占いの原初体験
今、占い師になっている現状からして、やはり自分は占いが好きなんだろうなと思います。わたくしは高度成長期の申し子ですので、知性偏重の科学万能主義に毒されていた時代に成長過程を歩みました。ですからへんなことを言うようですが、若いころは論理が全てと思っていましたので占いにそれほど価値を置いていませんでした。たわけもののうわごとと軽蔑していたというほうが正確かもしれません。
そのなごりからか、わたしは他人に自分を占ってもらうということに大いなる抵抗がありました。師匠から術を盗むために、自分の年運を占ってもらうようになったのはごく最近になってからで、わたしのために筮竹を捌いてくださることに感動を覚えた自分にびっくりました。
でも、よくよく辿ってみると、一度だけ実は中学生のときにタロット占いを試してもらったことがありました。私立の男子校だったために、悪い友人がいて彼女ほしさに公立高校の文化祭に行こうと誘われたのです。めざすその高校は公立でしたが県内有数の進学校で、なおかつ女性の割合が半数以上を占める学校というものでした。わたしはそんなところに足を運ぶということ自体抵抗を感じ、あたかも別世界に行くような感覚さえ覚え、何をしたら良いのかさえわからぬままぐるぐる構内を歩き回るだけであったという記憶があります。ただ、女性が主流を占めているだけあって、当時の私にとっては神秘的であり、エロスの香りがすると同時にグロテスクな臭いがするような不思議な世界であったというのが率直な思い出です。
友人と三人でいるとはいうものの、場違いですし、戸惑いの方が先に立ちましたので、早く帰りたい思いでとにかく何事もない、そしていつになったら友人がつまらないと言ってくれるのかを待ちました。
すると、全体が真っ暗になっていて、そこで清廉な女性が静かに座りながらなにやらこそこそと話している教室がありました。女性が主導で人に話すという光景があまりに不思議でわたしの常識を越えている空間です。あとから分かったのですがそこは占い部屋で、中ではタロットカードを扱って話をいたのでした。
「どうぞおすわりください。」
そのなんともいえないありきたりのそっけない言葉ですが、普段聞くことのできない年上の女性の声として耳に心地よく聞こえます。
「あぁ、はい…。」
不安げにあたりを気にしながらびくびくして腰を下ろします。
そしてその女性は何のゆり動く感情もなくたんたんとカードをシャッフルし、一枚一枚丁寧に広げていきます。まじめでまっすぐなお姉さんでした。
「あ、すごい。このカードがここにくるというのは全てを支配します。あなたはいずれ誰も成す事のできない偉大なことをする方になるでしょう。」
(色白の青二才の、世間の知らない中学生に何を言うんだろう?)
「え、なんですか、それは。」
「ええ、なんと言葉で言ったらいいのか難しいのですけれど、今まで一度もありません。このカードがここに出るというのは、とてもすごいことなんです。きっとすばらしいことが起こり、すごい人になりますよ。」
占ってもらった内容はそれだけでした。
まともに考えれば考えるほど「たわごと」としかおもえないその言葉も、時とともに疑問に思えば思うほど、反面重みと輝きを増しています。
なにがなんだかいまだにわかりません。たぶんそのカードは太陽か法王のようだったような気がしますが、ほかのカードかもしれません。でも聞く人がまったくちんぷんかんぷんで、場違いでそわそわしているのに、その清楚で淡々としているお姉さんは急に興奮をして力をこめて言うものですから、その女子高生占い師の驚きにこちらがびっくりしてしまったのでした。
「言葉に表現できないすごいことって、一体どんなことだろう?」
そんな疑問を抱えながら、なぜか文化祭に来たことがあたかも運命であったかのように思えてしまう、そんな思考が人間にはあるようです。
まだその夢を追いかけているのかもしれません。
夢から覚めぬ人生なのかもしれません。
でも、『タロットで占う』ということが、現実の日常を超えた世界であることはわたしにとって今も変わりません。なにかそこには自分を越えたエネルギーが存在しているのだという一種の恐怖感のようなものさえあります。事実あるかないかはわかりません。しかし、ある、というように私の心の中に隠し持とうとしているのかもしれない、そんなふうにさえ、思います。
その原初体験を大事にしたいという気持ち、いわば抵抗が強いために、タロットを神聖視しているがために裏返しとして私自身が積極的にタロットを扱わない、使いたくない思いがあるのかもしれません。
今日はタロットを通して、占いについての告白を致しました。
最近はこの原初体験としてのタロットとは違う、タロットの凄みを改めて感じる面があり、今、深く吟味している最中です。
ウエイトのライダー版を使ってます。これは最初に占っていただいたカードと一緒です。このカードが手に入ってから、俄然凄みを実感してます。
タロットは占い師の世界を考慮して占い師自体の世界に飛躍がもたらされることをも配慮してカードが出てくるのではないかと思えるくらい、刺激的な時間をすごしています。ですのでカード解釈はあまり他人のものは当てにならないようですね。自分で自分を掘り下げる気持ちがあればいいのです。僕は最初に占ってくださったときのカードと一緒のライダー版に出会ってからその凄みを実感し始めています。カードも相性のいい、自分の気に入ったものが一番いいのではないでしょうか。
また、解釈も、英語版の英語を辞書を片手にそのまま当てはめた方がスムーズで、もっと言うなら深みが増します。日本語訳や他人の作ったイメージでカードを解釈しないことが大切である気が致します。
自分を占ってみて、未来を具体的に当てること・そしてその現実の背景・無意識の力/エネルギーの方向がカードに示されています。
ちょっと驚いています。
易学との違いがまたたいへん面白く、味わい深いなと感じてます。