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プロの占い師が集う[占いブログ]

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スピリチュアル・トラベラー 2007年 09月号(小学館)

2007-07-30

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はいー土用の丑の日ということで、うなぎさんもスーパーの店頭に並んでおりましたが、千円以上するものとそうでないものと、明らかにオーラが違う、というのもなるほどーっとおもいましたね(^^;)。

それで実は私も少し夏風邪を引いてしまって今も毛布をかぶりながら書いているのですが、だからうなぎでもためでスタミナを…と思いつつもケチなものであしたまで残っていれば買おうかな?という感じですね(^^;)。あしたも早いのではよ寝ようと思います。

>>>

…というわけで、相変わらず熱が上がったり下がったりしておりますが(^^;)それも何かのメッセージということで、寝て、起きて、鑑定して、ご飯食べて、お薬飲んで、また寝て、そしてまた起きて鑑定、という一日を過ごしております(^^;)。

熱があるとあまりよく見えなくなるんじゃないの?という予想とは裏腹に結構集中できるようで、これも自己人体実験になっておりますね(^^;)でも休めるときに休まないと…と思っております。



さて話は変わりますが、もうすぐV-Jday、つまり終戦記念日ということで、港区高輪でも「被爆ピアノ」での演奏会がありますね。

港区平和都市宣言記念朗読会

いろいろな思いが詰まったピアノですねー、これからも平和の祈りを奏で続けていことと思います。

で、そんな平和な世の中でも、日本だけで毎日約90名も自殺者がいるということで、

FT記事

いやーまったく戦争や病気でやむなくあの世に帰らなくてはいけない人もいるにもかかわらず、もったいない話と思いますね。あらためて命の大切さというものを確かめられる月にしていきたいなぁと思っております、4日の上映会にしてもそうですねー。

>>

さてさて、やっと本題に入りますが、そうですねスピリチュアルトラベラー、どうもビーパル増刊号ということのようですが、これからは内面への旅も、ということかもしれませんねー(^-^)。

で、最初はイタリアのお守りのお話、イタリアではお守りは必ず自分のために買うのではなく、人から贈られるものだとするとか、

綺麗なオーロラのグラビア、屋久杉の写真…、

そして江原さんのスピリチュアル講座ですね「人生はよく旅に例えられます…」から始まり、

・旅の名所は経験と感動。

・「あの世」にはこの世的な苦しみなどはない、「類魂」という大きな塊の一部として過ごしているから、嫉妬や裏切りもない。死の恐怖もない。

・そのような霊的世界に帰れば、人生で直面する問題は、苦悩する為にあったのではなく、自分が成長するための学びの教材だったのだと気づきます。そして結果よりも過程のほうが大事。

・死後は自分の魂のレベルに応じた境地に行く、それが「階層の法則」。

・私たちは水から望んでこの世に生まれてきた、苦しみを乗り越え成長する為に。生まれ変われるのは宝くじが当たるよりも低い確率だといわれている。

・欠点のないたましいはこの世に生まれてくる必要はないもの。打算の愛、条件付の愛ではない「大我の愛」を学びにきた。

・「運命の法則」、宿命はスポンジで運命はデコレーション、努力と熱意しだいでいくらでも素敵な運命を作り出すことができる。


・今は「心の乱世」である。大人社会にいじめがあるので子供にもイジメがあるのだ。

・戦後すぐの「物質的価値観世代」その子供の「主体性欠如世代」、がでてきたが、本来は「価値があるから生きる」のではなく「生き抜くことに価値がある」

・本当の愛を注がれずに育つと「真善美」がわからなくなる。戦前はそれがまだあった。

・先祖を敬い、季節ごとの風習を大事にし、思いやりを親が教え、自然の力を畏れ「生かされている」という感謝をもち謙虚に生きていた。

・「人が見ていなければイイヤ」ではなく『お天道様に顔向けができない』という心を大事にしていた。

・人生の意義がわかれば、人生を恐れる必要はない。幸せの定義とは、『怖いものがない』ということ。失うことの恐れから脱すること。

・人生とはこんなはずじゃなかった、の連続であるが、それにも意味があり、それを乗り越えることで感動が生まれる。うまくいかなかったときほど立ち戻り、生まれてきた意味を見出すとき。

・霊的世界には時間がない、その世界を私たちのたましいは永遠に旅をしている。霊的世界こそ私たちの本拠地であり、この世は私たちがほんのわずかな時間、遊びに来ている旅先にしか過ぎないのです…。




…とまだまだ講義は続くのですが、綺麗な写真とともにこの本読むだけでも「8つの法則」の復習になっていいですねぇ、相変わらず感心するのは一言もムダがない文章だということですねー(^-^)。

あとはイルカさん、ぐっさんなどのインタビューから鈴木秀子さんの記事、そしてNY在住のカウンセラー原田真祐美さんも紹介されていて、

あとヨガやスピリチュアルスポット、熊野古道、サンチャゴ巡礼道などの紹介もあって、版元からの回し者ではないのですが、意外となかなか盛りだくさんの内容でしたねー(^-^)、また次号も期待したいと思います。


Posted by fy3on3 23:47:36Comments(5)TrackBack(0)

『夜と霧 新版』(ヴィクトール・E・フランクル著・池田香代子訳) みすず書房

2007-07-26

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はい、東京はすっかりもう梅雨明けかな?というくらい晴れておりますね〜これから横浜に行くのですが、その前に少し書ければとおもいます(^^)。

と、もうおとといの話になりますが、実はぐっさんの月極報告会、というイベントに行ってきたのですね。

ぐっさん部屋

もういつもチケットすぐ完売してしまうのでなかなか入手大変だったのですが、とりあえず一枚取れたので野郎ひとりで行ってきたわけです(^^;)。神楽坂にある「音楽の友」ホールという150人くらいしか入らない小さなところでのトークライブのような感じでしたね。

たしか、もうホント懐かしいオーラの泉の初期に出られて、うしろにひょうきんなお坊さんがいるんですよーっていわれて皆さんも納得、というのも非常に記憶に新しい感じも致しますが、ですからこの報告会、というのもぐっさんが毎月あったことをネタにお話しするというのもあるのですが、お客さんの日々の生活でであったこともアンケートとって、その中からおもしろいものも読み上げて掛け合いトークするという、なんだからラジオ番組のようなノリでもありましたね(^-^)。

私は座高が高いのでいつも後ろの人の邪魔にならないように、今回も自由席だったので一番後ろの壁際に座ってみていたのですが、それでも表情もよくわかるくらいアットホームな場所でしたねぇ〜。



で、あまりぐっさんもテレビでひとりトークというのはない感じなので、ネタばらしなどご迷惑にならない感じにすこしだけ列挙させていただきますと、

・初整体
・カブトムシ
・人気スポット
・祭りで男を上げる(とかなんとか)
・ロバ、コラーッ! 他

といった感じだったのですが、まぁわたくしもですね、最近江原さんとか美輪さんとか、講演言ってはそのお話をわすれないようにとメモづいているので、こんな気楽な会でもメモメモって考えたりし、別に芸人になるわけじゃないんだから〜とは思うんですが、なんだかまったくお話も面白かったので全てのシーンが目に焼きついているくらい、非常に印象的でしたね(^^;)。

で、ではつかみの部分だけでもということで、ぐっさんもいつも「笑っていいとも!」に出ているわけですが、当日の昼のいいともであのセロさんがマジックをしたと。

で、そのマジックがどこから見ても、後ろで見ていてもぜんぜんタネがわからないので、とっても感動した!というお話をお客さんに伝えようとするのですが、

その日の昼にあった事なのに「えーっとたしかコインを…、どうしたんでしたっけ?」と忘れてしまい、お客さんがフォローして「そうそうマッチにねー入れちゃうんですよー(^0_0^)」と、いうくらいなんだか天然で、ホント今にしか生きていない人なんだなぁということもよくわかりましたね(^^;)。

そういえばオーラの泉でもオープニングで美輪さんに何度か会っているのに「えーっと?」って忘れていたので美輪さんに「コノヤロー!」って言われていたんですよねー、こりゃー重症だ、と思うわけです(^^;)。でもそんな性格だからか、ぐっさんもとてもオーラの明るい方で、もう2児のパパさんなんですよねー、奥様はそれなりにフォローで大変かもしれませんが(^^;)。



