたはもっと多くの愛を求めます。あなたのタンクは相手との関係の高まりや衰えによって、

劇的に水位が上昇したり、下降したりするからです。

そして、その人が去ってしまうと、あなたには何も残りません。そしてこうした虚無感は腸がちぎられるような痛みを伴います。

しかしもし、あなたが自分自身の愛の貯水池を持っていたらどうでしょうか?

もし誰かがそれにもっと追加しに来たらどうでしょう?

あなたの人間関係はどう違うでしょうか?

悲しみはあなたの貯水池の状況がどんな様子かを知るための計量器なのです。

「それでも、あなたを愛しなさい」ルイーズ•ヘイ フォレスト出版より

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失恋の後、どうしようもなく、悲しんでしまう人がいます。

おそらく、その人は、相手が自分の愛のタンクを充たしてくれないと、誰も充たせないと思っているのかもしれません。

自分のタンクは空っぽで、乾ききっていて、焼き付いてしまっているのかもしれません。

それで、なんとか相手をコントロールしてでも、自分の愛のタンクを充たそうとするのでしょうが...

ただし...愛は自発的なものです。

恋人がいようが、結婚していようが、独身だろうが、

変わらず必要なのは、自分の愛のタンクを「自分で」充たすことです。

自分を充たすことが出来なければ、相手から愛をもらおう、もらおうとすることしか出来ません。

それでは、終ることのない渇望にいつまでも苦しむ、ということになります。

少し、考え方を変えて、

誰かが現れて、自分の愛のタンクを充たしてくれるはずだ、という思いこみから抜けてみては

いかがでしょうか。

自分をきちんと愛しているとき、あなたはきっと、

パートナーとの関係を続けるかどうかも、自由に選べるようになるでしょう。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

みなさんは、我慢していることってありますか?

恐らくどんな人にもあるのではないでしょうか。

ところで我慢することって、いいことでしょうか...?

日本に多い、我慢は美徳、という思いこみがあると

真面目ないい人ほど、しなくてもいい我慢を続ける傾向があります。

頑張っている自分はエラいと思っているかもしれません。

我慢の怖いところは、そのうちに麻痺してくることです。

我慢することが普通になってしまうことがあります。

そのうち、ここまで(たくさん)我慢したのだから、結果を出さないともったいないと

我慢をやめられなくなる方もいます。

自分がかけたエネルギーを、徒労にしたくなくなります。

でも、しなくていい我慢は、早めにギブアップした方がいいこともあります。

自分が我慢していることで、まわりの人も我慢させていることもあります。

嫌なことは嫌と、きちんと言えることは普通に大切です。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日はまた、思いこみについて、書きます。

私たちは、意識せずにたくさんの思いこみを持っています。

思いこみの扱いにくいところは、自分では気がつかずに、自分をせまい世界に閉じ込めてしまうことがあるということです。

「あの人がいないと生きていけない」

「あの人がいないと幸せになれない」

こういう思いこみがあると、自分ではとても相手を愛しているような気がしてしまっており、

相手を失ったとき、かなりの悲嘆や絶望を感じることになります。

でも、あえてばっさり言ってしまえば、これらは「思いこみ」 でしかありません。

この思いがエスカレートすると、相手の自由や幸せなどどうでもよい、、

相手は自分が生きるための糧でしかない、、という

扱いになってくることがあります。

自分ではすごく愛しているつもり、、なのですが、自分が生き残るために、ただ必死になっているだけです。

私も、今世でそういう思いに陥ったことがあります。そういう感情的になっているときは、自分のことを冷静にみることは

まず不可能です。思いこみから来た感情と自分が一体化してしまうからです。

「ひとりでは生きていけない」という思いこみがあるときに、別れを告げられたら、

それはまるで死ねと言われているように感じられるかもしれません。

無理に引き剥がされるような痛みを感じるでしょう。

たしかに無理があります。

こういうとき、自分が信じている世界の前提を疑ってみるということが、現状を打開する可能性をひろげます。

「私はひとりでは生きていけない」「あの人がいないと生きていけない」 → 本当にそうですか?

それは思いこみであって、そう信じている間は、確かにひとりで生きていけない気がするでしょう。

でも、その思いこみをやめたら、どうなりますか? 別の思いこみを持ったら、どうですか?

