はいー毎日テレビなどはオリンピックで盛り上がっておりますが、やはりメダル取るくらいの方というのは、スカーっとオーラが晴れ渡っていて雲がなくてちょっと神がかっているようなオーラをしている方も多いですよね(^^)。
ですから、あまり緊張しすぎてもそのような状態にもなれないと思いますし、ほんとに無欲で自分を試していくような気持ちで試合に臨むとよいのだなーということもよく分かります。
ただ、かといってメダル取れなかった人がどうなのか?というと、やはりリベンジのチャンスというのが、この人生の中でもまだまだありますし、長い目で見れば来世や再来世やそのあとずっときっと来々軒くらいまでラララーイと続くわけですので、何かをあきらめちゃったり落ち込んじゃったりする必要はないわけですよねー、この世で培ったワザや技術というのは、来世まで持ち越される、というお話ですよね(^-^)。
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さて、私はまだ実は川越なのですが、そういえばそろそろ関西に行く準備をしなくてはですよね(^^;)。そういえば各地方に行く前や後は結構その地方出身の方に出会うことも多かったりして、いろいろシンクロしたりしますので、ほんと偶然はないなぁ〜と思いますよね。ちなみに今日のお昼もテレビぱっと見たらみのさんの変わりにみわさんが〜(~o~)ということで、生放送で相談というのもすごかったですよねー。
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で、さてさて、今日のテーマですが、去年一年応援させていただいた大阪本社のある、いつもなかなか読み応えのある内容の「ビッグイシュー」さんの記事よりの引用です。東京学芸大学教授の上野さんにインタビューという形の記事ですね。
「また、今の学校っていうのは横並びですからね。二年生の終わりにはみんな九九をできなきゃいけないでしょう。あるいは、九九はできるけど、他の計算がやたらにできない子だっています。
そうやってことごとく勉強ができないと、非常に居心地が悪いし、人格が傷つけられることだってあります。」
そこで上野さんは何度も強調する。LDの人は決して勉強ができないのではなくて、「できるのに時間がかかる」または「違うやり方が必要になるだけ」なのだと。
…たとえばあのアルバート・アインシュタインはLDだったといわれている。彼は幼いころ、言葉を覚えるのが遅くて、数学以外の成績はからっきしダメだった。大学受験にも失敗して、世間に埋没しそうになっていた彼を、アインシュタインの叔父や友人、教師たちは、彼の「数学ができる」という長所をきちんと汲み取り、評価しようとしたのだった。
また、発明王と呼ばれるエジソンも読み書きと計算が苦手だった上に、学校では教師の話を聴かずボーッとすることの多いADHDの傾向があったという(LDとADHDは重複しやすいことがよく知られている)。
とっぴな行動が多く、小学校を3ヶ月で放校処分になったエジソンだが、彼は幸いなことに母親という教育者に恵まれた。エジソンは母親という理解者を得ることによって「電球への発明」へと一歩、足を踏み出すことが出来たのだった。
ほかにも、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ウォルト・ディズニー、ブルース・ジェンナーなどたくさんの名前をあげることができるが、現在も活躍を続けるもっとも有名なディスレクシア(読み書き障害)の俳優がトム・クルーズだろう。
彼は脚本を読みながらせりふを覚えるのではなくて、すべてをテープに吹き込んでもらってから内容を覚えるという。
…というわけで、有名な方のこのように実例をあげていただくと分かりやすいですが、やはり人間お役目が皆さんあって生まれてくるので、それぞれの個性を伸ばす教育をしていくのがやはりよいですよねー(^^)。
本来人間がなす評価、というのも、必ずなんらかしらのバイアスがかかっていると思うのですが、評定以下であるとなにかこう窮屈に感じる、という習慣というのもそろそろやめーにしていったりしていくと、それがいちばん大自然に近い考え方、ひいてはスピリチュアルなことがダイレクトによく分かる一番の方法にもなっていくのかなーとも思います(^-^)。