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プロの占い師が集う[占いブログ]

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チベット・スピリチュアル・フェスティバル2007(その2)

2007-05-02

27054.jpg

はいー昨日も雨の中、結局チベットオフとなりまして、午後からチャド・リンポチェさんの法話を皆さんと聴きに行きました(^^)。

それで、テキストとして「入菩薩行論」というのがあったのですが、今回のテーマは「怒りと忍耐について」でした。少し引用させていただきますと、

忍耐とは、他者による害や苦によって汚れない心です。忍耐は菩薩の修行の中心と言えます。

忍耐の修行の最大の妨げは怒りです。怒りには重大な過失があります。

1.目に見えない過失…怒りは、善なる法を行い、それを継続する上で最大の障害です。千劫にわたって積んだ布施などのあらゆる功徳も、たった一つの怒りによって打ち破られます。

怒りほどの罪は他にはありません。そして、怒りの対治である忍耐のような修行もまたありません。ですから、さまざまな方法で忍耐に注目し、努力すべきです。

2.目に見える過失…

怒りによって眠れない、あるひは、体や心の幸せをなくしてしまう、そして、友人や家族を傷つけてしまう…、とにかく、怒ったままで幸せな人はいません。

怒りは、今生においても、自分にとっても他者にとっても、その心相続における幸せを、直接、間接に破壊し、苦や害を生み出します。

一方、忍耐には多くの利益や良さがあります。常に忍耐に従うことができたなら、心の喜びをなくすことはなく、今生においてはどんなときでも幸せであり、来世においても三悪趣の苦を受けることはなく、特別な善趣(有暇具足(うかぐそく)を得た人間)に生まれます。

究極的には解脱や一切智智を得ることになり、永遠に幸せになります。ですから、どのような害や苦が生じても、決して善を喜ばないことはしてはなりません。どんな嫌なことがあっても、それを菩提道の助けとして理解し、逆境を道として受け入れて、学ぶのです。

…もし現状を改善できるのならば、なぜその方法を進んで行わないのでしょうか?改善の方法によって、直ちに改善すべきです。

ただ嫌がっているのではなく、改善に努めるべきです。しかし、もし改善できないのなら、それを悩んでも何の意味もないでしょう。「このいやな事は過去のこと、終わったことで、今はとなってはどうしようもないのだ。」と考えて、気にしすぎないことです。そうすれば、重大な苦もいくらか忍耐しやすくなります。


…という感じで、なるほど、怒りは三毒(怒り・貪り・無知)の一つということで、だいぶいけない事のようですよねー、こちらにも良く書いてあります

まぁわたしも見ていると、オーラにしても怒るとその人からカーッとピリピリした赤いオーラがでて、
あまり近づきたくなくなりますよね(^^;)それが繊細なオーラを汚してしまうので、怒ってはいけませんよ、ということのようですね。怒りっぽいお友達などにも感化されないように、ということでもあるようです(^-^)。

それで上にも書いてあるように、まぁ苦しいことも長くは続かないので、気にせず忘れましょう、というのは重要なことのようですよね。人間の心は発電機のようなもの、というのは前回も書きましたが、落ち込んでいるときでも、考え方を変えれば、瞬間的にプラスのエネルギーを発することができ、マイナスのエネルギーを吹き飛ばしていけるように私も思えるのですね(^^)。ですから、それが一秒前のことでも、過ぎ去ったことに対してこだわらず、常に前向きに考えていくことはとてもオーラを明るくする良い方法であると思いますねー(^^)。


それで、まぁ個々2年くらいはだいぶあの番組…「オーラの泉」のおかげで、前世も来世もちゃんとあって、この世での生活も実は一瞬の出来事にしか過ぎない、ということも広まりつつあるので、チベット仏教の人が来世は…とか言っても受けられるようになってきてよかった良かったと思うのですが、

一時はオウムさんが輪廻転生の法則などをだいぶそれを曲解して、マインドコントロールに使ってしまいましたよね。結局人間の恐れの部分を利用して修行と称して人の心を閉じこもらせて、一般の人を良い人間に生まれ変わらせるためにと称して事件を起こさせてしまったわけですが、本当の教えとはそうじゃなくて

