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プロの占い師が集う[占いブログ]

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今年は全国各地巡礼して参ります予定です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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信仰の「ふるさと」への旅 善光寺さん(信濃毎日新聞社)

2007-05-30

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はいー写真は引き続き三千院ですね。またそうそう、戸隠オフの前に毎月恒例月参り&映画オフがあるのですが、今回はあの「カリブの海賊」さんですね。1、2を見てない方は内容わかるんかいな?って思うのですが、まぁ大体のあらすじも最初に説明してくれると思うので、楽しめるとは思います、詳しくはメールにてと思います。(^^)。

また午前中からは神社めぐりで、今回まだどちらにいくか未定ですが、山手線内でどちらかかなーと思っております(^^)。



またさきほど徹子さんで宮本延春さんのことを紹介していましたが、私と同い年の方でもすごい方がいらっしゃるんだなーと思いましたねぇ。私も実は大変いじめられっこでしたから、お気持ちはよくわかりますね。

でもそれを乗り越えて、こちらリンクにもあるように、

苛めと出逢ったからこそ、今の僕があると言える

とおっしゃっているのは、すごいナァと思いますねー、私も中二のときまで非常に内向的で、ひ弱でいじめっこに散々やられていたのですが、ある日キレて仕返しをしたら、もういじめられなくなってしまいましたね。ですから、ちゃんと我慢しないで自分の思っていることは表現していけばよいんだなーと学びましたねー(^^)。また学業というのも別に何歳になってもまた始めればよいのだなーっていう良い見本になって、子供を受験に追い立てる親子さんにも参考になればよいですよね(^^)。



さて、この本ですが、まぁ戸隠せっかく行くのだからということで、善光寺も、という感じで、いろいろ調べていくと、ふーむ大分こちらも当然のことながら長い歴史があるわけですね。

で、こちらのウィキみてもわかるのですが、このお寺は無宗派単立寺院なんですねー、他にも大きいところですと宇治の平等院もそのようですね。

まずお地蔵さんなどが立って、そこに少しみんなが集まれるお堂ができて、それが大きくなっていくとお寺になる、ということのようなのですが、どちらにしても、良いエネルギーの土地にあるということは変わらないようですね、そこに行くと元気になるから、月参りしたりしてオーラの汚れを落とす、お祓いしてもらえることができる、ということのようです。

またさらに、善光寺はご本尊が真ん中にあるのではなく、開山三郷像というのがご本尊の隣にあって、場所を分け合っているようなのですね。それでそれは、開山の祖の本田善光さんとお子さんと、もう一人奥さんの像があるわけですが、その奥さんの座り方が、立て膝であると、これは朝鮮半島独特のもののようで、京都の松尾大社にも似たような三神像があると。

つまり善光寺さんは神も仏も両方同時に実はお祭りしている、という、沖縄以外の本土では珍しいお寺ということのようです。式典などではお坊さんしかいませんしご本尊がだいたいメインになりますが、ちゃんとこうもともと俗人だった神様が祭られているというのは面白いところでもあるし、寛大なお寺でもあるんだなぁという感じが致しますよね(^^)。

また有名な「牛に引かれて善光寺参り」のお話はいろいろあって、公式にはこちらになるそうですが、やはり女性の方の参拝を昔から受け入れてきたという歴史もあって、今も境内にある浄土宗大本願では尼僧さんが住職さんということなのですねー。今回のオフも女性が多いですが、これも善光寺さんと何かのご縁なのかと思います(^^)。

というわけで、長野市も県庁のほうちょっと行っちゃうとあらら、という感じはどの街でもしょうがないのですが(^^;)、このお寺はやはり長い間の純粋な民衆の進行に守られていて、オーラも良いですよねー、また来週行ったらいろいろパシパシと写真を撮って参りましょう、と思っております(^^)。

Posted by fy3on3 23:57:25Comments(0)TrackBack(0)

スピリチュアル・ジャッジ−人生の質問箱(王様文庫)

2007-05-28

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はいー最初に連絡事項でですが、なんだか携帯が故障してしまったので、明日までお電話繋がらないと思いますが、またメールにてご連絡頂けましたら幸いです、復活しましたらまたお知らせいたします(^-^)。

…と思ったら、30分くらいで復活しましたね(^^;)てっきり見えない人からのお知らせかとおもいましたよー、ってあの昨日のドラマを見た方には笑われそうな話なのですが、イヤーよかったですねぇ、

スピリチュアル・ドラマ 江原啓之への質問状 〜永遠の記憶〜(WOWOW)

6月1日に再放送ですね、必見ですねぇー(^^)、インダビュー動画も、ごらんになっていらっしゃらない方、はこちらですね。

実は今回視聴契約が間に合わなくて、後半のお葬式の場面からしか見れなかったのですが、でもそこからでもなかなか面白かったですよね、あの自分の葬式に出ちゃう、っていうのですよね(^-^:)。丹波さんのときもそうだったようですけれども、人間の魂って永遠なんだなぁってビジュアル的にわかりやすく説いてくれて、とても助かりました。またやはり映画「ゴースト・ニューヨークの幻」も思い出しますよねぇ〜、こちら見ていると(音が出ます)、デミ・ムーアが若い!んですが、もう17年前ですものねぇ…。でもスペシャル・デラックス・エディションもでていて、おー特典映像もよさそうで、何らかの機会に見たいナァという感じですね(^^)。

またおお、地下鉄のユーレイさんも久々に見ましたが、これあれですよね、マトリックス3はここら辺からのモチーフから影響を受けてるのもよくわかりますよね(^^)。今回のドラマでは頭髪も似ている西村さんが(失礼)いい味出してるこのような役ですよね(^^;)。

それで、きっと続編とか、あと映画とかもコリャーできそうですよねー、今回のテーマは物質的価値観からの脱却で、亡くなっても魂は存続する、成仏するためにはこの世に対しての執着をなくす事、自殺したくなるような辛いことがあったときには、小さい頃などの楽しかった事を思い出すようにすること、など…。

って、まったくほらほら今日のニュースにしても、スピリチュアルな知識がないから人生に悩みすぎちゃって、ということですよね、自殺してもぜんぜん解決にならないですし、残された方に迷惑かかるわけですから、やはりなんでもひとりで抱え込まないで、相談していくのが良いですよね…(-人-合掌)。

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さて、戸隠古道のグレートなウォークの件ですが(^^;)、今年はいつのまにか「戸隠イヤー」のようなんですよね、いろいろなイベントも盛りだくさんのようです。

ちなみに私のパソコンでは、「とがくし」と入れると「と学士」と誤変換されて、まるで「とんでも大学 と学部 卒業者」という、トンデモ道を極めた人のような感じになって、少し変ですね…(^^;)。

…さて、かようなことはさておきまして、現在お申し込みの方はわたくし入れまして、4名様になりました(^o^)、平日にもかかわらず、大変ありがとうございます。

それで、初日は高低差が千メートルなので、標高差もグレートのようなのですが(^^;)マアその分足腰鍛えられてグラウンディングできて良いわけで、イベント全体でも女性の参加者さんも全体的に多いようですから、のんびり進行になる感じですね。でも100キロ走る欽ちゃんのように今から準備しておくと、また当日らくらくかと思います(^^)。

>>>
さてこの本ですが、こうカバーにありますね。

迷ったとき、不安なとき、パワーが欲しいとき…この一冊の中に、あなたの背中を押してくれるヒントがギュッと詰まっています。何気ない一言かもしれませんが、あなた自身がスピリチュアルな視点で眺めることで、ハッと、もたらされるひらめきのように、「答え」となって示されるはずです。

ということですね。ふーん、そんなにいいことが書いてあるのか、と読んでいくと、おーなるほど、結構人生のいろいろな場面について細かいところまで書いてありますねー、という感じですね。

それで、私もいつも思うのですが、江原さんがこういろいろな問題にスラスラと答えられるのも、なんでかー?というと、「スピリチュアルな視点」から物事、この世の中を見ているからだと思うのですね。そうすれば実は答えるのは簡単ですよね。

