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占い・鑑定



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ポジティブって何でしょう。

2008-04-10

ここの所しばらく体調を崩しておりまして、先週は副鼻腔炎の炎症が声帯にまで及んでしまい、多くの方の依頼をお受けできないという事態が続きまして大変ご利用の皆様にはご迷惑をおかけ致しました。

お陰様でやっと鼻もノドも完治とはいかないものの、電話でも聞き取れるだけの声は出せるようになりました。特に電話鑑定は声が命といいますか、電話は対面より声が聞き取りにくいので声の出が悪いと全く仕事を受けられないのですよね。昨日から徐々に仕事を受け始めています。充分休息をとり元気になりました。皆様にも気を遣って頂いてとても感謝の気持ちでいっぱいです。

さてさて、うだうだと休むと普段あまり見ないテレビにも目が向きます。たまたま「命」について考えさせられる番組を見て思わず号泣してしまいました。難病の子供たちのお話で、亡くなった子の肉親たちの悲しみと我が子への愛情に触れ、自分の体が弱っていた事もあり非常に涙が出ました。

恋人や肉親を亡くした人に、よく「そんなに悲しんでいても命は返ってきませんし、亡くなった方も喜びませんよ!ポジティブになりましょうよ!」と声をかける方がいらして、私は昔からそういう時の「ポジティブ」という言葉にとても違和感を感じていました。

確かに、亡くなった方を思って悲しむとか泣くという事は、生きている人間が自分の大切な存在を失った事に対して「自分のために」涙を流しているとも言えます。もし自分が死んだら、と考えると、魂だけの存在になって残された人々の様子を見に行った時、ひどく落ち込んで泣き暮らしていたら、死んだ本人が自分がいけなかったのかと悲しくなり生きている遺族を心配しますよね。

でも、自分のために悲しむのはいけない事でしょうか?亡くしてすぐにポジティブになれないのはむしろ自然の事と私は思います。悲しい時にとことん悲しみ泣いて泣き続けて…。こうやって自分の悲しみととことん向き合った後でないと、ポジティブにもなれませんし強くも優しくもなれないものではないのかなと。

例えば、もし我が子が自分を残して先に逝ってしまったらと想像しますと、泣きはらしていつかは時間と共にその悲しみと上手に付き合う方法は見つかるかもしれませんが、悲しみが癒されるという事はないと私自身は思っています。その存在を愛していればいるほど、悲しみというものがわきあがるものだから。その悲しみそのものが亡くした者への愛であるから。

簡単に「それはその子のカルマなんだから仕方がない」とか「早くポジティブになりなさい!」とか言える人は本当に大切な人を亡くす悲しみを理解していないか、経験がないかだと思ってしまうのですがどうなんでしょうね…。果たして我が身であっても本当にそんな風に思えるものなのでしょうか。

人も動物も全ての者に命の限りがあります。こればっかりはいくら運が良い人でも例外なく経験する事ですよね。命ある者はいつかどんな者でも死ぬ。
人の死を見ると、自分の「生」の意味を改めて考えさせられる事が多々あります。

私自身は自分が死ぬ事よりも、身近な大切な人に先に死なれる事の方に痛みを感じます。残される者の苦しみ悲しみは大きいものですから、感情にフタをして悲しみから目をそむけて「さあ!ポジティブに前を向きましょう!」と無理して思っても、後になってその歪みは必ず何かに影響を及ぼすと思います。

ポジティブも良いけれど、その前に自分の感じている怒り悲しみむなしさ…など沢山の感情と充分に付き合う方が先なのかなと。

ちなみに、若い頃当時の職業の関係で、韓国で数ヶ月近く暮らした事があるのですが、向こうで知人の親戚が亡くなりまして、葬式に参列させて頂いた時、日本の葬式では押し殺した感じの静かな悲しみで故人を送る姿を目にする機会が多いのですが、韓国の葬式は実ににぎやかで皆さん力一杯大声で泣いておりました。そんなにそのご親戚と近しい関係でないだろうと思われる方々も大声で泣き崩れるのです。

韓国人の知人がその時教えてくれました。「私たちはね、亡くなった方の死を思いっきり悲しむ事が供養であるというのが当たり前の考えなの」。その言葉通り、韓国のその葬式は「アイゴ!アイゴー!!(哀哭と書いてエゴッとも読むらしいです。慟哭という意味かなと勝手に解釈してきましたが合っているのかな…)」と泣き叫ぶ人々で大変日本と対照的に賑やかな葬式でありました。その後、遺族が寂しくないようにと夜が明けるまでそのお宅にとどまる弔問客も結構いらして、夜通し少々の金銭を賭けた花札が行われたりしていました。国によって「死」に対する考えも、弔い方も違うものですね。

自分が体調を崩して「こうやって時には自分が疲れてるんだよ〜しんどいんだよ〜という事をちゃんと感じてやる機会も必要だな。ポジティブポジティブと踏ん張るだけではバランスが悪いや。」などと思う今日この頃なのでした。

安易に「ポジティブに」とかいうアドバイスってあんまり好きではなかったりします。苦しみは苦しみ、悲しみは悲しみとあるがままの自分を受け入れる時間があってもよいではないかな、と…。前向きになるってそんなにスムーズにうまくできるものではないですよね。

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Posted by ayaaya 13:10:25 │Comments(7)

