聖書は解釈がいるというけれど、(解釈は遠藤周作氏の本で間に合うと思います。)
私は原文のままで呼んでいます。旧新約の場合は原今度トライするつもりです。
新約聖書は本当にいいことが書いてあるし、現代にも役に立つようなことが書いてあるので抜粋します。
(私の解釈です)
隣の隣人と仲良くせよ、喧嘩したら裁判所までには和解せよ。
右のほほを打たれたら左のほほを打たれよ。(これは負けるが勝ちと判断しています)
良い実には良い実がなり、悪い実には悪い実がなる。(これは仲間のことを解釈していると思う、悪い仲間には悪い仲間、いい仲間に仲間)
良いほどこしをするときは人の見てないところですべし(人に自分がいいことをしたとひれ回るな)
悪い預言者に気をつけよ、(これはオーム真理教や、悪い宗教団体をさすと思う)
人々はしるしを欲しがる。(最初は癒されたと思って感謝をするけれど、今度は霊能者などに もっと こんなことできないのか???とか、一般の人にも対して過度な期待を持ちすぎることがあると思うのだが。。。これをさしていると思う、)
怒りは父に任せなさい(自分で復讐してはならない。自然の摂理ののっとってその悪い人は淘汰される、または裁かれる)
愛は見返りを求めない・・
徴税人とも仲良くする。(昔徴税人は嫌われていたがイエスはどんな人とも仲良くしていたと言うこと。差別なく付き合えと言うこと。娼婦にも施しをした。)
私の鑑定の傍らには必ず聖書がある。わたしは子供の頃日曜学校に通っていてそのことが身についてしまったが、洗礼も受けていないし、教会にも通ってない。。聖書には祈りのことを書いてあるが、決して仲間同士で集まれとも書いていない、祈りは必ず父(神)に届くと書いてあるので私はそれを信じる。
キリストは自分がいかに最悪の状態に陥っても人々を許して、そして可哀想だと思った。
彼を裏切った12人の弟子も、イエスが復活して しるし をみて 改心して巡礼の旅に出て ほとんどが殉教をした。
聖書は人間物語だと私は思っている、だから手放せない。
教会にあるサウロの改心の絵も聖書の物語のひとつ。
私は、心の糧はマルコの福音書、キリストの物語についてはルカの福音書がわかりやすいと思う。
間違った解釈もあるかもしれませんが、これが私なりの解釈です。専門家の方の意見も有るかも知れませんが、ご容赦くださいませ