ホリスティック医学とスピリチュアルヘルス〜生老病死を豊かに生きる〜(7月16日(月・祝)高槻市現代劇場・大ホール)
2007-07-21
はいー、今日は川越の実家に戻っているわけですが、テレビでは「ウォーターボーイズ」が放映されてましたね。またこの映画もこちらにあるように埼玉県立川越高等学校の水泳部がモデルだったわけですね。
で、まぁこれで川高も全国区になったのは良かったとはいえ、自分はこの高校をダメモトで受けに行ってめちゃめちゃ落とされているので、その関連という遠回りな意味で非常にコンプレックスを刺激される映画となっているわけですが(^^;)、
まぁもうそれから20年経とうとしているのに、いまだに学歴どうこう思っているというのも愚の真骨頂というか、亡くした子の歳をいつまでも数える行為というか、
初恋の人の影をいつまでも追っていまだに似たような人ばかり好きになって振られ続ける男の心境というか、昔お小遣いが少なかったのでいまさらにしてマンガ本やフィギアをアキバに行って大人買いしてしまうオタク男の心境というか、
ポイントとかマイレージとかいう付帯ポイントについついつられて余計にお買い物をしてしまう小市民的心境というか、「フリードリンク」というともうオニのように何回もおかわりしてお腹いっぱいになるまでがぶ飲みしてしまう悲しい心境の人とか…、
などなど、何を見てもさまざまな物質的なものにとらわれている、しょうがなく小我な自分、というのがあるのだなぁ〜ということに気づくという、内観の材料になるわけですね(^^;)。またこの映画が公開されていた時期はまだ私も派遣社員でなかなかつらい思い出があってですねぇ…とか…(^^;)。
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さて、そのような『たけしのなぞーのどうでもよ〜い話』」はさておき(^^;)、今回の大阪出張のきっかけとなったのは題名にもあるこのシンポジウムでもありましたね。
で、前日夜はいつもの通り、京都ではまいど行きつけの老舗、のネットカフェで泊まったのですがm(^^;)祇園祭のにぎやかさも手伝って結構京都のオーラも明るくなっていましたねぇ〜、祇園の山鉾はじめてみたのですが、とてもオーラよかったですね(^-^)。
で、シンポ当日はもう朝6時には起きて高槻へ向かったのですが、10時半からの開始にはぜんぜん早く到着して暇を持て余して鳩にエサやったりしているのもなんだな?とおもったので、少し高槻市の歴史をお勉強するために、毎回恒例!「いきなり社会科見学」となりましたねー(^_^;)。
で、いろいろしらべてみると高槻というのは縄文遺跡や古墳も多く存在するかなり歴史のある土地柄だーということでしたね。
市章は京都市と大阪市の市章を融合させたデザイン、それは丁度その中間に位置するから、という安易な?もしくはわかりやすいアイデア?な街ですが、それはいわば国立市が国分寺と立川の間にあるから国立と名づけた、みたいな感じで、あらーあまり何も特徴が無いからか?と思ったらそうでもないようですね(^_^.)。
大阪と京都の間ということで、江戸時代などでは「芥川宿」という宿場町で、また酒造などもさかんだったということですね。
駅から旧街道を芥川まで歩いたのですが、やはりこのような古い街道は、たとえばウチの近くの品川宿の旧街道でもそうなんですが、長い歴史の中でさまざまな方が行きかったり行き倒れたりなさった関係で、いろいろな感じもするんですよね(^^;)。
でもこの西国街道沿いに点在するお地蔵さんや庚申塚、灯篭などは、地元の方にもとても大切にされているようで、オーラも輝いていましたねぇ〜、本当に見えない人たちが今でもその地域を守ってくれているんだなぁ〜といつも思うひと時ですよね(^^)。
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そして、こうぐるぐる周っているうちに会場付近まできたら、あら教会がある、ということで、高山右近さんのことが書いてあるわけです。写真は城跡の公園にあるものですね。
高山右近さんについてはこちらのウィキにもありますが、キリシタン大名として有名な方ですよね、でも私はあまり存じなかったのですが(^^;)、ここ高槻のお殿様を12年務めたということもあって、だいぶ地元では親しまれているようでしたね。
それで、最終的にはバテレン追放令にて外国はフィリピンのマニラで最期を迎えたわけですが、そういう感じだとやっぱり無念なのかな?とおもいきや、やはりこちらの銅像さんからもピカーっと明るいオーラが出ていて、いまでも高槻市民の方々を守っていらしている感じですよね(^^)。教会にあったお祈り中バージョンの写真はこちらの方のページにもありますね(^^)。
また、右近さんの人柄もあって、当時の人口の約72パーセントの人々がキリシタンになった、というのですから、やはり「右近の力」はすごいんだなぁ〜と思いますねぇ(^^;)。ですからこちらは「隠れキリシタンの里」でもあったようなのですねー。またわたしなども高校の部活帰りに良く飲んだ懐かしい飲料「チェリオ」の里でもあるんですねぇ〜(^-^)。