また他のお話は、たとえばあまり広まっちゃうとなんなのでここでは具体的にいえませんが、と前置きして、ごくフツーの住宅街にあるんだけれども、ものすごいよく効く整体師さんをある女優さんに紹介してもらって、最初ものすごい荒療治なのでホントこの人大丈夫なのか?と思ったが、

長年の腰痛首のコリ、あと言っていないのに捻挫なども見つけられ全部治って元気になってしまった、ということとか、

アンパンマンミュージアムに家族で行ったらアンパンマンのキグルミの人にぐっさんが来た、と気づかれて、そのあともなんだか中の人が自分の事を探している感じでそわそわしていた、そしてまた見つかったらものすごくこちらの家族ほうに手を振ってくれたのはよいものの、なんだか微妙なせつない気分にもなりましたねぇ〜、とか、

まぁそのほかよーくいろいろな日常生活のことを観察なさっていてたくさんネタがあるなぁという感じでしたね(^^)。身振り手振りももうほんとおもしろくて文章化するのは難しいですが、イヤーほんとに楽しかったですねぇ〜(^o^)。

で、最後には音楽の友ホールということで音響もとてもよいところなので、ご自慢のギター演奏をして終了したのですが、

まぁ普通ライブですとなにか自分の持ち歌とか歌うと思うんですが、ぐっさんはいきなりギターとあのよくある「歌謡曲1000」とかいう歌本をですよね、舞台のソデから持ってきてひろげて、自分の好きな歌を歌いだすという…、永ちゃんとかサザン桑田さんの物まねとか交えつつですね、それでコードがわからなくなると途中でやめっちゃったりと、まぁホントマイペースな和やか進行で癒されましたねぇ〜。

ですからまたまたみなさまもひょうきんなお坊さんや四角いものが好きな大工さんが好きな方は、機会がありましたらと存じます(^-^)。



さて、今回ももう大分有名な本ですが、日本でもこう暑くなって来ると終戦記念日が近づいて来るのも感じる、ということで、とりあげてみました。

それで、「夜と霧」というのは映画もあるわけですね、心臓の弱い方は見ないほうがよいかもしれませんが、こちらの方のサイトでも取り上げられています。いやー写真だけでも実際にまのあたりにするともうなにをかいわんやで、ありきたりな言葉ですけれども、戦争はいけない、と思うわけですね…。

わたしたちは、おそらくこれまでのどの時代の人間も知らなかった「人間」を知った。では、この人間とは何者か。人間とは人間とは何かを常に決定する存在だ。

人間とはガス室を発明した存在だ。しかし同時に、ガス室に入っても毅然として祈りの言葉を口にする存在でもあるのだ。



と、こちらの方のサイトでは本の要約も載っていて、私が改めて書くまでもないと思う感じなのですね。そこでも触れられていますが…、

<内面への逃避>

強制収容所に入れられた人間は、その外見だけでなく、内面生活も未熟な段階に引き摺り下ろされたが、ほんの一握りではあるにせよ、内面的に深まる人々もいた。

元々精神的な生活を営んでいた感受性の強い人々が、その感じやすさとは裏腹に、収容所生活という困難な外的状況に苦しみながらも、精神にそれほどダメージを受けないことがままあったのだ。

そうした人々には、おぞましい世界から遠ざかり、精神の自由の国、豊かな内面へと立ち戻る道が開けていた。

繊細な被収容者のほうが、粗野な人々よりも収容所生活によく耐えたという逆説は、ここからしか説明できない。


…という感じで、苦しい状況でいるときこそ、内面の真の豊かさが問われるというということのようです。闇を知らなくては光の明るさがわからない、と言いますが、まさにそれですよねー、とはいえ、いきなりこのような大変な生活がやってきたら逃げだしたいと思うのが人情かと思いますが…。

その収容所生活とは比べ物にならないにしても、実は今の日本の社会では、物が豊富でなんでもできて自由なように見えて、受験戦争や会社のノルマ、世間体など、見えない鎖に縛られている人も多いわけですから、そんな中でも心の平安を保つために、内面の豊かさを見出していく必要があるわけですねー。そしてこうも言っています。

人間として破綻した人の強制収容所における内面生活は、追憶を事とするようになる。本来の目的によりどころを持たないからだ。…現実を丸ごと無価値なものに貶めることは、被収容者の暫定的なありようにはしっくり来るとはいえ、ついには節操を失い、堕落することに繋がった。何しろ「目的なんてない」からだ。

このような人間は、過酷きわまる外的条件が、人間の内的成長を促すことがある、と言うことを忘れている。収容所生活の外面的困難を内面にとっての試練とする代わりに、目下の自分のありようを真摯に受け止めず、これは非本来的な何かなのだと高をくくり、こういうことの前ではかこのせいかつにしがみついてこころをとざしていたほうが得策だと考えるのだ。

このような人間に成長は望めない。被収容者として過ごす時間がもたらす過酷さのもとで、高いレベルへと飛躍することはないのだ。…けれども現実には、人間の進化は収容所生活でこそ発揮されたのだ。おびただしい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、あるいは、ごく招集の人々のように内面的な勝利を勝ち得たか、ということに。

…ラテン語の「フィニス(finis)」には、よく知られているように、二つの意味がある。終わり、そして、目的だ。(暫定的な)ありようがいつ終わるか見通しのつかない人間は、目的を持って生きることができない。普通のありようの人間のように、未来を見据えて存在することができないのだ。

そのため、内面生活はその構造からがらりと様変わりしてしまう。精神の崩壊現象が始まるのだ。これは、別の人生の諸相においてもすでにおなじみで、似たような心理的状況は、例えば失業などでも起こりうる。

失業者の場合もありようが暫定的になり、ある意味、未来や未来の目的を見据えて生きることができなくなるからだ。


と、収容所生活の心理状態と、失業時の心理状態も実は似通ったところがある、ということですね。わたしもみていると、失業だけでなく、失恋、離婚、死別、ペットロスなど、さまざまな場面で目的を見失う機会が人生多いわけですが、それを乗り越えてて生きがいを見出すためには、いわゆるスピリチュアルな知識や考え方を持って生き抜くことがとても重要なのではないか?と思うわけです。実際フランクルさんもあの世の存在などはさすがに述べていませんが、収容所の仲間たちの前で、こう述べていますね。

…こうして、私は語り始めた。まず、とらわれのない眼には、お先真っ暗だと映っても仕方ない、と言った。…収容所には発疹チフスはひろまっていなかったが、生存率は5パーセントと見積もっていた。…にもかかわらず私個人としては、希望を捨て、投げやりになる気はない、とも言った。なぜなら、未来のことは誰にもわからないし、次の瞬間自分に何が起こるかさえわからないからだ。

…わたしは未来について、またありがたいことに未来は未定だということについて、さらには苦渋に満ちた現在について語ったが、それだけでなく、過去についても語った。過去の喜びと、私たちの暗い日々を今なお照らしてくれる過去からの光について語った。

私は詩人の言葉を引用した。

「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」

私たちが過去の充実した生活の中、豊かな経験の中で実現し、心の宝物としていることは、何も誰も奪えないのだ。

…人間が生きることには、常に、どんな状況でも意味がある、この存在することの無限の意味は苦しむことと死ぬことを、苦と死をも含むのだ、と私は語った。

…わたしは、一人の仲間について語った。彼は収容所に入って間もない頃、天と契約を結んだ。つまり、自分が苦しみ、死ぬなら、代わりに愛する人間には苦しみに満ちた死をまぬがれさせてほしい、と願ったのだ。

この男にとって、苦しむことも死ぬことも意味のないものではなく、犠牲としてのこよなく深い意味に満たされていた。…


と、人生で必要なことは経験、そしてまた、人の為に生きると言う自己犠牲の精神ですね、自己犠牲、というのも、実は他人も自分の一部なので、究極的には犠牲という概念すら本当は存在しないのかもしれませんが、目的を失いそうになったときに、何でもよいから人に役立つことをしましょう、そうすればそこから生きがいが見出せてくる、というのは、あの夜回り先生もよく言っていることですねー。



そして、そんな非人道的な行為が続く収容所の中でも、さまざまな方がいたようです。

ここでは、私が最後に送られ、そこから解放された収容所の所長のことにだけ触れておこう。彼は親衛隊員だった。当時は収容所の医師(やはり被収容者だった)しかしらず、解放後に明らかになったことだが、この所長はこっそりポケットマネーからかなりの額を出して、被収容者のために近くの町の薬局から薬品を買ってこさせていた。

