今日は、祖父の誕生日でもあり、命日でもあります。
私が小学校4年生のときに、70歳の誕生日に肺がんで亡くなりました。
祖父の死は、私が初めて直面した、身近な人の死でした。
それまで、「死」というものの意味を、いまひとつ実感として分かっていなかった私ですが、冷たく硬く、黄色くなった祖父の顔を見て、人が死ぬっていうことはこういうことなんだ・・・とストンと悟ったのがこのときでした。
近くに居を構えていた祖父は、元気だった頃、仕事で忙しい両親に代わって、私や妹の保育園のお迎えを毎日してくれました。
それがまた生き甲斐でもあったらしく、祖父の友達が家に来ていて、どんなに話が盛り上がっていても、夕方4時になれば「孫を迎えに行く時間やから行ってくるわ、ごめんよ」と腰を上げ、いそいそと出かけていたそうです。
孫二人を乗せた抹茶色の自転車で、ヨロヨロと危なっかしい運転でしたが、その帰り道はなんとも言えず楽しかったです。
祖父は、やまももやグミの実が大好物で、保育園の帰りに果物屋の前でよく自転車を止め、買ってくれました。
孫に「買ってあげようか?」とは言うものの、本当は自分が一番食べたいのだということは、幼な心に分かっていました(笑)
そして、母が帰ってくるまで、祖父は私たちと一緒にお留守番をしてくれていました。
毎日、お留守番をしながら、一緒にたたんだ洗濯物・・・
祖父がたたむとヨレヨレで、服やタオルの角同士が合っておらず、とっても下手なたたみ方だったのを鮮明に覚えています・・・
のちに祖母が言うことには、自分の家では洗濯物をたたんだことなんか一度もなかったそうです・・・。
普段は口数が少なく、気の強い祖母の尻に敷かれ気味だった祖父。
でも、とっても子煩悩・孫煩悩で優しい祖父でした。
母が若かりし頃、はじめて作ったコーンスープを、みんなが「マズイ」と手をつけない中、祖父だけが「おいしい、おいしい」と最後まで食べてくれたとか。
私と祖父が実際に関わった期間は子どもの頃の10年足らずだったけれど、今も記憶の中にしっかりと、祖父とのあたたかい思い出が、色褪せずに残っています。
なんだか今日は、祖父のことをたくさん思い出します。
おじいちゃん。
いっぱいいっぱいありがとう。