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ヨハネから読者へ  ・・・『我田引水』〜都合よく物事を考える

毎日の中で、そう楽しいことやラッキーなものに出会うことはありません。振り返ると、無駄や回り道、失敗や意味のわからないことの方が普通多い。そうした中でハッピーに感じる生き方?とは、“都合よく”考えられる思考。物事に振り回されず、一旦自分の都合で考える。

自分を取り巻く周辺事情は、都合と都合のぶつかり合い、つながりあい。
「ご都合」そのものが『縁故』なのです。
ここに目を向けることから意外に自分を大切にする方法が見えてきたりします。ぜひ自分なりの歩幅で歩いてみませんか。

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2008-05-06

余命一ヶ月

入退院を繰り返していた○○さん、
あと、余命一ヶ月・・・ていわれて
最後は家で過ごしたいと戻ってきたの。

お父さんが子供三人に、
おかあさんの御病気について告知し、
みんなで大切な時を過ごしているそうよ。

時折、頭が回らなくなって、
手伝いに来るお友達がだれだかわからなくなるそうだけど、
「○○ちゃんのおかあさん」っていうと、わかるみたいで、
「ありがとう、ありがとう・・・。」って
目に涙を浮かべて話すみたい。


・・・・


告白すると、
あの時、もっと脅しておけばよかったと思う。
いまさらながら、悔やんでも悔やみきれない。

「あまり夫が心配していないんですよ。だから私もまぁそんなに気にはしていないんですけどね。」
「ああ、そうなんですか。私の知り合いで鍼師の癌専門医がいますのでご紹介します。ちょっと面倒ですけど、足を運んでください。初期でしたら、100%治す自信があるそうです。実際、医者がびっくりして『どうやって治しているんですか?』って連絡来るくらいですから、間違いないですよ。」

これはやばいな・・・とその時思った。

でも、近所の知り合いだし、あまり変な事を言うと、まずいので控え目にしたのが失敗だった。


あれから5年、紹介した鍼師にも、あまりマメにはいかなかった様子だ。
昨年手術が決まった時、その鍼師は「○○さんのも今だったら治せるのに、もっと来てくれたら…こんな形にはならなかった!」

手術をしてからはあっという間だ。

あれよこれよと、1年の月日が経ったのだろうか。

余命一ヶ月と宣告されてしまったのである。


最善の方法で、
上手に道筋をつけてあげたつもりだった。
しかし、もっとつよくいうべきだったのだ。


あす、死ぬことを宣告されるより、
一ヶ月ということのほうが、はるかにつらい気がする。



人生とは、ちょっとしたことが大きく左右する場合がある。
そのきっかけをつかむか否かは、
何に由来するのだろう?

真摯な態度で人生に臨もうとする、
真剣さ、
その真剣さを生む、
モティベーション、
パッションの有無であろう。

今だったら、
はっきり断を下すだろう。

術を使って人助けしようと、
本気になっているからだ。

当時、そのパッションで
もっと真剣にぶつかるべきだった。


いま、その思いに苛まされている。
Posted by devil666 at 00:38:04Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-05-01

自分であること

「20代から30代にかけては、わたしは指をさせば付添いの者がその商品を買ってくれたの。」

「それはすごいですね。」

「今では考えられないわ。」

「いや、今でもそうなんじゃないですか?」

「ううん、今じゃ値段と相談して一人で買い物に行かないといけないの。」

「へえ、じゃ昔は本当にすごかったんですね。」

「でもね、今のほうがずっと幸せ。」

「それはまた、どうしてですか?」

「それはね、今の自分の方が、ずっと自分自身に納得してるのよ。」

「ああ、それはわかりますね。物があるないより、自分が自分であることの安定というんでしょうか、心と体がひとつになって、等身大の自分をほんのり喜んでいる状態ですよね。」

「そう、そうなの。でも今の若い人たちにそのことを言ってもわかってくれる人は、半分だわ。」

・・・・・・・・



姉のような先輩占い師との会話。




その方は、実はわたしの命理から見た運勢は、
いいにくいが、今あまりいい状態とは、いいがたい。


しかし、過去のいい時期より「今が幸せ」というその瞳に、
人生の甘いカライを知りえた上での、
本当の喜びを表現していた。
Posted by devil666 at 02:09:53Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-04-16

感性を養う

楽しい人生を歩むために。


感性を養いましょう。



感性を養うには、
一流のものを持つことです。


一流のものと出会うと
自己発見できます。



ブランド品も大切です。



自分自身を一流のブランドにするために。


絶対・永遠・普遍というのは、
自分作りのコンセプトになりうるのですから。
Posted by devil666 at 01:06:36Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-04-11

