小さい頃、私はお父さん子だった。
父のあぐらの上にちょこんと座るのが大好きだった。
あれは今から20数年前・・・
確か3歳か4歳の頃だったと記憶している、父との、遠い夏の日の思い出。
二階の畳の部屋で、いつものように父のあぐらの上に座って絵本を読んでもらった。
絵本の題名は忘れたけど、最後は誰かが死んでしまったお話だった。
幼い私でも、「死」がなんとなく怖いものであるということは理解できた。
絵本を読み終わったあと、二人ごろんと寝そべって昼寝をした。
急に怖くなり、「お父さん、清良死にたくない・・・」と父に抱きついた。
父は「お父さんも死にたくない」と暖かい大きな手で私をぎゅっと抱き返してくれた。
いつまでもいつまでもぎゅっと抱きあったまま、昼寝をしていた。
父は、私の「死」に対する不安な心を、大きな愛で緩和してくれた。
あの時の暖かな腕の感触、そして父の愛は今でもしっかり覚えている。
ところで、ちょっとマジメな話になりますが(^_^;)、
小さい時(特に4歳まで。4歳までに人間の脳は80%完成される。)に親の愛を十分に受けた人は、その後の人生でどんなに辛い境遇にぶち当たっても乗り越えていけるらしい。
(ここで言うのは「適正な愛」という意味で、何でも子どものわがままを聞き、子どもを叱れなかったり、ほしいもの全てを買い与えたりする「過保護」の意味ではない)
幼少期に親の愛情が乏しいか、または逆に過保護な環境で育ってしまった人は、困難な出来事への対処に弱いという。
親がもともといないとか、そういう環境で育った人は、親代わりとなってくれる人の十分な愛が受ければいいのだが・・・。
植物は、水を与えないと枯れてしまう。
しかし、与えすぎると根腐れを起こしてしまう。
人間もこれと同じである。
私も今までの人生、決してうれしいこと楽しいことだけあったわけではない。辛いこと、悲しいこともいっぱいあった。(みんなそうだよね(>_<)。)
でもその度に、何とかよいしょ、と立ち直って頑張ってやってきている。(もちろん自分だけで立ち直ってきたわけでは決してない。周りの人たちにどんなに助けられてきたことか・・・。)
でも全ては幼い頃両親に愛された、という根っこの部分がしっかりあるから。(あ、両親は健在です・・・。)
今更ながら、両親の愛に感謝です。
そして、今、仕事で親の愛情に飢えている子どもと接するたび、心が痛む。彼らはとても不安で自信のない目をしているから。
「代わりに私が、いっぱいいっぱい愛をあげるからね」と思う。
なんかまとまりのない文になってきたけど、最後に言いたいのは、
今、子どもさんがいらっしゃる方は、
どうかお子さんを(過保護じゃなくて)愛情いっぱいに育ててあげて下さい。
ということです(*^_^*)。(えらそうなことを書いてスミマセン・・・)