泣いて笑って三くだり半―女と男の縁切り作法 (高木 侃 著・教育出版)
2007-11-30
はいー、元気さんと双雲さんのライブトークも今日まででしたが、よかったですねぇ(^^)。
(司会)山本シュウさん:(派手な入場パフォーマンスなど)ルール破りなことをしたらね、自分のやっていること、ものすごく批判されたりするでしょ?ありました?
須藤元気さん:はい、もちろんありましたけれども、人間の価値観というのは人それぞれ違うわけじゃないですか。でもその価値観に僕があわせようとすると、これって自分の軸がなくなるんですね。
なぜなら全員、100人いたら100人考え方が違うんですから、頭でこの人の考え方にあわせようって考えると、軸がぶれて自分を見失うようになって、どうなってるんだろうというふうになってしまう。だから頭で考えずおなかで聴くようにするっていうのは、僕は意識しています。
又他者というのは好きな事言うんです。好きな人は好きって言ってくれるんです。嫌いな人は嫌いと、その二つの価値観だけなんです。
そういう意味で好きって言われても驕らないんです、ふつうに「ありがとうございます。」って。嫌いだ、といわれても、「あぁ、この人の価値観でこの人は嫌いなんだな。」ということで、それで淡白に終わってしまうんですよね。そうすると人に何を言われても傷つかないんです。すべての自分の意識の投影物がこの世界だと思っているんです。
結局すべての出来事は、自分が作り上げている、という風に意識しているので、いい事悪い事すべて自分が引き起こしているっと分かっているので、傷つくことはないんです。
…現象は変えられないんです、でも捉え方を変えると、世界が変わるんです。その「捉え方を変える」っていうことが、本当の「自由」だと思うんです。
…という感じで、悟っていらしてますね〜(^^)。お二人とも弘法大師さんをお好きでいらして、なるほど書道もそうですよねー、「仏になったつもりで、俗世間にまみれて毎日生きなさい」と空海は言っていたんですよ、と双雲さんもおっしゃってましたが、なるほどですよねー(^^)p。
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さて、この本はカウンセリングをやっておりますと切っても切れない縁がある「離婚」問題を扱っている本ですね(^^;)。毎週一回はそのようなご相談があるという感じですから、ふむーなかなか男女関係は難しいようです。ちなみにこんな記事もあって、やはり「恋愛は感性の学び、結婚は忍耐の学び」なのだなーとつくづく思いますねぇ。
さて、いまよりは結構我慢強かった人が多いであろう江戸時代でもなかなか忍耐我慢ならぬダンナがいたおうちもたしかにあったようで、その奥方のためにきちんと「縁切寺」なるものがあったわけですね、本書でも紹介しております。
で、わたくしも鎌倉の東慶寺は知っていたのですが、もうひとつ群馬に「満徳寺」というのがある、というのは初めて知ったのですね。今は資料館になっているそうです。実は著者の高木さんが館長ですね。インタビューを読むと、妻が夫への引導の代わりに三くだり半をあらかじめしたためておくこともあったとかで、今とあまり変わりませんよね(^^;)。
で、いろいろな戦も多かった北鎌倉にある東慶寺でもそうなのですが、オーラ見るとほんとこうあったかな良いオーラをしているわけなのですね。仏さまのエネルギーがいっぱいな感じなので、誰かと縁を切りたい方はぜひと思うのですが(^^;)、そうじゃなくて心機一転したり、心穏やかになりたい方もお参りすると良い感じですよねー。
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また離婚率についても載っていますが、実は現代の約2パーセントよりも明治16年の3.39パーセントのほうが高かった、というのがあげられていますね。それが低くなったのは明治31年に「明治民法」ができて、妻のほうからは離婚請求しても夫が応じなかったら離婚できなくなったから、だそうです。
また江戸時代は「初婚で終わることはまれで、女子で、30歳前に夫に離死別した場合、8割以上が再婚し、6婚、7婚の事例も少なくない「多婚」であった」とのことなのですね。ですから結構過去にとらわれず臨機応変な感じだったようです。
いろいろご家族のことで悩んでいらっしゃる方を見ると、実は忍耐力の欠如ではなく自立心の欠如だったりする場合が多いような気がしますので、愛の電池不足で体を悪くしたりする前に、よく考えて相談して前に進んでいかれるとまた良いかと存じます(^^)。
Posted by fy3on3 23:21:09│Comments(0) │TrackBack(0)
定例オフ会の告知です(^^)。
2007-11-28
はい、写真は赤坂氷川神社近くにある勝海舟さんのお家跡ですね。
さて、のいよいよ寒くなって参りましたが、みなさまご体調いかがでしょうか?というわけで今年もあと一ヶ月、11月は風邪でお休みさせていただきましたが、12月はきちんとオフ会させていただけましたらと思います(^^)。
それで、今回は映画だけでなく健康のためにハイキングも!ということで、こちらの埼玉高速鉄道沿線ハイキングに午前中から参加して、それから映画という形になると思います、ご都合のよろしい方はご参加いただけましたら幸いです(^^)。
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又【SODRスピリチュアルウェブ講座】も今期は予定がずれ込んで延長しておるのですが(^^;)、テストと12月にスカイプでの面接を行い第三期は修了ということになるかと思います。来年もご要望あればと思うのですが、スピリチュアルなことはのんびり学ぶのが一番ですよね(^^)。実際に対面で講座も少しできればと思っておりますので、ご意見などお待ちしております。
Posted by fy3on3 13:43:14│Comments(4) │TrackBack(0)
大江戸見聞録 (江戸文化歴史検定公式テキスト (初級編) 小学館)
2007-11-25
はいー、最近本で「からだが弾む日本語」というのを読んだら、中に「良寛戒語」なるものがあることを知り、偉く感動しましたねー。
その中で、
悟り臭き話
学者臭き話
茶人臭き話
風雅臭き話
などもありましたが、私もよく言っているので、注意ですよね(^^;)。その他この方のページには聞き上手の条件ものっていて参考になりますねー(^^)。
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それで、東京ではあのミシュランが話題でベストセラーにもなっておりますが、いえいえ、百年以上も前にもちゃんと大江戸レストランガイドがあったんですよ、ということがこの本に書いてあって知ったわけです(^^)。
江戸買物獨案内
ありがたいことに、こちらの「住田文庫」さんで実物写真を見ることができますね(^^)。
そうするとあの東京風月堂さんや、おそばの麻布更科さんも載っていたりして、ふむー歴史を感じさせますね。ちなみにそば屋さんの薀蓄はこちらの方のページのようになっております(^^)。
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というわけで、この本は江戸文化歴史検定のテキストですね、初級編なので、上級編の半分くらいの厚さになっております。
