人生に深く関わろうとする占いは、諸刃の剣であります。また、鑑定は心の鏡であるわけですが、同時に占い師自身の鏡でもあります。
目に見えない事実をできる限り明確につかもうとしても、当然限界があります。これは占術をつかう人だけでなく、霊能者でも同じことが言えるのではないかと思います。
占い師である以上、自分の占術からの判断でものを言わなければ、占いになりません。
最近では統一場理論というものがありますように、体験世界が新たな事実を作るということに目線が置かれるようになりました。
まさに占いとは、共鳴して生じる新しい事実であり、内容がそのまま過去を当てるだけで終わったとしても、その事実自体が新しい体験であるということから未来を形成しなければなりません。
わたしの占術である推命と易は、
明らかに、
今の社会では嫌われている
「上から目線」
であります。
ボクはこのこと、つまり占いの成立根拠自体が好きではありませんが、
実際の鑑定では、
「どこまで厳しくモノを言うことができたか」
ということが鑑定の成功・不成功を決定するバロメータであるといっても過言ではありません。
○木先生はこのことを熟知した占い師であり、そのあたりが芸として突出していたためショーとして番組が成立できていたということが可能かと思います。
占い師には、最近の時流からは嫌われやすい、
嫌われ役に徹しなければならないという宿命がついてくるのだということができます。
実際の対面鑑定ですと、
そのあたりが実は上手に緩和される場合が多いのですが、一種の恐怖感から、メールでのやり取りを希望する方も多いのではないかと思います。
しかし、メールの方が、端的に外枠を決めて術で勝負するしかありませんので、厳しい言い方になりやすいのが実際なのです。
しかし身体を持っている人は、体験世界をつくって大きく成長するようになっていますので、対面鑑定にはやはりかないません。上から目線にもなりにくいのです。
お近くの方は足を運ばれるといいと思います。
そのほうが、結局料金的にもお安く充実度やメリットが大きいと思います。