…このことから見て取れるのは、収容所監視者だと言うこと、あるいは逆に被収容者だということだけでは、一人の人間について何も語ったことにはならないと言うことだ。

人間らしい善意はだれにでもあり、全体として断罪される可能性の高い集団にも、善意の人はいる。境界線は集団を超えて引かれるのだ。

いっぽうは天使で、もういっぽうは悪魔だったと、などという単純化は慎むべきだ。

…こうしたことから、私たちは学ぶのだ。この世には二つの人間の種族がいる、いや、二つの種族しかいない、まともな人間とまともではない人間と、ということを。

この二つの「種族」はどこにでもいる。どんな集団にも入り込み、紛れ込んでいる。まともな人間だけの集団も、まともではない人間だけの集団もない。したがって、どんな集団も「純血」ではない、監視者の中にも、まともな人間はいたのだから。


と、現代もニュースでさまざまな組織、会社、国などのなかで影で隠れていろいろなことをしている方々もいますが、だからと言ってみながそうではない、まともと思っている組織、会社、国の中でも、そうでない人もいるので、しっかりとそれを見極めないといけない、と言うことですよね。そしてまた、私たちもこれからさまざまな役割を背負わされそうになっても、人間的なモラルをちゃんと守って生き抜いていくのは必要ということですね、それはあの映画「善き人のためのソナタ」のテーマでも出てきたものですよねー。



と言う感じで、もう人間の究極的な生きる目的について考えさせられる本なのでお勧めなのですが、こちらの方のサイトの引用部分にもあるように、私たちは普段物質的な物事に追われていると見失っているものがたくさんあるのだなぁ〜と気づくこともできますね。

そしてまたユーモアにも触れています。

ユーモアも自分を見失わない為の魂の武器だ。ユーモアとは、知られているようにほんの数秒間でも周囲から距離を取り、状況に打ちひしがれない為に、人間と言う存在に備わっている何かなのだ。

ひとりの気心知れた仲間と数週間、建築現場で働いたとき、私はこの仲間にすこしずつユーモアを吹き込んだ。毎日、義務として最低一つは笑い話を作ろう、と提案したのだ。それも、いつか解放され、ふるさとに帰ってから起こるかもしれないことを想定して笑い話を作ろう、と。…

…たとえば、こうも言えるだろう。人間の苦悩は期待の塊のようなもの、ある空間に注入された一定量の気体のようなものだ。空間の大きさにかかわらず、期待は均一に行き渡る。人間の苦悩の「大きさ」はとことんどうでもよく、だから逆に、本の小さなことも大きな喜びとなりうるのだ。


ということで、私も確かに心配、不安のある方はそのエネルギーがモクモクと体に広がっている感じがわかるのですが、少しのユーモア、喜びを感じるだけでも、明るい光を差し入れることになり、その状態を解消することができるということですね、ですから困ったり行き詰ったりしたときこそ、「人はだれでも滑稽やー」というがばいばあちゃんの言葉も忘れずにと思います(^^)。

Posted by fy3on3 13:14:32Comments(4)TrackBack(0)

ホリスティック医学とスピリチュアルヘルス〜生老病死を豊かに生きる〜(その2) 

2007-07-23

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はいー写真は右近さんが建てた天主堂跡の碑ですが、こちらの方のページにもあるように、知れば知るほどすごい人だったのだなァということがわかりますねぇ〜、そのお父さんもなかなかすごかったようですね(^o^)、こりゃーいつかまたブームにならずともなんらかで取り上げられる日が来そうですなぁ〜という感じも致しますねー。



さて、先日の「志村どうぶつ園」でも、アニマル・コミュニケーターのハイジさんがでてらして、車の事故で後ろ足が動かなくなったワンちゃんと会話してましたね(^^)。家から脱走してしまうのはべつに飼い主さんがいやになったわけでもなく、足が悪くてももっと外で遊びたいから、ということでしたねー。



で、アニマル・コミュニケーションというのも実は霊視と同じ原理のように私は思えるのですが、番組では亡くなったペットを対象としないからか、おどろおどろしい演出はなく、ペットは飼い主さんが思う以上に飼い主さんに感謝もしているし愛情を持って接してくれているということを主眼にしていますよね。

また実際のアニマル・コミュニケーションでは亡くなったペットに対してもコミュニケーションをとることができるので、ペットロスに対しての癒しにもなったりして、とても良いのですよねー。私もすこしその分野のさまざまな講座を受講したことがあるのですが、前世や今回飼い主との関係、飼い主の病気を知らせてくれたり、家族関係をいやしてくれたりと、なかなかペットさんも家族の一員さんとして忙しい、ということも知りましたね(^^)。



で、今日はもう実家から都内に帰ってきているのですが、毎回実家に帰ることに理由の一つに、うちの番犬が元々猟犬であるコーギーの雑種っぽくて、それにもかかわらずあまり運動していないので、すっかり「メタボ犬」になってしまい、なんだか見るからにかわいそうなので、あちこち散歩をさせる、ということもあるのですね(^^;)。両親ももうくたびれて毎日あまり長いこと歩けないので、少し遠出して運動させるわけです。

で、どんどん走らせたり、人のいない土手などでは放してあげると一人で遊んだりして、散歩の時間意外はつながれっぱなしなのでそのストレスを解消できてオーラもスッキリするのもわかるのですが、

他の飼い主さん見ているとまだまだペットは人間のことなどはなにもわかってない、という感じでしつけのときにひっぱたいたり、リードを強くひっぱったりしている方も多いですよね、でもそのうちにアニマル・コミュニケーションも市民権を得て犬権猫権というのもより確立されていくのかなーって思いますねー(^^)。

>>

さて、それぞれの方の講演のあとは、お三方と司会の黒丸さんというすごい名前のお医者さんとですねディスカッションに入りました。黒丸さんはこちらのような書籍をお出しになっている方ですねー。

それで、まず講演ではおはなしにならなかった、臨死体験のことを鈴木さんがお話になったのですが、これは書籍にも詳しいですよね。もう気がつくと大きなハスの花の上に自分が立っていて、花びらが一枚ずつ落ちていくごとに自分のエゴイズムが消えていく〜という感じで、とてもすばらしい世界だった、とのことでしたね。で、実際聴いていても、先ほどの講演もよかったですけれどもこの臨死体験のお話をなさっていらっしゃるときに鈴木さんのオーラがまた一段と輝いて、あーやはりこの経験が人生を大きく変えたのだなぁ〜と感じましたねー。

それから不思議なことがどんどん鈴木さんに起きて、未来などもわかるようになってと、いままでの寡黙な修道女の生活とは一変してしまったようなのですが、江原さんも曰く、実はキリスト教はイエス様しか奇跡を起こしてはいけない前提になっているので、

自分がいろいろわかるということをカミングアウトしたというのは、本当は異端になるので、とても勇気のいったことなのではないですか?とおっしゃってましたね。でもそれ以上にその体験がすばらしいものだったので、どう思われようと人にいわずにはいられなかった、とのことでしたね。そして自分を通して大きな光を人に分け与えていくお役目をしていくのだ、ということでした(^^)。

また鈴木さんも、傾聴、アクティブ・リスニングということを通してケアをしていくということだったのですが、それはやはり、クライエントさんというのは、まず第一に語りたいものであると。よくその人だけが感じている現実をガンコにもっているかたもいらっしゃるのだが、それはそれで、その人が現実だと思っていることがやはりその人にとっての現実なので否定せずにどんどんわかってあげることなのだと。

そうして聞いていくうちに、たとえば家族が悪い、あーだこーだと、最初は言っているのが、だんだんと、でもこういう良いこともしてくれた、自分は本当はもっと感謝の気持ちを伝えたかった、など、関係性の中でよい部分が出てくるものだと。

その自分の今までのことを「反省」できる段階になったら、その良い部分というのを聴く側が強調していくとよいのだと。そうして家族と徐々に仲直りしてきたり、またそうすると心の仕えも取れて体も良くなってきて、食べれなかったのが少しずつ食べれるようになる、歩けなかったのが歩けるようになるという感動も得ていけるようになるのだということでしたね。



また今度は黒丸さんが、江原さんに「スピリチュアルカウンセリングでずばずば見通して言ってしまうのはいかがなものか?」という雰囲気で質問すると、私は聞かれれば答えるが、こちらから余計なことを言ったりはしていないのだと。あくまでもクライエントさんことを思い、クライエントさん主体で考えていくのだと。また病の告知にしても、そのお医者さんがその患者さんと添い遂げられる意思があるのであればよいのだが、そうでない場合は考えるべきだと。

