「臨死体験 光の世界へ」 (M・モース著 立花隆監修 TBSブリタニカ)
2005-09-28
はい、今日のヤフトピで「江原啓之、ひとり勝ちの秘密」って取り上げられてましたねぇ。「女性にモテモテ“霊能者”江原啓之、癒しテクとは?」と夕刊紙的な見出しでもありましたが(^^;)まあ確かに声とか容姿とかあるのでしょうけれども、実際はこう守護霊さん指導霊さんなわけですね、見えない世界での吸引力というか、そういうものがあって、また周りの状況も整ってこうブームのようになっているとの事のようです。
まぁ一時的なものではなくメッセージとしてちゃんとしたものがあるのでとりあえず良かったなぁと思いますね、いろいろ私も最初から「守護霊さんとは?オーラとは?」とか説明する事が少なくて助かるなぁ、というのもあって感謝しております(^^)。
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さて、そんなこんなで上記の本なのですが、いきなり序文から引用させていただきましょう。
心やさしい小児科医であるモース博士は、自分の患者の臨死体験を聞いてすっかり心を奪われた。その患者はケイティという内気で愛らしい少女で、プールで溺れ、瀕死の状態で彼の病院に運び込まれてきた。少女は三日間、死の淵をさまよった。昏睡状態が続き、人工呼吸器の助けなしでは呼吸すらできなかった。…三日目が過ぎる頃、少女は永い眠りから眠り姫のごとく目を覚ました。
…博士はプールでの出来事を問うと、ケイティは「天国の神様とあったときのことね?」と答え、“天国”へ行ってきたという、耳を疑うような霊的な旅のことを語りだした。博士は魔法にかかったようにただただ耳を傾けた。ケイティは、やさしさと愛で彼女を包み込んでくれる光り輝く神のことを話して聞かせてくれた。
エリザベスという名の守護天使の案内で天国を見てまわったこと、その守護天使はケイティが家族に会えるようにいったん家に帰してくれたこと、ここにとどまるか、母親の元に帰るか、どちらかを選ぶようにという神の言葉があった事を話し続けた。「あたし、戻るほうを選んだの。だから今ここにいるのよ。」と彼女は無邪気に言った。
…医師であるならば、たとえ医学部で教わらなかったことでも、人間の肉体と精神に関するあらゆる事象に耳を傾け、学び、受け入れるだけの賢明さが要求される。モース博士には、伝統的な医学会の枠から足を踏み出し、臨死体験や心霊現象や魂の存在に科学の目を向けるだけの勇気があったのである。
はい、まぁお医者さんでも、あのオウムの林さんのように、正義感が強すぎてうまく操られちゃう、という方もいますので、とにかく見えない世界に関することでは慎重に行動したほうが良いに越したことはないですよね。でもガチガチに薬物療法でとか、ものすごく費用がかかる外科手術でなんとかという感じのことばかりやっているのもどうかと思うので、命のサイクルですね、それを認識した上での医療というのがもっと普及して来ればよいなぁとおもいますね(^^)。
また上のケイティちゃんのお話だと守護天使さんとかもでてきますけど、イエスさんが出てくる話もあったりして、あぁいちいちいろいろな方のご臨終に立ち会っていたら一人だとお体も大変だろうな?と思うんですが、それはどうもいろいろな方がわかりやすく形を変えて現れてきてくれる、という事があるようなんですね、仏教徒にはお釈迦様が、とか言う感じですよね。
「なんだかどっから来たのかよくわからない、不思議な格好をした、頼りなさげな人(「菊次郎の夏」の井手らっきょ風な人など)」に突然出てこられても、「あれ?この人についてっていいのかな?」って迷っちゃう人も出てくると思いますから、しっかり輝いているある程度は世間的な認知度の高い人に変身したほうが、安心して次の世界に案内できるっていうものですよね(^^)。
そして、この本には他にもたくさん臨死体験の事例が載っていますが、共通する体験としては次のようなことになるようです。
心停止から生き返った子供たち、あるいは深い昏睡状態から奇跡的に回復した子供たちからなる対象群の子供たちは、一人残らず別の体験をしている事がわかった。ほとんどが臨死体験の特徴の少なくとも一つを体験していた。
―対外離脱、トンネルのようなところを昇っていくこと、光を見ること、死んだと思っていた人に会うこと、天上の光を見ること、これまでの人生を振り返ること、さらに、自分の体に戻ることを自分の意志で決めるということだ。
そうそう、かならず「光」を見るらしいんですね。突然真っ黒けな暗闇ばかりじゃぁ〜っ、て感じにはならないようなので、いろいろ隠れてずるいことしている貴兄もご安心ください(^^;)。でもまぁ明るい光に導かれるにはそれ相応の純粋な心というのも必要なようでもあります。
それから人生を振り返って、あぁこんなことやってきちゃったんで、またちょっと反省して次の人生はこれこれこうこうで、とか行き先を決めるようなんですね。やはり自分で自分を裁くというか、反省して自分で自分を高めるようにするようです。また類魂説では自分のチームの人たちと会っていろいろな話に花を咲かせて、これからどうすんの?とか相談して、と言うことらしいですね。まぁいろいろな説があるのですが、それはまたあの世に行ってからのお楽しみだと思います(^^)。
また、モース博士は、11歳のときに「洞機能不全症候群」という病気で臨死体験をした少年に、病気から回復した7年後にインタビューをしています。
この患者はこの体験を臨死体験とは思わず、夢だと思っていた。それにもかかわらず、この体験が彼を変えた。これも臨死体験の中核的体験の一つである。
私の観察では、彼は今、人生に意義を見出している。彼の同年輩の若者たちは、物質的なものに関心が強いが、彼はお金より知識を求めている。
「友達のようにパーティに行ったり酒を飲んだり、といったばかばかしいことをする気にはなれませんね。生きることにもっと意義があることを知っていますから。」と彼は語った。
と、もうすごく達観した心境になってしまうようなんですね、臨死体験をするには最低一度は臨死状態にならないといけないので、なかなか人為的にこうした悟りに達するのは難しいかもしれませんが(^^;)、
まぁ似たようなところで、あのドクター中松さんが発明アイデアをひねり出すときに、プールの中に解けない紙でできたメモ帳を持ち込んで、ものすごーく長時間息を止めて「もうだめだ!」って思うときにアイデアがひらめくので瞬間的にそれを書き留めておく、なんてことをやっているそうなんですね。
それって映画「コンスタンティン」でもやってたように思うんですが、つまりこちらでのすごく短い刹那な時間というのは、あの世では実はものすごく長い時間であるようなんですね。そんでもっていろいろあちらの図書館とか行ってとかあちらの方と相談してきて知識を得て戻ってくるとか、そんな感じのようです、こりゃまたあら便利ですが、結構命がけでもありますね(^^;)。
また時間の概念というのもおそらく曲げられるというか、本当は時間というものは無い、らしく、いろいろ体験するために都合上便宜的に作られたものらしいので、どうにでもできるらしいのですね、確か相対性理論とかもそんな感じのようなんですよね、まったく夢のような世の中に生きているんだなぁと思います(^-^)。
Posted by fy3on3 23:50:27 │Comments(9) │TrackBack(0)
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