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プロの占い師が集う[占いブログ]
占い師プロフィール

プロフィール

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名前 ヨハネ
性別
自己紹介 易者であり、自称無教会派のキリスト者。
趣味 音楽鑑賞
スポーツ
好きな
食べ物
コーヒー。酒は飲まない。

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静かな一日

2008-09-19

「問題に決着をつけることではない。・・・途上にあることを真に受けとめることだ。」

〜ハイデガー

存在の特徴は、すべて根本的な疑いの光にさらされている、とハイデガーは言う。つまり、“これでよいのだろうか・・・?”と今の「存在」そのものを疑問視する問いかけを発する。この問いは、自分が本来すべきことへの覚悟や、本来あるべき姿への洞察を促します。人であればこそ、善悪の価値判断が作用する能力があることを無視することはできません。この良し悪しは、究極的に「ある方がいいか、ない方がいいか」を決定することでもあります。最善をめざし、より良い可能性を問い直すわけです。

世間並のことで済ませようとする自分、現状に甘んじてしまう自分はだれにでもある「自分」を構成する要素です。しかしハイデガーはそこに<埋没>してしまうことは『自己逃避』である、と断言しました。
かわりに、ハイデガーは(これでよいのだろうか)という根本的な問い直しをすることが自身の自由性を保障するものであり、途上にあることを真に受けとめることで可能性の扉を開くのだ、そのことが、自由な存在として自らが優位に立つことになる・・・と考えます。

自分はどうして自分なの?

こうした自己喪失や自己分裂状態はだれにでもある、健全な状態であり、この時自身が最大限自由を行使しているのである。むしろ世間に合わせて生きる方が自己を見失っていると警告します。

鏡に映る自分を正面から見ることは自分でありうることの限界を知ることであり、
その姿に問いかけることが本質に語りかけること、自分でありうることへの最大の可能性に向かっているのだということになる。

自分を失い、自分とうまくやっていけない・・・これは人間の自由な本質とかかわりがありそうです。


人は自分でありながら、自分を超えていく存在である、
つまり本質を掘り下げることが成長するということなのかもしれません。

Posted by devil666 01:26:09Comments(0)TrackBack(0) │その他

占いについて

2008-09-16

毎日占いながら、「結局占いって何なのか?」って疑問に思うのです。
それはもう、真剣深刻に考えちゃいます。
未来とはとらえどころがない世界であるということが前提にあるのになぜ未来を占うのか。どこまでを占いに期待していいものか。

たとえば未来を扱う上での実証性という点をどのように保証するかという難問です。
いうまでもなく占いはこの「実証性」という点で、科学に完全に負けてしまっているのです。

Posted by devil666 01:25:06Comments(0)TrackBack(0) │その他

お願い

2008-09-14

今日はせっかくお越しくださったのに
あふれてしまい占うことができずに
お帰りになられたお客様
申し訳ございませんでした。

深くお詫びいたします。

どうしても重なってしまい、
多くのお客様をお待たせして
ご迷惑をおかけしております。

できる限り皆様とお話ししたいので、
よろしければご遠慮なく事前にメールや電話などで
ご連絡いただけると多少の融通がきき大変有り難く存じます。


こちらからの一方的なお願いで恐縮ではございますが、
なにとぞよろしくお願いいたします。

Posted by devil666 23:43:55Comments(0)TrackBack(0) │その他

夏のある日

2008-09-14

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夏の思い出

Posted by devil666 01:18:31Comments(0)TrackBack(0) │その他

病院からの風景

2008-09-11

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「いつもこの時期になると、どういうわけか、何か新たなものが胎動する…。」
そう呟いて、男は今年一年を振り返った。
そういえば昨年は大きな波が押し寄せて、
今までの会社勤めに見切りをつけ、
新たな事業に取り組んだ結果、
落ち着いて横になることがないほど
自分を追い詰めながら昼夜なく働いた。

そんな矢先に、大量の血を吐いて緊急入院となった。
胃潰瘍である。

一週間の絶食治療という考えもしなかった状態に突如置かれてしまったのである。
窓から外を覗きながら、世間とは隔絶された閉じられた世界に自分を置くことを許された。

ふがいないことであるが抵抗することのできないどうにもならない力があることを思い知らされたわけである。


「自分を取り戻そう。せっかくだから…。」

こうして朝の新聞に隅から隅まで目を通し、聖書に読みふけり、最後まで自分が信じるものは何かを問い直していった時間が過ぎていったのである。


「どこまでもフィクションの世界であったものが、まさか現実の自分の人生に直接訪れるとは思いもよらなかった。」


そう思いながら、自分の運命とは何か、運命とにらみっこしたのである。


男は、その時のことを考えて、懐かしく思う。
自分がどこに向かって生きようとしているのか、
過去の青春時代の失敗を受け入れながら、
今の自分があるということをそのまま受け入れようと
素直な気持ちになれた入院生活であった。


