今年はいつもお休みを頂かず普通に業務を行う事の多い5月の連休にお休みを頂きまして、京都の伏見稲荷神社に家族で参る予定です。私は稲荷系の神社とどうも縁が深いらしく、心惹かれて行くとそこはお稲荷様という事が。でもまだ稲荷系神社の総本社にあたる伏見稲荷神社には遠くてお参りした事がないのです。今年は体を壊しがちでしたし、息抜きに旅行がてら京都の神社にでもという主人の提案にありがたく乗っかる事にして京都の旅を楽しみにしております。
さて、「お稲荷様」については以前さらっとこのブログのコメント欄の質問にお答えした事がございますが、今回はもう少し詳しくお稲荷様について触れてみたいと思います。
お稲荷様は祟り神として恐れられている一面もありますが、実はお稲荷様の概念は時代によって二つに分かれているのです。
元々のお稲荷様はかつての京都の豪族・秦氏の氏神とされ、「稲生り(いねなり)」とされて豊授の神様として奉られておりました。だんだん「いねなり」が「稲荷(いねに)」や「稲荷(いなに)」と呼び名が変化していき、最終的に「稲荷(いなり)」という訛りで呼び名が定着しました。
このお稲荷様のお使いは「狐」。お稲荷様と狐には明確な主従関係があります。つまり、よく誤解される「お稲荷様」=「狐」という、神様そのものが狐というのは間違いで、お稲荷様に仕えているのが狐、特に白狐(びゃっこと言います)となっております。まあ、だから本当は稲荷神自体に油揚げを供える必要はないので「おいなり」という呼び名にちなんで油揚げを供えるとか、神様に仕えている狐に対して油揚げを供えるという風にとらえると良いのかなと思います。
このお稲荷様が祟り神という概念も持ち始めたのは国に真言宗が広まった頃からです。真言密教におけるインドの女神であるダーキニー(日本では荼吉尼天とか荼枳尼天とかいてダキニテンと呼びます)という、人を食らう夜叉であるとされ、中世に「霊狐」と同じにみなすいう説があった事に由来しています。こちらの「お稲荷様」の方は東寺の守護神とされていますので、皆さんが普通に神社にお参りして接する機会の多いのは、前者で出てきた「いねなり」の方の神様ですから、稲荷系の神社全般が狐の祟り系という事はありません。ダーキニーは本来はやはり農業の神様でしたが、後には愛欲・性を司る神とされ、人肉を食らう夜叉とされ始めます。人が死ぬ6ヶ月前にそれを見通し、その人の心臓をとって食らうのだとか。ダーキニーはジャッカルにまたがるのですが、日本ではジャッカルが存在しなかったので代わりにジャッカルによく姿が似ている「狐」をあてたようです。
今では元々は農業の発展の神であった稲荷神は、時代の流れで商工業がさかんになって来ると商売繁盛の神・福徳における万能の神とされるようになったようです。
明治時代には「いねなりの稲荷神」と「ダーキニーの稲荷神」は分離されて、ダーキニーはそれを本尊とする「寺」になったという文献があります。つまり、神社と寺に分離されたと。
ですから稲荷系の神社は祟られると恐れる方々も結構多いのですが、本来は祟る神ではなく、今の時代ですと商売繁盛など「福」をもたらす神でありますのでそう怖がる事はないでしょう。
もっとも、どんな神様でも粗末に扱われて廃れているのでは稲荷神に関わらず「祟り神」と化してしまっている事もあるでしょうし、神様がとっくにいなくなっていて別の魔物が棲んでいる事もあります。私が神社に行くなら栄えていて大切に管理されている神社にしましょうと言うのはそういう意味です。
という感じで、たびたび誤解されやすい「お稲荷様」について私の知っている話から一部を載せてみました。
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