いのち新し- 母として、霊能者として (竹内てるよ著 /たま出版)
2006-10-29
はいー今日は天気もよくお不動さんの縁日ということで、目黒不動尊までお参りしてきました。でも実は祐天寺から大鳥神社経由で歩いていったので、ちょっとした巡礼になりましたね(^^)。
あの、みなさんお堂の前でお線香をたいて、その煙を身体に振りかけていますけど、あれって確かにお祓いになるんですよね。私も都内の道を歩いているといろいろくっつくので(^^;)おかげさまで良い浄化になりました。
>>>
さて、この本ですが、竹内てるよさんというと、魂の詩人としてご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。そしてまた有能な霊能者の方だったわけです。裏表紙には少し懐かしい中村メイコさんの推薦の言葉も書いてありますね。
ではさっそく、巻頭から引用してまいりましょう。
<私の使命>
生きて生活している現世の人間の上に、今生を終わった霊魂が、いろいろの形で影響を及ぼすなどということを、人は信じることが出来るであろうか?
私の人生の初めに、このことを教えてくださった、あの暗い岩屋の中の体格のいい女神さまは、ひざの上の私の小さい頬をあったかい指先でさわられながら、
もしもこのようなことがこの世になかったのならば、人間はくるしみということをしらないでありましょう、とおっしゃいました。
苦しみを知らない人間ほど、価値のないものはありません。それは、野に咲く花のようなものであります、とおっしゃいました。苦しみとは何であろうかと、幼い私はただ目をパチパチさせるだけでありました。
お前はそのために行くのですよ、といわれても、何のために行くのか、どこへ行くのか…、苦しみのために行く、とただそれだけしか判らなかった、あの日の岩屋の外の明るい日光を、私は忘れません。
そして、「あぁ、私は人間の苦しみをやわらげるために来たのである。」と判ったのは、二十五歳、そしてその苦しみのために働くのだとはっきり自覚したのは、三十歳でありました。
という感じで、竹内さんは生まれる前の時の状態も思い出していらしたようなのですね。苦しみのない世界から、この苦しみがある世界へ、ということで、やはりわざわざ私たちは修行しに来ているのだなぁ〜ということもわかりますね、その自分が選択して苦労した分、魂が磨かれる、ということですね(^^)。
そして、竹内さんは霊視をします。
ふしぎな女の人がいました。髪の毛が、親子二代に渡って、細かく縮れている、というのです。その女の人は、何とかして、すっきりとのびたきれいな髪の毛になりたいと、相談されました。
この話を聞いた時に、私に何が視えたと思います?私に視えたのは、荷車に箱を積んだ、鳥打ち帽子の人でした。
あごの四角いその男は、一本の血に染まった棒をもっていて、箱の中ではおびただしい犬が叫び声をあげていました。大正時代前の犬ころし、つまり野犬狩りでした。
そして、その男の人と犬とを私が供養したことで、その女の人の髪の毛は、二日の間にきれいにのびたのでした。
うれしげに私にそれを見せながら、その人はいいました。
「世の中に、ふしぎという言葉のあることを初めて知りました」と。
その素直に美しく伸びた黒髪を手にとって、私はほろほろと涙を流しました。供養というものの果たす役割が、これほどはっきりわかったからであります。
供養は、ほんの少しの見栄も、外見も、人に見せるような心は不要とします。必要なのは、ただひたすらにあの箱の中の犬をあわれと思い、ただひたすらに、成仏してくだされと祈る心だけであります。その他に何も要りませんでした。
犬は一匹ずつ、大きい悲鳴をあげて終わっていきました。人間と同じにあわれであり、人間と同じで少しも変わりませんでした。私の中でも、供養者の中でも。すべては同じです。
と、はい、ホントこう昔はなかなか可愛そうでしたよね。でも、やはりどんな生き物も人間と同じ魂を持っているということに気付いて、そして暖かい思いやりをもって接していくことは、このお話を読んでも大切なんだなぁ〜って思いますよねー、また供養というのはお金とかじゃなくて、こう気持ちでよいのだと…。
さらに動物さんとのお話は続きます。
動物にも霊があります。セキセインコはききわけがよくて、鳩はなかなか強情です。猫は引き際がきれいですが、犬は未練ものです。くじらは理屈やさんで、象は素直です。
なぜ、鯨が理屈やさんであるとわかったのでしょうか。
女の人が来ました。全身が冷え切っていて食べ物が落ち着きません。そして、なんと言うことなしに悲しい、というのです。
