今夜はとても寒いですね〜
皆さん風邪には気をつけてね
今日はお昼間、顧問先の社長さんとお出かけしてました
どこへ・・・
大日如来にあいに密教の僧侶のもとへ・・・
うん すばらしかった☆
愛は密教のお経?真言とかのほうが一番スカッとします
社長さんも同じくだったみたいで
満足して次の仕事に向かいました^^
そこで「素質」の話になった
皆さんはどんなときに「素質あるのかな?」と思う?
大概が自分のやりたいことに挑んでるときにそう思うんじゃないかな
例えば愛のまわりだと
「占い師が向いてるか ヒーラーが向いてるか」
こんな感じと思う
占い師は向き不向き確かにあると思うんだよね
余りにもマニュアル基本しかできないと的確なアドバイスができない
しかしヒーラー(光のね レイキとか」は向き不向きはないと思う
習得すればなくなることのないエネルギーだし
やればやるほどエネルギーが強くなる☆
自分も癒されるしお相手も癒せる
だから素質は努力次第でどうにもなると思うんだよね
今は 自己満足の傾向が多い
慈悲ですといいながら慈悲ではなく
そうしている自分 に対する自己満足が多いみたい
昨日仲間とも話しになったんですが^^;
今日もそのお話はでました
「私は頑張ってます」とよく言いますが
頑張ってるというのは人が言う言葉で
当人が頑張ってるというときは 頑張る事に頑張ってるだけで 成果は何もでてないことが多く
そうなると
「初めてなんで」とか「私なりにやりました」
とかのいいわけになるらしい(==)
しまいには「素質ないんですかね?」
となるらしい・・・
頑張ってる最中の人は「頑張ってる」ではなく
「努力したいです」とからしい
確かに愛もそう思う・・・
頑張るのはいいが 努力 工夫をしてるかだ
そこが一番 素質を輝かせるのかもしれない☆
自分にしかできない何かを求める事よりもまずは
自分が何をやりたいか
何故 やりたいのか
そのためにはどうするか
などを考えると本当にやるべきことはでてくる
これはどんなに本を読んでも書いてない
教えられる事よりも自分で気がつかなければ意味がない
愛はあえて周りの仲間には間接的に物事いいます
それは答えを自分で見つけさせたいから
たまに答えを聞いたと勘違いすることがあるらしく
実際は違う・・・
軌道修正の仕方も自分で見つけることも大事と思うからね
誰にでも何かしらの素質がある
それは自然と見つかるかもしれないし
多くのご縁が呼んで来るときもアル
勘違いから本意になり 素質になることもある
正しいとか間違ってるだけの言葉では
素質は語れないと愛は そう思う・・・
全ての人に光はあるのだから^^