問題例もサイトに載っておりますが、3級ですと簡単といえばそうですし、うっかりしていると間違えそうでもありますね。しかし、勉強するにも歴史の教科書のように味気なくではなく、この本は江戸時代の人に案内してもらう形で書いてあるので自然と知識が身につきやすいですねー。
この本にも書いてあることでは、たとえば歌舞伎を江戸に持ってきたというのは山城の国(京都)出身の猿若勘三郎さんという方、つまり初代中村勘三郎というわけですね、ですから、今の勘三郎さんはものすごい伝統を背負った方であるというもよくわかるわけですm(__)m。
その他「江戸紫」「市松模様」「浅草海苔」は実は品川産だったりと、江戸のうんちくだらけの本で、あまりその類の知識を鼻にかけても鼻につく人間になりそうなので適当にと思うのですが(^^;)、「いき」で「いなせ」な江戸っ子魂というのは、今でも東京に息づいている感じがしますね。ちなみに「いなせ」の語源は…、
出世魚である『鯔(ぼら)』の未成魚のイナの背をを意味し、日本橋魚河岸で働く若い衆の髷がこれに似ていることから、威勢の良さを表す言葉に転じていった
とのことです(^^)。また江戸長屋の大家といえば親も同然と言われたように、近所づきあいがあって当たり前だったのが今はすっかりなのも淋しいのですが、『秋深き 隣は何をする人ぞ』 と思う人の心はあまり変わらないようなので、遠くの国の貧困もとても気になるのですが、近くの他生の縁がある方にも気を配っていければと思います(^^)。
Posted by fy3on3 00:18:47│Comments(0) │TrackBack(0)
生きがいの創造 2 (飯田史彦 著 ・PHP研究所) )
2007-11-23
はいー今日「掛川宿」まで参りました。ここは塩の道としても機能した秋葉街道がとおっておるのですが、秋葉街道自体はちょうどあの中央構造線に沿っているということで、分杭峠も通過しますから、自然となかなかパワーがある道の上になっているようですね(^^)。
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さて、そうですねー須藤さんちょうどYahooでのライブトークがあった日に風の谷のあの人とご結婚ということで、見ててびっくりしましたが、おめでたいですねー(^^)。ライブトークもとてもためになって面白かったです、期間限定で録画を見れるそうですのでぜひと思います。武田双雲さんもさすがなかなかオーラですよねー(^^)。
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さて、この本ですが、ふむー面白いですねぇ〜、飯田さん自身が経験なさった、江原さんも体験したような興味深いスピリチュアル体験の実例が載っていますね(^^)。文庫本もありますので、ぜひお読みになっていない方にはオススメいしたい本ですねー。スピリチュアルなことに懐疑的な方にも大学教授が書いているので、信憑性もありますよね(^-^)。
許せない心
ある時、私の心に、「いかん、自殺してしまった!」と泣き叫ぶかのような「魂の声」が聞こえてきました。
そして、いつものように、「妻の所へ行って、自分からの謝罪のメッセージを、どうか伝えてほしい」と頼まれたのです。そのとき、娘と二人でお風呂に入り、バスタブでリラックスしていた私は、「ん?」と眉間にしわを寄せ、魂の訴えに、心を傾けました。
その魂は、大変急いでいました。「そんなに急がれても、僕にも仕事があるんですよ…週末まで待てませんか?だって、そちらの世界には、時間の感覚がないんでしょう?」と嫌がる私に、「どうしても急いで欲しい…こっちには時間感覚がなくても、妻のほうにはあるんですから」とうるさく無理強いするのです。
という感じで、お亡くなりになった方がはるばる飯田さんを見つけて問いかけて来て、遺族の方に伝言を伝えてほしいと頼みにくるということですね。お亡くなりになった方もこの人なら分かってくれるのでは?ということがその人のオーラの明るさで分かるようなのです、又考えていることも筒抜けであるようですね。そして、
…なお、「わざわざ遠くまで出かけてみたら、先方が不在だった」という経験は、一度もありません。なぜなら、依頼者である「魂」が、「このときに行けば会える」と教えてくれる日時に、あわせて出かけるからです。
どうしても私のスケジュールとあわない場合でも、予定外に自宅にいるように、仕向けてくれることがありました。
というように、魂のみになると、ある程度先のことなども、わかるようになったり、すこし不思議なこともできるようですね。まるで映画「ゴースト ニューヨークの幻」のようなわけですが、公開されてもう17年もたちますから、これまた平成生まれの人に説明するのは正直しんどいので(^^;)、誰か早い所リメイクして欲しいと思いますよねー。
…、という感じで、あまり核心部分をお話してしまうと読んだときの感動がないので、自粛させていただきますが、人間身体を抜けてもちゃんと「魂」としていきづつけますし、あの時はこうだった、こんなことがあった、家族や恋人と楽しい時間をこうやって過ごした…などの思いではしっかり覚えているようですね。
私は具体的にはあまりお亡くなりになった方のメッセージが聞こえてくることはないのですが、雰囲気は良く感じますね、もっと声が聞こえてくればいいのに、と仕事上思うこともありますが、それはそれでまだ徳が足りなかったり、タイミングというものもあると思いますので、無理に聴こうと訓練しすぎるのもなんですから、自然に任せていますね。でも必要なことなどはなんとなく伝わってくるようですねー(^^)。
というわけで、この本は飯田さんヴァージョンの「天国からの手紙」なので、また来月江原さんの「天国からの手紙」よりも前に、現在人生中だるみ状態に陥っている方は、お読みになると元気が出てくるものと思います(^^)。
Posted by fy3on3 20:56:28│Comments(3) │TrackBack(0)
美しくて面白い日本語(ピーター・フランクル著・宝島社)
2007-11-22
はい、今日は「藤枝宿」までやってまいりました(^^)、藤枝東高はサッカーが強いだけでなく、いろいろなさまざまな才能のある方も出ているんですねー。
で、ゲームもノルマを日々達成すると自動的にあがるモードにしているので、最近は1万3千歩以上歩いて、毎日一時間以上あちらこちら、高輪白金近辺のネコの通り道みたいな道も見つけながら散歩しております(^-^)。写真はイルミネーションも綺麗な東京タワー下ですね。
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さてひきつづきフランクルさんの本ですが、普段気づかない日本語のよさを再認識できましたね。その中でも大和言葉の美しさということもおっしゃっています、たとえば「恭(うやうや)しい」などですね。
でも「KO・NO・YO」で美輪さんもおっしゃっているように、カタカナ、ひらがなにしても感じを崩したものなので、四字熟語含め、中国から学んだものというのも大きいということも覚えておく必要もありますよねー(^-^)。
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で、日本語の不思議さ奥深さも良いのですが、今回もピーターさんの考え方でなかなか共感できる所を引用させていただければと思います。ではのっけからなんだか不潔っぽい感じですが…(^^;)
