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プロの占い師が集う[占いブログ]

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今年は全国各地巡礼して参ります予定です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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宮本亜門さんの「オーラの泉」

2006-06-28

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はい、ミンカルも大変ありがとうございました。(^^)

さて、始まりましたねぇー(^^)。お母様がいつでもついていらっしゃって、いろいろ助けてくださっているということですね。

太一君の守護霊さんが「風呂出しっぱなしで寝るな!」というのも面白かったですが(^^;)、亜門さんも前世から持ち越していらしているものも多いようですね。

で、前世は茶坊主さんで、いろいろ才能があったけれども座敷牢に閉じ込められて、最後に処刑されちゃった人ということですね。

仏像に囲まれていたということで仏像がすき、と、いうのと守護霊さんがイタリアの彫刻家さんで、どうも前世のなかにもあるようですね。お部屋などもその影響で全部シンメトリーにしているというのもおもしろいですねー(^^)。

後はお母さんのメッセージですが、つづきます。

>>

と、いうわけで、後半も長〜く書いたのですが、なぜか消えてしまったので、またUpできればと思います(^^;)。

Posted by fy3on3 23:26:36Comments(4)TrackBack(0)

世界6大宗教101の常識(大澤正道 日本文芸社)

2006-06-28

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はい、ワールドカップも夜中にやっておりますが、こないだスポーツ番組のオフトークで、フランス大会に出た呂比須ワグナーさんが、おっしゃってたことには、

スタンドにいる相手のサポーターからの悪いエネルギーというのもあって、たとえば最初にピッチに出たときに、その悪いエネルギーを受けると、ひじが痛くなったりひざが痛くなったりする、ということでしたね(^^;)。

ですから、選手はそのようなエネルギーを受けないような精神力を鍛えないといけない、ということでした。なかなかそりゃたいへんやなーとおもいますが、まぁ一般の生活でもいろいろなエネルギー飛び交ってますから、私たちも心を鍛えんとなぁと思いますねぇ(^^)。



さて、この本は世界の主な宗教をわかりやすく比較していて読みやすい本だったのですが、その中で神道がどうしてほかの宗教にはほとんどありがちな「伝道」をしなかったのか?ということについて触れています。

仏教やキリスト教が布教に力を入れたことはすでに書いたとおりである。ところが神道には布教をめぐる感動的な物語はほとんど見当たらない。そういえば神官の殉教とか殉難の話もあまり聞いたことがない。

そしてその理由は4つあり、

1.ゆっくりと形成されてきた自然宗教だから。
2.教祖様がいないから。
3.実利実益を求める実行宗教だったから。
4.習合宗教だったから。

ということですね。



神道の中心は経典ではなく、あくまでも祀りである。祀りとは神と人との共存行為である。祓いや禊を繰り返し行うことで、絶え間なく襲ってくるもろもろの悪霊からわが身、わが土地、わが国土を清め、神々の降臨によって現世利益にあずかる−この祭事の実行が一番大事だったのだ。

−だいたい、神との共存を実現するのに人間の言葉はあまり役に立たない。古くからわが国では言挙げは禁忌とされていた。言挙げとは大声で言い募ると言う意味だが、それくらいの神を遠ざける行為はないと信じられたからである。


という感じで、この月末も各々の神社では大祓の儀式がありますけれども、ちゃんと実利的な意味があるということですね。でも、言葉だけつかってというのは、実は古来からあまり功がないよーということは、つまり、神様もその人々のオーラを見ていろいろわかるのではないからかなー?って思うんですね。

ですから、おみくじをひいても、おー結構ずばりあたっておるやんけ、というのがちゃんと出たりしますね(^^;)。ですから、きちんと日々の行いを正してオーラを明るくしていくと、どんどんおみくじもよいものがでたりするということですね。

というわけで、明日は富士山です(^^)。

Posted by fy3on3 00:14:58Comments(2)TrackBack(0)

『岡本太郎 大博覧会』

2006-06-24

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はい、今日の東京も暑かったですねー。で、そんな中第二日本テレビ松本さんのコント「ザッサー」でも見よか〜と無料会員登録して、いざ見ようとするとそのコントは有料ということで、少し迷って他のコンテンツを探していたら、『爆発屋☆岡本太郎大博覧会』というコーナーがあったのでよってみたんですね(^^;)。

こちらの方もいろいろ内容を書いていらしてますが、おそらく昔、日テレでドキュメンタリーを撮ったときのビデオが載っているわけですね。

で、へぇ〜何でいまさら太郎さん?と思っていたら、「明日の神話」プロジェクトというのを日テレはやっていて、いろいろな経緯で行方不明になっていた太郎さんの傑作壁画を修復して汐留に展示しようなんてことを計画していたんですねー。

「明日の神話」プロジェクト

これを描いていた年がほぼ私が生まれた年くらいですから、ホントに古い作品ですが、やっぱり今見てもオーラが明るいんですね。悲惨な原爆がモチーフなのに作品は明るいという、オーラもあのピカソのゲルニカのような雰囲気をしているなぁってホント感じますねー。

それで、太郎さんの発言はやはり良いこといってますネェという感じですから、少し引用できればと思います。

太郎爆弾007号

−いずれ?また?そんなの逃げているだけだろう−

「過去のこととか、未来のこととか、やたらに訊く人がいますけれども、私は、過去を無視して、未来も無視しているわけです。

現にこの現在、瞬間瞬間に、爆発して生きるんだから、明日のことを考えたり、かつてあったことを思い起こしたりなんかして、ぐちゃぐちゃする必要は全然ないんで、

この今のこの現在この時点この瞬間に、もう、全部の自分のエネルギーをバァーっと吐き出して、それで、生き貫いて、ってことは、これは、ほんとに無条件に、そうやって生きることが、僕は、大事なんだって、

いずれ、とか、ね、また、とか、そういう、未来のほうに、責任を負わして、ごまかしてしまうってことは、僕は、絶対認めない…。」


ですって。すごいですねぇー、やっぱり今に生きてますね。実際に太郎さんほんとに瞬間瞬間に生きていたので、だいぶいろいろ周りの人は大変だったらしいのですが(^^;)、まぁうまくバランスとってなるべくこうありたいものですねー(^^)。

Posted by fy3on3 21:17:01Comments(0)TrackBack(0)

Miracles and Modern Spiritualism (邦題:心霊と進化と A・R・ウォーレス著 潮文社)

2006-06-23

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はい、ノストラダムスの予言ではスペインがW杯優勝?ということで、ほんとかなぁ〜と思うわけですが、だいぶ予言も暗号化されているわけですし、未来というものもどんどん変わっていますから、やっぱり優勝は見ているとセレソンでしょうかねぇ〜と思いますよね(^^)。