実際の密教というのは人に害を与えないための教えですよねー、それをいろいろな人生経験を積んで生まれ変わっていくうちに、より新しい学びをしていくという、魂の壮大な旅路なわけですが、そう考えると、今日本人に生まれてまぁやはり安逸な便利な生活をさせてもらっているというのは、なかなか得がたいことでもあるのだなァと、でもこの生活もいつかは過ぎ去り、またあの世に帰るのであるから、一日一日また大切に生きて利他すなわち大いなる自分に貢献しなくてはいけないのだろうなぁと反省する日々ですねー(^-^)。

…というわけで、いろいろな事がある毎日怒らずにいつもにこにこ、というのは難しいことかもしれませんが、徐々にのんびり心に余裕を持って生きることが一番近いのかなーと思いました(^^)、まぁなかなかドライになる感じでもありますが、この世は夢だって言うことを見抜くということですよねー。自分にしても前世で散々悪いことをしてきていると思うので、何とか今生で良いことをしていければと思いますが、まだまだ精進ですよねー。



それで余談ですが、実はあれですよね、一緒に行った方はご存知なのですが、実は法話のときにもある芸能人の方がきていらっしゃいまして、我々一同もびっくりしたのですが(^^;)まぁなんとオーラの泉のゲストにもなった方がきてらしたのですねー、とはいえもう百人以上になるので誰だか検討つかないかもしれませんが、こちらのダライ・ラマさんの名言集の本に関連している方ですね、でもグレートなんとかさんではありません(^^;)。

で、実は、私事で恐縮ですが、この方とはエキストラ時代にも一度一緒にお仕事させていただいたことがありまして、それでですね、またなんとですね、そのときも、お寺での撮影だったのですねぇーこれが、八王子の(^^;)そのときも少し不思議なことがありましたねー。

3度目またお寺であったら何か自分とも関係があるのかな?と思いますがさすがにもうないと思いますねぇ(^^;)。でもやはり宗教と関係が深い前世がおありの方なのだなぁと思いました(^^)。

>>>

それで、お話は法話に戻りますが、最後に質問コーナーがありまして、その中に「私は会場でチベットの人が中国政府にだいぶいろいろなことをされている映画を先ほど見ましたが、そのようなことをされてもチベットの仏教の修行が進んだ方は、怒りを出さないでいられるのですか?」というような趣旨のご質問がありましたね。

で、リンポチェさんもおっしゃるには「私も全ての人の考えを知っているわけではないが、確かにひどいことをされて怒る人もいるでしょう。でも、その加害を加えた人も一人の迷える人、衆生であるので、その人に対して、というよりも、その行為に対して理性的に対処するのがよいでしょう。

同じ人でも、昨日したことと今日したことは違いますし、またその人の考え方が変わったら、私たちの友人になる可能性もあります。」とのことでしたねー。

でも、こちらのページにもあるように、エグザイル、というとかっこよく聞こえますが、実際の難民の方の数は日に日に増しているようですね。

中国も政治的軍事的目的でですから、まぁオリンピックどころでもないのでは…とか、ネズミさんをまねしている場合でもないのでは…と思いますが、なんでも表向き裏向きのものがあって、全ての人が良くない人というわけでもなく、はやりシステム、組織がいろいろこう変な方向に進ませるので、それを改変する時期というのはまたいつか来るような感じがしますよね、人間として生きているとこういろいろ毎日考えさせられて、勉強になります(^^)。

Posted by fy3on3 22:50:30 │Comments(7)TrackBack(0)

Posted by のなぞ at 2007-05-08 01:25:20

はいーありがとうございます。そうですねー一晩経つとリラックスして切り替えできること多いですよね(^^)、ですからあまり深く考えすぎないようにするのが良いようですねー(^-^)。

私もまた大阪で江原さん公演ということですっかり追っかけ状態な感じで恐縮ですが(^^;)まぁやはりなかなかここまでの方は出てこないと思うので、まな毎回何かつかめればと思っております(^^)。

