賢者たちのメッセージ エドガー・ケイシーに学んだこと (光田 秀 著・ PHP研究所 )
2007-06-21
はいー梅雨入りにもかかわらず毎日あつーい日が続いております東京ですが、そんな中、引き続き経費節減のため自転車で大江戸神社仏閣めぐりをしたりしております(^^;)。
最近お参りしたのは、世田谷観音、駒留八幡宮、太子堂八幡神社、北澤八幡宮、北野神社、新井薬師、という感じですね(^^)。
写真はまたこちらになりますので、スライドショーを見ながらお読みいただければと思います(^^)。
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まず最初の、この「世田谷観音」さんというのも、ひょっとしたら初めてお参りしたかと思うのですが、写真のように中国風の建物も多くて面白い感じでしたね。歴史は大分古いようです。お隣に「旧小田原代官屋敷」というのもあり、昔からここのあたりが世田谷の中心地であったというのよくわかりますね、実際区役所にも近いです。
区役所、つまり集落の中心が少しこの観音様のある丘を下がったとこにあるということは、やはりここもアースダイバーではないですが、縄文時代からの聖地だった可能性がありますよね、高台にはやはり良いエネルギーが集まりやすく低いところはよどみやすいようなのですが、
仏教にしてもキリスト教にしても、その土地が新しい民族に征服される前は、土着のシャーマン的な人が聖地としてきたところを乗っ取って自分が信仰する神様などの宗教施設を作り上げるということが行われてきているらしいのですね、ある意味いろいろな戦いでなくなった方への慰霊施設として建てるというともあるようです。
それにしても世田谷観音ってどこ?って感じで都内に住んでいても聴いたことがあまりないのですが、仁王様なども平安時代からということなので、本当に由緒あるとこのようです、実際そのパワーも良く感じられましたね(^^)非常に落ち着くところでした。
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そして次は駒留八幡さまですね、看板のご説明にもあるように、世田谷は吉良さん一家がずーっと支配してきた土地ですね、吉良さんというと上野介さんを思い出しますが、ずっと前の大元は同じということですが直接的なかかわりはないようです、そのようなこともこちらの方のブログにも書いてありますね。
こちらの方のブログ
この駒留さんも写真のように環七からすぐに入ったところなのですが、オーラ的にはやはり八幡様のあのピシーッという清浄な感じが守られていましたね(^^)、私の経験的に八幡神社の神主さんはちょっと厳しいオーラをもった方が多いのでは?と思うのですがいかがでしょうか?お札もいただいたのですが、応接していただいたのは奥様のようで、この方はやはり巫女さんオーラでしたね(^^)。
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それで次は太子堂八幡さまですね、実は私もすぐ近くの三軒茶屋にある、風呂屋の二階に部屋借りて若いころ住んでいたことがあったので懐かしい場所なのですが、太子堂八幡さまというのは来たことなかったのでまた新鮮でした(^^)。
こちらも元々近くのお寺の太子堂が有名なので太子堂八幡という感じになったようですね。関東では「お菓子のお菓子は太子堂♪」というラジオCMで私も大分太子堂といえばお菓子、と言う感じなのですが、また次回寄りたいなぁと思います(^^)。
おかしの太子堂
「太子堂村」というのがは安土桃山時代頃からあった、ということなので、大分こちらも歴史が古いですねぇ〜、時間の都合で円泉寺には寄れなかったのですが、まぁオーラも泉のように出ているということなのか、実際に湧き水が出ていたから、ということなのか、どちらにしてもよいオーラの土地だから聖徳太子をお祭りしてみんなが寄り合って、そのオーラをもらって俗世界のけがれを落としにきた、というところからはじまっているのでないのかいな?と思いますね(^-^)とても良いところでした。
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それで次は少し離れて北澤八幡ですね、まぁ茶沢通りをまっすぐ行けば着きますので、自転車では便利でしたね(^^)。
トーキョーワッショイ
で、非常に閑静な住宅街の中にある北澤八幡さんですが、エハラーさんなら一度は来たことがあるはずの神社ですね(^^;)、実際「江原啓之さん認定・スピリチュアルお守り!」とかおけばものすごく売れてしまうのでは?と思いますが、そんなことはお構いなしの淡々とした感じでした(^-^;)。
こちらも世田谷七沢随一の「正八幡」さまというとで吉良家の信仰も厚かったということですね。実際オーラもなかなかよかったですねぇ〜(^^)。