 たとえは 「私はひとりでも生きていける」という思いこみを持っている人の場合、

たとえ恋人に別れを告げられても、ダメージはどうでしょうか?

相手にしがみつく度合いはどうでしょうか?

人は自分が信じているように、世界を体験します。

でも、その「信じていること」は変えることも、やめることもできるのです。

それに気付いているのと、気付いていないのでは、だいぶ変わってきます。

「私にはこれしかない!」 と信じている世界では、本当にそれしかありません。

選択がない世界です。それを失ったら、本当にアウトです。この世の終わりです。

「私にはこれとあれがある」と信じている世界ではどうでしょう。

これがだめなら、あれがある。 になりますね。この世の終わりにはなりません。

だいぶラクになりましたね。

「私にはいろんな可能性がある」と信じている世界ではどうでしょう。

あれも、これも、これも、、だめでも、もっと他に可能性があるかもしれない。

になります。

この人でないとだめ、この人がいないと生きていけない、という思いこみを持つことが

どんなに狭い世界に自分を閉じ込めるか、想像がつきますでしょうか。

そして、人はなぜか

他に道がない、絶望感を、自分がこんなにも相手を愛している という勘違いにすりかえることがあります。

人は、本質的に誰かを愛したいという性質があります。

そうすると、その人しか愛せない、ということは、その人を失ったら愛の体験全体を失うことになります。

人の本質は愛ですので、本質に反することは人にとって本当につらいのです。

ただ、それは勘違いした絶望です。

もしほんとうに愛であれば、相手が離れても、相手の自由や幸せを尊重しながら配慮して愛することはできます。

愛することは、自分の思い通りに相手を操ることではありません。それは愛ではなくコントロールです。

相手を自分の栄養分のように、利用し頼ることでもありません。それは愛ではなく、依存です。

また、愛する対象は、自分を含めて無限に存在しています。

相手がいないと生きていけない=私はこんなにも相手を愛している  ではありません。

そういう思いこみを持っているというだけです。

ぜひ、自分がどんな思いこみをもっているのか調べて、

その思いこみを一度疑ってみてください。

思ってもいない、新しい道がひらけるかもしれません。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、裁きについて、書きます。

違う言い方をすると、批判、になります。

大変恥ずかしながら、バイロン•ケイティのワークを自分でするようになってから、自分がいかにいろんな人を裁いていたかということに思いいたりました。もう、出てくる出てくる。。