「目糞鼻糞を笑う」
…ただしこの諺も、「一円を笑うものは一円に泣く」と同様、世の中を治める為の言葉のように僕には感じられる。
貧乏な人が一番ねたんでいるのは、実は大富豪ではない。自分よりも、ちょっとだけお金があるような人。つまりそれは隣人だ。「隣の芝生は青い」と言う諺もある。
例えば自分と同期で会社に入社したのに、だれそれのほうが早く出世したとかしないとか。そういう身近な所に、実はねたんだり恨んでいる対象があったりする。
人生をうまくあらわしている諺だが、このような嫉妬の目を本当の大富豪からそらさせる為の言葉のように感じられるのだ。
大富豪たちにしてみれば、高嶺の花である桁外れの金持ちを見上げて嫉妬するよりも、同じ程度の隣人同士でがんばりなさい、ということだろう。
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僕の好きな数少ない英語圏の諺にこんなのがある。
「Comparison is no reason = 比較は理由になりません」と言う意味だ。
本来、比較とはあまり良いものではない。我々にとって、他人と自分とを比較しても、いいことは一つもない。
自分のほうが偉いと思い込んだり、逆に相手のことを偉いと思って劣等感を抱いたり、どちらもいいことなんてないのだ。
もし比較をするのであれば、昨日の自分と今日の自分とを比較すればいい。
今日の自分は昨日よりなにか新しいことを学んだろうか、昨日より心が広くなっただろうかと、自分自身の昨日と今日とを比較するのはいいだろう。
そうやって、みなが自分なりに成長していくのはいいことだ。
と言う感じで、ふむーなかなかスピリチュアル的な魂を磨くことに通じるご意見だと思うのですがいかがでしょうか(^-^)まぁお金持ちの方々はそれはそれで楽な生活かもしれませんが、その分気苦労も多いしお役目も多い、というのがこの世の習いですね、
人生長くても100年前後なので、実はお金持ちでいられる期間も限りがありますから、それをねたむ前に今生での自分の役割をしっかりやって、又来世などに備える、と言う風に考えていくとよいとは思います。
が、今生だって麒麟の田村さんのように何が幸いするかわからないので、日々希望を持ってですよね(^^)。せっかくですからホームレスの方々になにか支援をしたりするのもよいですよねー。
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又この本には日本語に関係ないところでですが、ハンガリーの浮気事情についても書いてありますね(^^;)。
「知らぬが仏」
ハンガリーの浮気事情を説明すると、男性の浮気相手は若い女性ではなく、相手の女性も不倫と言う場合が多い。
僕の友人に、結婚して二十年以上経つ夫婦がいる。二人はいまだにとても仲が良いけれども、旦那は奥さん以外にいつも三、四人の彼女がいる。
彼は日本に一ヶ月間遊びに来ると、ちゃんと日本人の彼女を作って楽しく過ごす。奥さんも薄々は知っているけれども、「まぁ一ヶ月ならいいだろう」と許している。
ある時、彼に「君は外で女性と遊んで、家に戻って奥さんや子供に対して恥ずかしいとか申し分けないとか思わないのか?」と質問してみた。
すると彼は「いや。これは逆にいいことなのだ」という。
「外で女性と遊ぶと、とても元気が出る。その元気のお陰で、毎日いい笑顔で笑えるし、女房や子供たちに対してもやさしい態度で接することができるんだ」などというのだ。
「じゃあ君の奥さんはどうなの?奥さんと他の男との関係は気にならないのかい?」と聞くと、
「まぁ、きっと彼女にも何かあるのだろうけれども、それについては知りたくないね。」と答えた。
彼はまさに、自分の事も奥さんのことも、浮気については「知らぬが仏」と答えたのだった。
…というわけで、まあ世の中いろいろな方がいるということですね(^^;)。又こんなこともおっしゃっています。
「やきもちを焼く」
これは諺ではないけれど、僕が面白いと思う表現の一つだ。
ドイツ語に…「やきもちとは、痛みの元を一生懸命探す趣味だ」という表現がある。
つまり、痛みなんか探さなくてもいい、探さなければ痛みなんかはない、という意味。
自分で進んで苦労を探して、勝手に痛みを感じるなんていう行為は、いわば自業自得の自虐趣味というわけだ。
実際、相手が何も悪いことをしていないのに、やきもちを焼いてしまうということが多い。やきもちを焼く人は、いろいろなことをきっかけに勝手にやきもちを焼いてしまうものなのだ。
もちろん、夫が帰宅したときにシャツに口紅がついていたり、ポケットから怪しげなホテルの領収書が出てきたら、奥さんがやきもちを焼くのも当然だろう。
でも、だからと言って、いつもいつも「もしかすると?」と疑いを持ち、夫の服のポケットを探ったり、届いた手紙を読んだりするのは、よくない。
それは自分に苦しみを与えているのと同じことなのだ。つまり、やきもちを焼く人というのは、けっかとしては一生懸命に自分自身を苦しめているということになるのだ。
それを考えると、人はもっと大らかに暮らすべきだと思う。
…というわけで、ふむーなかなか的を得てますよねー、気苦労が多くてオーラが暗くなっている人もとてもよく見かけますし、江原さんのお母様も「しなくても良い苦労はするもんじゃない」なんておっしゃってましたよね(^^;)。
ですからあまり考えすぎて被害者意識をもちすぎたり、「自分ばかり大変だ」と思いすぎて愛の電池不足で誤作動を起こさないように、つねに余裕を持って考えるということが必要なのだなァと思いましたねぇ…。それにしてもホント宣教師さんのようにスラスラと人生訓というか、生き方のヒントが出てくる方ですよね(^-^)。
この後の文章ではセッ○スに関しての興味深いお話もでてくるのですが、ここでは残念ながら自粛して割愛させていただきますので(^^;)続きはぜひ本書をお読みいただけましたらと思います。
Posted by fy3on3 00:53:07│Comments(4) │TrackBack(0)
『僕が日本を選んだ理由 世界青春放浪記2』 (ピーター・フランクル著・集英社文庫)
2007-11-20
はいー、今日もてくてくと品川駅周辺までお散歩してきたのですが、こちらのページ見てもわかるように東口はここ数年で大変貌を遂げましたよね。また近くでは日テレも入った汐留ですが、こちらのようにもうニョキニョキしておりますが、ビルの中にも京都の茶寮・都路里さんが入ったりしていて、雰囲気良かったですね(^^)。逆に某広告代理店ビルはオーラなかなか…な感じでしたが、富士山登ってゴミ拾いすることは良いことだとは思うのですけれども本業でも…と思いますよね(^-^;)。
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で、写真は左上から港区平和の灯、日テレ前の「たとえ胸の傷が痛んでも、生きる喜びを感じながら生きている」けっこうリアルに前向きなキャラクターさんたち、
そして芝東照宮とその御神木、又左下からはこの前菊まつりを見に行った亀戸天満宮、隣の小さいのはその近くにある「香取神社」にあった「亀戸大根」の碑、昔は名物だったそうです。
