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プロの占い師が集う[占いブログ]

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今年は全国各地巡礼して参ります予定です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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江原啓之の幸せのレッスン 6月24日(ニッポン放送)

2007-08-02

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はいー、東京は暑かったですね、西国の方々は台風で大変かと思いますが、それは龍神系の江原さんがまた九州へ講演しに行ったから、という理由もあるとかないとか…(^^;)。

というのは冗談ですが、先ほども美輪さんのTBSラジオ番組「薔薇色の日曜日」の録音を聞いていたら、

今はねぇ、本当にメロディのない時代でねぇ、ヒップホップだかラップだかゲップだか…、もう○○の寝言みたいな…

「なんとかなんとかなんとかデェ〜、かんとかなんとかなんとかダァ〜…」って、もうあれは全部○○にしたほうがいいと思っていますよー。

…まぁではね、もうなんだか…お聞き苦しくてすみません、愚痴になってしまいましたけれどもね…(笑)、ではお耳治しになるかわかりませんけれども、古賀政男さんがほめてくださったわたくしの歌の中からね、作詞作曲なさってくださいまして、初めてのデビュー曲になりました「影を慕いて」をお聞き願えればと思います。…


…と相変わらずの美輪さん節がご快調でしたのですが、私が敢えて「ピー!」と伏字にした部分は美輪さんのご本をお読みの方なら簡単に埋められることと存知ますね(^^;)。

それにしても、先日帰幽なさった阿久悠さんもすごいですが、古賀メロディも久々に聴くと良いもので、やはり天才的な方だったのだなぁ〜と思いますねぇ〜(^^)。

>>>

…と書いている間にもう3日経ちましたが(^^;)、オフ会もみなさま御参加いただき大変ありがとうございました(^^)。花火大会の様子は少しですが、こちらにご用意させていただきました。





もう行きも帰りも大混雑!でもう大変だったのですが、皆さん楽しくお話しながら乗り切りましたねー(^^)。

>

さて、オフ会のことはまた次回にするとしまして、先にラジオの内容をかいつまんでですね(^^)。


まず自分の内側を見つめること

必要な情報は全てそこにあります。


自分の心を確かめないまま

情報の渦に巻き込まれてしまうと

自分を失います。


大事なのは、最初に自分の心の内側を見つめること

世の中にあふれている情報を探すのは、それを確認してからです。




・もう今年も残り半分「地、揺らぐ年」と年の初めに申し上げましたが、今まであった常識と思われることが全て崩壊するんですよ、何を信じていいかわからなくなっちゃうんですよ、と言っていましたが、実際はさまざまな問題がおこり、

予言というのもあたらないほうが良い、そうならないように、という風にしてくれれば良いのだが、私などの言葉も大海に一滴を投ずるようなものだから
なかなか変化はないですけれども、

皆さんが理解して地道に実践していただければと思っています。


<今思うこと>

今年も半分来ましたが、バラバラ事件が三つも、兄弟間、夫婦間、親子間と、なかなか辛いことでした、また食品の問題、やらせの問題、…

また自然界のほうでは地震、私たちは傲慢さを持っていますよと、自然界にはかなわないんですよということをまじまじとみて、助け合うことの大事さも確認して、

…また自殺の問題など、学校の先生までも、ということで、不都合なことがあると逃げる…、私たちは生きること自体に価値があるということ、たとえ人から石を投げられても、もし自分の中に間違えがあれば正せば良いし、自分の中に誠実さがあるのであればがんばって貫けばよいし、

世間のいろいろなことに振り回されて、また感化されて洗脳されちゃう周りの人もいけないと思う、なにかあると「お前がわるい!」と袋叩きのようなことをしますでしょう?

そうじゃなくて冷静に、ちゃんと必要な反省点があるならば反省してそれ相応の償いをしながら、また荒太に人生を歩めばよい、人間なんて失敗のない人はひとりもいないのですから…、

そういう意味では、みんながみんな自己反省がなく、人のことばかり責めたり、責任転嫁しているような世の中のような気がするんです。



また私のヴォイス公演の中でこういう話をしているのですが、ルノアールという画家は、生前は評論家に「腐った肉」という風に絵画を表現をされているんですね。それが今では名画でしょう?

評論家の判断って結構間違うことって多いんですよね、評論自体が間違っていることが多くて、評論って言うのは、相手を育てる為の叱咤激励だったりして、激励が必要なんですよ。

評論家はある意味でね、今月のこの番組のテーマでもある「お父さん、お母さん」みたいなものでね、そうでなくてはいけない、

でも今の評論家というのは、相手裁いたり、何様?ということばかり言っているんですよ。偉そうなことを言うのが評論家だと思っている。政治なんかの評論家でもそうでしょう?「じゃああんたがやってみたら?」といいたくなるようなね、そこに愛がない。

それでみんな個人においても、会社の評論家になって見たり友達の評論家だったり家族の評論家だったり、

そこでもう責任転嫁してみたり、だれだれが悪い、ってやってみたりね。みんながこう愛というものを持って評論していないことが多いんです。だから社会も愛のない評論になっちゃって、

それこそもう闇の部分を掘り出して見せてやれー、お前は悪いんだーオトシマエつけろーと、それで自殺しちゃったら「侍魂だ」と。でもそれはウソウソウソ、「逃げ」じゃないかと、そう思うんですね。

世の中全体に愛がないというのはどれだけこんなに悲しいものかと。それでわたしはね、やはり「愛は家庭から」と思うんです。夫婦の愛から始まって、そこにも「大我」相手を思いやる、子供を持つ方はもって、そこでも「大我の愛」子育てはボランティア。社会へ羽ばたくまで、それまでにたくさん愛の電池を蓄えさせてあげること、そして「大我」で見守ること。

そして社会においても「大我」で臨むと。けなす裁くの評論であれば誰でもできる、でも「大我」の評論はすでに「愛」を抱いていなければできないのです。でもすぐにでもやればできることだと思うんです。

ですからみんな「大我の愛」、相手を常に思う、自分を守るよりも、相手を愛する、ということが、世界の平和にも繋がるし、実は自分の幸せにも還ってくる、ということだと思うのです。


<今月のゲスト:国分太一さん>

江:十年後、どんな自分でいると思いますか?

太:やはり親父に近づいていればよいと思います。ねー。…親父はいつも、しゃべらなくても周りにいつも人が集まってくるような存在なんですよね。僕はしゃべってしゃべってですから…。

江:僕が思う十年後の国分さんは、「すごい男」になっていますよ。

太:おーっ!

江:家庭もって、しごとバリバリやって、いい意味での「父ちゃん」をやっていますよ。

太:子供がいてということですかー、それは嬉しいですねぇ〜子供大好きなんですよね〜。妻のために子供のために働くというのは、今後の夢かもしれませんよねー。

また今後ダイビングとかやって「自然の癒し」とかに触れて行きたいですねー、植物とか枯らしていましたからねぇ〜(笑)。

どうやって可愛がっていいかわからなかったですけれど、今は逆になって、もう植物がすごく可愛くて仕方なくなってきましたよね。今の時期も目で見て成長がわかるから、そういうのを見ても癒されるので、自然をプライベートに持ち込んで癒されたいなぁと思っていますね。…

江:TOKIOの音楽性があがってきているという評判も聞いて来ていますねー。

太:役者でミュージシャンやりながら畑耕している人がいますか?というといないんで、それが個性だと思うので、やっぱり妥協せずに磨いていくということが大事かなーと一人一人が思っていると思うんですよね。落語しゃべれるなんて5人中4人いますからねぇ。

江:そんなに忙しい生活をしていながら、その間に「猛獣」も扱ったりしながらつつ…ねぇ(笑)。

太:(笑)、でもあそこの空気はホントと違うじゃないですか、優しい空気が流れているとゲストのみなさんが言うくらいですから、僕も癒されていますしね〜。

江:ではここで一曲…。

(TOKIO「光の街」)



>>>


では次回につづきます(^^)。

Posted by fy3on3 21:46:51Comments(0)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 4月8日 (その3)

2007-05-24

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はいー、こちらのラッコさんの手つなぎの動画を見てほのぼのとしている間に、大分更新してませんでしたが(^^;)、いえいえ、実はもう一つ、こちらのセカンドライフですね、こちらの世界のほうに長いこと行っていたので、実生活がおろそかというか、

こちらの世界とあちらの世界では同時に生きられないうのも正負の法則なのかなーという感じを実感して学んでおりますねー(いいわけか?(^^;)。

まぁ実際こちらの方のページにも紹介されているようにグラフィックも綺麗でなかなか楽しめるのでありますね。

FFなどのいわゆるオンラインゲームと似てるわけですけれども、実際の貨幣取引もできてということで、税金がかかるようになるならないなど、いろいろ議論もあるようですが、とにかくあらーホント仮想現実、マトリックスな世界という感じですね。

ですから、一時間ぐらいその世界に入って、それからこちらに戻ってくると、うーむなにかこう変だと。自分も肉体を来ている思考そのもの、魂ですね、なんだろうなぁ〜って感じなどを、少し哲学的にというか、スピリチュアル的に感じるようになりましたね。

それで、このような仮想現実な世界でもちゃんとルールがあって、最初は所持金も全くなくて、住むところもないわけです…って寝る必要がないわけですからいらないわけで、どちらかというと休みたいときはそのゲームからログオフするとき、といことで、こちらの現実世界に帰ってくる、つまり私たちが寝ている状態にちかいなぁとも思うわけですね。

プログラムの肉体は特にいくら動いてもつかれませんし、セカンドライフ内ではオンラインゲームと違ってお互いに傷つけあったりもできないようになってますし病気もないようですから、あらーほんとまるで霊界というか、私たちが元々「居た」というか、実は今も寝ているときには帰っているあの世と言われている世界はこんな感じだろうなぁと思うのですが、それを経験できることができますね、空を飛ぶこともボタン一つで簡単にできますし、テレポテーションもドラえもんに頼まなくても簡単にできるので、まぁほんとめんどくさいことはほぼないですよねぇーという感じです、きっとこの地球の世界を神様が創る前はこのくらいのゆるさの世界をつくって楽しくやっていたのではー?って思いますね(^-^)。

でも、この現実世界では、お金がないと大分不自由なので、私たちは仕事仕事と毎日まい進しておりますが、このような記事を見ると、ふーむ世の中には湯水のごとくお金の使える人がいて、うらやましいなぁ〜と少しやっぱりちょっと思ったり、よっぽどそういう方は徳があるのだろう…と若干思ったりもしますが、オーラ見てみるとそういうところもありますがやはりお金を持つという立場にいるととそれなりの責任もでてきてあまり毎日のんびりだけしているわけではないのだなぁ〜って言うのもわかりますね。

ですから分相応って言う言葉が出てくるのかもしれませんが、お金はあの世=魂のふるさとにはもって帰れませんよーっと、経験と感動って、なるほど確かに江原さんも良くこの2つに集約して言ったものだーと思いますが、そのようなことを心に刻んで人をうらやむことなくマイペースに参りたいと思いますねー(^^)。でも確かにセカンドライフのチャットで話すことも、現実世界ではなにやっているんですか?ということも多くて、現実世界でもいろいろ学んで充実させて置かないと仮想現実でもあまり楽しめない、つまり、今の人生をより楽しんで学んで充実させておかないと、早くあの世に里帰りしてもあまりあの世でもお友達できないかも?ということもあるのかもしれませんね(^^;)。

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【ゲスト:義家さんつづき】

義:実は自分自身もそうだったんですよね。日曜日の夜ってホント眠れずにラジオに周波数合わせて…小学校の頃から暗闇の中悶々と「また(一週間)始まるなー」って思っていたときがあるものですから。…小学生のときから両親とうまく行っていなかったものですから。

江:では義家さんの番組がたくさんの若い人たちの支えにもなっているのじゃないかと思っているんですけど…先生になろうと思ったきっかけは?

