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プロの占い師が集う[占いブログ]

foaf プロフィール

プロフィール
名前 エリオン (Elion le Visionnaire)
e-mail elion@mbg.nifty.com
自己紹介 ソルボンヌ大学卒業
恋愛心理学のエキスパート

鑑定について

ヒーリング・ボイス(癒しの声)を持っています。

一度、お電話ください。

基本料金3000円 (0〜20分) 以降1分150円

24時間対応 


電話:048 831 7949

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買い貯めの心理

2011-03-23

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買い貯めをするのは、物が足りなくなるという心配の他に、地震や原発事故という大災害に対して、何もできないという無力感をいくらかでも和らげたいとの心理からではないでしょうか。

だとすると、充分にありますと言うだけでは駄目でしょうね。

Posted by elion 08:59:46Comments(0)TrackBack(0)

夫婦喧嘩で長生き!?

2010-11-30

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ネットで面白い記事を見つけました。

ある米国の研究者によると、夫婦間で感情を押し殺す人々は早死にする傾向があるんだそうです。

これはミシガン大の公衆衛生学部と心理学部の研究者が、192組の夫婦を対象に17年間にわたって実施した追跡調査の予備的結果です。

調査は、不当に攻撃されたと感じた際に双方が怒りをあらわにするグループ、双方が怒りを我慢するグループ、妻だけが我慢するグループ、夫だけが我慢するグループの4つのカテゴリーに分類して実施されました。

その結果、怒りを我慢した人たちは怒りをあらわにした人たちよりも早く死亡する確率が2倍だったというわけです。

研究チームを率いたアーネスト・ハーバーグ氏は「長生きがしたければ、自分が不当な攻撃を受けていると認識するのは健康的であり、それについて話し合い、解決を図ろうとするのはより健康的なことだ」と語っています。

つまり、夫婦喧嘩が健康に役立つ可能性があるとの意見ですね。

どうなんでしょう。サンプル数が少なすぎて、この結論が正しいかどうか判断はできないなあ。

我慢するほうが早く死亡する確率が2倍だっと言われても、他のファクターが同じかどうかわかりませんからね。

人の長生きまたは早死にの原因は様々で、配偶者の性格、家庭環境、生活レベル、仕事や肉体的条件等、考慮すべきことがあまりにも多すぎます。

大体、人間を対象とした場合、すべての条件を同じにすることはできませんから、もともと無理なんですが。

とは云え、確かに言いたいことを我慢するのは誰にとっても良くないでしょうし、夫婦は人間関係の基本ですから、絶対に間違いだとは言いませんが。

しかし、実際には難しいだろうなあ。夫婦でも必ず上下関係がありますから、どちらかは好きなことを言えても、もう一方は我慢するしかないんじゃないかな。

まあ、言いたいことを言い合え、それがしこりにならない夫婦は仲が良いに決まっていますから、自然に長生きすると言うところなんでしょう。

ありきたりの結論で申し訳ありません。

では。

Posted by elion 17:39:52Comments(0)TrackBack(0)

値切りのコツ

2010-11-29

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あるテレビ番組で、商店で値引きをしてもらう秘訣というのをやっていました。

なかなか説得力があったので紹介します。

ただし、当たり前ですが、個人経営の店の場合に限ります。

スーパーやデパートで値切ったら頭がおかしいと思われますからね。

まず、店の商号や表札なんかで売っている人の名前を確かめます。

小さな店だったら大抵、ご主人が売っています。

わからない時はうまく聞きだすんですね。

これにもコツがあって、まず名前を適当に呼びます。

それで知っている人によく似ているから、親戚かと思ったとか言うんです。

それで相手が本当の名前を言ってくれるわけですね(いつもそんなにうまく行くかは定かではありませんが)。

名前を呼びながらちょっと話しをして、それから他を見て来ると言って、一旦その店を離れます。

そして、3分後に戻ります(あまり時間をあけると印象が薄れます)。

今度も名前を呼んで、商品をほめ、やっぱりこの店で買うことにしたと言います。

それからちょっと負けて欲しいと頼むわけです。

もちろん、100発100中とは行きませんが結構、値引きやおまけをしてくれるようです。

ただし、これをするにはかなりの度胸と演技力が必要ですね。

まあ、それはいいとして、かなり前にも書いた通り、人は名前を呼ばれると親近感が増します。

これをラポールを築くと言うんですが、別に値切る時に限らず、いろいろな場面で使えますので、たとえば初対面の人と話すのが苦手な人は一度試してみてください。

割と効果がありますから(効果がなくても責任はとれませんが)。

では。

Posted by elion 17:35:09Comments(0)TrackBack(0)