このブログの中でも、実はひそかに批判の気持ちで書いたものがたくさんあります。。もう消してしまいたい気持ちでいっぱいですが、自戒のため、残しておきます。

裁き、批判が消えると、その人のことを本当に慈愛をもって考えることが出来るようになります。

批判の質が悪いのは、あたかも自分が正しく相手が間違っているかのように装いながら、ひそかに自分を上の立場におきながら、相手を攻撃してしまうことです。

怒りや許せないという気持ちはわかりやすい感情ですが、批判は正論という盾の陰に隠れた、巧妙な手段です。

愛をもって批判している、という場合ももちろんあるでしょう。

ただし、批判されて素直に反省するような、批判を信頼して自分に当てはまるか照合する、そんな勇気のある人はあまりいないのではないでしょうか。

おそらく出てくるのは、否定、反感、言い訳、傷付いたという気持ち、、

そして、「あなたは○○すべきである、またはすべきでない」という決めつけは、何より自分の心と体を縛り付けます。

裁きが消えたとき、体の感覚がまったく違うことに気付きます。

平和な、楽な感覚。そして、ありのままの相手への愛を感じることができます。

裁くということが、自分のことも苦しめていたことに気付くことができます。

同じ状況であっても、批判する気持ちが消えた後は、問題に愛をもってアプローチすることが出来るようになるでしょう。

あるいは、相手を変えようとする気持ちを手放し、見守ることが出来るようになるかもしれません。

裁きがないことの平和な感覚を感じたい方は、どうぞケイティのワークをお試しください。

あと、もうひとつ。

どうも、今までの経験や鑑定からわかったことですが、

人は、批判しているもの、相手を人生の中でどうしても引き寄せてしまうようです。

それでは、苦しいですよね。

批判を手放して、早く楽になってしまいましょう。

本日もお読みくださいまして、ありがとうございました。

それでは、前の記事に引き続き、ゆるすための具体的なワークです。

「鏡の法則 +幸せを引き寄せる18のメッセージ」 総合法令出版 より

ゆるすための8つのステップ を紹介します。

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ステップ1

"ゆるせない人"をリストアップします

A 「この人をゆるすことができたら楽になる」

 「この人と心の底から和解したい」と思える人を紙に書き出します

B リストアップの中の誰に対して「ゆるすための8つのステップ」を行なうかを「ひとり」決めます

ステップ2

自分の感情を吐き出します

A 紙を何枚か用意し、その人に対する自分の感情を書き出します

B その紙を細かく破いて、ゴミ箱に捨てます

ステップ3

行為の動機を探る

A 「ゆるせない」と思った「相手の行為」を紙に書き出します

B 相手がその行為をした「動機」を想像して書き出します

C 相手の行為を「未熟さや不器用さや弱さ」として「理解」します

D 動機に意識を向け、

 「私がそうであるように、○○さんも喜びを味わいたかったんだ」

 「私がそうであるように、○○さんも苦痛を避けたかったんだ」と宣言します。

ステップ4

感謝できることを書き出す

相手に対して「感謝できること」を書き出せるだけ書き出す

ステップ5

言葉の力を使う

A 「私は、私自身の自由とやすらぎと幸せのために、○○さんをゆるします」と一回宣言します。

B「○○さん、ありがとうございます」という言葉を繰り返し唱えます。

ステップ6

誤りたいことを書き出す

相手に対して謝りたいことを書き出します

ステップ7

学んだことを書き出します

その人との関係を通じて何を学んだかを書き出します

ステップ8

「ゆるしました」と宣言します

「私は、○○さんをゆるしました」と宣言します。

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いかがでしょうか。

もちろんこれは、ゆるすことを最初に「選択」することが前提です。

その選択は、誰でもない、ご自分で行なうしかありません。

ゆるす方が楽になるとわかっていても、どうしてもゆるせない、、ということもあるでしょう。

そういうときは、「ゆるせない、そんな自分をゆるす」

そこからはじめてみてください。

いつか ゆるしたい と 思う日が来るかもしれません。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

もう3月です!みなさま、いかがお過ごしでしょうか。

心の中も、春に近づいていますでしょうか。

以前紹介した、バイロン•ケイティのワーク、やってみた方いますか?

これをやっていると、だんだん問題がなくなってしまい、ヒマになってしまいます(笑

たとえば、ゆるせない思いを持っている人は、「そもそもゆるすもゆるさないもない」し、

苦しみは全部自分でつくっていたこと、もうやめよ〜

という境地にまでワープ?させるものですが、

もしかして、感情にとらわれている方、特にゆるせない、という思いを持ち続けている方にとっては

ゆるせない → ゆるす という移行の方が、想像しやすいことかもしれません。

本日、たまたまテレビでアナ雪が放映されていたのですが、氷がとけることから関連して思うことがあったので

書いておきます。

みなさまは、この世でゆるせない、と思っている相手がいますでしょうか?

ゆるせないことに関しては、心が氷に閉ざされ、こわばり、苦しみにとらわれてしまうのではないでしょうか。

心だけ、冷たく凍りついてしまっているかのように、、

ゆるせないことがあるということは、自分で思うより人生全体に影響し、心の自由からも遠ざかることになります。

過去にも書いたことがあるのですが、ゆるすこと は実は誰にでも出来るヒーリングです。

ゆるされることも、素敵なことです。

それは、まさしく氷の世界がとけていくような奇跡をもたらすことがあります。

アナ雪は、愛は氷をとかす、、というストーリーですが、

ゆるさないうちは、もちろん愛することは出来ないからです。

今日は、有名な「鏡の法則」のコミック版にとてもよい文章がありましたので紹介します。

「鏡の法則 +幸せを引き寄せる18のメッセージ」 総合法令出版 よりの抜粋

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「過去から解放されるための「ゆるし」のステップ 

   

「ゆるす」とは「やすらぎ」を選択すること

「ゆるせない」という状態は、過去の出来事に執着して、誰かを責めている心の状態です。

「ゆるせない」と誰かを責めている時、私たちはやすらぎを感じることができません。

ここで私たちは、「ゆるす」か「ゆるさない」かの選択することができます。

中略

ゆるすことで、私たちの体も心もゆるんで、リラックスできます。

そして、過去の呪縛から解放されて、やすらぎと精神的な自由を手に入れることができるのです。

中略

ゆるすとは、過去の出来事へのとらわれを手放し、相手を責めるのをやめ、今この瞬間のやすらぎを選択することです。

ゆるすのは、他の誰でもない、あなた自身のためにゆるすのです。

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とはいえ、どうしたらゆるすことができるかわからない、という方も多いのではないかと思います。

そのために、次の記事で具体的にゆるすためのステップを紹介します。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は「コリ」をほぐす、ということです。

心と体はつながっているな〜 とつくづく感じることが多いのですが、

だいたい、自由に生きられている人って、体のよけいな力が抜けていると思いませんか?

