人の運命とはいかに?
さまざまな憶測が飛び交う。
おおよそ「性格が運命を作る」・・・と考えているようである。
しかし、鑑定をしてみると、
人の性格より運命の方がはるかによく当たるというのが私の実感である。
性格とは、先天的な要素と後天的な要素が合わさってできる。
しかし、運命というのは、宇宙から生み出されたものであり、
その構造は演繹的に分析することができるのである。
当たり前であるが、人は複雑である。
人は他人の性格について簡単に言及するけれども、立場や見方が異なれば、いかようにもとらえることができてしまうので、正解がない。
事実性格テストで自分自身の性格分析をするときにさえ、気分によってその結果が変わってしまう実にあいまいなものである。
人は状況によって、自分を我慢して出さなかったり、演技をしたりしてその場を取り繕うこともある。その上手下手はあるにしろ、ある種の多重人格性を持っているということになる。
そうした変化の軸になるもの、それが運命だ。
どういう運命的事情に取り囲まれているのかをつかんだ方が、事の成り行きや人の実際を説明しやすい。
よく、「あのひとは・・・どう思っていますか?」
という質問に対して占うことがあるが、
「思いの世界」とは一様でないため、実に難しく簡単ではないのだ。
コンプレックスを思い出してほしい。
普通人に対して、相反する矛盾する思いを同時に持つのがほとんどである。
また人の心が様々なレベルの階層構造でできており、その自分自身の心を十分自覚化できていないのが普通である。
人に対する感情とは、簡単に言語化できるものではない方が大半なのだ。
さて運命家は、
「運命」の構造を先取りして、置かれた社会状況を掛け合わせてどういった体験世界を通過し何が習慣化されているかを踏まえて、性格をつかんでいくのである。