ホリスティック医学とスピリチュアルヘルス〜生老病死を豊かに生きる〜(その2)
2007-07-23
はいー写真は右近さんが建てた天主堂跡の碑ですが、こちらの方のページにもあるように、知れば知るほどすごい人だったのだなァということがわかりますねぇ〜、そのお父さんもなかなかすごかったようですね(^o^)、こりゃーいつかまたブームにならずともなんらかで取り上げられる日が来そうですなぁ〜という感じも致しますねー。
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さて、先日の「志村どうぶつ園」でも、アニマル・コミュニケーターのハイジさんがでてらして、車の事故で後ろ足が動かなくなったワンちゃんと会話してましたね(^^)。家から脱走してしまうのはべつに飼い主さんがいやになったわけでもなく、足が悪くてももっと外で遊びたいから、ということでしたねー。
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で、アニマル・コミュニケーションというのも実は霊視と同じ原理のように私は思えるのですが、番組では亡くなったペットを対象としないからか、おどろおどろしい演出はなく、ペットは飼い主さんが思う以上に飼い主さんに感謝もしているし愛情を持って接してくれているということを主眼にしていますよね。
また実際のアニマル・コミュニケーションでは亡くなったペットに対してもコミュニケーションをとることができるので、ペットロスに対しての癒しにもなったりして、とても良いのですよねー。私もすこしその分野のさまざまな講座を受講したことがあるのですが、前世や今回飼い主との関係、飼い主の病気を知らせてくれたり、家族関係をいやしてくれたりと、なかなかペットさんも家族の一員さんとして忙しい、ということも知りましたね(^^)。
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で、今日はもう実家から都内に帰ってきているのですが、毎回実家に帰ることに理由の一つに、うちの番犬が元々猟犬であるコーギーの雑種っぽくて、それにもかかわらずあまり運動していないので、すっかり「メタボ犬」になってしまい、なんだか見るからにかわいそうなので、あちこち散歩をさせる、ということもあるのですね(^^;)。両親ももうくたびれて毎日あまり長いこと歩けないので、少し遠出して運動させるわけです。
で、どんどん走らせたり、人のいない土手などでは放してあげると一人で遊んだりして、散歩の時間意外はつながれっぱなしなのでそのストレスを解消できてオーラもスッキリするのもわかるのですが、
他の飼い主さん見ているとまだまだペットは人間のことなどはなにもわかってない、という感じでしつけのときにひっぱたいたり、リードを強くひっぱったりしている方も多いですよね、でもそのうちにアニマル・コミュニケーションも市民権を得て犬権猫権というのもより確立されていくのかなーって思いますねー(^^)。
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さて、それぞれの方の講演のあとは、お三方と司会の黒丸さんというすごい名前のお医者さんとですねディスカッションに入りました。黒丸さんはこちらのような書籍をお出しになっている方ですねー。
それで、まず講演ではおはなしにならなかった、臨死体験のことを鈴木さんがお話になったのですが、これは書籍にも詳しいですよね。もう気がつくと大きなハスの花の上に自分が立っていて、花びらが一枚ずつ落ちていくごとに自分のエゴイズムが消えていく〜という感じで、とてもすばらしい世界だった、とのことでしたね。で、実際聴いていても、先ほどの講演もよかったですけれどもこの臨死体験のお話をなさっていらっしゃるときに鈴木さんのオーラがまた一段と輝いて、あーやはりこの経験が人生を大きく変えたのだなぁ〜と感じましたねー。
それから不思議なことがどんどん鈴木さんに起きて、未来などもわかるようになってと、いままでの寡黙な修道女の生活とは一変してしまったようなのですが、江原さんも曰く、実はキリスト教はイエス様しか奇跡を起こしてはいけない前提になっているので、
自分がいろいろわかるということをカミングアウトしたというのは、本当は異端になるので、とても勇気のいったことなのではないですか?とおっしゃってましたね。でもそれ以上にその体験がすばらしいものだったので、どう思われようと人にいわずにはいられなかった、とのことでしたね。そして自分を通して大きな光を人に分け与えていくお役目をしていくのだ、ということでした(^^)。
また鈴木さんも、傾聴、アクティブ・リスニングということを通してケアをしていくということだったのですが、それはやはり、クライエントさんというのは、まず第一に語りたいものであると。よくその人だけが感じている現実をガンコにもっているかたもいらっしゃるのだが、それはそれで、その人が現実だと思っていることがやはりその人にとっての現実なので否定せずにどんどんわかってあげることなのだと。
