イエスの知られざる生涯(H・S・ルイス著 たま出版)
2006-07-24
はいーなかなか梅雨が明けなくてじめじめしておりますが、また夏が来たら来たでやたら暑いんだろうなぁと思いますねぇ(^^;)。
そんな中、昨日鑑定受けていただいた方の中で、有機無農薬野菜を扱っている八百屋さんの方がいらっしゃったのですが、お土産にトウモロコシをいただいたのですね。
それで、びっくりしたのは、なんとそのトウモロコシは生で食べられるという。えーって最初思ってその場でむいて食べてみましたが、あらーホントジューシーでおいしいんですねこれが!しゃきしゃきした食感でほんとこう夏のデザートという感じでしたね。収穫してから3日くらいたってしまったからそんなに甘くないかも?ということでしたが、十分甘くておいしかったですねー。
このように生で食べられるのも、無農薬栽培だから、ということですが、あと感じたのはやはりそれを作っている方のオーラもなかなか良くて、それもおいしさの秘密なんじゃないかなーって思いました(^^)。
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さて、この本は、例の死海写本とかクムラン文書といわれているものに記述されていたものをまとめていますね。当時ユダヤ教の一派であった『エッセネ派』という清貧に生きた集団についてのことが主のようです。
そしてその集団の中にいたのが聖母マリアさんで、彼女が処女懐胎してから、その集団の方々もおお、これはすごい能力の人がうまれてくるぞーい、っというのが、事前にわかっていた、ということなんだそうですね(^^)。
それで、「エッセネ派」といわれている方たちはだいぶ温和をたもつようにしていたようで、こう描かれていますね。
彼らは普通、神聖に保つために完全に囲われ厳重に守られた構内または手入れの行き届いた建物の中で共同生活風に暮らしていました。
彼らの日常行事はすべて百人の審査員または評議員からなる、委員会または評議員会によって取り仕切られ、委員たちは週に一度会合を開き、組織の活動を検討したり、一般社会で働いている人々の報告を受けたりしていました。
あらゆる論争、苦情、試験、試練がこの評議員会で審理されていましたが、その中のある規則には、彼らはお互いについての意見を述べたり、組織外の人々についての意見を述べることに常に慎重であったことが示されており、また彼らが改心させたり援助したりしようとしている人々の生活や日常事に対しても、批判的でなかったことが示されています。
また彼らは彼らの規則の一つ、「人を裁くなかれ−自分が裁かれないために」を堅く守っていたのでした。
というように、清貧な生活を送っている方々がいたようです。どんどんこう幻想の世界の欲望から逃れ、感情の起伏をなくし、オーラを清浄にすればいろいろな聖霊さんともつながりやすくなる、ということだったと思うのですね。
で、この方たちが信条としていたことというのも、こう記述があります。
第一、<創造主>が原理法則である。<創造主>の特質は物質を通してのみ外面的な肉体の人間に発現されている。<創造主>は人間ではないのであり、また雲や光のような形態として外面的な肉体の人間に現れるものでもない。
第二、<創造主>の力と栄光は、人間の信心または不信心によって増大することも減少することもない。そして<創造主>は人類を喜ばすために<彼>の法則を無効にすることはない。
第三、人間の中の自我は、<創造主>からのものであり、<創造主>と一体となっている。従って、不死で永遠のものである。
ということですね、少し訳がわかりにくいところもありますけれども、第一はこの世界の創造主さんっという人もやっぱりいるんだと、でもそれは人間のような形をもって現れるわけではないということですね。どちらかというとすべてのものに宿っている、ということでしょうか(^^)。
そして第二の<彼>の法則というのは、カルマの法則みたいなもので、因果応報、正負の法則という感じだろうなーって思います。必ずやった事は自分に還ってくるということですねー、でも人間誰しもいろいろひどいことを前世なりでもやっている方が多いですから、許してほしいわけですが(^^;)まぁそうはいかないよー、せっせと仮を返しなされ、ということらしいです。
そして第三は、魂は創造主さんの一部分であるからにして、永遠で不滅だよ〜ということですね。ですからあの世に行くことというのも恐くない、というか、グループソウル一体となっていて安心で幸せなあちらがわからみると、こちらの世界のほうがいろいろあってあぁ恐い〜という感じだそうです(^^;)。
というわけで、日付改めるかもしれませんが又かければと思います(^^)
Posted by fy3on3 00:31:47 │Comments(0) │TrackBack(0)
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