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江原啓之 幸せのレッスン 第6回 (ニッポン放送)
2006-11-18
はい、年末恒例になった感がある「天国からの手紙」SPも、26日に放映されるようですねー、又楽しみです(^^)。
さて、今回もすこし参考程度に要約してみますね。
>>
この世で私たちが持てるものは、
すべて形の無いものなのです。
自分のもの、物質的にそれを持っていると思っても、
実はそれらはすべて、自然界からの借り物です、
肉体ですら、最後は地球に還って行きます。
私たちが持てるものは、
あなたが人に与え、人から与えられる、
形のない「こころ」しかないのです。
みなさん笑っていますか?私は笑おうと思えばそこにあるオニギリをみただけで笑えます(笑)。
皆さんの周りにも笑えることって実はいっぱい転がっていると思うんです、ですから、心が笑おうとしているかどうか、という方向性によるものではないかな?いう風に思います。
お便りです。「ある有名な占い師さんが、女性は月を見てはいけない、山に登ってはいけないというのを聞いたことがあるのですが、それはスピリチュアル的に何か理由があるのですか?」
ないと思います(笑)。別に月見たっていいじゃないですか。まぁ考え方によっては、あまり傲慢になっては行けないよ、山に登って男勝りのようになってはいけないよ、という教訓的なものがあるのかもしれませんが、なんでも迷信とスピリチュアルなことって分けないといけませんよね(笑)。
【今思うこと】
今月は「美しい日本」ということで、日本の伝統的なマナーですよね。最近も何をしてマナーとするかわからなくなってきてしまっていますね。
最近も、関西の放送局で給食の時にいただきますという必要はないというお母さんがいると聞いたんですね。どうしてかというと、給食費を払っているのは家なんだから、学校に対していただきますという必要は無いというんですね。
でもこれは、お金を払った人にいうわけじゃなくて、それこそ自然界の恵みにいただきます、と感謝するわけですよね。
また日本でいやなのは、名古屋城などの門扉に落書きとか、奈良とかでもありましたが、歴史的建造物にらくがきなんかするのは、この日本くらいなものなんじゃないかと思うんですね。
このように私が一つ嘆かわしいのは、「幼稚な国日本」という感じがするからなんですね、なんでも依存するんですよ、国とか行政とか、依存してあたりまえといえばそうなんですが、依存しすぎるのもどうかと。
日本だけですよ、大事なものは柵をしろというのは。そういうのも「テーマパーク症候群」だとおもうんです、作られらた物とと本物の違いがわからなくなってしまう。
柵をしない行政が悪いわけでなく、依存しすぎですね。私たちがちゃんと見る教養がない、知識ばかりあって、教養を育んでいない。
ヨ−ロッパでは町自体が歴史的建造物なんですからねー、そこに泊まったりもするんですよね。
また美術館も、名画も日本にやってくると分厚いガラスに阻まれてよく見れないと、ルーブルでは手が届くような位置にあるんですね。
そして想像力が足りない、いじめも相手がどう傷つくか、ストーカーも、自分の気持ちが一方通行で相手の気持ちが分からないから、虐待もそう、想像力の欠如が問題だなぁとおもうんです。
飲酒運転もあれだけ報道されたりして犠牲者がいっぱい出ていても続くのは、想像力の欠如。自分には起きないと思っている、それがカルマの法則で自分に還ってくるということですね。歴史的建造物にらくがきをするどうなるのか、とかですよね。
またスピリチュアル・サンクチャリの本も出していますが、そのご神木を傷つけるような人がでていると…、残念嘆かわしいことだと思うんですね。もっと大人の社会にならなくてはいけないのだなーと思います。
(曲:言葉にできない/小田和正)
【ゲスト:尾崎亜美さん】
尾:デビューして環境が変わったりしたので、身体に来まして、二年に一回は入院してました。
その時、たまたまマネージャーの人が京都の神社の出身(社家)の出の方で、熱がある時にステージがあると
「しゃぁないなぁ〜、じゃぁ僕が、歌っている間だけ、熱取っといてあげるわ〜。」
と言って、その人が熱出るんです。その間私が歌っている。
そして帰ってくると「返すでぇ〜。」といって返してくれたりしたんですね(笑)。
江:返さないでいいのにねぇ(笑)。
尾:それで、体が弱かったと言うことはマイナスなことじゃなかったと思うんですね。小さいころ寝かされている時間は、ものすごくいろいろイメージしたりして、心の中で遊んだ記憶があるので、マイナスなことでも、それがあって、今の仕事につながっていると思うんですね。
江原:病気の経験はつらいことですけど、そのおかげで、今のすばらしいものがうまれている。人生マイナスなことあるけれどもそこから必ずプラスが生まれると。
そして私はね、亜美さんの後ろ見ていると巫女さんが見えてくるの、だから「美鈴」さんとか神主さんとか、つながっているんだなぁ〜と。
そして、今日はご主人様のお誕生。おめでとうございます。
尾:主人はサディミカのベーシストで、やんちゃな人なんですね。
江:ご夫婦でアーティストっといういのはどんな感じがするんですか?