何もなくていい。


“ヨブは立ち上がり、上衣を裂き、髪をそり落し、地に伏して拝し、そして言った、
『わたしは裸で母の胎を出た。
また裸でかしこに帰ろう。
主が与え、主が取られたのだ。
主のみ名はほむべきかな。』
…ヨブ記第一章20節”



男は携帯に残っているあの時の風景写真が目に飛び込んできた。
そうしてふと、ヨブに自分を重ね合わせようとして勇気を得た原点を思い起こしたのである。

Posted by devil666 22:41:13Comments(0)TrackBack(0) │その他

運命が“人”を作る

2008-09-11

人の運命とはいかに?
さまざまな憶測が飛び交う。

おおよそ「性格が運命を作る」・・・と考えているようである。
しかし、鑑定をしてみると、
人の性格より運命の方がはるかによく当たるというのが私の実感である。
性格とは、先天的な要素と後天的な要素が合わさってできる。
しかし、運命というのは、宇宙から生み出されたものであり、
その構造は演繹的に分析することができるのである。

当たり前であるが、人は複雑である。
人は他人の性格について簡単に言及するけれども、立場や見方が異なれば、いかようにもとらえることができてしまうので、正解がない。
事実性格テストで自分自身の性格分析をするときにさえ、気分によってその結果が変わってしまう実にあいまいなものである。

人は状況によって、自分を我慢して出さなかったり、演技をしたりしてその場を取り繕うこともある。その上手下手はあるにしろ、ある種の多重人格性を持っているということになる。

そうした変化の軸になるもの、それが運命だ。
どういう運命的事情に取り囲まれているのかをつかんだ方が、事の成り行きや人の実際を説明しやすい。


よく、「あのひとは・・・どう思っていますか?」
という質問に対して占うことがあるが、

「思いの世界」とは一様でないため、実に難しく簡単ではないのだ。

コンプレックスを思い出してほしい。
普通人に対して、相反する矛盾する思いを同時に持つのがほとんどである。

また人の心が様々なレベルの階層構造でできており、その自分自身の心を十分自覚化できていないのが普通である。

人に対する感情とは、簡単に言語化できるものではない方が大半なのだ。



さて運命家は、
「運命」の構造を先取りして、置かれた社会状況を掛け合わせてどういった体験世界を通過し何が習慣化されているかを踏まえて、性格をつかんでいくのである。

Posted by devil666 00:45:29Comments(0)TrackBack(0) │その他

主人意識

2008-09-09

〜占いを有効利用するために

何の因果もなく、「気になる」が出発点で、
偶然に出したものから未来を予言する易。

それは未来と現在をつなぐ懸け橋となる。

たまたま偶然に出たはずのもの。

問いかけると、反応し今後の成り行きの道筋を暗示するというのは不思議だ。

ここから何を学ぶのか。
周易の場合、成り行きという現象面と同時に人の生き方である。
他の占いと明らかに異なる周易の一面は、
「君子」つまり社長になるための道が示されている。
民主主義であればひとりひとりが自分の人生の社長であることを自覚しなければならない。
周易を扱うと、主人であることの責任や主体性の有無が厳しく問われる。


周易は時勢に流されて生きるのではなく、
わが人生の本物の主人となり、自らの道を切り開くために
自らの命を立てることを目指す大人の占いである。

Posted by devil666 01:07:32Comments(0)TrackBack(0) │その他

ありがとう

2008-09-07

k先生、今日はお運びくださりありがとうございました。
残念ながらお話しできませんでしたが、
元気なお顔を拝見できました。
おいしいお菓子の差し入れをありがとうございました。
ちょっと疲れ気味でしたので、おいしく頂きました。
感謝申しあげます。

Posted by devil666 22:58:03Comments(0)TrackBack(0) │その他

恋愛の基準

2008-09-07

こころが弾むような、
言葉ではあらわせないほど、一緒にいて楽しい人を
人は好きになります。

互いにそうした関係であれば、
相思相愛でとてもハッピーな気持ちになります。

相手のすべてを許すことができます。

そんな運命的な出会いがあって、

互いに相手のことを考えて、
相手のために努力するけな気さが双方にあれば、
より深い絆が結ばれていきます。


見つめあえば、
いつも笑顔の絶えない関係。


自然と思いやる情が絶え間なく
自分を忘れるほど湧き出る感情。


自分らしい生き方をしていると
その自分らしい生き方をそのまま生きることが
楽しくなり
背伸びせず、
素直なままで自然に愛する人が現れてきたりします。


その人があなたの永遠のパートナーかもしれません。

Posted by devil666 02:30:22Comments(0)TrackBack(0) │その他

男は男なりの地獄を抱えて生きる

2008-08-29

男はただ黙って悩まなければならない。
男はその考えをいまだ修正するに至っていない。

少年時代のあまい楽園世界から、
いつの間にか現実という激しい欲望の争いの中に世界の様相が変わっていた。
周りの景色は何も変わらないのに、
人種が変わったように、
当たり前のように周りの人々が社会システムを簡単に容認することに
男は腹が立っていた。

Posted by devil666 01:22:46Comments(0)TrackBack(0) │その他

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