イメージとしては、南国でアロハをきてリラックスしているような感じ?(笑

反対に、

コリがあったり、体が緊張していると、よけいなストレスや老廃物も流れることなく、体に留まってしまうのだそうです。

そうすると、とても切れやすくもなります。

よく融通が効かない人などを「あの人は頭がガチガチだ」という言い方をすることがありますが、

比喩でなく、思考が凝り固まっていると、頭も(物理的にも)凝っているのです。

ほぐす

ゆるめる

ゆさぶる

というのは、体だけでなくて、思考にも必要なんです。

自由に動ける余地を作る、新しいスペースを作る。

凝り固まってしまうと、苦しくても、そこから抜けることが出来ないんですね。

あんまりメンタルのことはわからない、という人は、

体からアプローチする、ほぐすというのもひとつの手です。

また、前の記事に書いた、ケイティのワークなどは、固まっている思考をかなりほぐしてくれます。

もうすぐ、3月、春ですね。

頭も体もやわらかく、健やかに

のびやかに♪

過ごしませんか。

こんにちは。

いつもありがとうございます。

今日は、本の紹介です。

『新しい自分に目覚める4つの質問』バイロン•ケイティ 著   ダイヤモンド社

これは、驚くべき智慧の本です。

ケイティの日本語HP

http://thework.com/sites/thework/nihongo/thework.asp

よく、苦しみを作っているのは自分だ、といいます。

もう少し言うと、人には信念、価値観、思いこみ等があり、それに現実が反したときにストレスや苦しみを感じます。

なんらかの負の感情が発生しているとき、その背後には、必ず「〜すべき」などという考えがあるということです。

あるいは、特定の決めつけ、解釈があります。

そもそも、自分が何を信じているのか、ということを、普段私たちはあまり自覚していません。

あまりにも自分の中では当たり前になってみて、それを吟味するということがないからです。

仮に、夫に「妻はもっと自分に優しくすべきだ」という考えがあり、実際の妻は優しくないとします。

ここで夫がその考えに執着している限りは、苦しいです。妻を裁いてしまいます。

その考えがなかったら、苦しくないわけです。

そして、その考えが自分の思いこみ、決めつけでしかなかったと気付いたときから

その夫は、苦しみから解放されます。

え? そういう解決のされ方? とびっくりしますか?

確かにこのやり方ですと、心が自由になります。

妻を裁いていなければ、ありのままの妻を愛することが出来るかもしれません。

その方が、結局関係がよくなる可能性もあります。

また、実のところ優しくないのは、夫の方だった、、ことに気付けるかもしれません。

この本では、ストレスになっている自分の考え(思いこみ、信念)などに対して 質問をします。

1それは本当でしょうか(はい、いいえ)

2その考えが本当であると、絶対言い切れますか?(はい、いいえ)

3そう考えるとき(その考えを信じるとき)あなたはどのように反応しますか?

4その考えがなければ、あなたはどうなりますか?

この本では、相手を変えようとすることはしません。状況と戦うこともありません。

あくまで、心の自由を得るための方法です。

おそらく、恒久的な心の平和も、得ることができます。

苦しみを生み出していた自分について、かなりの気づきを喚起されます。

ワークのやり方 

http://thework.com/sites/thework/downloads/little_book/Japanese_LB.pdf

私も、この本を読んでワークを実践してみて、まだたくさん思いこみがあることに気付きました^^:

信念に価値をおいている限り、心はいつまでも自由にならない、ということに気付くことができます。

読んでいて、えっ それも「信念」?

「普通」(当たり前)のことだと思っていた。。ということがたくさんありました。

自分の目には様々なフィルターがかかっていることに気付くことができます。

それが苦しみを作り出しているのですが。

まさに、目からうろこが落ちる、、本と言えます。