それはこの本の終わりのほうにキーワードとして集約されています。

【大我】=スピリチュアルな愛

自分以外の人のため、世界全体、陣屡次全体のために尽くそうとする心のありよう。真実の愛のこと。

見返りを求めず、自分を無にして人のために尽くす「滅私」の心。

【小我】=自己中心的な愛

自分にだけ執着する心のありよう。自分の利益、自分の快楽だけを中心に考える。

「わが身がかわいい」という気持ち。物質的価値観のエゴ。わがまま。


とありますね。

人は誰でも小我を持っていますが、この小我を克服しないと、幸福にはなれません。わが身がかわいいと思う気持ちが、結果的にはわが身を滅ぼすのです。

逆に、自分のわがままを抑え、心のそこから相手のことを思う気持ちになって初めて、真実の幸せが訪れます。


と、はいーそうですよねー。でも人間なかなか小我に執着してしまいいますよね(^^;)。人の為?他人様の為?なんてやってられないねぇ〜、政治家さんは湯水のごとく税金を使うから、なるべく節税一番ですな!出し惜しみしてなるべく貯める、とにかく一円でも人より安く買う、「みなさん、セコクしてますか?」ですよ!とか思うわけでもありますよね(^^;)。

またエコとセコというのも、本当に環境に良いのか?古紙百パーセントやめた、というお話などもありまして、実は違いがわからなくなっていて、まったく人間が地球に生きてないのが、実は一番地球に優しかったりするわけですよね(^^;)。

でも、ではなんでー人間は地球で生きているのか、生かされているのか?、というと、これはもうあれですよね、いろいろな魂の学びのために教材として与えてもらっているわけですよね、ここを自ら選んで生まれてきている、許可もらってきていると思うのです。それはスピリチュアルな考えと合致しますよね。

まぁあの世や前世などの、記憶を全部忘れてしまう
システム、というのも、うーむ本当に面白い!と思うのですが、きっとどなたでも前世でいろいろやっているので、あまりにも覚えていると今生で罪の意識ばかりになって人生生きにくい、ということもあるようですね。どちらかというとリベンジな人生を送っている人が多いようです。

で、どんなことを復習しなくてはいけないか?というと今の日本などではやはりこれですよね。

【物質的価値観】

金銭やモノ、世間体や見栄、名誉や地位など、目に見えて評価できる物質的なものによる価値観。

目には見えない精神的な豊かさ、たましいの充実を大切に考えるスピリチュアルな価値観と対極にあるもの。

戦後の日本は、物資の窮乏と敗戦のショックによって、この物質的価値観が蔓延するようになりました。現代社会のひずみや問題は、その多くがこの価値観によるものです。分かれ道に立ったとき、物質的価値観で判断すると間違えます。


…というわけで、耐震偽装の問題やお菓子屋さんことや談合、年金問題、など、引き続き日本列島は物理的ではなくても激震しておりますが、どれも是も人の心が汚れてしまったから、ということになりますよね、実際当事者の方のオーラもくすんでいたり、会社でしたら会社の建物のオーラも曇っていたりしますよねー(看板も^^;)。

ですから、「正直者が馬鹿を見る」という風潮から、自分は脱却できるのか?そして子供たちに模範を示すことができるような大人になれるかどうか?というのが、今の時代試されているのだなーって思いますね。

たとえばこの方、安倍首相の父方のお爺さんなのですが、見るとものすごい良いオーラをなさった方なんですよね。

安倍 寛

第二次世界大戦中、1942年の翼賛選挙に際しても東条英機らの軍閥主義を鋭く批判、無所属・非推薦で出馬し当選した。

って気骨ある方ですよね、いやーこれは今どのくらい議員さんの中でこのようなことが出来る方がいるか?ですよねー、大体は保身で翼賛側にまわってしまうのでは?と思いますよね(^^;)。

で、そういうすごいおじいさんを持ちながらエリート育ちなのでやわになって…最初は良いかと思ったのですが…ということのようなのですが、ここに来てやはりいろいろ出てきて、これもご本人にとっても、私たちにとっても学びなのだなぁって思いますよね。ホント政治はさまざまな欲得のオーラが飛び交って、ちょっとかかわるとそれに瞬く間に染まってしまって、大変なところなんだなぁと。だからあまり一方的に責めすぎちゃうのもかわいそうに思ったりもしますよね。

で、実はこないだも国会見学で参議院を観覧してきましたけれども、参議院ですからまだよかったものの、衆議院のオーラは…って感じでしたよね(^^;)。でも私たちもこのような方々を選挙で選んでいるわけですから、人ごとでもなく、実は責任もあるわけでして、そういう意味では地道に良い方向へ変えていこうという努力をしていく必要があるのかな?と思いましたねー。

で、こんな豊かだけれどもなんだか危うい、という世の中に生まれてきた私たちの間にも、こちらの法則が働いているわけですね(ムリヤリ(^^;)。

【波長の法則】

人の心が発する波長(エネルギー)は、同じ性質のものを引き寄せる、という法則。「類は友を呼ぶ」ということです。

愛や喜びなどポジティブな波長を出せば、ポジティブな人が集まってきます。恨みや憎しみなどネガティブな波長を出せば、ネガティブな人や物が集まってくるのです。

【カルマの法則】

自分のしたことは、いいことも悪いことも、全て自分に返ってくる、という法則。

「自分で蒔いた種は、自分で刈り取らなくてはいけない」ということです。

笑顔一つでもプラスのカルマになって、同じように気持ちのよい出来事が訪れます。人を妬(ねた)んだり憎んだりするマイナスのカルマをつくれば、同じように人から妬んだり憎まれたりするのです。

分かれ道に立つことになったのは、自分がどういう波長を出していたからなのか、どういうカルマをつくったからなのか、考えてください。


ということですねー。必ずこの法則を考慮して考えれば、結構答えが出る問題も多いですよね。つまり、人生はあたかも旅のようなもの、いろいろな経験を積んで、それを携えてまた魂のふるさとに戻り、足りなかった部分はまた生まれ変わって経験しなおすということを繰り返している、壮大な共同幻想だと思うのですね。でも実はそれはたった一つの大きな意識の中で繰り広げられている幻想でもあるのかなーと思いますから、すべてはひとつ、ということでもあるようです、ですからそのなかで喧嘩したりひどく競争しあったりするのはなんとも…なことであるわけですよねー。

というわけで、この本も非常に良くまとめられていて実用書として使えますので、お奨めいたします(^^)。

Posted by fy3on3 23:33:33Comments(3)TrackBack(0)

【SODR☆戸隠合宿オフ】を開催します(^^)。

2007-05-25

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はいー、写真は京都大原三千院〜近くのお山ですね(^^)。それで、いつもながら突然の告知なのですが(^^;)ちょっと期日が迫ってきたので早めに、ということで、来月は6月の8日9日(金・土)の

戸隠古道大ウォーク

にあわせ、【第一回・SODRスピリチュアル講座☆戸隠合宿オフ】を主に講座参加者の方向けに開催することになりました(^^パチパチ)。

その大ウォークの概要をコピーさせていただきますと、

戸隠古道、一泊二日・2日間のゆったり宿泊ウオーク。

 2007年6月8日(金)泊〜6月9日(土)※参加記念・長野県産ヒノキ笠付き

 コース:長野駅〜善光寺〜大峰城・物見岩〜一の鳥居〜宝光社〜神道〜中社(各宿泊)〜奥社※全コース約30Km

コース詳細:8日(金)・1日目 約23Km

8:00長野駅受付開始‥9:00スタート

長野駅→善光寺→雲上殿→大峰城→大座法師池・第

2スタート12:20→一之鳥居→大久保→湯之嶺夕日展望苑→宝光社→中社16:30到着予定

 ※初級者・体力に自信のない方は標高差の少ない第2スタートからの参加をお勧めします。

コース詳細:9日(土)・2日目 約7Km

6:30 戸隠神社中社・宝光社にて「特別神楽献奏」(その後各宿にて朝食)

各宿→宝光社→中社→奥社参道口→随神門→戸隠神社奥社(ゴール)→奥社参道口にて完歩賞を授与 12:00頃解散

 参加費:3,000円(保険料込み・菅笠付き・宿泊代別 要申込み)

 お申込締め切り=5月末日 5月下旬より参加通知書を郵送します。


と、合計30キロも歩くコース、ということなんですね(^^;)。まぁ古道を巡礼という感じでしょうか?

