落語以外は芸ではないのか?(3)

20170620071042-b4b001e62c53c5ab0997ff2f0d838c25ab49d623.jpg続きです。

私の子供のころのことを考えると、落語はもう少し身近にあったような気がします(私は関西出身なので大阪落語ですが)。

しかし、今では一部の人を除いては完全に遠いものになっています。

能や狂言、歌舞伎と同じような感じですね。

そのうちに国の保護の対象になるんじゃないかな。

笑いは時代と共に変化していきます。

今はテレビが主流なので(ユーチューブその他の媒体も増えていますが)、芸もテレビにあったものになっているわけです。

簡単に言うとアドリブ系ですね。

そして、落語はアドリブには向いていない。

余談ですが、「笑点」の大喜利はすべて台本があり、リハーサルも行なっているそうです。

しかも、落語家のユーモアのセンスは、基本的に洒落や語呂合わせで、現代の芸人がもっとも避ける種類のものです。

ところで、落語以外の芸を批判した落語家は80歳になっても高座に上がって落語を演じています。

それを称賛する声も多いですね。

しかし、それは落語という芸がその程度のものだということでしょう。

同じ話を繰り返しているだけだからできることです。

味があるとの意見もありますが、一部のファンだけに通用するだけです。

長々と書いてきましたが、いくら年を取っているとはいえ、芸人が他の芸人を批判するのは、あまり感じがいいものではありません。

では。