さて、この本はあの生物学的に有名なウォーレス線のウォーレスさんが晩年スピリチュアリズムに傾倒しているときの1955年に書いた本、ということですね。ダーウィンさんともお友達のすごくえらい学者さんだったわけですが、名探偵コナンドイルさんと同じように当時としてはだいぶヘンな方向にいっちゃったということで結構白い目でみられてしまったようですね(^^;)。

ですので、この本は内容的にも、スピリチュアリスト、な人々が起こしているいろいろな奇跡、当時は物理霊媒さんもたくさん活躍してましたので、かなり派手だったようですが、そういうことも歴史的に前々から実はよくあったことですよ、という感じで、広く一般にスピリチュアルなことを広めるためにいろいろ書いていらっしゃるようです。

たとえば、人体の空中浮揚ほど鮮やかな奇跡的現象はないと思われるが、これも何世紀にもわたって多くの証言が記録されている。その中から有名なものを2,3あげれば―

アッシジの聖フランチェスコはしばしば空中に浮上するところを大勢の人によって目撃されている。その事実は秘書によって証言されており、そんな時、浮揚した聖フランチェスコの足に触るのがやっとだったという。

スペインの修道女テレジアも大勢の修道女の見ている前でよく空中に浮揚したという。ロヨラのイグナチウスにも同じ現象が目撃された記録がある。「聖者の生活」の中で著者バトラーはそうした多くの事実が信頼性に一点の疑問の余地なき人物によって語られ、自らも見たと証言している、と述べている。

D・Dホームの浮揚現象に関しても、実際に目撃したことを進んで証言する教養人がロンドンだけで少なくとも50人はいることを知っている。


はい、レビティション(Levitation・空中浮揚)については、最近ではいろいろなイリュージョン系マジシャンも結構簡単にやってますから、目撃したからそれだけで奇跡かどうかというのは実は微妙なところでもあります。

たとえばまずこちらのバンバン空中浮揚している映像を見て、スゴイ!と思った方は、実は種あかしをみるとだいぶ残念に思うと思うのですね、もしわからない場合はまた聞いてください(^^;)。

まぁでも結構浮揚とか物質移動が先天的にできる方、前にムー大陸のときに出てきた冷磁力などを使えるようになったヨガ行者の方などではできたりするようで、実際はできたから奇跡、というよりは、オーラが見えますよ、という感じの雰囲気であったりもするようです(^^)。


そして、実際それらを可能にするのは人間の信念からということのようですね。

自然なものがいつしか奇跡とされ、また、われわれの信念というものが如何に簡単に先入観によって左右されるものであるかは、次の二つの事実がよく物語っている。

そのひとつは医学誌ロンドン・メディカル・タイムスに載った話であるが、コレラで死亡した患者が最後まで使用していたベッドにそのことを内証にして4人の健康なロシア人を寝かせてみたら、4人とも別に異常は見せなかった。

ところが、こんどはコレラ患者の寝ていたベッドに寝ていただきます、と告げておいて実際には清潔なベッドに寝かせてみたところ、そのうちの三人が本当にコレラにかかり、4時間もしないうちに死亡してしまった、というのである。


ふーむ、このお話が本当だったとしたら、こうやってお亡くなりになった方のカルマというのは一体全体どのようなものだったのだろうか?ということのほうがスピ的には大分興味深かったりもするわけですが(^^;)、まぁ実際にそのくらい人間の信念というのも強いエネルギーを出しているということですよね。常に自分の心も不安に駆られないようにしなくてはいかんなぁーと思いますねぇ(^-^)。

そしてもうひとつは…、

もう一つは200年ほど前の話で、当時バレンタイン・グレートラックという心霊治療家がいて、手で軽くたたくだけで患者を治していた。それを実際に観察したディーン博士の記録には次のように出ている。

「私は3週間にわたって彼と起居を共にし、延べにしておそらく一千人はいたと思われる患者を手だけで治療するのを観察した。そして確かに普通では考えられないことを見せ付けられたが、それは決して奇跡ではないことを知った。

現実に私の目の前で耳の聞こえなかった人がたった一回の治療で聞こえるようになったし、何ヶ月も苦しみ続けた痛みが2,3回で取れてしまう。

障害物や詰まったものなども簡単に取り除かれるし、胸部のガン性の結節もたちどころに消えてしまった。」



ということですね、なるほど、こりゃーあのハリー・エドワーズのようにすごいですねぇ。やはりそういう方がどの時代にもボチボチ出ていたんですね。

というわけで、そういう能力を持つにいたるのも実は前世からの行いや精神修養の賜物であるらしいので、あまり今回の人生だけでそうなってやろう、って能力開発ばかりに励むという人も、実はいろいろ問題がでて来ちゃったりしますよね^_^;。

ですから、こうまずのんびりマイペースに明るい信念エネルギーを前向きに作って行くのが、さまざまな予言なども全体的によい方向に向かわせていく原動力にもなるのではーと思います(^^)。

Posted by fy3on3 20:39:33Comments(1)TrackBack(0)

岡崎朋美さんの「オーラの泉」

2006-06-21

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はい、また一週間あっという間で、もう水曜ですねぇ(^^)。では岡崎さんのミンカルお待ちしております。スポーツ選手だとある程度パターンがあるような、でもないようなですよね(^^)。



で、はじまりましたねー、お部屋も急遽片付けたということですね(^^;)。そして、体を酷使してしまうくらい精神力が強いということですねー。格闘家の中で一番強いオーラをしているということですが、また切れると勝ったりするということですねぇ。

またロマンチックなところがあって結婚願望が強くて、将来の結婚相手も大きくてやさしくて無口でってことでしたね。

で、オーラは赤でちょっと黄色ということですね。いろいろなことをしようとして生まれてきた人ということで、エネルギーがっいっぱいのようですね。

守護霊さんは不動信仰をした行者さんということですね。護摩焚きをしていたようです。ローソクの日を見つめて集中すると良いということですねぇ。

あとは、身分の高い平安女性の方がいるのですが、料理が好きで家事がすきということですね。



そして前世ではギリシャの日の神様をあがめていた巫女さんみたいな方で、最後は生贄になって身をささげたということですね。

また西洋で、大道芸にだされた男の子だから、運動神経もよくて、動物もすきということですね。

そして目標をずっと持っていく方のようですね。良い指導者になるということですが、少しピンクを身に着けたほうが、やわらかくなるということですね。競技のときは赤とということですね、美輪さんもヘンな場所行くときは赤で魔よけするということですねぇ。

