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今年は全国各地巡礼して参ります予定です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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江原啓之 幸せのレッスン 第12回 (ニッポン放送)

2006-12-30

22105.jpg

はいー、いよいよ年の暮れも押し迫って参りましたが、帰省なさった皆様はいかがお過ごしでしょうか?東京はガラガラでのんびりモードですねー(^^)。

そんな中、写真の「のだめフェス」にもいって参りました。このようなF1&ファミリー向けなイベントにムサイ男が一人で行くとなかなかアウェイ状態なのでつらいものもありましたが(^^;)、のだめカルテットなどの演奏もなかなかよかったですねー。

もともとこちらの 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」という、比較的気軽にクラシックを、という催しを毎年GWに国際フォーラムで開催しているので、そちらとの共催ということのようですね。来年こそはぜひ行きたいなぁと、メルマガにも登録しました(^^)。



それで、マングス着ぐるみクンもとっても可愛かったのですが(^^)、実際のマングースといえば、結構深刻な問題になっているんですねぇ〜。その他にも、

生物多様性を脅かす移入種問題

のページにあるように、アフリカのあのビクトリア湖もねぇ、ということで、人間のエゴによる問題も山積のようですから、来年もまぁ徐々に解決に向かって努力しましょう、という感じですよねー。

>>>>>>

この世には、

特別に幸せな人も、

特別に不幸な人も、

存在しません。


人間の幸不幸は、見た目ではなく、

心の持ち方で決まります。


心を自由に持ちましょう。

自分の生まれてきた意味に気づきましょう。

すべての人は、乗り越えるべき課題を選んで、

生まれてきているのです。

みんな、同じなのです。




とうとう今年最後の放送になりました、3ヶ月間聞いていただいて本当にありがとうございました。皆さんにとって今年はどんな一年でしたか?たのしかったですか?それともつらかったですか?それもこれも、みな人生の学びです。乗り越えて今こうやって年の瀬を迎えている皆さんは、がんばった人たちです。

メールです。「私は最近足を怪我しやすく、ぶつけてはあざを作っています。不注意といえばそれまでなのですが、足ばかりを怪我するというのは、スピリチュアルな視点から見て、何か意味があるのでしょうか?」

そうですね、「慎重にいきなさい。」というときに、足に怪我をしたりして教えるときがあります。ですから、慎重さに欠けている、現実的な面と、心の姿勢のほうも、不注意ですよーって言われているメッセージとして、捉える必要があると思います。


【今思うこと】

今年もスポーツの世界では素敵な出来事も多かったですが、スピリチュアルな面では、どうかというと、うーん私はやはり暗い事件のほうが気になっちゃう、心配してきた、「物質的価値観」ということのひずみが、浮き出てきた年だと思うんですね。

いじめにしても、虐待もそうだし、親子間の殺人、金銭のいろんな事件、たとえばホリエモン逮捕などいうのでも、お金お金お金、お金さえあれば幸せなんだ、というのが崩壊したり、

でも、このようにいろいろ問題になったとしても、ああいう風になってくれ、なんて、子供に夢を託している人なんかいっぱいいたり、また子供もホリエモンさんのようになりたい!という子もいたりとか、なんかみんなすごく物質的だなぁって思ったりとか、それが浮き出てきた、

いつも言うように目にみえないものに対しての敬い、というものがなくなってきたでしょう?それがあぶりだされてきましたよね。

耐震強度偽装の問題もエレベーターのこともそうだし、みんな、わからなきゃいい、というのもすごく出てきた。この一年というのはみんな、良心というものを、なくしたの?と問いかけられているみたいな、それこそ、うまくだませればいいの?とかって。

それこそいじめの問題でも、先生方は、「いじめはありませんでした。」って隠蔽したりね、生徒たちはみんな知っているわけじゃないですか。

ということは「あぁ、うそ言っても、言い逃れして生きることが正しいと、教えているのかー。」と思っちゃいますよね。

履修不足でもいじめの問題でもあとになって校長先生が自殺しちゃったり、そうすると子供たちに「最後は逃げろってことかー。」とかいうことを教えてしまうことになると思うんです。

自殺したところで、魂は永遠なので逃げられるわけではないのに、そういうところで大人も子供も、子供だけが変わったわけではない、大人も変わったんです。子供は社会の鏡だから。そういった意味では、大人社会が一番問題だと思うんですよね。



そこで、2007年はどういう年か?ということで申し上げるのは、ちょっとやな言い方だし、今年の継続でもあるんですけれども、私に来たメッセージは、「地、揺るがす年」「足元を揺さぶられる年」
というメッセージなんです。いわゆる地震も含まれます。

けれどもだからといって「大地震が起こるよ」というのはぜんぜん言っていません。むしろどちらかというと、それぐらいみんなの波動が悪くなっちゃうよ、ということを言っているわけですね。

それと後、「足元を揺さぶられる年」というのは、これは今年の延長だと思うんです。どういうことかというと、耐震偽装の問題とかも、建設業界に対しての信頼とかね、そういったものをなくしたと思うんですよ、みんな。

たとえば建売とか言ってもね、ほんとに中身よくチェックしないと買えないぞとか、あとは

食品ひとつとってもそうだし、本当に食べていいのか?とか、うそじゃないか表示は?とかね、日付が切れたものをまた入れ替えて売っちゃったりとか、あったじゃないですか。

なんでも安心していたもの安心できないという、自分自身の力で、全部調べて、それこそ自分自身の手で選んでいかなくてはいけないんだと、依存心はことごとく、だめだよ、ということを、思い知らされちゃうような年になるということ。

だから、自分が自己責任で持って何でも生活の一部始終を自分で納得して得られるひとであったならば、来年という年も、強く生きれると思うし、

また来年じゃなくても、本来人はみなそうでなくちゃいけないんです。主体性欠如はいけなくて、どんなことも主体性を持って、自分が必要と思うことはちゃんと自分で学んで、自分の足で生きていかなくてはいけないのだと思います。

皆さんにも2007年をしっかり生き抜いていただきたいと思いますし、私もいろいろなところでいろいろなアドバイスもしていきたいと思っております。


【今月のゲスト:森山直太朗さん】

江:最後に、この番組ではスピリチュアルソング、プロジェクトというのを行っているのですが、なにかございますか?

直:そうですね、江原さんみたいなバリトンの方にこんなことお願いするのはと思うんですけれども、曲の中に、ファルセット、を組み込んでいただけたりするとより神秘的な曲になるんじゃないかなーって思ったんですよ。

江:そうですね、ファルセットというとどうしてもみなさん高いイメージとお感じになっているけれども、低い声のファルセットというのもありますよね、ありがとうございます。

直:では江原さんもまた来年ライブに遊びに来てくださいね。

江:ぜひぜひ!できたら(直太朗さんのライブツアーがある)台湾へいきたいなぁ〜(笑)。

直:あーそれは、食べることのほうに〜ですね(笑)。

江:まぁ〜それも一緒に、食べることメインじゃないですけれども(笑)。まさか、まさかわたしがそんな人間に思えますか〜?(笑)。


【スピリチュアル・カウンセリング】

「以前、テレビの番組で、「こっくりさんは、ぜったいにやってはいけない」とおっしゃっていたのですが、子供のころ遊び半分でやってしまいその挙句
一番最後にやったとき失敗して「おまえをころすー」と出てしまい、大変なことになってしまったのですが、どうしたらいいでしょうか?

霊能者でなくてもできる除霊法がありましたら、教えてください、またなぜこっくりさんはやってはいけないのでしょうか?宜しくお願いします。」


この方は現在27歳、子供のころにやったことですから、もう大丈夫です。そのときにもし取り付いていたら、今生きていません(笑)健康でもいられないと思います。ですから今このようにメールが出せほどに大きく立派に成長なさったということで、よかったという風に思っていたほうがいいでしょう。

で、こっくりさんをなぜやってはいけないかというと、漢字で書くと「狐狗狸さん」、きつね、てんぐ、たぬきということで、低級自然霊のことを指すんですね。

それで、交霊術のなかで一番簡単という風に言われているもので、そういう簡単なやり方でできるものというのは、高い霊がよってこないんです。大体低い霊なんですね。

ですから、そういった低いものを呼び寄せたところで、何もないですよ、むしろ、いたずらしたりふざけたりしてくることのほうが多いんです。だから、よしましょうという風に言うわけです。

わたしだとかももちろん、子供のときにやってしまいました。今ではそんなことをしなければよかったと思っていますが、だから皆さんもこれを聞いて若い方たちも、やってはいけませんよ。

キューピットさんとかエンジェルさんとか、名前変えたっておんなじですから、交霊術にかかってくるのは結局のところ低級自然霊にしかすぎないですから、ですから、やらないこと。

またそんなところで「ころしてやるう」とか言う言葉が出てきたとしても、そこで毅然とした態度をとること。そして、何かできる除霊法があるとしたらば、その場ですぐみんなでやめて、二度とやりませんという風に誓って、あやまって、「

そこでおもいっきり、肺活量の検査のときのように息をふーっって吐くことです。そしておうちに帰ってすぐにお風呂に入って、しっかり毛穴を開いて汗しっかりかきましょう。そうすると、汚れたエネルギーを全部取り除くことができます。

ちょうど年の瀬ですからね、皆さん今年一年のエネルギーをね、出すつもりでも、そうやって毛穴を開く入浴がいいですよ。さいきんはねみんなね、忙しいからシャワーだけで済ます、って言う人が多いですからね、

あのね、毛穴を開くことは大事、肉体の上でも老廃物を出すのと同時に、エクトプラズムを吐き出してよい浄霊効果があるんです。だから日本人ってみんな温泉すきでしょう?あれみんなね、エクトプラズムときどきね、しっかり出したくなっちゃうんですね。ですからしっかり毛穴を開きましょう。


「先日テレビで、縁結びの神社の神主さんが、「二つそろった縁結びのお守りは、願いがかなった後、神社へお返ししてしまうと、二人の縁が切れてしまうから、いつまでももっていてください。」と言っていました。

でも、江原さんは「お守りは一年でお返ししたほうがいい」といっていましたよね。縁結びのお守りと、健康祈願のお守りなどとは、扱い方に違いがあるのでしょうか?教えていただけたら幸いです。」


とのことですね、まぁ、それはその神社さんがそうおっしゃっているならそうしたらよいのでしょう。でもスピリチュアルな視点から見たならば、あまり関係ないですね、やはり一年過ぎたならばお戻しするというのが良くて、でもお戻さなくていいです、というのでしたら、おいておいたらいいんじゃないですか?前線そうだからといって問題があるというふうには思いません。

またこれはどちらの神社なのでしょうね?でも、ある意味このご縁結び、このようにおハガキ読まれたのですから、これもこのご縁結びのご利益かもしれません、なかなかパワーのあるお宮さんなのでしょうかね(笑)。

ですから、あまりそうネガティブに考える必要はないと思いますけれども、そこに依存しすぎるとこう心配になってしまうんですね。ですから依存しすぎないこと。

電池と一緒で、あ、きれた、切れたままでも、記念に持っておいてください、と言われてたなら、あ、そうですか、と持っていれば良いですね。それで自分が要らないのだったら、お焚き上げしたいんです、お納めしたいんです、って持っていけばよいだけのことです、ご心配なく。


「私は、子供と接するのが苦手です。子供の幼稚園のお迎えで、毎日幼稚園に行くのですが、他の家の子供立ちがたくさん寄ってきて、いろいろ話しかけてきます。

よってきてくれるのはうれしいのですが、子供たちの相手をしていると、とても緊張してしまいます。

自分にも同じくらいの子供がいるのに、どう対応していいか、わからなくなってしまうのです。何とか改善していきたいと思っています、アドバイスをいただけましたら幸いです。」

これはちょっとわかりにくいご質問だったので、霊視してみました。すると実は、ご自身の心の中と、今までの生き方が原因していたようです。どういうことか?

子供さんたちって、みんな純粋でしょ?だから何でも遠慮なくしゃべるじゃないですか。それがね、怖いみたいですね。

それで、今まで人間関係、繊細だから、苦労なさってきたように見えるのですね。ですからこう人から言われたら、どうしよう、この人とうまくやっていくにはどうしよう?といろいろなことを細かく気を使ってきたというのが見えるのです。

そこで、今こうやって落ち着いていらっしゃるころ、32歳になったけれども、そこで、子供たちと相対すと、昔のことや子供のときのことを思い出したり、いわゆるフラッシュバックして、遠慮なくずけずけとものを言う人から泣かされたことが、思い出されてしまう。それでちょっとびくびく動揺してしまうのではないですか?そのように霊視ではみえます。

ちょっと内観してみてください。それで本当にそのとおりだな、と思うのであれば、ここからひとつ、自分への自己暗示が大事。「もう私は大人だし、どんな言葉も受けて立てるし、傷つかない。」ね。

それで、傷つくというのは、どこかでビクビクと自分でしてしまってね、傷つけられるという被害妄想があるから。言ってくれること、みんながみんな、悪意があるとは限らないわけです。

だから。「あーそうなのー?」って聞き流す、ということも自分でできるようにならなきゃいけないけれども、ご自身は全部真正面から受け止めてしまう。

これも実は言うほうが悪いばかりではなくて、そう受け止めちゃう自分も悪いのですね。これからは、かわすことも覚えていきましょう。そのような気持ちがあれば、これからお子さんたちに対しても、「なーるほどね、だからやだったのか。」ということがわかれば、必ず改善されていけるはずです。


【天国への手紙】

「お父さんへ。

いまなにをしていますか?幸せですか?お父さんが亡くなって三年もたつのに、私にはお父さんが亡くなったという感覚がありません。おねぇちゃんもそうだって。

おとうさん、ともちゃんは、お父さんのこと嫌いじゃないからね。学生のときは沸けもなく嫌いだったけれど、今思えばかわいそうな態度をとってしまったなって、反省しています。

お父さんは家族を好きでしたか?今はどう思っているの?ともちゃんは、もっとみんなでなかよくしていたかったんだ、おとうさんもいっしょに。

あのね、心残りなのは子供と、お父さんが一緒に写っている写真がないってこと。ほんとはね、お産で実家に帰ったときに、お父さんに抱っこしてもらっている写真を撮りたかったのに、だっこしてっていえなくて、そのまま。家族写真にもお父さんはいなくてその写真を見るたびに、もし一緒にとっていたらここらあたりに写っていたのかなって、おもったりして。

お父さんはこの家族のお父さんでよかった?いまなら友ちゃんがみんなをひとつにできた気がするの。何も親孝行できなくてごめんなさい。いいこじゃなくてごめんなさい。

あと、お母さんのこと、大事にしてあげてください。お父さん、これからもよろしくお願いします。

ともみより。」


今の時代でも、なかなかね、このようなお父さんへの手紙を聞いているリスナーの方にも、ご家庭内複雑な状況の方たちは、共感するものもあるかもしれませんね?

