はいー昨日はあの「第79回アカデミー最優秀外国語映画賞」を受賞したドイツ映画「善き人のためのソナタ」を鑑賞させていただきました。映画の日はさすがに込むでしょう、と思いまして、月曜日にしましたね(^^)。
でもなぜかあれですよね、なんで人も閑散としている映画館でも、よりによって必ず自分の席の近くには、なんだかちょっと、ほんの少しおかしいくらいの場面で「ワハハハァッ!」って傍若無人に大爆笑!する二人連れくらいの人たちが、行くたび行くたび何かの嫌がらせのように寄ってくるのかしらーって思いますよね、まぁいいんですが(^^;)。
…そんな感じでも我慢してなんとか見てきましたが、内容はやはりよかったですよー(^^)、もうホントこれはある意味スピリチュアルな映画ですよね、いかに人生を生きるべきかを観客に問うような、シンプルなようで非常に深いテーマがありましたよね。そしてやはり最後もホント良くて、きっと前世を思い出し「僕も少し泣いたー♪」ので、またみなさまも折あらばご覧いただけましたらと存じます(^^)。
>>>
さて、あーもう「あがりかまち君のうた」とか見てルルル〜と歌っていたら2日も経ってしまいしたが、まぁ人生マイペースにですよね(^^;)。
↑クリックするとフルコーラスver.が見れます、地鎮祭についても…わかります(^^;)。
さて、引き続き本ですが、人はなぜ死を怖がるか?からです。
ロブサン:…もしこのことが本当なら、なぜ人々は死を怖がるのですが?それは地上のトラブルから開放されるだけではないのですか?
ラマ僧:それは意味のある質問だな、ロブサン。もし我々が他界の喜びのみを記憶しているならば、この世の困難に耐えることができないのだ。だから我々には死の恐怖が植え付けられているのだよ。
…我々の中には学校が嫌いなものがいる。学校で必要とされる訓練が嫌いなのだ。しかし、人が成長して大人になっていくとき、学校の恩恵は明らかになってくる。
そしてそれは、学校から離れても勉学の進歩を期待知るようになるのだ。
また人は、その人の割り当てられている時間よりも早く生涯を終わるように言われることはない。
というわけで、私たちは天国のようなところからわざわざ地球の学校に学びに来ている、ということなわけですよね。で、あの世に帰っても引き続き学び続けるということですね。わたしも学校が大嫌いで今生でも学校中退ばかりしておりますが(^^;)結局興味あることは独学でなんとなく学び続けておりますものねぇ。で、人生をなかなか中退できないそのわけは…、
人は皆、地上で、ある割り当てられた時間を持っている。もし人が自分の時間より前に、生涯を終えるならば、その人はすぐにこの世界に帰って来なければならないのだ。だから我々は、数ヶ月だけ生きるために生まれてくる赤子を見ることになる。
それは自殺した魂が、肉体を占拠するために帰ってきて、前世で生きるはずであった期間だけ生きるのだ。自殺は決して正当化されない。それは自分自身、自分の魂への重大な反逆なのだ。
ということで、なるほど、ここは江原さんの解説と少し違って、江原さんはたとえば前世で途中で人生やめていると、その先の人生は生きていないから、その年齢になるまではその前の人生と同じような苦しい人生をもう一度生きて、そしてそれをクリアしたら、さらにその前世で自殺した後の人生を引き続き延長して生きることができる、という感じですよね。
でもここの解説ですと、早く亡くなってしまうお子さんなどのなかには、前世で足りなかった期間を埋めるためにその時間の分だけ生まれてくる魂もいるということのようですね。まぁあまり深く考えず、いろいろなのケースがあるのだろうなーと思いますねー。でも、どちらにしろ自殺してしまうのは、自分で決めてきた取り決めに違反することになるので、だいぶいけないことのようですねー。
ロ:しかし先生、家族の面目を保つために切腹を果たす高貴な生まれの日本人はどうですか?彼らはそのようなことをする勇敢な人ですが。
僧:いいや、そうじゃないよ、ロブサン。勇気とは死ぬことではなく、困難や苦しみに直面して生きることなのだ。それが勇敢な行動なのだ。
切腹というプライドの劇的な発露も、人を過失に導くための目隠しに過ぎないのだ。
我々はこの世で学び、割り当てられた時間を生きることで学んでいくだけだよ。自殺は絶対に正当化されないのだ。
そして人間が持つ恐怖についてもこう述べていますね。
「聖師よ、恐怖の目的とはなんですか?なぜ我々は恐怖でそんなに苦しんできたのですか?
もはや私は恐れるものは全て起こらないことを知ったのに、それでもいまだ恐れているのはなぜですか。」
ラマは笑って言った。
「それは我々みんなに起きることだ。我々は未知を恐れる。しかし恐れは必要なものなのだ。それは、恐れがなければ怠け者になる我々を、追い立ててくれるのだ。
もしお前が先生を恐れ、他人の前で奇矯な行動をとりはしないかと恐れることがないならば、学校での勉強はできないのだ。」
と、なーるほどですねぇー、確かに苦労病死のようなものがなければ、非常に怠け者になっちゃいますよね、何もしなくてもおなかは減るし、税金もかかるようになっているから、どんな人でも少しは働くという動機にはなってますものね。そして動き出すとまたいろいろな出会いや楽しみも増えてくることもわかりますものねー、世の中うまくできているものです(^-^)。
というわけで、次回につづきます。