また正負の法則で心配なさっていたようですが、自分がそれだけ努力してきた分個々までこれたということでバランスが取れているということですね。守護霊さんもまだまだと思っているということで、またご活躍が楽しみですねぇ(^^)。



さて、来週はなかなかいろいろありそうな宮本亜門さんですね、前世もすごそうですねぇ、楽しみです。

Posted by fy3on3 16:54:44Comments(6)TrackBack(0)

花田少年が帰ってきますねぇ(^-^)。

2006-06-18

はい、あの深夜アニメで好評だった花田少年史が、実写版になって帰ってくるんですね(^^)。

公式サイト

テレビサイト

つづきます。

>

…というわけで、だいぶ時間があいちゃいましたが、今日は終電に乗り遅れ新宿のネットカフェで一泊しております(^^;)。そういえば午後喫茶店で鑑定をしていたら、あのバイトバイトのデカイ青鬼さんの人がお店に入ってきたので、少しびっくりしましたよね、プライベートなのになぜか上下青のつなぎを着ていたのでこれまた青鬼のままだったという感じでした(^-^)。

というわけで、少し眠って始発で帰ります。

Posted by fy3on3 18:32:22Comments(0)TrackBack(0)

禅の本(学研)

2006-06-16

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はい、都内も午後から晴れて今は少し暑いーですけど、さっきテレ東で「ポチたまスペシャル!!」を見ていたら、岐阜で飼い主が育てられなくなったわんちゃんの譲渡会の光景がでていて、ジャンケンポンで勝った人にもらわれて行く様子をやっていたのですね。

新しい飼い主さんに抱っこされたわんちゃんたちはなかなか明るいオーラでドキドキワクワクしている感じでしたが、実はその新しい飼い主さんのオーラがこういろいろあって、あーやっぱりこれはその飼い主さんの家庭をわんちゃんが助けに行くんだなぁ、って少し見えたのですね。

じゃんけんで決めるなんて偶然の産物のように見えますが、スピ的に考えるとじつはそうでもなくて、じつはわんちゃんも生まれる前からそのご家庭に行くことを決めていたのでは?という感じのようですね(^^)。

いろいろなお話を聞くと、コンパニオンアニマルのほうがよっぽど人間より家族思いだったりしますから、ホント大切にしたいものですねー(^^)。



さて、この本、禅というとなかなか難しい、と考えがちですが、まぁでも結局はあるがままでいることを追究していく道のようなんですね。内容はいろいろなお坊さん、それも沢庵、一休さんのようにだいぶ変わった方の記事も書いてありますが、その中からひとつのエピソードを引用します。


ドイツの哲学者、オイゲン・ヘリゲルに『日本の弓術』という名著がある。

大正13年、東北大学に招かれてギリシアおよびラテンの古典語を教え、昭和4年に帰国したが、その間ヘリゲルは弓聖と称えられた阿波研造に師事して日本の弓術を学び、ついに東洋的な無の真髄に触れた。

阿波師範がヘリゲルに求めたのは、的に当てることではなく、矢のほうが勝手に的に当たっていく、そのような射(しゃ)であった。この射を行うには、無にならなければならないと、阿波師範は教えた。

的を狙わずに当てる(当たっていく)という教えは、西洋人のヘリゲルの理解を絶していた。

その目で見て狙わなければ当たらないという、深く体にしみこんだものの考え方から解き放つために、ある夜、師範はヘリゲルを自宅の道場に呼んだ。


屋外の道場は暗い。数十メートル先の的は、肉眼では見えない。阿波師範は、その真っ暗な的の前に蚊取り線香を立てて戻り、無言で矢を二本射た。

一本は的の中央に、もう一本は、その先の矢の筈(はず)にあたって、それを二つに引き裂いた。

「こんな暗さでいったい狙うことができるものか、よく考えて御覧なさい。それでもまだあなたは、狙わずには当てられぬと言い張られるのか?」

阿波のこの射を見て以来、ヘリゲルは疑うことも、問うことも、思い煩うこともやめた。そして「射る」のではなく「射られる」ことをつかんだ。


阿波研造の言葉−「私は的が次第にぼやけて見えるほど眼を閉じる。すると的は私のほうに近づいてくるように思われる。そうしてそれは私と一体になる。

…的が私と一体になるならば、それは私と仏陀が一体になることを意味する。そして私が仏陀と一体となれば、矢は有と非有の不動の中心に、したがってまた的の中心に在ることになる。

…矢は中心から出て中心に入るのである。それゆえあなたは的を狙わずに自分自身を狙いなさい。するとあなたはあなた自身と仏陀と的を同時に射当てます。」

誰が見るのか、何を見るのか。「あなたの代わりに誰が射るかがわかるようになったら、あなたにはもう師匠が要らなくなる」…。



と、いうことで、宮本武蔵の「剣禅一如」というかんじでもありますね。「狙わずに当てる」とスピリチュアル的に言う「すべては必然」と、ふむーという感じですよね。

迷ったらまず自分に還る…汝自身を知れということなのかもしれません(^^)。

Posted by fy3on3 21:31:20Comments(2)TrackBack(1)

More Wisdom of Silver Birch (シルバーバーチの霊訓<7> 潮文社)

2006-06-15

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はい、いやー昨日は良く眠れましたなぁ〜夢に美輪さんも江原さんも出てきたし、ということで、気がつくと1時半だったということで、ついうとうとしてオーラの泉見逃してしまったわけですね(^^;)。

昨日はおかげ様で鑑定のお申し込みもたくさんあって、またお一人ずつもお時間が長かったのですが、それで私もだいぶお疲れさんだったようです(^^;)リラックスですよねー。



で、朝方久しぶりにダンボールからこの本を出して巻頭言を読んでみると、あぁまるで江原さんがあまりテレビでは言いませんが、本に書いてあることと同じですなぁ〜と言うことが書いてあったので、引用しますね。

かたくなな心、石ころのような精神では、真理の種は芽を出しません。受容性に富む魂−素直に受け入れ、それが導くところならどこでもついていける魂においてのみ花開くものです。

あなたがそのような気持ちになるまでには、つまり真理を魂の中核として受け入れる備えができるまでには、あなたはそのために用意される数々の人生体験を耐え忍ばなくてはなりません。

もしもあなたがすでにその試練を経ておられるならば、その時点においてはつらく苦しく無常に思え、自分ひとりこの世から忘れ去られ、無視され、独りぼっちにされた侘しさを味わい、運命の過酷さに打ちひしがれる思いをされたことでしょう。

しかし、魂は逆境の中にあってこそ成長するものです。黄金は破砕と精錬を経て始めてその純金の姿を見せるのです。


とのことで、税金の使われようがどうであってもいかに過酷な労働条件であっても、まぁそれを魂の磨き砂として…、とはいいつつも、なんだかやってられませんなーというところもありますよね(^^;)あんまり我慢していると疲れてオーラもくらーくなってしまうので、やはりほどほどにお手入れしてと言う感じがよいかと思います(^^)。