おとうさんも、ともみさんに対して言っているんですよ、やっぱりいろいろ複雑な経緯があるから、若いころ父親に対して嫌いだということがあるのは仕方がないということがあるのと、

むしろそれよりも、さびしい環境にさせてしまったお父さんにも問題があって、ごめんなとという風にもあやまっているんです。

家族がばらばらになってしまったりとか、あとはそれこそ一人一人が孤立していくというのは、とてもさびしい状況、そんなときだったからこそ、おとうさんも、ともみさんも、事情がわかっているはずだから、お互い許しあう必要があるのかもしれません。

お父さん自身もそういった意味では自分自身のことも許してくれということを言っています。そしてともみさんにたいしてはお孫さんたちとの家族をしっかりとあたたかい良いものにしてあげなさいと、自分たちのできなかったことをあなたはしっかりとやりとげなさいと、そういうメッセージを寄せてもらっています。

時が過ぎていくと、親って、子供に対して本当に同じような愛情を持つものなんですねぇ。そのときはみな、家族で生きているときはみな戦いだったように思うんですけれどもね。そういった意味ではともみさん、今お父さんが、亡くなってから、良い家族になれたかもしれませんね?


【クラシック・セレクション】

メールです。「二年ほど前になりますが、彼氏から、別れてほしいと宣告されてしまい、本当に愛しているはずならば、彼の好きなようにさせてあげられるはずなのに、自分好きな自分が、彼を忘れきれずにいます。

こんな情けないわたしですが、失恋の悲しみから立ち直り、前向きになれる曲をお薦めください。」


相手を本当に愛するということは、相手の望むようにしてあげること。そして未練が残るのは当然。だけど、思い出にかえてしまうことです。そんなあなたが、本当の愛というものが理解できるということは、思い出に変えることでできるのかもしれません。そうしたらあなたには、新たな愛が待っていることでしょう。

そんなあなたにはやはり喜び、という意味でこんなメロディが良いのではないでしょうか?「第九」を今日はご紹介いたします。

第四楽章の「歓喜の歌」があまりにも有名です。CDの74分という長さは、実はこの曲が、一枚のCDに収まるようにという配慮の元で決められたということだということは、知ってました?私は知りませんでした、なかなかCD業界って粋なことをしますねぇ。


ベートーベンが耳が聞こえない苦難を乗り越えて、歓喜へということもあるし、第九の詩というのは、世界の平和を訴えてもいるし、おはがきにもあったような、吹っ切るというような、自分の苦難を乗り越えて歓喜へ、歓喜というものはみな、苦難を乗り越えたあとに、あるのかもしれませんねー。

(曲)


【エンディング】

もうあさって、カウントダウンですね。今年一年は私はもう全自動洗濯機の中に放り込まれたような気分の一年でした。

皆さんとともにスピリチュアル・ヴォイスで新しい年を迎えることができたらうれしいなーと思うのと、でもわたしは、その会場にいない方でも意識して「今日ヴォイスやっているんだよなー」と思ってくださる方みんなに、新しい年を一緒に迎える、そういう気持ちでいますし、この世の中みんなの幸せを常に祈っていたいという風にと思っています。


自分の幸せは、自分で作るものです。

そのためには、自分を深く知ること。

つらい経験も、楽しい経験も、

ともにたましいを磨く、貴重な経験だと、

受け入れることです。

そのときはじめて、たましいは成長します。

それこそが、本当の幸せです。


素敵な年末、そして良いお年を

お迎えになってください。



>>>>>>>>>>>>

…というわけで、いよいよ年越しですねー!実は今回は体力保持のために、明日は新幹線で大阪へ、というふうにしたのですが、年末ですからチケットがとれなくて、やむなくやっぱり健康上にも良くない喫煙車になってしまったのですね。

それも、こだま号ですから各駅停車で結局4時間かかるのですね。まぁこれもプチ苦難を乗り越えて大いなる歓喜へということなのかもしれません(^^;)。

またカウントダウンライブも4時間の長丁場なので、内容全部覚えていられるかどうかわかりませんが(^^;)、またリポートさせていただきます。

それでは今年もごらん戴き、大変ありがとうございました。また来年も、みなさまお元気で、引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。(^^)

Posted by fy3on3 21:41:18Comments(2)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第11回 (ニッポン放送)その3。

2006-12-29

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はい、神棚のご応募ですが、お陰さまで大盛況につき、ご応募は本日を持って終了させていただければと存じます、沢山のご注文ありがとうございました<m(__)m>。

それで、なんでこのような注文が来れば来るほど赤字になるある意味画期的なことをやっているかというと(^^;)、こちらにありますように、明治時代には御師(おし・おんし)と呼ばれる神職さんが全国各地に御札を配って歩いていたわけですね。お伊勢さんだけでなく、熊野権現、富士信仰や、高野聖などもそうですが、各地の聖地の御札を持って初穂料、お賽銭などをいただくのを職業とした人がいたわけですね。

それで、実はまぁどうでも良いことですが、私も富士山に住み、伊勢に住み…なんてやっているところを見ると、前世でも同じようなことやっていたんじゃないの?って分かるわけですね、こうなんでも御札見るととても懐かしく感じるというか(^^;)。ですからこのようにどんどん人にあげたくなっちゃうんでしょう、とは思いますね。

まぁ、実際出来て千年以上経ってもお伊勢さんのオーラは相変わらず明るうございますから、「ええじゃないか!」って四次元ジェットコースターのほうではなくてですね(^^;)江戸時代のですよね、その時のように御札を全国に配って、世の中明るくいたしましょう、ということもありますよね(^^)。

それで、ご質問などをいただいているうちに、やはり神道の基礎知識というのはだいぶご存じない方も多いのだなぁと感じるところもありましたね。

そんな中、こちらのサイトの質問コーナーなどは、とても役に立ちますね。

たとえば、

・いろいろなお神札を一緒にお祀りすると神さま同士が喧嘩しませんか

・お盆は仏教だけの行事なのですか?


などという基本的な質問から


・私たちの霊魂は不滅ですか?

 (答え:とりあえずミスターGは永遠に不滅です。(^^;))

・おみくじの凶(きょう)を引いたらどうすればいいですか?

(答え:♪紙ヒコーキにして曇り空割る。(^^;;))

なんて質問もありまして(^^)とても役に立ちますね。

まぁどちらにしても、毎日すがすがしいお気持ちを保つってことが大切なのだなぁ〜ということが再認識できれば良いのではないでしょうか(^^)。


>>>>>>>>>

【今月のゲスト:森山直太朗さん】

(森山さんからお誕生日の花束贈呈、そして帰りに江原さん椅子から転げ落ちる。)

江:また今日の冬至の日には、スピリチュアルな意味合いもあって、「来年の吉凶を占う日」でもあるんですよ。湖などの氷の割れ目とかで、来年の農作物の出来具合はー?とか占うわけですねー。


【スピリチュアル・カウンセリング】

「私の父方の祖母について、相談があります。祖母は足の踏み場がないほどものを家に溜め込み、山のように沢山のものに囲まれて生活しています。

死んだ祖父の部屋も物で埋め尽くされてしまっています。これでは祖父が悲しいんでいるのではと大変心配しています。

またこれまで、浪費をしてきた祖母は、お金の面で私の両親に頼ってきます。どうしたら祖母は改心してくれるのでしょうか?」

お孫さんとしてはお気持ちつらいのも分かりますね。ただここにね、『改心してくれるのでしょうか?』とありますけれども、この考えだと、やっぱりだめなんですねぇ、難しくなっちゃうんですね。

それでどうしてかと言うと、物を溜め込む人とか、というのは一つにはね、思い出にすがって生きている人、といえて、後もう一つには、物がなくなった時にどうしようと言う、常に生きることに対しての不安を持っている証なんですね。

それで前にも申し上げたと思うんですが、たとえばショッピング・シンドロームでも、過度の飲酒でもそうだけれども、本当に欲しいのは愛なんだ、ということをお伝えしたと思うのですけれども、

このおばあちゃんにおいても、本当に欲しいのは愛だったり、おじいちゃんのことだったり、その思い出だったり、今の年になると人生を変えるってことがなかなかできなくなっちゃう、そうすると、もう
物や思い出にすがるしかなくなってしまったりするんですね。

そのことを理解してあげると言うことが大切かと思います。まぁそうはいってもね、なかなかいう事をきかなかったり、つらいこともあるでしょうけれども、そういうときには、「おばあちゃん、おばあちゃんちょっと話がある」って、おばあちゃんに真剣に話して、

そのときに苦情をいっちゃだめですよ、苦情じゃなくって、おばあちゃんのためを思った、「大我の愛」として、言えなければいけませんね。

それをね、「どうしてこういうことするの?迷惑なの!」って言い方をすると、それを模試自分が言われたらどう思います?余計突き放された孤独な気持ちになってしまいます。

そうじゃなくて、「おばあちゃん、もうそんなにしんぱいしなくたっていいんじゃないの?おじいちゃんが悲しむよ。」っていうこととか、「もう思い出にすがってもしょうがない、大切なものだけ残して、お掃除手伝うからさ。」とかいって上げたりすることで、だいぶ変わってくるのではないでしょうか?

もちろんそれもインスタントに変わることではなくて、それこそ時間が、雪が解けるように、心のしこりも解けていくことだろうと思うんです。

皆さん大変でしょうけれども、いずれ、おばあちゃんを見送るとき、きっとそこまでしてあげたならば、見送った時に後悔がなくすむと思いますよ。ですからそれはみんなの「愛情」というものを、確認する「学び」かもしれません。

>>

「私は、小学校五、六年生の頃から、学校を休みがちになり、中一の時、最初の頃は通っていたのですが、だんだん行きたくなくなって、家に引きこもるようになりました。

今は高校にも行かず、バイトにもいかず、ほとんど家にいます。何かをしなければ、と思うのですが、怖くて何も出来ません。どうすればいいでしょうか?」

それで、厳しいことを申し上げるようなのですけれども、学校に行かないと言うことと、ひきこもるということと、なにもしない、ということは別なんですね。

学校に行かなくても、ひきこもっていても、なにかをしていなきゃいけません、ね?世の中で一番いけないのはね、学校に行かない、そして、ひきこもっている、といって、放置されてしまうこと。

それでいて、「家でぶらぶらしています」ってね、よくね、親御さんから来る場合って大体そうですね。でも、学校行かなくても家で勉強していればいいんです、学校がすべてじゃないですから。学校行かない分、家で勉強するなり、別の方向を考えなければいけない。

またひきこもる、というのでも何か勉強でもいいですし、何か内職でも、働く、ということが大切になってくるわけです。ですから、外にでないことと、何もしないということは、全く別だから、それはいいのがれになってしまうということ。

だから、学校に行かなくても勉強する。それこそ家に引きこもってしまったならば、引きこもっても何かする、それをしていたならば、その怖い、というのはなく、いつでも社会復帰できるし、おうちのなかにいても、お家のなかでいつも社会と接しているわけですから、そういうことが大切だと思うのです。

それで、こういう状態になったのは、やはり親御さんからの愛情を感じられないからでないでしょうかね?もし親御さんからの愛情があったならば、ここまで時間をかけなくても、怖がることはなく、少しでも社会に出て行くことは出来たのではないかと、いう風に思うんです。

ですから、なかなか、親御さんとのコミュニケーションが出来ていないな、ということを霊視します。

そこでまず言えるのは、社会に出ることも大事なのですが、まずご自身が、親御さんに、「どうして今時分がこういう暮らしをしているのか?」の理由を話すこと。

そしてもう一つ、そして、「どうしてこのままの状態にしておいてくれたのか?」ということの理由も聞くこと。それはお互いに尊重しあってのことなのか、それとも、お互いを理解しようと言うことを恐れてしなかったのか。むしろ無責任に、おたがいしてしまったのか。

そういったところの話し合いから初めて御覧なさい。で、そうすると、自分自身で、だんだん怖くという、この怖いのは、実は社会でもあるけれども、人の心に対して本当は怖いのではないですか?

