人はどんな環境でも 人生でしょ^−^
自分が生きてるてこと そのもの
沢山の人に出会い
そして その時に「嫌だな」と思うことでも
それが自分の肥やしになっていて
それが自分の歩く道に加わる
愛は どちらかと言うと 踏み台になるほおうが多いかな と今日あるお話を聞いてて思いました。
そんな愛も また誰かを踏み台にして
生きてる
「もっと違う方向でやったほうが良いよ」
と愛にも助言をくださる人生の先輩方はいます
今日、その言葉を聞き
また改めて 自分が踏み台にしてきた人達に反省するのです(==)
しかも今日は15日でしょ
本日の愛の参拝は懺悔のような^^;
お話を聞いたのは参拝後だったのですが
なので改めて考えさせられました。
踏み台になることは 愛にとっては悪い事ではない
良いとか悪いだとかどうでも良いのよ
人は 一人の知恵でも生きるわけでもなく
吸収しあって生きてくものでしょ
まれに吸われるだけのケースもあるけど^^;
それにそんな事で損や得もない
愛が踏み台にしたな と思う人は実は該当しない
だけど結果としてそうしてきてるよね
と言われても 思われても仕方がない
今の 愛がいるのですから^^;
ようは 人は 踏み台にしようと思って
誰かを踏み台にはしないのじゃないかな?
結果として そうなっていたとかね。
だけども 反省はするのです。
これは 愛の生きかたです。
誰にも押し付けないよ(笑)
踏み台は人生の中に必ずあるものだと思う。
それは仕方がないことなんだけども
時には懺悔と感謝をすることは必要だよね
「私は今、人生で一番幸せです」と思った瞬間。
歩いてきた人生に感謝や懺悔ができるのか?
そう考えると いつもどんな時にでも
その時々で一番の幸せなのだと思う
たまには自分の心への懺悔&感謝も必要で
人生が思い通りに進んでると思うときこそ
必要なことなんだと愛は思うな^−^♪