東京は雨が降っていた。
「もう、冷たい雨が降っているんだな。」
男はビニール傘をさしながら、夜の天を仰いだ。
先日までの、雷と風と豪雨という構図が崩れ、
しとしとと降る静かな雨だった。
男は、どことなく寒さを含んでいるその雨を憎たらしく思ったが、
最後は人生、諦めが肝心という男の教訓の一つを持ち出して、時の流れに無抵抗になるしかやりようがなかった。折しも、朝夕が涼しくなる、処暑を過ぎてしまったことに気がついたのである。
「一年が経つのは早い。」そうつぶやきながら、地面の石を蹴る。
男と雨とは何かと縁が深い。
縁起でもなく、人生の大事にはいつも雨であった。
その節目節目がいつも水に流されてしまわぬかよくよく心配したものだ。
そんな自分に、「雨降って地固まる…。」そう、勇気づけてくれた父の遠い記憶を支えにしながら、今度こそいいことがあるように念じてカーテンコールを引いた過去。
だから雨が降るといつも物悲しい。
今日も散々だった。
男は、一日の始まりに易で占うのが日課である。
今日はちぐはぐで何事も行き違うと示され、
覚悟はしていたものの、
本筋からずれまくり、
挙句の果てには今までにかつてなかった、帰りの乗り合わせの電車まで間違えてしまったりと、ことごとく示された内容の如くちぐはぐな一日になってしまった。
そんな男の帰途を黙って見送るしとしと雨。
センチメンタリズムにハマるのも無理はない。
「ああ、こんな日は今日で最後にしたい…。」
男はそんな期待もすぐに裏切られるであろうことを先取りしながら、
今日ですべてに区切りをつけるように、
家に帰って誰にも束縛されない時間を過ごしながら、
「自由」についてぼんやりと思索するのである。