その怖さの元は、本当は、親御さんではないですか?ですから、その「怖くて」をひとつずつ克服していかなくてはいけません。

そういった意味ではまず、親御さんを克服し、会話すること。それがこれから大きく人生を展開させるきっかけになるということ。それを守護霊さんが、教えてくださってます。

さぁ、がんばって、あなた自身の手で、人生を切り開いてみてください。あなたには出来るはずです。


【天国への手紙】

「天国のおばあちゃんへ。お元気ですか?おばあちゃんはいまなにをしているの?私は子供の頃から、たまに遊びにいける、おばあちゃんの家が唯一子供の心を取り戻せる時間でした。おばあちゃん、おばあちゃん、といってそばにいるだけで幸せでした。

でも私は、中高生になっても幼くて、『おばあちゃん、あんたのせいで、呆けたのよ。』っておばさんに言われたときは、本当に責任を感じました。ごめんね。

あのころは、自分のことだけに、精一杯だったかも
しれません。そしてあれから、おばあちゃんが亡くなって、10年がたというというのに、おばあちゃんのお金のことで、母や親戚たちが、憎しみあっています。

本当はみな優しい人たちなんですが、それぞれ、生きてきた時代での、お金の苦労や思いが、そうさせているだけなんだと、思うんです。

だだおばあちゃんの気持ちや、母の気持ちを考えると、なんだかどうしたらいいものかと、悲しくなります。

最後に、おばあちゃんからもらった愛情を、私は4人の子供たちに注いでいきながら、子育てを頑張っていきますね。

おばあちゃん、あの時ちゃんと伝えられなかったけれど、いろいろと、ごめんなさい。でも、沢山の愛をありがとう。いつまでもいつまでも、大好きだからね。」


はい、おばあちゃん自身、すべて分かっているみたいです。それでいて、ご自身のことに対しても「何も心配することはないよ」という感じで、笑って、微笑んでくれています。

それでいて、親御さんたちのこと、困ったもんだねぇ、という顔をしていますけれども、おばあちゃん、相変わらずのように微笑んでいるんです。そう、このおばあちゃんって、いつもどんなに大変な時でも、微笑んで笑っていられる人でした。そのことを見習って生きるといいですね。

それこそ、太陽のような母性、そのお手本と言えるのではないでしょうか?今でもそうやっておばあちゃんは穏やかに暮らしていると言うこと。ちゃんとみんな、おじいちゃんなどといっしょに、いるらしいです。安心してください。


【クラシック・セレクション】

年末特集、ということで、ヘンデルの「ハレルヤ・コーラス」をお送りいたします。もともとは「メサイア」という、ヘンデルの楽曲です。聖書から言葉を借りて作られた曲でトーっても長いのですけれども、その第二部の最後にこのハレルヤコーラスがあります。

それで、私の誕生日と言うと、クリスマスが近いじゃないですか、バースデーケーキというのは子供の頃なかったのです、いつもサンタが載っていたのです、結構気分的には、ムカついていたのですね、大体いつも「メリークリスマス」とか書いてあって、本当は「今日は俺の誕生日だろう!?」って思いながら(笑)。

ただ一個だけ有難いのが、大体誕生日の頃に、こういうハレルヤコーラスとか、第九とか、何かおめでたいのですね、みんなが祝ってくれて。それだけ得だなって思いがありましたけれども。

まぁ世界が愛に包まれるようなそのメロディ、大切ですね。

(曲)

それでね、この曲を聴いたときに一瞬だけ笑いたくなる部分があるんですよ。それはね、

「King of King 」ってところですね、それって「王の中の王」でしょ?これって聞くと、何かとても日本的な気がしません?「よっ!男の中の男!」
とかいわれてるみたいでね(笑)。それって、自分だけでしょうか?(笑)


人生は旅です。

そして、その名所とは、

経験と、感動なのです。


>>>>>

ということで、もう今年もあと二日で早いですねぇ、大阪城ホールカウントダウンもいよいよ楽しみなわけですが、よく考えましたら、大阪城が出来る前というのは、石山本願寺というお寺だったところなのですねーあそこは、その前は古墳だったりして風水的にも良い場所なわけですね。

まぁでも歴史的にはいろいろな合戦もあったりして大変でもあったわけですが、全部ひっくるめて年末に浄化していくのかなーって思いますねー(^^)。

Posted by fy3on3 23:23:08Comments(0)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第11回 (ニッポン放送)その2。

2006-12-28

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はいー、昨日は「第九」を聴いたわけですけれども、そのパンフによりますと

「人類の至宝というべきこの作品を年末に演奏する習慣は、実は日本が発祥の地ではない。

それは1918年秋、ドイツに革命が起こり皇帝ウィルヘルム2世が退位したことを受けて、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の常任指揮者だったアルトゥール・ニキシェが、

その年の大晦日の深夜、労働者のためのジルヴェスター・コンサートで<第九>を演奏して評判となったことに端を発する。」

とありますね。ちなみにジルベスターとは大晦日のことですが、この国だけ12月入ると毎日どこかで第九、というわけではないようなんですねー。

また今年帰幽なさった岩城宏之さん、あちらに帰っても相変わらずすこぶるお元気ご様子なのですが(^^;)、毎年ベトベンを全曲、大晦日に演奏しちゃう!なんて無理なことやってるからそりゃー首に来ますよねとも思いますが(^^;)、

つまり大晦日というのはクラシック演奏者にとっても結構お祭りみたいなもので、それで第九も労働者のために演奏して評判になった曲ということですね、私もそんなに詳しくないのでまぁだいたいそういうことで、と思うのですが(^^;)、

で、何が良いかって言うと曲、合唱の響きもそりゃー迫力があっていいわけですが、よく見るとやはりシラーの詩ですよね。こちらの

日本語訳

を少し引用させていただくと、


貴方の御力により、

時の流れで容赦なく

分け隔たれたものは、

再び一つとなる。


全ての人々は

貴方の柔らかな翼のもとで

兄弟になる


… 抱〔いだ〕かれよ、

数多〔あまた〕の者よ!

この口づけを全世界へ!

兄弟達よ!星空の彼方に

愛する父(なる神)がおられるはずだ。

地にひれ伏さぬのか? 数多の者よ。

創造主(の存在)を感じるか? 世界よ。

星空の彼方に求めよ!

星々の彼方に彼の御方(神)がおられるはずだ。



という感じで、どんな人でも、実は我らは神の下に平等、一時的に別れているように見えるだけだよと。

創造主はいつもどこかであなたを見守っているから大丈夫でやんす、ということを高らかに歌っている感じなわけですねー(^^)。

それでシラーさんも調べると、こちら見ると結構男前豆腐に描かれてありますが、オーラもコリャーさすがになかなか明るくて霊感体質、さまざまなことをなさった方なわけですね。

またいろいろ読むと、あのゲーテさんも、シラーさんの骸骨を秘密裏に借り出し、それを眺めながら『シラーの骸骨に寄す』という詩を書いたと言うくらいですから、だいぶそのインスピレーションに感銘したのでしょうねぇ。

ちなみにご遺骨とか、たとえばお釈迦様ですと仏舎利といって珍重されますけれども、確かにその方のオーラと言うのは残るようですね、でもこうあまりそれに頼っても物質主義的なわけで、いま世界にある自称仏舎利さんを全部集めると合計2トンにもなってしまうということですから、まったく人間と言うものは何でも依存心、よりどころを有難がるものだなぁと思いますね(^^;)。

すから、実際はイメージでそのような高い波長の方の意識にあわせる、というのがインスピレーションをうけるにも便利なのかなーと思います。写真などでもだいぶエネルギー出てますよね(^^)。

で、お話を第九にに戻しますと、ウィキによると、東京オリンピックの時にまだ東西分裂していたドイツ統一チームの国歌の代わりに使われていたなど、面白い歴史があるようですね。

ですからなるほどー、統合する仲良くする、おたがいに無事に年を越せる喜びを祝うという意味合いもあるのかなーとも思う「みんなのうた」ですよねー(^^)。また初期のCDの時間(74分)の基準になったとも言うということで、ふーむすごい影響力がある曲なんだなぁと改めて知りました(^^)。

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【今思うこと】

私事ですが、今日22日は42回目の誕生日になります。また死に一歩近づいた、まぁ生まれてくると言うことはみんな旅人、旅にきているようなものですから、昔人生50年の頃だったならば42にもなれば、もうそろそろ終わりを考えることにきていますよね。

そういう意味では、80歳まで生きたとしてもあっという間の人生だと思うんですよ。10歳でも30歳でも50歳でも、人生ってみんなあっという間だと思うんですね。

だから過ぎちゃったらみんな「あーあ、短かったなぁ」ってきっと思うから、だから一日一日を無駄にしていきたくない、と思うんですね。だから私の人生のモットーは「ぼやぼやしてたら死んじゃうよ!」ですから、だから一個でも多くのことをやろうと思って、なんでも気があせっちゃったりするから、ご飯もつい多く食べ過ぎたりしちゃったりして、太ったりもするという、やっぱりせっかちというのはいけないですよね(笑)。

神紀行って本もありますけれども、4年近くかけて取材しているものですから、ほんとに見ていると、スタイルが違うんですねぇ〜(しみじみ)、もう私の体がアコーディオンじゃないかと思うくらい、やせたり太ったりの連続で、ページをめくるたびに、私はこの本をこの世から消滅させたいと思うほど淋しい悲しい思いをすることもあります(笑)。

でもおかげさまで、さまざまな活動をさせていただいて忙しくさせておりますけれども、これも一つには時代もね、今私を求めているのだろうなぁという風にも思うわけです。

やっぱり今の時代と言うのは、形というか、肩書きを誰も望んでいないと思うんですよね。たとえば、政治家、がいう事を信用できるかというと、何か誠治かも何か惑っているような感じ、じゃぁ、学校の先生?というと、いじめの問題や、履修不足という問題などでも、教育者の悲しさなども見てしまったような感じだし、

じゃぁ警察?とかいっても警察官がいろいろ問題を起こしたなどと聞いちゃったり、もちろんまともな人も沢山いるわけですけれども、まぁ肩書きじゃなくて、その人、なんだということを、自分が納得できる言葉こそ大事なんだと、言う時代になったのではないかと思うんですね。

そういった意味では、私自身の、そういったスピリチュアルな世界と言うのは、多くの人たちの、今の時代だからこそ、説得力があるのではないか?というふうに思うんです。

それこそ、有名なねスピリチュアルの交霊会の、霊的なメッセージの本の中にあるんですけれどもね、
いままさにね、救世主が、光臨しようとしているときなんだと、言うんですね。

その救世主っていうとね、みんな依存心を持って、誰か助けてくださるような人が現れるんだ、と思ってしまうかもしれませんね?でもそれは間違いで、今、光臨するべきは、霊的な救世主の光臨、それはどういうことか?

ようするに、霊的な真理、たましいの真実、生きると言うことの意味、そういったことが、一人一人の魂の中に刻み込まれれば、それこそそれが、救世主が降りてきたことの意味だと、私は確信しているのですね。

ですから、今そういう時期にきているのかなーと、私の本も、お陰さまで多くの人に読んでいただけています。それが、また部数とかも、最近もう言わなくしたんです、何部とかも。言うと物質的価値観でね、儲かってるんだとかやれなんとかなど、悪く取る人もいるからね、だからもう何部とかもいっさいいわなくしているんですね。でもそんな活動もさせていただいて、

また年末にはスピリチュアル・ヴォイスなどの大晦日のカウントダウンスペシャルもやるようになって、でも、その公演は私にとっては、たましいのふるさとへのお里帰りのとき、という風に決めているんです。

多くの人たちはみんな、生きていれば、死んでしまいたいと、思うことがあるじゃないですか。そのとき、ホントに死んじゃったらダメだから、そうじゃなくて、たましいのふるさとに帰っておいでよと、
実家、私がその劇場を使ったら、その劇場がその実家になって、みんないったん帰ってくる。

もとはといえばみんなスピリチュアルワールドにいたんですもの、そこからこの現世に生まれてきた。だから、帰りたいと行っても本当には帰れないから、天命を全うするまでは、だから劇場に来ていただいて、おかえりなさい、と、

そしてもう一遍、うまれてきたときのことを考えましょうよと、意味をちゃんと考えましょうよと言って最後に、いってらっしゃい、という風に、お見送りするんですね。

ですから、毎年そういう里帰りのときだと思うから、とくに大晦日となると、みんなをどういう風にもてなそうか、新しい年、どうやって「いってらっしゃい!」とみんなを現世に送り出そうか、そんなことで工夫を一杯考えると頭も一杯で毎日のように徹夜みたいになってしまうんですよね(笑)。

まぁ大阪城ホールと言う、一万人近く入るようなところだから、多くの皆さんがすごく身近に感じられるように、そして、今日きてよかった、新しい年を迎えられてよかった、里帰りできてよかった、そしてまた現世を出発できる、そんなときになったらよいなと、沢山工夫していて、自分でもあれやこれや考えているのでいろいろ大変なんです。

だから今までの活動と言うのはやはり、私は世の中の皆さんに、人はなぜ生まれて、なぜ生きて、死してどうなるのか?そのことを、ただただ伝えることによって、霊的な真理を伝えればこそ、世の中のほとんどのことに対しての、明確な答えを伝えることが出来るという風に、思っているのですね。

だから、子育てから、教育のことで子供が危ないから、いのちが危ないと言うことから、ワーキングブックって言って仕事のことから、それこそヒーリングブックで、体の健康のことから、もう何に対しても、書いているわけですね。でもすべては、共通している霊的真理がもとなんです。