まぁスピリチュアルなことも能力をすぐにつけようとするよりも、地道なことからコツコツと、ということで、我々もこちらに便乗させていただいて、スピリチュアルなことを語りながらオーラの非常に明るい、あと江原さんも大分お勧めということで最近エハラーも多く集まっているという(^^;)戸隠高原で講座オフをしよう!ということに相成りました。

*申し込み要領*

それで、申し込み期日が今月末日なので、つまりあと一週間もないので、これは!と思った講座受講生の方はお早めに私にメールにてお問い合わせください、そのほかの方でも以前鑑定を受けて、これから講座を受けたい、という方であれば可能かもしれませんのでお問い合わせくださいませ、土日だけのご参加なども可能です。今回も講座としての参加費は無料ですが、今後バージョンアップしてチャリティ&有料化の予定もありますので、今回が無料は最後かもしれません…。

また出発時間が早いので、遠方のほとんどの方が前泊になるようです、宿なども早めの手配が必要になるかと思います、どうぞ宜しくお願い申し上げます(^^)。

Posted by fy3on3 01:38:49Comments(7)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 4月8日 (その3)

2007-05-24

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はいー、こちらのラッコさんの手つなぎの動画を見てほのぼのとしている間に、大分更新してませんでしたが(^^;)、いえいえ、実はもう一つ、こちらのセカンドライフですね、こちらの世界のほうに長いこと行っていたので、実生活がおろそかというか、

こちらの世界とあちらの世界では同時に生きられないうのも正負の法則なのかなーという感じを実感して学んでおりますねー(いいわけか?(^^;)。

まぁ実際こちらの方のページにも紹介されているようにグラフィックも綺麗でなかなか楽しめるのでありますね。

FFなどのいわゆるオンラインゲームと似てるわけですけれども、実際の貨幣取引もできてということで、税金がかかるようになるならないなど、いろいろ議論もあるようですが、とにかくあらーホント仮想現実、マトリックスな世界という感じですね。

ですから、一時間ぐらいその世界に入って、それからこちらに戻ってくると、うーむなにかこう変だと。自分も肉体を来ている思考そのもの、魂ですね、なんだろうなぁ〜って感じなどを、少し哲学的にというか、スピリチュアル的に感じるようになりましたね。

それで、このような仮想現実な世界でもちゃんとルールがあって、最初は所持金も全くなくて、住むところもないわけです…って寝る必要がないわけですからいらないわけで、どちらかというと休みたいときはそのゲームからログオフするとき、といことで、こちらの現実世界に帰ってくる、つまり私たちが寝ている状態にちかいなぁとも思うわけですね。

プログラムの肉体は特にいくら動いてもつかれませんし、セカンドライフ内ではオンラインゲームと違ってお互いに傷つけあったりもできないようになってますし病気もないようですから、あらーほんとまるで霊界というか、私たちが元々「居た」というか、実は今も寝ているときには帰っているあの世と言われている世界はこんな感じだろうなぁと思うのですが、それを経験できることができますね、空を飛ぶこともボタン一つで簡単にできますし、テレポテーションもドラえもんに頼まなくても簡単にできるので、まぁほんとめんどくさいことはほぼないですよねぇーという感じです、きっとこの地球の世界を神様が創る前はこのくらいのゆるさの世界をつくって楽しくやっていたのではー?って思いますね(^-^)。

でも、この現実世界では、お金がないと大分不自由なので、私たちは仕事仕事と毎日まい進しておりますが、このような記事を見ると、ふーむ世の中には湯水のごとくお金の使える人がいて、うらやましいなぁ〜と少しやっぱりちょっと思ったり、よっぽどそういう方は徳があるのだろう…と若干思ったりもしますが、オーラ見てみるとそういうところもありますがやはりお金を持つという立場にいるととそれなりの責任もでてきてあまり毎日のんびりだけしているわけではないのだなぁ〜って言うのもわかりますね。

ですから分相応って言う言葉が出てくるのかもしれませんが、お金はあの世=魂のふるさとにはもって帰れませんよーっと、経験と感動って、なるほど確かに江原さんも良くこの2つに集約して言ったものだーと思いますが、そのようなことを心に刻んで人をうらやむことなくマイペースに参りたいと思いますねー(^^)。でも確かにセカンドライフのチャットで話すことも、現実世界ではなにやっているんですか?ということも多くて、現実世界でもいろいろ学んで充実させて置かないと仮想現実でもあまり楽しめない、つまり、今の人生をより楽しんで学んで充実させておかないと、早くあの世に里帰りしてもあまりあの世でもお友達できないかも?ということもあるのかもしれませんね(^^;)。

>>>

【ゲスト:義家さんつづき】

義:実は自分自身もそうだったんですよね。日曜日の夜ってホント眠れずにラジオに周波数合わせて…小学校の頃から暗闇の中悶々と「また(一週間)始まるなー」って思っていたときがあるものですから。…小学生のときから両親とうまく行っていなかったものですから。

江:では義家さんの番組がたくさんの若い人たちの支えにもなっているのじゃないかと思っているんですけど…先生になろうと思ったきっかけは?

義:つづきます。

Posted by fy3on3 18:05:49Comments(3)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 4月8日 (その2)

2007-05-19

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はいー、もう東京に帰ってきておるのですが、いつも旅に出る前というのは行くのがめんどくさい、とか思うのに、行ってからはなんだかそこにしばらく住みたくなって帰るのが惜しくなったりして、

でも帰ってみるとまぁ自宅もなかなかよろしおすなーと思ったりするという、まぁ結局人生自体が旅なのだ、というのがいよいよ身に染み付いてきて、あまり居所に執着のない感じになっておるわけですね(^-^;)。



さて、先日のお巡りさんもお亡くなりになってしまったのは本当に残念なことだと思うのですが、少しオーラ拝見していると、いやこれがほんとーに明るい方、優しい紫のオーラをなさった方で、実際文武どちらにも優れた方だったようなのですが、やはり良い方ほど人生の旅路からの帰還が早いのだなぁと、つくづく思いますね…。

確か防弾チョッキ着ていたのだけれども鎖骨の所に当たって、ということでしたから、今後またその部分もガードするようになるなど、いろいろな教訓も残していかれるのだと思いますよね。それで、まだおちいさいお嬢さんを残して、ということなのですが、このお子さんもしっかりした気骨のある方のようなので、将来も同じ職業についたりするのかなぁ〜と思ったりして、お母さんも子育て大変と思いますが、それはそれでまたいろいろ学びがある感じに見えて、人間はやはり心を鍛えるために生まれてきているのだなぁと思いますねー(-人-合掌)。



それで、今度の江原さんの27日のドラマも、やはりあちらの世界に行ってからいろいろ気づく、というストーリーのようですね。

スピリチュアルドラマ「江原啓之への質問状」

見るとアラ、「オーラの泉」ゲスト陣がメインなのねぇ〜とわかりますが、偽霊媒師役の冨士さんも役柄と反対でなかなかオーラ穏やかな感じでよいですよねぇ(^^)。江原さんのインタビュー映像もなかなか気合が入っているようすがわかりますね。これで加入者が増えたり数字がよければ、映画などもそのうちできちゃったりして、なかなかこれからも展開も期待できそうですねー(^^)。

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それで、お話の途中ですが(^^;)あーもう先週になっちゃいましたが、こないだの日テレのゲツヨル!にでていたボーイソプラノグループ 『リベラ』の歌声もそりゃー天使の歌声のようで良かったのですが、こちらの盲目の少年ピアニストコーディ君もまたすごかったですよねー!

番組サイト

オーラ見ると目のところだけ少しモヤモヤしているのですが、後のところは輝いていて、またお母さんもですね、苦労なさったようですけれどもガイドさんがとても明るく援助している感じも見えて、それがまたピアノの音と歌声にのって、聴いていて鳥肌がたちましたねぇ〜、「さくら(独唱)」日本語で歌っているのに違和感を感じなくて、音程もしっかりしていて、癒されましたねぇ〜(T-T)。

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【今月のゲスト:義家弘介さん】

義:よく「教育問題は月曜日に起こる」というのですけれども、現実には実は「日曜日の真夜中」に起こっているんですね。そこでその時間に不安になっている生徒たちの小さな勇気になりたい、って思いで、おととしの10月から(ヤンキー先生!義家弘介の夢は逃げていかないという)番組が始まったのですけれども…。

江:今まで印象に残る電話というのは、ありましたか?