そして飯田史彦さんの講演の際に見た文京区にある「春日局」(生誕地は丹波)の銅像と、江原さんの講座を開催している草月会館わきにある高橋是清さんの銅像ですね、ダルマ蔵相(o^^o)として人気があり、やはり少し前に暗殺されてしまったこれまたすごいオーラの原敬さんとも仲良しだったわけですが、とにかく2・26事件では残念でしたよね…、でも今見ると銅像もとっても明るいオーラを放っていらっしゃいましたねー(^^)。
で、私事ですが「二・二六事件」と言えば、事件を起こした側ですが同姓のご縁で「野中大尉」をいつも思い出すのですが、正確には「野中四郎」さんとおっしゃいますね。
それで実は弟さんが「五郎」さんで、事件後はこちらのページにもありますが、特攻隊の司令官として戦死なさったということらしいのですね。それもまた人間ロケット爆弾「桜花」(いわゆる「BAKA BOMB」)を運ぶ役目を負っていて、特攻にも批判的だったにもかかわらずだったということなので、当時の戦争の悲惨さというか、軍人というのがいかに不条理な生き方であるかが思いやられますよね…。それにしても方法としては今でもイラクで行なわれている「自爆テロ」と同じなわけですから、今も昔も土地は違えど変わらないわけですよね…。
またこちらにもお写真があり、「愛児への手紙」もあるのですが読んでいると泣けてきますねぇ…、もうすぐ12月8日ですし、また戦争の悲劇を繰りかえさないようにしなくてはいけないと思いますよねー。
「人間爆弾」桜花からの生還〜「出撃した日は、桜が満開でした」
またこちらでは226事件などもいろいろな仕組みがあった、と言うことが書いてありますね。またその関連でもうよく皆さんご存知の「儲かる戦争のお話」や「お金の作られ方」についてのビデオもこちらにございます(^-^;)。
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というわけで、目先のことで感情に走ってしまうことはどうやってもいろいろなものに操られやすくなってしまうので、避けたいものですよね。さまざまな方のオーラ見ていますと特に会社で働くサラリーマンの方々はくすみが目だっていて、日々大変なのだろうなァと思います、OLの方もですね。
ですから江原さんの言うように車の両輪で、何を目的として生まれてきたのかと言うことを日々自分に問いかけながら生きて、自分を見失わないようにすることが、改めて大切だと身にしみて思います。
ローンにおわれて四苦八苦して今生は終わりでも、それはそれでその人の選択なのでよいかもしれませんが、どうしてもそのストレスの分さまざまな所にひずみが出てしまうようですよね…。大きな流れに流されないようにさまざま知識を蓄えていくことも肝要かと思います(^^)。
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さて、こちらの本ですが、ピーターさんの著作はこちら見ても結構出ているんですよね。以前の平成教育委員会でも活躍なさっていらっしゃいましたが、数学が苦手な私にはあこがれの存在となっておりますねーさらに大道芸もできるということで、やはり天才は違うなぁと思います(^^)。
でも、この本を読むと数学の問題は全然出てこないのですこしほっとするのですが(^^;)、今までの人生で日本で有名になる前のご苦労話などがことこまかく書いてありますね、ハンガリーからフランスに亡命したので、国籍のことやユダヤ人であること、また日本のみならずさまざまな国の方との交遊録などもホントためになりました(^^)。
そのような中で、どんどん有名になってからも謙虚でいられる秘訣としてこのようなことが書いてありましたね。
今も大道芸を続ける理由
ある程度有名になると大きな落とし穴がある。自分は偉い人だと思い込んでしまうことだ。
僕もこの十五年間で、日本ではかなり有名になった。…サインをするととてもありがたいことのように丁寧な挨拶をされて恐縮する。本を買ってくれて僕のほうがありがとう、と言う立場なのに。
いろいろな状況が重なって人に知られるようになっただけなのに、このように遇されることが続くと「やっぱりおれは天才だ、やっと世の中はそれを認めてくれるようになった」と鼻が高くなってしまいそうだ。
舞台の上に立って、下に座っている人に向かって講演することも多い。けれどもそんな時、舞台上にいるからといって僕が聴衆より偉いわけでは決してない。
むしろこちらは講演料をもらっているのだから、料金を払って聴きに着てくれた人たちの下僕だと思っている。
日本人はとても礼儀正しいので、講演の話がつまらないからといって、欧米のように生卵やトマトを投げたり、ブーイングするわけでもない。せいぜい静かに寝てしまう程度だから、余計に勘違いをしやすい。
自分の話が興味深いことなのかどうか、理解してもらったのかどうか。偉くなって傲慢になると、相手の反応など気にせず、自己満足な講演になってしまいがちなのだ。
しかし大道芸なら、おもしろくなければ観客はすぐ踵(きびす)を返していってしまう。「お客様は神様」と言う気持ちで芸をしないと、誰もいなくなってしまうのだ。だから大道芸人としての僕は少し自分を冷静に見ることができる。
結局この十五年間で僕はすごく賢くなったのか?顔が良くなって色男になれたのか?
とんでもない。単にふけただけである。だから大道芸をすることは僕が原点に戻る大事な行為なのだ。
日本で有名になれたのは周りの人たちのお陰だ。見物する人が拍手喝さいしてくれたから、テレビや雑誌に紹介されて講演会に呼ばれたり、本も売れるようになり、今日の僕がいる。
テレビ出演などで間近に見た、多くの芸能人や大学の教授、政治家などには、自分が社会の特権階級の人間だと思い込んだピノキオのような人が多い。
だから思いあがることのない普通に人こそ、心が温かくて好きだし、僕がそのごく普通の人間であることを忘れない為にも大道芸は役立っている。
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ある時、新聞に僕の取材記事が載った。いつ掲載されるか知らずにいたのだが、渋谷で大道芸をやっていると、ホームレスが一人現れて、帽子に百円を入れてくれた。そのうえ懐の中から僕の記事が掲載された新聞を取り出して見せてくれて、感動した。
今でもその近辺を自転車で走ると「今度の日曜日も大道芸をやりますか」などと声を掛けてくれたり、挨拶をしてくれる。
こういう人のほうが、世間で偉いと感じている人たちより、ずっと自分に近い存在だと感じている。
大道芸を通して社会のいろいろな立場にの人とかかわりを持つことは、視野が狭くならない秘訣だと思っている。
と言う感じで、すごいですねぇ〜、このような姿勢を日本人に伝える為に、また生まれ変わってわざわざ外国からやってきた、と言う感じですよね(^^)。引き続き他の著作も拝読できましたらと思います。
Posted by fy3on3 20:05:04│Comments(0) │TrackBack(0)
世界宗教用語大事典(須藤 隆仙 著・新人物往来社)
2007-11-19
はいー大塚愛さんはいきなりタクシーにひっかけられて怒っているそうですが、私は賞味期限切れの牛乳をムリヤリ飲んでいきなり少し前のめりになりながら書いております(^^;)。
で、さきほどまで江原さんのラジオ番組聴いておりましたら来月はとうとう美輪さんがゲストということで、なんだかさすが年末で一年の大掃除という感じなのかとっても楽しみですね(爆弾発言も!?^^;)。