ただ私はこういう、2006年を見ていると、私がしていることなんて本当に大海に一石を投じている
だけだなぁ〜なんて、いう風につくづく思うんですね。

けれども、そうであったとしても、きっとその小石の一つでも、何か影響することがあるだろうし、そしてまたこういう「幸せのレッスン」という番組もいただいてね、こうやって私が自由に話が出来るってことって、今まであまりないんですね。

たとえばテレビっていうのは、テレビで求められていると言う自分の与えられている部分だけが、私の活躍するところであって、だからこの番組の場合は、今私が思うこと、というコーナーもあったりして、こうやってお話できるチャンスもいただけて、すべて偶然はなく必然、すべて天から「おまえ、しっかりがんばれよ、ちゃんと伝えろよ」と、いわれていることだと言う風に、思っておりますし、今日も誕生日と言うことでその思いもひとしおに感じております。

また来年からも同じように書籍雑誌、テレビラジオ、公演などで「人はなぜ生まれ、いかに生きるのか?」をお伝えしたいと思います。

(曲:鈴の音/イルカ)

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では次回につづきます(^^)。

Posted by fy3on3 23:56:54Comments(2)TrackBack(0)

「オーラの泉・緊急特別企画!! 美輪&江原が今の世に伝えたいこと」

2006-12-27

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はいー、今日は渋谷で鑑定などなどさせていただいたのですが、午後カレー屋さんでご飯食べててふと気づいたら、あの宇梶さんが離れた席に座ってたので、ちょっとビックリしましたねー(^^;)。

なんだか今は金髪になっていて、TVでみるよりもだいぶスリムな感じでしたが、ホラホラオーラの泉でだいぶ浄化してもらったからか、オーラ見るとなかなかですね、ゴールドと紫が出ちゃったりしていい感じだったんですよこれがー、それにもビックリしました、私が言うのもなんですが(^^;)ほんといろいろご縁で気づきがおありでよかったですよねぇ(^-^)。



それでその後、文化村あたりをプラプラしていると、こちらのよしもと無限大で収録をやっていて、オリラジとかホンコンさんとかみましたね。無料で見れるですねぇあそこはー、で、オリラジもさすが明るい感じでしたねー(^^)。



それから公園通りのほうへ行ったらたまたまN響の「第九チャリティーコンサート」の席も空いていたので、3階席の奥のほうで拝聴してきました。

で、NHKホールの3階席、と言うと、今は昔、高校生の時にせっせと学生割引で定期会員になって、月に一度、学校終わって田舎川越から一時間半かけて通ってましたから、もう10何年ぶりでしたが、全然変わってなくて、懐かしい感じでしたねー(^^)。


それで、おそらく生で第九を聞くのは初めてか二回目だったのですが、はるか遠くでも生音はやはりよかったですね。公演最終日ということで、オケの方々に少しお疲れオーラが…という感じもありましたが、

そんな中で指揮の上岡さんはこちらのプロフィールもすごいのですが、こちらの同級生の方のブログを見ても、なかなか卓越した才能の方のようで、どうりでオーラが誰よりもあかるいはずだーって思いましたね、性格も前向きで良い方なのでしょうねぇ(^^)。

実際の指揮ぶりも、第一楽章からまるで指揮台からおっこっちゃうんじゃないの?ってくらい迫力ある動作で、目でも楽しませてくれる感じでしたねー(^^)。

最近「のだめ」で久々にクラシックマイブームが自分にも来ているので、今回お誘いいただいた方もまたありがとうございました(^^)。

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はいー今年もいろいろな事件があったと言うことで、ここでも「想像力」ですね。小さいころからいろいろな本を読み聞かせてきたら、お子さんでもちゃんと想像力を発揮して思いやりが有る子に育っている、と言うメールもあっていいですねぇ(^^)。



で、まずは「ひきこもり」についてですね。それにもいろいろなパターンがあると。宮本亜門さんのように、実は繊細過敏なので自分を見つめる時期だったりする、三年寝太郎のような感じな、いろいろな人もいると。

それでニートな方々は実は気の毒な人たちだと。甘えているわけではなくて、愛情がないところで育った人たちだと。

それは、親がお金上げるから問題出さないでね、という親の愛情がない証で、親が正面からかかわらないからそうなるので、要は愛に飢えた人たちですと。

それでお金も時には毒になり、悪いことのほうが魅力があるからそちらにばかりつかってしまうことがあると、それで、戦後は物がすべてだと思い込んで、目に見えないものに対してうやまいがなくなってしまった。団塊の世代の方の決めゼリフで「どれだけお前に与えたと思ってんだ!」「どれだけお前にしたと思っているんだ!」という。子供を株と同じ、「投資と回収」の元にしてしまったと。

物やお金を与えるのが愛ではない、若い人が自分が愛されているかどうかわからないと言うのは親の育て方が間違ってきたからだと。

美輪さんもコンサートや講演会などでおっしゃってるように、人間は食べるものだけで生きるのではなく、情緒とか、ロマンティシズムとか、そういうものが心の栄養となるから、今はみんな心の栄養失調で、

それも大人がそうだと。戦時中に、「歌舞音曲禁止令」がでて、軍歌以外は歌っちゃならない時期があった、それで千年以上続いた日本文化をたった5年でパーにしてしまったと。

それで戦後はアメリカからスラム文化が入ってきて、シンガポールのリー・クワンユー首相や韓国ではそれを阻止したので、ペヨンジュンさんやチャンドンゴンさんなどはお行儀よくて品が良いのではと。美輪さんたちも40年前くらいから三島さんや川端康成さんと、「日本はそのうちスラム化するね」と言っていたと。それでそれが本当になってきたようであると。

また戦後の焼け野原では、生きていくだけで精一杯で、奥ゆかしさなどはわすれてしまった。それで自分の子供は勝手に大きくなっていったので、礼儀作法や敬語など一切知らない子が育っていった。
だからなまけものがきちんとした人をダサイとか言い始めてしまったと。

また文芸書なども読まないから言葉を知らない、ただの動物になってしまっている。また太一君も寮生活で親のありがたみが分かり、また事務所で厳しく育てられたので、それでよかったと。

また世の中はモノモノで行き過ぎちゃって、いい子とは一体何かというと「投資と回収」が出来る子であると、しかし勉強が出来なくてもたとえば太一君のようにいい人はいるわけだから、学歴や仕事などではんだんするという差別を作ってしまっていると。

また礼儀作法などもおしえてこなかったから、そのツケが回ってきていろいろな事件もおきている。

大人の背中を見て子は育つのだから、大人の人、団塊の世代の人々も全員が全員ではないですが、今までの価値観が正しい、と思い込んでいる人は反省しましょうと。その世代の人たちもまだ必要とされているのだから、みんなで変えていかないとー、ということですね。

またお金もどっちみちあの世にもっていけるわけではなく、いつかは人間は死ぬのだから、もうちょっと、むだなことばかり、自分が何やっているかも分からない大人が多いので考えましょうと。

そして、あの世にもっていけるのは「経験と感動」で、それは誰にも盗めないもの、一番の財産であるのだといいうことですね。



また「イジメ」についてですね。運動会で手をつないで一緒にゴールするのは平等かというと、少し違うのではないか、

勉強が出来る子、運動が出来る子、いろいろなことがあるので、そういうことをしていると自分が一体何が出来るのかわからなくなってしまうのではないかと。

頭がいい子、勉強が出来る子ががいい子と思い込みすぎていて、何のために生きているかと言うと、親にいい子といわれることが、生きがいだと思っている子も多いのでは?と。

また「イジメ」ということばはなくしてすべて「犯罪」という言葉にしたほうがよい、なぜなら言葉のすり替えで軽く捉えられてしまうから、だからそのほうが抑止力があるのではと。

またイジメる人間と言うのは、自分が劣等感の塊なのだと、人間として最下等だと宣伝しているようなものだと知るべき、そういうことを先生などもおしえていない。


また有る若い人が「イジメも役割だから」ということを言う人がいたと、もうそういうような価値観になっていると。

ホームレスの人たちをを虫けらだとか考えてしまう若者がいたりして、そういう人たちは一生懸命生きている、輝いている命を大切にしないなど、物質的になりすぎている。

だから勉強が出来ることが大切なのではなくて、一番大事なのは心だと。

また先生もそうやって育ってきていると、親もまるで圧力団体のようになって、過干渉な感じなのではと。



また、人はなぜ生まれてくるのか、ということでは、私たちは実は未熟な存在で、生きているのは心、たましいであって、自分自身でカリキュラムを作って生まれてきているのだから、一番大事なのは「経験と感動」であると。だから、つつがない人生、だったらみんなまるでバカになってると。

風邪を引くから病気の人の気持ちがわかる、苦しい生活をしたからありがとうと言う気持ちが分かる、その中でたましいを輝かすことが出来ると、それがオーラの輝きであると。

人を笑わすと黄色がでたり、人を好きになるとピンクがでるし、経験を積むと紫が出たりいうことで、その人の経験がオーラを作る、だからオーラのことを勘違いしている人もいると。

またこの番組の意味も、現世と来世など多角的に光を当てながら、生きるヒントを見出すと言うことですね。

また美輪さんも、ただ「霊障だからパワーください」という人もいたりするがそういうひとには「あげません!」というと(笑)。

私からもらって、いざまたなくなったら、またどこかに行って「ください」と言うようになって、「永久にもらってばかりで一生終わるんだよ」と言ったと、

だから「なぜ人にあげようと思わないのか?」と。人にあげれば、自分から、自前で湧き出てくるものだと、井戸から水が上がるように、不思議なものだと。要するにもらいに行く必要がないのだと。


またこの世に生まれるのも、いろいろな山積した問題を解決するために生まれてきているのだと。

そして江原さんも言うには、何で視点を変えないのか、霊障なども、現実的な家庭の問題も、すべてたましいを鍛える「マシーン」であると、この世はたましいのスポーツジムだから、「マシーンが襲ってくるんです!」って勘違いしている人も多いと。たましいを鍛えるために自分でジムに行くように、この世に生まれてきたわけで、もし苦しくても当たり前だと。

また「生きていく価値がない」という人は価値を勘違いしていて、服を得るとか頭がいいとかいうのを価値だと勘違いしている。

実はそうではなくて、「生き抜くこと」に価値がある、ということですね、その他のことは人間関係、家族関係など、全部トレーニングマシーンであるのだから、自分が主人公になることが重要。

いろいろな問題がおきても、それは自分のトレーニングマシーンだと思って挑めばよいと、そうすればたましいの筋肉は強くなるのだということですね。


<「不幸に学ぶ」>

江原さんも以前、男の人が大病して相談に来て、自分は学校も会社も頑張ってきたのにどうして?と聞かれて、ガイドさんに聞くと「ほっておいてください」と言われたと。

それで主に病を患ってきた人は、ガイドさんも「それが学びです」と言うことが多い、今個人カウンセリングをしていないのも、来る人は余計なことを求める、現世利益を求める人が多いからだと、そのときにはガイドさんも「何もいわないでください」と言われることも多いと。

そしてそのときは細かく説明していって、「病気をして自分が命がないとなったなら、こどもに「上を目指せー」って頑張らせてやっていたのが、こんどは一刻でも一緒にいる時間が大事になって、すべての瞬間が幸せになったでしょう?」と。

またそれまでは息子さんも親のレールを嫌がってたのが、居なくなるとなると淋しくなって仲良くなったでしょう?と。そして後日談では結局死に至る病ではなかったのだと…。だからこの病気は親子関係を修復するための病、きっかけだったと。

そういったことも必然で、またその奥様もそのご主人と「投資と回収」するような契約結婚のような考え方だったので、だからガイドさんが「ほっといてください」といっていた意味がそれで江原さんもやっと分かったと。

これも「雨降って地固まる」で、不幸なようで不幸でないことも一杯あると。人生はすべて偶然はなく、必然であって、そこに学びも一杯あるのだということですね。



それで、「この世は学校で、あの世に帰ると言うことは解放なんですよ」ってスピリチュアルなことを話しても、それも嫌がるようなひとがいると。

現世は学校で、普通の人はまるで考え方が180度ひっくり返っていると、こちらで生まれてくるのはあちらでは別れで、こちらで死ぬのはあの世では再会であると。

だからこの世は修行場であると。たとえばこの世がすべてだと思うと、「すべて不幸だ」と言う捉え方になってしまう。でも実際は「ゲゲゲのキタロウ」のようにまた霊の世界というのは仕事もない、なにもないわけですね。現世のほうがだいへんなわけですね。



そして、あの世も自分しだいだと、その人の想念が暗いと、そういうところにを自分で作り出し、住んでしまうのだと。

その人が本当に清らかで安らかになると、気がつくとそういうところに住んでいるのだと。

それは江原さんの『ステージ(階層)の法則』ですね。この世ではだれでもいっしょにいられるが、あの世だと波長によって同じレベルの人でしか会えない、違うと別々のところに行ってしまうということですね。

それがこの世にも現れているのが「波長の法則」で「類は友を呼ぶ」ということだと。

沢山人が居る中で、自分と縁がある人と言うのは、やはり自分と同じ波長だから出会えるのだと。

ステキな波長はステキな人を呼ぶ、また未熟な部分があるから未熟な人を引き寄せてべんきょうさせてもらうのだと、江原さんも縁あって美輪さんに教えを請うことができているのは、自分の中で一生懸命磨いている部分があるので、そうなっているのだと思うと。

