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名前 エリオン (Elion le Visionnaire)
e-mail elion@mbg.nifty.com
自己紹介 ソルボンヌ大学卒業
恋愛心理学のエキスパート

鑑定について

フレンドリーな鑑定を心がけています。

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料金:4000円 (0〜40分) 以降10分1000円 (端数は四捨五入) 。できる限り追加料金が発生しないようにしています。[時間] 午前4時まで 


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ペットの話(3)

2008-08-31

今日もペット偏愛の話を続けます。

シカゴ大学の研究チームによると、人は寂しさを感じると動物やモノが意志を持っているように感じる傾向が強くなるんだそうです。

面白いのは、この傾向が「寂しさ」という感情に特有の現象だという点です。

例えば恐怖を感じても、擬人化傾向というのは強くなりません。

また、寂しさは嫌な経験であるだけでなく、命を危険にさらす恐れもあります。

人間は本当に孤独の中では生きていけないんですね。

人間にとって他人とのコミュニケーションというのは非常に重要なものです。

そしてそれができない時のための対抗手段として、「擬人化」というシステムが脳の中に備えられていると思われます。

要するに他人とのコミュニケーションに何らかの問題を抱えている人が、その代償としてペットに過度に感情移入し、愛情を注ぐようになるわけです。

「擬人化」しているわけですから、その人にとってペットは「家族の一員」になるのは当然でしょう。

こうい人は自分の独善的な価値観を他人に押しつけようとします。

そして、理解されなくても反省することもなく、ますます自分とペットの世界に閉じこもるようになります。

もう一つ興味深いデータを挙げておきます。

あるアンケートでは、ペットを飼っている女性は、飼っていない女性に比べ「恋人が欲しい」と答えた割合が少ないとの結果が出ています。

ペットがいる女性は結婚願望も比較的弱いとのことです。

ペットとの生活が異性や結婚への関心を薄れさせているわけです。

もう少し続きます。

では。

Posted by elion 13:26:32Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(10)

2008-07-13

こんな時、この人は自分を正当化するために、同じような駄目な人間を誘ってグループを作ったり、場合によっては優秀な人間を誘って誘惑しようとします。

優秀な後輩を飲みに連れて行って、「お前はできる奴だが、人生を知らない」と言って説教する先輩はその典型でしょう。道連れが欲しいのでしょうね。

結局、彼らは飲み屋で愚痴ばかり言って、クダを巻くくらいしか能がない人間になってしまいます(いくらでも周りにいるんじゃないですか)。

こうした人たちは元々、弱い人間なんですね。それで自分が怠けていることが「認知的不協和」なので、いろいろな形で正当化しようとします。

こういった状態から抜け出すためには、自分の弱い部分を見つめながら不協和を解消していかなければいけません。

これができなければ一生浮かぶ上がることは出来ないでしょう。

と言っても、別に会社で出世する必要はありません。どんな形でも、現実を見据えて頑張ることが大事なのです。

これでようやく認知的不協和理論の話は終わりです。

Posted by elion 09:09:36Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(9)

2008-07-12

先日、取り上げたつまらない仕事についた場合の例について、少し補足します。

ちょっと複雑ですが、面白い事実があります。

いやな仕事をしている人が後輩にその仕事を引き継ぐ際に、この仕事は面白いと言わなければいけないとします。するとその人は本当にその仕事を好きになってしまうんですね。

要するに、心にもないことを言ったことで認知的不協和が発生したので、それが本当のことであると思いこむことによって、解消しようとするわけです。

別の例を上げます。

大学で勉強をせずにバイトにかまけ、サークル等で遊び呆ける人がよくいます。まあ、学生の間は楽しければいいんでしょう。言い訳や正当化はいくらでも可能です。

しかし、就職すると事情は違います。社会には真面目に勉強して、知識豊富で優秀な人間が沢山います。

それに対して、自分は時間を無駄にしてしまったという事実に突き当たります。

Posted by elion 03:22:19Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(8)

2008-07-11

ここでちょっと視点を変えます。

相手と意見が合わないというのも認知的不協和になります。

たとえば、気が利いたつもりの意見が不評だった時、「あいつらはバカだから」と自分の説得力不足、思考力不足を棚に上げて反省しないんですね。
 
また、ある分野に通暁している専門家は、他の分野ではただの素人なんですが、偉くない自分を認めまいとする認知的不協和が働くため、自分が知らない分野の情報を軽視することがあります。

自分を過信し、知らない分野をくだらない分野だ、くだらない学問だと切り捨てようとします。
 
インターネット犯罪の報道を聞いて、「ああ、だからネットに入らなくて正解なんだ」と自分を安心させる機械音痴も認知的不協和の例です。

これらはよく陥り易い罠なんですが、自覚することで脱出することができます。できれば自分の考え方や行動を時々顧みる習慣をつけた方がいいでしょう。

Posted by elion 03:03:31Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(7)

2008-07-10

昨日、書いたようないい加減な終末予言がわりと簡単に信じられるのは、ここにも認知的不協和が働いているからです。

誰でもなんとなく不安に駆られることはあると思います。しかし、ちょっとプライドの高い人は自分は理性的な人間なのに理由のない不安に駆られていることが納得できないんですね。