マザコンの話(続き)

2010-11-21

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昨日の続きです。

女性にも当然ながら母親とすごく仲がいい人がいるでしょうが、なにか男性のケースとは違うような気がします。

なんと言うか、マザコンの場合は、性的な匂いがするんですね。

昔、読んだ本に、母親は息子の下着を選んで着させることによって、セックスを管理しようとすると書いてありました。

いつまでも息子を自分の膝の下に置いたり、さらにはその相手になる女性に対するアピールと言う面もあるんでしょうね。

マザコンを難しく云うと、エディプスコンプレックスと言うことになります。

母親を確保しようとの強い感情を抱き、父親に対して強い対抗心を抱く心理状態の事です。

元々はギリシャ悲劇からきています。

それと知らずに父親を殺し、母親と結婚した王様の話です(最後は彼は自らの目を潰してさまようという悲惨な話ですが、なにかをほのめかしているような)。

これに対して、女性にはファザーコンプレックスがあります。

難しく云うと、エレクトラコンプレックスですね。 

女の子が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やす状態のことです。

これも父王を殺した母親に復讐するというギリシャ悲劇の物語から来ています。

しかしどうなんでしょう。

私には女性のファザコンは男性のマザコンほど酷くはないように思えます。

とはいえ、程度の差はあれ、すべての男性、女性がこうした傾向を持っていることは間違いないでしょう。

しかし、それを乗り越えていくことが大人になるということではないでしょうか。

いずれにしても、本人はともかく、そんな人間と結婚した男性または女性はいい迷惑ですね。

参考までに書いておくと、親子関係のキーワードとして、阿闍世コンプレックスというのもあります。

これは母親と子の間における葛藤が人格形成上現れるというもので、日本人が唱えた説です。

詳しく説明するのは大変なので、興味がある方は自分で調べてください。

では。

Posted by elion 17:45:59Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(5)

2010-10-22

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先日、取り上げたつまらない仕事についた場合の例について、少し補足します。

ちょっと複雑ですが、面白い事実があります。

いやな仕事をしている人が後輩にその仕事を引き継ぐ際に、この仕事は面白いと言わなければいけないとします。

するとその人は本当にその仕事を好きになってしまうんですね。

要するに、心にもないことを言ったことで認知的不協和が発生したので、それが本当のことであると思いこむことによって、解消しようとするわけです。

別の例を上げます。

大学で勉強をせずにバイトにかまけ、サークル等で遊び呆ける人がよくいます。

まあ、学生の間は楽しければいいんでしょう。

言い訳や正当化はいくらでも可能です。

しかし、就職すると事情は違います。

社会には真面目に勉強して、知識豊富で優秀な人間が沢山います。

それに対して、自分は時間を無駄にしてしまったという事実に突き当たります。

こんな時、この人は自分を正当化するために、同じような駄目な人間を誘ってグループを作ったり、場合によっては優秀な人間を誘って誘惑しようとします。

優秀な後輩を飲みに連れて行って、「お前はできる奴だが、人生を知らない」と言って説教する先輩はその典型でしょう。

道連れが欲しいのでしょうね。

結局、彼らは飲み屋で愚痴ばかり言って、クダを巻くくらいしか能がない人間になってしまいます(いくらでも周りにいるんじゃないですか)。

こうした人たちは元々、弱い人間なんですね。

それで自分が怠けていることが「認知的不協和」なので、いろいろな形で正当化しようとします。

こういった状態から抜け出すためには、自分の弱い部分を見つめながら不協和を解消していかなければいけません。

これができなければ一生浮かび上がることは出来ないでしょう。

と言っても、別に会社で出世する必要はありません。

どんな形でも、現実を見据えて頑張ることが大事なのです。

これでようやく認知的不協和理論の話は終わりです。

では。

Posted by elion 17:18:38Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法(4)

2010-10-21

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昨日、書いたようないい加減な終末予言がわりと簡単に信じられるのは、ここにも認知的不協和が働いているからです。

誰でもなんとなく不安に駆られることはあると思います。しかし、ちょっとプライドの高い人は自分は理性的な人間なのに理由のない不安に駆られていることが納得できないんですね。