全ては動機しだいで、たとえば病気の苦しみがある場合は「それも学びです」などといってほっておくわけではなく、医学的にお薬を使って対処していくのがよいでしょうと。代替療法やヒーラーの方は薬をやめさせたり、嫌悪するようなひともいるが、それはよくなくて、イギリスでスピリチュアルヒーラーが病院内にいるなど、認められてきた経緯としては、医師の診断にしたがい、必要なことは患者にアドバイスするのではなく、医師に報告し助言するというシステムができているからなのだと。だから日本でもさまざま代替療法があるが、それを野放し状態にするのではなく、社会性を重んじた安全なシステムとして確立していく必要があるのでは、ということでした。

また鈴木さんのお話では、人間は例えば大きな病や事故などで、自分を急に変えることもできるが、それはたとえばコップの汚れた水を全部一度出して取り替えるようなもので、痛みを伴うのだと。

でも、もう一つのやり方としては、徐々によい知識や考え方、感謝や祈りなどによって、少しずつコップに新しい水を注ぎ込むことによって、徐々にきれいにしていくこともできるのだと、どちらを選ぶかはその人しだいだと。

そして江原さんも、真の幸せということは、恐れるものが何もないということであると。だからこの世に不公平はなく、ただ今生かされていることの感謝があるのみだと。

また私たちがいまもこの世界で生きて生かされているのは、私たちが未熟であるからこそだと。このような泥のような世の中であるからこそ、ハスの花が綺麗に咲くように、たましいを磨いていく学びをすることができるのだ、ということでしたね(^^)。



…と、まぁもっといろいろおっしゃっていたと思うのですが、へた字なメモ書きだと読めなくて結構わすれちゃってることも多いですね(^^;)。ほとんどのことは書籍にも書いてあることだったと思います。

またそうそう、江原さん曰く、日本の医療というのはいろいろあるが結局は進んでいるのだと、イギリスではレントゲン取るのにも三ヶ月待ちになったりするくらい、保険制度なども遅れているので、まだよいのだと。それはこちらの方のページを見てもわかりますね、すこし「正負の法則」といったところもあるでしょうか(^^)?。

そして「緩和ケア」という分野もいろいろ派閥的なものがあって…などということもおっしゃってましたね(^^;)なかなか医師会を中心に医療というのも利権団体化しているようなか感じで、それはアメリカですが今上映中のマイケル・ムーアさんの作品を見てもよくわかりますねー。



というわけで、このようなすばらしいシンポジウムが開かれたのもきっと時代はさかのぼって高山右近さんの力によるところも大きいのだろうなぁ〜と思いましたね(^^)。よくみると神社と教会が隣接している会場ですし、まったくシスターさんと元神主さんが集まるにはもってこいの会場という感じでしたねー、今後ホスピスケアなどにもスピリチュアルな知識がより生かされていくようになればと思います(^-^)。

Posted by fy3on3 12:41:12Comments(5)TrackBack(0)

ホリスティック医学とスピリチュアルヘルス〜生老病死を豊かに生きる〜(7月16日(月・祝)高槻市現代劇場・大ホール) 

2007-07-21

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はいー、今日は川越の実家に戻っているわけですが、テレビでは「ウォーターボーイズ」が放映されてましたね。またこの映画もこちらにあるように埼玉県立川越高等学校の水泳部がモデルだったわけですね。

で、まぁこれで川高も全国区になったのは良かったとはいえ、自分はこの高校をダメモトで受けに行ってめちゃめちゃ落とされているので、その関連という遠回りな意味で非常にコンプレックスを刺激される映画となっているわけですが(^^;)、

まぁもうそれから20年経とうとしているのに、いまだに学歴どうこう思っているというのも愚の真骨頂というか、亡くした子の歳をいつまでも数える行為というか、

初恋の人の影をいつまでも追っていまだに似たような人ばかり好きになって振られ続ける男の心境というか、昔お小遣いが少なかったのでいまさらにしてマンガ本やフィギアをアキバに行って大人買いしてしまうオタク男の心境というか、

ポイントとかマイレージとかいう付帯ポイントについついつられて余計にお買い物をしてしまう小市民的心境というか、「フリードリンク」というともうオニのように何回もおかわりしてお腹いっぱいになるまでがぶ飲みしてしまう悲しい心境の人とか…、

などなど、何を見てもさまざまな物質的なものにとらわれている、しょうがなく小我な自分、というのがあるのだなぁ〜ということに気づくという、内観の材料になるわけですね(^^;)。またこの映画が公開されていた時期はまだ私も派遣社員でなかなかつらい思い出があってですねぇ…とか…(^^;)。



さて、そのような『たけしのなぞーのどうでもよ〜い話』」はさておき(^^;)、今回の大阪出張のきっかけとなったのは題名にもあるこのシンポジウムでもありましたね。

で、前日夜はいつもの通り、京都ではまいど行きつけの老舗、のネットカフェで泊まったのですがm(^^;)祇園祭のにぎやかさも手伝って結構京都のオーラも明るくなっていましたねぇ〜、祇園の山鉾はじめてみたのですが、とてもオーラよかったですね(^-^)。

で、シンポ当日はもう朝6時には起きて高槻へ向かったのですが、10時半からの開始にはぜんぜん早く到着して暇を持て余して鳩にエサやったりしているのもなんだな?とおもったので、少し高槻市の歴史をお勉強するために、毎回恒例!「いきなり社会科見学」となりましたねー(^_^;)。

で、いろいろしらべてみると高槻というのは縄文遺跡や古墳も多く存在するかなり歴史のある土地柄だーということでしたね。

市章は京都市と大阪市の市章を融合させたデザイン、それは丁度その中間に位置するから、という安易な?もしくはわかりやすいアイデア?な街ですが、それはいわば国立市が国分寺と立川の間にあるから国立と名づけた、みたいな感じで、あらーあまり何も特徴が無いからか?と思ったらそうでもないようですね(^_^.)。

大阪と京都の間ということで、江戸時代などでは「芥川宿」という宿場町で、また酒造などもさかんだったということですね。

駅から旧街道を芥川まで歩いたのですが、やはりこのような古い街道は、たとえばウチの近くの品川宿の旧街道でもそうなんですが、長い歴史の中でさまざまな方が行きかったり行き倒れたりなさった関係で、いろいろな感じもするんですよね(^^;)。

でもこの西国街道沿いに点在するお地蔵さんや庚申塚、灯篭などは、地元の方にもとても大切にされているようで、オーラも輝いていましたねぇ〜、本当に見えない人たちが今でもその地域を守ってくれているんだなぁ〜といつも思うひと時ですよね(^^)。



そして、こうぐるぐる周っているうちに会場付近まできたら、あら教会がある、ということで、高山右近さんのことが書いてあるわけです。写真は城跡の公園にあるものですね。

高山右近さんについてはこちらのウィキにもありますが、キリシタン大名として有名な方ですよね、でも私はあまり存じなかったのですが(^^;)、ここ高槻のお殿様を12年務めたということもあって、だいぶ地元では親しまれているようでしたね。

それで、最終的にはバテレン追放令にて外国はフィリピンのマニラで最期を迎えたわけですが、そういう感じだとやっぱり無念なのかな?とおもいきや、やはりこちらの銅像さんからもピカーっと明るいオーラが出ていて、いまでも高槻市民の方々を守っていらしている感じですよね(^^)。教会にあったお祈り中バージョンの写真はこちらの方のページにもありますね(^^)。

また、右近さんの人柄もあって、当時の人口の約72パーセントの人々がキリシタンになった、というのですから、やはり「右近の力」はすごいんだなぁ〜と思いますねぇ(^^;)。ですからこちらは「隠れキリシタンの里」でもあったようなのですねー。またわたしなども高校の部活帰りに良く飲んだ懐かしい飲料「チェリオ」の里でもあるんですねぇ〜(^-^)。

>>

という感じで、人に歴史あり、知らない街にも歴史あり、なので、いろいろ調べると面白いものですが、まぁそんなこんなで見て周っているとやっと開場とあいなったわけですね、前フリが長くてもう子の時点でもうへとへとなのですが(^^;)つづきます。

>>>

さて、最初の講演はこのNPO法人日本ホリスティック医学協会の会長さんでもあり、わが街川越にある帯津三敬病院院長さんの帯津先生でしたね。確かに代替療法を行っていても、帯津先生を知らないという人はモグリ、といわれるくらいのこの世界では有名な人ですねー(^^)。