わたしもあまり内容こちらで紹介しちゃうとニッポン放送からクレームがきちゃうのでは?と思って書かなかったのですが、結構全国津々浦々アンテナ伸ばして聞いている方も多いようですので、ためになるお話良い話のところは、つとめて取り上げさせていただければと思います(^^)。
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そういえば東北講演のレポートも全然書けずに今年も過ぎ去っていきそうですが(^^;)すぐにもう江原さんは武道館ライブということで、チケットもペアで取れたのですね。もう二枚あるので両親とかどなたかご招待しようかと思案中です(^^)。
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さて、写真ですが左上から順に「浜離宮」のトイレにはってあったなかなかなステッカーと、こないだ青山で開催されたチーズフェスの雰囲気、まるでただで試食しに行ったようなもだったのですが(^^;)醗酵食品は身体に良いですよねー。
そして左下は第16回 東京メトロ沿線ウォーキングでの増上寺付近の紅葉、さらにコースにあった愛宕山のNHK放送博物館でHey! Say! JUMP はきっと知らないゴン太君と、大河ドラマに出てくる摩利支天さんですね。 ゴン太くんはホント懐かしいので又復活してほしいですよね(^^)。
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さて本題ですが(^^;)、まぁこれは辞典なので読み込むものではないのかもしませんが、改めて宗教用語の解釈を読んでいくといろいろ勉強になりますね。では「あ」から少々…
アーメン【amen】
ヘブライ語で<誠に・確かに>の意で、ユダヤ人は日常の挨拶に用いたが、のち礼拝式文に用いられ、意味も<かくあれ>となって、キリスト教では祈祷・賛美歌・信条などの終わりに唱える言葉となった。
ふむ、なるほどですね、アーメンもオームも阿吽も一つなのだ、のような解釈もありますから又研究が待たれますよね(^^)。さらに、
アイヌの宗教【アイヌの宗教】
アイヌは東アジア古種族の一つで昔は少なくとも来た日本全土にいたと考えられる日本原住民族。今は少数が北海道に住むが、混血化が進んでいる。
その宗教は万物に霊魂を認めるアニミズムの立場に立つ。
どこにでも善神と魔神がいると考えるが、宇宙は天上の神の国(カムイ・モシリ)、地上の人間の国(アイヌ・モシリ)、地下の死者の国(ポツクナ・モシリ)からなると考え、
天上には日神・月神・国造神などが住み、地上には人間と神とが共生し、地下には死者が住む平和な世界と、魔神の暗黒の世界とがある、と考えている。
諸神は認めるが、中に最高の統一神のような神は立てない。
キツネもクマも魚も鳥も、みな神の仮の姿であり、すみかである神の国から地上界(人間界)に来ているのだと解釈し、人間が、これらを殺すと、仮の姿からはなれ、魂は神の国へ帰るのだとしている。イオマンテ(熊祭・熊送り)などはそれである。
人は死んでも現世の生活が連続されると考えている。叙事詩ユーカラは、神々や英雄についての物語が多い。
ということで、ふむースピリチュアリズムにしてもアニミズムっぽい考え方ではありますよね。すべては神の仮の姿、という考え方は納得ですよねぇ〜(^^)。
こちらの懐かしいブログ記事を見ても、ほんとアイヌの方の考えというのは昔っからその通りで、見習うべきことが多いですよね。そういえば前回北海道行ったのが2年前なんですねぇ〜、知床が世界遺産になったその瞬間ににカムイワッカ滝に浸かっていたので、なにかご縁でもあるんでしょうかねぇ〜?と思いますが、そのあと行った網走刑務所でだいぶダウンした、というのも今となっては懐かしい思い出です(^^;)でも又行きたいですねー(^^)。
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さて「あ」だけでもかなりウンチクが溜まるので、今度は実用的な呪文を…、
あびらうんけん【阿毘羅吽欠】
梵字のアヴィラウンカーンの五字を言ったもので、意味は地水火風空。仏教で言う大切なご要素。五字明(ごじみょう)といって、大日如来の真言とされ、一切のことが成就されるとする。…
とあります、一切がっさいかなってしまうなんてホント便利なわけですが、そうは行かないのがこの世の中、さまざまな物事は実は自分の心が引き寄せているものですから、神様に依存しようなんてもってのほか、と考えたほうが理にかなっていると思うのですが、何かのときは無心になる為には、確かに声に出して唱えたりすると、精神統一されやすいというのはありますよね。
さらに、仏教の真言などは線香くさくていや、というオシャレ泥棒なあなたには西洋魔術的なものをということで…、
アブラカタブラ【Abracadabra】
西洋魔術、とくにユダヤ人によって伝統的に使われてきた呪文。病気や厄災を祓う効果があるとされる
。原義は「雄牛、唯一の雄牛」という呼びかけの言葉だといい、雄牛は古代に太陽や万物の始原だとして信仰されたのによるらしい。
とのことですね、「雄牛〜!」って唱えるのもなにかと思いますが(^^;)まぁつまりピンチのときは神様のなを唱えると神様とつながりが太くなるのでオーラも明るくなり守られやすい、ということのようにわたしなりにシンプルに考えております(^-^)。
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と言う感じで、まだまだ「あ」も読み終わらないわけですが(^^;)宗教は原始的なものから言えば人類始まって以来ずっとかかわってきたものなので、さまざまな人間らしい歴史がありますよね、それはまた政治=政(まつり)ごとでもあったわけですから、社会を動かしている原動力でもあると思うのです。宗教と権力の結びつきと言うのもとっても強いということは教科書でも習いますよねー(カノッサの屈辱とか(^^;))。
ですので又引き続きぼちぼち勉強して参りたいと思います(^^)。
Posted by fy3on3 23:18:22│Comments(3) │TrackBack(0)
みたい夢をみる方法―明晰夢の技術(チャールズ マックフィー著・石垣 達也訳/ 講談社)
2007-11-19
はい、土曜日は例の「てれすこ」を銀座に見に行って来たのですが、ほのぼのとした感じで良かったですねぇ、品川の遊郭に坊さんが通いつめていたなんてのは、うちの近くにも「桂坂」というのがあり、その由来はこちらのような感じで、品川宿の女郎屋さんに行く通り道だったから、なんて言う説もあるくらいですね(^o^)。
それにしてもあたりまえなんですが勘三郎さんがとっても演技が上手くて安心してみていられましたよねーオーラもすごく明るいわけです(^^)。
で、勘三郎さんはこちらにも載っていますが、しょっちゅうニューヨークとか行ったり新しいことを取り入れようとしているのは、ひいおじいさんがそうだった、と言うことのようなのですね、英語で歌舞伎を上演した最初の人だったそうです。やはり血筋というか、受け継ぎますよねー(^^)。また小泉さんも柄本さんもいい味出してました、続編もできる感じですね(^^)。