んで、シルバーバーチさんっていうのは霊団っていってますけどグループなんですよね。長いことやっているうちにだんだん増えてきたーということです、見ていると江原さんの後ろもやっぱりそうですよね、どんどん輝きが増している感じですねー。

私たちの霊団の仕事のひとつは、地上へ霊的真理をもたらすことです。これは大変な使命です。霊界から見る地上は無知の程度がひどすぎます。その無知が生み出す悪弊は見るに耐えかねるものがあります。

それが地上の悲劇に反映しておりますが、実はそれがひいては霊界の悲劇にも反映しているのです。地上の宗教家は、死の関門をくぐった信者は、魔法のように突如として言葉では尽くせないほどの喜悦に満ちた輝ける存在となって、一切の悩みと心配と不安から開放されるかに解いていますが、それは間違いです、真相とは程遠い話です。

死んで霊界へ来た人は−初期の段階においては−地上にいたときと少しも変わりません。性格はまったく一緒です。習性も特性も性癖も個性も地上時代そのままです。

利己的な人は相変わらず利己的です。貪欲な人は相変わらず貪欲です。無知な人は相変わらず無知のままです。悩みを抱いていた人は相変わらず悩んでいます。少なくとも霊的覚醒が起きるまではそうです。

こうしたことがあまりに多すぎることから、霊的実在についてある程度の知識を地上に普及させるべしとの決断が下されたのです。

そして私のようなものが永年にわたって霊的生命についての真理を解く仕事に携わってきたわけです。

霊的というと、これまではどこか神秘的な受け取られ方をされてきましたが、そういうあいまいなものではなしに、実在としての霊の真相を説くということです。

そのためには何世紀にもわたって受け継がれてきた誤解、無知、偏見、虚偽、欺瞞、迷信−要するに人類を暗闇の中にとじこめてきた勢力のすべてと戦わねばなりませんでした。

私たちはそうした囚われの状態に置かれ続けている人類に霊的解放をもたらすと言う目的を持って一大軍団を組織しました。お伝えする真理はいたって単純なものなのですが、それにはまず証拠になるものをお見せすることから始めなければまりません。


というわけで、日本では美輪さんや江原さんが出てデモをしてだいぶ証拠を見せてくれている状態、と言うのが現状ですよね(^^)。

それで、人はみんな旅の途中ですから、地図がないと迷ってしまいますけれども、このように行き先が見えてくればあまり迷わずにすみますよね、性格もぜんぜんかわらんということですから、あはーホントに今のうちにスッキリさせておくのが一番ですよね(^-^)。

というわけで、あー午後は出張になったので、またかければと思います。

Posted by fy3on3 08:55:57Comments(3)TrackBack(0)

ひろみちお兄さんの「オーラの泉」。

2006-06-14

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はいー都内は少し晴れ間が覗いておりますが、これから少し図書館に行ってまた鑑定と、おかげさまでなかなか忙しい感じです、図書館までは歩いていけますが、とりあえず雨降ってなくてよかったですねぇ(^^)。

また午前中はある方のヒプノセッションをスカイプで行ったのですが、いやーやはりなかなか深いテーマでしたよね。こうやっぱり人間って何回もリンカネーションしているんだなぁとホント感じますねぇ、そういえばユーミンの曲にもありましたね。



というわけで、今日も元気にスプーお姉さんの、じゃなかった、ひろみちお兄さんのみんかる、お待ちしております(^-^;)。

Posted by fy3on3 14:04:50Comments(15)TrackBack(0)

「ベールの彼方の生活」(G・V・オーエン著 潮文社)

2006-06-13

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はい、昨日の夜は実は気にしないつもりが結構試合に夢中になってしまって、そのせいでヤフオクの終了時刻を忘れてしまったので、自転車用のヘルメットが他の方に安く落札されてしまってもうそのほうが残念だったりしたわけですね(^^;)。

以前都内に住んでいたときは原チャリ通勤していたのですが、それも最近は歩道においとくだけで駐車禁止に引っかかるということで、今は自転車で山手線内はチャリチャリ走り回っているんですね。

江戸はその昔だいぶ海だっただけあって、意外に坂も多いし丁度よい運動になってよいのですが、さらになかなか車も多いし人も多いので、こりゃーメットが必要ですな、そして体も数年前よりも体も動かなくなっているからヨロヨロ危ないしーと言う感じですね(^^;)。まぁ環境にもやさしいので、雨にもまけず乗りたいと思います。



さて、上記の本ですが、オーエンさんというとイングランドのフォワードではなくて、こちらで紹介されている牧師さんですね。

で、だいぶ国教会からも迫害されてしまってかわいそうな感じだったのですが、その国教会も、実はちょっとヘンな王様が離婚したいがためにローマ・カトリックと分裂したとかいうことですから、まぁまったく昔から宗教と言うのは…と思いますよねぇ…(^^;)。

そして、最初からあの世にいるお母様からの霊界通信ですよね。で、霊界霊界って言いますけど「霊界≒たんばさん」って感じでなんだか古くさい(失礼)のでもう少し呼び方なんとかならんのか?と思いますよね(^^)。

はいはい、そしてそのお母様があの世の様子を送ってくれています。

ここで、最近私が目撃した興味深い光景をご紹介いたしましょう。そうです、こちらの土地でのシーンです。私たちの住んでいる家からは程遠からぬ平地である儀式がとり行われると聞かされ、私たちもそれに出席するようにとのことでした。

儀式と言うのは、一人の霊が“偏見”と呼ばれている段階、つまり自分の特殊な考えと異なる人々へのひがみ根性からすっかり卒業して一段と広く充実したへと進んでいくことになったのを祝うものです。

言われるまま私たちも行ってみました。すると方々から大勢の人が続々とやってまいります。中には馬車で…なぜ躊躇するのですか。私たちは目撃したことありのまま述べているののです。

馬車で来る人もいます。お好きなようにべつの呼び方ををしても構いませんよ。ちゃんと馬に引かれております。御者の言うことがすぐ馬に通じるようです。と言うのは、地上の御者のように手綱を持っていないのです。

それでも御者の思う方向へ走っているようでした。歩いてくる人もいました。空を飛んでくる人もいました。いえ、翼はついておりません。要らないのです。


というわけで、なんだかあの佐藤愛子さんと江原さんの「あの世の話」だったかな?の掛け合いの場面が思い出されますね。

故遠藤周作さん他有名な作家さんが江原さんを通じて佐藤さんとお話して、そして帰るときは籠にのって帰って行ったんですよ、でも籠に乗って帰ったなんて本にかかないでくださいよ読者に変に思われるから、と江原さんが言っておいたのにもかかわらず、佐藤さんのことですからしっかりと文章化されてしまったというところ、ですよね(^^;)。