義:つづきます。

Posted by fy3on3 18:05:49Comments(3)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 4月8日 (その2)

2007-05-19

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はいー、もう東京に帰ってきておるのですが、いつも旅に出る前というのは行くのがめんどくさい、とか思うのに、行ってからはなんだかそこにしばらく住みたくなって帰るのが惜しくなったりして、

でも帰ってみるとまぁ自宅もなかなかよろしおすなーと思ったりするという、まぁ結局人生自体が旅なのだ、というのがいよいよ身に染み付いてきて、あまり居所に執着のない感じになっておるわけですね(^-^;)。



さて、先日のお巡りさんもお亡くなりになってしまったのは本当に残念なことだと思うのですが、少しオーラ拝見していると、いやこれがほんとーに明るい方、優しい紫のオーラをなさった方で、実際文武どちらにも優れた方だったようなのですが、やはり良い方ほど人生の旅路からの帰還が早いのだなぁと、つくづく思いますね…。

確か防弾チョッキ着ていたのだけれども鎖骨の所に当たって、ということでしたから、今後またその部分もガードするようになるなど、いろいろな教訓も残していかれるのだと思いますよね。それで、まだおちいさいお嬢さんを残して、ということなのですが、このお子さんもしっかりした気骨のある方のようなので、将来も同じ職業についたりするのかなぁ〜と思ったりして、お母さんも子育て大変と思いますが、それはそれでまたいろいろ学びがある感じに見えて、人間はやはり心を鍛えるために生まれてきているのだなぁと思いますねー(-人-合掌)。



それで、今度の江原さんの27日のドラマも、やはりあちらの世界に行ってからいろいろ気づく、というストーリーのようですね。

スピリチュアルドラマ「江原啓之への質問状」

見るとアラ、「オーラの泉」ゲスト陣がメインなのねぇ〜とわかりますが、偽霊媒師役の冨士さんも役柄と反対でなかなかオーラ穏やかな感じでよいですよねぇ(^^)。江原さんのインタビュー映像もなかなか気合が入っているようすがわかりますね。これで加入者が増えたり数字がよければ、映画などもそのうちできちゃったりして、なかなかこれからも展開も期待できそうですねー(^^)。

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それで、お話の途中ですが(^^;)あーもう先週になっちゃいましたが、こないだの日テレのゲツヨル!にでていたボーイソプラノグループ 『リベラ』の歌声もそりゃー天使の歌声のようで良かったのですが、こちらの盲目の少年ピアニストコーディ君もまたすごかったですよねー!

番組サイト

オーラ見ると目のところだけ少しモヤモヤしているのですが、後のところは輝いていて、またお母さんもですね、苦労なさったようですけれどもガイドさんがとても明るく援助している感じも見えて、それがまたピアノの音と歌声にのって、聴いていて鳥肌がたちましたねぇ〜、「さくら(独唱)」日本語で歌っているのに違和感を感じなくて、音程もしっかりしていて、癒されましたねぇ〜(T-T)。

>>>

【今月のゲスト:義家弘介さん】

義:よく「教育問題は月曜日に起こる」というのですけれども、現実には実は「日曜日の真夜中」に起こっているんですね。そこでその時間に不安になっている生徒たちの小さな勇気になりたい、って思いで、おととしの10月から(ヤンキー先生!義家弘介の夢は逃げていかないという)番組が始まったのですけれども…。

江:今まで印象に残る電話というのは、ありましたか?


義家:0歳のときからもう癌で、手術を繰り返して、余命宣告されて、来週ホスピスに入るという高校入ったばかりの子で、院内病棟でずっと授業を受けていて、「楽しいことなど何もない人生だったから、だから最後に、このラジオに電話して来ました。」というお電話が来たのですけれども、

翌週連絡が繋がらなくって、その次の週お兄さんから「亡くなりました。」という…。

ただそれによって、同じように悩みを抱えている人間が、生きるって言う意味とか、自分たちは実はすごく幸せなんだ、ということとかを、考えさせられてみて、私も、ちょっと涙が出てきてしょうがなかったですね…。

江:そのとき先生はどのようにアドバイスを…。

義:これはもう、大丈夫とか大丈夫じゃないという次元の話ではないですから、自分が彼女に言ったのは、「何にも学校時代楽しいことがなかった」と言ったから、

「俺をおまえの最後の担任にしてくれ」って、「俺たちがお前のクラスメイトだから」って、そう言って、電話を切ったのが最後の通信だったですね…。

江:そのように声をかけてもらって、うれしかったでしょうね…。

義:一番自分自身がうれしかったのは、その電話の次の瞬間に、日本中からメールが集中してパソコンが止まっちゃったんですよね。

だから、今の若者たちは命がどう、とか言いますけれども、多くの人間はリアルなこう訴えとか伝えに飢えているわけですよね。

それを聞いたとき、彼らはぜんぜん捨てたもんじゃなくてね。非常に前向きで真剣なメッセージや、命に対しての思いや、応援を寄せてくれた、それはすごく感動しましたね。

江:若い人たちときちんと接すると、大人が思っている以上に、子供たちは全く変わっていなくて、しっかりと自分を持っているんですよね、夢を持っていたりするんですよね。

だからそこをこう、真剣に相対してあげられない大人たち、のほうがよっぽど問題なんだなぁと、思うんですけれどもねぇ。

義:そうですね、だから彼らに、直接会いに行ってから教育議論ってするものであって、報道される数字を教育議論の土俵に置かないで、会った印象で行っていくのは大事な気がしますね。

江:そうですね、でも何でああいう風に、評論する大人たちというのは非常に問題なような気がするんですよね。現場には絶対に足を運ばないと言うか、直接相対せば一番良くわかることって、ありますものね。

義:それでまた評論って言う性質上、極端な事言ったほうがウケますから、わざと極端な数字を引っ張ってきて一般化して評論するわけですね。それは、子供たちを失望させる以外の何者でもないですよね。

江:いいこともたくさんあるはずなのに、ネガティブなものばかり引っ張り出しちゃうから、そうすると若い女の子たちだったら、みんな援交でもしてるって、みんな思い込んじゃってるし、ね。それで、自殺件数が一番多いのも月曜日、ということで、日曜日の夜というのは一番重要ということなのですね。

>>>

では次回に続きます(^^)。

Posted by fy3on3 05:46:24Comments(5)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 4月8日(ニッポン放送)

2007-04-23

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はいー、私も毎日祝詞あげたりお経読んだりお祈りしたりしておるのですが、なんだか今までは少し自分のために祈っていたところがあるナァ〜、とやっーーと気づいてきたようなのですね(^^;)、健康のためとか、家内安全とか。

で、実は本当は祈りというのは、世界は一つ屋根の下のような感じで家族同然なので、まぁ自分も含めてなのですが、みんなのために「全ての物や人のたましいの成長がありますように、そのために自分ができる範囲のことをしますので見守っていてください」というような感じで祈ることなのだなぁ〜、なんて思いましたね(^-^)、どうもやはりまだまだ自分は利己主義でいけませんねーと思いました。

また例えばこれは良くヒーラーさんとかカウンセラーさんとかにありがちのことかもしれませんが、自分が助けてあげている、という意識になってしまう、だから祈りも「自分のクライエントさんがよくなりますように」と言う感じになったりしますよね。

でも、べつに自分を通さなくったって、その人が他の人に導かれて明るくなっていくのもOKなわけですから、そうすると「自分を通して」と言う部分はだいぶ「小我の愛」っぽくなっているなぁと、自分があがめられたい、寂しい人物だったのでは?と思うわけですね(^^;)認められたい願望があるという感じですね。

ですからまた今後は、またそういうような気づきを含め、自分のできる範囲で着実に無理せず、もし間違えているところがあれば素直にいろいろ正しましょう、大きな気持ちで日々できることさせていただきましょう、と思いました(^^)。



そして、今日のこの鈴木ヒロミツさんの出版記事を見てもいいですねー、本当に実感がこもっている感じなので、ちょっと引用させていただきますと…

「お別れ前に、一つだけ生意気を言わせてください。

皆さん、これからの人生を、どうか楽しむために生きてください。

人にはそれぞれ願いがあると思います。

でも、目的が何であれ、笑って、笑って、腹の底から笑えるような人生を送って欲しい。

僕はね、死を前にして、はっきり思ったんです。人生とは楽しいものだと。

だから、どうか、楽しむために生きてください」。


ということで、鈴木ヒロミツさんというとモップス時代はあのユーミンが追っかけをしていた、というくらい人気があったというすごい人だったようなのですが、自分的には「火曜日のあいつ」(古い!)での少しイヤミな西田専務役が印象的でしたね(^-^)。実生活でもいろいろご苦労も多かったようですが、ですのでこのような言葉も味わいがありますね。

まぁ本当にこの世は江原さんも例えるように修学旅行のようなものなので、生きているうちにいろいろな経験をして、そこから何かを汲み取っていくことが大切なのだなぁと思います(^^)。



…で、それにしても、スピリチュアルな知識をもっていると、アーまた事件や事故や病気や寿命でいろいろな人が他界されて…というニュースを見ても、いやいやたましいは存続しますし、自殺以外はきっとある程度偶然ではないわけですしということで、スピリチュアルな考え方では亡くなる事はただ単に肉体という衣服を脱ぐだけで、もと居た世界に帰るだけ、ということですが、本当にそうで、

わたしなども亡くなった方のオーラ見るとあーだいぶ痛みも取れて軽くなっていらっしゃるナァとか、それはわかったりしますよね、ですから現世で大変だったかたはお役目お疲れさまでした〜という感じで、安心したりもするのですねー。

ですからあちらの世界に帰った人が、まだこちらの世界に居る人たちがいろいろあってかわいそうね、って思う気持ちもわからなくはない感じは致しますね(^^;)。まぁそんな現世の修行の世界なので、辛いこともあって当然なのですから、毎日少しでも笑って楽しく行きましょう!と、また改めて教えられたような気がして感謝いたしましたねー(^^)。

ではすこし間あきましたが、祝!番番組継続!といいうことで、引きつづき江原さんの良いお話が聞けてうれしい限りですよね!(^o^)岩手県と山口県にもネットされるようになったそうですから、これまた明るいエネルギーが広がっていくことと存じます。