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また、私事的に少し不思議なのが、前述の通り毎日てくてく歩いてバーチャル東海道ウォークをおこなっているわけですが、この映画が今回エンディングでたどり着いた所が富士川のあたり、そして私が昨日たどり着いた所も「蒲原」と言う所でしたから、大体同じだったのですね〜。ちなみにちょっと前「戸塚」に着いたときはちょうど戸塚にお住まいの方を鑑定しましたしー、ふーむこれからもどんなシンクロがあるのか楽しみですね(^-^)。今日までの15日間で167キロ歩いてますから、いつのまにやら一日十キロ以上も移動しているようで、やはりなにか目標があると人間がんばりききますねぇ、おかげでだいぶ身体も良くなってきたので、続けたいと思います(^^)。
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さてこの本ですが、プリンストン大を出た精神科医の方が書いていて、日本の精神科医の方が訳していると言う変わった明晰夢の本ですね、ちなみにやっぱり静岡市出身の方だそうです(今日は「江尻」着^-^)。
この本の中で引用されているのが、インドのお医者さんの例なのですが、なかなか面白いので、それをまた引用させていただければと思います(^^;)。
次に、これとは対照的な、インドの医師ラム・ナラヤナ博士の夢の例を見てみよう。自分が夢を見ていることに気がついたときに会話の中に、彼の夢の特徴が良く現れている。
ナラヤナは、夢は自分で作り出したものであることに気づいた。そこで彼は、夢の世界に住んでいる人たちに、彼等は実物ではなく、自分の心が創造した幻覚のようなものだということをしらせようとした。
「夢の中で、彼は男たちの集団に向かって話しかけた。そのほとんどは彼の友人・知人だった。
そのスピーチの中で彼は、これは夢であり、みんなは自分の夢の中の登場人物であると説明した。
聴衆の中から『その証拠があるのか』と言う質問が出た。
これに対し、彼は『そのことについては、目が覚めてから考えて、次に夢の中で会うときに回答する』と答えた。
この説明に、みんなが嘲笑を浴びせ、「『君は頭がおかしいんじゃないか』と言った。
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目覚めたとき、彼は非常に困惑していた。
目が覚めてからも、彼らが自分の夢の登場人物であり、自分が夢を見ていると言うことを、夢を見ているときにどうして確信できたのかがわからなかったからだ。」
ナラヤナは、自分の夢の登場人物たちに、彼らが自分の創造物であることをどのように説明したらいいかわからずに途方にくれたが、
その後の明晰夢の中で出会った賢人から、自分のジレンマについての明解な説明を得ることができた。
「夢の登場人物にいた老人が、席から立ち上がって、長い灰色あごひげと杖で群集を威嚇した。
彼は人の興味をひきつけるような態度、威厳に満ちた声で、演説を始めた。
怒りに声を撃ち震わせながら、やせ細った指で夢をみている男の方を指差しながら言った。
『いかなる理由があって、お前は私たちのことをお前の夢の登場人物と呼び、自分の事を私たち全ての創造主と称するのだ。
お前が私たちの創造主ならば、私たちは同じように断固として、私たちがお前の創造主だと言おう。
私たちはみな同じ船に乗っているのだ。
だからお前は自分が私たちより高い存在だと言い張ることなどできるはずがない。
お前が私の言うことを確かめたいと思うなら、私たち全ての創造主を見せてやろう。私たちすべてとは、私たちだけでなく、おまえ自身も含まれているのだ。』
老人はそう言うと、夢を見ている男の頭を杖で叩いた。そこで彼は目覚めた。目覚めたとき、彼の心は極度に困惑していた。」
…と言う感じで、ふーむなかなか哲学的な命題が含まれている夢ですよね(^ー^)。自分自身も創造主の一部であるが、夢の中に含まれると、そこでのリアリティがありすぎるために、あまり理性的に考えられなくなると言うか、夢を見ていることでさえ忘れてしまう状態になる、と言うことなのかなーと思います。また誰が偉いとか上だとかいうことなく、「同じ船に乗っている」わけですね、ですからみんな平等なわけです(^^)。
ですから、私も「この世は(カルマの法則が働いている)夢ですよ」なんていつも申し上げさせていただいている割には、スピリチュアル方面な方でさえ、余りそのようには断言しないので残念だー、とつねづね思っておるのですけれども、分かってくれるのは室町時代の閑吟集の読み手さんや戦国時代の信長さんとかと位ですよね(^^;)。
まぁスピリチュアル的にも実際に、あの世から見てきわめて夢(仮想現実)に近いこの世の中だからこそ、わざわざあの世から苦しみに降りてこれるわけですよね。悲惨な人生を体験しにわざわざそれこそ何度も降りて来るわけですから、「ホームレス中学生」のようなお話に共感し、本が売れてしまうのかもしれません(今度は税金が大変そうですが…^^;)。
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というわけで、お話しは変わって、日曜日の東京国際女子マラソンも、東京のお伊勢さん「芝大神宮」にお参り行ったあとにすぐ見れたのですが、やはり伊勢育ちの方が優勝しましたねぇ〜(^o^)。やっと伊勢にも明るい話題が!と言うことでよかったですね、実際に見ているとすごく速くてビックリしました。
…ということで、このようにさまざまシンクロしながらもまた夢の旅を楽しくつづけて行ければと思います(^^)。
Posted by fy3on3 02:23:40│Comments(0) │TrackBack(0)
大本(新宗教創始者伝 ) 出口なお・出口王仁三郎の生涯 (伊藤栄蔵著 /講談社)
2007-11-11
はいー、今日もテクテク歩かなくてはいけないので、近所の神社仏閣めぐりをしておったのですが、旧東海道まで足を伸ばしたら、ちょうど品川の虚空蔵養願寺さんの縁日だったのでにぎやかでしたね(^^)。
こちらに紹介がありますけれども、おさるさんも来ていて可愛かったですね(^^)、又映画の宣伝コーナーもあってでこちら
やじきた道中 てれすこ
ですね、サイトの勘三郎さんの動画も自然体で好感をもてますが(^^;)、何で品川で宣伝してるの?と言えば実は小泉今日子さんの役どころが品川宿の花魁だから、ということもあるようなのですね(^-^)。
で、キョン2さんとも以前お仕事少ししたことがあって、目の前で見るとイヤーだいぶ小柄な人だなァ
と言う印象があったのですが、こちらの今絶好調のアイドルでスマイル大賞の方とも顔がそっくりと思ったら親子役もしっかりやっているということですから、必然ですかねぇ〜(オーラもそっくり^-^)。
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…ということで、だいぶ間があきましたが、これも私の「逃避エネルギー」が人よりも過剰にあるからかもしれませんね(^^;)、まぁ人生夢なので、これからも適当にちょうど良く参りたいと思います。
さてこの本ですが、題名見てもお分かりのように大本教の教祖様の本ですね。私もあまり普段新興宗教などの本は取り上げないのですが、なんでまたわざわざ、というと、この出口王仁三郎さんは、実は江原さんと結構関係あるのでは?と、密かににらんでおるからですね(^-^;)こちらのようにコスプレをしたりするのがお好きなのも…と言う感じも致しますし、スサノオさんと非常に関係があったと言うこともおっしゃってますね。また同様に王仁三郎さんもだいぶ快活明朗で楽しいお方だったようです(^-^)。