まぁ、と言うわけで、あの世では何でもありということで、ある程度亡くなるときに執着がなければあちらの世でも普通の人間的な生活と変わらないようなところですごしたりするようなんですね、高い家賃を払わなくてもちゃんと住む家もくれるそうですから、あーほんとどんなに楽なところだろうと思いますねぇ(^^)。

で、まったく人間と言うものは目の前にあるものしか真実と思わない、というところから苦しみが始まるのであって、実はホントにもっと広大な世界がその裏にはあるんですよーということを知ればおのずから自分の方向性もわかってくるようなんですね(^^)。

そしてこうやって昔からそういったことをちょくちょく教えてくれているらしいのですね、ですから何事もあきらめずに全力を尽くせば、魂は永遠ですから、いつかはそれなりに報われるということらしいです(^^)。

また「偏見というのはひがみ根性からきている」ということで、あー実際偏屈な人見ているとオーラいまいちですから、あの世で空飛んだりしてよい生活するためにもいろいろ正していかんとなーと思います(^-^)。

Posted by fy3on3 22:25:53Comments(0)TrackBack(0)

毛利庭園。

2006-06-13

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はいーWカップも始まりましたねぇ。今回日本も惜しかったので、番組もだいぶしんみりした感じでしたが、まぁ勝負なのでしょうがないですよね。

で、なんだか四年前よりは冷静に見れている感じですねぇ。どっちのチームが調子良いか、なんて、オーラ見るとわかっちゃいますから、なんだか勝負って言うのも面白みがなくなっちゃう、というのはある感じですよね(^^;)でもそれでも結果はわからなかったりしますから、そこも面白いですよね。

で、昨日もまたお砂踏みへ行ってきたのですが、やはりお寺のオーラがちゃーんとこもっていて、ずーってつたわってくるんですねー。ですからコリャ明るいわーというお寺もあれば、うむーこれは、というお寺もあって、ちなみに住職さんのオーラもなんとなくわかっちゃたりして、いろいろ大変なんですなぁという感じのところはそうでした^_^;。

また、空海さんとかそのお師匠さんの恵果さんとかの絵もあったのですが、そこはさすがに明るかったですねぇ、ホント絵というのもちゃんと魂がこもるんだなぁーって思いました。

そしてさらに、雨もふっていなかったので、六本木ヒルズのすぐそばの毛利庭園まで行って来ました。以前写メで蓮の花を送ってもらったのですが、とてもオーラが良かったので、行ってこようということになったのですね。

ヒルズはもうオーラがまっくろけなのは、あれだけいろいろなお騒がせな人たちが出てくるということで、もう誰でもご存知かと思うのですが^_^;そんな中にあって、この庭園のお花はなかなか清浄でしたねー。

毛利家というのも実はいろいろ歴史的に活躍なさっていますからそれまたいろいろなのですが、やはりこの麻布台あたりの土地というのは屋敷町であるのも、オーラもなかなか良いからかもしれませんねー、でも人のおごりのオーラで曇っちゃうのは悲しいものですから、またうまく浄化できていけばよいなーって思います(^^)。

で、実際は曇り空でお花の写真をあまりきれいに撮れなかったので、隣にあるテレ朝で記念撮影してきたのがこの写真ですね^_^;また改めてきれいに撮ってこようと思います。

Posted by fy3on3 00:38:56Comments(4)TrackBack(0)

四国八十八カ所お砂踏み。

2006-06-10

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はい、ちょっと都内は蒸し暑いですが、そんなに雨も降らずまぁまぁの天気ですね(^^)。

それで、6月は弘法大師のお誕生日があるということで、近くの別院でも『四国八十八カ所お砂踏み』を開催していました。こちらの掲示板の下のほうにあるような感じで、ずらーっとご本尊の掛け軸が並んでいるところの下に、それぞれのお寺の砂が敷いていあり、その上にのって拝んでいくと、これまた非常にご利益がありますよ、ということですね(^^)。

で、なんで良いのか?というと、やはりその土地の砂にはその土地の良いエネルギーが入ってるから、ということですね。順路に従ってぐるーっとまわっただけで、88ヶ所めぐりができちゃうというのは、ものぐさな私には大変便利なわけですが、ほほう、確かにそれぞれのお寺ではパワーが違ったりしますね。

それで、もともとの88ヶ所のお寺というのは、あんなにバスがバシバシ止まれるような道沿いにあったわけではなくて、もっと山ノ上だったらしいんですね。

でも、土佐の長曾我部さんが、戦国時代にえっこらさ山越えて四国を制覇してしまったもので、そしてお寺であろうとなんであろうと焼き討ちにしてしまったので、しょうがなく山から下りてきた、ということなのですね。

ですから、ほんとはもっと山のレイライン上にあったお寺を巡る、歩くことによってよいエネルギーを受けていたのですが、今の道はすこしはずれている、ということらしいです。でもそもそもバスでブブーって廻る団体さんが多くて、エネルギーどうこうという感じではないですから、まぁよいのでしょうね(^^;)。


ちなみに私も4月に花へんろをしたことがあるのですが、その道のりというのは過酷なもので、なんと最初の5日くらいはずーっと断食修行をしながら、というものでした。

しかも車を置いて、歩いて次のお寺に着いたら、また前のお寺に歩いて戻って、そして車でさっき行ったお寺へ、なんてやってましたから、もうへとへとでしたねー、しかし今考えるとだいぶアホかと思いますね(^^;)。

ですから、確か第12番の焼山寺でギブアップしてその後は車でがーっと進みましたが、そのころは「ありがとう若さ!」というような感じでつっぱしってましたね(^^;)。まぁ経験と感動だなぁという感じでした。

またその後廻った室戸岬とか、また竜馬記念館もやっぱりよかったですねぇ、今回もいろいろ思い出してまたいつか行きたいなぁと思いました(^^)。



それで、「青葉祭り」もとりあえず明日あさってと三日間行うようです。明日は鑑定で行けませんが、あさってはまたお参りしようかな?と思っております。(^^)

Posted by fy3on3 23:37:56Comments(0)TrackBack(0)

