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プロの占い師が集う[占いブログ]

foaf プロフィール

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名前 エリオン (Elion le Visionnaire)
e-mail elion@mbg.nifty.com
自己紹介 ソルボンヌ大学卒業
恋愛心理学のエキスパート

鑑定について

フレンドリーな鑑定を心がけています。

お気軽にご相談ください。

料金:4000円 (0〜40分) 以降10分1000円 (端数は四捨五入) 。できる限り追加料金が発生しないようにしています。[時間] 午前4時まで 


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悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(7)

2008-08-10

ところでエミリーが悪魔に憑かれることになった理由ですが、明らかにはされません。

彼女は幻覚の中で聖母マリアに会い、そうなる定めだと告げられます(これはなんの解決にもなっていませんが)。

エミリーは世間に悪魔の存在を知らせるための犠牲だと言うのです。

しかし、それが本当だとしてもなぜ神はそんな回りくどいことをするんでしょう。

そんなことのために罪のない女性を犠牲にしなくても、もっと簡単でわかり易い方法がありそうなものですが。

神を深く愛しているエミリーがどうしてこんなに目に会わされるのか、神は彼女を見捨てたのかとの疑問に答えは出されません。

好意的に言えば、結局、神のみわざは人には理解できないということです。

裁判にかけられた神父も神の問題は人には裁けないとして、控訴を断念します。

私にはまったく納得できませんが。

Posted by elion 08:00:05Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(6)

2008-08-09

しかし、これを法律で規定することは困難です(この辺の問題は非常に複雑ですからここでは深入りしません)。

弁護士はそこにつけこんだわけです。誰も完全には否定できないと言うことに。

これが日本だったら問題は簡単でしょう。聖職者であろうと、医師の資格を持たない者が医療行為を行うことはできないので、神父は間違いなく有罪です。

まあ日本では、神父による悪魔祓いの話は聞いたことがありませんが、祈祷師、巫女、霊媒といった人たちがお祓いをすることはよくあります。

その結果、人が死んだ事件が過去にあったようです。しかし、その場合でも信仰が裁判の争点になったことはないようです。

そう云えば、ちょっと違うかも知れませんが、昔、宗教上の理由から輸血を拒否し、子供を死なせてしまった親がいました(現在では医師は緊急措置として、両親の了承なしに輸血できます)。

彼らは罪には問われませんでしたが、世間から轟々たる非難を浴びました。日本ではやはり理解されないんでしょうね(私もけっして彼らの行動を容認はしていません)。

Posted by elion 09:32:21Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(5)

2008-08-08

この裁判で注意しなければいけないのは、アメリカでは(実際にはドイツで起きた事件ですが事情は変わらないでしょう)、裁判官や検事、そして陪審員もほとんどがキリスト教の信者であることです。

神父の弁護士だけは自分は不可知論者※だと思うと言っていますが。

※形而上の存在、死後の世界、神の存在、神のお告げなど、神学に関する命題の真偽、また客観的本質的な実存は本質的に認識することが不可能である、とする宗教的、あるいは哲学的な立場をいう。(出典:Wikipedia)

多分、こうした信仰の浸透度の深さは日本人の宗教観では理解できないでしょう。

そして、そのためにみんなジレンマに陥ってしまうんですね。

悪魔憑き、そして悪魔祓いを認めるかどうか。信仰心から考えれば、認めないわけには行きません。

Posted by elion 08:13:15Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(4)

2008-08-07

そして評決が出ます。有罪です。

しかし、陪審員たちは量刑に関する提案をします(陪審員は有罪、無罪を決めるだけです)。

裁判中の拘留期間で刑期を満了とすべきだというわけです。裁判長もこれを受け入れます。

要するに実質無罪です。大岡裁きと言うか。まあ弁護側の勝利と言っていいでしょう。

話は少し逸れますが、陪審員制の裁判では、事実がどうであるかよりも、陪審員を説得することが重要なんですね。

つまり、陪審員の心証が決定的な要素になるんです。だから、法廷での弁論術が大きくものを言います。

今まで、日本では刑事裁判の約97%が有罪になっていますが、裁判員制度が導入された後はそうも行かなくなるでしょう。

Posted by elion 02:39:04Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(3)