ではまた内容を引用させていただければと思います。

>>>

さぁ、舞台に上がりましょう、主役はあなたです。

しあわせになるには、一生懸命ひたむきに生きようとするほかありません。

全ての基本は自分です。

自分の心と自分の行動が、幸せを作るのです。


【今思うこと】

・今日4月8日は「花まつり」ですね。

…さて、私も良く申し上げている「偶然ではなく必然」という言葉を勘違いする方も多いんです。そこで交通事故にあうのも必然?人殺しにあっても必然?と、なんでも必然と結び付けてしまう人が多いんです。

自分の怠惰までも「必然」とこじつけてしまって、宿題をしないもの必然、会社面倒だからと行かないのも必然でしょ?という、逃げ道のためにある言葉ではなく、

いわゆる因・縁・果の法則、原因があって、縁があって、そして結果として結ばれるということなんですね。

例えば忘れ物をしました、それは、「必然」です、なぜならば、あなたがうっかりしたからです、という「原因」があるからですね。おっちょこちょいだった、または気持ちが緩んでいた、ということが原因なのだから、結局人のせいにはできないわけなんですね。

また何でもそのせいにするというのであれば、人の人生は全て決められている、という考え方になっちゃうんです。宿命と運命は違います。宿命は自分が生まれるときに持ってきたカリキュラムで、国や時代、性別なども含まれます。

運命というのは、いかようにも変えていけるもの。「素材と料理」という風にもいつも言っていますね。素材は変わらない、例えばレンコンで私は生まれました。だから大根になりたい!といってもなれません。

ですから人をうらやむことは一番無駄なことですよね。でも自分のレンコンと言うことを見つめて、レンコンを熟知すれば一番おいしいレンコン料理ができます。その料理が「運命」。だから人は、「運命」は変えられるという風に申し上げているわけなのですね。

それで、魂というカリキュラムの中で、「宿命」をつくってきて、そこでいろいろなこと、例えばこの容姿になったのも必然、これはたましいの流れの中の必然ですよね。この日本に生まれたのも必然、けれどもあとのことは、現世の「運命」で作っていく必然が多いわけです。

これを言葉をまた作ると、「宿命的必然」と「運命的必然」という風になるのですね。「宿命的必然」というのは寿命、というのもそうだろうし、この日本に生まれたのだとか、またこれこれという家にうまれたとか、

でも自分がどういう風に生きるか、というのは「運命的必然」要するに自分でいかようにもなるということ。

だから「偶然ではなく必然」とはいっても、これだけしっかりとね、分類して分けていかないといけないのですよと。

たとえば、私が人の頭をバシン!となぐっても、「必然必然!」って言えちゃったらおかしいわけですよね(笑)だから一つ間違えばこの「偶然ではなく必然」を逃げ口上という風に使う方たちがいらっしゃるので、そういうような方々にはもう少し深く考えていただきたいなぁと、思っております。



では次回につづきます。

Posted by fy3on3 14:40:25Comments(8)TrackBack(0)

大阪行きですね(^^)。

2007-03-04

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はいーきょうの東京はとっても暖かくてもう春ですねぇ〜という感じでしたね、うぐいすの声も初めて聞きました(^^)。

>>

…というわけで、書こうと思いましたが、もう大阪行きの夜行バスのお時間ということで、次回はおそらく奈良からの更新になります(^^)。バスは安いですがもうスシづめ状態なわけでたいへんなのですけれども(^^;)なんとかたどり着ければと思います。

Posted by fy3on3 23:58:57Comments(8)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第17回 (ニッポン放送)その2。

2007-02-14

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はいー、ふーむこちらの「小さな奇跡」のレビューにも書いてありますが、なんでもバッシングしていると結局自分に還ってくるということで、この世の中はうまくできていますよねー。

「驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人もついに滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。」(平家物語より)

ということで、物質主義的に豊かで地位などがあっても、人や物を思いやれる心がないと、驕りがでてきてしまって、自ら滅んでしまうことになるので、常に謙虚さを忘れずに、ですよね(^^)、でも実際には、こう平清盛さんのオーラを見ると、確かに強いものもお持ちですけれども、とってもスパーッっと聡明で明るいですよね。ですからそれに頼ってぶら下がっていた人たちが驕っていたわけであって、そうならないようにしないといかんなーという教訓も感じますよね。

また清盛さんもこないだの三十三間堂に関係する後白河天皇とも関係が深くて、ふーむ平安の世の中から物騒になりつつある今の政治を語るにも、やはり京都の歴史を深く知ることは必須ですなーと思いました(^-^)。

>>>

【今月のゲスト:米良美一さん】

江:米良さんは九州のご出身ということで、前回のお話しにもありましたけど、小さいころは神主好きだったりね、ちょっとこう他の子供とは違う感性だったんですか?

米:はっきり言って変わっていましたよねー(笑)。僕はこう畏怖畏敬の念が小さいころからありましてー。

江:やっぱり前世から来ているんじゃないですか?(笑)

米:やっぱりそうですかー?(笑)なぜかそういわれると嬉しいですね。

やっぱり私が大事にしているところなんです、「万物に霊が宿る」という意識がすごくあって、

僕は結構おばあちゃん子だったんですけど、うちのおばあちゃんがまず朝起きると、勝手口から出て、太陽に向かってパンパンと拍手を打って、

熱がでると、「水神様をちゃんと綺麗にせんといかん」と言って、榊をとってきて、お供えして、それで熱が下がるのを待つとか、でしたね。

江:いやーいい時代ですよ。そういうのが今なくなっちゃったからいけないんですよ。米良さんもそういう、もともとが見えないものへのね、そういう世界を大事にして、環境ではぐくまれた…。

米:それで、私の才能は、妄想癖も含めて、想像力が豊かっていう風に捉えているのですね。今は、犯罪が多かったり、簡単に人を殺してしまって、後の人生をどうなるのかって、想像できない人が多いと思うんですね。

想像力さえあれば、犯罪とかも減ったり、人をいじめて相手がどういう気持ちになるか、「痛い」かとか、そういうことですよね。

江:今の子ってね、なんでも具体的なものがありすぎて、想像できないんですよ。

米:既製品が多くてねぇ〜。僕なんかもね、母の晴れ着をね、呉服ダンスから出して、身にまとって、畳の上を右から左に移動して「上様上様!わらわはどこじゃどこじゃ〜!?」とかって(笑)。

江:それは前世だ(笑)前世前世(笑)前世のなごりだ、「オーラの泉」でね(笑)。

米:おっしゃっていただいたけれど、やっぱりそうなんだー(笑)。

江:そういうのありますよね。でも、その米良さんがいつから声楽って目指そうって、思われたのですか?

米:僕はあのう、歌との出会いは結構早くて、4歳ぐらいのときにあのう、二葉百合子先生の「岸壁の母」というのを、地元の敬老会で歌って、

もうそれを聞いていた近所のおじいちゃんおばあちゃんが…。

江:こぶしまわしちゃったんですか?

米:「母は来まし〜た〜♪今日も…」

江:オーー!(拍手)やっぱり僕も一緒なんだけど、ジャンル問わず、歌が好きなんですよね(笑)いい歌ならね。

米:そうですね、ジャンル関係ないですね。でもやっぱり江原さんが大事になさっている、「ことたま・おとたま」が届いてこないものは、体に入ってこないんですよ。だから何でもいいわけじゃないんです。

江:わかる。それで「ことたま」といえば、前にも米良さんとお目にかかったときにお話したのですけれども、旅の途中の高速のサービスエリアで、立ち寄って休憩したときに、テレビが映っていて、そこで、米良さんが「ヨイトマケの歌」を歌っていたの。

あのときね、おもわずね、あぁって言って聞き入って、やっぱり元に歌っている人のインパクトが強いと、(歌が)歌わせないじゃないですか、それで、表現するのが難しい曲だけど、お見事だったの。

というかもう感動しちゃって。そこで印象的だったのは、多くの人が群がっていたの。だから、「おとたま」につられたのだと思う。「おとたま・ことたま」にね。

あるおじさんはラーメンが止まったままこう聴いてたり(笑)みんなが聴き入っていたと言うのはすごく印象的でしたね。

やっぱりそれは、米良さんのはなつ「おとたま・ことたま」の力なんですよ。それはぜひ今度米良さんにあったら伝えたいと思っていたんです。

米:嬉しいですー、励みになります。

江:やっぱり歌い手としてそういうことってすっごく嬉しいですよね、そしてそれを自分で見とどけることってなかなか難しいですものね。

米:もうね、できていないことばっかり気になるんですよ、できていることよりも(笑)。

江:ですから、外からのほうがそういうことを聴かされたりしてね、自分の足跡に対する、影響と言うものを聞かされていると思うんです。

そこで今日は米良美一さんの「ヨイトマケの歌」を
聴いていただきたいと思うのです。



江:どうしてこの歌を歌おうと思ったのですか?

米:私の育った環境と言うのは、父と母が九州の田舎で、太陽や自然に感謝をしながら、肉体労働で僕を大きくしてくれたのですね。

それで、決して裕福ではなかった家庭で、おまけに僕は子供のころから体が弱かったので、すごくその医療費とかもかかったですし、そういうので苦労をかけた姿と、ヨイトマケの中に出てくる男の子とお母さんの姿がすごく重なるところがあって、

ちょうど、有名になった後にスランプがあって、自分が歌歌うことから遠ざかる気持ちになったときに、偶然に美輪さんの「ヨイトマケのうた」をうたわれる姿を見たときに、

決然と大地に足を踏ん張って、人から惨めだろうと馬鹿にされようと、一生懸命天を仰ぎながら生きていく姿のような、これが美しいんだ!と言うのを見たときに、

僕も、どんなに自分が不遇だとか、自分が自分を惨めだと思っても、がんばって決然と生きていこう、と思わされた歌だったんですよね。だからこれを歌いたいと思いました。

だからこの歌は本当に僕を再び救い上げて、歌の道にこう軌道修正してくれたというか…。

江:この歌の中にね、だれもが、そのままじゃなくても、いろんなストーリーが自分の中に絶対にあるはずだと思うんですね。

米:あります。

江:だけど、今の子ってそれを感じられるかなーって…。

米:それは…、あります。

江:「ヨイトマケの歌」がわからなくなっちゃったら、おしまいかなって…。

米:僕もそう危惧している部分があります。

江:ねぇー、だけど、米良さんの中にもいろいろなね、心の中に波があったということをおっしゃっていらっしゃるけれども、その辺についてもまた次回ね、お話伺えたらなーと思います。

だけれども米良さんはまだまだがんばらなくてはいけないし、というか、「不死鳥」なんだから(笑)。

米:ハハハー。

江:神様のお役目なんですから、がんばりましょうね。

米:はい、がんばります。


>>>>>>>>>>>>

…というわけで、米良さんの「ヨイトマケの歌」も情感こもっていて、ほーんとによかったですよー(^^)。こうよい歌い手さんというのは本当に霊感体質なんだなーって思いますね(^^)。