でおおよその内容では、昔から科学者もスピリチュアルな現象を研究してきた経緯があると。それは

幽霊を捕まえようとした科学者たち

“霊”の探究―近代スピリチュアリズムと宗教学

などの本に詳しいと。イギリスではケンブリッジなどを出た研究者も多かったと。

また病院の医療従事者などをイギリスのスピリチュアルヒーリングの養成機関で学ばせたりしたことがあったと、そうして病院の場のエネルギーが上がることはよいことなのではないか?とのことでしたねー。

実はだいぶ偉い方なのですが、気さくな感じで好感をもてましたねぇ〜(^^)。

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そして次はシスターでもある鈴木秀子さんの講演でしたね。

・台風がきてこのシンポも開催が危ぶまれそうになったが、この三人が集まるのだから大丈夫、と知り合いにいわれた。

・この人生が思い通りになることが幸福かというとそではなくて、このすべての瞬間、命をもらっているということに「喜悦」し「感謝」するということが大切ということ。

・マザーテレサの話で、あるときお互いに挨拶したときに頭がぶつかってしまい、その相手方は自分の頭に手を当てて痛がったが、マザーは自分の頭ではなくとっさに相手の頭をおさえた。それは「自分と相手はつながっているという事を常に意識していたから」ということ。

・まただれでも人から見捨てられる体験をするのが一番つらいものだと、だからよりそっていくと生き抜く力が沸いてくるということ。また何かを「恐れる心」が心の汚染を招いているのだということ。人間は誰でも深いところでつながっているのだから、自分自らから「明るくなる」ことで他の人も明るくすることができる、ということ。

というような感じでしたねーとてもよかったです(^^)。でも、鈴木さんもやはりシスターさんでいらっしゃるからか、すこし教会の説教を聴いているような雰囲気になったのが印象的でもありましたね。自分は組織的宗教団体に前世でだいぶ反感を持ったからなのか、一方的に押し付けがましく情熱的に話されたりするのが苦手なようなので、そのような傾向がある方はすぐにわかって逃げようとしてしまうようなのですが(^^;)、鈴木さんはオーラも明るいですしよかったですね。

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そしてトリが江原さんでしたね。

・まず前のお二人がスクリーンで拡大してバックに映されていたのですが、そうしてしまうと観衆がまるでテレビでも見ているようになり、生で人がお話しているのにそれを気遣うこともなく振舞ってしまうので、遠くの客席の方には申し訳ないですが、自分はわがまま言ってスクリーン上映をやめにしてもらったということ。

・それで、今の世の中いろいろあるが、それはこの現世しか見ていないから起こることで、それは今のスピリチュアルブーム?で、スピリチュアルカウンセラーを名乗る人も多いが、実は現世利益、物質的価値観などを基準にしてしまっているという話も良く聞くと。霊の力で結局物質的な幸せを求めてしまっている人も多いと。

・また帯津先生も科学者による研究のことをおっしゃっていたが、SPR(心霊現象研究協会)などの成立も、基はといえば霊現象を否定するための研究であったのだと、でもまだその組織が存在するということは、霊現象を否定し切れていないから、ということなのだと。またmedium(霊媒)ということばも、そもそもは研究上の用語として生まれたものであるということ。

・そしてその研究では、たとえば霊が物質化しているあいだに手形をとったりして、ありえない現象を起こしたりしたこともあったと。そしてそれらの「デモンストレーション」なども時代によって

物理現象>透視現象>スピリチュアルヒーリング>交霊現象

という感じに変化してきたものであると。そして現代は「霊的価値観の実践」の時代であると。霊的なデモをする人にしてもそれは単なる道具に過ぎないということ。

・魂のことは魂の目で見る必要があり、この世で生きている、生かされているのも魂の向上のために様々な経験が必要だからであると。そして目に見えないものに対しての敬いや、人生を受け入れるという姿勢を育てて行くことが重要であると。

・また偶然はなく必然というが、それは努力あっての必然であって、努力なしでなんでもそうなるというわけではないということ。すべて因・縁・果であり、原因・理由ががあって起こっているのだということ。

・私たちはだれでも旅の途中であり、それは非物質界から物質界への旅なのだと。物質界には物質界にしかない悩みがあるのだが、そのような難しい状況にいて初めて本当の自分を見つめることができるのであると。そのような意味で人生は魂のスポーツjムのようなところであると。

・たとえば人間は怒ることができるが、それは怒るとむなしい、という事を知るために、そうできるようになっているのであると。

・またたとえば雨月物語などの日本文学も霊界の存在を前提としなければ内容が理解できないものであると。だから霊のことは非科学的だということではなく「未科学」なのだということ。

・また「長く生きる」ということも、実は物質的価値観から言えることであり、それよりも重要なことは「魂の充実」なのだと。また何かを「得られた」ということに重きを置くのではなく、いかに「込めたか」ということを大切にするべきだと。


・私もブレスレットなどをつけていると誤解されやすいが、それはあくまでもサプリメントであって、それだけで、物だけで幸せになるはずはないのだと。物にすがるということは自分に「依存心」があるということのバロメータになるのだと。

・また病気にしても、それらに意味があるということをしっかりと認識することが大切だと。だから病気も恐れることはないものなのだと。医療にしても、治る事それ自体は結構だが、治ることだけを考えずに病を「学び」として捉えることが必要だと。

・病気については本にも書いてあるように

肉の病 − 不摂生などによるもの。
たましいの病 − 思い癖などによるもの。
霊の病 − 宿命、自分が決めたカリキュラムなど。

の三つがあるのだと。またそれらが複雑に連動していることもあるのだと。

・また、江原さんがカウンセリングなどであるていど告知をしなくてはいけない場合には、まず

1.「死は恐いかどうか?」を聞き、

2.「守護霊さんからのメッセージ」を伝え、恐れを取り除く。

のであると。そして人生の刹那さや、人生哲学を学んでいくことで、準備ができていくものなのであると。


・医療では「脳死は死か?」などの問題もあるが、このように死というものを理解することによって、今後の人生を「込めて」生きることができ、希望をあたえることができる。「誰でもいつかは死ぬ」ということを認識することにより、より良く人生を生きることができる。

・また末期の方がつらいのは実は家族からの「がんばれ!」という励ましなのだと。だから最期に言う言葉は「もうがんばれない」という言葉も多いのだと。

だからお迎えが来ているときは「もうがんばらなくていい」ということを伝えるのだと。また寿命に関してもいわば人生ショートステイ、もしくはロングステイの人がいるというだけなのだと。

またある末期がんの方の例を挙げて、病院で事切れても、そのお母さんが気功師を呼んで何とか生き返らそうとしたのだと。気功師が馬乗りになって患者さんの上にでがんばっている姿は、見ていて虚しく、物質的価値観以外の何者でもなかったと。

・患者さんの目に見えない苦痛(スピリチュアルペイン)については、同じように診療しても、感謝のある人には良く効き、不平不満のある人にはなかなか効かないということもあるのだと。また「人は生きたように死んでいく」のだと。

・スピリチュアルペインを減らすために、その人によりそっていくことは非常に大事であると。人生を振り返り、そして内観をする時間を作ることも必要なのだと。そうして死に対する恐怖など、様々な恐怖を一つ一つ取り除いていくことが大事なのだと。

・またそのために江原さんの「8つの法則」があるのだが、それの元は「スピリチュアリズム七大綱領」であるのだと。それをわかりやすく咀嚼したものが8つの法則なのだと。

・現代は死について話すことはタブーになってしまっているので、患者さんはともそれを話題にすることができなくてつらいこともあるのだと。宗教などはその役目であったのだが、今は物質的な価値観もしくは現実逃避的になってしまっているところが多いので頼りにならないのだと。

・また私もこのような医療や代替療法などを脅かす活動をしているわけではなく、それぞれの方法で有機的に協力し合うことが大切なので、ご安心ください。

とのことでしたねー(^^)。では次回に続きます。

Posted by fy3on3 00:42:28Comments(4)TrackBack(0)

枚岡神社。

2007-07-19

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はいー台風なども乗り越えて、無事に大阪から帰ってまいりました(^^)。今回は京都・大阪・奈良へお参りしましたね。「三都物語」というと奈良ではなくて神戸だったと思いますが、奈良はやはり大分古い分、行くといつものんびりしますねぇ〜(^o^)。でも奈良ってニュースでは毎年ちょっと変わった事件があって、なるほどー昔からの権力争いなどもいろいろだったのだなァってそれ見ても思いますよね(^^)。