Posted by マリ at 2008-06-15 22:14:51

いつもあやさんの日記には改めて気付かされることばかりで、うんうんと頷きながら読んでいます。私は約2年前にあやさんに診ていただいた者です。あの時は今までで一番悲しい別れを経験したあとで、その他にも悲しいことが重なり、とても辛かったですが、あやさんにアドバイスを頂き、その言葉ひとつひとつを励みに少しずつ立ち直ってこれました。ありがとうございました。あれから私のことに加えてご相談した兄も比較的早く奥さんと復縁し、改めて、縁を持った人との円満な関係は他の誰かではなく本人が努力をしなければいけないのだと感じさせられ、私にとってもこれから結婚をするにあたって勉強になりました。
あれから2年という月日が経ち、振り返れば、あの時の自分の辛い気持ちを受け入れて、自分と向き合う時間を持ったからこそ、本当の強さや優しさとは何かを考えたり、幸せになるためにまず自分が自分を信じて努力すること、自分の周りの人たちやご先祖様への感謝の気持ちを忘れないことを心がけようと思うようになったんだと思います。きっかけを作って下さったあやさんに今でも感謝しています。どうもありがとうございました。まだまだ足りない部分がある私なので少しずつでも埋めていけるように頑張ろうと思います。
これからも日記楽しみにしています。

Posted by あや診療室 at 2008-04-12 20:28:24

くこ 様

お問い合わせありがとうございます。

生年月日は長く続けておりますとどうしても同姓同名のクライアント様が出てきますので受付上、お聞きします。

鑑定の方は実際は名前と年齢だけでもかまわないのですが、バイオリズムなど時期的なものは霊視はかなり大ざっぱな結果で出ます。生年月日はおおよそのその人のバイオリズムを正確に表すものなので、わかる範囲でお聞きしています。相手の生年月日がわからないという場合も氏名と年齢があれば本来は鑑定可能です。

どのような角度というと、ただ結果が出ました〜はいおしまい!ではなく、マイナスな結果に対しては変えていくヒントなど対策も含めて鑑定を致します。

ご縁がありましたらメール又は電話にてご連絡下さいませ。
とりあえずブログのコメント欄ですので簡単なお返事で申し訳ございません。

Posted by くこ at 2008-04-12 16:07:00

あや様
はじめまして。最近このプログを見つけ、興味深く読ませていただいてます。どんどん遡って読んでみたら、2年前の3月でストップしました。実際に始められたのはいつですか。

読めば読む程、余裕ができたら対面で見ていただきたいなと思います。その時余分な質問をしないためにここで質問させていただきたいのが。

申し込みの所に生年月日を記入する欄がありますが、それからも鑑定なさるのですか。それから、守護霊さんを見ていただけることはプログを拝見してわかりましたが、前世の職業などがわかることがありますか。他にどのような角度で鑑定なさるのか、もしよろしかったら教えたいただけたらと思います。

突然にこのような質問で失礼いたしました。

Posted by あや診療室 at 2008-04-10 22:23:22

Rima 様

お気遣いありがとうございます。

春ってなんだか眠い…という方が多いですね。我が娘も夫も春先はよく寝ます。

Rima様も天候が不安定な日が続きますのでお体ご自愛下さいませ。

Posted by Rima at 2008-04-10 22:16:16

体調良くなられたんですね。良かった(^^)

私も最近怒ったり泣いたりを乗り越えると
なんとも穏やかな心境になれるんだなと、実感しています。
(今は睡魔に襲われ早寝の毎日です・・。)

バランスって言葉がとても印象に残りました。

Posted by あや診療室 at 2008-04-10 21:14:55

恭子 様

私もそうなのですが、人は長く生きれば生きるほど、より多くの人の死を見送る立場になりますよね。すごく身近な人を亡くして悲しみに暮れる機会も、長生きする程増えます。

自分の中に生まれる感情にフタをしない、無理しないが私自身の生き方でもあります。

怒ったり泣いたり落ち込んだり。そのどれもが自分自身であるという、マイナスな自分も許してあげたいなあといつも思って生きております。美しくかっこいい自分だけが「自分」ではないですものね。

痛みを感じるという事は、自分以外の人の痛みを知るという事でもあります。痛みを通して強さ優しさなど、得られるものもあると思います。

人は死んでも残された者の記憶に刻まれた思い出の中で生きています。みんながすっかりその人を忘れてしまうか、残された縁者が全てこの世からいなくなってしまった時に初めて人の本当の意味での「死」が訪れるのかもしれません。私は亡くなった知人と魂の交信をする事はあえてしない主義なのですが、彼らは私の記憶の中で今も生きています。私が生きている間は彼らの思い出を大切にしたいなと時々ふっと思います。

Posted by 恭子 at 2008-04-10 20:34:09

あや先生
いつも楽しみに読ませていただいています。あや先生の人間性が出ていてとてもいいですね。共感できます。私は主人が亡くなってもうすぐ6年がたちます。がむしゃらに頑張ってきました。見えない世界も
味方につけて何が何でも幸せになってやる!って気持ちでいて、ポジティブなことを考えてないと幸せになれない。ネガティブなことを考えると怖いような気がしていました。でも人間なんだから、いろんな気持ちが出て当たり前ですよね。無理に不安を広げることはないけれど、自分に正直に無理しないで行けばいいのかな?何て改めて考えさせられた文章でした。悲しいことは悲しい。嬉しいことは嬉しいと素直に感じられる心が、健康なのかもしれませんね。

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