そして、姿の見えない恐怖や不安に具体的な根拠を与えるために、不吉な予言を信じようとするわけです。

世界が滅びるとまで行かなくても、人を不安にさせるような悲観的情報が広く流布することがよくあります。

それが多くの人に受け入れられるのは、すでに前もって人々の間に漠然とした不安が広がっている時なんです。

例えば、非行が増え、悪質化しているという情報はそうした不安と協和的で、それを正当化あるいは明確に表現してくれから受け入れられるのです。

非行に対する現在の危機意識は、マスメディアの扇動の結果に過ぎないとは必ずしも言えないんですね。

マスコミがいくら騒ぎ立てても私達の側に共鳴するものがなければ深刻に受け止められることはないのですから。

ここでちょっと視点を変えます。

相手と意見が合わないというのも認知的不協和になります。

たとえば、気が利いたつもりの意見が不評だった時、「あいつらはバカだから」と自分の説得力不足、思考力不足を棚に上げて反省しないんですね。
 
また、ある分野に通暁している専門家は、他の分野ではただの素人なんですが、偉くない自分を認めまいとする認知的不協和が働くため、自分が知らない分野の情報を軽視することがあります。

自分を過信し、知らない分野をくだらない分野だ、くだらない学問だと切り捨てようとします。
 
インターネット犯罪の報道を聞いて、「ああ、だからネットに入らなくて正解なんだ」と自分を安心させる機械音痴も認知的不協和の例です。

これらはよく陥り易い罠なんですが、自覚することで脱出することができます。できれば自分の考え方や行動を時々顧みる習慣をつけた方がいいでしょう。

あと少しで終わります。

では。

Posted by elion 18:14:55Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法 (2)

2010-10-19

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もう一つ認知的不協和解消の例を上げます。

コンピュータを買ったとします。沢山のカタログを見て、考えた末に選びました。

それで、普通に考えると、買った後は広告もカタログも見る必要はないのですが、それでも人は広告を見るんですね。

しかも、自分が買った商品の広告をです。

別の広告を見て、もしもそっちの方が良いと思ってしまったら、「私はこのコンピュータを買ったのに、あっちの方が良かった」という認知的不協和状態になります。

これを避けるために、自分の行動が正しかったと思うことができる広告を読もうとするわけです。

人は、自分の考えに合った、都合の良い情報だけを選んで、集めようとしますし、なかなか自分の意見を変えようとしません。

また、情報を自分の考えに合うように、都合が良いように解釈します。

これも不協和を高くしないためです。

人間関係でも、誰かに対していったん良いイメージを持てば、その人の良いところを見ようとしますし、悪いイメージを持てば、悪いところを見ようとします。

「良い人」と思っている人に、あいさつをしたのに、返事がなかったら、聞こえなかったのかな、と思います。

ところが、「悪い人」と思っている人の場合は、あいさつをしたのに返事がないと、無視されたと感じるんです。

「返事がなかった」と言う情報を自分の中のその人のイメージと矛盾しないように、自分なりに解釈してしまったわけです。

もう一つ例を上げると、苦労を重ねて大学卒業して、大企業に入社した結果、そこがつまらない職場であったらどうするでしょう。

長年の苦労がひどい結果に、という事実を受け入れがたくて、いつのまにか、選んだ職場はすばらしいもの、会社におのれを捧げる、というこじつけを始めてしまうんです。

人はなかなか現実を直視できないのです。

まだまだ続きます。

では。

Posted by elion 18:19:49Comments(0)TrackBack(0)

自己正当化の方法

2010-10-18

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今日は認知的不協和理論の話です(かなり長くなることをあらかじめお断りしておきます)。

これは割りと重要な心理学用語なのですが、決して難しいものではありません。

先日取り上げたセルフ・ハンディキャッピングと同じで恐らく多くの人に覚えがあると思います。

認知的不協和とは1975年にアメリカの社会心理学者フェスティンガーが提唱したものです。

人が何らかの物事に遭遇した時に、それが自分が持っている「認知」と相容れない場合には不協和が発生します。

そして、通常その「不協和」を解消しようとするんですが、そのやりかたには以下の3つの方法があります。

現実を変えたり、考えを変える、または、事実を軽視したり、無視する、そして屁理屈をこねたり、問題をすりかえる、です。

ただし、1や2のように、「変化」させたり「否定」することは大変なので、実際には、3が選択されることが多いようです。

分かり難いと思いますので、具体的な例を上げます。

タバコを吸っている人の場合、タバコを吸っているという事実とタバコは害があるという知識には矛盾があります。

害があると思いながら、タバコを吸うのは、何となく落ち着かなくて、不愉快ですね。この不愉快な気持ちが「認知的不協和」ですね。

タバコを吸うこととをやめてもいいのですが、これはかなり難しい。

そうすると、人はタバコを吸っていても長生きしている例を探したり、タバコの害を低く見積もったり、「タバコと癌の関係は科学的に確認されていない」との考え方をとります。