さて、今回は河内国一ノ宮の枚岡神社へ初めてお参りに行って参りました。実は最初は枚岡神社ってどこ?と私も思っていたのですが(^^;)、生駒山のふもとのほうにあるだいぶ歴史のある神社で、公式ページは内容ですがウィキにもありますとおり「元春日」、つまりあの奈良の春日大社はこの神社から勧請されたということで、だいぶ古〜い友達、ということだったようです(^^)またさらに京都大学のとなりにある吉田神社もこちらから、ということで、ふーむなかなかすごい神社なわけですよね。


さて、実際にさすらいの旅人、という雰囲気でさっそうと訪れようとしてみると、駅員さんが一人しかいないんじゃないの?というような近鉄枚岡駅を降りて徒歩0分のところに参道があって、非常にアクセスがよいわりには、いきなり緑が広がって先ほどまでの大阪市内の喧騒がうそのように感じましたね(^^)。

そしてどんどん階段がつづくのですが、途中にはミミズクさん観察スポットなどあり、自然がたくさんな感じでしたねー、手水の岩も良い感じで、また水が豊富で滝のようになっておりました。

そしてどんどん奥へ行って本殿ですね。敷地もこじんまりとした感じであまりどうってことはない、と思いがちですが、こう本殿に近づくにつれてわかる人しかわからないこのオーラの明るいエネルギーですよね、それが非常に濃いのがわかりましたねー。実際大阪からこんなにちかいのに、結構戸隠並か?というくらい良かったので、なぜか大阪市内の神社は確か江原さんも紹介していなかったけれども、ここは穴場だなぁ〜と、大阪では土佐稲荷以外まだなかなかお勧めできる神社が無かったのですが、いやーやっと見つかってきた、という感じですよね(^^)。

で、この日はオフ会、ということで、連れ立ってお参りしたのですが、そうしたらいろいろ神社の方とお話していくうちに、どんどん話が進んで、ご縁ある方は崇敬会にも入会させていただいたので、参集殿まで挙げていただいてお祭りの様子なども紹介していただいたりしました。その後ばったりあった宮司さんにもにこやかにいろいろ説明していただいて、いやー一ノ宮にしてはフレンドリーな感じで高感度UPしましたねぇ〜、あまり大きな声ではいえませんが生駒山自体はもともと修験道などの行場になるくらいのえらいパワーのある場所だったわけですが、いろいろ修行しすぎてしまった人たちのオーラも残っていて暗ーい感じの雰囲気も漂ったりしているのですよね(^^;)でもそんんななかこの神社のご神域、そして、今は梅園になっている、もと神護寺があった場所などはなかなか明るくて、大阪天満宮もよいですけれども、イヤーさすが一ノ宮、という感じでしたねー。本当にピカ一のオーラを持っている神社なので、大阪の方々はもっと大事にすればよいのにーって思いましたねぇ〜、いやいや今のうちにひっそりお参りしていれば、いつのまにか大阪で出世して天下取れるかもしれません(^o^)、まぁでもお一人お一人がそのような明るいオーラを出せる人格になればよい、というのもありますが、いきなりは難しいでしょうから、まずは良いオーラを出している人、場所に同調していくトレーニングというのも必要ですよね(^^)。

というわけで、写真もまた少し載せていければと思います。次回は江原さんの出たシンポのことについてと思います。

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京都です(^^)。

2007-07-16

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はいー京都におります(^^)、祇園祭の「宵宵山」の日でしたので人でいっぱいでしたねぇ〜。



『人に気づかれないようにするのが、本当のやさしさ、本当の親切』

と、さてこちらのテレビでは 『課外授業ようこそ先輩 「島田洋七・がばい人生」』の再放送をしておりますね。小学生たちに、自分のがばいおばあちゃんおじいちゃんに「いままでつらかったときに、それをどのように乗り越えてきたか?」を聞きにいってもらう、ということをしていましたねー。

いつどんなときでも落ち込まない、戦争でお父さんを失っても、その分たくましく生きてきた、昔の悲しかったことを思っていつまでもくよくよしない…など、やはり苦しい時代を乗り越えた方というのはその苦労なさって来ていらした分、オーラも明るいですよね(^^)。そのようなお年寄りの方とお子さんとの接触が少なくなってきてしまったというのは、まことに残念ですよねー。

つづきます。

Posted by fy3on3 00:36:45Comments(2)TrackBack(0)

名古屋です(^^)。

2007-07-15

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はいー台風が来ておりますが、何とか名古屋に到着しております(^^)。今回ぜひ節約して高速バスで来たかったのですが、「格安バスはいろいろと危ないんじゃない!?」、という心配性の親御さんのお告げもあり(^^;)今回は新幹線にしたのですね。

新幹線だと名古屋まで2時間ほどでつくので、10時ごろ東京をでても午後のご予約まではのんびりだなーと思っていましたが、でもやはり、せっかく乗るんですからねぇ〜ということで、またさらにうちも親父さんが鉄道学校を出ているくらいの鉄ちゃんの血筋なので(^^;)、やっぱり「N700系」に乗らんと!ということで、始発の新幹線を予約しました、新車両なのでまだ一日4本くらいしか走っていないようなのですよねー。

で、もうもう最近はお蔭様で受講生の皆様に早起きさせていただいているので、今日の朝も4時半くらいに起きられたのですが、雨ざんざんぶりで大変な感じでしたねー。でも何とか品川駅までたどり着きましたが、富士川の雨量しだいで運休、ということで、うーむ大丈夫か?と思いましたねー。

とりあえず順調に出発しましたが、富士川越えて静岡市に入ったくらいで、その始発の列車以降は運行見合わせになったようので、いやー、新し物好きで助かったーと思いましたね(^^;)。実際N700はシートピッチも広い感じで心地よかったですねー、徐行運転したおかげで長時間乗れたのもよかったですねぇ(^-^)。

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で、今ネットカフェで「いつみても波乱万丈」で安藤和津さんの人生を放映してますが、いろいろ大変でしたねぇ〜、でもその苦労を乗り越えたことで、よりオーラも輝いていらしているのもわかりますよねー。

…それにしても隣のブースの人の独り言がウルサイんでなんとか集中しようとがんばっているんですが、世の中いろいろーな人がいるのがわかり勉強になりますよね(^^;)。

というわけで、鑑定終わりましたら京都に向かいます(^^)。

Posted by fy3on3 10:13:14Comments(5)TrackBack(0)

堂本光一さんの「オーラの泉」。

2007-07-14

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はいー東京も大雨ですがいかがおすごしでしょうか(^^)?

・さて、スピリチュアルなことはあまり信じられないという光一さんですが、あまり人前に出たくない性格だと。美輪さんいわく皮肉屋さんであると。

・またスピリチュアルな体験では壁から手を見たり、沖縄ではお婆さんのきつい目を見たりと、霊的感度がよい人だと。

・また熱海のホテルで歯を磨いていたら鏡に人が映って、気のせいだと思ったら部屋の電気がいっぺんに消えたと。またカメラが動かなくなったりなど電気的な体験もしていると。

・そして配線マニア、段取マニア、効率がいいのが好きであると、美輪さんもだと(笑)。そういうのも自分が王様でいられる世界がすきだからなのだと。信頼しあえる家族で育ったと。

・また剛君との出会いも必然で、ジャニーさんがグループの縁をむすぶことに長けていると。またその縁は前世ではなくて先祖つながりで、戦国の世の中などから助け合ってきた関係だと。だから今も助け合うことが多いでしょう?と。お互い同士が複雑なのにもかかわらず、自然と通じ合うのだと、また剛君に対しては寛大でいられるのだと。

・またボーっとしている時間とかが多く、「離魂病」のようなところがあると、以前の吉岡美穂さんとおなじですね。オーラも紫などもあるのだけれども、頭頂から明るい強い光がスーッと伸びているので、いろいろなところにいけるのだと。そのパワーで自分自身が疲れやすくなってしまうくらいで、首などもつかれますでしょう?と。

・また前世でも古い時代の高貴な立場であったと、でもそこでいつでも自分はもっと人の為になど考えていた人だったと。それが向上力ではなくて自虐になってしまうこももあると。良い意味では謙虚であり、天狗にならないですんでいるのだと。また探究心も強い方だと。

・またロケなどで天候の変化も激しいのは「龍神系」だからと。守護霊さんも笛を吹いている牛若丸のような人がいて、音にも敏感であると。だからステージで音の中にいると自分自身になれると。