義家:0歳のときからもう癌で、手術を繰り返して、余命宣告されて、来週ホスピスに入るという高校入ったばかりの子で、院内病棟でずっと授業を受けていて、「楽しいことなど何もない人生だったから、だから最後に、このラジオに電話して来ました。」というお電話が来たのですけれども、

翌週連絡が繋がらなくって、その次の週お兄さんから「亡くなりました。」という…。

ただそれによって、同じように悩みを抱えている人間が、生きるって言う意味とか、自分たちは実はすごく幸せなんだ、ということとかを、考えさせられてみて、私も、ちょっと涙が出てきてしょうがなかったですね…。

江:そのとき先生はどのようにアドバイスを…。

義:これはもう、大丈夫とか大丈夫じゃないという次元の話ではないですから、自分が彼女に言ったのは、「何にも学校時代楽しいことがなかった」と言ったから、

「俺をおまえの最後の担任にしてくれ」って、「俺たちがお前のクラスメイトだから」って、そう言って、電話を切ったのが最後の通信だったですね…。

江:そのように声をかけてもらって、うれしかったでしょうね…。

義:一番自分自身がうれしかったのは、その電話の次の瞬間に、日本中からメールが集中してパソコンが止まっちゃったんですよね。

だから、今の若者たちは命がどう、とか言いますけれども、多くの人間はリアルなこう訴えとか伝えに飢えているわけですよね。

それを聞いたとき、彼らはぜんぜん捨てたもんじゃなくてね。非常に前向きで真剣なメッセージや、命に対しての思いや、応援を寄せてくれた、それはすごく感動しましたね。

江:若い人たちときちんと接すると、大人が思っている以上に、子供たちは全く変わっていなくて、しっかりと自分を持っているんですよね、夢を持っていたりするんですよね。

だからそこをこう、真剣に相対してあげられない大人たち、のほうがよっぽど問題なんだなぁと、思うんですけれどもねぇ。

義:そうですね、だから彼らに、直接会いに行ってから教育議論ってするものであって、報道される数字を教育議論の土俵に置かないで、会った印象で行っていくのは大事な気がしますね。

江:そうですね、でも何でああいう風に、評論する大人たちというのは非常に問題なような気がするんですよね。現場には絶対に足を運ばないと言うか、直接相対せば一番良くわかることって、ありますものね。

義:それでまた評論って言う性質上、極端な事言ったほうがウケますから、わざと極端な数字を引っ張ってきて一般化して評論するわけですね。それは、子供たちを失望させる以外の何者でもないですよね。

江:いいこともたくさんあるはずなのに、ネガティブなものばかり引っ張り出しちゃうから、そうすると若い女の子たちだったら、みんな援交でもしてるって、みんな思い込んじゃってるし、ね。それで、自殺件数が一番多いのも月曜日、ということで、日曜日の夜というのは一番重要ということなのですね。

>>>

では次回に続きます(^^)。

Posted by fy3on3 05:46:24Comments(5)TrackBack(0)

大阪土佐稲荷。

2007-05-14

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はいはいー大阪ですね(^^)、昨日は江原さんの「スピリチュアルヴォイス2007」大阪での千秋楽に行って参りましたが、本当によかったですねぇ〜(^^)。

で、当日は朝早く到着したので、最初に長堀の土佐稲荷さん、それから会場隣の「大阪歴史博物館」を観覧していたのですね。

それで、やはり人生生き抜くことに価値があるわけですけれども、ただ単に生きていてもなかなか迷いも多いわけですよね、江原さんみたいな人が近くの横丁にいれば…、って「横丁」という言葉ももう使う人は大正昭和生まれの人しかいないと思うのですが(^^;)、まぁあれだけ明確にいろいろ客観的にアドバイスを伝えてくれる人がいればよいわけですが、まだそういう時代が来るには早いこの21世紀初頭をわざわざ目指してわれわれは生まれているわけなので(^^;)、

ではそういうときにはどうすればよいか?というと温故知新、原点に戻ればええんじゃ〜ということですよね、日の下に新しきものなし、戸締り用心火の(元も)用心…ってフレーズももう20代の方には伝わらないと思うのですが(^^;)、まぁまぁそうですね、私たちはこの世が幻想であるということを忘れているだけだから迷うのですから、いままでも迷ってきていろいろ困難にぶつかって失敗もしてきて、だから良い方法を見つけ出して来た方々の知恵を借りていけば、おのずから未来というのも読めるというものですよね(^^)。

で、まだまだ何事も中途半端な私も歴史だけは好きなこともあって、じっくりと博物館も見てきましたね。関東の人間だと大阪の地理の弱いわけで、キタとかミナミとか天満と書いて「てんま」ってなんじゃ〜?と思っていたわけですが、それは大坂三郷って秀吉さんが決めた街の区割りのことだったりとわかってスッキリしたり、バウムクーヘンのユーハイムさんは最初は大阪の収容所に入れられていたんだとか、

また願人坊主は知っていたのですが、神道者と言いつつも門付け(どさ周り)するような
人たちもいたとか…、まぁ今の時代は物質的に豊かになっているのでよいですが、昔の人は必死だったのだなぁ〜と、でもその分活気もあった感じですね
ー(^^)。また海があっての大阪だったということも改めてわかって、戦もなかなか多かった街だという事で、大阪の海は悲しい色なんやねぇ〜と納得しました。またたとえば兵庫と大阪って私などは以前区別あまりつけていなかったのですが河内、和泉、摂津と調べると結構違うところもあるんだーとか、ふーむ調べれば調べるほど味があって食いだおれになりそうですなぁ〜ということでしたね(ショウモナイ^^;)。…まぁですから中心部だけでなく、またこれらの地区も個別に今後周って参りたいと思っております(^^)。



さて、土佐稲荷さんについても、以前もブログでご紹介致ししましたが、元財閥系の、ちょっと前などもいろいろ問題があったグループ会社もありましたけれども、こちらの発祥の地の神社はものすごくオーラ明るいということで、お勧めしておりましたのですね、やはり創業者の方はすごかったんですよね(^^)。

で、写真見ただけでお勧めしていても申し訳ないので、今回初めてお参りさせていただいたのですが、とくになにかこう仰々しいわけではなくひっそりとたたずんでおる感じでしたけれども、スッキリしたオーラの神社でしたねぇ〜、写真のようにこーんなに元気に飛び跳ねているキツネさんも見るのも初めてですから(^^;)なんだか元気が出ましたが、一般的なお稲荷さん系列ではないエネルギーを感じる、というかですよねーこちらはー。

ご朱印いただいた宮司さんもなんだか見るからに厳しそうな、威厳のありそうな(つまりコワイ)感じの方でしたが、やはりスッキリとした感じのオーラの方でしたね(^^)。

詳しくはこちらの方のページやこちらの方のページにてよくわかるのでありがたいのですが、いろいろあったわけですねぇ〜大坂大空襲も大変だったようです…。また江戸時代はこの近くも大きい堀ばかりだったなんて、今では想像もつかないような感じですよねー、龍馬さんは脱藩しちゃったけど土佐好きだ、という方はもちろん、大阪では数少ない?(失礼)オーラのからっと明るい神社なので、また機会がありましたらと存じます。




で、お話は歴史館に戻って、後でお話を聞いてびっくりしたのですが、6階への直通エレベータでは閉じ込みがあったとかいうことで、自分はもう故障してからちょっと経った2時10分ころに、何にも知らずにその隣のエレベーターを実は使っていたんですね(^^;)、新しい建物なので動くと音楽が鳴るような仕組みのなかなかオシャレーな感じのエレベーターだったのですが、へぇ〜って感じでしたねぇ。

…まぁ、実は博物館の六階では特別展「脳!−内なる不思議の世界へ」のこちらも最終日で、私もついでだから…ということで見てきたのですが、なんといっても目玉はホルマリン漬けの動物さんから人間さんまでの脳味噌展示だったわけですね。