またトークを聞いてて私も思うには、米良さんもほんと言葉の使い方が上手と言うか、いろいろな語彙をとてもうまく使って上手に相手に伝えていらっしゃいますよねー。ですから風流な和歌人でもいらしたかも?、と言う感じでもありますよねー(^^)。

ではまた次回にと思います。

Posted by fy3on3 12:52:34Comments(0)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第17回 (ニッポン放送)

2007-02-13

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はいー、最近マイブームなのは「他人も自分」という言葉なのですが、これってよくよく考えていくと、やはり究極の慈愛とかにつながるのかな?って思うんですね。

他人も動物も植物も、見るものすべてが自分の一部だから、決してないがしろにはできないですし、他のものを慈しむことは自分を大切にすることにもつながる、ということで、すべては循環していると思うのですよねー。

また、私たちがわざわざこの世界に生まれてくる理由のひとつとして、このなんでも分離しているように感じる幻想から、いかにして目覚めるか、ということもあるような気がします。

私もお蔭様で毎日さまざまな方にお会いさせていただいていると、やはり悩みでも、ある程度パターンがあったりするのもわかるのですね、その度合いはその方々の段階でそれぞれですよね。そして私も含め皆さん一つ一つオーラを浄化するための階段をゆっくりと上がっている感じに見えますね。

また明らかに以前鑑定した方と容姿も考え方も、さらに声の質まで似ている、という方も結構いらしたりして、ふーむやはりグループソウルの一滴がわたしたちなのだなぁ〜と感心することも多いですよね(^^)。

それで、毎日私たちは、実は守護霊さんになるための訓練をしているんだなぁ〜って、特に子育てをしている方などを見ていると感じますよね。

自分なんかも今までわがまましてきたことや強情だったことをよくあきれもせず見つめて来てくれたよなぁと思いますものねぇ(^^;)。ですから「母は偉大なり」で、親になるというのは本当にすごい、たましいが成長するためのすばらしいボランティアの方法の一つなのだなぁと思います(^^)。

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と、まぁ私の月並みな考え方はさておいて、江原さんのほうが大分よいことを言っているので、早速内容ですね(^^;)。

あちらこちら行っていて更新が大分遅れてしまったので、前回の放送を先にご紹介させていただきます(^^)。

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恋は、感性を磨くレッスンです、

恋をするとは、感動なのです。


人は恋をすると、感情の波に揺らぎます。

出会いの衝撃、思いが通じないもどかしさ、

よろこび、そして、別れのせつなさ、

そのすべてが感動です。


恋愛は感性の勉強、

その勉強をさぼってはいけません、

どんどん恋をしてください。



今日はいろいろな日なのですね。2月9日で、ふぐの日でもあるのですね。

そして14日は、いよいよJPOPデビュー、「小さな奇跡」の発売日になります。まぁね、JPOPなんてデビューするなんて、いったい何を考えているんだと、言う風に思う人も一杯いるんだと思うのですけれども、その理由はまた後ほどおはなしさせていただきますが 、

ただ子供からもいろいろ言われていて、

「お父さん、どこへ向かっていくの?」

って、しみじみ言われたのですね。それで、そうだねーという意味を込めて、この番組を息子にも聴いてほしいと思っています(笑)。

(曲:「小さな奇跡」)


【今思うこと】

えーそうなんです、うちの息子は私のPV(プロモビデオ)を、アルバムの初版にはぜんぶPVが付くんですね、その試作を家で見たんです。

私もそれを作っちゃったわけですよ。お城のような建物のところでね。それをしみじみ見て、

「お父さん、どこへ向かっていくの?どこへ行こうとしているの?」


って言われて、そのときに自分は「ふーむ」といって答えられなかったんですね…。

「お父さん、軽く見えるかい?」って言ったら、

「お父さんがやりたければいいんだけど」って。

「でもお父さんは、歌の言霊、音霊を、多くの人に伝えたいんだよ」と、「で、いまね、なにかこうかっこいいミュージシャンが多いけれども、お父さんだからこそ込められる音霊言霊の世界があると思うんだよ。」

って言ったならば、

「ふーん」

って言って、去って行っちゃったんです(笑)。


そしてその、うちの家内が、

「私は、身内だから言う。このPV、恥ずかしいよ。」

…って言われたんですね(笑)。

「やっぱり恥ずかしい?」って言ったならば、

「うーん、やせとけばよかったね。」って言われて、

「違うんだよ、全国の、太っている人に勇気を与えるんだよ! ね! デブだって、一生懸命やれば何かできることだっていう、証になるじゃないか。」

って言ったならば、

「ふーん」

って、お風呂場に消えて行っちゃったんです(笑)。

って、なんだかね、とても我が家ではさびしいですね(笑)。


で、ホントにまじめな話、どうして僕はJPOP歌うかというと、もともとクラシックであるわけだし、僕も初めてじゃなくてセミクラシックなどでもCD出してますけれども、

でもなかなかみんな僕の歌を歌えないんですよ。CDを聞いてくださった方がいきなり高い声で「月よ〜!」とかみんな歌っていたら気持ち悪いじゃないですか(笑)。

だからそういった意味ではなかなか一般の人たちが、クラシック発声で歌う曲だけではさびしいという風に思うだろうし、そういった意味でも歌いやすい歌、馴染み深いですね。

それで僕は音楽には差はないと思うんですよ。クラシックだから高尚とかね、全然ないと思うんです。いいものはいい、という風に思う。ですからそういう意味では、「小さな奇跡」という歌をみんなに歌ってもらいたいんです。

それで、今の時代は虐待とか子供を愛せないとか、夫婦とかもそうだけれども、この世の中のすべての
核はやはり「愛の足りなさ」でしょう?それで愛といったらやはり結婚とかもそうだけれども、やっぱり家族、「愛」というものをそこで大事にしていくことだと思うんですよ。

ですからそういう意味では、みんな意外に気づいていないんだと思うんですけれど、たとえ友達同士でも、なぜその人とであったのかと考えたら、すごい「小さな奇跡」なんですよ。

何か奇跡というのアメリカの映画にでてくるようなね、一夜にして、ドアを開けたら別世界になっているような、ああいうのを奇跡と思っているだろうけれども、違うと思う、

「この友達と、何で一緒にいるのかなー、やっぱり奇跡だなー」って、家族においてもそうだろうし、恋人同士でもそうだろうし、また学校においても「この先生に教わるのは奇跡だろうなー」とか、小さな奇跡の集まりだと思う。

そのことに気づくと人生自体が、すごく輝きを増してくる、それを大事にしようと思うと、そこには喧嘩やイジメや嫌がらせもなく、みんなでその愛のともし火を守っていこうとする風にするだろうと。

だから気が付くときが付かないでは、人生こんなにも変わってしまうんだよって、言うことで、だから実は私は、この「小さな奇跡」は、結婚式のときとかもそうだし、いろいろな場面で、うたっていただけたらいいなと、

そしてその音霊と言霊をかみしめて、そしてその「おとたま・ことたま」を発することが、自分自身の世界、生きる世界が、そのような世界になっていくということ、小さな奇跡だらけになっていく。そして輝きのある世界になっていく。

ということなので、私はそういった意味でも、「小さな奇跡」をいろいろな人に歌っていただければいいなぁと、思っています。



そして、カップリングされているもう一曲のというのが、この番組に尾崎亜美さんが来てくださって、そして作ってくださった歌なんですね。この番組から曲が生まれました。その第一号ということになるんですよね。

(曲:I'm singing a song

そして、来週の木曜日夜八時からTBSの「うたばん」に出演いたします。以前もね、うたばんにはでたことはあるんです。そのときは「スピリチュアル・カウンセラー」の江原啓之として出ております。

今回は歌手・江原啓之です。歌手のときとスピリチュアル・カウンセラーのとき、どうやって見分けるか?そのポイントを申し上げておきましょう。

歌手のときは、着物ではありません。カウンセラーのときは着物を着ています。それで見分けていただけたら、ありがたいかなと(笑)。

それで、4月にはまたアルバムが発売されます。その中には過去のゲストの方々が提供してくださった曲など、この番組から生まれた曲が続々と登場して
、もちろん、その生みの親であるイルカさんももちろん入っていますね。

このアルバムの中にもたくさんの愛が込められています、内容的には四月までお楽しみということなのですが、はっきり申し上げます、すっごくいいアルバムです。私が自分で歌いながら泣いちゃったりするぐらいいい曲です。ですから、楽しみにしていてください。


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…というわけで、明日発売ですね(^^)。握手会も大盛況だと思うのですが、野郎一人で行こうか行くまいか、迷ってはおりますが(^^;)、まぁなかなか良い曲で浄化オーラも入っていてもいいですから、みんなでカラオケ行ったときにはほとんどの方みんな知らないと思うので歌う勇気が出るかどうかわかりませんが(^^;)買ってみようと思います。

Posted by fy3on3 10:50:00Comments(5)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第15回 (ニッポン放送)その2。

2007-01-30

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はい、最近は夕食の時間がなくてコーンフレークというのから、少しグレードアップして、グラノーラ、に変わってきました。(^o^)

お値段的にも210グラムで260円のコーンフレークと、400グラムで500円のグラノーラではおー重さと費用はほぼ一緒で、栄養価も高いし、ということで、自分の中でやっとGOサインが出た、GOGO夕張!というわけですが、音楽祭も開催!というわけで、道民の方の結束力はホント強くていいですねぇ(^^)。映画祭もまた復活するとよいですよね。



で、映画と言えば、毎月恒例映画の日【SODRスピリチュアル映画の日オフ】が1日も開催されるわけですが、今回見る映画は…

午前の部
ダーウィンの悪夢

午後の部
不都合な果実

そして夜の部は…
おばちゃんチップス

で締める、ということで、まぁグローバルなものと下町界隈の人間の営みを比べることによって、生きるとは?人生とは?を関西弁にて深く考える一日と言うことに致したいと思います(人間は組織になるとホンマしゃぁないなぁ〜、とか^^;)。

まぁ…最後のおばちゃんチップスは、このように商品にもなっておま〜ということで、相変わらず商魂たくましいわけですが(^^;)、あの英ちゃんもいい味出している感じですよね、おばちゃんの端くれと言う意味もあるそうで、脇役の女優さんもなかなかオーラ明るい方ですよねー。

都内でしかまだ上映していないと言うこともあり、当日夜ですと意外といっぱいになって見れるのかどうかわかりませんが、なかなかほのぼのとしそうで楽しみですねぇ(^^)。

Posted by fy3on3 18:11:21Comments(2)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第15回 (ニッポン放送)

2007-01-29

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はいー、こないだ木村藤子さんの金スマも拝見しましたが、またこう昔ながらの霊能者の方と言う感じで、懐かしい感じでしたね(^^)。イタコさんとはまた方法が違うわけですが、確かにいろいろなものが見えていらしていて、これは依存心も高まってしまうでしょうから、うまく相談者がスピリチュアルな方向性に自分で判断していくことも大切かなーって思いました(^^)。

