鈴木紗理奈さんの「オーラの泉」。
2007-03-07
はいー奈良県は橿原神宮がある橿原市におかげさまで無事に到着しております(^^)。高野山もよかったですー、が、やはりだいぶ寒かったですねぇ!
江原さんの講演会の模様はまた後ほどということで、今日も水曜日、来月からは土曜日になるそうですが、オーラの泉ですね。ミンカル&メッセ−ジもひきつづきお待ちしております(^^)。
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はいーいつも元気な紗理奈さんですが、その裏には?ということですね。
なりたかったのは歌手と自衛隊と極妻というところも変わってますが(^^;)..
兄弟がみんな男性だったということで、なるほどーとも思いますね。
また大阪では不良っぽいことをしていて、芸能界、東京に出たのが転機だったと、
またお父さん、親子ともども中学のときに爆弾つくって危なかったというのも変わってますよねー(^-^)。
また江原さんいわく、紗理奈さんがお父様のことを毎日思っていると、お父さんが教えてくれてくれていると。一番尊敬していて、しっかりしていて強い人で、そのお父さんに認められたかったからやんちゃになったのだと。危ない目にあっても同じ行動だからうれしかったり、実はそこにもお父さんへの愛があったと。
それもお父さんがゆるぎなくちゃんとしていたから、やんちゃできたのだと。だからお父さんがなくなったときには気持ちも崩れてしまったと。それが若いころのひきこもって読書していた時期だったと。だから以前はお父さんのトラの威を借りる感じであった、素だと弱い自分を飾らないとだめだから実際すっぴんだと気持ちも弱くなるのだと。
またお父さんが言っているのは、人生に飛び出てきたようだったと。怪我が絶えなかった典型的天邪鬼で、実は何でもできる子だけども、行動は逆にしてしまうのだと。ワルとかダメだとかといわれるのが好きだと、判官びいきになるという、でもそれは日本人の特質でもあると。
それで、前世がアルゼンチンのときがあると、女性で、政治運動的なこともしながら人とともに生き抜くために、悪いこともしていったと。だから権力が嫌いだと。
そのときも女性でだんなもいなくて、おなかに子供もいたが殺されてしまったと、大変な時代だった。子供が好きだけれどもそれがあるから怖がっているだけだと。
その前もアマゾネスみたいなときもあったと、男装もしているときもあると。男にうまれるのはしゃくであると。また出所もよいと、また南米の音楽を聴くと元気が出ると。
またゲバラのような人が好きだと。また将来のお相手に対しては勘違いしている人も多いが、宿命は定められているが運命は自分できめられるものであると。人生の料理は自分でちゃんとしましょうと。
また今生はそのような革命からは離れましょうということですね、芸能人だから歯止めが利いていると。
また革命とは人を救うために起こすもの、だから自分をまず救うこと、自分が救えない人が人を救えないと。
だからぱっと散ってしまっていいと思ってしまってはいけないと、お父様がそう望んでいないと。
子供がもてない理由も責任をもたざる終えないから、そこにあったのだと。それには世の中を見て、早世してしまう人を見て自分は今元気なんだからと。また美輪さんがみていても、よく罰が当たらないなと、恵まれていることに感謝しないとと、いうことですね。
また、早く死にたいと思う人に言いたいことは、実は年をとればとるほど世の中がわかって面白くなってくる、発見の連続だから、よく「長生きはするものだねぇ」というのは本当のことだと、年をとればだめになるわけではないと。
「この年になって一週間にいっぺん利口になっているんだ」と、水木しげるさんもいっていたということですね。それを知らないうちに散るというのもおかしいですよ、とのことでしたねー(^^)。
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というわけで、いやーオーラはもう赤かったわけですが(^^;)、これからどのようにそれを紫に変えていくことができるか?という感じでしたね。また生きていればいるほどやはり学べることがたくさんできるのだなぁ〜と、改めて元気が出てきましたねぇ〜(^^)。
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さて、予定ですが、また明日は大和の国あたりを歩いてみたいと思います(^^)。
Posted by fy3on3 21:16:38 │Comments(11) │TrackBack(0)
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