クジラさんイルカさんの脳なども、ものすごくしわしわなんだなぁ〜と、あまり生々しいのは好きではないのでサブいぼ立てながらもじっくり見ることができましたが(^-^;)、やはりすこし、なかなか形というものはいろいろなものが宿りやすい、ということもあったのでしょうかねぇ…、無事に何事もなくてよかったです。でもあれ、南方熊楠さんの本物の脳さんも展示してあったので感動だったのですが、こちらはさすがオーラが明るかったですねー(^^)。

というわけで、江原さんの公演もよかったですね、東京で一度見ていて、前半のお話の内容も同じだったのでより理解が深まりましたが、後半の公開カウンセリングではやはり当たる方はお亡くなりになった身近な方がいらっしゃるという方が多かったようですよね。それぞれ納得できるお話で、涙なさっていたかたもいらっしゃいましたね。見ていると園方々のオーラもどんどん明るくなっていくのが良くわかりました、また歌のオーラも会場じゅうに響きわたってみなさん癒されていった感じですねー(^^)。

で、最近もスピリチュアルブームとか言われて江原さんもいろいろ雑誌などに書かれてバッシングうけていたりしてますが、批評家さんが言っていることはなんだかみんな的外れで、もっと江原さんの本もよく読みましょう、って思いますよね(^^;)、でもお蔭様でマスコミの記事に対してもまずどのような人が書いているか?ってオーラを見ながら落ち着いて冷静に常にこの世は幻想と忘れずに読む習慣がついてきそうなので、それはそれでよかったのかなぁと思います(^^)。

また美輪さんもよりによってお誕生日の日にいろいろ書かれたりして、まったく人生っていろいろあるものだなぁ〜と思いますが、

美輪さんが車運転しているところなんてホント一度見てみたいものだーって思うくらいですねー。でも、実際に運転中の美輪さんと信号待ちで目が合った、という人の話も聞いたことがあるので、人生長く生きておくものだよなぁ思いましたよね(^^;)。

ちなみにこちらの方のページには美輪さんとイエモン吉井さんとのインタビューが載っておりますが、ここの霊媒師の人というのはこれは江原さんのことですよねー、また確かにイエモン時代は女装っぽい格好で歌っていらっしゃいましたが、それは美輪さんの影響だったのかーと初めて知りました(^^)。彼も太りやすい体質だったということで、やはり霊感体質なのだろうなーって思いますね、最近はまた悩みがちっぽい感じにみえるので、明るくですよねー(^^)。

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チベットの聖者ミラレパ (その2)

2007-05-11

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はいーもう昨日になりましたが、まだ運動不足、ということで、今回は旗の台にある旗ヶ丘八幡神社を目指してエッサ、ホイサって…、もう言う人は2000年過ぎた現代あまりいないですが(^^;)軽くジョギングして行きましたね。

ここの神社はこないだの「その歴」でも放映されていた頼朝さんにもめちゃご縁があるということでしたね。まったく40人から初めて20万人ということで、さすが源氏さんという感じですが、だいぶご先祖様も頼朝さんを応援していた感じですよねぇ。

それがやはり将軍になっちゃうと奢ってしまってということで、おごる源氏もひさしからずや〜という感じになったわけですね。私も修善寺に住んでおりましたが、大分あそこにもいろいろな方が幽閉された歴史もあって、実は住んでいるときもいろいろーだったりしましたねー。(-人-合掌)

あの天才的な義経さんも川越出身のお嬢さん「京姫」(河越太郎重頼の娘)さんと結婚したわけですから、一応川越出身のわたくしとしましても大分鼻が高い感じもしますが(^^;)、それを討っちゃった頼朝さんにはなかなか共感しかねるものもあったりしちゃったりしますよねー、まぁこれも時代の流れ、という感じでしょうか?だから頼朝さん亡きあとはしっかり者の政子さんが出てきて助かった部分もあるわけですよね。

で、北条政子さんというと、わたくしから見ると大分古いですが、大河ドラマ「草燃える」の岩下志麻さんが思い出されて、小学生ながら凛々しい尼将軍に題名のごとくあの頃から「もえ〜」ていたようなのですが(^^;)、石坂浩二さんの頼朝さんも性格いやらしい感じでよかったですよね(^^;失礼)。

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あーさて、続きますが、このミラレパさんの最期は、伝記を読んでいただければわかりますが、ソクラテスのようにというかイエス・キリストのようにというか、自分でちゃんとちゃんと自分の最期を選んでなくなっているのですね。そして自分が苦行をすることによって、人の障害も取り除くということおっしゃってますね。

で、どうしてそうやって自分が苦しむことによって人の苦しみを引き受けることができるか?というと、やはりこの地球、宇宙はひとつで、他者も自分の一部、お互いに見えない絆で繋がっているわけですね、それは見えなくてもオーラのようなエネルギーは通っているのだと思うのです。

ですから、痛みを分かち合うことができる…ひとりでは乗り切れないような困難も、みんなで分かち合えば乗り切れるというのは、そのような苦しいエネルギーがちゃんと分配されて浄化されやすくなる、ということでのあるのかなーと思うのです。

それはまるで親が家族のために一生懸命働くような感じで、そのようなことを通してボランティア精神というか、他者という自分を助けることで慈悲慈愛を学べる仕組みになっている、それがこの人間社会を作った理由なのかなーと思いますよね(^^)。



ですから母の日なども、元々はアメリカ発祥のようで父の日が後になってできたというのもなんだか面白いですが(^^;)、今日のオーラの泉でも少し触れていたように母親、主婦というのは大変ですよねー、献身的で偉いと思います。ですのでまた大切な日にしたいですよね(^^)。

…と言っている私ですが、もうどうして私はこう自分の事しか考えていないのか?というくらい本当にプレゼントが苦手で、お祝いや記念日と言うと何を送ったらよいのかとか細かく考えすぎて迷いに迷って結局何も送らない、ということをずっと繰り返していたので、

さきほどやっとネットから実家とおばあちゃんのところにお花贈る手続きをしたんですが、もう当日には届かなということで情けない感じですね(^^;)、まぁでも物より気持ちですよねー。


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で、ミラレパさんも実は最初はお母さんに頼まれてブラックマヨネーズ、ではなくてブラックマジックをを学んだんだのですよね、だから肌がぼつぼつになって頭もハゲてきた…?、という関西芸人ネタはさておいて(^^;)、

もともと親孝行の気持ちからーというとそうかもしれませんが、倫理的にはちょっとでしたよね、ですからやはり親御さんから学んだことでも、よく咀嚼して考えてから行動にうつす、というのは必要ですよねー。

だからオーラの泉なども美輪さん江原さんが親代わりにいろいろ教えてくれる番組という感じですよね。私も年配の方を鑑定するときに苦労するのが如何にスピリチュアルなことをやわらかくわかりやすく伝えるかーということですものねー、江原さんのようにズバリ毎回視えるとホント楽だろうななぁとは思いますが、あぁなるには前世含め多大な努力と苦行もあったと思うので、あまりうらやましがらないようにしたいものですねー(自分に還って来るので(^^;))。

で、まぁでもミラレパさんもいろいろな苦難を乗り越えた挙句、千里眼的なこととか超人的な能力を身につけたということのようです。でもどちらかというと、どなたでも持っている能力を取り戻した、と言うことなのかもしれませんね?

