「江戸しぐさ」完全理解―「思いやり」に、こんにちは(越川 禮子・林田 明大 著 三五館)
2007-04-22
はい、今日でようやっと選挙が終わって街も静かになりますナァ〜という感じですね。で、候補者の方々もオーラ見ていくとまぁその方のご苦労なさっている様子というかナンとやらもよくわかるので、一応明るい方に私も投票しましたね。
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さてこの本の「江戸しぐさ」なのですが、公共マナーキャンペーンでもありましたねー。もともとは商人しぐさ、繁盛しぐさといって、商人の方向けということですが、小さい江戸に百万人くらい居た江戸時代の人間関係を円滑にする工夫でもあったようです(^^)。
それで、こちらの方のページやこちら、そしてまたこちらさんなどにもいろいろ載ってますね(^^)。
その中でも紹介されておるしぐさですが、本から少し引用させていただきますと、
【街で見つけた江戸しぐさ】
小春日和のある日、JRのプラットホームに、慎ましい感じのお母さんと四歳くらいの男の子がいました。男の子はヤクルトを飲んでいて、「おいちい、おいちい」と言っています。
その言い方がかわいらしかったので、私から「おいしい?」と声をかけました。男の子は笑顔でうなずきます。
お母さんが男の子に「こんにちは?」と促しました、すると男の子は、「こんにちは」と挨拶し、それから空をぐるりと見渡しているのです。
なにをしているのかしら、と不思議に思っていると、空から私に目を転じてこう言いました。
「きょうは、いいおてんきですね。」
驚きました。これは立派な江戸しぐさです。
江戸しぐさでは、「おはようございます」「こんにちは」の後に、「今日は良いお天気ですね」「寒くなってきましたね」などの挨拶言葉を言うことを「世辞を言う」といいます。
「世辞」とはへつらいやおべんちゃらのことではなく、人間関係を円滑にする社交辞令(付き合いの対応の言葉)の第一歩、いわば大人のことばのことです。
江戸の寺子屋では、人付き合いを大切にする江戸商人の子供たちに、世辞の心得を九歳までに学ばせていたといいますが、現代は大人でも、きちんとした挨拶ができる人は少ないのが現実。
それを、4歳の子供がさらりとこなしているのです。江戸しぐさは幼いころから繰り返してくせにするべきものですが、こんな小さい子供でも世辞がちゃんと言えるのです。
こういう子供の将来がとても楽しみです。そして、このしぐさを見習わせたであろうお母さんに、拍手を送りたいと思います。
ということで、なるほどー、まぁこういうような今の学校では教えてくれないが、人間関係の基本のようなことを江戸の寺子屋さんでは教えていた、ということのようなのですね。寺子屋の中でも一般の寺子屋と江戸寺子屋というのがあって、「江戸寺子屋」のほうは商家の親たちが子弟のためにお金を出し合って共同で師匠を雇った公塾のようなものだったそうです。
オーラの泉なども、実は今までは親御さんがちゃんと子供に伝えていた美徳などが伝わらなくなっているから、それを改めて興味深い形で提示しているような番組だと思いますよねー(^^)。
またそうして「世間」と言うものを大切にしていったようなのですね。「江戸っ子は家に住まない、町に住む」と言うそうで、面白いなぁと思いましたね(^^)。
その他にも簡潔にとってもよいことが書いてあるので、一連の江戸しぐさ本もお勧めしたいのですが、その中でもなるほどと思ったのは
<束の間付き合い>
人はみな仏様の化身と考えていた江戸では、道で出会った人や渡し舟に乗り合わせた見知らぬ人とも、軽く和やかに挨拶を交わしました。
現代では長時間乗る新幹線の隣席でも挨拶しないことが普通になってしまいましたが、一言挨拶するか会釈をしておくだけで、互いに気持ちよく過ごせます。
というような、当たり前と言えば当たり前なことが昨今ではしなくなっていると言うことのようなのですねー。そうするとこうお互いのオーラもピリピリしたものになりますから、変に疲れちゃったりするのですよね(^^;)。とりあえず現代は個人主義でいけるのでよいかもしれませんが、逆に便利になりすぎたからそういう人間関係のマナーもしらないでも生きていけちゃうことが、このような基本的なしぐさを風化させてしまうことになっているのかなーとも思いますねー。
で、江戸の人も「ロク」を良く働かせたということなんですが、ロクというのは第六感ということで、「心を研ぎ澄ませば、本体が見えてくる」ということだそうです。
江戸時代には、はやり病になれば地域もろともですから、日々健康には注意しました。江戸商人だけでなくみんながロクを働かせなければ、生きてはいけなかったのです。
おかげで因習や迷信を増やすことにもなったのですが、それが本当か嘘かを判断するのもロクなのです。
ロクが聞く人が、さらに子供をロクが利くように育てますから、三代続くとロクはいよいよ研ぎ澄まされていきます。
…今は温度計があって、何度になればビールが売れるなどのマーケティングがされています。しかし、便利さにかまけて自然の畏怖の念や、他者への思いやりを忘れ、日本人の感性はどんどん微弱になっているのではないでしょうか。
感性の衰えに比例して、国力も民力も弱くなって行くのではないかと危惧しています。
というわけで、こないだのウルルンでも、ゴリさんがタイのジャングルで生活体験した最後の感想で「いつもは人間が世界で一番と思っていたんだけど、こういうところに来て生活してみると、人間って大きな自然の中の、動物の一種類にしかすぎないんだなぁーってよくわかりました。」とおっしゃっていたのが思い出されますねぇ〜(^-^)都会だと便利すぎちゃて地球とか自然のありがたみをわすれちゃいますよね。
ですから、人がもっと謙虚になり毎日感謝していきるようになるには、やはり一人一人がそれなりの感性を磨く…、でも霊能者になる、というほどまでになるというわけではなくて、みながもともと持っていた、雰囲気を感じ取るような感性ですよね、徐々に取り戻していって、本来名誉職であるべき政治家さんなども選んでいくことが、この世の中を明るく平和にまあるく治める一番早い方法なのではないかなぁと、改めて思いました(^^)。
Posted by fy3on3 05:18:07 │Comments(4) │TrackBack(0)
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