泣いて笑って三くだり半―女と男の縁切り作法 (高木 侃 著・教育出版)
2007-11-30
はいー、元気さんと双雲さんのライブトークも今日まででしたが、よかったですねぇ(^^)。
(司会)山本シュウさん:(派手な入場パフォーマンスなど)ルール破りなことをしたらね、自分のやっていること、ものすごく批判されたりするでしょ?ありました?
須藤元気さん:はい、もちろんありましたけれども、人間の価値観というのは人それぞれ違うわけじゃないですか。でもその価値観に僕があわせようとすると、これって自分の軸がなくなるんですね。
なぜなら全員、100人いたら100人考え方が違うんですから、頭でこの人の考え方にあわせようって考えると、軸がぶれて自分を見失うようになって、どうなってるんだろうというふうになってしまう。だから頭で考えずおなかで聴くようにするっていうのは、僕は意識しています。
又他者というのは好きな事言うんです。好きな人は好きって言ってくれるんです。嫌いな人は嫌いと、その二つの価値観だけなんです。
そういう意味で好きって言われても驕らないんです、ふつうに「ありがとうございます。」って。嫌いだ、といわれても、「あぁ、この人の価値観でこの人は嫌いなんだな。」ということで、それで淡白に終わってしまうんですよね。そうすると人に何を言われても傷つかないんです。すべての自分の意識の投影物がこの世界だと思っているんです。
結局すべての出来事は、自分が作り上げている、という風に意識しているので、いい事悪い事すべて自分が引き起こしているっと分かっているので、傷つくことはないんです。
…現象は変えられないんです、でも捉え方を変えると、世界が変わるんです。その「捉え方を変える」っていうことが、本当の「自由」だと思うんです。
…という感じで、悟っていらしてますね〜(^^)。お二人とも弘法大師さんをお好きでいらして、なるほど書道もそうですよねー、「仏になったつもりで、俗世間にまみれて毎日生きなさい」と空海は言っていたんですよ、と双雲さんもおっしゃってましたが、なるほどですよねー(^^)p。
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さて、この本はカウンセリングをやっておりますと切っても切れない縁がある「離婚」問題を扱っている本ですね(^^;)。毎週一回はそのようなご相談があるという感じですから、ふむーなかなか男女関係は難しいようです。ちなみにこんな記事もあって、やはり「恋愛は感性の学び、結婚は忍耐の学び」なのだなーとつくづく思いますねぇ。
さて、いまよりは結構我慢強かった人が多いであろう江戸時代でもなかなか忍耐我慢ならぬダンナがいたおうちもたしかにあったようで、その奥方のためにきちんと「縁切寺」なるものがあったわけですね、本書でも紹介しております。
で、わたくしも鎌倉の東慶寺は知っていたのですが、もうひとつ群馬に「満徳寺」というのがある、というのは初めて知ったのですね。今は資料館になっているそうです。実は著者の高木さんが館長ですね。インタビューを読むと、妻が夫への引導の代わりに三くだり半をあらかじめしたためておくこともあったとかで、今とあまり変わりませんよね(^^;)。
で、いろいろな戦も多かった北鎌倉にある東慶寺でもそうなのですが、オーラ見るとほんとこうあったかな良いオーラをしているわけなのですね。仏さまのエネルギーがいっぱいな感じなので、誰かと縁を切りたい方はぜひと思うのですが(^^;)、そうじゃなくて心機一転したり、心穏やかになりたい方もお参りすると良い感じですよねー。
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また離婚率についても載っていますが、実は現代の約2パーセントよりも明治16年の3.39パーセントのほうが高かった、というのがあげられていますね。それが低くなったのは明治31年に「明治民法」ができて、妻のほうからは離婚請求しても夫が応じなかったら離婚できなくなったから、だそうです。
また江戸時代は「初婚で終わることはまれで、女子で、30歳前に夫に離死別した場合、8割以上が再婚し、6婚、7婚の事例も少なくない「多婚」であった」とのことなのですね。ですから結構過去にとらわれず臨機応変な感じだったようです。
いろいろご家族のことで悩んでいらっしゃる方を見ると、実は忍耐力の欠如ではなく自立心の欠如だったりする場合が多いような気がしますので、愛の電池不足で体を悪くしたりする前に、よく考えて相談して前に進んでいかれるとまた良いかと存じます(^^)。
Posted by fy3on3 23:21:09 │Comments(0) │TrackBack(0)
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