では先々週の分は途中からになります。

Posted by fy3on3 19:38:33Comments(2)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第14回 (ニッポン放送)その2。

2007-01-27

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はい、前回の放送でもあった宝くじが当たったら…というのはこちらのニュウスのようにすると良いわけですよね(^^;)。

ドイツで1000万円相当の紙幣がまかれる

アイデア考えた方もラジオ番組の担当者もなかなか面白い方ですよねー(^^)。

Posted by fy3on3 18:39:33Comments(1)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第14回 (ニッポン放送)

2007-01-26

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はい、チャリティオークションではミッシャのポストカードセットを出品しました。他にもさまざなまなスピ本なども今後出していければと思います(^^)。

また例の週刊誌の記事もチラ見してきましたが、アハー江原さんのことは言っていても、美輪さんのことについてはぜんぜん触れていなかったりして、ドラマの「今週妻が…」のユースケさんの立場ではないですけれども、出版社って大変なんだなぁ〜って思いましたよね、だから、大手であまりオーラが明るいところって、実は少なかったりしますよね…(^^;)。

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これが、自分が選んだ人生なのです…。


今の人生を認めるならば、よりポジティブに考えましょう。

新しい道を選択するならば、

それもまた、自分が選んだのだという自覚と、

誇りを持って生き生きと考えましょう。


そうすれば、あとで後悔するということは、

絶対にありません。



【オープニング】

1月12日の金曜日、今日は鹿児島の桜島の日なのですね。来月も行きますね。何で今日かと言うと、大正三年に大噴火があって、大隈半島と地続きになったということのようです。また百年後、日本の地図も変わっているかと思うと不思議ですねー。


【今思うこと】

今日は、大人になる、をキーワードとしてお話したいと思います。成人式となると毎年のように、荒れた、だとか報道されますけれども、わたしはね、成人式もいらないのではないかと思うんです。わざわざ行政がお金かけてやっても意味ないと。

ですから、無料ではなくて、有料にしたらよいと思うのですね。行きたい人が、お金を払って。それで、なんでもそうなのですけれども、無料の催事ってあまり聴こうとしないんですよね。講演会でも、無料の催事って、聞いてやる、と言うことのほうが多いんですよね。

有料催事は、時間を作って、何とかしていきたいって言う人が集まっているから、ぜんぜん熱意が違うんですよ。

それで、何を指して大人というのか。成人式というのは生物的に20年生きましたという記念日でしょ?だから肉体的なものではないですか。

スピリチュアルな点から見れば、肉の歳と、たましいの歳というわけ方をちゃんとしているのですよね。たましいの歳というのは、心の成熟度を指して言うわけで、変な言い方ですけど、90歳くらいになっても、そこまでいかなくても、お年を召しても
すごい子供っぽかったり、だだっこだったり、いじわるだったり、などいろいろな人いますでしょ?

だから、年齢と、心の成長というのは絶対比例しないんですよ。若くても、立派だなぁという、まっすぐなね、常にポジティブで、働き者で、という人もいるじゃないですか。それは、たましいの歳をとっている人、肉体のほうは、若いだけ。

だから、今求められているのは、たましいの成人式ですよね。荒れている人を見ると、あれは小学生レベルでしょう?マナーとして見につけられていない、だからかわいそうなんですよ。

若い人ばかり責めてはいけなくって、それを見せられない大人ですよね、やはり「子は親の鏡」で、昨年も言いましたね、イジメとはいっても、それは大人の社会にあるんだと。

いま、ああいうマナーの悪さとかね、自分さえ良ければよい、というのは大人社会がみんなそうですからね。だから肝心なマナーとか、想像力というのは教えていないでしょう?

ですから、育てるほうも、思いやりのある子に育ってほしい、やさしい子になってほしい、と言いながら、過干渉になって、親の言うことを聞いていればいいの、右へ習えしていればいいの、とかね、そうなんでもかんでもきめつけたら、

自分で転ぶってことをしなくなるし、そうすると自分で想像力を持って、転ぶ経験があるから、転ぶ意味がわかるし、その気持ちもわかるし、転ばない方法も学ぶわけであって、そこに想像力が芽生えて、
そこから、人を思いやる愛情や、やさしさも全部出てくるわけで、これはすべて大人の社会に問題があるのですね。

だから私は、そういうお子さんの親の世代と言うのは、団塊の世代、ゲストの財津さんもその世代なんだけれども、そのような人をリードしてね、なんとか変えてもらいたいと思うのだけれども、みなさんに、若い人たちのためにまだまだがんばって活躍してもらわないと困るんです。

すべてのその物質的価値観と言うものを捨てて、自分たちの間違いを改めて、そして、新しく若い人たちと育っていこう、はぐくんでいこうと、考えてほしいと、私もそれだけを、望んでいるのです。


【今月のゲスト:財津和夫さん】

財:バンドはグループ旅行で楽しい感じ、でもソロは一人旅と言う感じで感傷的な感じですよね。

江:一人旅だからこそ、気づくこととか、他の人とのふれあいとか、あったりしますものね。

江:また役者さんとしても活動なさっていらっしゃいますが、財津さんって、「動」の中、「静」がすごくあるんですよ、前回も、赤いオーラって言いましたでしょ?赤いオーラって強さなんですよ。

だから実はよくよく見ると財津さんは動のエネルギーを持っている人で、だから、押し付けがましい表現をしないで全部表現できる人なのですよね。だからすごい役者さんなんですよね。

財:なんだか自信が出てきちゃいました(笑)。
また大阪芸術大学の講師もしているんですが、実は授業では学生も寝ちゃったりしてましてねぇ(笑)。

(曲:Wake Up!)

江:でも、大学時代って、勉強することも大事なんだけれども、人生ってどこか無駄な時間も必要と言うか、バイトしてみたり、友達と遊んでみたり、失恋してみたり、いろいろなことを出来る時間を、幸いにしていただける、というところでね、だからそういう寝ちゃったりしているのもね(笑)、

また、ある程度の年になって勉強した言って行き始めると、寝なくなるんですよねこれがまた。わたくしもそうでしたけれども、そうすると一回一回の授業がもったいなくなるわけですよね。

じゃぁ若い子達が、もったいないなぁって思うかというとそうじゃなくて、この時期はこれが大事。それでまた勉強したくなればいくらでも出来るし、これからの時代もそうなっていくと思いますね。


【スピリチュアル・カウンセリング】

「宝くじのが当たったらどこかに寄付をしてしまったほうがいいと江原さんはおっしゃってますが、車などの豪華検証が当たってしまった場合、どうしてしまうのが良いのでしょうか?」

まぁ全部寄付しなくても、その中から10パーセントや20パーセントでも人のお役に立とうという風に思わないと、カルマの法則と言うのが働いてね、特に美輪明宏さんが言う「正負の法則」なんですよ。プラスのことがあるとマイナスが必ずやって来ると言うね、この世の法則なんです。

たとえば、努力をして得たならば、努力をしたことに対しての代償でしょ?宝くじの場合はラッキーだった、今まで買い続けた、というのが努力と言えるのかどうかとも思うんだけれども(笑)、

結局、自分が汗水たらして働いたものではなく得る
という「あぶく銭」と昔から言う、本当にあぶくのように消えちゃう、

また、ちょっと当たったとか、お金が入ったと言うと、必ず人間関係崩れたりするっていう話、あるじゃないですか。あれどうしてそうなるかというと、

楽して儲けたと思うから、群がるんですよ。これね、汗水たらして働いたものに関してはね、そうはあまりならないですよね、楽して得ているから、分け前頂戴よ、と言う言い方をするんですね、たなぼたのようにやってきたと思うからですね。

だから、そういう意味ではね、かならず正があれば負がやってくる、ですから当たっちゃたと言う場合はその半分でも何でも、その人の気持ちでよいのですけれども、寄付をすればよいのですね。

また物だから分けられない、というのも、想像力ですよ、自分で考えてみればわかるように、たとえば車ならば、人を乗せたり、送迎するとか、そのものを貸しても良いですよね、だから、想像力さえあればいくらでも考えられるのではないか、と言う風に思うのです。

ですから、結局プラスがあればマイナスがある、でも、安易なプラス、があるからマイナスがあるわけで、努力して得ているのならば最初から苦しみと言うマイナスからプラスを得ているのだから、私はどちらかと言うとそういう幸せのほうをを望みたいと思います。

「私は妊娠七ヶ月の妊婦です。立会い出産と言うのは、スピリチュアル的に、いいことなのでしょうか?昔は男性はいけないということで、昔から言われていることだから、何か意味があるのかなーと思いました。」

昔の人の言うことも、何が意味があるということはたしかなのですね。でも、その意味が現実的なのかスピリチュアルな物なのかは違いますね。すべてスピリチュアルな物とは限りません。現実的なものも多いんですね。

それで、この立会い出産に関しましては、どちらでも良いと思います、ぜんぜんスピリチュアルな意味はないですね。ただ、女の仕事だから、と言うのは2つの意味があると思うのですね。

ひとつは、昔から男っていうのは弱いというのがあった、だから、そういう場面を見ちゃうと耐えられなくなっちゃうということを、どこかで女性たちがわかっていると言うこともあると思うのですね。

だから昔の人は、男の人を立てただけなんですよ、弱い人をかばっただけなの。だけど、今の女性は権利は平等だから、とかいってますけど、女性のほうがもともと強いのだから、あんまり男の人をいじめちゃだめだよ、って思うんですけれどもね(笑)。

だからそういう部分で、神様は、女の人はお産できるようになっているんだなぁと思うんですね。男はやはりそういう根性がなかったりするのでしょうね。

また昔は、お産で命を落とすこともありましたし、そういう意味でも、第三者、お産婆さんなどが立ち会って、プロに任せて、だんなが変に感情的になってパニックにならないようになど、いろいろな意味があると思うのですね。

ちなみに私は、立会い出産をした経験があります。下の子ですけれどね。上の子と一緒に見たんです、やっぱり突然に「弟です。」ってでてくるよりも、出てくるところを見て、それで「弟が出てきた。」って思ったほうがいいと思って、いたのですが、

結果的にですね、何にもなりませんでしたね(笑)。笑い話にしかなりませんでした。子供って言うのは素直な感性ですからね、赤ちゃんが出てきたら感動するだろう、って思っていたら、「なんでおしりからでてくるの?なんでなんでなんで?」みたいな(笑)。もう質問ばかりで疲れ果てちゃって
みんな(笑)。

でも、身内の人がそうやって近くで応援してあげるのは大事なんじゃないかなーって、思うんですけれども、ご主人に聞いて「血を見るの大丈夫?」とか聞いてOkだったら、ぜひ、立ちあえたらいいんじゃないかなーと言う風に思います。


【天国への手紙】

次回に続きます。

Posted by fy3on3 20:34:47Comments(5)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第13回 (ニッポン放送)その3。

2007-01-25

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はいー、では引き続きお送りさせていただければと思います(^^)。

