終わりなき航路―加山雄三の人生(加山雄三著・世界文化社)
2007-08-13
はいー前回の本や南さんのインタビュー記事を読んでいて、いやー大分私たちは日本人として生きているだけでも地球に迷惑がかかっているのだなーということを知りましたねぇ〜。
たとえば私たちはものを食べるにしても、着る物にしても履く物にしても、このパソコンにしても、どこからどのくらいの資源を使ってやってきているかと言うことは無頓着に、安いから買う、よいといわれている製品だから、と言うことを念頭においていることが多いですが、
そうすると、売る側や作る側も、お金が入ってくればよいという観念でどんどん自然のことや風土を考えずに開発してしまうので、本当のものの価値がわからなくなっているんだなァ〜と言うことがわかりましたね。
ですから良く私も、地球環境に一番優しくエコなのは、人間が地球上からいなくなる事だ、とどこからか聴いたことを良く申し上げておりますが、ほんとにそのようで、お金持ちの国向けの肉を作るために、最近ではバイオ燃料をつくるために、そうでないところの食料がなくなっているということですよね。またアマゾンなどの原生林もけずられていると…。
その状態をつくった貨幣経済というのは、確かに使ってみると貯められたりして便利なのですが、逆に人間が使われてしまっているというあの「モモ」の時間貯蓄銀行のようなことが相変わらず起こっているということのようですね。
でももうシステム的にはかなりしっかりしちゃっているので、後は個人レベルでその流れに乗った生き方をして今生を生きていくのか、それともより自然な生き方をするのかというのは、おかげさまで日本人であるならば結構選択の余地があるので、それぞれの方の判断に任されているわけです。
それでもってスピリチュアルな知識も徐々に獲得しつつあるわけですから、このようななかでしらばっくれて消費消費ってやってはいられないだろうなぁと、カルマとしてかえってきちゃうだろうなぁとは思うわけですね。
ですから地球は教材、人間と言うものはその教材の中である程度自由に学ばせていただいていると言うことを念頭において日々謙虚に生きることが肝要かなーと思うのですね、謙虚に生きなきゃイカンヨーと(^^;)。
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さて、この本ですが、まもなく24時間テレビもありますけれども、この番組にゆかりの加山雄三さんの自伝と言った感じの本ですね。また欽ちゃんもえらいですよねー(^^)。
で、こないだのイルカさんのコンサートのではじめて私も生で拝見したのですが、なかなかほんとオーラが大きく輝いている方でしたよね。借金をして大変だったと言うお話しかしらなかったので、やはり苦労なさったからなのかなーとおもいまして、この本を読んでみたのですが、お若いうちに成功して、結構好きなことができたからこそ、借金を抱えてからからはまたさまざまな苦悩もあったという感じでしたね。
ご結婚当時は23億円の借金があり、マイナスからのスタートだったということですが、それがさまざまな活動をおこなう原動力にもなったと、非常にプラス思考で動いていらっしゃるのもわかります。そんな中でも「光進丸」という船は手放さずに、海を心のよりどころとしてがんばってこられた姿勢は感心するばかりですねー(^^)。
今の世の中(2000年)さまざまな理由で自殺する人は年間三万人を超えると言う。
その墓には精神的に追い詰められたり、現実的に事業に失敗をして死を選ぶ人もいるだろう。他人にはわからないさまざまな理由が原因があると思う。
けれどあえて、僕は言いたい。
抱える荷物が重いからこそ、人のちょっとした思いやりや行為を百倍も感じることができる。そそテイやなことも家族のためと考えればもうひと踏ん張りできることもある。
その結果、思いがけない人との出会いがあったりもするものだ。
苦しみほどすばらしいものはない、これが僕が生きてきた中で得た心からの実感だ。
一難去って、また一難。その一難を乗り越えようともがくうちに、最初はただの苦しみでしかなかったものが、徐々に形を変え、最後にはすばらしいものとなっていく。
自分の心が鍛えられていき、さまざまな能力が掘り起こされ、パワーになっていく。人との出会いや、親切にめぐり会え、感謝することができる。
苦しさがなければ妻との結婚生活で、彼女の強さ、すごさ、ありがたさにも気づかないままだったかもしれない。
…この世に生を享けたからには、もっている自分の力を最大限に生かすこと。これが生を授けてくれた人への恩返しだと思っている。
ということで、いやー言葉に重みがありますねぇ〜(^-^)。また加山さんもある「仙人のような老人」の方から予言されたように、19歳のときに臨死体験をなさっているのですね。
小さな光があり、自分は暗闇の中にいて、その小さな光のところに行かなくちゃ、あの光のところにどうしても行かなきゃと、どこかで強く思っている。
その光がだんだん大きくなっていったと思ったら、赤や黄色、緑といった綺麗な筋が何本も横に浮かんだ、言うならばお花畑のような場所に自分がいると、よく言われるあれだろう。
俺はこんなに若くして死ぬんだろうか…いやだ!なんとかしなきゃという思いがかすめる。
そのあいだ、どのくらいかわからないが、僕の心臓は完全に停止していたそうだ。
「しっかりするのよ!死んじゃだめ!」
母は僕の手足をもんだり、顔を必死にたたいたりして、どうにかして僕の意識を取り戻そうと筆紙だったらしい。
ふと思いついて、バッグからいつも祈っているときに使っている数珠を取り出し、僕の首にかけた。
一方、「お花畑」にいる僕は、自分はこのまま死ぬのかな、いやだな、こんなに若く、でももう死んでしまうのかと意識のどこかで思っている。