・またガイドさんからのメッセージは今は健康面だけだと、なぜならそれは2年前くらいにふっと気持ちが抜けたばかりだからと。またそのときの周りの意見も役に立ったのだと。美輪さんいわく自分の中にちゃんとした自信が出てきたから、疑心暗鬼でなくなったから、迷いもなくなり気持ちも落ち着いてよくなっていったのだということですねー。

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ということで、次回は埼玉県は蕨市出身の高見沢さんですね、他局番組つながりというか音楽関係の方が続きますねー。うちの近くの明治学院大学にも通っていらしたと言うことですが、こうしてみると結構芸能人の方が多い大学ですねぇ〜(^^)またたのしみです。

Posted by fy3on3 21:07:00Comments(2)TrackBack(0)

「いいこと」が次々起こる心の魔法―この“奇跡の力”が自分のものになる! (ウエイン・W. ダイアー 著・三笠書房)

2007-07-13

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はい、こないだ河口湖ステラシアターでイルカさんのチャリティコンサートを見てきました。司会に江原さん、またゲストに加山雄三さん、谷村新司さんもいらしてましたねー。息子さんの神部冬馬君の歌声もすばらしかったですね。

で、それにしても、こう出演者の方のオーラ見ていっているとですね、ホントすごかったんですねー。まずイルカさんはもう結構ヒット曲でてますよね、「みんな〜おなじ〜生きているから〜♪」という「まあるいいのち」と言うCMソングもイルカさんだったのかーと改めて認識しましたが、なぜ「イルカ」と名乗ったかというのも、こちらで始めて知りましたね(^-^)とくに自然とかエコ的だから、とか言う感じではなかったんですねぇ〜。でもIUCNの親善大使さんになるくらいで、やはりこういろいろな方に愛を伝えていますよね(^^)。

で、加山さんもホントこの方多彩な方で、どうしてこんなに天才的なのか?って家系的に見ていくと大スターのお父さんと母方はあの岩倉具視さんに繋がってさらに上行くと村上源氏さんということで、やはり名家の流れだったということに気がつきますね、なんだか見ていて非常にマイペースな方でしたが、オーラももうすごかったですねー(貴族オーラ?^-^)。

そして谷村さんも、若い頃から才能があって、太りやすかったと言うことで霊感体質だったということも?わかりますね(^-^)。JBさんを初来日させたという功績もすごいですが、今も引き続きアジア中心に活動なさっていらっしゃいますよね。

で、この以上お二人がそろうと「あの歌」ということで、今回24時間マラソンなどはなかったのですが、とにかく観客のみなさんもご一緒にー!と手を振りながら「サライ」を大合唱したわけでした(^-^)。

…とまぁいろいろお得なコンサートでしたねー、又江原さんとイルカさんはホント前世で親子かなにかだったんじゃないの?と言うくらいオーラも明るく似ていらして、イルカさんからいただいたと言う特大の「オーバーオール」もお似合いでしたねー(^-^;)。


つづきます。

Posted by fy3on3 23:59:18Comments(2)TrackBack(0)

8月映画オフ会告知です(^^)。

2007-07-11

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はいーまた大分時間あいてしまいましたが(^^;)、8月の映画オフ会の告知です。

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【映画「神の子たち」上映&監督講演会(パネルディスカッション)】

映画「神の子たち」HP

日時: 8月 4日(土) 12:00〜16:00(開場11:30)


場所:東京都江戸川区
   都営新宿線瑞江駅 北口より徒歩2

   東部フレンドホール、1階ホールにて
(江戸川区瑞江2−5−7,TEL 03-5666-1221)

東部フレンドホール
地図
【タイムスケジュール】

11:30会場
12:00開演 四ノ宮監督あいさつ
12:10映画上映
13:50上映終了 休憩

14:00講演開始(パネルディスカッション)
15:00講演終了
15:30葉 祥明さん 四ノ宮監督 サイン会
16:00終了

講演会後に素敵なプレゼント抽選会と、サイン会がございます。 

<ゲスト>

・四ノ宮 浩監督 
・絵本作家 葉 祥明さん
・ワタナベエンターテインメント所属 三好 真さん

四ノ宮 浩監督プロフィール
葉 祥明さん プロフィール
三好 真さん プロフィール

入場料 大人 前売り2,000円   当日2,500円
      大・高生1,500円 中・小生1,000円

※また当日夜には江戸川区内で開催の
第32回江戸川区花火大会
の花火(約14000発)を、みなさんでドーンと鑑賞致します(^-^)。

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というわけで、日本だけでも問題が盛りだくさんなわけですが(^^;)、外国の方々もスピリチュアル的に見て大きな家族の一員なわけですから、世界のさまざまな問題にも目を向けて意識を高めて、すこしでも現在の世の中全体が向上できるように、日々考える為のよすがになればと思います。

実際にオーラ見ていると、非常に困難な生活状況の中で暮らしているお子さんのオーラって実は輝いていたりするんですよねー。それで、今朝も神社にお参りする途中に、登校途中の小学生たちとすれ違ったのですが、もうオーラがどよよんーと疲れていて、あれ本当に子供?なのかな?と言う感じでしたね(^^;)。まぁ都会の子供たちはご両親も忙しくてお疲れでしょうからねぇ〜、お子様にもそれがでますよね。

ですから、それぞれの文化、環境でもそれぞれの生き方を学び、またお互い交流することによって、世界的なエネルギーのバランスをとっていくことが、また平和へ繋がっていくのかなーと思いますね(^^)。

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では4日に参加ご希望の方は、わたくし宛にメールを頂けましたら、ご案内申し上げます。前売り券などの関係で早くお申し込みいただければ助かります、ではどうぞ宜しくお願い申し上げます。

Posted by fy3on3 16:11:09Comments(2)TrackBack(0)

中村俊輔さん・東さんの「オーラの泉」。

2007-07-07

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はいースコットランドでも毎回DVDで「オーラの泉」見ていると言う中村さんですが、今回太一君のオーラもまっかっかになってますよ、ということですね。

・暗記勉強はきらいだったが、数学・算数が好きだと、じっくり計画していくのが好きだと。サッカーノートをいまでもつけつづけていると、分析することが得意と言うことですが、ネガティブになってしまうことも多いと。

・江原さんが見ると大スターなのに職人、勢いだけでなく緻密でいらしていると。まず遠巻きに見ていて、自分の色を出していくタイプという。スポーツマンでも情緒的に動く方は短命になりがちだが、計画性があることは息が長いという。

・中三のときに一種天狗になり、レギュラーからはずされたという挫折を味わった。そして高校ではクラブにはない雑用を経験し、自分で性格を治したと。コーチもよくわかっていて、本人も結構ガンコだったから、何も言わなかったのだろうと。

・ワールドカップで落選したときは、その前にもう次の計画を立てていたと。さらにステップアップするための計画をイメージできていたと。江原さんいわくそれは「神の視点」を持っているから、全て必然の大切な意味を理解する、客観的に物事を見れることが人生を輝かせる秘訣であると。

・ノートにも低めの目標ではなく、高めの目標を書いて自分に負けたくないと思うのだと。また美輪さんがみると順調にいってもなにかハプニングがいつも起こるのだと、でもそれを感情的に受け止めるのではなく、理性的になれるのであると。

・又江原さんが霊視すると、水の付近に行くのがおすきでしょう?とそこで静かに内観するんですよね?と。いろいろ考えが煮詰まってくると。またそのようなときは美輪さんいわく、いろいろ面倒な、べたべたしたことがあるのが嫌いなのだと。自分と一緒にいるのがすきだと。本人もパーティがたくさんあるの嫌いだと。

・スコットランドリーグで活躍したが、そこでは日本人に近くてクールで、リスペクトする、紳士的なところもあると。いろいろヤジを言われたがそれを流すことも知っていると。

・また練習日の午後からは家族との時間があるので
子供と公園行ったりしてすごしていると。お子さんにも自分の選ぶ道を自分で選択させようと思うと。

・また試合中などの不思議体験として、欲がなかったり、「無のゾーン」のようなところに入ったときには、自分でもした事のないプレーをしたりして自分でもびっくりすると。そのときは周りの声が聞こえなくなるのだと。またスローに見えるときもあると。