生き返った人の話(^^;)。

2006-06-09

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はいー、先ほどニュースでこんなのがありましたが、

<心肺停止>3時間後に蘇生 山岳遭難の男性、信州大病院で

で、私は実はもっと長い時間たってから、生き返ってしまったという人の話を聞いたことがあります(^^;)。

その方はアフリカの人だったんですけど、昼に事故にあって、心臓が止まっちゃって、そのまま霊安室に運ばれていたのですが、

次の日の明け方にハッと目が覚めて、自分で病院を抜け出してお家まで歩いて帰ってきたらしいのです。最初は家の方も幽霊か?と思ったようですね(^^;)。

つまり、ショックで魂が抜けていたような状態になっていたのでしょうね。丈夫なアフリカンだったらありうるかなーって話しでしたね。

私も去年の事故の直後のときは、体がなんだかふわふわしてコリャー魂抜けちゃうんじゃないかなーって思って一生懸命グランディングしていたんですが、おかげさまで気を失わなかったですね(^^;)。

それはそうそう「ダ・ヴィンチ・コード」の映画でも出てくる事故の場面そっくりな感じを体感しましたから、ホントスゴイ衝撃でしたね(^^)魂も抜けるわこりゃという感じでした。

というわけで、別に今日は話題も何もないのですが、さっきも親戚から電話があって、なんだか自然の素材を使った歯磨きが良いからどうよ!ってネットワークビジネスのようなものに引っかかりそうになっていたのをやめなはれ、ととめていたのですが(^^;)

たとえばここの会社なんてその手の会社が高く売りつけているものを比較的やすーく売ってますよね。うちもはよう環境のために合成洗剤をやめて洗濯用せっけんにせなーと思っています。

また合成洗剤はやっぱオーラが荒いから、洗ったものを着ていると少しオーラに影響が出る、なんてこともあったりしますね、アトピーの子供さんというのも実は敏感肌≒多少霊感体質ですから、よくわかるということでしょうね。

で、昔の人、縄文時代の方なども強いエネルギーを持っている麻を使った着物を着て、魔よけのようにしていたらしいですから、こうオーラを大切にしていく生活を心がけて行きたい物ですね(^^)。

Posted by fy3on3 00:50:56Comments(11)TrackBack(0)

寺島進さんの「オーラの泉」。

2006-06-07

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はい、W杯も近づいてきましたが、今日もオーラの泉ですよ!寺島さん後ろの方とてもやさしい守護霊さんいらっしゃいますよね、ということで、今回も間に合うかな?ミンカルお待ちしております(^^)。



はいはい、始まりましたねぇ、ミンカルもありがとうございます。下町の疂屋さんの息子さんということで、のっけからざっくばらんですよねー(^^)。

そして人生の転機ですが、北野さんとの出会いですね、それで人と付き合うときはあんまりくっつきすぎると甘えが出てしまってつづかなくなるので、腹六分で、というのもよくわかりますねぇ、「君子交淡如水」ですね(^^)。

また神社で幽霊さんをみた、ということで、深夜とかはやはりこうオーラが良くないということですね。またすべての場所がそうというわけではない、ということですね。

で、お父さんだけでなく、おじいさんにも目を向けるとよいということでしたね。その他大勢じゃなくて、っていってましたね。毎日気持ちを向けるだけでよいということですね(^^)。それにしても江原さんが明確にメッセージを伝えるところがすごいですよねー。

オーラは紫ですよね、少しブルーが入っていて冷静、居場所がない感じがしていたということですね。

で、守護霊さんはお神楽をする行者さんがいらっしゃるということですね。それで、看取る役目をするというわけは…看取るというお返しをしているということですね、各地廻った行者さんだから、ということもあるかもしれません。

あと若いうちに命を落としたお侍さんがいらしているので、上の人に尽くすということですね。また刀鍛冶さんもいらして、完全主義であるところもある、ということですねー。

それでお父様ももうあの世で明るくしていらして、たけしさんとも共通点があるということですね。そのお父様が花札を持っていたのは、もっと遊び心をもちなさいーということと、美輪さんも解説してらしてましたねぇ(^^)。

というわけで、いろいろな不安が払拭された感じでとてもオーラ明るくなっていらしてましたよね(^^)。

次週の弘道おにいさんは、なんだかオーラもドーっとしてましたよね。ご家族もなかなか大変そうですが、乗り切れて行きそうですね、ちなみに写真は明治神宮でした(^^)。

Posted by fy3on3 21:22:35Comments(7)TrackBack(0)

ライブでした(^^)。

2006-06-07

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はいー、昨日は以前鑑定を受けていただいたことがある方のライブに行ってきたのですけれども、もう人気があってだいぶ満席だったんですね。

ですからもうぎゅうぎゅうだったのですが、なぜか私の近くの席がひとつだけ空いていたんです。

それで、ライブが始まったのですが、どうも始まる前と後とその席の雰囲気が違う、ふむ、これはどうもその方のあの世に行っていらっしゃる身内の方がその席にきているのでは?って感じたのですね。いろいろな思いもこうちょっと伝わってきましたね。

で、不思議なもので、スゴイ芸能人の方でも、いろいろお話を伺ってこう普通の生活があって、つらいことや悲しいこともあって、それを乗り越えたりして今に至るのだなぁーって聞くとホント身近に感じられてそのすごさがわからなくなってしまったりしますね。

だからライブでもあー最初のほうオーラ見ていると少し緊張なさっているなぁ〜ガンバレ!とか老婆心で思ったりしている自分もいたりしてなんだか変だなぁって思いましたね(^^;)。

でも、歌が始まるとホントこう自分の世界に入るというか、オーラが変わるんですよね。プライベートのときも良いのですがさらにすごく明るくなるところが、こうプロというか、後ろの方もしっかり応援していてスゴイなぁっ思いましたね、それもまたとても波長の高い方でしたね、その波動が歌の響きを通して会場もこう浄化されるのがわかりました(^^)。

で、その空席にいらしたその見えない身内の方も、休憩に入るとスーッていなくなっちゃったりして意外と現金な感じでしたが(^^;)、また始まると出てきて、そしてだいぶ最後のほうは楽しそうなオーラのようでしたね、よかったです(^^)。

よく江原さんも会場にあちらの世界からご両親が来てますよーっておっしゃてますけど、私もずばーとはみえませんから今回も雰囲気だけでしたが、こう明らかにいらっしゃるなぁと感じたのは初めてでしたのでとても勉強になりました(^^)。

Posted by fy3on3 01:35:13Comments(3)TrackBack(0)

「死後の世界」(その2)

2006-06-05

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はいー(ジャッキー・チェンが映画の宣伝でたまに来日して、インタビューを受けているときの広東語風に)、写真は熊野灘ですが、昨日に引き続き、「死後の世界」ですよ!
「知ってるつもり!?でも、あなたが知らない死後の世界」ですね(古い^^;)