で、実際は廃仏毀釈まで、隣の森厳寺さんが別当として管理していたという感じのようですね。こちらも神仏習合が大分進んでいたようです。戸隠もそうでしたが、本当に神仏はどちらも切り離して考えるということは少なかったようですねー。
で、この森厳寺さんもこちらの方のページにもあるように、家康さんの次男さんの「結城秀康」さんが祭られているということなのです。
おとうさんに嫌われてしまってなかなか波乱万丈の人生、三十代半ばであの世へお帰りになったということですが、戦国時代はそれはそれでまた非常に内容の濃い人生を送った方だったのだなァというのもよくわかりますねー。今は「淡島幼稚園」が境内のほとんどを占めていて子供たちの声でにぎやかでしたが、なかなか良いオーラのところでした(^^)。
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それからさらに中野通りを北上していきまして、たどり着きましたるは中野区新井にある、「北野神社」ですね。つまりここは京都の「北野天満宮」さんから勧請したものだと思うのですが、天神さんですね(^^)。
ここも戦国時代からあるっていうんですから、なかなか歴史があります。こちらでもご朱印とお札いただいて、それからすぐ隣にある駅名にもなっている「梅照院 (新井薬師)」へですね(^^)。
説明などはこちらの方のページにもよく載ってますが、公式ページの説明も読みますと、
その後、相模国(神奈川県)から行春(ぎょうしゅん)という沙門(僧)が、
新井の里を訪れて草庵を結びました。清水の湧きいずるこの地こそ、
真言密教の行にふさわしい土地と感じてのことですが、不思議なことに、
草庵の庭の梅の古木から光が出るという現象が夜毎に起こり、
天正14年(1586年)3月21日、その梅の木の穴から新田家ゆかりのご尊像が発見されました。
この御尊像を安置するために、行春が新たにお堂を建立したのが、
梅照院の始まりです。
というわけで、梅の木から光が!ってほんまかいな?と思うのですが(^^;)とにかくなるほど、梅つながりということで天満宮がおとなり、ということになっているようですねー(^^わかりやすい)。
またこちらには湧き水があってということで、皆さん汲みに来ていましたが、やはり泉のほとりはパワーがあって修行にはもってこいの場所であるようです(^^)今度引っ越すときはぜひ湧き水があるような場所の近くで!と思うのですが、そういう土地は昔からオーラのよい方が目をつけているので、すでに地価が高かったりしていますね(^^;)。ですからまぁ聖地を求めるよりも自分の回りを聖地にしましょう、ということで、地道に日々自分から明るく良いことをしていくことで、人々が喜んで集まってくるようなオーラを目指して幾野が一番早いかなーって、いろいろ周っていて結局思いました(^-^)。
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で、今回も脱線してぜんぜん本の紹介にもなっていないのですが(^^;)もうぼちぼち図書館にも置いてあるので私のように住民税や国保の支払いで家計が超大変!というかつての新庄さんのような方も、そちらでお読みになれればと思います(^-^;)。
それで巻末にはケイシーさんの珠玉の言葉として、一日ごとにメッセージが載っているのですが、これもなかなか良いので少々紹介させていただきますね。
1日:愛において全てのものが与えられ、愛において全てのものが動く。
13日:自分に必要な癒しは全て、自分の内に備わっている。
14日:注意を怠らず、トラブルが生じたときには、それを笑い飛ばすようであれ。
15日:励ましたり、愉快にする言葉を誰にもかけなかった日がないようにせよ。
17日:食べすぎが飲みすぎと同じくらい大きな罪であるように、考え過ぎは活動しすぎと等しく罪である。
22日:明日を思い煩うことも、人が何をするのか思い煩うことも不要である。あなたは、自分自身で行ったことに対してのみ責任と誉れがあるのであって、他人のことを気にしたところで何の足しにもならない。
26日:何もしないより、何か行動して失敗するほうがよい。
31日:過ぎ去ったことは後ろに置いて行け。今あなたがいるところから始めよ。
…というわけで、やはりケイシーさんもすごいですが実は「がばいばぁちゃん語録ですよ」ととぼけてすり替えても遜色ないくらい、佐賀のおばあちゃんも偉い人だったのだなァということがわかりますねぇ(^-^)。このように達人の教えはいつでもシンプルなので、また深く考えすぎずに夢のような人生を淡々にと思います(^^)。
Posted by fy3on3 23:59:41 │Comments(2) │TrackBack(0)
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