そして、姿の見えない恐怖や不安に具体的な根拠を与えるために、不吉な予言を信じようとするわけです。

世界が滅びるとまで行かなくても、人を不安にさせるような悲観的情報が広く流布することがよくあります。

それが多くの人に受け入れられるのは、すでに前もって人々の間に漠然とした不安が広がっている時なんです。

例えば、非行が増え、悪質化しているという情報はそうした不安と協和的で、それを正当化あるいは明確に表現してくれから受け入れられるのです。

非行に対する現在の危機意識は、マスメディアの扇動の結果に過ぎないとは必ずしも言えないんですね。

マスコミがいくら騒ぎ立てても私達の側に共鳴するものがなければ深刻に受け止められることはないのですから。

Posted by elion 03:20:45Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(6)

2008-07-09

終末予言をする教祖を信じている、しかし、この世の終わりは来なかった、ここに認知的不協和が生まれます。

たいした信仰も活動もしてこなかった信者は、教祖に失望し、脱会するでしょう。

しかし、財産をすべて寄付し、家族も何もかも捨てて従ってきた信者は、そんなふうに簡単には思えません。

むしろ逆に信仰を強め、教祖のお陰でこの世は救われたと考え、ますます熱心に布教活動に励むんです。

また、こうした終末思想に社会に対する不満が加わるとさらに過激な終末論を生み出します。

社会への不満のために根拠のない優越感から、選良意識を持ち、更には他の人間たちの滅亡をも望むことさえあります。

そして、当然ながら、こうした人たちを一般社会に引き戻すことは容易ではありません。

まあ、これは極端な例ですが、実際にこうした人たちによって惨劇がを引き起こされたことがあるのは皆さんもご存知だと思います。 

Posted by elion 03:31:14Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(5)

2008-07-08

昨日取り上げた、苦労して入った会社がつまらなかった場合に、無理にそこが良い会社と思い込み、忠節を誓うようになるといった行動は他にも見られます。

カルト教団などで本人のプライドを傷つけるような厳しい儀式や修業を強制することがよくあります。

これが無意味で理不尽なものであるほど、新しい集団への帰属意識が強くなるんですね。

その理不尽な行為を行ったのは自分であり、それは取り消せないので、意味があったのだと思いこむ必要があるからです。

そして、一旦信じてしまうと、たとえば、教祖が地球の最後の日を予言すればそれをそのまま受け入れます。

新興宗教なんかではよくありますよね。終末予言を使って人々の信仰、価値観や道徳観をコントロールするわけです。

ところが、予言の日には当然ながら何も起きません。

Posted by elion 01:37:31Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(4)

2008-07-07

人間関係でも、誰かに対していったん良いイメージを持てば、その人の良いところを見ようとしますし、悪いイメージを持てば、悪いところを見ようとします。

「良い人」と思っている人に、あいさつをしたのに、返事がなかったら、聞こえなかったのかな、と思います。

ところが、「悪い人」と思っている人の場合は、あいさつをしたのに返事がないと、無視されたと感じるんです。

「返事がなかった」と言う情報を自分の中のその人のイメージと矛盾しないように、自分なりに解釈してしまったわけです。

もう一つ例を上げると、苦労を重ねて大学卒業して、大企業に入社した結果、そこがつまらない職場であったらどうするでしょう。

長年の苦労がひどい結果に、という事実を受け入れがたくて、いつのまにか、選んだ職場はすばらしいもの、会社におのれを捧げる、というこじつけを始めてしまうんです。

人はなかなか現実を直視できないのです。

Posted by elion 09:19:48Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(3)

2008-07-06

もう一つ認知的不協和解消の例を上げます。

コンピュータを買ったとします。沢山のカタログを見て、考えた末に選びました。

それで、普通に考えると、買った後は広告もカタログも見る必要はないのですが、それでも人は広告を見るんですね。しかも、自分が買った商品の広告をです。

別の広告を見て、もしもそっちの方が良いと思ってしまったら、「私はこのコンピュータを買ったのに、あっちの方が良かった」という認知的不協和状態になります。

これを避けるために、自分の行動が正しかったと思うことができる広告を読もうとするわけです。

人は、自分の考えに合った、都合の良い情報だけを選んで、集めようとしますし、なかなか自分の意見を変えようとしません。

また、情報を自分の考えに合うように、都合が良いように解釈します。これも不協和を高くしないためです。

Posted by elion 09:32:27Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法 (2)

2008-07-05

害があると思いながら、タバコを吸うのは、何となく落ち着かなくて、不愉快ですね。この不愉快な気持ちが「認知的不協和」ですね。

タバコを吸うこととをやめてもいいのですが、これはかなり難しい。

そうすると、人はタバコを吸っていても長生きしている例を探したり、タバコの害を低く見積もったり、「タバコと癌の関係は科学的に確認されていない」との考え方をとります。

そう云えば、先日、テレビ番組に出ていた医師も「タバコと癌の関係は・・・」とまったく同じことを言っていましたから、本当に良くあることですし、専門家でも陥り易い心理状態なんでしょう。

要するに「認知的不協和」から逃れるために、人は意識的にしろ無意識的にしろ自分の考え方を都合のいいように曲げてしまうわけです。

どんなことにでも理屈はつけられますから。

Posted by elion 00:26:14Comments(0)TrackBack(0)

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