写真からは果てしない海が視えて、大きいまき網がローラーから烈しい力ででてゆきます。一人の男が船尾に立って、モリを打ったものと思います。
捕鯨船です。
そのモリは子供の鯨にささって、その鯨はひっぱられてきます。モリを打った男は、私のところに来た女の人の息子さんです。
子供の鯨を取って、母鯨を引き寄せるのです。作業は調子よく進んで、大漁でした。母鯨の残念は、その猟師の男の人の母親に来ました。
夜毎に潮風の匂いが二人の部屋にしたそうです。私は母鯨に同情して、一心に供養しました。女の人はまもなく健康になりました。
人間というのはなんと言ういやな生き物でしょう。子供をおとりにして母鯨を捕るなどいうことをします。
鯨さん許してくださいね、と私は心の中で手を合わせました。
と、漁師さんも食べるためのお仕事とはいえ、やはり自然に対しての感謝がないと、そりゃー霊感のあるお母さんのほうにおしらせが来ますよね。またそれって軍隊とかでも同じで、お国を守るために正義の力でーってやっていても、巻き添えになった民間の方たちの思いなどはやはりその人のカルマになって行くということもあるかもしれません…。
眉間に赤あざのある娘さんが来ました。原因は廃馬にした農耕馬でした。多分、薬殺だと思ったのですが、馬が言うには、
「私たちは、手足をつるされて、ハンマーで殴られて死ぬのです、ここを」と眉間を指しました。
その馬の供養であざのとれた娘さんは、喜んで結婚しました。
馬が言うには、というと、みんなが笑います。馬だって犬だって、決して黙っていません。
生きとし生けるものには発言の権利があります。人間だけでしょう、用のないことまでしゃべるのは。馬にしても鹿にしても、大切なことより他はしゃべりません。
と、このようなお話もこないだのスーパーの社長さんじゃないですけれども、人道的に動物さんを扱うということがいかに大切か、ということにもつながってきますよね。
…まぁでも、こうしてみていると病気などは全部霊さんのせいでは?って思い込んじゃう方がかつては多くて、実は自分自身の生き方にも問題があるということを気付かない方もおおかったんですよね、よくなれば良い、と物質的に考える方が多かったというか…。
ですから、本当はこのような事例を霊能者さんが提示してくれることによって、あぁ動物さんもいろいろ学ぶために生きてるんだなぁ〜とか考えられるようになり、思いやりというものを学ぶことができるようになるとのが、良いと思うんですね(^^)。
そしてもうすこし動物さんのお話が続きます。
選挙のことで頼みに来た人がいました。隣の部屋で話をしていると、犬が袖をひっぱって言います。
「この人にはお世話になっています。買ってもらって一ヶ月たたないのに病気でしんでしまったのですから−−。病気は犬屋にいたときからあったのです。犬屋は少し(値段を)負けましたがね。」といいました。
この人はよく病気の世話をしたうえで、庭に埋めたそうです。犬は十分にその恩義を感じていました。
「可愛かったですよ」
とこの人は泣きました。
>
北方でそりを引っ張る犬を、供養したことがありました。
「一番つらかったのは、寒さではなくて、仲間によわい犬のいたことです。」
と、いいました、人間より立派な心持です。
セントバーナードという犬を知っていますか。飼い主が大切にしてくれたにもかかわらず、奥さんがケチなのでつらかった、といっていました。おなかを充実できなかったのでしょう。
…人間は万物の霊長といっていばっていますが、動物のほうが、よほど情もあり節もあります。
という感じで、ふーむホントですねぇ〜、「ポチたま」とかみてても、飼い主のことを気遣って家族を盛り上げて楽しませてくれてるワンちゃんも多いですよね、前世からの縁があるペットもいるそうですから、大切にしたいものですね。
…で、お話のついでに、私も何かしなくちゃですなーということで、こないだ知人の方からお話があったドッグレスキューをなさっている方にわずかながらご寄付をさせていただきました。
これももう年末なので税金対策?といわれちゃうとなんなのですが(^^;)独身ですと仰山税金払う事になり、あの太蔵君のグリーン車代金になってしまうだけなので、このように、使い道を指定できる税金としてお支払いする、という感じですよね。この方は個人で行っているので控除対象にはなならないと思いますけど、また動物愛護の輪が広がればよいなーって思います(^^)。
では引き続き第二部を分けてお送りします。
Posted by fy3on3 02:03:01 │Comments(9) │TrackBack(0)
↑PageTop