2008-08-06

それで、裁判が始まったわけですが、争点自体はそれほど複雑ではありません。

神父がエミリーの死に責任があるかどうかです。

すでに書いたようにエミリーの死因は栄養失調と自傷行為による衰弱ですから、神父が直接手を下したわけではありません。

しかし、彼は医師がエミリーに処方した薬の服用を止めさせました。

そして、医師はそれが死に繋がったと表明しています。

全体的には裁判は神父に圧倒的に不利なまま進むのですが、最終弁論で弁護士は起死回生の奇策に出ます。

一種の哲学論争に持ち込んだんですね。

「神と悪魔が存在するか否か。わからないが否定はできない。

エミリーは生まれつき憑かれ易い体質だったのか。可能性はある。

悪魔祓いが失敗したのは薬で脳が麻痺していたからなのか。断言はできないが可能性はある。

エミリーは、悪魔の存在を人々に知らせるために自ら進んで犠牲になったのか。断言はできないが可能性はある。

神父が過失致死の罪で有罪であることになんの疑問の余地もないのか。

事実は一片の疑問の余地のないもので、この事件では事実は何もない。

すべては可能性でしかない。唯一の事実は神父のエミリーへの愛である」

詭弁の最たるものですね。

こんなことを言い出したら裁判なんかできません。

何の疑いの余地もない事実だけを積み上げることなんか誰にもできないからです。

Posted by elion 01:55:47Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」(2)

2008-08-05

粗筋を紹介します。

19歳の女子大生エミリー・ローズが原因不明の病気にかかります(幻覚らしきものを見たり、体がエビぞったり)。何らかの精神的疾患のようなのですが、正確にはわかりません。

精神科の医師はレントゲンを撮り、一応、病巣らしきものを発見したので、薬を処方します。しかし、なかなか効果が現れません。

一方でエミリーはムーア神父にも相談します。そして、神父は彼女が悪魔にとり憑かれていると考えて、治療を中断させ、悪魔払いの儀式を行うんですね。

しかし、その効なく、エミリーは死んでしまいます。一応、死因は栄養失調と自傷行為による衰弱ということになっています。

ムーア神父はエミリーを死に至らしめたとして過失致死罪で起訴されます。

そして、有能な女性弁護士エリン・ブルナーが教会の依頼で神父の弁護を担当することになります。

悪魔祓いを巡る裁判の開始です。

Posted by elion 02:36:21Comments(0)TrackBack(0)

悪魔払いを巡る裁判−映画「エミリー・ローズ」

2008-08-04

昨日に続いて、宗教関係の映画の話をしたいと思います。

ちょっと前に少し話題になった「エミリー・ローズ」(2006年日本公開)です。

アメリカでは初登場第1位を獲得するなど結構ヒットしたようですが、日本ではそれほどでもなかったような。

当時は結構テレビなんかで宣伝していたんですが。

ローマ・カトリック教会が正式に認めた悪魔憑きの実話に題材を得た映画とかのキャッチフレーズ。

そして、若い女性がエビぞりするエクソシスト風のシーン(好きな人にはこたえられない)。

主人公を演じた女優の演技もあってなかなかの迫力でした。

だから、ホラー映画だと思った人が多いんじゃないかな。

しかし、実際にはこの映画は悪魔に憑かれて死んでしまったとされる若い女性を巡る裁判の話なんですね。要するに法廷ドラマです。

Posted by elion 03:09:32Comments(0)TrackBack(0)

イマジン−宗教と戦争の残虐さ(続き)