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という感じで、人に歴史あり、知らない街にも歴史あり、なので、いろいろ調べると面白いものですが、まぁそんなこんなで見て周っているとやっと開場とあいなったわけですね、前フリが長くてもう子の時点でもうへとへとなのですが(^^;)つづきます。
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さて、最初の講演はこのNPO法人日本ホリスティック医学協会の会長さんでもあり、わが街川越にある帯津三敬病院院長さんの帯津先生でしたね。確かに代替療法を行っていても、帯津先生を知らないという人はモグリ、といわれるくらいのこの世界では有名な人ですねー(^^)。
でおおよその内容では、昔から科学者もスピリチュアルな現象を研究してきた経緯があると。それは
幽霊を捕まえようとした科学者たち
“霊”の探究―近代スピリチュアリズムと宗教学
などの本に詳しいと。イギリスではケンブリッジなどを出た研究者も多かったと。
また病院の医療従事者などをイギリスのスピリチュアルヒーリングの養成機関で学ばせたりしたことがあったと、そうして病院の場のエネルギーが上がることはよいことなのではないか?とのことでしたねー。
実はだいぶ偉い方なのですが、気さくな感じで好感をもてましたねぇ〜(^^)。
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そして次はシスターでもある鈴木秀子さんの講演でしたね。
・台風がきてこのシンポも開催が危ぶまれそうになったが、この三人が集まるのだから大丈夫、と知り合いにいわれた。
・この人生が思い通りになることが幸福かというとそではなくて、このすべての瞬間、命をもらっているということに「喜悦」し「感謝」するということが大切ということ。
・マザーテレサの話で、あるときお互いに挨拶したときに頭がぶつかってしまい、その相手方は自分の頭に手を当てて痛がったが、マザーは自分の頭ではなくとっさに相手の頭をおさえた。それは「自分と相手はつながっているという事を常に意識していたから」ということ。
・まただれでも人から見捨てられる体験をするのが一番つらいものだと、だからよりそっていくと生き抜く力が沸いてくるということ。また何かを「恐れる心」が心の汚染を招いているのだということ。人間は誰でも深いところでつながっているのだから、自分自らから「明るくなる」ことで他の人も明るくすることができる、ということ。
というような感じでしたねーとてもよかったです(^^)。でも、鈴木さんもやはりシスターさんでいらっしゃるからか、すこし教会の説教を聴いているような雰囲気になったのが印象的でもありましたね。自分は組織的宗教団体に前世でだいぶ反感を持ったからなのか、一方的に押し付けがましく情熱的に話されたりするのが苦手なようなので、そのような傾向がある方はすぐにわかって逃げようとしてしまうようなのですが(^^;)、鈴木さんはオーラも明るいですしよかったですね。
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そしてトリが江原さんでしたね。
・まず前のお二人がスクリーンで拡大してバックに映されていたのですが、そうしてしまうと観衆がまるでテレビでも見ているようになり、生で人がお話しているのにそれを気遣うこともなく振舞ってしまうので、遠くの客席の方には申し訳ないですが、自分はわがまま言ってスクリーン上映をやめにしてもらったということ。
・それで、今の世の中いろいろあるが、それはこの現世しか見ていないから起こることで、それは今のスピリチュアルブーム?で、スピリチュアルカウンセラーを名乗る人も多いが、実は現世利益、物質的価値観などを基準にしてしまっているという話も良く聞くと。霊の力で結局物質的な幸せを求めてしまっている人も多いと。
・また帯津先生も科学者による研究のことをおっしゃっていたが、SPR(心霊現象研究協会)などの成立も、基はといえば霊現象を否定するための研究であったのだと、でもまだその組織が存在するということは、霊現象を否定し切れていないから、ということなのだと。またmedium(霊媒)ということばも、そもそもは研究上の用語として生まれたものであるということ。
・そしてその研究では、たとえば霊が物質化しているあいだに手形をとったりして、ありえない現象を起こしたりしたこともあったと。そしてそれらの「デモンストレーション」なども時代によって
物理現象>透視現象>スピリチュアルヒーリング>交霊現象
という感じに変化してきたものであると。そして現代は「霊的価値観の実践」の時代であると。霊的なデモをする人にしてもそれは単なる道具に過ぎないということ。