【天国への手紙】

「けいたへ

いつもママにぴったりくっついていたあなた。いまどうしていますか?ひとりでさびしくないですか?急に入院するようになってからたった一人でさびしい夜をすごさなくてはならなくなったね。

朝ひとりでぽつんと座って、じっとママが来るのを待っていてくれたね。それでも…回復したんだよね、それで、あんなに嫌がっていた幼稚園に通うことも楽しみにしていたね。

それなのに行かせてあげる事が出来なかった、元気になって、退院すること信じてたから、いろいろなこと我慢させちゃったね。

ママがもっと早く病気に気づいてあげられたら、ほんとうにごめん。たすけてあげられなくて、本当にごめんね。最後に最後の力を振り絞って、一生懸命手を握り返してくれてどうもありがとう。

ママの子に生まれてきてくれて、本当にどうもありがとう。あなたと過ごせて本当に幸せでした。

4年という短い時間を駆け抜けて言ってしまったけれど、満足のいく人生でしたか?ママはずっとあなたのことを思っています。…」


まだ時間が経っていないので、お母様の余計思いが強いのではと思います。けいた君は小児がんだったようですけれども、大人だって治療を受けるのが苦しかったりするものなのに、それを小さなお子さんが我慢しなくてはいけないのは、親として子供を守ってあげられなかった、という、病気を憎んでもしょうがないのですけれども、そのふがいなさみたいなものを、感じていしまうのではないかと、思うのですね…。

そこで、けいた君からのお返事があります。けいた君も一日もママのことを忘れることがないということです。今はもちろん病気の苦しみからも解放されて、あちらの世界でのお友達、小さい子がいっぱい見えますが、お友達と元気よく遊んでいる姿です。
ですから、さびしい思いもしていませんし、むしろ、ママのことを心配しているようです。

もともと勝気で強いママだということも教えてくれているというか、告げ口してくれているというか、だから、自分が天国に行ってからも、とにかく人生に負けまいという強い気持ちが少しも緩むことなく、毎日駆け巡っているようで、そんなにがんばりすぎたら、疲れちゃうんじゃないの?ということを心配しています。

もうすこしちゃんと、人に甘えることも、覚えたほうがいいんじゃないか、というような、だから勝気ながんばり屋さんなお母さんだということを、一番理解しているのではないでしょうか?

そんなけいた君の言葉を聴いて、少し自分自身を癒す時間をもたれるとよいのではないでしょうか…。


【クラシック・セレクション】

「子供の誕生を祝福するときにおすすめのクラシックはありますでしょうか?お願いいたします。」

「春の声」などはぴったりかと思いますね。ヨハン・シュトラウス二世(ワルツ王)はお父さんもヨハン・シュトラウス(ワルツの父)ですね。ウインナーワルツを完成させた大作曲家ですね。

(曲)


【エンディング】

「ノロウイルスなども、感染してしまう人などはスピリチュアル視点から見ると、関係があるのでしょうか?」

まぁ、それは人によってもさまざまですから、関係があるのでしょうかといわれても難しいですね。

なぜなら、宿命と運命とありますからね。宿命の場合、必然ということもあるんです、でも多くの場合は運命の法則、自分の力、ここでは手洗いとうがい、ですよね。また宿命の部分などはあとになってわかるわけですね。あの時無理しなければよかったのだなーとかですね、それも後になってわかることなので、そのとき考えることではないのですね。

ですので手洗いうがい、人ごみに行くときには心配な方はマスクをするなど、心がけてみてくださーい。


夢は、漠然と心に抱くだけではいけません。

実現させるには、念力が必要。

強い念力を持つために、明確な目標を立てましょう。


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とのことでしたね。なんでもスピリチュアルな理由が?、カルマでしょうか?とか、前世や守護霊さんばかり知りたがる人がいて、もう本当にしょうがないですねぇ〜、こりごりしてしまいますよねぇ…、なんて、実は自分も10年前くらいはひどくそうでしたよね(^^;)。

ですから、それもそれぞれの方の気づきですよね。スピリチュアル・ワールドが先にあって、この三次元の世界がある、ということに気が付けば、なーにも心配する必要はない、今できることをシンプルにやればよい、ということがわかってきますよね(^^)。

ではひきつづきUpできればと思います。

Posted by fy3on3 23:57:14Comments(0)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第13回 (ニッポン放送)その2。

2007-01-10

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はい、さて、いつのまにか今年から始まりました、シリーズ「のなぞーの神だな探訪」、今日は私の家の神棚に、おじゃまします、ということで、我が家の神棚はこのような感じになっておりますね(^-^)。

この中で、真ん中の簡易神棚だけ今年いただいた物でですね、氏神様ものは去年は内宮さんが入っていた、つまり節約して使いまわしなわけですが(^^;)、こう見てみると、色も少し変わっておりますし、実際オーラの明るさも違いますよね、新しいほうが明るいオーラをしている感じですねー。

このように簡易神棚だとお手軽値段なので、毎年神棚ごとおひっこし、遷宮できちゃうというのもすがすがしい感じも致しますねー、自分で言うのもなんですが、いや〜オーラもすばらしい、はい、わかりましたー(^^;)。

またこちらの神棚検索結果ページなど拝見してもいろいろ種類ある感じで感心いたしますねー(^-^)。

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【今月のゲスト:財津和夫さん(チューリップ)】

江:財津さんは「声」にものすごく魅力があると思うんですけれども…。

財:いやー正直な話、自分の声を聞くと、いやになっちゃうんですよ。もうちょっと迫力があって、男性的になりたいんですけど…。

江:へぇー!やっぱり人って、ないものねだりするものなんですかねぇ〜?

それで、私はその染み入る声で癒された曲があって、これ初めて申し上げるのですけれどもね、「青春の影」という曲、これを聴いて、結婚を決めたんです(笑)、あー恥ずかしくなっちゃった(笑)。

(曲)

今月の終わりに「コンプリート・ボックス」が出るんですねー。

財:チューリップもみんな年になっちゃったんで、レコーディングもなかなか進まなくなっちゃって(笑)やる気だけはあるんですけれどねぇ、今度のが最後のアルバムになっちゃうのかなぁ〜って(笑)。

江:財津さんのすばらしい穏やかな人柄とはまたちょっと違う赤いオーラを見ていると、最後のアルバムとは思えません(笑)。

財:えっ、僕、赤いですか?

江:そうですよー(笑)。


【スピリチュアル・カウンセリング】

「私の家は家族みんな風邪で、猫までもくしゃみをしています。さて、お参りのときのマナーについて、『神社の場合は石畳の真ん中は、神様の通り道なので、通ってはいけない。』というのがあったのですが、混雑する神社でおまいりするときは、どうすればよいのでしょうか?」

まぁそれは仕方がないですよね。ですから、気持ちという念を向けることが大切なんですね。真ん中は神聖な場所だから両端に、というのは、ある意味人間としての謙虚さもあらわすじゃないですか、真ん中を大手ふって堂々と肩風きって歩くというのはあまりお行儀のよいことではなくて、どちらかに別れて歩くというのは生きる姿勢でもあると思うのですよね。

また信仰というのは、スピリチュアルな部分もあれば、マナーを教えているという部分もあると思うんですね、ですから「私は真ん中は絶対いやです!」というのではなくて(笑)、混雑しているときはお許しいただけるはずですから、ぜんぜんかまわないと思います。


「ニュースで『ネット参拝は是か非か!?』というのがあったのですが、いかがでしょうか?」

はいー確かに、神社本庁がおっしゃるように、ネット上に神霊は宿りませんね。でも、ネット上の参拝は無駄か?というとそうでもないんですよ。

どのみち、ネット上にもパソコン上にも神霊はいないわけでしょ?ではどうするかというと、わら人形でしょ?対象物があってそこに念をこめたほうが、(思いが)行きやすいんですよ。

ということはね、ネットでしなくても良いという事、神棚でいいんですよ、御札とか、それだけで行くんです。

ですから、両方正しいんです、私から言うと。ですから、いける人はお宮に参拝するとよいと思うんですね。でも、お宮にご神霊はいませんよ。ご神霊は、お宮を通して、そういうご神霊の世界にいるんですから。だから「御鏡(みかがみ)」といってそこを通して神様との交流をしている場所ですから、昔で言う「門番」見たいなところであってね、ネットも変わらないわけなんですよ。

そうすると、「いかなくてもいいじゃないか!」と思うかもしれませんけれども、そういう「行かない心の怠慢さ」、が波長の法則でね「類は友を呼ぶ」、で、カルマの法則「自らがまいた種は自ら刈り取る」で、

「横着して、安易に幸せを得ようと思えば、それだけ安易にだまそうとする人が現れる」で、還ってくるということ、人生は何事も努力ですよね。

たとえばまた、人に手紙でお礼するのと訪問してお礼するのとでは、それは訪問してのほうが丁寧なわけですが、病気などの事情がある場合は手紙などが一番良い方法だから、それでも失礼に当たらないわけですよね。

ですから、こんなことで揺らいでいるくらいなのは、あぁ人間の感性が、想像力が欠如しているな、と思いますね、神社本庁も、頭を抱えるよりも、そういうことを皆さんに教えてあげたほうが良いと思いますね…。

心、礼儀、そういうマナーというものを教えないとですよね。「ここには宿っている、宿っていない」ということになると、「じゃぁいったいどこに宿ってるんだ?」ということになっちゃいますから、人としてのマナーということで指導いただけたらよいのではないかなーと思います。


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以下次回に続きます(^^)。

それにしても財津さんもなかなか多才ですごい人ですよねー。それでまたこの方も福岡出身ということで、ホント芸能人が多い県ですが、やはり芸能の神様、宗像大社があるおかげなんでしょうかねぇ〜(^^)。

Posted by fy3on3 00:20:28Comments(4)TrackBack(0)

江原啓之の幸せのレッスン 第13回 (ニッポン放送)

2007-01-06

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はいー、もうおとといになりますでしょうか、4日の午後にに神田明神さん、湯島天神さんにもお参りしてきたのですが、特に神田さんは仕事始めということで、サラリーマン軍団が大挙して詰め掛けてまして混み込みでしたねー(^^;)。

この神社にはアキバも近いからか、ウイルスからパソコンを守る、「ITお守り」なんてのもあったりして、時代が感じられるのですが、あの平将門さんもお祭りされているわけですよね。

朝敵であったはずなのに、同じ神社にお祭りされているのはなぜ?って思うわけですが、民衆を守るということでは同じですから、敵も味方もないという感じになっておりますよねー(^^)。

また「成田不動さんと神田明神さんをハシゴしておまいりしてはいけない!なぜなら成田山で調伏祈祷したので将門さんが負けちゃったから。」と聞くこともあるのですが、もちろん今では将門さんもそんなことは根に持っていないですよね。非常に勇敢な心の広い方ですから、大丈夫ですよねー(^^)。

また明神さんもヨーク考えると、神社なのに山門が!ということですから、神仏習合していたわけですよね。

“神仏習合”の新ルート計画、近畿など約100社寺

というプランもあるそうですから、ふーむこれは大量定年退職の団塊の世代巡礼ブームが来るか?という感じでもありますねぇ(^-^)。

では今年も少々引用させていただきます。

>>>

今日が、始まりです。

十年後の夢のために、

今日をどうやって過ごすか?