きづかい

「どこか気になるところはありますか?」
幼子のようなかわいらしい女性が、気遣う。
「いやぁー、強いて言えば、元が気に入らないってところですよね。」
「うふふ、そんなことはないですよ。」
ちらっと輝いた目にニコッと微笑を浮かべながら、女性は軽ろやかにそう答えた。
こぎれいなうっすらとした化粧が、ふうっと鮮やかな色に変化した。


スタジオでメイクを初めてしていただいたそのときの1シーンである。


売り出すための写真を撮るため、わざわざ渋谷に足を運んだ。紹介なので、料金はとても良心的である。
…『男性もご遠慮なくメイクサービスを利用されてかまいません』
紹介筋の言葉に、このときとばかり腹をくくってお願いしたわけである。

女性は慣れたタッチだが、幾分遠慮がちか丁寧なゆっくりした手つきだった。

(へぇー…化粧ってこんな気持ちの感覚なんだ…芸能人って、結構気分がいいもんなんだな。)

自分のために手を加えてもらえる感動を味わった。


そこではじめて身につまされたものがあった。
人は、他人との関係を前提としなければ、
自分自身が成り立たない。

顔は、相手から見られることのためにまずある。その表情如何で、自分との関係が他動的に決定してしまうのである。だからこそ、相手のためにある顔の表情を通して、喜んでいただかなければならない。自分のものという観念、私的なものである前に、公的なものであるのが「顔」なのだ。「顔」は人様に役立たなくては、ならないのである。

実際にこうした機会を得て、貴重な実体験を通過した。

同時に、自分という人間が商品化されなければならぬことをつきつけたのである。


今までには考えられぬことであった。
しかし、人はどこかでそうした仮面を被っていくことで社会を構成するという割り切った中で、自分を演じていく必要性を実感したのである。同時に、だからこそ見えてこない部分や聞こえてこない本音を察知してあげることが気遣いなのだ、と悟った。
Posted by devil666 at 01:23:02Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-04-04

春休み

こどもたちの春休みが終わろうとしています。

特に卒業進学という区切りを迎える場合、悲しみにくれている暇もなく、新しい環境に慣れ親しめるかの不安など、気持ちの切り替えが忙しい毎日であったのではないでしょうか。


人生は情緒を味わう暇もなく、次から次へと課題を突きつけるときがあります。


何事も準備が大切なのですが、そう十分な準備ができない場合の方が多く、あたふたして必死になっているときの方がいい結果が出る場合が多いという気がします。

いずれにしても、『時』は恐ろしいということを知らなければなりません。

「時」は、すばらしい結果をもたらしますが、全ての結果を水に流し奪う場合もあります。

この、「時」を失わない生き方ができれば、人生はバラ色になるでしょう。
Posted by devil666 at 00:06:07Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-04-02

鑑定の心得

人生に深く関わろうとする占いは、諸刃の剣であります。また、鑑定は心の鏡であるわけですが、同時に占い師自身の鏡でもあります。

目に見えない事実をできる限り明確につかもうとしても、当然限界があります。これは占術をつかう人だけでなく、霊能者でも同じことが言えるのではないかと思います。


占い師である以上、自分の占術からの判断でものを言わなければ、占いになりません。

最近では統一場理論というものがありますように、体験世界が新たな事実を作るということに目線が置かれるようになりました。

まさに占いとは、共鳴して生じる新しい事実であり、内容がそのまま過去を当てるだけで終わったとしても、その事実自体が新しい体験であるということから未来を形成しなければなりません。

わたしの占術である推命と易は、

明らかに、

今の社会では嫌われている

「上から目線」

であります。

ボクはこのこと、つまり占いの成立根拠自体が好きではありませんが、
実際の鑑定では、
「どこまで厳しくモノを言うことができたか」
ということが鑑定の成功・不成功を決定するバロメータであるといっても過言ではありません。
○木先生はこのことを熟知した占い師であり、そのあたりが芸として突出していたためショーとして番組が成立できていたということが可能かと思います。

占い師には、最近の時流からは嫌われやすい、
嫌われ役に徹しなければならないという宿命がついてくるのだということができます。

実際の対面鑑定ですと、
そのあたりが実は上手に緩和される場合が多いのですが、一種の恐怖感から、メールでのやり取りを希望する方も多いのではないかと思います。

しかし、メールの方が、端的に外枠を決めて術で勝負するしかありませんので、厳しい言い方になりやすいのが実際なのです。

しかし身体を持っている人は、体験世界をつくって大きく成長するようになっていますので、対面鑑定にはやはりかないません。上から目線にもなりにくいのです。

お近くの方は足を運ばれるといいと思います。

そのほうが、結局料金的にもお安く充実度やメリットが大きいと思います。
Posted by devil666 at 23:55:51Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-03-28