なぜに私がそう思うか?というと、こちらのページにもあるように、ミラレパさんの詩を見るとわかるわけですね。少し引用させていただきますと…、

いざすすめ、狩人よ
たとえ雷鳴が轟いても
その音は空(くう)

色とりどりの虹も
たちどころに色褪せる

この世の快楽は夢のごときものなのに
一時の享楽に酔い、罪をつくる

恒常にみえるものも
たちまちのうちに崩れ、四散する

昨日、この手が満たされても
今日はすべて失われ、何一つ残らない


というように、無常を理解すると、無欲になり、そうすると下手な考え事もなくなり、そうするとモヤモヤーとしたエネルギーも自分で作り出さなくなり、オーラも研ぎ澄まされてくると。

そうしていくと、どんどんちゃんとガイドさんのインスピレーションも入ってきて、物事に対して常に冷静な判断が下せるようになる、さらにはあらゆるところに満ちているエネルギーの変化もおのずと感じられるようになる、だから遠くのものも見える(感じ取れる)ようになるのだと、思うのですね。

ですから、超人になるには何か難しいことを記憶すると言うことではなく、余計な考えを排除して、また全体と一つになる、世界が自分自身であったことを思い出す、ということなのではないかなーと思うのですね。

で、まぁそれはでも理性的な考えをも思考停止してしまうのではなくて、ちゃんとそれらも働かせながら、全体も見る、木も見て森も見る、と言う状態をコントロールできるようになると言うことなのではないかと思うのです。

まぁなかなかそんなこといっても難しいので、長ーい修養期間が必要なわけですね。インスピレーションと言っても、それは憑依的なものだったりして、たとえばよく宗教霊って言って、スピリチュアルなことばかり考えていると、昔に修行して行き倒れになったお坊さんとかが引き寄せられて憑いちゃって、

ヒーリングとかできるようになったりしてちょっと能力発揮するんだけれども、あとあと銭ゲバになっちゃったり、それが男性だと女性信者ばかり集めてハーレムつくったり…なんて去年あたり事件ありましたけれども(^^;)、まぁそういう感じで結局物質的なものにとらわれてしまう、操られてしまうので、なかなかスピリチュアルというか、見えないものを扱う仕事の人って、精神的によほどしっかりしていないと堕落しちゃうようなんですよねー、ホント私も気をつけないとですが…(^^;)、

でも今は美輪さん江原さんのように本物の方が毎週テレビに出ちゃっているので、本当にありがたいナァと思いますよねー、そしてそこでもやはり物質的価値観からの脱却を説いてくれているので、目の前の困難も実は心の栄養になる、と言うことも毎週言い聞かされるわけで、本当に助かりますねぇ(^人^感謝)。



で、結局そうやって世の中透けて見えちゃう、わかる人ほどこの世の無常さ加減を説くわけですね。オーラの泉も「きっとわからないだろう」っていろいろなことをやっている人に対しての警告なのかなーと思いますが、この番組もあのオウム事件がある前にではなくて、その後大分経ってからやっとでてきた、と言うのも面白いなぁと思いますね。

江原さん自体は20年以上前から活動しているわけですし、皆さんどこかで見てご存知のとおり10年前あたりにもメジャーなミュージシャンのカウンセリングをテレビでなさって一部評判になっていたりしたわけなのですが、2000年越えてからこう定着してきたというのは、やはり時代が追いついてきたと言うか、それともいよいよ危機的になってきたらこりゃなんとかせなーということで出てきた、ということの、両方の意味合いがある感じも致しますね。

それで、この本の訳者である中沢新一さんですが、チベット密教の研究者だったので最初は同じ理論を取り上げているようにみえるオウムさんにある意味騙されていた感じで同意していたわけだったので、事件があってからはパッタリ姿をみせなくなってどうもかわいそうな感じもしていたのですが、

こちらにあるようにほぼ十年たってあぁやっと復活して来てくれたのだなぁと感慨深い感じでしたねぇ〜、去年なども公共放送で民俗学のこともお話していましたし、爆笑問題の番組にもでていたようですねー。

で、そのメカ沢さん…ではなくて、中沢教授が解説を書いてくれているので引用させていただきますと、チベットのお坊さんもいろいろな事情があるのがわかりますね。

…しかし、彼にはレチュンパやガンポパのような、何人もの優れた弟子ができた。マルパとミラレパの物語も、じつに人間的だったが、ミラレパの弟子たちも、それに劣らず人間的な人々だ。

ミラレパがもっとも愛した弟子レチュンパは、優れた成就を実現したレパ(修行僧)のひとりだけれど、時には美人との恋愛に夢中になって、ミラレパを心配させたこともあるし、

戒律に堅固なガンポパの出家の動機はと言えば、最愛の妻が早死にするが、その死の床での彼女の、

「私が死んだ後、他の女性と仲良くなったりしないで。だから、私が死んだら、出家僧になって、仏教の修行に励む、と誓ってちょうだい」

という願いを聞き入れてことに始まっている。

…と、いうことですが、ええ、男性として生きているといろいろ共感できると申しますか〜、ですよね。ここはきっとチベットの近くにあるマサラ王国の妄想族なヨギータさんもきっと共感するだから〜でしょう(^^;)。そしてつづきます、

チベット人は、スーパーマンを好まないのだ。はじめはみんな普通の人間で、その普通の人間が修行にはげむことによって、ついには人間の限界を突破することも可能になる。真理の光は普通の人間の内部から輝きだすのだ、というのが、彼らの考えだ。

ミラレパも、彼のことをむやみに崇拝する人々に対して、そういう盲目的な崇拝はやめてくれ、私は全く普通の人間として出発したのだし、それどころか、この道に入ったはじめには、とてつもない悪のカルマを集積した、普通以下の人間だったのだ、と強調している。

…仏教の教えは、人間をあらゆるものから自由にするために、説かれたものなのだ。国家からも、社会からも、家族からも、いや自分と言うものを作り上げている一切のものから自由になり、自由になった目で、もういちど世界に慈悲の心を向けていくのだ。

ミラレパはそのように生き抜いてみせた。彼はすばらしい人生を歩んだのだ。こうして、ミラレパの生き方そのものが、チベットの全ての修行者の理想となったのである。


…というわけで、チベットの山奥でなくても、物にあふれているこの国にいても、心の平和を取り戻す修行はできるのだなぁ、それを学びに来ているのだろうなぁ、と勇気付けられた本でしたよねー(^^)。

で、実はこの間のチベットフェスでも、結構な人数のラマ僧さんがいらしていましたから、ためしに一人一人オーラ見ていくと、ふーむなかなか頑固な人もいたし、若いのにものすごく輝いている方もいたし、ということで、さまざまなのだなぁ〜というのは自分なりに納得しましたねー、人間できているから欲を絶つ修行ができるのではなくて、やはりその途中の方々もいるのだと…。

でもやはりさすがにチャド・リンポチェさんはとても明るくて、さすが活仏さんだなぁと思いましたね。台湾では歌う活仏さんもいらっしゃるということで、時代も変わってきた感じですが、まぁ明日も歌うスピリチュアルカウンセラーさんの公演、楽しみです(^-^)。

Posted by fy3on3 01:09:34Comments(2)TrackBack(0)

チベットの聖者ミラレパ (エヴァ・ヴァン・ダム・中沢 新一著 法蔵館)

2007-05-09

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「怒りをもよおす相手がいないときに、
 どうやって忍耐の修行ができるのでしょう?」
 (ミラレパの言葉)




はいー、最近ぜんぜん運動していなかったのでこりゃいかんということで、昨日は港区内の神社仏閣をジョギング巡礼して参りました。

高野山東京別院>魚籃(ぎょらん)観音>お墓参り>元神明神社>心光院(東京タワー下)>幸稲荷神社>増上寺>芝大神宮>芝不動尊>三田明王院>玉鳳寺(おしろい地蔵

という感じでしたね、江戸時代は基本的に武家地とお寺がメインな港区近辺だったようで、ちょっと歩けばすぐにお寺、という感じですね、こちらの方の<港区のぶらりお寺散歩>を拝見してもすごい数ですよねー。そのほか各地のお寺も載っているので参考になります(^-^報恩感謝)。

また写真は心光院の仏像さんですね、東京タワーのすぐ下ですが、もともと東京タワーは「金地院」というお寺、墓地の上に建てられたので、昔は幽霊さんのお話が絶えなかったようですが、私が行って見てみても今はまぁ…、東京大空襲の際の…とかも大変だったようですから、今の平和もいろいろな方の犠牲の上に成り立っているのですから、それを忘れずに、また常に明るい気持ちでお参りしたいですよね、だから東京タワーも実は都内のほぼどこからでも見える、慰霊塔の役割もあるのかなーと、そんな感じも致します。A(-人-合掌)

それで、この心光院さんには、私も初めて知ったのですが「お竹大日堂」というのもあるんですね、江戸時代にはだいぶ有名だったようです、こちらの方も良いお話良いオーラの方なのでまたいろいろ調べて明日書ければと思います(^^)。



さて、港区では今、今年初めての?光化学スモッグ注意報が発令しておりますが、今日もだいぶ暑いですねー。

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というわけで、例のごとくもう10日になりましたが、近くの高輪のホテルでお幸せそうなお二人を横目に続けて参りましょう(^^;)。