では早速引用参りましょう。第二章 酒亭(つまりバーとかパブとか)からです。

これは陸軍士官から送られた第二回の通信で、死後幽界における最初の経験が例の露骨な筆法で物語られてあります。

心理学者が頭を悩ます憑依現象の裏面の消息がいかにも突っ込んで描き出されておりますので、何人もこれには少なからず驚かれると同時にまた深く考えさせられるところがあろうかと存じます。

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我輩は案内されるままに無我夢中で右の怪物の後についていったが、当たりはいやに真っ暗なところであった。やがて気がついてみると無数の霊魂がその辺にうじゃうじゃしている。

「ここは一体どこなのかい?」

と我輩は案内者に聞いてみた。

「それよりか、お前はどこに行きたい?」と彼が言った。「望みの場所へ、どこへなりと連れて行ってあげる。」

「我輩は何より酒が飲みたいナ。」

「それならこっちへ来るが良い。酒の好きなやつにあつらえ向きの店がある。」

忽ちにして、あたりに罵り騒ぐ群衆の声が聞こえた。と、そこには一個の怪物が多数の配下を率いて控えていたが、イやその人相だけはとても形容の限りでない。

世の中で一番それに近いものといえばへべれけの酔っ払いくらいのところであろう。下品で醜悪で、ふやけ切っていて、そしてあくまで汚らしい。

詩聖ミルトンは堕落した天使の退廃的な壮麗さを「失楽園」の中に描いているが、そんな趣はこの怪物には微塵もない。そいつが目玉をぐりぐりさせると、他の奴もが声をそろえて怒鳴りたてる。

その後ロンドンのイーストサイドにある一軒の飲み屋さんに入っていきます。

イヤその部屋にみなぎるジンやウイスキーのなんともいえぬうれしい匂い!ちと安ビールの匂いだけは感心もできなかったが、もちろんそんなことには頓着していられはしなかった。

我輩は早速バーにおいてあるビールの大杯にしがみついた。が、いくら掴んでも掴んでもドーしてもコップが手に入らない。そうなると飲みたい念慮はいっそう強まるばかり、体中が燃え出しそうに感じられた。

それにしても親分は一体どうしているのかと思って後ろを振り返ると、彼は大口あいて我輩を嘲り笑っていた。

彼はようやく笑いを抑えて言った。…

「他のやつらのやっているところを見い!」

そういわれて初めて気をつけてみると、他の連中はしきりに酒を飲んでいる男や女の体に絡み付いている。どうしてそれをやるのかは正確にはわからないが、とにかく何らかの方法で、彼らの肉体の中にねじ込んでいるらしいのである。

するとベロベロに酔っ払った男の首玉にしがみついていた一人の霊魂が、このとき忽ちスッとその肉の中に吸い込まれるように消え去った。

オヤッ!と思うまもなく、右の酔いどれはよろよろと立ち上がって叫んだ。

「こらっ!早くビールを持ってこんか!ビールだビールだ!」

仕方がないといった風で一人のメードがビールを持って言ってやった。が、良く見るとかの酔いどれの両眼かららんらんと光っているのは本人のではなくして、確かにさっき入った霊魂の目つきであった。…

そうですねー、こう居酒屋とかパチンコ屋とか馬券売り場とかバーゲン会場とか(^^;)というのも、似たような欲にまみれて向上しないような霊魂さんがたくさんいますよネェ。

そして、こうとりつかれたような人は、よーく見ると、たしかに目がらんらんと輝いていますね、そこで判断がつきますね(^^;)。

で、その男はバーのマスターをビール瓶で殴りつけて殺してしまいます。その後に彼に入っていた幽霊さんは彼から抜け出すのです。そうすると彼はもぬけの殻になったように地面にへたり込んでしまいます。


「あいつは死んだらしい。」

「なかなか死ぬものか。ただ酔いつぶれているだけじゃ。あいつはおっつけ断頭台のシロモノだネ。」

「しかしマスターを殺したのはあいつの仕業ではない…。」

「無論あいつの仕業ではないに決まっている。しかし裁判官にそんなことがわかるものか。裁判官などというものは外面を見て裁判するものだ。

日ごろマスターを恨むことがあったとかなんだとか、理屈は何とでもつけられる。それともお前が公証人として法廷にまかり出て、あいつの冤罪を解いてやったらドーだい?」

そうやってケタケタ笑うと他の奴どもも一緒になって笑った。…


ということですね。ふむー昨今起きている事件も実はこういう仕組みでーということで、確かに類友で加勢してしちゃうからいろいろ起きちゃう、ということのようですね。江原さんもDVDで死刑制度はそういう霊魂を作り出しちゃうからあんましよくない、って言ってましたね。

でもたしか、死後自分の過ちを改心して、事件を予防するように動いている方もいらっしゃるということですから、ホント人生いろいろなようですねー(^^)。

というわけで、こうあんまり耽溺してしまうような趣味趣向には、必ずといっていいほどいろいろな見えないスピリットが関与しますよね。先ほどの酒場の幽霊も、実は人間が作り出した一種の妖魔だということですね。思いのエネルギーがどんどん集まると、そのようなエネルギー体として動き出してしまう、ということですから、ホントこう心の持ちようには気をつけなくてはいけないなーと思うことしきりです(^-^)。

Posted by fy3on3 09:31:52Comments(1)TrackBack(0)

「死後の世界」(ワード著・浅野和三郎訳 潮文社) 

2006-06-05

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はいー、この本はアレー絶対前にもご紹介したと思うのですが、検索しても出てこないので、では掲載しますね、そういえば写真の熊野も「死後の国」ということで、熊野に行って生まれ変わる、ということでみそぎをするという意味合いもあるんですよね(^^)。

で、この本はあの世に行ったあるイギリスの陸軍士官さんが霊界通信であの世の様子を送って来たーってお話ですよね。守護霊さんにいろいろなところを案内してもらったりするのですが、今日のところは地獄の最下層に行ったときの部分です(^^;いきなり)。

いくばくの間我輩がかの恐ろしい地獄の闇にとざされていたかはさっぱり検討が取れませんが、しかし自分にはそれが途方もなく長い年代にまたがるように思われた。が、とにかく最後に我輩はひとつの霊感に接した。我輩の呂律のままならぬ祈祷でも神の身元に達したらしいのです。

『神にすがれ。神より他に汝を救い得るものはない…。』

そう我輩に感じられたのである。

が、神にすがるということは、当時の我輩にとってほとんど奇想天外式の感があった。我輩の一生涯はいかにして神から遠ざかろうか、ただそのことばかりに惨憺たる苦心を重ねたものだ。なんぼなんでもその正反対の仕事をやるのはあまりに勝手が違いすぎるように思えて仕方がなかった。

我輩は思案に暮れた。どうすれば神に近づけるか?どうすれば海綿状の闇の中から抜け出せるか?自分はすでに呪われたる罪びとではないか?