・また江原さんが見るには後ろにヤタガラスさんがたくさんいると。その霊力を借りているということもあると。またとにかく瞑想好き、大地自然界のエネルギーをもらっているのだと、プレー中もいつも追い風が吹くのだと。また仙人のような人も見えると、だから自然界のエネルギーを得るのだと、そういうところからインスピレーションを得るのだと、また行者さんもみえると。だから忍者がプレーしているように見えると。

・また美輪さんいわくスタミナが強いのだと、でもそれは肉食のスタミナと言うわけではないと、努力もあるがいつも霊的世界と繋がっているのだと。また霊視するには刀鍛治さんがいると。そういうところで道具にこだわるのではと。そのようなことも職人技としてあらわれ、日本人の古風な面も多いと、また日本人の前世も多いこともあるのだと、前世ではお公家のときもあったと。

・また後ろの方が言うには時々分析しすぎてネガティブになるので、そうなる必要はないと。あまり深く反省しすぎないでも大丈夫と。

・又江原さんが家買おうとしてますか?と。「だめですか?」と。贅沢してはいけないのではなどといろいろ罪悪感なども思ったりしていたのではと。

・美輪さんいわく、神様の援護を受けるのは資格が要ると。愛されるに足るまっすぐで曲がったことが嫌いで素直でいらっしゃる、そういう人が神様が力が貸したがる人だと。

・それがいろいろな愚痴を言う人は、「おまえさんががそうだから誰も助けたくないんだよ」と。自分で自分のウンを悪くしているだけなのですよと。

…ということでしたねー(^^)。

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次は東さんですね。

・縁を感じる場所は屋久島。屋久杉を見てから地べたで寝てしまったと、普段そういうことなないのにと。それはヒーリングされたというよりは屋久杉と同化したということだったと。

・江原さん曰く、後ろに見える方がそのような神格が高い方ばかりで、歩くパワースポットのような方だと、だから回りにいる人はみんな成長すると。

・また禁欲的な生活もつづけていらして、お風呂などでもリラックスすると、なかなか人を自分の中に入れないと。美輪さんのお経、江原さんの祈り、瞑想、内観、またお風呂で毛穴を広げてエクトプラズムを出すと言うことも重要ですよと、これがないと人生迷子になりますよと。

・またお部屋もとても綺麗で合理的だと。逆に太一君はちゃんとふとんで寝てないのもよくあるので、それも効率が悪いからちゃんと寝るようにと。

・また太一君は居候しているときに掃除当番を三回サボったのを許してくれたと。他にもいろいろな後輩をそだててきたと。オーラは心の現われ、雑然とした部屋などはそれも心の表れ、アーチストなどは美をあつかうので、よりそれが大切と。またオーラは赤が強くてそれでいて青も強いと、それで金も中心にあると。

・またグループメンバーというのも縁があって、ソウルメイトであると。広い意味でソウルメイトは自分にとって不都合な人もソウルメイトであると。絆を教えてくれる人もそうだと。

それは過程でも仕事場でもそうだと、都合のよい人だけそうだと思い込んでしまう人がいるのだと。また自分自身のソウルメイトもあっていない人もたくさんいると、だからみんながそうだと思いなさいと、電車で足踏んだ人もそうだとおもうと悔しくないと。

・また少年隊は前世でも兄弟だったと、お侍さんの前世もあって、行く末を案じていると。

・また芸能人としては世俗的ではなくて、別世界な人であると。守護霊さんも陰陽師、神官、龍神系の自然霊さん、また前世は修道士もあると。

・俗世が全くにあわない人だが、今は世俗のことにかかわらなくてはいけない狭間に来ていると。高山植物が川辺に来ると枯れるように、その人の特質があると。だから、俗世的になったときにどうして行くのかと、それはいつも高みに心をいつも置いておけばよいと。

そしてそのうちに人を育て人を介していけば、自分が管理していけばよいと。

・また華やかで美しくて信じられないような世界を世の中に提供していく使命があると。東さんも心の豊かさにかかわることがしたいと。また日本全体が大変になっていて、大人が立派ではなくなってきたと。

世の中せめぎあっている、善の道にいく人もいれば、悪の道へいく人もいる、美輪さんもいうが、悪の道のほうが現世では強いことが多いのだと。

・またこれからの芸能世界を作り上げる人だと。それには自分の本質にしたがって生きるのがよく、自分の分身も作ることが必要だと。

・また太一君もお手伝いできるような自分を作ると言うことも大切ということでしたねー。

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というわけで、今日のゲストの方々は別世界の人たちばかりのような感じで、オーラも明るく良かったですね。お役目のある方というのはそれなりの苦労もあるということもよくわかったような気がします(^^)。

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愛と癒しのコミュニオン(鈴木秀子著・文春新書)その2。

2007-07-07

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はいー写真は先日の月参りオフ会でお参りした赤坂日枝神社で飼われていた鶏さんですねーオーラも明るいですね(^^)。

さて、先日の美輪さんご出演の番組も録画してあるので早く見たい!と思っておるあいだにもう今日はオーラの泉SPがあり、そしてそのあとにあの懐かしい「シックス・センス」も放映されますねー。

七夕の日でもあり、仙台七夕まつりや、関東ですと平塚の七夕さんがありますね、それらももともと戦災復興の町おこしの意味合いも強かった、ということですねー。

七夕は中国発祥の行事ですが、短冊をつるすのは日本だけ、ということのようですねー、おみくじを結ぶのも日本だけ?なのかもしれませんが、なにかに結ぶことで神様にその思いを伝えたい!もしくは外においておくと伝わるんじゃないかな?と思うのは、やはり見えない大きな存在を感じていた感性が昔の人はあったということですものねー、大切にしていきたい行事かと思います(^^)。



さて、私も短冊に小学生の頃「パイロットになりたいです!」と書いたあの日からもう幾年月…、その願いに反してというか、イチローさんのように願いを継続して思い続けなかったからという原因が大きいと思うのですが、いつの間にか霊感占い師のようなものになっておるわけですね(^^;)。

あの「神との対話」を書いたウォルシュさんも、最初は神様に手紙を書いた、というところから始まるわけですから、この度もまたいろいろな願いや思いを星に届けとばかり書いていくのも良いですよね(^^)。

そしてまぁその願いがかなわなくても、大手の航空会社のオーラはやはりちょっと大変、というのがわかるようになったりするような、なんらかの計らいがあるのですから、大きな物事の流れに沿って生きるというのは大切かなーって思いますよね(^-^)。



さてこの本ですが、新書なので薄い本なんですけれども、なかなか重要なことがてんこ盛りなので、再び取り上げてみました、【オンライン講座】のテキストにしたいくらいですねぇ〜。実はまだ今読んでいる(借りている)本がたくさんあるんですけれども、そちらを差し置いて、引き続き取り上げます(^-^)。

とはいえこの本は他の本からの引用も多いので、そちらもまた取り上げられればと思います。たとえば、昔ベストセラーになった「モリー先生との火曜日」などからもですよね。私も無学なもので実は読んだことないのですが(^^;)、

難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)に犯されたモリー先生のところに、大学の教え子でスポーツコラムニストとして活躍しているミッチが火曜日ごとに会いに来る。死を間じかに控えたモリー先生は、ミッチに人生の人生の意味について語りつづける。

モリー先生は朝、目を覚ますのは辛く悲しいと言う。昨日まで動いた指が、今朝は動かなくなっている。ゆっくりと、知らないうちに死が近づいてくるのが悲しい。

そういってモリー先生は、明るい微笑をうかべて、はっきりと確信に満ちた言葉を語り続ける。

「だけど、そこで悲しむのはやめるんだ」

必要以上に自分を哀れむことを許さないそのコツを、モリー先生はこう教えてくれる。

「経験から自分を切り離すコツはね」とモリー先生は言う。

「そう。自分を切り離す。これが大事なんだよ。私みたいに死にかけている人間だけでなく、君みたいに健康そのものの人にとっても。切り離すことを学べ、だ」

これまでモリー先生は、いつも口癖のように、
「人生を経験せよ、よい感情も悪い感情もすべて」と言っていた。

良い感情も悪い感情もない、自分に起こってくることをじっくり味わうことが大切だ。味わい尽くせば感情は自分の中で収まり、良いエネルギーになっていく、と話していた。…


…というわけで、全てのものには意味がある、ということですねー、人間は善悪の判断をつけて感情的に処理してしまいがちですが、心静かに今起きていることからメッセージを受け取るようにすれば、また常にそれが自分を向上させるための良い磨き砂であるということにも気づいてくるということですねー(^^)。

Posted by fy3on3 04:04:26Comments(0)TrackBack(0)

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