でも自分でもとんでもない人とであうのは、それは「自分の中の未熟な部分を示してくれてありがとう」ということで、どちらも感謝であると。だから、いじめてくれても感謝、ということですね。


また、なかなかたましいが保育園レベルであるである人も多いと、小中高レベルの人は、「スピリチュアルなことがあってもいいんじゃないの?」と理解を示す人だと。

だから「肉の年齢」と「たましいの年齢」があるのだと。若くても経験と感動を積んでいる人、『前世』も多くて人の痛みもわかり、想像力があり、優しくて奥深く考えられる人もいるとしたら、年取っていても考えが幼稚な人もいると…。



次は「便利の代償」ですね。

人間は自然とはなれて生き過ぎているので、マニュアルどおりにしか生きられないと。

昔は電話もなかったから、それの貸し借りなどでも感謝の気持ちなどが養うことが出来たと。不自由な中に礼儀とか交流があったと。

また虐待なども、みんな未熟なものを持っているわけだから、ないほうがおかしくて、子供さんと居るとヒステリーになるのはやはり当たり前でしょうと。

でも、昔は大所帯だったから、子供にとっては逃げ込むところがあって天国だったと。お母さんもヒステリックになってしまうことがあるときはあるとおもうので、そんなときに逃げ込むところがあったり、

お嫁さんもお姑さんに、あたまをさげなくてはいけないことがあったりと、分かち合っていっていい家族になっていくものだと。

だから「便利という横着」だけを望んでいると、核家族のようになっていると、ヒステリックになりやすくなって「お前なんか要らない」なんて大変なことといっちゃったりとか、あると。昔はそういう事をいさめるお姑さんとかいたものだと。

また昔は、人の心を和ませる道具立てが全部あったと。木の柱風鈴、畳など。豆腐屋さんとか、ゆっくりした音楽とかですね、風情があった、そこに逃げ込めたと、それがいまはコンクリートで、刑務所のようだ、やさしさとか何もない、ということですね。

何かを得れば何かを失う、便利さを得れば、生きるためエネルギーである、やさしさとか情緒とか、教習を誘うものとか、ほっとするものとか、かなくなって、今は全部そぎ落としているのだと。

だから「サザエさん一家」にはきっとそういう問題がおきないでしょうと。

また日本人はいままでお金持ちになったことはないでしょう、と。これだけモノがあふれているのは日本の今までの歴史では初めてなのではないかと。

だから、物質的には豊かになったが、でもそれと同じ分量で内面的なものを失ってしまったと。

かつて「金さえあればなんでも買える」と言った人がいるが、そんなこといっているから、「お金じゃ買えない問題がおきるんですよ」と言うことですねー。

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というわけで、いやー今までの学びの総集編、といった感じでしたが、毎回この番組を見てきた人にはあたりまえ〜なことばかりでしたよねー、実際行動に移せているかどうかは、自分でも疑問ですが…(^^;)というわけで年末の反省会という感じですね。

それにしても今回、今日この番組始まる前よりもその後のほうが、この国のオーラが全国的に少し明るくなったのでは?って感じたのですね、私の気のせいかもしれませんが(^^;)。今回はお二人もだいぶ熱く語っていらしたですものねぇ(^^)。

さて、この続きは来月10日ということですが、4日のスペシャルも楽しそうでしたねー、来年も見逃せません〜!(^^)

Posted by fy3on3 22:35:50Comments(4)TrackBack(0)

「江原啓之スペシャル 天国からの手紙〜亡き家族からのメッセージ〜2006・冬」(フジテレビ)

2006-12-26

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はいー、第九とともに恒例となった年末「天国からの手紙」ですねー、今回も経験と感動を伝えていただけるかと思います。

>>>公式ページ>>>

今回は船越さんもハンカチを二枚用意した、という2時間半ですが、テーマは「想像力」ですね。自分自身も同じような立場になることになるということがあると思ってみていただきたいと。

今年も相変わらずなくならない飲酒運転やイジメも、されたほうの痛みを分からない、「想像力」がないからだ、ということですね。

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最初は、突然12歳の次男を亡くしてしまったシングルマザーのお母さんですね。自転車で転んで頭を打ってしまって亡くなってしまったと。そしてその後おかあさんもお子さんの影を見たりしたと。

それで江原さんが霊視すると、こちらの世界にまだいると言うことですね。それで、実は少し仲間はずれだったと。

それで、実はプールで転んだと、だから自転車でも一種気絶のように緩やかにころんでいたと。

そして、彼はとても淋しかった、学校もうまく行っていなかった、意地悪も言われていたと。本人が言うから言うんだけれども、いじめられていたと。

そしてほんとは誰かに分かってもらいたかったと。みんなに気持ちが分かってもらいたかったのがすごくあると。でもお母さんも忙しかったからなかなか話せなかったと。この事故でやっと目が向いたのだと。

あと、お兄さんがうらやましかったことがとてもあり、そしてすごく好きだったと。また兄に邪険にされたりしたこともショックを受けたと、またお母さんにも「あなたがいるから…」と自然に言われていたと。だから、僕はいないほうがいないんじゃないか、と今でも言っていると。

だからこれから先、子供として必要だったと、いなくなってつらいんだということをわかってもらわないと、まるで孤児のようにかわいそうにみえると。

そして父親がいなければだめだったかというとそうではなくて、誰か一人愛してくれる人がいればだいじょうぶなのだと。

それでお母さんもこの番組を通して謝ろうとしているのはとてもよくわかると。

それでお兄さんが謝ると、「いいよ」と、お兄ちゃんも幸せになってね、と。お母さんも気持ちを送ると、「お母さん自身も幸せにならないと」と言ってるとのことですね。それで満足したと、おじいさんのお母さんに連れられて旅立っていったということですねー。

お母さん自身がシングルマザーでつぶされそうになると、それがやはり子供に当たってしまう、悪気がないと思うんだけど、想像力だと思うんですねと。

この番組もお涙頂戴番組ではなくて、思いやること、目に見えないこと、こころもそうですが、それを敬う気持ちを養っていただきたいと言うことですね。こころを見つめる、たましいはずっといきつづけ、今でもメッセージを伝えようとしているし、したことはいつまでも残ると言うことを、考えていただきたい、ということですねー。

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次は、姉をガンで亡くされた妹さんですね。離婚なさってまた7年後に結婚した彼女は余命一年の胃がんが判明、そして再婚から八ヶ月でお嬢様を残してお亡くなりになったと。

そして、血のつながっていない娘と父との生活がはじまり、家でも、また写真にも写ったりいろいろな現象がおきてきた、ということですね。

それで、お姉さんは江原さんがお家に着く前に、ロケ車から載ってきて「助けてください」とおっしゃってきたと言うお姉さんは、ピンクのカーディガンで、お子さんの名前を言うと、

そしてあまり肝心なことを話せず亡くなってしまっていると、そして口やましく言ったことをごめんなさいと言っていると、また一番言いたいのは、お母さんをいつも見ていると、毎日不安ということもわかっていると。

またお婆さんとはいつもぶつかってきたというんですね、でもこれでなかなおりしましょうと。子供を自分のつもりで育てて欲しいと。

そしてお母さん言っているのは、お嬢さんがお父さんと無理に仲良くしようってしていないかと、無理してそういう風にすることはないと。縁が切れるわけではないと。

それでお嬢さんが一番したいことは、お父さんと離れたいことだと、それもお母さん分かっていたと。でもお嬢さんが我慢しているので、それでは困ると思って、ずっと天国いけないままでいたと。

また妹さんはまるでお姉さんのようだったと。そしてご主人とは亡くなった時に一緒に帰ったときに、最後とてもうれしかったと。またご主人も新しい人生を歩んで幸せになって欲しいと。

そしてお嬢さんに言うには、年頃になって、すきなった人をつくってちゃんとお母さんのように愛されるようになってくださいとということですね、そしてお父さんともお互い二人とも旅にでなくてはない、出発だと。でもお母さんのこと忘れないでねと。

そしていたら、おじいちゃんが迎えてきてくれてきたと、またおじいちゃんも大福が好きだったと、最近お供えしていないでしょ?と。

このように、娘に良かれと思ってしたことが、絡まってしまったので、お母さんが残って交通整理しに来たと言うことですね。でも、人生に失敗はないということですね^。

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次は、後悔にさいなまれる父に、亡き息子さんが伝えるメッセージですね。チャイルドシートをつけずにお子さんを車に乗せていて事故にあい、息子さんはお亡くなりになってしまったご家族ですね。

それで、江原さんが言うには、やはりお父さんの「想像力」がたりないと、それでこの子はまだ亡くなっているのをわかっていない、この部屋を元気にぐるぐる回っているという。

そして彼の守護霊さんひげのはやしたおじいさんに頼んで落ち着かせてもらって、

そして、やはりお父さんに責任があると、安全に対して無視したことを反省、それを彼の守護霊さんがいっていると。

だからいつまでもメソメソしてはいけないと、自分がかわいそうだから落ち込むのだと、より自分に厳しく生きていくことだと。



それで、本当の供養とはなにかと言うと、亡くなった人に心配させないように生きるということですね。

また、生きている人には嘘はつけるが、亡くなっている人には嘘はつけない、しっかりみていますよ、ということですね。また楽しみと言うのは、作り上げるものだと言うことですね。

そしておにいちゃんのことはとても好きだったと、それでいろいろ我慢させたことを感謝していると。だから愛情を持っていって欲しいと。

そして好きだったお菓子を食べてから、ボールを蹴りながらあの世に行ったといういことですね。

たとえばよく家族って、影で夫婦喧嘩していても子供に分からないと思っていることも多いですけれども、心は伝わるということですね。そしてご供養も、ご利益もらうわけではなく、安心させる、報告することですね。

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次は大阪の事件ですね。お亡くなりになったご姉妹も、何度かお父さんの元にもでてきてくれたということですね。

そしてこの件は江原さんも大変慎重に考えたと、批判にあうことも承知のうえで、ご家族のグルーフケア、精神的な癒しのこともあり、依頼があったと言うことで、決断したと言うことですね。

そして江原さんはお宅に訪問、霊視すると、いまだ旅立つことなくご両親によりそっていると。

まずはお姉さんは妹さんに謝っていると。事件後も息があって祈っていたのだが残念だったと。今は苦しみはないが、精神的な苦しみはとてもあると。

そしてご家族の状況も全部見ていて、親不孝でごめんねといっている。妹さんはまだ犯人を許せていなくて、くやしいと思っていると。もっと生きていたいと言うと。だから妹さんと波長が合ってしまっているお母さんも気持ちもずっと縛られたままだと。

そして母方のおじいさんが一生懸命面倒見ようとして、おっしゃるにはお母さんも苦労した人生だと、それでお母さんも気持ちがやんで、どこかで死のうと思っていると。

だから死なせてはいけないと「お母さんも負ける気?」かとお母さんだけは生き抜いてとお姉さんもおっしゃってるとのことですね。

またお父さんがお母さんを愛してくれることをとても望んでいる、また息子さんとも仲良くと。

また弟さんが早く応援に行けば助かったのではと後悔するのも、そんなことはないと、だからこれをばねにもっと逃げずに、いろいろ楽しまないとと。そしていい家庭を作りなさいと。

そしてお母さんが行きぬく決意をすれば、夢でも会えるようになりますよと。またお父さんお酒はダメだよいってると。

また弟さんには形見がないので、お姉さんのアクセサリーをもって、いつも見守っていることを忘れずに、ということですね。

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それで、ゲストのモリクミさんもおっしゃるには、被害者家族のケアをする人が誰もいないので、江原さんの本業だと。

そしてその後、お母さんもお薬を使わずに眠れるようになったと、そして夢もみれたと。

またたましいのレベルでは、「思い」と「言葉」と「行為」とは同じなのですね。だからだれでも思いの殺人を犯していると、だからそれをやめなくてはいけない、ということですねー。

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最後は、マグロ漁船の事故で亡くなってしまったご主人からの手紙ですね。家にも度々帰ってきているようだと。

それで、スタジオでですね、お父さんも海でもう亡くなっていらっしゃっているのだけれども、霊視すると、海からタイを持って出てきたようだと、それはお嬢さんへの入学祝いだと。

そして手紙では、いままでもずっと見守っていたと、そして事故は誰も悪くないと、ご長男には、無理して次がなくても良いと、三男はすぐお小遣いなどといってごねたりするから、お母さんのことをいうことをきくんだぞと、長女には、おかあさんといっしょにと。

そして奥さんには、平凡に出来なくてもうしわけないと。今までも家族を守るために頑張ってきたと、これからもがんばっていってください、ということでしたねー。

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というわけで、いやーグリーフケア、ほんとに江原さんの真骨頂ですよねー、そして、本当にこう人間ってすばらしいなぁって思いますね(^^)。

それで、結構自分はブログも書いていたこともあって落ち着いてみてしまったのですが、一番印象に残ったことは、

『たましいレベルでは「思い」も「言葉」も「行為」も同じこと』

ということですね。私もいろいろなご家族見ていると、子供や夫婦間でもお互いに平気で傷つけあったり、不満をぶつけ合ったりしているご家族も多いんですよね。そうするとそのエネルギーが家中にじゅうまんしてしまっていて、