すると、最後に新しい考えがまた我輩の胸にひらめいた。

『祈祷に限る…。』

いったんはそう思ったが、しかしやはり困った問題が起こった。我輩はさっぱり祈祷の文句を覚えていない。祈祷のやり方さえも忘れてしまった。

散々苦しみぬいた挙句に、丁度ひとつの霊感みたいに我輩の口から『おお神よ、われを救へ…。』という一語が吐き出された。

一度言葉が切れてからはあとはらくらくと文句が出た。我輩は同じ文句を何回となく繰り返した。それから続いてどんなことが起こったか。まだドーいう具合に地獄のどん底から上に出ぬけることになったか。これを地上の住人にわかるように説明することは実に容易ではない。

…それはそうと、祈祷の効験は誠に著しいもので、なんとも言い知れぬ一種ここちよきぬくみがボーっと体中に行き渡ってきた。それがだんだん強烈になって、最後には少々暑すぎるくらい…。とうとう体に火がついたようになってしまった。祈れば祈るほど熱くなるので、しばらく祈祷を中止したりした。

熱さについではやがてまたひとつの新しい妙な感じに接した。それは我輩の体の目方が少しづつ軽くなることで、同時に自分は海綿状の闇の中をふわりふわりと上のほうへ上り始めた。あんなお粗末な祈祷でも我輩の体にこびりついた粗悪分子をすこしづつ焼き尽くし、その結果自然に濃厚な闇のうちには沈んでおれなくなったらしいので…。


と、いう感じで、イヤー地獄のような想念が渦巻くところでは、やはり祈祷、というかお祈りですよね、やはり大きな力を頼っていくのが一番、って言うことが書いてあるわけですよね。やり方も忘れたーって言うのも面白いですが、いかにして神から遠ざかろうかってばかり思っていた、なんて、心当たりありすぎですから(^^;)まぁ反省しきりですよね。

また、お祈りしただけでがーって体が熱くなる、というのは、そうですね、自分もオーラがわかるようになってきてからいろいろお祈りしていると、とてもよくあることですよね。さまざまな宗教のお祈りの言葉というのも、それぞれの神さまを讃えるのが主ですから、そうしているとこう気持ちだけでなく、パワーも一体となる、という感じで、もやもやがビューっととれていくので、こう明るくなっていく、ということなのではないかと思うのです。

ですから、まぁどんな宗教の言葉でも、一心に祈っていると、すーって伝わってくるようですね。それをこれこれじゃなくちゃダメってやっちゃうと、戦いが起こっちゃうわけなので、まぁ全部はひとつということで、和やかに行きたいものです(^^)。



で、そうそうこちらの丹波哲郎の心からのメッセージも、もう第一回から2年たっているのになかなか続きがないのは丹波さんらしくて良いのですが(^^;)、それにしてもホント江原さんが出る前はやたらと奇人にみられていた、いや、今でも大霊界とか聞くとプーとかなってしまう方もいらっしゃるしれませんが(^^;)まぁご自身の率直なインスピレーションに従っていった勇気のある方ですよねぇ〜すばらしいと思います(^^)。

Posted by fy3on3 00:27:57Comments(0)TrackBack(0)

映画『ダ・ヴィンチ・コード』

2006-06-02

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はい、写真は前回のオーラの泉でもお二人に圧倒されすぎて全然出る幕がなくて、見ていてかわいそうだった太一君を偲んでお木曳車ですね(^^;)。でも「太一」ってそのまま「唯一神」ということですから、だいぶえらい名前なわけですよねー。

さて、今日もなんだか曇りの東京でしたが、昨日はちゃんと『ダ・ヴィンチ・コード』見てきましたー(^^)。

こちらのニュースでもいろいろ言われてますが、全体的な感想としては、やはりあれだけの内容を短くまとめるには苦労しただろうなーって思いますし、それでいてちゃんとお話的には追えたので、良かったんじゃないかなーって思いました(^^)。

配役にしても、オドレィ・トトゥかソフィー・マルソーか、またトム・ハンクスかラッセル・クロウか、とかあったそうですが、まぁふたを開けてみるとなかなかよかったのでは?という感じでしたね(^^)。

内容も暗号の謎解きはともかく、結局は宗教組織が都合よくいろいろな異端を迫害してきた歴史的経緯をうまくまとめて表現した作品ということが言えるのではと思いました。今も世界各地で議論が起きている、ということもプロモーションのひとつになっていて、これまたうまくできているのかもしれませんね…なかなか宗教的な問題は難しいことと思います。

また、オーラの泉見ていてもわかるように私たちが今までさまざまな人生を繰り返して生きているわけですから、その中で今回の転生で日本のようなすこし宗教に寛容な国に生まれてきたのも、前世で「あー組織的な宗教はめんどくさい!」って思ってきた方が多かったからかもしれませんね(^^;)。

それで、この物語に関連して、イエス・キリストの生涯についても「イエスの失われた十七年」などというのもあるわけですね。イエス様は若いときに実はインドの山奥で修行をしていたのではないの?というわけですね。

それもまぁ真偽はともかく、確かに霊能者として素質はあったのだが、さらに修行してさまざまな神通力を身につけることができた、だからいろいろな技を見せることができた、と考えたりもすると、またこれ納得のいくところだったりもしますね、以前ご紹介したチャーチワードさんの本のようにですね。

で、実はキリストさんと同時代にも、ティアナのアポロニウスさんという、ある元老院議員の娘さんを亡くなってから8日後に蘇らせた、というお話が残っている方がいたらしいのですね。

その人は一部の知識人向けにしか説法しなかったので、あまり人気がでなかったから有名にならなかった、それはキリスト教のほうが先に広まってしまったから、という経緯もあるとかないとか言うことですよねー。

というわけで、真相はやはりひとつなわけですが、それをうまく権威とか権力とか組織的に利用しないで行きたいと、誰でもこう思うわけですが、実際にさまざまな組織に加入すると、そういうわけでも行かないので、そこが今生の選択なんだろうなぁとも思います。

またこの映画がきっかけとなって、そんなにトンデモでもなく、いろいろなことが研究されていけばよいなーと思います(^^)。

>>

それで、追記情報として、MSNビデオではナショジオの特集『禁断の聖書』を流しているので、見たいんだけど事前学習は苦手という方、必見です(^^)。左メニューの『ダ・ヴィンチを語る』ではトリビアのマタンゴ先生が解説していますね(^^;)それも面白いです。

Posted by fy3on3 17:58:50Comments(6)TrackBack(0)

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