一日の目標

どーもあわただしい日々が続いています。きっと年度末ということも拍車をかけているのでしょう。いまさらですが、PCに向かう時間が限られるというのが、なんとも悔しい思いがいたします。

あっという間に、春只中、再出発のときを迎えてます。が、今年は全体的に大きな飛躍が望めない一年ですね。世界経済の動向から力関係が大きく動いています。何事にも準備が必要です。大きな変化を先取りできずに、意外な問題が噴出している今日、その変化に対応するべく動こうとしても、いかんせん思いと現実が大きく乖離して足元が揺らいでなかなかままらなず変化しきれない年のようです。

しかし、こうしたときにあせっても結果が出るわけではありませんので、落ち着いて日々の仕事を黙々とこなしていきましょう。現状維持で、残れるだけでもOKとしていいと思います。

こうした中で、イエス様の言葉が俄然輝いてきます。前にも取り上げましたが、『明日のことで思い煩わないこと』です。

そして一日、一日の積み重ねをしていくことです。

この、一日の目標は明確であった方がよいですね。そして、自分なりのものであったほうが実は、よい。こうした自分なりのテーマを、私は、その日一日の大きな山(目標)場として「2つ」こなすのがいいと思っています。どんな忙しい時間をすごしても、やりきったと思える、勝負どころになる目標を一日一日の出来事で事前にイメージをつくっておき、テーマを2つ作っておくことが大切です。これが、どんな場合であっても、形として現れてくる「2つ」のことを持つのがいい。少なくとも2つのテーマ、問題を処理して明日に進むことができるよう、課題を作って一日を終えて休むのです。自分なりの些細なことで結構です。きちんといいことができた、納得したなと思える状態を作るテーマです。

そのひとつをできれば午前中、ねがわくば朝のうちに片付けてしまう。そして午後からもうひとつのテーマに取り組む。うまくやれば、帰ってからよる自宅でもうひとつの課題をこなしてプラスアルファーで一日を終える。そうした課題を作ってすごすと毎日がかなり充実します。

基本となる生活サイクル、決め事を守ると同時に、一日のテーマ、異次元の課題をひとつずつ合計2つを消化する生活を身につけると、あとあと大きな差が出てきます。人それぞれですが、その人の開運のときに、一見異次元に見える課題が、見事にミックスされ、クロスオーバして結びつくことになる。成果の相乗効果ですね。


一日ひとつのことをこなすのでも、もちろん充分ですよ。一日なんて簡単に過ぎてしまうものですから。でも、いい仕事をしたい、人生に付加価値をつけたい場合は、物足りない。もっとマルチな生き方でワイドなつながりをもつには、確実にふたつは必要になる。ぜひ、心がけたいものです。
Posted by devil666 at 02:04:05Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-03-17

悪戦苦闘の一週間

今週は自分のスケジュールをこなすので精一杯であまり余裕のない一週間でした。新しい社会を垣間見る決意をした今月、今週は実際にたっぷりとそうした生活を味わい、充実したと同時に本当におつかれさまでしたの毎日でした。

明日からの一週間も、スケジュールが詰まってます。風水の仕事、霊界解放の仕事、占い講座の仕事など、大事なお役目が目白押しで緊張しなければなりませんが、あせらぬよう心していきたいと考えております。


何度か足を運んでくださっているゲストの皆様、また回数を重ねてくださるゲストの皆様の口コミのおかげで水面下で浸透している気がしています。真実、感謝でいっぱいです。わたくしを評価してくださる方は、本当にみな、すばらしい方ばかりでこれには極めてありがたい思いです。なにかみなさまとはどこか自分でも知らない深いところでつながっている気がして、こうしたゲストの皆様に支えられていると実感してやみません。

より以上の良質な内容を提供するべく、さらにレベルアップする決意です。

どうぞよろしくお願いいたします。
Posted by devil666 at 01:27:23Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-03-15

ロッテ黒木選手の引退に涙。

私は千葉に住んでおり、ロッテファンです。
なかでも「千葉ロッテ」の存在を球界に示し、果敢に向かっていく闘魂黒木投手は、ロッテのチームカラーの中心であると同時に野球人として尊敬しており、目標・生き様の鏡でファンの一人です。