2008-08-03

ある日、主人公は、ムスリム側の捕虜になり、強姦されて身ごもってしまったセルビア人の女性に出会い、彼女が産んだ赤ん坊の世話をすることになります。

異民族に汚されたとして家族から拒否された彼女と赤ん坊を主人公は離れた場所にある赤十字に送り届けようとするわけです。

途中で彼女はイスラム側の軍隊に殺されてしまいますが、主人公はなんとか無事に赤ん坊を送り届け、人間性を取り戻します。

かなりほろ苦い終わり方でした。

この映画には、主人公の罪もないイスラム教徒たちの大虐殺や子供の射殺以外にもショッキングな場面がありました。

かろうじて運行していたバスの乗客(赤ん坊の母親もその一人)を敵側の兵隊たちが捕らえ、隊長が大きなハンマーのようなもので片っ端から殴り殺す場面です。

映画ですから本当にあったことかどうかはわかりません。しかし、戦争とは結局そうしたものでしょう。

よく日本人は平和ボケしていると言います。しかし、そう言っている本人も戦争の悲惨を実感として理解しているとは思えません(勿論、私も)。

実際にそうした国や地域に生きない限り、本当のことなどわかるはずがありません。

「イマジン」が言うように宗教なんかないほうが世界は平和になるのかも知れませんが、やはり宗教のしがらみが薄い日本人には本当のところはわからないのでしょうね。

Posted by elion 09:11:36Comments(0)TrackBack(0)

イマジン−宗教と戦争の残虐さ

2008-08-02

昨日、取り上げた「イマジン」では、宗教なんかない、人々が平和に暮らす世界を歌っていましたが、これに関連して、ちょっと前に、テレビで見た「セイヴィア」という映画を思い出しました。

ジャンル的には戦争映画で、大変重いテーマを扱っています。

以下にあらすじを紹介します。

主人公は米軍将校で、赴任地のパリで妻と子供を爆弾テロで失います。

彼は犯人をイスラム原理主義者一派だと信じ込み、葬儀場の近くのモスク(イスラム教寺院)で、多分何の関係もないであろう信者たちを全員撃ち殺してしまうんです(多分、10人ちょっと)。

そして、逮捕を逃れるために傭兵となり、ボスニア紛争真っ只中のユーゴスラヴィアにわたり、ムスリム側と戦います。

彼は狙撃兵だったのですが、はぐれた山羊を探すために、まったく無防備に近づいてきた少年を躊躇うことなく射殺します。

まあ、確かに酷いのですが、パリから行動を共にしてきた彼の戦友は女の子を前に油断し、手榴弾で吹っ飛ばされますから仕方がないんですね。

Posted by elion 07:26:52Comments(0)TrackBack(0)

言霊についての考察−イマジン−世論操作(続き)

2008-08-01

また、アメリカに追随してイラクに派兵したイギリスのBBC放送も放送禁止にしました。

要するにそうした戦時において、兵士や国民の士気をくじくというのが理由のようです。

それから、これは最近のことですが、英国国教会系の小学校が「反宗教的」との理由で児童が歌うことを禁止しています。

確かに、「想像してごらん、国なんかない。難しいことじゃない。何かのために人を殺したり、命を投げ出すことなんかない。宗教もないんだ。人々が平和に暮らすことを想像してごらん」(エリオンの適当訳)と言っています。

しかし、これは明らかに宗教上の対立のために引き起こされる紛争のことを歌っているわけです。

それを禁止しようなんてのはちょっと了見が狭すぎるのではないでしょうか。

まあ、宗教のことはさておくとしても、国民の意識を操作するためにラジオで流される歌まで規制しようとする国家権力のやり方は本当に露骨ですね。

日本では幸いなかったようですが、もしそんなことを政府が始めようとしたら注意しないといけません。

ただ、「イマジン」のようなわかりやすい基準になる曲をすぐには思いつきませんが。

「イマジン」の例もある意味では言霊の威力とそれに対する権力者の恐れを表していると言えるでしょう。

Posted by elion 03:25:57Comments(0)TrackBack(0)

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