今できることをはじめる、

それが大事なことです。


夢に向かって、

今日をスタートの日にしましょう。

一年の始まりに、ふさわしい、

一日にしましょう。



あけましておめでとうございます、今日は1月5日、新しい年が始まりました。皆さんどのような年越しをなさいましたでしょうか?

では最初に、一万人お集まりいただいたカウントダウンでもお送りしましたが、ラジオでは初登場、2月14日に発売の「小さな奇跡」をお送りします。

(曲)

ご感想もお待ちしております。


【今思うこと】


まぁそれにしても、最近のお正月って、なんだかさびしくなっちゃいましたよね。とは言いつつ私もカウントダウンイベントなどさせていただいているわけですが、便利なのはどこまでがいいのかなーと。

元旦からスーパーも開いているし、おせちもいらないかーとか、形ばかりでいいかーとか、便利になったから家族もばらばらであちこちで過ごしているなどですね、あったりして、

それで、イベントにはご家族でお越しの方々もたくさんいらっしゃっましたが、私の経験ですと、15歳で母が亡くなってから一人のお正月が多かったのですね。

神職などをやっていたのでお正月とかは働くのが普通だったのですけれども、やはりそういって一人で生きていらっしゃる方もいるでしょう?そういう意味で、大阪城ホールなども大きいですけれども、そこをひとつの「ふるさと」のように思っていただいて、来てくださる方々がいてもいいなーとおもってさせていただいてことでもあるのですね。

また、今年一年も、便利さをどこまで受け入れるか、取捨選択ですよね、必要な便利、いらない便利、そんな感じですよね。

それで今年のキーワードは「足元を揺るがされる年」なんですよね。いろいろな常識と思っていることが全部覆されてしまったりですから、ちゃんと自己責任でもって、世の中に流されたりするのではなくて、自分自身の意思で、しっかりと歩みを進めていく、というのが大切だと思うのです。

今年一年も、皆さんとともに、一生懸命考えて、さまざまなアドバイスをさせていただければと思います。

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はいー次回に続きます。それで、今回あの高野山大学スピリチュアルケア学科のCMが入ったりして面白かったのですが(^^;)、

実際そこで学ぶ内容は福祉とか心理学のようで、スピリチュアリズムのようなものにに近いのかどうなのか?というのが疑問でもありますが(^^;)まぁ普通の「仏教学科・密教学科」とかですよーというよりは斬新な名称で良いですよね(^^)。

またカウントダウンの模様は、なんだか私もお蔭様でいそがしくて、なかなかまとめられないので申し訳ないのですが、来週にはと思います(^^)。

Posted by fy3on3 00:03:41Comments(3)TrackBack(0)

江原啓之 幸せのレッスン 第12回 (ニッポン放送)

2006-12-30

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はいー、いよいよ年の暮れも押し迫って参りましたが、帰省なさった皆様はいかがお過ごしでしょうか?東京はガラガラでのんびりモードですねー(^^)。

そんな中、写真の「のだめフェス」にもいって参りました。このようなF1&ファミリー向けなイベントにムサイ男が一人で行くとなかなかアウェイ状態なのでつらいものもありましたが(^^;)、のだめカルテットなどの演奏もなかなかよかったですねー。

もともとこちらの 「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」という、比較的気軽にクラシックを、という催しを毎年GWに国際フォーラムで開催しているので、そちらとの共催ということのようですね。来年こそはぜひ行きたいなぁと、メルマガにも登録しました(^^)。



それで、マングス着ぐるみクンもとっても可愛かったのですが(^^)、実際のマングースといえば、結構深刻な問題になっているんですねぇ〜。その他にも、

生物多様性を脅かす移入種問題

のページにあるように、アフリカのあのビクトリア湖もねぇ、ということで、人間のエゴによる問題も山積のようですから、来年もまぁ徐々に解決に向かって努力しましょう、という感じですよねー。

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この世には、

特別に幸せな人も、

特別に不幸な人も、

存在しません。


人間の幸不幸は、見た目ではなく、

心の持ち方で決まります。


心を自由に持ちましょう。

自分の生まれてきた意味に気づきましょう。

すべての人は、乗り越えるべき課題を選んで、

生まれてきているのです。

みんな、同じなのです。




とうとう今年最後の放送になりました、3ヶ月間聞いていただいて本当にありがとうございました。皆さんにとって今年はどんな一年でしたか?たのしかったですか?それともつらかったですか?それもこれも、みな人生の学びです。乗り越えて今こうやって年の瀬を迎えている皆さんは、がんばった人たちです。

メールです。「私は最近足を怪我しやすく、ぶつけてはあざを作っています。不注意といえばそれまでなのですが、足ばかりを怪我するというのは、スピリチュアルな視点から見て、何か意味があるのでしょうか?」

そうですね、「慎重にいきなさい。」というときに、足に怪我をしたりして教えるときがあります。ですから、慎重さに欠けている、現実的な面と、心の姿勢のほうも、不注意ですよーって言われているメッセージとして、捉える必要があると思います。


【今思うこと】

今年もスポーツの世界では素敵な出来事も多かったですが、スピリチュアルな面では、どうかというと、うーん私はやはり暗い事件のほうが気になっちゃう、心配してきた、「物質的価値観」ということのひずみが、浮き出てきた年だと思うんですね。

いじめにしても、虐待もそうだし、親子間の殺人、金銭のいろんな事件、たとえばホリエモン逮捕などいうのでも、お金お金お金、お金さえあれば幸せなんだ、というのが崩壊したり、

でも、このようにいろいろ問題になったとしても、ああいう風になってくれ、なんて、子供に夢を託している人なんかいっぱいいたり、また子供もホリエモンさんのようになりたい!という子もいたりとか、なんかみんなすごく物質的だなぁって思ったりとか、それが浮き出てきた、

いつも言うように目にみえないものに対しての敬い、というものがなくなってきたでしょう?それがあぶりだされてきましたよね。

耐震強度偽装の問題もエレベーターのこともそうだし、みんな、わからなきゃいい、というのもすごく出てきた。この一年というのはみんな、良心というものを、なくしたの?と問いかけられているみたいな、それこそ、うまくだませればいいの?とかって。

それこそいじめの問題でも、先生方は、「いじめはありませんでした。」って隠蔽したりね、生徒たちはみんな知っているわけじゃないですか。

ということは「あぁ、うそ言っても、言い逃れして生きることが正しいと、教えているのかー。」と思っちゃいますよね。

履修不足でもいじめの問題でもあとになって校長先生が自殺しちゃったり、そうすると子供たちに「最後は逃げろってことかー。」とかいうことを教えてしまうことになると思うんです。

自殺したところで、魂は永遠なので逃げられるわけではないのに、そういうところで大人も子供も、子供だけが変わったわけではない、大人も変わったんです。子供は社会の鏡だから。そういった意味では、大人社会が一番問題だと思うんですよね。



そこで、2007年はどういう年か?ということで申し上げるのは、ちょっとやな言い方だし、今年の継続でもあるんですけれども、私に来たメッセージは、「地、揺るがす年」「足元を揺さぶられる年」
というメッセージなんです。いわゆる地震も含まれます。

けれどもだからといって「大地震が起こるよ」というのはぜんぜん言っていません。むしろどちらかというと、それぐらいみんなの波動が悪くなっちゃうよ、ということを言っているわけですね。

それと後、「足元を揺さぶられる年」というのは、これは今年の延長だと思うんです。どういうことかというと、耐震偽装の問題とかも、建設業界に対しての信頼とかね、そういったものをなくしたと思うんですよ、みんな。

たとえば建売とか言ってもね、ほんとに中身よくチェックしないと買えないぞとか、あとは

食品ひとつとってもそうだし、本当に食べていいのか?とか、うそじゃないか表示は?とかね、日付が切れたものをまた入れ替えて売っちゃったりとか、あったじゃないですか。

なんでも安心していたもの安心できないという、自分自身の力で、全部調べて、それこそ自分自身の手で選んでいかなくてはいけないんだと、依存心はことごとく、だめだよ、ということを、思い知らされちゃうような年になるということ。

だから、自分が自己責任で持って何でも生活の一部始終を自分で納得して得られるひとであったならば、来年という年も、強く生きれると思うし、

また来年じゃなくても、本来人はみなそうでなくちゃいけないんです。主体性欠如はいけなくて、どんなことも主体性を持って、自分が必要と思うことはちゃんと自分で学んで、自分の足で生きていかなくてはいけないのだと思います。

皆さんにも2007年をしっかり生き抜いていただきたいと思いますし、私もいろいろなところでいろいろなアドバイスもしていきたいと思っております。


【今月のゲスト:森山直太朗さん】

江:最後に、この番組ではスピリチュアルソング、プロジェクトというのを行っているのですが、なにかございますか?

直:そうですね、江原さんみたいなバリトンの方にこんなことお願いするのはと思うんですけれども、曲の中に、ファルセット、を組み込んでいただけたりするとより神秘的な曲になるんじゃないかなーって思ったんですよ。

江:そうですね、ファルセットというとどうしてもみなさん高いイメージとお感じになっているけれども、低い声のファルセットというのもありますよね、ありがとうございます。

直:では江原さんもまた来年ライブに遊びに来てくださいね。

江:ぜひぜひ!できたら(直太朗さんのライブツアーがある)台湾へいきたいなぁ〜(笑)。

直:あーそれは、食べることのほうに〜ですね(笑)。

江:まぁ〜それも一緒に、食べることメインじゃないですけれども(笑)。まさか、まさかわたしがそんな人間に思えますか〜?(笑)。


【スピリチュアル・カウンセリング】

「以前、テレビの番組で、「こっくりさんは、ぜったいにやってはいけない」とおっしゃっていたのですが、子供のころ遊び半分でやってしまいその挙句
一番最後にやったとき失敗して「おまえをころすー」と出てしまい、大変なことになってしまったのですが、どうしたらいいでしょうか?