おそらく、亡くなった方は、それも見えてしまう、だから、このようになかなかあの世に旅立てないという方も多いようですね。

ですから、日々こう仲良くしていくというのが、いつでも大切なんだなぁと思いましたねー。

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それで、9時からはひさびさにマクモニーグルさん見ましたが少しお痩せになりましたよね(^^;)それにしても、すごい透視能力なので、やはりこう何でも見られているんだなぁと言うことが分かりますよね。だから税金でもワイロでもなんでもあまりごまかしたりしないようにしないといけませんよーという浄化の一日だったように思いますねぇ(^^)。

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「江原啓之“天国からの手紙”直前SP」(フジテレビ)

2006-12-26

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はいー、今日の東京は暴風雨で、なかなか年末の大掃除、浄化の雨らしくなっておりますなぁ〜という感じですね(^^)。

それで神棚頒布の訂正になりますが、伊勢神宮の御札の代金が各1500円でした。神棚が千円ですね。ですから標準セットですと合計500円上がっちゃうのですが、従来どおり不足分は自腹で、合計3500円で進呈させていただければと思います(^^)。また御札が一体入る台木は500円です。

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さて、はじまりましたねぇ〜、生放送でカウンセリングをしてくれるということで、たのしみですねぇ(^^)。

最初は、「ひいおじいちゃんには一度も会ったことがないのですが、最近夢に現れるようになりました。メッセージなどがあるのでしょうか?」

メッセージはあるんだけれども、それは親類全体に対しての人間関係、もっと仲良くと言うことを心配しているんですね、昔はとても和合していたのがそうでなくなったのでさびしいというのがあると。

これなども想像力、自分自身が亡くなった後、どう思うだろうか?と思えばなるほどなーと思うと思うんですね。

身内でもみんな気が合うわけではない、それは人間関係だからですよね、仲が悪いというのも実は甘えなんですよね、そういう家族であればあるほど礼節をわきまえてと思います、そうすればうまく行くんですよね。



「幼い子供が押入れのほうで誰かが泣いているといいます。それはママだといいます。亡くなった姉かもしれませんが、どうなのでしょうか?」

それは、亡くなっているお姉さんですね。だからありがとねーという気持ちで接していくのが良いでしょう。泣いているわけではないですよね、もしかしたらうれし泣きですね。



「自分が生霊になって好きな人のところに行くことはできますか?」

生霊と思うのを怖く思う必要はなくて、みんなだれもが生霊を持つわけですね、愛情もそうですね。
それで守ったりもする。だから「いってらっしゃい」なども言ってくださいといつもお母さんたちに言ってますね。また「おかえりなさい」というのも一日の疲れを浄化する作用がある。

また恋愛は我欲でするとその人を苦しめてしまう、だから「北風と太陽」ですね。いつも太陽でいましょう、太陽でサンサンと照らしてという、きもちでいるとよいですよね。北風のように押し付けがましくなるとよくないですね。

だから「大我の愛」と「小我の愛」、私の気持ちをわかってと言うのは自分だけを愛しているということ、だから自分を愛するよりも相手を愛すること。「大我の愛」からきているのか「小我の愛」なのかをみわけること、

それでもし「小我の愛」を送っちゃったら、ごめんなさいと思って、それを解けばよいと。またお母さんなども子供をせかしてしまって「小我の愛」を出してしまったときは、またもう一度優しくおもってあげればよいですね。



「私の娘は障害を持ってうまれてきました、いまではかわいくてたまりませんが、わたしたちはどうやっていきていけばよいでしょうか?」


お子さんと言うのは、子供が親を選んで生まれてきていますね。あなたが親であれば大丈夫、だと思って生まれてきたり、共に学びましょうとうまれてくるんです。

また障害と言う言葉も、社会の人がめんどくさいと思う気持ちから、このような言葉がでてきている、みんなだれでも「のんびり障害」や「せっかち障害」など、障害を持っているんですね。

私たちは補い合って生きている、だから助け合いが当たり前、みんなで助け合おうと言う気持ちで生きていくのが当たり前ですね。

また自殺したい人などもよく「生きる価値がない」などと言いますが、それは物質的価値観、美貌がない、お金がない、学歴がない、とかからきていますね。でも本当の人生の価値は「生き抜くこと」です。

人生は旅と同じで、経験と感動をたくさんの喜怒哀楽を経験していくことですね。

もしつつがない一年があるとすると、人の気持ちなどわからない人になってる、風邪なども引くから、病気の人の気持ちがわかるわけです。

そしてこの子は賢明に生きて、経験と感動をえていると、それで、いろいろな人の愛情を得てはぐくんでいこうとしていると。ですからご家族もお互い様ですね。だからどうとか判断してしまうのはおかしいと。

お母さんも母性の学びがありますね、だから私は選ばれた人間だとおもっていくのがよいですね。幸せなお母さんほど小さなことに悩んでいたりしますが、

また見えるのは、おかあさんがごめんねーという気持ちがとてもあるので、お子さんも淋しいところがあると、だからもっと前向きにと言うことですね。

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「今年離婚を経験したのですが、ある日夜中に4歳の長男が何かを包丁で追い払おうとして台所に立っていました、何なのでしょうか?」

これは霊現象でもなんでもなくて、お母さんの心の以心伝心ですね、お母さんの心の魔を払おうとしている、ネガティブさが伝わったのですね。

生きている人間同士でも波長をキャッチしますよね、こどもは親が思う以上にたくましくですし、やはり子は親の鏡ですねー。

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「私は時々霊が見えてしまいます、オフにする方法は?」

まず基本的に、霊に対して偏見を無くすこと、見えていいじゃないですかと。私たちは肉体を持った霊、だから見えてだいじょうぶだと。霊が怖いととるからおかしいのだと。

たとえば突然襲い掛かって来る人などは普通はありえませんよね、ですからその差別感を無くすこと。見えるのならば話せばよいですよね、正面から向き合うこと。

もしくは意識をはずすこと、やだやだといっていながら意識が向いちゃうからみえちゃうんですね。

歌うときもそうで、意識の構えと同じですね、霊視も同じです。集中力ですね。ちゃんと切り替えられると。

たとえば血が流している人がいたりしますけれども、それを怖がるのは白状で、誰かに見てもらいたいわけですから、愛に変えて、わかってほしいだけですね。理解してあげると血が消えたりしますよね。「それしか言ってあげられないけどね、うろうろしていないで早く行くべきところへ言ってね」という感じで言うといいですね。

また、生きることに忙しければ、霊をみることはなくなってきますね。

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「私は去年の冬に友人をイジメからの自殺でなくしました。その子に受験を進めましたが、今は後悔しています、それで今も眠れません。どういう気持ちで自殺しましたか?あやまりたいです。」

これは彼女は受験がためになくなってるわけではないですね。一番は親の無理解だと言っています、帰る家がなかったと。

でも本人は自殺したことを悔やんでいると、でもうらみとかはないし、逆にそう思われていることは本人につらくいので、声援を送っていかれるのが良いですね。

またイジメは本当に許されないことなのですが、救いとしてはお家でもだれでも逃げ込めるところがあったらよかったと思います。ですから自分がそばにいていられなくてごめんねといってあげてみてください、今もどんどん笑顔になっていますね。それよりもご自身の恋愛のことを言っているから…(笑)。

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「霊が私が夫を別れさせようとするというのはあるのでしょうか?腕を掴まれたり首を掴まれたりしすることがあります。」

少し軽い憑依が見えますね。あと生きている人の念ですね、ご主人が繊細な感じの方で、仕事上の気の会わない人からのコンチクショーと言う念をうけたりしていますね。でも、そういう思いにビクビクすると寄ってきますよね、相乗効果で。

ただ一つ言うと、つく霊が悪いのではなく、つかれるほうが悪い。だからご主人がしっかりと跳ねのけることですね。また奥さんはあまりやかましいことをいわないようにですね。

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それで、2007年は「足元を揺るがされる年」ということですね。天災的なこともあるかもしれませんが、ビクビクするよりも、その人間の傲慢さを反省するべきですね。自然界を何一つ変えられないのに、地球は借り物なのに、いろいろしていることを反省するべきだと。

だから感謝と謙虚さをもつ、心の上での足元をゆるがされること、大丈夫だと思ったことが覆される、それはオレオレ詐欺などや建築設計の問題など、今年からでも起こっていますね。だから自分自身でちゃんと調べる、依存心を持つとゆるがされると。

そんなことがありえないと思うことが起きてくるので、よく考えれば、ちゃんと自立心を持てば大丈夫、すべて学びですね。

私たちは目に見えないものの敬いを忘れているとおもうんです、必ず見ている存在がいるんだよ、ということを忘れないでいただきたいのです。

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ということでしたねー、なかなか生放送で、すばやく霊視なさっていてすごかったですよね、自分もとても勉強になりました。さてーこりゃー本編も本当に勉強になりそうですねー見逃せません!(^^)

Posted by fy3on3 16:25:26Comments(2)TrackBack(0)

「こたえてちょーだい! 江原啓之が挑む!冬の不思議現象解明SP!(フジテレビ)」

2006-12-26

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はいー今日は年末恒例江原さんデーですね。いま「こたえてちょーだい! 江原啓之が挑む!冬の不思議現象解明SP!(フジテレビ)」を放映してます。



最初のエピソードの方は、小さいころお母さんが交通事故でなくなってから不思議現象がおき始めた、お母さんが台所で料理をするのを見たり、それだけでなく、いろいろな幽霊さんに触られる感じ、雰囲気を感じてしまうようになった、という方ですね。

それで、江原さんが言うには、それは自意識過剰で、そんなに気にすることはない、それよりもメッセージ、お母様が言うには「いまこそしっかりしなさい」と。

おかあさんもご自身が一番心もとないと思っている、お母さんもいろいろ苦労してきたから、自分みたいになっちゃいけないって。

あなたが子供っぽいから、まただんな様もガンコで、うまく表現できないだんな様だから、悲しく思えてしまうんだと。またお姉さんも心配「どちらも私の悪いところが似ている」と。

その方は気が強くて、そのお姉さんは男性に尽くしてしまって撃沈してしまう傾向があると。

それで、供養というのはどうすればよいかというと、ご先祖さんに心配させないような生き方をすることだということですね。あなたも上手にご家族みんなのことをもっていくほうがよいと。

どんなお母さんでも子供が小さいころになくなったときには、どこにでもついていきたくなるものですと、また、自分は40になるまで長生きしないと予言めいて言っていたのも、こんな風に尽くして苦労してきたから長生きできない、と言うことをただ愚痴っぽくいっていただけだと。

またおかあさんいっているが、そのようなメッセージも、今自分が幸せだから気づかないと、そうなってみないとわからないと。お母さんも「この子をちゃんとしつけられなかったから…」といっていると。

また霊だなんだ言っている人は怖いもの見たさもあるから、だからいろいろなものを見るんですよと、それは暇だから、寂しいからみると。

だからそれよりもだんなさんにきちんと甘えましょうと、それはお母さんが出来なかったことなんだから、とのことですねー。

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次は、4人の子供のお母さん、いろいろな霊現象が家でおきる、特に水色の服を着た少年を見ると。そして次男が、その少年に似てきてしまって心配だというお母さんですね。

また妹さんが、自分がいないところで自分を見たというドッペルゲンガー(複体)もあったので、何かよくないことがあるかどうか不安だと。



それで、江原さんが言うには、あなたは小さいころから不安が強かったでしょう?と。また家も多少磁場が狂いやすい場所で、電気器具が壊れやすかったり、植木とかが枯れやすかったりすると。その対処法としては、可愛そうなようだけれども、近くに植木とかおいちゃうのもいいと。

それでその方の場合は、幼い頃に家族に不仲があって、それが今大人になって家族を持ったときに、子供に対していろいろ不安に思いすぎてしまうと。霊感体質な上に、不安がいろいろなエネルギーを作り出してしまうとのことですね。

それは虐待されたときに、人格を沢山つくってしまうのと似ていると。

またご主人はやさしいので、もっと聞いてもらうのが良いと。心配性で不安なときにいろいろ起きているのは「思いみたま」が心配だと動いていると。

そしてそのお子さんもお母さんと似ていると、そして霊能というのも遺伝的に伝わるものですよ、と。

また抜けやすくなるのは丹田を中心にした呼吸法をやるとよいと、そうするとしっかりと幽体と肉体としっかりつながると。

そしてガイドさんも、商人の女性の方で、「安心しなさい」といっていると、またいろいろ心配性なのも、いままで苦労した分必ず幸せが来るから、マイナスイメージに持っていかずにプラスに考えましょう、とのことですね(^^)。

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次は33年前の有る事故をきっかけに笑顔を失ったご主人のお話です。

最初は奥様が家の中でいろいろなものが動いたり、人魂のようなものを見たりしたと。

そしてそれは、ご主人が小さいころ、3歳の弟と近くの川に遊びに行って弟が溺れて亡くなってしまった、それで父にも叱られて、非常につらい思いをした、だから笑顔を失ってしまった、自分のことを責め続け、笑っている場合じゃないって思うようになってしまったということからではないか?ということですね。



それで江原さんが言うには、まず家の写真は、弟さんではなくて、よく行く願掛けしているところの自然霊さん眷属さんで、助けてくれているということですね。

それで弟さんは、浄化しているのだけれどもまだ完全なる浄化ではなくて、お兄さんを通して、自分もさまざま経験をしている感じになっていると。今日も弟さんが連れてきていて、さっきからずっと話していると。

それで弟さんが言うには、「優しい母のような奥さんをもらってよかったと思っている」と、しかし奥さんは自分はこれでいいのかと思ってしまっているから、そうではないと。まただんなももともと心を閉ざすタイプの人だと。奥さんはだんななこうなのも…と自分を責めているようだけれども、そうではないといっていると。