Posted by 仙人 at 2007-05-08 01:19:41

突然ながら私見を皆様にとおもい投稿いたします。

「怒り」について:個人がムカつく時たいてい自分の波動が相手と同調していて自分のげんざいのレベルが相手と同じであることを認識し、反省する局面にきているということです。むかつく相手は自分のかがみとしてでてきてくださったので感謝して自分自身のレベルをあげるよう考え方を変えましょう。

「無知」について:私も昔勘違いをしておりましたが、無知=未熟ととらえるのが適当かと思います。未熟ゆえにを罪を犯しがちなのであって故意に犯した罪と比べると当然故意に犯した罪のほうが重いです。ある程度レベルの高い人間がミスをしたときは未熟な人が同じミスをしたときよりも厳しいお咎めが待っているということです

みんな、わかったかな〜

Posted by 案山子 at 2007-05-07 01:06:40

私のその芸能人の方は奥◯瑛二さんかと思ったんですが、女性だったんですね。
それじゃぁ…羽◯美智子さん?って、別に当てなくていいですか…そうですか。 (^^;

法話の怒りと忍耐は私には耳の痛い話ですね。
でも忍耐と思ってしまうとストレスに感じてしまうので、怒りの元となるモノを分析して
怒らなくていい様に解釈・考え方を変えてしまうといいですよね。
すると怒っている事がバカらしくなって、「なんで怒ってたんだろう?」と思えてきます。
私の母の言葉ですが「悩みや怒りは一日寝て考えてみて。翌朝起きるとどうでもいい事だったりするから」
がばいばあちゃんと同じ佐賀出身の母の名言です。(笑)

ちょっと疑問に思ったんですが、前世で修行したお坊さんが再びこの世で生まれて里の行をすることもある…。
という事はどんな修行しても生まれ変わる人は生まれ変わる。
簡単に「ハイ、人間はもう卒業!」という訳にはいかないみたいですね。(^^;
やはり人それぞれ学びと役割があるんですね。江原風にいうと大根と蓮根。
うーん、人間って大変です。(笑)

Posted by のなぞ at 2007-05-06 21:42:05

はいーありがとうございます(^^)。あーそうですねーいかにもお参りしそうな方ですよねー修験者さんですものね、でも実は女性だったりします、最近でも浄化がテーマの方ですよね(^-^)。

で、なるほどセブンイヤーズがきっかけの方も多いですよねー、ブラピの前世も…という感じで、それぞれの方の人生はすべて一瞬の出来事、と考えるとまたいろいろと明るく切り替えて行けますよねー(^^)。

Posted by happy at 2007-05-06 11:45:41

芸能人の予想…須○元気さん?
中国とチベットの関係は、ブラピのセブン イヤーズ イン チベットを見て、
知りました。
(同じ時期にやっていたのは、記憶が正しければタイタニックとグッド ウィル ハンティング…人生で一番映画を見た季節)
その時は、もの凄い衝撃を受けました。
精神状態としては、いつでも中庸に帰ってこれることを目指しています。

Posted by のなぞ at 2007-05-03 23:55:39

はいーこちらこそありがとうございます(^^)。そうですね、三毒につきましてはこちらにも少し書いてありますね。

http://www.tibethouse.jp/culture/medicine4.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%AF%92

私たちも自分で選んで肉体に入ってある意味苦行しにきているのを忘れている状態が無知であるとも思いますねー「無知の知」ということもあり、すべてを知っているようで人間でいる間は実はぜんぜん知らないことも多いのかもしれません。ですからいろいろな状況に左右されず、心を安定させて、いわばオーラを常に明るく保つということを試されているのが人生なのかなーと思います(^^)。

Posted by K_sisters at 2007-05-03 23:22:29

先日はお世話になりました。
早速「怒り」についての内容をupして頂き、痛み入ります。やはり自分にとっての永遠のテーマになりそうです(笑)

ところで「三毒」の中に「無知」っていうのが入っていますが、これは「知らない」ってことが罪だということなんでしょうか?
「知らないほうが幸せよね」なんて、よく聞きますしけど…。

私は知りすぎちゃって苦しむんですけどね(遠い目)

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