それで、大本教についてあまりご存じないという方はこちらのウィキを参考にしていただいてと思うのですが、だいぶ不思議なことをなさっていた方々、そしてまた予言などもだいぶ的中させていて、それこそ戦前当時の日本では話題騒然になっていたという方々、グループだったわけですね(^-^)。
また、王仁三郎さん口述の「霊界物語」はありがたいことに、こちらで拝読できるようになっているのですが、なにやらたとえ話のようなところもあり、それはじつは未来の世界情勢をを予言してものなのでは?と言うことも言われているわけです。
で、予言と言いますと最近ではあのブラジルのジュセリーノ・ダ・ルースさんがすごいようですよね。夢の中で教えてもらえると言う方式なので、トレーニングして人格や意識を高めつつ、明晰に夢を覚えていられるようになればひょっとしたらできそうな感じですが、
当たっている事も多いですが、うまく災難が起きずに住んでいるものもあるということで、つまりはこのような方が出ることによって私たちにちゃんと事前に危機感を持つように警告をしてくれているんですよーと言う感じに思えますよね。ですからイタズラに怖がる必要もなく、それまでのどんどん環境問題やら隠し事やらをしないようにしてオーラを明るくしていけば良い方向に舵を取れるようになるのかなーと思います(^^)。
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それで、開祖の出口なおさんは綾部、王仁三郎さんは亀岡という、京都に近いところにどちらもお生まれになっているわけですが、そこは元々は丹波の国、そしてそして、そう丹波といえば、死してなお存在感がありありの丹波さんを思い出さずにはいられないわけですね(^^;)。忘れている方はこちらにて久々にお声を拝聴してみましょう。
美輪さんと語る 丹波哲郎 心からのメッセージ
いやー美輪さんのお話とともにいいですねぇ〜。で、こちらのサイトを拝見すると、丹波家というのは中国は漢の高祖さんまでさかのぼれると言うことですね。
それで、又朝鮮から招かれたこちらのスゴイ方も元はと言えば漢代の方ということですから、王仁三郎さんとなのるのも縁あってのことかしらー?と思いますね。
でもふーむいくらでも血筋など名乗れますよーと言われればそうなのですが、なにかつながりがあるかも?と考えるほうが面白いですよね(^-^)。ちなみに「大丹波王国」論などと言う考え方もあり、ずっと昔に非常に文化が栄えた所だから、このあたりからはちょっと偉い人が出たりかかわってきた、ということもあるのかなー、とも思うんですね。たとえば謙信ガックンさんや、あの紳助さんも、青春時代に少しだけ亀岡にいたことがあるという不思議な?現象もおきておりますね(^^;)。
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というわけで、いつもの妄想歴史ロマンは今日はこんな感じで止めておきますが(^^;)、では王仁三郎さんが書かれた本として「道の栞」(明治37年)が引用されておりますので、ご紹介させていただきます。
一、世界万物を造りたる神はただ独り神、天之御中主大神とたたえ奉る。
…
一、ひとりの神よりほかに神はないといって、片意地はる教えがあれど、それは神の御事をかたより見たるものの意見である。
一、世界中、兵あるがために、欲も起こり戦もあるのである。世界の戦は運不運を嫌う天帝の大御心にかなわぬことである。
一、軍備なり戦は、みな地主と資本主とのためにこそあるべけれ。貧しきものには、かぎりなき苦しみの基となるものなり。
一、世の中に戦争くらい悪しきものはなく、軍備くらいつまらぬものはなし。
一、天帝が人種を世界に下したもうや、黄色い人種もあり、白き人種もあり、黒き人種もあり、赤銅色の人種もあれども、天帝のいつくしみを垂れたもうことにおいては、分けへだてなし。
みな同じ神の子であるから、どの人種は可愛い、どの人種は憎いとの差別をなしたもう道理なし。…
と、なかなか美輪さん並にズバリおっしゃってますねぇ、戦前なのにすごいですよね。ですから軍備ほどつまらぬものは、ホントないですねぇ〜安倍さん、というわけで、世間知らずな私が何も言える立場ではないわけですが、それでもなんとか目覚ましていただきたいものです(^-^)。
いま江原さんなども世間の表舞台に出てきているということは、きな臭くなるとあちら側からこうやってズバリ度肝を抜くくらいわかる人を贈られてくるから、と言うことなのだろうなーと思いますよねー(^^)。
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というわけで、ふむー丹波王国おそるべしということで、実はそれは戦国時代のあの方にも繋がってきて…という時代の鍵を握るような方はかかわることが多いようですから、今後も注目していければと思います(^^)。ちなみに写真は京都は醍醐寺の去年の紅葉ですねー。
Posted by fy3on3 21:57:07│Comments(7) │TrackBack(0)
風の谷のあの人と結婚する方法(須藤 元気 (著), 森沢 明夫 (編集) ベースボール・マガジン社)
2007-11-07
はいーお蔭様でだいぶ調子が戻ってまいりまして何よりです(^^)、風邪の最中に品川駅周辺など近所を歩いていても、ぜーんぜん風邪引いているらしい人などいなくて淋しい思いをしながらの休養でしたが(^^;)、早めに引いておけば真冬になってからひかずに済みますかねぇ〜と思います(^-^)。
…と、突然みっくみくになったところで気を取り直して(^^;)、まぁこちらの方のように比内地鶏で大変になっている秋田県も良い方がいるのだなぁ〜と感心しつつ、
秋田のタクシー運転手、乗客に配った「幸運の四つ葉」7,000本
あの再建中の英会話学校のスポンサーに決まった会社は結構いろいろ事業展開している会社だそうですが、このような居酒屋さんもやっているということで、
アントニオ猪木酒場
「この店に行けばどうなるものか…迷わず来いよ!来ればわかるさ!」と、猪木さんもお元気で面白い感じなのでとりあえずいつか一度くらいはと思いますが(^^;)こちらも少し昭和の雰囲気、で、最近昭和と言えば、
「ALWAYS 続・三丁目の夕日」
が宣伝すごいですよねぇ〜、私もテレビで一作目を見ましたが、あるあるネタからの後半は感動の方程式へという流れでといえばそうなのですが、でもとってもよくできて感動しましたねー(^^)。
それで映画の舞台も東京タワーの近くなわけですが、こちらを拝見しても現在NHK放送博物館のある愛宕山付近が設定舞台と言うことがわかりますね。
で、私も体調崩したのもあらーやっぱり運動不足がいかんねーということで、「体力をどげんかせんといかん!」キャンペーンの一環としてこちら、
育成散歩計 てくてくエンジェルPocket with DS
をオークションで中古で半額くらいで落札、早速使い始めてまずは一万歩から、と東京タワー方面にジョギングしはじめて、一万歩でたどり着いたのがその愛宕山だったんですねー。実はジョギングだと正確に歩数測れないらしかったので惜しかったのですが(^^;)、