霊能者でなくてもできる除霊法がありましたら、教えてください、またなぜこっくりさんはやってはいけないのでしょうか?宜しくお願いします。」


この方は現在27歳、子供のころにやったことですから、もう大丈夫です。そのときにもし取り付いていたら、今生きていません(笑)健康でもいられないと思います。ですから今このようにメールが出せほどに大きく立派に成長なさったということで、よかったという風に思っていたほうがいいでしょう。

で、こっくりさんをなぜやってはいけないかというと、漢字で書くと「狐狗狸さん」、きつね、てんぐ、たぬきということで、低級自然霊のことを指すんですね。

それで、交霊術のなかで一番簡単という風に言われているもので、そういう簡単なやり方でできるものというのは、高い霊がよってこないんです。大体低い霊なんですね。

ですから、そういった低いものを呼び寄せたところで、何もないですよ、むしろ、いたずらしたりふざけたりしてくることのほうが多いんです。だから、よしましょうという風に言うわけです。

わたしだとかももちろん、子供のときにやってしまいました。今ではそんなことをしなければよかったと思っていますが、だから皆さんもこれを聞いて若い方たちも、やってはいけませんよ。

キューピットさんとかエンジェルさんとか、名前変えたっておんなじですから、交霊術にかかってくるのは結局のところ低級自然霊にしかすぎないですから、ですから、やらないこと。

またそんなところで「ころしてやるう」とか言う言葉が出てきたとしても、そこで毅然とした態度をとること。そして、何かできる除霊法があるとしたらば、その場ですぐみんなでやめて、二度とやりませんという風に誓って、あやまって、「

そこでおもいっきり、肺活量の検査のときのように息をふーっって吐くことです。そしておうちに帰ってすぐにお風呂に入って、しっかり毛穴を開いて汗しっかりかきましょう。そうすると、汚れたエネルギーを全部取り除くことができます。

ちょうど年の瀬ですからね、皆さん今年一年のエネルギーをね、出すつもりでも、そうやって毛穴を開く入浴がいいですよ。さいきんはねみんなね、忙しいからシャワーだけで済ます、って言う人が多いですからね、

あのね、毛穴を開くことは大事、肉体の上でも老廃物を出すのと同時に、エクトプラズムを吐き出してよい浄霊効果があるんです。だから日本人ってみんな温泉すきでしょう?あれみんなね、エクトプラズムときどきね、しっかり出したくなっちゃうんですね。ですからしっかり毛穴を開きましょう。


「先日テレビで、縁結びの神社の神主さんが、「二つそろった縁結びのお守りは、願いがかなった後、神社へお返ししてしまうと、二人の縁が切れてしまうから、いつまでももっていてください。」と言っていました。

でも、江原さんは「お守りは一年でお返ししたほうがいい」といっていましたよね。縁結びのお守りと、健康祈願のお守りなどとは、扱い方に違いがあるのでしょうか?教えていただけたら幸いです。」


とのことですね、まぁ、それはその神社さんがそうおっしゃっているならそうしたらよいのでしょう。でもスピリチュアルな視点から見たならば、あまり関係ないですね、やはり一年過ぎたならばお戻しするというのが良くて、でもお戻さなくていいです、というのでしたら、おいておいたらいいんじゃないですか?前線そうだからといって問題があるというふうには思いません。

またこれはどちらの神社なのでしょうね?でも、ある意味このご縁結び、このようにおハガキ読まれたのですから、これもこのご縁結びのご利益かもしれません、なかなかパワーのあるお宮さんなのでしょうかね(笑)。

ですから、あまりそうネガティブに考える必要はないと思いますけれども、そこに依存しすぎるとこう心配になってしまうんですね。ですから依存しすぎないこと。

電池と一緒で、あ、きれた、切れたままでも、記念に持っておいてください、と言われてたなら、あ、そうですか、と持っていれば良いですね。それで自分が要らないのだったら、お焚き上げしたいんです、お納めしたいんです、って持っていけばよいだけのことです、ご心配なく。


「私は、子供と接するのが苦手です。子供の幼稚園のお迎えで、毎日幼稚園に行くのですが、他の家の子供立ちがたくさん寄ってきて、いろいろ話しかけてきます。

よってきてくれるのはうれしいのですが、子供たちの相手をしていると、とても緊張してしまいます。

自分にも同じくらいの子供がいるのに、どう対応していいか、わからなくなってしまうのです。何とか改善していきたいと思っています、アドバイスをいただけましたら幸いです。」

これはちょっとわかりにくいご質問だったので、霊視してみました。すると実は、ご自身の心の中と、今までの生き方が原因していたようです。どういうことか?

子供さんたちって、みんな純粋でしょ?だから何でも遠慮なくしゃべるじゃないですか。それがね、怖いみたいですね。

それで、今まで人間関係、繊細だから、苦労なさってきたように見えるのですね。ですからこう人から言われたら、どうしよう、この人とうまくやっていくにはどうしよう?といろいろなことを細かく気を使ってきたというのが見えるのです。

そこで、今こうやって落ち着いていらっしゃるころ、32歳になったけれども、そこで、子供たちと相対すと、昔のことや子供のときのことを思い出したり、いわゆるフラッシュバックして、遠慮なくずけずけとものを言う人から泣かされたことが、思い出されてしまう。それでちょっとびくびく動揺してしまうのではないですか?そのように霊視ではみえます。

ちょっと内観してみてください。それで本当にそのとおりだな、と思うのであれば、ここからひとつ、自分への自己暗示が大事。「もう私は大人だし、どんな言葉も受けて立てるし、傷つかない。」ね。

それで、傷つくというのは、どこかでビクビクと自分でしてしまってね、傷つけられるという被害妄想があるから。言ってくれること、みんながみんな、悪意があるとは限らないわけです。

だから。「あーそうなのー?」って聞き流す、ということも自分でできるようにならなきゃいけないけれども、ご自身は全部真正面から受け止めてしまう。

これも実は言うほうが悪いばかりではなくて、そう受け止めちゃう自分も悪いのですね。これからは、かわすことも覚えていきましょう。そのような気持ちがあれば、これからお子さんたちに対しても、「なーるほどね、だからやだったのか。」ということがわかれば、必ず改善されていけるはずです。


【天国への手紙】

「お父さんへ。

いまなにをしていますか?幸せですか?お父さんが亡くなって三年もたつのに、私にはお父さんが亡くなったという感覚がありません。おねぇちゃんもそうだって。

おとうさん、ともちゃんは、お父さんのこと嫌いじゃないからね。学生のときは沸けもなく嫌いだったけれど、今思えばかわいそうな態度をとってしまったなって、反省しています。

お父さんは家族を好きでしたか?今はどう思っているの?ともちゃんは、もっとみんなでなかよくしていたかったんだ、おとうさんもいっしょに。

あのね、心残りなのは子供と、お父さんが一緒に写っている写真がないってこと。ほんとはね、お産で実家に帰ったときに、お父さんに抱っこしてもらっている写真を撮りたかったのに、だっこしてっていえなくて、そのまま。家族写真にもお父さんはいなくてその写真を見るたびに、もし一緒にとっていたらここらあたりに写っていたのかなって、おもったりして。

お父さんはこの家族のお父さんでよかった?いまなら友ちゃんがみんなをひとつにできた気がするの。何も親孝行できなくてごめんなさい。いいこじゃなくてごめんなさい。

あと、お母さんのこと、大事にしてあげてください。お父さん、これからもよろしくお願いします。

ともみより。」


今の時代でも、なかなかね、このようなお父さんへの手紙を聞いているリスナーの方にも、ご家庭内複雑な状況の方たちは、共感するものもあるかもしれませんね?

おとうさんも、ともみさんに対して言っているんですよ、やっぱりいろいろ複雑な経緯があるから、若いころ父親に対して嫌いだということがあるのは仕方がないということがあるのと、

むしろそれよりも、さびしい環境にさせてしまったお父さんにも問題があって、ごめんなとという風にもあやまっているんです。

家族がばらばらになってしまったりとか、あとはそれこそ一人一人が孤立していくというのは、とてもさびしい状況、そんなときだったからこそ、おとうさんも、ともみさんも、事情がわかっているはずだから、お互い許しあう必要があるのかもしれません。

お父さん自身もそういった意味では自分自身のことも許してくれということを言っています。そしてともみさんにたいしてはお孫さんたちとの家族をしっかりとあたたかい良いものにしてあげなさいと、自分たちのできなかったことをあなたはしっかりとやりとげなさいと、そういうメッセージを寄せてもらっています。

時が過ぎていくと、親って、子供に対して本当に同じような愛情を持つものなんですねぇ。そのときはみな、家族で生きているときはみな戦いだったように思うんですけれどもね。そういった意味ではともみさん、今お父さんが、亡くなってから、良い家族になれたかもしれませんね?


【クラシック・セレクション】

メールです。「二年ほど前になりますが、彼氏から、別れてほしいと宣告されてしまい、本当に愛しているはずならば、彼の好きなようにさせてあげられるはずなのに、自分好きな自分が、彼を忘れきれずにいます。

こんな情けないわたしですが、失恋の悲しみから立ち直り、前向きになれる曲をお薦めください。」


相手を本当に愛するということは、相手の望むようにしてあげること。そして未練が残るのは当然。だけど、思い出にかえてしまうことです。そんなあなたが、本当の愛というものが理解できるということは、思い出に変えることでできるのかもしれません。そうしたらあなたには、新たな愛が待っていることでしょう。

そんなあなたにはやはり喜び、という意味でこんなメロディが良いのではないでしょうか?「第九」を今日はご紹介いたします。

第四楽章の「歓喜の歌」があまりにも有名です。CDの74分という長さは、実はこの曲が、一枚のCDに収まるようにという配慮の元で決められたということだということは、知ってました?私は知りませんでした、なかなかCD業界って粋なことをしますねぇ。


ベートーベンが耳が聞こえない苦難を乗り越えて、歓喜へということもあるし、第九の詩というのは、世界の平和を訴えてもいるし、おはがきにもあったような、吹っ切るというような、自分の苦難を乗り越えて歓喜へ、歓喜というものはみな、苦難を乗り越えたあとに、あるのかもしれませんねー。

(曲)


【エンディング】

もうあさって、カウントダウンですね。今年一年は私はもう全自動洗濯機の中に放り込まれたような気分の一年でした。

皆さんとともにスピリチュアル・ヴォイスで新しい年を迎えることができたらうれしいなーと思うのと、でもわたしは、その会場にいない方でも意識して「今日ヴォイスやっているんだよなー」と思ってくださる方みんなに、新しい年を一緒に迎える、そういう気持ちでいますし、この世の中みんなの幸せを常に祈っていたいという風にと思っています。


自分の幸せは、自分で作るものです。

そのためには、自分を深く知ること。

つらい経験も、楽しい経験も、

ともにたましいを磨く、貴重な経験だと、

受け入れることです。

そのときはじめて、たましいは成長します。

それこそが、本当の幸せです。


素敵な年末、そして良いお年を

お迎えになってください。



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…というわけで、いよいよ年越しですねー!実は今回は体力保持のために、明日は新幹線で大阪へ、というふうにしたのですが、年末ですからチケットがとれなくて、やむなくやっぱり健康上にも良くない喫煙車になってしまったのですね。

それも、こだま号ですから各駅停車で結局4時間かかるのですね。まぁこれもプチ苦難を乗り越えて大いなる歓喜へということなのかもしれません(^^;)。

またカウントダウンライブも4時間の長丁場なので、内容全部覚えていられるかどうかわかりませんが(^^;)、またリポートさせていただきます。

それでは今年もごらん戴き、大変ありがとうございました。また来年も、みなさまお元気で、引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。(^^)

Posted by fy3on3 21:41:18Comments(2)TrackBack(0)

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