この本は劇画本になってまして、チベット仏教カルマ・カギュ派の祖師ミラレパさんの伝記になっているのですね。

で、ミラレパさんというのは、もともとは「ミラさん」なのですが、「レパ」、木綿の衣だけをまとって修行する人の意味、がくっついたというのは、ものすごく寒い所でも自分の体温を調節する術(ヨーガ)が得意だったのでこう呼ばれたそうです。

で、ミラレパさんがもともとそういう能力を持っていたか?というとそうではなくて、お話はまだ修行に出る前のことから始まるのですが、なんやかんやで家族を裏切った人に対しての復讐として最初は黒魔術を学ぶのですね。

それでやはり素質はあったのだと思いますが、師匠から教わった方法を試すとたちどころに術が成功してしまい、一つの村を滅亡させてしまうわけですね。

それから初めて新しいラマについてゾクチェン、仏教を習い始めるわけです。ゾクチェンって何?というと私も良くわからないのですが(^^;)ダライ・ラマさんも本を出している位の奥義だそうです、こちらの方のページにも少し書いてありますが、つまりは物事を正しく見る、捉えることによって心の安定を図り、この世界のあらゆる執着から離れる、という感じでしょうか?この世はある一定の法則から成り立っている「夢」であることを悟る、ということかもしれません。

それで、インドでいろいろ学んできたマルパさんというお師匠さんについていろいろ学ぶんですね。そこからはこちらのページに少し書いてありますが、ミラさんも最初はいろいろ騙されたからとはいえ、まぁやはり術を使って人にだいぶひどいことをしてしまったので、もうオーラ真っ黒黒なひどいカルマを背負ってしまったわけです。

ですからマルパさんもそのカルマを落とさせるために心を鍛えさせるわけですね、苦労を重ねることによってオーラも浄化されていくわけです。チベットの行で五体投地などもありますけれども、あれもやはりオーラを浄化する行のようにみえるのですね、でも徐々にやらないとだいぶ大変そうですから、なんでもバランスですよね(^^)。

まぁすべていわゆる苦行だと思うのですが、でもそれはちゃんと限度がわかる師匠についての話で、やみくもに苦行しても、それは自分が超能力をつけたいがためのエゴイズムから来ていたりすると、あまり効果がないわけで、逆にオーラの汚れが増える、ということにもなりかねないようですねー。

ですから新興宗教さんでもいろいろまねて師匠の言うことは絶対服従とかいってやってたりしますけれども、お師匠さんが前もってオーラクログロなことが多いですから、お弟子さんもそれを良く見極める理性も実は最初から必要なのかなーと思うのですね。

そういう意味では、今経済発展している日本にいる人たちはみんなして「里の行」を行っているんじゃないかな?って思うんですね。いろいろな誘惑もありますが、それに負けずに、でも独りよがりにならずに、家族や社会と共存して心を安定させながら生活していく、というような感じですね。

この現代の日本に生まれてきているのも何十回何百回もある人生のたった一つにすぎないので、あまり
こだわりすぎずにでも粗末にしないで人生を送るというのが、基本的な大きいテーマであると思いますねー(^^)。



あーさて、まぁそうして長い間の瞑想行をして、いろいろな方の助けもあって、空中飛行などもできるようになったミラレパさんですが、そこで上の言葉が出てくるわけですね。

洞窟で修行する彼を敵視する村人からかばってくれるおばあさんがいましたが、彼女からも追い出されそうになったときに、

「怒りをもよおす相手がいないときに、

 どうやって忍耐の修行ができるでしょう?

 あなたこそ、私の修行のよきパートナーです。」

 
と、自分のつらい立場を嘆くのではなく、ひどいことをする人がいてこそ、自分のたましいが磨かれる、ということも悟ったわけですね。

なかなかこうは実際人間いかないわけですが(^^;)、艱難汝を玉にす、というわけですねー。【元気のでる名言集

楽あれば苦あり、苦あれば楽ありの人生ですが、どうやったって苦のほうが多いでしょう、というのがやはりどんな人生でもレベルの差こそあれそうだったりするわけすから、やはり皆さんご同輩、同級生ということですよね。

で、常に自分の波長に合った物事出来事が寄ってくるので、いつも謙虚に怒らずに、冷静に対処していくのが、やはりよいようですねー(^^)。

…というわけで、次回に続きます。

Posted by fy3on3 09:47:05Comments(4)TrackBack(0)

島田洋七さんの『オーラの泉』。

2007-05-06

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はいー、とうとうGWも終わりますねー、今日の東京も浄化の雨ということですっきりした感じでしたねー(^^)。

で、いつもながら突然ですが、今度の日曜日の江原さんの公演チケットを入手できてしまったので(^^;)大阪まで出張を兼ねまして参りたいと思います、途中いろいろな聖地も立ち寄っても行きますね(^^)。

>>>

さて、今回はがばいばあちゃんの名言集という感じの回でしたねぇー、太一君のおばあちゃんのお話も笑いましたが(^^;)やはりおばあちゃんとの思い出っていいですねぇ。

スピリチュアルチェックでもおっしゃっていた大好きな言葉、

「こつこつやってもなぁ、という前にこつこつやれ」

という言葉もよかったですね。また大好きだったお母さんの夢を良く見るという…。

「優しい言葉の中にも厳しさを見つけろ、
 厳しい言葉の中にもやさしさを自分で見つけ出せ」


と手紙によく書いてくれたと。

そして佐賀のおばあちゃんちに行ってから、貴重な人生経験を重ねる、つまり貧乏暮らしなわけですが、

「ごはんは?」「そんな暇ないから寝ろ」とか、ご飯がないときが小四くらいまではあって、週一くらいはあったと、朝ごはんも二日にいっぺんだったり…。だから運動会の粋な先生方のお弁当のお話があって、

また「暗い話は夜するな」、朝になって考えれば気分的にどうってことないわけですね。

また太一君もお父さんに殴られたときにおじいちゃんおばあちゃんが救ってくれたときがあると、日本は核家族になったのは失敗だったのでは?と。

若いお母さんも感情的になる時があるから、おばあちゃんとかいると冷静になれるのだが、今はそうじゃないから虐待などになってしまうのだと。

またお金がないというのも、正負の法則で、お金がなかったからこそ生活の智恵がでてきたのだと。お金があったらそう言う必要もないし教わる必要もなかったと。



またおばあさんが自分で言うには、若い頃は美人だったんだと。また毎回おばあちゃんって言われるのは心外だと(笑)。

また月収8400万の時代があったが、おばあちゃんにおかねをもっていったらおばあちゃんに怒られて、

「世の中 山あり谷あり言うけどね、みんな勘違いしとる 谷も自分から降りていけ

谷に下りていったら、つめたーい綺麗な水が流れてる 人も動物も谷に住むのが普通や

だからそれでもう一回水飲んで体洗って もう一回山に挑戦してみろ

頂上いうとこはね、記念写真撮ったら降りてくるとこや 長くおるとこちゃう」


それで7年くらい遊んでいたら、普通がわかったと。それから地位も何もなくなってからまたおばあちゃんの言葉を思い出して

「世間に見栄はるな 人をうらやましく思うな」
と、一からコツコツはじめたと。

また霊視すると、おうちの近所に大きなお寺があって、日曜の朝五時ごろから雨が降ろうがなんであろうが説法を聞きに行っていたと。そのご守護があるのだと、また生前にお会いしたことのあるお坊さん
もいらしてと。

売れて人気が出れば何でもかなうのかな?と思ったけれども、何も変わらなかった、おなかも痛くなるし風邪もひくし、外車を買えば駐車違反でつかまるしと、お金あっても三食以上飯は食えないと、4日くらいで気がついたと。

また美輪さんが「おばあちゃんがかまどをたいせつにしなさい」と言っていると。実際に新築したお家にもかまどをつくったんですと。

「きちっと尺で計ったような人生なんかつまらない

人がこけたらわらえ、 自分がこけたらもっと笑え

人間ってみんな滑稽や」




また江原さんがみるにはお母さんがすこし憑依している感じもすると、それはおかあさんが自分のことを受け入れてもらっていないという誤解があるのかもしれないと。それは小さい頃におばあちゃんのところに出してだしてしまったことに対しての罪の意識があったのでは、ということでしたね。それも親のほうがつらかったのだなと最近洋七さんもわかったのだと。

