ここの所しばらく体調を崩しておりまして、先週は副鼻腔炎の炎症が声帯にまで及んでしまい、多くの方の依頼をお受けできないという事態が続きまして大変ご利用の皆様にはご迷惑をおかけ致しました。
お陰様でやっと鼻もノドも完治とはいかないものの、電話でも聞き取れるだけの声は出せるようになりました。特に電話鑑定は声が命といいますか、電話は対面より声が聞き取りにくいので声の出が悪いと全く仕事を受けられないのですよね。昨日から徐々に仕事を受け始めています。充分休息をとり元気になりました。皆様にも気を遣って頂いてとても感謝の気持ちでいっぱいです。
さてさて、うだうだと休むと普段あまり見ないテレビにも目が向きます。たまたま「命」について考えさせられる番組を見て思わず号泣してしまいました。難病の子供たちのお話で、亡くなった子の肉親たちの悲しみと我が子への愛情に触れ、自分の体が弱っていた事もあり非常に涙が出ました。
恋人や肉親を亡くした人に、よく「そんなに悲しんでいても命は返ってきませんし、亡くなった方も喜びませんよ!ポジティブになりましょうよ!」と声をかける方がいらして、私は昔からそういう時の「ポジティブ」という言葉にとても違和感を感じていました。
確かに、亡くなった方を思って悲しむとか泣くという事は、生きている人間が自分の大切な存在を失った事に対して「自分のために」涙を流しているとも言えます。もし自分が死んだら、と考えると、魂だけの存在になって残された人々の様子を見に行った時、ひどく落ち込んで泣き暮らしていたら、死んだ本人が自分がいけなかったのかと悲しくなり生きている遺族を心配しますよね。
でも、自分のために悲しむのはいけない事でしょうか?亡くしてすぐにポジティブになれないのはむしろ自然の事と私は思います。悲しい時にとことん悲しみ泣いて泣き続けて…。こうやって自分の悲しみととことん向き合った後でないと、ポジティブにもなれませんし強くも優しくもなれないものではないのかなと。
例えば、もし我が子が自分を残して先に逝ってしまったらと想像しますと、泣きはらしていつかは時間と共にその悲しみと上手に付き合う方法は見つかるかもしれませんが、悲しみが癒されるという事はないと私自身は思っています。その存在を愛していればいるほど、悲しみというものがわきあがるものだから。その悲しみそのものが亡くした者への愛であるから。
簡単に「それはその子のカルマなんだから仕方がない」とか「早くポジティブになりなさい!」とか言える人は本当に大切な人を亡くす悲しみを理解していないか、経験がないかだと思ってしまうのですがどうなんでしょうね…。果たして我が身であっても本当にそんな風に思えるものなのでしょうか。
人も動物も全ての者に命の限りがあります。こればっかりはいくら運が良い人でも例外なく経験する事ですよね。命ある者はいつかどんな者でも死ぬ。
人の死を見ると、自分の「生」の意味を改めて考えさせられる事が多々あります。
私自身は自分が死ぬ事よりも、身近な大切な人に先に死なれる事の方に痛みを感じます。残される者の苦しみ悲しみは大きいものですから、感情にフタをして悲しみから目をそむけて「さあ!ポジティブに前を向きましょう!」と無理して思っても、後になってその歪みは必ず何かに影響を及ぼすと思います。
ポジティブも良いけれど、その前に自分の感じている怒り悲しみむなしさ…など沢山の感情と充分に付き合う方が先なのかなと。
ちなみに、若い頃当時の職業の関係で、韓国で数ヶ月近く暮らした事があるのですが、向こうで知人の親戚が亡くなりまして、葬式に参列させて頂いた時、日本の葬式では押し殺した感じの静かな悲しみで故人を送る姿を目にする機会が多いのですが、韓国の葬式は実ににぎやかで皆さん力一杯大声で泣いておりました。そんなにそのご親戚と近しい関係でないだろうと思われる方々も大声で泣き崩れるのです。
韓国人の知人がその時教えてくれました。「私たちはね、亡くなった方の死を思いっきり悲しむ事が供養であるというのが当たり前の考えなの」。その言葉通り、韓国のその葬式は「アイゴ!アイゴー!!(哀哭と書いてエゴッとも読むらしいです。慟哭という意味かなと勝手に解釈してきましたが合っているのかな…)」と泣き叫ぶ人々で大変日本と対照的に賑やかな葬式でありました。その後、遺族が寂しくないようにと夜が明けるまでそのお宅にとどまる弔問客も結構いらして、夜通し少々の金銭を賭けた花札が行われたりしていました。国によって「死」に対する考えも、弔い方も違うものですね。
自分が体調を崩して「こうやって時には自分が疲れてるんだよ〜しんどいんだよ〜という事をちゃんと感じてやる機会も必要だな。ポジティブポジティブと踏ん張るだけではバランスが悪いや。」などと思う今日この頃なのでした。
安易に「ポジティブに」とかいうアドバイスってあんまり好きではなかったりします。苦しみは苦しみ、悲しみは悲しみとあるがままの自分を受け入れる時間があってもよいではないかな、と…。前向きになるってそんなにスムーズにうまくできるものではないですよね。
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