・魂のことは魂の目で見る必要があり、この世で生きている、生かされているのも魂の向上のために様々な経験が必要だからであると。そして目に見えないものに対しての敬いや、人生を受け入れるという姿勢を育てて行くことが重要であると。
・また偶然はなく必然というが、それは努力あっての必然であって、努力なしでなんでもそうなるというわけではないということ。すべて因・縁・果であり、原因・理由ががあって起こっているのだということ。
・私たちはだれでも旅の途中であり、それは非物質界から物質界への旅なのだと。物質界には物質界にしかない悩みがあるのだが、そのような難しい状況にいて初めて本当の自分を見つめることができるのであると。そのような意味で人生は魂のスポーツjムのようなところであると。
・たとえば人間は怒ることができるが、それは怒るとむなしい、という事を知るために、そうできるようになっているのであると。
・またたとえば雨月物語などの日本文学も霊界の存在を前提としなければ内容が理解できないものであると。だから霊のことは非科学的だということではなく「未科学」なのだということ。
・また「長く生きる」ということも、実は物質的価値観から言えることであり、それよりも重要なことは「魂の充実」なのだと。また何かを「得られた」ということに重きを置くのではなく、いかに「込めたか」ということを大切にするべきだと。
・私もブレスレットなどをつけていると誤解されやすいが、それはあくまでもサプリメントであって、それだけで、物だけで幸せになるはずはないのだと。物にすがるということは自分に「依存心」があるということのバロメータになるのだと。
・また病気にしても、それらに意味があるということをしっかりと認識することが大切だと。だから病気も恐れることはないものなのだと。医療にしても、治る事それ自体は結構だが、治ることだけを考えずに病を「学び」として捉えることが必要だと。
・病気については本にも書いてあるように
肉の病 − 不摂生などによるもの。
たましいの病 − 思い癖などによるもの。
霊の病 − 宿命、自分が決めたカリキュラムなど。
の三つがあるのだと。またそれらが複雑に連動していることもあるのだと。
・また、江原さんがカウンセリングなどであるていど告知をしなくてはいけない場合には、まず
1.「死は恐いかどうか?」を聞き、
2.「守護霊さんからのメッセージ」を伝え、恐れを取り除く。
のであると。そして人生の刹那さや、人生哲学を学んでいくことで、準備ができていくものなのであると。
・医療では「脳死は死か?」などの問題もあるが、このように死というものを理解することによって、今後の人生を「込めて」生きることができ、希望をあたえることができる。「誰でもいつかは死ぬ」ということを認識することにより、より良く人生を生きることができる。
・また末期の方がつらいのは実は家族からの「がんばれ!」という励ましなのだと。だから最期に言う言葉は「もうがんばれない」という言葉も多いのだと。
だからお迎えが来ているときは「もうがんばらなくていい」ということを伝えるのだと。また寿命に関してもいわば人生ショートステイ、もしくはロングステイの人がいるというだけなのだと。
またある末期がんの方の例を挙げて、病院で事切れても、そのお母さんが気功師を呼んで何とか生き返らそうとしたのだと。気功師が馬乗りになって患者さんの上にでがんばっている姿は、見ていて虚しく、物質的価値観以外の何者でもなかったと。
・患者さんの目に見えない苦痛(スピリチュアルペイン)については、同じように診療しても、感謝のある人には良く効き、不平不満のある人にはなかなか効かないということもあるのだと。また「人は生きたように死んでいく」のだと。
・スピリチュアルペインを減らすために、その人によりそっていくことは非常に大事であると。人生を振り返り、そして内観をする時間を作ることも必要なのだと。そうして死に対する恐怖など、様々な恐怖を一つ一つ取り除いていくことが大事なのだと。
・またそのために江原さんの「8つの法則」があるのだが、それの元は「スピリチュアリズム七大綱領」であるのだと。それをわかりやすく咀嚼したものが8つの法則なのだと。
・現代は死について話すことはタブーになってしまっているので、患者さんはともそれを話題にすることができなくてつらいこともあるのだと。宗教などはその役目であったのだが、今は物質的な価値観もしくは現実逃避的になってしまっているところが多いので頼りにならないのだと。
・また私もこのような医療や代替療法などを脅かす活動をしているわけではなく、それぞれの方法で有機的に協力し合うことが大切なので、ご安心ください。
とのことでしたねー(^^)。では次回に続きます。
Posted by fy3on3 00:42:28 │Comments(4) │TrackBack(0)
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