またこの子は小さいころ自転車と歌が好きで、いまだに歌っていると。また仕事は今がしんぼうのときだと、今弱気になっていると、仕事ももっとさせていただいていることに感謝しなくてはと。

それで弟さんも自分は寿命だったといっていて、いつでもお兄さんも祈るようにしていると。だんなも足腰に来る方で、いつも治りが早いのは弟さんのお陰であると。

それで、だんなご自身もガンコだと、それを奥さんが助けていると。そして弟さんもすべて見ているので、今江原さんに全部教えてくれてが分かるのだと。

だから、だんなさんも実は弟さんがいなかったらここまで頑張れなかったと。「くじけるな」とさっきから何度も言うと。また海外とか出る時に一緒に楽しみにしていると。もっと生きる欲を持って欲しいと。

弟さんもまるでリングのセコンドのようにいつもついて応援しているので大丈夫だ、と言うことですね。だいぶご夫婦も笑顔になったようです(^^)。

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最後にFAXで、「自分が引越しをするたびに人が亡くなるのですが…、」というご質問には、そういう人と波長が合ってしまう、さまざまな人の人生の切り替え時と重なるから、そう感じるのだと。

たとえば家を建てると亡くなるというのも、飛ぶ鳥跡を濁さず、実は自分は先は短いのでということを感じて建てているという人も多いと、だからそんなに心配することはないということですねー。

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というわけで、だいぶ朝から内容が濃かったですねー、スタジオの方も皆さん癒されてて良いオーラが出てましたねー、またいろいろと勉強になりました。それでホント今晩楽しみですが、直前SPも見逃さないようにと思います(^^)。

Posted by fy3on3 11:09:50Comments(0)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第11回 (ニッポン放送)

2006-12-25

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ハッピークリスマス!ということで、昨日は実家でケーキも食べれてよかったのですが、結局深夜はひとり東京で「明石家サンタ」をみていましたよね、ネタもあるようですが、まぁ人生いろいろだと思いましたねー(^^;)。

そして、きょうは「のだめ」のドラマ最終回なので、また後ほど書ければと思います(^-^)ちなみに国際フォーラムではのだめフェスティバル(右下)もはじまったということで、生マングスにも会いに行きたいなぁとおもっております。

では今回も要約させていただきます(^^)。

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月に一度は家中を掃除しましょう、

心にエネルギーが充填されます。

自分の手で掃除をすると、

家の中にバリアが張られ、

外部から、邪悪なものの侵入を防ぐ効果があります。

月に一度は「浄化の日」として掃除をしましょう。

そしてまさに、時期は年末。

一年の浄化をするために、大掃除、がんばりましょうね。



今日はちょっと浮かれた声になっておりますが、今日22日はわたしの誕生日なのです。自分で言うのもなんだかね、淋しい人みたいな感じだし、かといって言わないのも何か隠しているような感じだし、なんともいえない気持ちになっちゃうのですが(笑)、

それで今日は冬至ですね、一番日が短い日ということで、そんな日に生まれたから、こんなに暗ーい性格になってしまいました(笑)。

お手紙です。「霊能者により、私の前世は、ちがうのです。

霊能者A:平安時代に宮中に仕えた姫で、後に仏門に入った。

霊能者B:大正から昭和初期にかけて、新聞記者、太平洋戦争では兵士。

霊能者C:江戸時代の、位の高い武士、村長。

いったいどれなのか、困惑してしまいます。ただ、守護霊は武士と、東南アジア系の女性で、一致しています。」


…とのことなのですが、まぁまず一言まず申し上げますと、暇人ですなぁ(笑)。あのね、前世確かにあるけれど、はっきりいってね、前世誰のだれべえでも、どうでもいいんですよ。

大切なのは、あなたの人生での、思い癖とか、考え方とか、その符合点などをちゃんと指摘されたかどうかです。

前世がだれか、ということよりも、どういうことを勉強してきた人で、心のですね、そして、何が足りないところがあったのか、そして、何が足りないと思って今生生まれてきたのか、というようなことを、ちゃんとしめしてくれなければ、意味がありません。大切なのはそこなんです。

そして、前世がわからない人でもわかる方法があります、自分自身の生まれてから今日までの、悩み、そして起きた出来事の共通点を見ていけば、おのずと想像すれば前世が見えます。

たとえば、人間関係とかでいつも、同じことで苦しむならば、「前世でもきっと同じような苦しみがあったのだろう、その反省が足りないからもう一遍生きて、それをクリアしようとしているんだろう」、ということを、予測することが出来るのです。

そんなことで、前世の人格と言うことが、おおまかであっても、見えてくるのではないでしょうか?


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ということで、以下次回になります(^^)。

そうですねー前世、気になるひとはきになりますけれども、分かったら分かったで、全然その後の行動も、前世に引きずられちゃって変えられないと言う人も多いですから、あまり過去ばっかり見て生きるのもねぇ〜、前世も今生も全部夢ですからねぇ〜と思いますよね(^^)。

ですから私も一秒ごとに過去を忘れて生きておりますが(^^;)そうすることによってだいぶ清清しくなりますよね。人のせいにとか、社会のせいにとか、または自意識過剰に過去の自分のせいにとか、なんでも被害者意識をもってしまいがちになりますけれども、

結局前世だって自分で選んできた道なわけですから、それを乗り越えるのにあまり過去にこだわってクヨクヨしてエネルギー消耗していると、今に生きられなくなっちゃいますよね、ですからのんびりマイペースにと思います(^^)。

また「のだめ」もホントよいドラマでしたね。みんないろいろな人からいろいろなことを学ぶ、人は一人では生きていけないんだなぁ〜と再認識させられるドラマでしたねぇ〜(^^)。

Posted by fy3on3 20:12:37Comments(4)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第10回 (ニッポン放送)その3。

2006-12-24

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はいーみなさまメーリーゴーランド!ではなくてメリーさんの羊!ではなくてメリークリスマス!(^^;)/ というわけで、東京は晴れ渡ってすっきりクリスマスですね(^^)。

江原サン、タもこないだ言ってらした様にイエスさんの誕生日ということなので、そのご苦労を思いつつ、すべてのものに又慈しみをあげていきましょう、愛されるよりは愛する事を望みますように、っていうことですよね(^^)。まぁ今年も無事にこの年末を迎えられているということで、ホンと何よりだと思いますねぇ(^-^)。

ではつづけます。

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【今月のゲスト:森山直太朗さん】

江:曲作りにはどんなことを心がけているんですか?

森:そうですねー、こんなことを伝えよう、といよりも、まず物を作ってる喜び、無から有、その瞬間にやっぱりときめくしわくわくしますね。そしておとたまが先に来る感じですね。

また僕たちは普段「おとだま」っていっているんですけど、どうなんでしょう?

江:日本語っていうことでいうと、全部ね、実はもともと濁らないんですよ、やまとことば、って言って。

万葉集、ってあるじゃないですか、あれだって正式には、「まんにょうしゅう」でしょ?それと同じでね、すべてて濁らないんですね。

人の名前聞くにもね、よく濁らない人の名前ありますでしょう、名前間違えるにしても、まず濁らないほうを言って、それでただしてもらうのが良いんですって。たとえば松田さんなら「まつたさんですか?」「いいえまつだです」といったような感じですね。

森:よく社交儀礼でいう「ありがとうございました」というのを聞くと、仲間内でも「それおとたまのってないじゃん」とか言ったりするんですけどね(笑)。だから、自分の気持ちが載っている言葉というのを言わないと、響かないんですね、同じ言葉でも。

自分の場合はやっぱり無意識に発しているものにやどっているんじゃないかな?って思いますね。何かこう言ってみよう、とか、なにか衒(てら)いがあると、少しずつ、いいこと言っていても、ただいい事言ってる、って感じで終わっちゃうというか。

ほんとに響きあうっていう、相手の心に響く言葉と言うのは、ホントは無意識の中からでてきたことなのかなと思うんですけれどもねー。それは音楽でも会話もすべてのことに言えるのではないかなーと思いますけれども。

江:そう考えると、今のこの時代に、「ことたま」がちゃんとそこに載っているか、載ってないか、僕の言葉で言うとそこにこもっているか、宿っているか、ということを考えるミュージシャンがいるって言うことは、すごく嬉しいことですね。

私はよく「おとたま」っていうのは舟、「ことたま」を乗せる舟、だからこの舟がないと、言葉が届かないのね。

だからそういった意味では、そのおとたまの上にことたまが上手に載るととてもよくたましいに響くということだと思うんですね。



江:また私はこのアルバム「風待ち交差点」の風が意味するものって『人との縁』ということも意味しているのかなーって思いましたね。いろいろな人とのふれあい、いろいろな縁があって自分があって、また将来いろいろな縁があって、ということですよねー。

(曲:「恋しくて オーケストラバージョン」)



【スピリチュアル・カウンセリング】

「父がなくなり、49日法要もすみました。心の中にぽっかり穴があいてしまったようになってしまいました。そろそろ形見を整理したいと考えています。何かアドバイスを頂けたら幸いです。」

さびしさって、葬儀が終わったときとかじゃないんですよね。それからしばらく時間が経てば経つほど淋しいもので、ほんとに励ますべきは、49日あたりからなんですよ。

亡くなってすぐの時は、多くを語ろうとしないで、多くを語る時は、相手を愛しているんではなくて、自分を愛しているんですね。自分自身が気が済むために言っているだけであって、ほんとに相手を愛しているのならば、一週間後二週間後、ぱーっとね波が引いちゃったように人が来なくなるから、そういう時寂しさって強く出るから、声をかけてあげたほうが良いと思うんですね。

それで、そのようにまず整理をするということは大切ですね。また形見分けも、相手の心の負担になるようでしたら差し上げないほうが良い場合もありますね。

生前に使ったものをいただいても、そのもらった人がどうすればいいかわからない、というときもあったりしますよね、ですから少し相手に聞いてからですよね。

また物に対して執着になってしまうことにもなりがちですから、生きているほうも旅立ったほうも、お互いの執着がないようにすることのほうが、先決ですね。



「3歳半になる娘のことなのですが、火を怖がる様子を見せることがあり、気になっています。実際にそんな経験はないのに、『もう火のところへは行かないで』とか『火のところに行って、一人穴に落っこちて、怖かった』などと、眠りに着くときや、夜中に寝ぼけたときなどになくのです。

夢で見たことなのか、前世にかかわっているのか、これから先火に気をつけなければいけないことなのか、不安で仕方ありませんどう対処していいか、誰に相談していいものか困っておりました。」

私もこれは深刻だなと思ってチラッと霊視したんですけれどもね、やっぱりこれねどちらかと言うと前世にかわわることですね。

このお嬢さん自身が前世で武家のときに「焼き討ち」にあって、ご両親ともどもみんな犠牲になってしまったのが見えるのです。

この子の特徴としましては、3歳半なのに割と芯がしっかりしていましてね、なかなかのおしゃまさんと思いますよ。それでいてガンコでやなものはやだ、と気ぐらいも高い、その割にお行儀がいい、ご挨拶も教えるとこんにちは、でもなんでもしっかりやると思うんです。

それが、前世の武家の娘さんの名残、そういうところに気質が表れているのではないかと思うのです。
その時の恐怖心が残っていると言うこと、ご家族への思いやり、心配もとても強いとおもうんですね。

ですから「これからそんな不幸なことにならないから大丈夫だよ」とか言うことを言ってあげていれば、そのうち時間と共にその子のそういった不安なども断ち切れて行きますので今後そうなることを意味しているわけではありませんから、安心してお子さんを大事に心配ないようにしてあげていってください。

…それよりも、割と武家の娘と言ったところのガンコさや気の強さと言ったところも問題になって気安いので、お嬢さんらしく育てるにはお母様が見本を見せることだと思いますから、お母さんの母性でしっかりと導いてあげてください。

【天国への手紙】

「妻へ、君が突然私たちの前からいなくなって、3ヶ月が経ちます。あのときの判断を今でも迷っています。

余命三ヶ月の宣告。12歳と17歳の二人の男の子
を残して逝かなくてはいけない君の気持ちを考えて隠したこと、それには怒っていませんか?そのごの親族のゴタゴタ、君は悲しんでいませんか?

