いのち新し- 母として、霊能者として (竹内てるよ著 /たま出版)その2。
2006-10-30
はい、今日はお天気もよく、ずっと鑑定ばかりしていて運動不足で体がなまっているのもあったので、又自宅から銀座あたりまで都内をどんどん巡礼してみました、上の写真は「芝大神宮」さんですね(^^)。
途中初めて汐留へ行ったのですが、あの太郎さんの絵は夏までの公開で結局拝見できなくて残念でしたねー、でもシオサイト周辺もオーラがなかなか良いところもあったりして、いろいろ勉強になりました(^^)。
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さて、引き続き竹内さんの霊視が続きます。
戦争はもちろんのことです。
こういう人がいました。広島の人で、全身が湿疹で治りません。私の目には、原爆が見えました。
全身のやけどに苦しんで、線路の脇に転がっていた男は、汽車が来るのを待っていて線路に転がり込み、汽車に引かれてその苦痛から逃れました。その人が視えたのです。
何人も責任を取らないその悲惨を、その人は湿疹と言う苦痛で、わずかにかかわりあって苦しんでいるのです。
もちろん、なおりました。しかし、やり場のないいきどおりを私は感じました。
いろいろの悲しみや不幸を見ているうちに、
私は霊というものの働きも、ききわけ方も怒りも、
みんなわかるような気がします。
生きているうちにこれらを明白にしておきたいと、今度はつくづく感じました。…
という感じで、原爆を描いた大きな太郎さんの絵もまた今年復活したということは、後世の私たちへのメッセージでもあり、これも偶然ではないのかなぁって思いますね…。そしてさらに戦争については…、
…歯科医を開業しようとした29歳の男性がありました。一日のうちに何度か理由なしに頭が右肩に傾いてしまって、手で戻さなければ戻らないという奇病になりました。
方々の病院に行きましたが、神経症というだけでわかりません、私のところに写真が来ました。
見る見るあたりは広い原っぱになり、50歳近い、白髪まじりの体格のいい中将が現れました。胸の階級章で中将とわかります。
「閣下、どうなさいました?」
と、わたしは尋ねました。相手はしみじみと、
「私たちは号令一下、全兵隊を動かし、その敬礼の列の中を胸を張って歩きました。全生涯をお国の為に働いたのに、なぜ処刑されなければならないのです?」
とおっしゃいました。
「ご存知のように国は負けました。みなさんは責任をおとりになったことになります」
と、私は答えました。もちろん供養しました。
歯医者さんは全快して、仕事を始めました。
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…昔の戦争中の軍馬の片付け跡地とか、牧場のあとの土地とか、犬や猫をうめたというのもさわっているときがあります。
これは清めてあげて大体回復できます。
大学の実験に使った動物なども、かなりの障害になっている時があります。家を建てるときは、土地をちょっと調べてみるほうが安全と考えます。
…と、まぁ奇病や難病がすべてがすべてそのような影響であるわけではないのでビクビク心配することもないのですが、そういうこともある、ということですよね。ですからもうほんと戦争も動物実験も人や動物の気持ちをおざなりにした行為だから、思いが残ってしまうわけですよね。今後はどんどんやはり思いやれる心、江原さんが言うところの「想像力」を使って、私も行動を自動化しないようにしないとといけませんなぁと思いました。
故人がガンで苦しんで死んだとします。
娘さんに喉の痛みが来ます。
「お父さん、いたかったでしょうね」
と言った瞬間、すーっととれたといいます。
故人の無言の訴えを聞いたからです。聞いて察知したからです。
「何で私にだけあたるのよ」
と、怒る人があります。その怒りのこころが、いつまでも回復できない心です。
「よくわかったわ。お察しするわ。でも、もう成仏してくださいね」
となると、なおります。たとえ犬を供養しても、鶏を供養しても、鼻で笑った人はいつまでも湿疹が直りません。
「可愛そうに」と、思った人のは、その日のうちになおります。
要は、人霊が訴えていることをわかってあげることです。五感のない人霊は、こうするより他に訴え方がないのです。それをわかってあげましょう、察知してあげましょう。
と、いうことですが、そうですね、共感して理解してあげるとスーッと成仏なさると言うことも、「天国への階段」を見ているとよくわかりますよね。それで、よく問題になるのが、「自分は霊さんが何を言っているのかわからないのによく寄ってこられて大変」という方ですよね。あまりこう優しい気持ちばっかりでいると、そういう人にはストーカーのようについてくる霊さんも…というお話はオーラの泉でもお話してましたよね。
ですから、ケースバイケースですけれども、霊さんとの対話もホント人間と同じで、冷静にコンコンと諭していってと言うのも良いことも多いようです(^^)。
またご先祖供養でなるほどーと思ったのが、
「ご供養してもらったら、本家のほうばっかりよくなって、私のほうはダメよ」
と、言う人があります。
本家でもどこでも、よくなればいいではありませんか。
自分だけよくなろうという心が、みんなよくなろうということにならなくてはいけないと思います。
というのも、そうですよねぇ〜、「他人は自分」でもあり、必ず大元ではつながっていますから、人がよくなれば自分もよくなっているとなんですよね。ですから、人も大事にしながら、自らも大事にするというバランスをとるのがよいのかなーって思います(^^)。
…という感じで、もう少し感心するお話が続くので、また明日もと思います(^^)。
Posted by fy3on3 20:56:53 │Comments(0) │TrackBack(0)
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