我が家の洗濯機が壊れてしまいました。
僕は面倒くさいことが大嫌いで、手間のかかることが苦手な性分です。
その最たるものが洗濯でした。
独身時代は二週間に一回手をつけられたらましなほうでした。
洗い、すすぎ、脱水、物干し、取り込み、アイロン
洗濯機に入れるだけなのに、このプロセスをひとつひとつ手がけると、かれこれトータルで2時間以上はかかってしまう。
自分としては、丁寧にやってるつもりで、そのプロセスをすべて見届けなければ気がすまなくて他のことができなくなってしまうという悪い癖もあったのでしょう。
結婚して本当に助かりました。
うちの家内は、根っからの洗濯好きなのです。
ストレス解消が洗濯だそうです。
そんな洗濯機が壊れたので一大事です。
家計を助けるため家内は働きに出ています。
新しい洗濯機はまだありません。
しかも、「梅雨」。
しかたなく、ごった返している山のような洗濯物に私が手をつけました。
それが思いもよらぬ、心境と感触なのです。
最も苦手な洗濯に向かって、
生身の手で、ひとつひとつその着物を洗い流す。
最初はものすごい抵抗感で
なんとも表現しがたい張り裂けるようなつらくも悲しい思いが、
徐々に精魂込めて向き合う気持ちに変化していくのです。
そして一枚一枚、すすぎをすると、
気のせいかもしれませんが、洗濯機で洗ったときより、きれいになっているように思えます。
「ああ、これなんだ・・・。」と思いました。
さほど、丁寧にきちんと洗ったわけでもありません。
時間を気にしながら、ささっと、手短に洗ったに過ぎませんが、結果は、着物がさっぱりして洗濯機よりどことなくきれいな状態なのです。
時には、「スローライフ」で時間をコントロールするではなく、
天候や自然、相手の状況に抵抗せず、身を任せて、
自然や時間と共に行動すると、
落ち着いた生き方が取り戻せるようです。
文明から離れた生活は、頭で考えがちな現代人が、「身体」の存在を無意識化し、忘れてしまっていることを気づかせてくれます。ひとつひとつのことを、自分の次元を離れるオートメーションに任せるのではなく、物事の進展状況、その過程を手作りで味わう。いつもと違うことを手作りで体験して、会得する。
時にはそうした生き方に充足感を感じる“スローライフ”を実践してバランスをとるのもいいでしょう。日常の生活のあり方に素直に感謝の気持ちが湧いてきます。