我が降りなおせ とはよく言うもんで^^
色んな時に愛はこの言葉を思います
近頃は、人のことをこうだあーだという方が多く
そんな時は愛はこの言葉を言います
みんな、「なんでよ?」と聞いてくる
でもそうなんだよね
愛も以前、なんでよ?と言う側だった
しかし 年を重ね 色んなことがあり
良い環境にいきたいのならば まずは自分を変えないと無理と思った。
多くの方が心に「いじわる虫」を飼ってる・・・
愛も昔飼っていたんだと思う。
なんでそう思ったのかは詳しくは覚えてないんだけど
確か、美容師のインターンの時にそう思った記憶がある。
昔はよく聞いたでしょ 美容師の陰湿ないじめと嫉妬
インターンなったときは仕方ないと思ったんだけど
スタイリストになったときに やっと買えた念願のシザース(はさみ)があるとき接着剤つけられ開かない そのときにも この言葉が甦った。。。
誰かに意地悪してるつもりがなくても 人の嬉しい事を喜べなかったのかもね
それを反省した記憶があります
あのときに反省しなかったら 今のように恵まれた環境には出会えなかったのかもしれない
そう思う今日この頃。
どの世界にもつきまとう 意地悪と嫉妬
それを受けたときに「人の降り見て我が降りなおせ」と言う言葉を思い返すと 変わることもある
どうしても変わらないのならば その環境から立ち去る事も必要だけど
まずは改心する事のほうが大切ではないかと思う
自分が変われば相手も変わる
変わるや変えるは適した言葉ではないかもしれないけど 何かしらの変化がある
人に何かされたら 合わせ鏡と思うことや
されたなら逆にやり返さないことだ
近頃本当にスピリチュアルブーム
本来、ブームになるほうがおかしい
それほど 人は大切な事を見失ってるという事ではないかとおもう
感謝の心 と言う意味を 理解してるようで
理解してない事も多く、うわっつらでの解釈では
作者達や伝達者は憤りを感じるんだろうなと愛は思う。
偉そうな事はいえませんが
感謝の心を取り戻すにはまずは 心から「意地悪虫」を退散させないとむずかしいんだろうな
そうでないと愛を持って人に接する事は出来ないと思う。
なんだかまじめな話になっちゃった・・・
これは愛の考えであって経験です
これが正しいとは言えないし もっと違う解釈もあるとおもう
しかし こんな事を感じることが多くなってきた今
書こうかなと思い書いてみました。