そうして聞いていくうちに、たとえば家族が悪い、あーだこーだと、最初は言っているのが、だんだんと、でもこういう良いこともしてくれた、自分は本当はもっと感謝の気持ちを伝えたかった、など、関係性の中でよい部分が出てくるものだと。
その自分の今までのことを「反省」できる段階になったら、その良い部分というのを聴く側が強調していくとよいのだと。そうして家族と徐々に仲直りしてきたり、またそうすると心の仕えも取れて体も良くなってきて、食べれなかったのが少しずつ食べれるようになる、歩けなかったのが歩けるようになるという感動も得ていけるようになるのだということでしたね。
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また今度は黒丸さんが、江原さんに「スピリチュアルカウンセリングでずばずば見通して言ってしまうのはいかがなものか?」という雰囲気で質問すると、私は聞かれれば答えるが、こちらから余計なことを言ったりはしていないのだと。あくまでもクライエントさんことを思い、クライエントさん主体で考えていくのだと。また病の告知にしても、そのお医者さんがその患者さんと添い遂げられる意思があるのであればよいのだが、そうでない場合は考えるべきだと。
全ては動機しだいで、たとえば病気の苦しみがある場合は「それも学びです」などといってほっておくわけではなく、医学的にお薬を使って対処していくのがよいでしょうと。代替療法やヒーラーの方は薬をやめさせたり、嫌悪するようなひともいるが、それはよくなくて、イギリスでスピリチュアルヒーラーが病院内にいるなど、認められてきた経緯としては、医師の診断にしたがい、必要なことは患者にアドバイスするのではなく、医師に報告し助言するというシステムができているからなのだと。だから日本でもさまざま代替療法があるが、それを野放し状態にするのではなく、社会性を重んじた安全なシステムとして確立していく必要があるのでは、ということでした。
また鈴木さんのお話では、人間は例えば大きな病や事故などで、自分を急に変えることもできるが、それはたとえばコップの汚れた水を全部一度出して取り替えるようなもので、痛みを伴うのだと。
でも、もう一つのやり方としては、徐々によい知識や考え方、感謝や祈りなどによって、少しずつコップに新しい水を注ぎ込むことによって、徐々にきれいにしていくこともできるのだと、どちらを選ぶかはその人しだいだと。
そして江原さんも、真の幸せということは、恐れるものが何もないということであると。だからこの世に不公平はなく、ただ今生かされていることの感謝があるのみだと。
また私たちがいまもこの世界で生きて生かされているのは、私たちが未熟であるからこそだと。このような泥のような世の中であるからこそ、ハスの花が綺麗に咲くように、たましいを磨いていく学びをすることができるのだ、ということでしたね(^^)。
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…と、まぁもっといろいろおっしゃっていたと思うのですが、へた字なメモ書きだと読めなくて結構わすれちゃってることも多いですね(^^;)。ほとんどのことは書籍にも書いてあることだったと思います。
またそうそう、江原さん曰く、日本の医療というのはいろいろあるが結局は進んでいるのだと、イギリスではレントゲン取るのにも三ヶ月待ちになったりするくらい、保険制度なども遅れているので、まだよいのだと。それはこちらの方のページを見てもわかりますね、すこし「正負の法則」といったところもあるでしょうか(^^)?。
そして「緩和ケア」という分野もいろいろ派閥的なものがあって…などということもおっしゃってましたね(^^;)なかなか医師会を中心に医療というのも利権団体化しているようなか感じで、それはアメリカですが今上映中のマイケル・ムーアさんの作品を見てもよくわかりますねー。
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というわけで、このようなすばらしいシンポジウムが開かれたのもきっと時代はさかのぼって高山右近さんの力によるところも大きいのだろうなぁ〜と思いましたね(^^)。よくみると神社と教会が隣接している会場ですし、まったくシスターさんと元神主さんが集まるにはもってこいの会場という感じでしたねー、今後ホスピスケアなどにもスピリチュアルな知識がより生かされていくようになればと思います(^-^)。
Posted by fy3on3 12:41:12 │Comments(5) │TrackBack(0)
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