文明人の強欲心豊かな原住民。テレビで放映された番組です。
その番組中ジャングルで裸の生活している人達の生活が映し
出されていました。
私達文明人から見ると何もない貧しい生活に見えます、
しかしその原住民の人達は物欲しそうな顔はしていませ
んそして何も隠そうとしていませんありのままの生活を
テレビに映されていました。
男性の仕事はジャングルに食料となる動物や魚などを
とり女性は子供を育てたり少しばかりの畑らしい土地に
タロイモなどを収穫に行って家族の食べる料理をしてい
ました。
そして男性達はジャングルに狩猟にいって動物を捕るの
ですがまず文明人の持つような水も弁当もなしで出発す
るのです。
のどが渇いたらジャングルの中に生えている水を溜める
事の出来木の枝を探してその枝を切ると水が沢山しみ
出てくるのでその乾いたノドを潤すのです。
そして狩りの途中は獲物が捕れるまで食べる事が出来
ないのです。
何日かジャングルの中の獲物を探して歩き回ります。
獲物が捕れたらその獲物の動物を持って部落に
帰るのです。
そしてその獲物を部落のみんなに平等に分け与えるのです
獲物を捕った人が沢山もらうのでなく見事に平等に分けるの
ですその顔には不平不満の顔は見えませんみんな穏やかに
うれしそうにしています。
最も注目すべきはなその人達の共通の信仰心があります。
ジャングルには精霊がいてその精霊に対しては何時も感謝と
敬意を払わなくてはならないのです。
その心は日本の山に暮らす猟師や海で暮らす漁師も全く同じ
信仰心があります。ですから山も海も漁に出るときは必ず自分
の信仰する山の神海の神に手を合わせます。
只し文明人と原住民の人達の大きな違いは自分たちの
生活に必要最小限度の獲物しか絶対に取りません。
自分たちの欲に任せて獲物を捕る事は精霊の怒りを買う事に
なるのですつまり自分たちの生活しているジャングルに動物が
いなくなる、そしたらその結果自分たちの生活が出来なくなり餓死
して死ぬしかない事を承知しているのです。
原住民は自分たちがジャングルの獲物を独り占めして好き勝手に
取る事ができるとは考えないのです。
仏陀の悟りの心と共通する考え方を原住民の人達は遙か昔から
自覚しています。
ジャングルで生活している時の心はジャングルに自分たちは
生かされているのだワガママは許されない今必要な分しか
取る事は出来ない明日のために少しでもよけいに獲物を捕っ
ておこうと言う心はジャングルの神である精霊の怒りを買う
事を百も承知なのです。
では文明人である私達の生活や心はどうでしょうか。
私達文明人に取って最も大切なモノはお金やものですがその
モノやお金に対して少しでも多く手にはいるようにあらゆる知恵
を使い手に入れようとしています。
町を歩けば有りとあらゆるモノが有りますそしてあふれかえって
いますそしてその品物を手に入れようと一生懸命働いています。
品物を手に入れる事の出来るお金を稼ぐためです。
その結果、いま私達文明社会は行き詰る寸前です。
文明国が欲の世界におぼれて窒息しようとしていますそして
世界中の欲が形になったお金という力に人類が恐怖におのの
いてそのお金の為にさらなる借金というお金を注ぎ込んで世界
中の国が借金でおぼれて溺死しようとしています。
つまり国が借金で崩壊する事は国が国民の生活を守れなくなる
のです。
モノの流通が止まり個人生活の総てが自給自足しなければな
らなくなるのです。
しかし、今日までモノの豊かさお金持ちへの評価があまりにも
注目されすぎて分け合う心許し合う心そして周りの協力がある
から自分が幸せに暮らせるのだという謙虚な心を文明人はい
つの間にかどこかに置き忘れてきたと言うより最も大切な心を
捨ててしまっているのです。
このモノやお金が総てという考え方を改めて欲を放棄しない限り
今の苦しみからは救われる事は無いのです。
自分の心の欲を改める事が自分の愛している人を救う事になり
自分を生かす事になります。
そして、世の中が変わる原動力になり、今抱えている環境破壊
を止め、地球温暖化を止める唯一の方法です。が果たして命を
削ってまで自分の欲望を抑える事が出来るでしょうか。
ノアの箱船の話は皆さん一度は聞いて知っていると思いますその
洪水が今始まろうとしています。借金、地球温暖化、洪水、地震、
食糧不足、戦争テロ等々、昔話のノアの箱船の中に出てくる話は
洪水だけでした、しかし現代のノアの洪水は幾重にもこの人類に襲
いかかっています。
気が遠くなるような考えればあまりにも打つ手が難しすぎます、しかし
まさしく精霊の怒り神の怒りを買ったとしか言いようがない事態に
今までの責任の付けが全ての人に確実に回ってきます拒否は不可
能ですだからこそ気付いた時から責任ある行動を起こす事です。
21世紀は人類の破滅か生き残りを賭けた反省か、人類が行ってきた
数々の罪の行いの責任を取らなければならないときが来たのです。
地球の環境破壊を積極的に回復させて多くの生き物と共存を望む
か神の審判のイエス・ノーの結果が出る時代なのです。