今日来たのも、親離れ子離れさせるためにおばあちゃんがコーディネイトしてくれたとのことですねー。

>>>

…というわけで、楽あれば苦あり、苦あれば楽ありということで、なんでもちょうど良くできているんだなァと思いますよねー。また確かに語録もお坊さんの言葉っぽいのは、お寺のご守護のおかげもあったようですね。わたしもあれこれ愚痴を言っているようではまだまだだなぁと改めて反省しました(^-^)。



さて、来週は御殿場出身のかっちゃんですが、こちらにも出てくるプロレス好きなお祖父さんの発言が楽しみですねぇ〜(^^)。

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チベット・スピリチュアル・フェスティバル2007(その2)

2007-05-02

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はいー昨日も雨の中、結局チベットオフとなりまして、午後からチャド・リンポチェさんの法話を皆さんと聴きに行きました(^^)。

それで、テキストとして「入菩薩行論」というのがあったのですが、今回のテーマは「怒りと忍耐について」でした。少し引用させていただきますと、

忍耐とは、他者による害や苦によって汚れない心です。忍耐は菩薩の修行の中心と言えます。

忍耐の修行の最大の妨げは怒りです。怒りには重大な過失があります。

1.目に見えない過失…怒りは、善なる法を行い、それを継続する上で最大の障害です。千劫にわたって積んだ布施などのあらゆる功徳も、たった一つの怒りによって打ち破られます。

怒りほどの罪は他にはありません。そして、怒りの対治である忍耐のような修行もまたありません。ですから、さまざまな方法で忍耐に注目し、努力すべきです。

2.目に見える過失…

怒りによって眠れない、あるひは、体や心の幸せをなくしてしまう、そして、友人や家族を傷つけてしまう…、とにかく、怒ったままで幸せな人はいません。

怒りは、今生においても、自分にとっても他者にとっても、その心相続における幸せを、直接、間接に破壊し、苦や害を生み出します。

一方、忍耐には多くの利益や良さがあります。常に忍耐に従うことができたなら、心の喜びをなくすことはなく、今生においてはどんなときでも幸せであり、来世においても三悪趣の苦を受けることはなく、特別な善趣(有暇具足(うかぐそく)を得た人間)に生まれます。

究極的には解脱や一切智智を得ることになり、永遠に幸せになります。ですから、どのような害や苦が生じても、決して善を喜ばないことはしてはなりません。どんな嫌なことがあっても、それを菩提道の助けとして理解し、逆境を道として受け入れて、学ぶのです。

…もし現状を改善できるのならば、なぜその方法を進んで行わないのでしょうか?改善の方法によって、直ちに改善すべきです。

ただ嫌がっているのではなく、改善に努めるべきです。しかし、もし改善できないのなら、それを悩んでも何の意味もないでしょう。「このいやな事は過去のこと、終わったことで、今はとなってはどうしようもないのだ。」と考えて、気にしすぎないことです。そうすれば、重大な苦もいくらか忍耐しやすくなります。


…という感じで、なるほど、怒りは三毒(怒り・貪り・無知)の一つということで、だいぶいけない事のようですよねー、こちらにも良く書いてあります

まぁわたしも見ていると、オーラにしても怒るとその人からカーッとピリピリした赤いオーラがでて、
あまり近づきたくなくなりますよね(^^;)それが繊細なオーラを汚してしまうので、怒ってはいけませんよ、ということのようですね。怒りっぽいお友達などにも感化されないように、ということでもあるようです(^-^)。

それで上にも書いてあるように、まぁ苦しいことも長くは続かないので、気にせず忘れましょう、というのは重要なことのようですよね。人間の心は発電機のようなもの、というのは前回も書きましたが、落ち込んでいるときでも、考え方を変えれば、瞬間的にプラスのエネルギーを発することができ、マイナスのエネルギーを吹き飛ばしていけるように私も思えるのですね(^^)。ですから、それが一秒前のことでも、過ぎ去ったことに対してこだわらず、常に前向きに考えていくことはとてもオーラを明るくする良い方法であると思いますねー(^^)。


それで、まぁ個々2年くらいはだいぶあの番組…「オーラの泉」のおかげで、前世も来世もちゃんとあって、この世での生活も実は一瞬の出来事にしか過ぎない、ということも広まりつつあるので、チベット仏教の人が来世は…とか言っても受けられるようになってきてよかった良かったと思うのですが、

一時はオウムさんが輪廻転生の法則などをだいぶそれを曲解して、マインドコントロールに使ってしまいましたよね。結局人間の恐れの部分を利用して修行と称して人の心を閉じこもらせて、一般の人を良い人間に生まれ変わらせるためにと称して事件を起こさせてしまったわけですが、本当の教えとはそうじゃなくて

実際の密教というのは人に害を与えないための教えですよねー、それをいろいろな人生経験を積んで生まれ変わっていくうちに、より新しい学びをしていくという、魂の壮大な旅路なわけですが、そう考えると、今日本人に生まれてまぁやはり安逸な便利な生活をさせてもらっているというのは、なかなか得がたいことでもあるのだなァと、でもこの生活もいつかは過ぎ去り、またあの世に帰るのであるから、一日一日また大切に生きて利他すなわち大いなる自分に貢献しなくてはいけないのだろうなぁと反省する日々ですねー(^-^)。

…というわけで、いろいろな事がある毎日怒らずにいつもにこにこ、というのは難しいことかもしれませんが、徐々にのんびり心に余裕を持って生きることが一番近いのかなーと思いました(^^)、まぁなかなかドライになる感じでもありますが、この世は夢だって言うことを見抜くということですよねー。自分にしても前世で散々悪いことをしてきていると思うので、何とか今生で良いことをしていければと思いますが、まだまだ精進ですよねー。



それで余談ですが、実はあれですよね、一緒に行った方はご存知なのですが、実は法話のときにもある芸能人の方がきていらっしゃいまして、我々一同もびっくりしたのですが(^^;)まぁなんとオーラの泉のゲストにもなった方がきてらしたのですねー、とはいえもう百人以上になるので誰だか検討つかないかもしれませんが、こちらのダライ・ラマさんの名言集の本に関連している方ですね、でもグレートなんとかさんではありません(^^;)。

で、実は、私事で恐縮ですが、この方とはエキストラ時代にも一度一緒にお仕事させていただいたことがありまして、それでですね、またなんとですね、そのときも、お寺での撮影だったのですねぇーこれが、八王子の(^^;)そのときも少し不思議なことがありましたねー。

3度目またお寺であったら何か自分とも関係があるのかな?と思いますがさすがにもうないと思いますねぇ(^^;)。でもやはり宗教と関係が深い前世がおありの方なのだなぁと思いました(^^)。

>>>

それで、お話は法話に戻りますが、最後に質問コーナーがありまして、その中に「私は会場でチベットの人が中国政府にだいぶいろいろなことをされている映画を先ほど見ましたが、そのようなことをされてもチベットの仏教の修行が進んだ方は、怒りを出さないでいられるのですか?」というような趣旨のご質問がありましたね。

で、リンポチェさんもおっしゃるには「私も全ての人の考えを知っているわけではないが、確かにひどいことをされて怒る人もいるでしょう。でも、その加害を加えた人も一人の迷える人、衆生であるので、その人に対して、というよりも、その行為に対して理性的に対処するのがよいでしょう。

同じ人でも、昨日したことと今日したことは違いますし、またその人の考え方が変わったら、私たちの友人になる可能性もあります。」とのことでしたねー。

でも、こちらのページにもあるように、エグザイル、というとかっこよく聞こえますが、実際の難民の方の数は日に日に増しているようですね。

中国も政治的軍事的目的でですから、まぁオリンピックどころでもないのでは…とか、ネズミさんをまねしている場合でもないのでは…と思いますが、なんでも表向き裏向きのものがあって、全ての人が良くない人というわけでもなく、はやりシステム、組織がいろいろこう変な方向に進ませるので、それを改変する時期というのはまたいつか来るような感じがしますよね、人間として生きているとこういろいろ毎日考えさせられて、勉強になります(^^)。

Posted by fy3on3 22:50:30Comments(7)TrackBack(0)

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