何も知らされず、一ヶ月半で死んでしまった、私は、残された子供たちと、どう生きていけばよいのですか?余命を言わなかったことで、何も言えず何も聞けず、何も言い残さなかった君に、どうあやまればいいのか分かりません。

君の気持ちが知りたいのです。突然すぎる死の宣告、突然すぎる死。…今でも君を愛しています。もう痛みや不安はありませんか?私がそちらに行くまで、安らかにいてください。」


8月になくなった奥様への天国への手紙でした。
まだ時間が経っていないので、ほんとにお辛いことと思います。

それで、奥様がなにしろ一番心配しているのが、実はお子様ではなく、ご主人なんです。あなたがちゃんと生きていけるかどうかが心配です、と言うんですね。

それで、余命の間も「あなたの動揺ですべてが分かりました」とおっしゃるんです。一生懸命隠そう隠そうと思いながらも、伝わるものなんだなぁと思うのと、だからといってそれは、ご主人が悪かったわけではないんですよ。

だって奥様はこういっているのです、「どれだけ連れ添ってきたと思っているの?」って言い方をするんです。

ということはきっと、ご主人にとって、この奥様は、奥様であり、母親みたいな存在であったと、思うんですね。

それでいて親族のゴタゴタなどにしても、「そんなのはもともとのことで、想像できること」だと。

この奥さんは、ものすごく肝の据わったひと、肚の座った人、立派な方だったんだなぁ、思うんですね、だからいつも思うのは立派な方に限って早くに帰る、

逆に言うと、この世に残る人のほうが未熟だから残されちゃうのかもしれませんね。すばらしくたましいが輝いた人は、もういいよ、とお許しが出て帰っているようなこともあるのかなと思うんです。

もちろん今、奥様何の苦しみも、ありません。むしろ微笑んでいるけれども、ご主人のことを一番心配している。奥様もご主人のことを愛していますよとおっしゃっています。

それよりも、子供たちのためにもまずあなたが、朗らかに強く生きていかないといけませんと。

そして「母親が必要な時期に自分がいられたことで、それだけでも幸せです」と。、これからは子供たちにとって、父親が必要な時期ですと、こどもたちにとって、精神的リーダーになっていかなくてはいけません、とご主人に対しておっしゃっているんですね。

ですから、とっても理性的な奥様です、ですからバトンを受けてご主人が精神的リーダー、そしてご主人の学びを深めていくべきではないでしょうか?そしていつのひかこの天命を全うした後に奥様と必ず向こうで会えることとなるはずです。


【クラシック・セレクション】

今週もキャロルになりますが、「もろびとこぞりて」です。

この中のフレーズに「主は来ませり」というのがありますけれども、そうすると、主がやってくるような気がしてね、嬉しくてワクワクしちゃってね、何か助けてもらえるような依存心まで湧いちゃうんだけれども(笑)、よくあのような詩を書きましたよねぇ。

(曲)

【エンディング】

メールです。「人が長く所有したものは、その人の思いや念が宿ると言いますよね。そのあとに違う人が所有したとすると、前の人の念は宿ったままになるのですか?それとも中和されてしまうのですか?」

人が持ってたものをもって行くと、愛着を持てばですよ、そうすればしっかり中和して行って、自分のオーラに塗り替えていくんですね。

ですからそういった意味では、中古とかもそうですし、賃貸物件などもそうですが、新しくなければやはり前の人の念が残るんです。そしてそのうちを使えば使っていくほど、自分のエネルギーになっていくんですね。ですから掃除は大事ですよーっていったりもするんですけれどもね。

またそれは思いを伝えることにも使えたりしてね、プレゼントなどに自分の思いを一生賢明こめてね、さしあげると、「あぁこの人はこういう気持ちでいるのかな?」とふと相手にわかるようになったり、

またお友達になりたい、などと言う場合に、たとえば自分の持っているCDとか持って相手に貸す、そうすれば、その貸し借りってことで、エネルギー交換していくので、非常に気持ちが合いやすくなるのですね。
そのようなスピリチュアルな工夫もしていかれると良いのではないでしょうかー。


私たちはみな、小さな存在です。

そう知ればこそ、傷つくこともありません。

だから、何も怖くありません。



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ということで、ハイー今回もいろいろ学べてよかったですね。土曜日には増刊号もあったのですが、それは以前放送した「天国への手紙」の総集編でしたね。

さて明日は「天国への手紙」がとうとう放映されますね!その前に少しでも部屋の掃除が出来ればと思います(^^;)。

Posted by fy3on3 13:56:28Comments(6)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第10回 (ニッポン放送)その2。

2006-12-23

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はいー、昨日は冬至で、江原さんの誕生日もあったのですが、来週の「天国からの手紙」もこちらのサイト見るとよさそうですねぇ。「想像力」がテーマということですが、いろいろせわしい毎日で想像力を生かして生きる余裕もなくなっているかもしれませんねー。

また26日は朝にもご出演して、そして夕方からは江原さんが生放送でFAXなどで質問を受け付けたりするということで、これも楽しみですねぇ〜(^o^)ぜひ一日テレビにかじりついて、いろいろ学べればと思っています(^^)。

ではつづけます。

>>>


【今思うこと】

今月は2006年を振り返る、をテーマにしてお話します。今年はやったのは「ニンテンドーDS」ですよね、うちの子供もそういつも言ってます。

でも、私も最初の頃から言ってますが、あまり子供には与えないほうが良い、と思うのですね。どうしてかというとやはり「リセット症候群」になるのと、バーチャルなことと現実の区別がつかなくなる、ということで、実際死んでも簡単に蘇る、なんておもったりして、それらはゲームの影響は強いと思うんですよね。

それで、少し癪に障ったのはね、「死んでも蘇る」なんていうのは、スピリチュアルブームのせいだと言う人がいるのね。「いのちが危ない」という本も出しているんですし、そういうことを言う人は本を読んでから言え〜と思うんですよね、評論する人なども、まともに人の本も読まずに評論する人もいるからですね、どうなっているんだろうこの国は、と思うんですよね(苦笑)。

それでゲームも大人がたしなむ分には良いのですけれども、たとえば何でもおもちゃでもリアルすぎちゃうと、工夫する、という想像力がなくなっちゃうわけですよね。茂みが秘密基地になったり、風呂敷がマントになったり、昔はいろいろ工夫したりする想像力も養えたりしてましたから、なんでもリアルで、満たされたらいいか、というのはそうでもない。

子供たちの、理想ではあったのですよ、本物が手に入れたいなぁ〜というのは、でも手に入れてはいけないものも一杯あるんじゃないかなーと思うんですよね。



また、最近ホームレスの人を襲撃した少年の事件もありましたけれども、彼らにしてみれば、もう無用な人だと思うんでしょうね。いのちということの大切さ、そうやって懸命に生きている人はみんな輝いているんだということを、それを物質的価値観でね、きちんとした職についていないからだ、とか差別をしたりしますでしょ?

また、安楽死とかも私は反対なんです。スピリチュアルな観点からしても、せっかく得ているいのち、やっぱり最後まで生き抜くべきだと思うんです、お迎えが来までは。苦しいから気の毒だと思うこともあるかもしれませんが、今は緩和治療なども進んでいますね。

それで、一番苦しいのは何かというと、分かち合えない苦しみだと思うんですよね。みんなで、心よりそって看護できれば、その苦しみは半減すると思うんですね。

そういった意味では早く逝こうとしないで、最後まで生き抜こうよ、と思うんです。それでもし、安楽死とか認めてしまうとするならば、たとえばこの世で、生まれながらに寝たきりで生きている方とか、懸命に生きようとしている方がいるわけです。

ではそれがつらいから?安楽死になってしまうのか?だからこれも物質的価値観で、必要がないからとか、無駄だとか苦しいと思ったら破棄するとかね、こういう感覚なのが一番怖いんです。

いのちがある、ということは最も尊重すべきことで、一番輝いていることなんですね。だからそれを最後まで見守るべきだと思うんです。

私が知っているホスピスの先生がこう言いました。

「江原さん、ホスピスに来たら、みんな同じ風に死ねると思っているでしょ?それは違いますよ。

同じような病気の患者さんがいて、ある患者さんは苦しむ、ある患者さんは「今日も先生、おだやかです。」と笑う。どうしてこう違うと思う?、同じように治癒しているんだよ?

…笑う人は、物事、人に対しても、感謝のある人です、感謝がある人は、同じ治療しても苦しまず、喜んでくれます、それで楽です。感謝がない人は、苦しみます。」と。

それで、その先生が教えてくれた言葉でとっても深みのあるのは

「人は、生きたように、死んでいきます。」

という言葉でしたね。

ですから人は、命を大切にして、最後の最後のともしびも大切にして、私たちは生きてるべきだと私は思うんです。

だんだん便利になっていくけれども、その分、いのちを軽視するようになってはいけないと私は思うんです。



このクリスマスシーズンも、やっぱり思いのこもったものをプレゼントして欲しいと思うんです。それで、クリスマスはクリスマス商戦などのためにあるわけではなくて…、実は、イエス様の誕生日なわけですよね。

そして、私も別に「キリスト教信者」ではありませんよ、でも、私、「イエス者」なんですね。

「イエス者」って何かというと、キリスト教の人間ではないけれども、イエスがとても好きな人のことですね。

ではそれはどうしてか?あのイエスが味わってきた苦しみ、そういったものを知ると、ほんとにイエスのためにも今世の中を変えていかなくてはいけないと思うんですよ。

クリスマスの時に何を思うべきか、2006年、いまだイエスが磔(はりつけ)にあったときと変わっていないんです。人が人を理解することも出来ず、
罵声を浴び掛け合いながら、そして日々戦々恐々と生きている、無理解だらけ。

「ジーザス」という映画もありますよね、見れば分かります、便利なった、文明が進歩したというだけで、実は人の心の進歩はほとんどしていない、ということに気づくはずなんです。

せっかくですからこのクリスマスにそういうことをもう一度見直す、私達人類のことを見直す、良いクリスマスにしていただけたらと思います。

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…以降は明日早いので次回にと思います(^^)。

で、「人は生きたように、死んでいきます」というのはなるほどーと思いますよね。まぁあちらいっても性格は少しも変わらないわけですから、今のうちに人のことを思いやれるような、感謝できるような性格になっておくほうが良いのだなぁといつも思いますねー(^^)。

Posted by fy3on3 01:55:49Comments(2)TrackBack(0)

お伊勢さん神宮大麻・神棚おまつりのお作法、まとめです(^^)。

2006-12-22

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はい、写真は久留米にある筑後一の宮の「高良大社」ですね。オーラもとてもよいところでした(^^)。

さて、神棚のご応募が多くございましたので、改めて見えないどなたかに成り代わって御礼申し上げます<m(__)m>。ではご注文をメールにてお受けいたします。

それでですね、私の記憶が正しければ、実費で以下の費用だと思いましたので、掲載致しますね。

--標準セット------------------------

○神宮大麻(天照皇大神宮)角祓一体 1500円

○豊受大神宮 角祓一体 1500円

○特別簡易神棚 1000円

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合計 4000円(送料は今回特別サービス(^^))

になります。また後日伊勢さんに直接伺ったら価格が違っておりましたね、失礼致しました<m(__;)m>。

簡易神棚のイメージは、こちらの崇敬会の壁掛神棚の金具を取ったような簡素な感じなものになりますね。

また祭器セットも、こちらのようになっていて、神宮内でお分けしているものもあります。お家にある綺麗な器でも、毎日心を込めてお祭りすれば、代用可能かと思います。

それぞれ、もっと立派な神札(1500円)立派なお社(5千円〜)もあるのですが、そのほうがよろしければまたおっしゃってください、簡易神棚に入る御札は千円のものですね。また、簡易神棚も置けない、という方は、御札をはめ込むような台木のようなものもあります。

まぁなんでも凝るといろいろときりがなくて物質主義的になりがちですから、また余裕がおありの方は寄付という意味合いも兼ねて、という感じですよね(^^)。

ではご応募の方法は、メールの件名に「神棚・神札希望」と記していただいて、fy3on3@yahoo.co.jp までお送りください。お振込みは神札さんが到着してからで結構です。

(応募フォーム)

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種類:(標準セット、神札のみ、祭器セットも、など)

お名前:

ご住所:〒

電話番号:

備考:

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を記していただければ幸いです。30日まで受付できましたらと存じます。またご質問などもございましたらお寄せください(^^)。


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それで、お祭りの仕方なのですが、こちらの方こちらのようにやはり疑問に思う方が多いようですね。

それで、こちらの「神社のひろば」さんではその説明のみならず、「鳥居付神札(おふだ)立て」もプレゼントしてくれるそうですから、もらえたらそれでもいいや、という方はそちらでもよいかもしれませんね。

また他にも、神社で御札をいただけば神棚ももれなくついてくる、という神社、県によって対応が違うとのことですが、さまざまな神社でキャンペーンもやっているところもあるようですから、要チェックですね、でも、お伊勢さんのは、さすがにやはり少しオーラ良かったりしますね(^^)。

またおまつりのしかたなどもこんな感じで、結局大切にするということが主ですよね。神様は人の心を見抜きますから、そのお宅の神棚のオーラ見ると、いろいろその家の状況もわかったりしますよね(^^;)。一般的に神様は「穢れ」を嫌いますから、いつも清潔に、ということですねー、私も他の場所はともかく(^^;)神棚だけは出来るだけ心がけてます。

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また毎日のおつとめですが、まずこちらのような祝詞(のりと)、祓詞ですね、を唱えてオーラを清めてもらってから、神棚拝詞をとなえますね、こちらのお店のサイトにいろいろばっちり載ってましてありがたき幸せですねぇ、私も毎日唱えていたら暗記できましたから、結構簡単ですよね、また「世のため人のために」などなかなか意味深いせりふもあって、朝から気持ちも引き締まって、よいですよねぇ〜(^^)。

というわけで、どうぞ宜しくお願い申し上げます(^^)。

Posted by fy3on3 01:37:59Comments(10)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第10回 (ニッポン放送)

2006-12-21

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はいー、写真は岩国の町並みですね、錦帯橋も右のほうにありますねー(^^)。

さて、昨日の「その歴」では映画にもなった石井筆子さんのことを放映していましたね。

日本初の知的障害者福祉の創始者であるということで、そのご主人と共に滝乃川学園を支えてこられた、そして「天使のピアノ」も、つらい時期を乗り越えたエネルギーも残っているようでしたが、その分とてもオーラが輝いていましたよねー(^^)。

それで、華族であった筆子さんが障害児教育に携わるきっかけはご自身のお子さんが知的障害児でったから、と