東京・神奈川から帰ってきました。
東京は、私にはあまりなじみのない場所だけど、母にとっては思い出の場所。
うちの母は若い頃の4年間を東京で暮らしているのです。
家が裕福でなかったため、ほんとは大学に行きたかったのを断念して、高校卒業後すぐ、地元で就職した母。
でも、どうしても、もっと「文学」を学びたい、そして一度は都会に出たい!!と思った母は、一年で退職し、慶応の文学部の通信教育過程という道を選んだ。
スクーリングなどもあるため、東京の幼稚園で住み込みで働いて(幼稚園の先生としてではなく、園長先生の孫の子守が仕事)、大学に通ったそうだ・・・。
裕福ではないけれどのほほんとした家庭で育った母(こういうところが娘の私と一緒なんだけど)は、その幼稚園でえらく鍛えられることとなる・・・
なんでも園長先生がとても厳しい方で、一から教育し直されたそうだ。
そして仕事を休むことは許されず、姉の結婚式に出席することもできなかったそうだ・・・
他にもいろいろ、ここには書ききれないくらい、母の苦労話は聞いた。
「つらかったけど、自分が今までなんて甘い世界で育ってきたか分かった」と、五十代になった母は当時を振り返り、笑う。
そうか、母の今のたくましさは東京時代で作られたものなんだな・・・(笑)
また、東京は母を垢抜けさせた場所でもある。
地元にいるときは、ぽっちゃり体型だった母が、10キロやせ、すっかりスリムでおしゃれに変身した・・・。
当時の写真を見ると、まるで「使用前」→「使用後」みたいでおもしろい(笑)
母の娘時代の服は、水玉模様のワンピなど、ちょっとおしゃれなレトロちっくなもので、今でも十分着れる。(私も妹も、「お母さん、服ちょうだい!」と幾つかもらった)
東京では大恋愛もしたらしい。でも結局は破れ(母が言うには、作家を目指していた文学青年で、頭も見かけもよかったけど、ちょっとキザすぎて、結婚向きではなかったということだ)、
地元に帰ってきて父と出会い、結婚した。
まあ、東京の人と結婚していたら今の私はいなかったわけで。
お父さんと出会ってくれてありがとう、だ。
父はどう考えても「文学」って感じでないし、かっこよくもない。
野球やテレビが好きなフツーのおっさんだ。
そして、愛情表現は下手だけど、家族思いの父だ。
若い頃の母は、東京で何を思い、生きていたんだろう・・・
ここが、母が4年間暮らした場所かぁ・・・
・・・なんてことを、東京に滞在した昨日、ふっと考えました。