マリンスタジアムには毎日「家族招待席」がありました。これは黒木選手の自腹を切って設けられていつものであり、抽選でご家族の方をご招待していたのです。

マリンズはプロ野球界の最大の連敗記録を持っています。そのときの連敗最終試合は、黒木投手でした。あと、一歩で連敗が止められると最終回ツーアウト、最後の打者ツーストライクまで追い込んで渾身の力をこめたストレートを外野席に運ばれ逆転されてしまい連敗記録に終止符を打てなかった。

そんなロッテの低迷期の苦汁を舐めて、這い上がってきた。松坂投手が高校卒のルーキーで西武にいたとき、ロッテのマウンドを任された黒木投手。

肩の故障が長引いていたけれど、ファンの願いもあって今日までがんばってきたのでしょう。しかし今日、引退のセレモニーが終わりました。



私も、まだまだ駆け出しであり、十分ではないことを反省しております。しかし黒木投手のように、真っ向から勝負していくぶつかる気持ちを絶対に忘れないということ、さらにそしていつか身を引くそのときに、どんな結末を想定して終止符を打つのかを今、はっきり意識できる状態がなければならない、身につまされる思いがしましたね。
Posted by devil666 at 23:49:35Comments(0)TrackBack(0) │その他
2008-03-11

努力の賜物

一昔前までは金科玉条のように「努力」という言葉がもてはやされていました。しかし効率が求められている現代において、合理的科学的思考がさらに高度に発達した結果、無駄な努力に対する批判がなされると同時に根性主義に基づいた努力については懐疑的な風潮が主流を占めることになりました。


成果を追求し効率を求めて時間の短縮をもたらした反面、回り道を極端に嫌うことになり、努力そのものの意義が薄れてきたという、功罪を生むことになりました。

社会の動向とは、経済がまずいち早く反応し最先端を行く形になっています。努力にたいするイメージの変化は、「お金」についての考え方も変えて行きました。。効率よくお金を扱うという面、無駄をなくすということで非常に大きく貢献した、そしてお金のイメージを気楽なものにした。投資で儲ける、利回りで稼ぐ、ネットで稼ぐというのもそのひとつでしょう。今もまだ、この分野で経済は大きな発展と進歩の道を歩んでいます。コンピュータ化に伴い、当然、人と人とが会うというなまの人の手が介在しない社会が振興し、人々の生活感覚や意識に大きな変化をもたらすことになった。無駄・面倒なことを避けることで、努力という言葉自体の内容、ニュアンスも大きく変化したのです。

このことは社会性としての人間関係・生活感覚に歪をもたらしました。機械に囲まれていても、身体を持った生身の存在であるということから逃れることはできません。結果、自分の存在の意義や本当の価値を確認するため人と人とがふれあう男女の恋愛関係、エロスの場にその活路を傾けてしまいやすい現代であるというのも自然の成り行きで無理ないのかもしれません。

努力とは、面倒なことであり、苦労が伴います。しかしこうした面倒なことや苦労は何かを成すために、節々でどうしても必要になります。避けて通れません。単純に言えば、体を動かすことが必要になります。どうしても無駄なことや回り道をしなければならないことが出てきます。
このとき、その人なりの工夫が出てきて、その分野での先駆者になってきます。無駄な努力がなければ、到達できない領域なのです。

こうした領域に到達するには、日々改善が必要ですが、それは無駄を恐れないことです。結果が現れないと、無駄に感じてしまいます。しかし、結果は、時が来ないと現れてきません。その覚悟を持って、自分を信じて最後までやりぬくことが努力です。四柱推命の命式をみてつくづく思うのですが、改善の努力、その努力を生む信念がないと、いい運勢がきても何も起こりません。その運を迎えるまで、どんな目標、目的意識を持って何を積み重ねてきたのか、時が来るまでじっと耐え忍び努力を怠らない生き方をしてきたか、そうして初めていい運のときにやっとしっかり実る結果が出てきます。

つまり人生目標がなければならず、
その目標にむかって最後までやりぬく努力があって、その上でいい運がきてはじめて実るようになっています。いい運が幸運を運ぶのではありません。あくまで努力の内容を証明するに過ぎません。努力という前提があってはじめて、実りを刈り取ることができる時がいい運であるという意味なのです。いい運とは、努力が正当に認められるという意味なのです。裏を返せば、悪い運は、努力が正当に認められない時期であるという意味です。

努力すれば何事もなるわけではありませんが、必ずいつかふさわしい結果が与えられます。その結果から意識の変容を起こして、別のもっと満足のいく納得のいく結果を求めて目標設定しなおせばいいのです。これも改善の一つです。

ぜひ、目標に向かって努力する意識を失わずがんばりましょう。
Posted by devil666 at 01:20:21Comments(0)TrackBack(0) │その他
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