ところが何かの拍子にどこからかともなく徐々に暖かくなってくるのを感じた。そのぬくもりは、少しずつ体全体をよみがえらせる力に満ちてくるように感じた。
「あっ、心臓が動き出した!」と言う声が聞こえた。
「大丈夫だ、大丈夫だ」と誰かが言っている声が聞こえて、僕は自分が「どこか遠く」から、母の元に戻ってきたことを知った。
と、いうことで、その老人に予言されていたので、毎日お母様がお祈りをなさっていらしたそうです。
アカシックレコードと言う人の寿命を全て記録したものがどこかに存在すると言う。そこには一人一人の人間の寿命が書いてあるのだと言う。
僕のアカシックレコードにはおそらく、あの仙人のような老人が口にしたとおり、19歳と書かれていたのではないか。
その記録を母が塗り変えてくれた。母は自分の分の寿命僕にくれた。僕はそう思っている。
人の気持ちや愛情は必ずやある力、エネルギーとなって、他の人に注がれる。
ということで、結構スピリチュアルなことを実体験としてお持ちなのだなーということですね。あまり表舞台ではそのようなことはおっしゃらないので、意外な感じですねー、さらにさまざまなことはつづきます。
おじの経営していたパシフィック・パーク・ホテルが倒産したのは1970年(昭和45年)の7月、僕が三十三歳のときだった。…父と僕とは役員として名を連ねていた。
そのニュースを聞いたとき、体から血液がすっと抜け出ていくような感覚を味わった。肉体はそこにあるが、精神はどこか遠くに引っ張られていくと言う感覚だ。二ヶ月前には、母親を亡くすという、これまでにない失意の状態にあった矢先のことだった。
…初めての挫折二期が動転していた僕は、自分の不運を嘆くばかりと言う日々が続いた。この当時僕は酒を飲んで荒れに荒れ、生まれて初めて「死」を考えた。
…僕のかかわっていた会社が倒産したとわかったとたん、予想通りというか、周りにいた人間は見る見る間に手のひらを返したように僕の前から消えていった。…「手のひらを返す」と言う言葉は知っていたが、それは字面だけだったのだ。
人は、自分を思ってくれる人のエネルギーを吸収するとすごいパワーが出ると言う話を先に書いたが、逆に冷たい仕打ちは人からエネルギーを奪ってしまうものなのだ。
…と言う感じで、借金をなさってからは大分精神的にも苦労なさった様子が伺えますね。人気が絶大だっただけに、スキャンダルがあるとどん底までおとされてしまう、と言う世間の冷たさは今もあると思います。でもそのような状態だからこそ、いろいろ鍛えられたと言うことですね。
不思議なことに、「考えたくないこと」というのは、しっかりと見つめてみると、恐怖以外の感情をも呼び起こす。
怖い、悲しい、屈辱だと言う感情を自分で「認める」と、閉じ込められていた自信や、幸福感と言うプラスの感情も同時に動き始める。
今時分を苦しめているのが、世間や他人の目や、評価と言ったものなら、そんなものは自分が今ここで酒を飲み、苦しむことでは消えはしない。
その屈辱感さえなければ幸せになれると思うのは、
お金やアルコールやなにか物があれば幸せだと思うことと同様、錯覚に過ぎないではないか。
自分にとって本当に大切なことは、現実の問題を解決の方向に持っていくことだ。周りばかり見ていた自分が情けない。もっと自分の中心に向けて考えを深め、自分自身の心を検証し続けることこそが、本来に自分を取り戻すことだ。
と言う感じで、地道に前向きに行くことが重要だとおっしゃっていますねー。そのようにいろいろ苦労な際ながらも「光進丸」と言う船を自分で設計して建造したり、スキー場を経営したりと、やりたいことはちゃんと実現していらっしゃる姿勢は偉いなーと思いますね(^^)。
また悩んだときや人生の節目には必ず海に出て、その海の広さに救われたと言うことですね。
人生とは、自分を探す旅だとも言う。それは自分の可能性を見つけ、それを伸ばし、それまでの自分を超えていくことでもある。人はいろいろな意味でその手助けをしてくれる。
もちろん、ゆがんだ鏡や、曇った鏡もあり、不愉快な思いをすることもあるだろう。でも、そこに映っているのもまた自分の姿なのだ。
人という鏡はいつも、綺麗な自分を映してくれるとは限らない。あまりに明白で、現実的な、思わず目をそらしたくなるような自分を映し出すこともある。
…(そのような人のマイナス面ばかりを見てしまうという)悪循環を断ち切る方法はただ一つ、相手のいいところを見つけることだ。
「誰かをイヤだなあと感じても、それにこだわることはやめてみよう。自分をどれだけコントロールできるか試してみよう」
僕は、自己コントロールを心がけるようにしてみた。
嫌だと感じることを抑えるのではなく、まずその感情を素直に認め、その感情を自分から一歩離して俯瞰した状態で見てみるのだ。
そうすることで、今までの狭い自分の枠からは一歩外に出たところで、その感情を眺めることができる。自分を客観視することで、感情までも冷静に取り出してみるのだ。
…自分の目的は何なのか。その原点に戻ればよいのだ。自分の目的に全力を注いでいるうちに、そんなことはきれいに忘れている。
「人はすべて鏡なり。そこに映る己が姿を見て、自分の存在理由と存在価値を知れ」
ということで、いやー結構考えていることもすごいぞ若大将、と言うことも読んでいてわかりましたねぇ〜、最近も新しいアルバムをお出しになったとかで、まだまだホントお元気ですねー、これからもいろいろまた学ばせていただければと思います。(^^)
Posted by fy3on3 22:29:20 │Comments(2) │TrackBack(0)
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