その辺りの建物を見ていると、東京のど真ん中なのに、おー意外に三丁目という建物、看板も残っていたりして、懐かしかったですね。港区はもともと江戸時代にお寺がたくさん引っ越してきた土地なのでお寺があつまっているのですが、その周りに長屋風の地割の細長ーい建物のお店などもたくさんあって、よく平成バブルを乗り越えて来ましたねーというオンボロ建築物(失礼(^^;)も結構ありました。わたしもなつかしモノ好きなので、又何かの折に特集を組めればと思いますねー(^^)。
それで、このDSてくてくエンジェルに「てくてくウォーキング」モードというのがあって、DSと連動して例えば東海道500キロを歩きます、というのがあるのですが、
その連動の仕方が今ごろ風の無線LANとか使うのではなくて、ファミコン初期ドラクエ的な「ひらがなパスワード打ち込み方式」なので、こちらも実はめんどくさかったなーとはいえ昭和だなーと思いつつ、毎日記録しておりますね(^-^)。
最初からはりきって一万歩歩いてしまったのでここ2日はノルマが達成できなくて早速ジェル君家出されてしまいそうになりましたが、日はがんばりました(^^;)。
ちなみに今回ジェル君の名前は「おんちゃん」にしたのですが、なぜそうしたかと言えばこのソフトの製作会社はハドソンという会社で、札幌が本社なのですね。そうするとまぁHTBでしょうということですよね。さらにこちらではONちゃんと今なんとなく立場が危ういひこにゃんとの貴重な2ショットがご覧になれますというか、さっぽろ雪まつりに行ってたんですねぇ(^o^)。
また、ハドソンにはあの名実ともに「名人」がいると言うことでも有名ですよね(^^;)。
それで、この創業者の工藤さんというのもユニークな方で、こちらのように前世は江戸っ子でいらしたのかな?と思う感じなのですが、ちなみに「工藤」さんという苗字は元をたどると「藤原家の大工さん」という意味らしく、そうするとやはりいろいろなものに凝るプロ職人系な人が多いというのもよくわかる感じも致します、まぁ工藤探偵事務所の方々もマイペースでしたものねー(^-^)。
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さて、そんなだらだらと知ったかぶりなうんちくはさておき(^^;)、大切なことと言えば、【SODRスピリチュアルウェブ講座】の受講費の残りの15万円をいつもの
世界の子どもにワクチンを日本委員会
に寄付させていただきました(^^)。またよく「寄付なんかしないで自分の生活費にちゃんと使いなさい!」とアドバイスいただく方もいらっしゃって、確かに内情もそんなに楽ではないわけですが(^^;)、
まぁ子供一人いると思えばそのくらいの金額は一ヶ月にすぐに出て行くわけですから、たくさんのお子さんを育てていると思えば良いわけですし、もうすでに世界的に見れば超裕福な生活をしているわけですから、義務としてなにかですよね。
もし、世界が100人の村だったら
…これらの数字も実は恣意的に情報操作されたものだった!というのが後々判明したりするのも嫌ですが(^^;)、まぁいくら日本で持とう得ようと思っても税金になって例のガンダム装備に使われる割合も増えているわけですしねぇ、でしたらできるうちに、ですよね(^^)。
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さて、やっとこさこの本ですが、格闘家さんの書く本だから、ってなめてかかると、やはり痛い目にあわされる、と言う感じの本でしたね、ベストセラーになるだけのパワーもある感じです(^^)。実際は須藤さんと森沢さんとのメールでのやりとりがシンプルにまとめられています。
−何かを学べると言うことは幸せなことだと言う人がいる。また、幸せになる為に学びがあるという人もいる。どこか禅問答のようだが、いったい勉強の本質とはなんだろうか?
−勉強とは、物事を変革するための道具です。
カール・マルクスが「今までの哲学者たちは、世界を解釈していたに過ぎない。重要なのはそれを変革することである」と言っていましたが、これは勉強というものの本質を実によく表現していると思います。
ようするに、勉強したことを生かして『行動』を起こさないと、世界は何も変わらないということです。『理解している』状態から、行動して『知っている』状態に移行することが大切なのです。
…誰かを批評したり批判したりするのは楽ですが、人を批評すれば自分も批評されます。この世の中は、人をさばけば自分もさばかれるのです。
「自分は優しい人間だ」と思っている人も、優しさを実際に行動でもって表現しないと、ただ単に、優しいと言う概念を持っているだけの人で、まだ優しい人ではないことになります。
…人間、いろいろな考え方や概念を持つことはいいことですが、それらを行動で表さなければ、それはないことと同じになってしまうのではないでしょうか。
と、なるほど行動ですよね。そんなことはガッテン承知の輔なのですが、人間日々目の前の欲に流されて生きてしまうので、
「談合お願い」役所にFAX 日南市業者「うっかり」送信
なんてことになるんじゃあ〜りませんか?と思うのですが、これも必然ですよねぇ〜(^^;)、このようにいろいろな方が反面教師として日々現れてくれるので、これまたさまざまなことを学ぶ為にはよくできている世の中だと思います。
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−自分では前向きな周波数を発しているつもりでいても、周囲にネガティブな人間が集まってきてしまうこともあるはずだが。
−そういう時はもう一度自分を見直すことです。そしてそのとき、周囲の人たちを変えようとしないことです。変えるのは、あくまで自分。
他人を変えようとすると、他人もまた自分のことを変えようとしてくるので、無意味なゲームになってしまい、お互いに何も生み出しません。
とにかく自分を見つめ直して、自分をチューニングし直す。自分の軸がブレなくなっていれば、周囲にどんな人たちがいても揺らぐことは少なくなります。
もしも、周囲のネガティブな誰かが人としてよくないことをしたとします。そうしたら、それを反面教師にして自分の行いを見直せばいいと思います。
そして、その人のおかげで自分を磨けたわけですから、むしろ「教えてくれてありがとう」と感謝します。
…と、そうそう、オーラの泉でもそのとおり言ってましたよね、ということでわかりきってはおりますが、では辞めたり戻ったりしたりしている党首さんを見ていて何を学ぶか?というと、政治家って大変なんですねぇ〜ということかもしれませんし、もう少しコクミンがちゃんと行動していかないとだいぶガタガタ来てるからねー!とお知らせしてくれているということ、なのかも知れません。またそれにしてもこう見るとお父さまにもやはりすこーし似ていらっしゃいますよねー(^-^)。
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というわけで、文字も大きくて行間も広くてだいぶ薄くて値段も少し高い本なんですが(^^;)、それでも人間の生き方に対して明解に回答がなされていて侮れない本なので、ぜひご一読をおすすめいたします(^^)。
Posted by fy3on3 17:40:37│Comments(3) │TrackBack(0)