そう云えば、先日、テレビ番組に出ていた医師も「タバコと癌の関係は・・・」とまったく同じことを言っていましたから、本当に良くあることですし、専門家でも陥り易い心理状態なんでしょう。

要するに「認知的不協和」から逃れるために、人は意識的にしろ無意識的にしろ自分の考え方を都合のいいように曲げてしまうわけです。

どんなことにでも理屈はつけられますから。

長くなったので続きは明日

では。

Posted by elion 17:18:02Comments(0)TrackBack(0)

人間性喪失システム

2010-07-09

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人間の行動についての、ある有名な興味深い実験があるので以下に紹介します。

被験者が2人、くじ引きで生徒役と教師役を決めます。

そして、実験を指示する指導官が別にいます。

教師は生徒に問題を出します。

この問題は比較的簡単なものです。

正解の場合は次の問題に移り、間違えば生徒に電気ショックを与えることになっています。

この電気ショックは1から10まで段階を調節でき、間違いが続くに従って強くなります。

レベル10では生命の危険さえあります。

最初のうちは教師は生徒に気を使い、弱い電気ショックを与える時も謝り、電気ショックを強くしなければならない時には躊躇します。

しかし、指導官に叱咤され、強く命令されると徐々に平気になっていくんですね。

しまいには、生徒が泣き喚き、許しを乞っても、教師は許さず、生徒が死ぬかもしれないレベル10まで電気ショックを上げてしまいます。

間違うほうが悪い、命令だからと言いながら。

当然ながらこの実験はやらせです。

生徒役はあらかじめ決められていて、役者が務めます。

生徒が間違うのはわざとで、電気ショックも演技ですから、何も苦痛など感じていません。

要するにこの実験は、どの程度まで教師役が命令に従うかを見るためのものです。

そして、ほとんどの被験者が逆らわず、生命に危険があることを知りつつ、電気ショックを与えます。

つまり、人は自分の責任ではなく、誰かの命令であるとの言い訳があればどんなことでもできるんですね。

こうした人間の性質は昔から経験的に知られていて、軍隊などではこれを利用して命令への絶対服従をはかっていました。

だから戦争時にはとんでもない残虐行為が行われます。

兵士は何も感じず、ただ、命令に従うだけです。

企業においても、会社に忠誠心を抱かせるようなさまざまなシステムが実施されています。

よく会社ぐるみでの犯罪行為が発覚すると、なぜ内部告発しなかったのかと言った疑問が出されます。

しかし、内側にいる人間には何も見えなくなっていることが多いんです。

自分で考えなくなった人間は人間性をも失くしてしまうということなんでしょう。

では。

Posted by elion 17:00:05Comments(0)TrackBack(0)

第一印象は大切だけど・・・

2009-09-03

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よく言われることですが、人は初対面の相手を大抵、第一印象で判断します。

そしてこれが後々の人間関係にまで影響を及ぼすことが多いようです。

そして、初対面の時に相手を早くわかりたいと考えますので、ステレオタイプに類型化しようとします。

これを心理学では「過度の単純化」と呼んでいます。

要するに人の理解力や認識力には限界があるので、できるだけあいまいさを排除し、理解しやすい形でイメージを作ろうとするわけです。

たとえば、血液型なんかもこれに大きな役割を果たしています。

そして、この第一印象を決める時に無意識にそれまで積み上げてきた自分の経験をフィードバックさせます。

つまり、過去の人間関係で学んだことを基に自分なりの見方を作り上げているわけです。

そしてこれが初対面の時に出てくるんですね。

会った瞬間にムシが好かないとかウマが合うということが誰にでもありますが、それがこのケースです。

さらに第一印象の形成には見かけやしぐさ、言葉遣い、雰囲気も重要です。

ただ、これは自ら演出している部分もかなりあります。

よく人が外見で判断してはいけないと言いますが、判断される方は自分の責任でもあることを忘れないほうがいいですね。

第一印象は、上にも書いたようにこれは過度の単純化ですから、かならず現実とはずれがあります。

また、世の中には第一印象を逆手に取って、人を騙そうとする人間もいます。

あまり第一印象に頼り過ぎるのは考え直したほうがいいでしょう。

では。

Posted by elion 17:14:41Comments(0)TrackBack(0)

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