尾崎:彼を尊敬できるし、また彼が自分のことを一番褒めてくれる人かもしれませんね。
江:作詞とか作曲するときは、うちでなさるんですか?
尾:うちでも外でも降りてくるときがあります。イメージが来て、どちらかというとメロディが先ですね。「マイピュア〜」のときはサビの部分が同時に出来ましたね。
江原:ことたまの使い方が絶妙ですね。『オリビア〜』の「おしまい」という言葉は他にもいろいろな言葉があると思うのですけれども?
お:「おしまい」のところを指摘されたのは初めてですね。この歌詞ように自分から振るという歌はめずらしいと思って、いい歌って思われるかどうか分からなかったのですけれども、どうしても書かなくては、感じたんですね。
(曲:オリビアを聴きながら/うた:尾崎亜美)
弾き語りで教会で録音したバージョンでした、またコンサートが今月もありますね。
【スピリチュアル・カウンセリング】
「薬剤師です、自分が病気になってから患者さんのつらさが以前よりわかるようになりました。しかし江原さんのように癒してあげる言葉がかけられません。どうすればよいですか?薬剤師に向いてますか?」
後ろに職人さん的な方がいらっしゃるので大丈夫ですね。なぜ又悩むかと言うと、霊視するとマイペースな所があるので、不意に思ったことを率直に言って反感を買っちゃったり誤解を受けちゃったりして、それに対して恐怖症になっているところがあるのかな?って思いますね。
そしてそれは、ぶっきらぼうな単語だけいうのがよくないようなです。丁寧に言っているつもりが言葉足らずになるみたいなんですね、技術的な仕事の方ほどそうなるようです。
ですから少し工夫を加えると良いと思うんです、優しい言葉をかけたいというのは良いんですが、あまり頭で考えちゃうとそれも計算になってしまうので、人間関係はなんでもそうですが、「よりそう」という心ですね、なんでもサービスに答えたい、というのは物質的ですから、いつも心に寄り添ってます、と思っていれば必ず伝わります。
「結婚四年目で中古住宅を購入しました。古い住宅なので出来るだけ畳や壁に手を触れて感触を確かめるようにして決めましたが、他人の家に入るようで不安です。なにかやったほうがよいことは?」
出来るだけ壁やたたみに手を触れて確かめたというのは自分と相性が会うかどうかと言うことを確認することで、スピリチュアルなことをよく利用なさってますね。
家に罪はないので、オーラマーキング、掃除ですね。自分の手ですみずみやると自分のものになる、自分のオーラが付着するんですね。
ですから、たとえば家族の大掃除というのも、家族の鉄則ですね、家族行事。家族みんなの手で家を保とうとする念力の作業が大切なんですよね、みんなの愛情が大切です。
「キャバリア犬のケンタが亡くなりました。今魂はどんな状態ですか?過去世でのつながりは?犬は犬として転生するのですか?又生まれ変わって私のところに来るのですか?」
ペットロスという方も多いですが、でもあまり思い込みすぎるとよくないですよね。また鉱物>植物>動物>人霊と進化しますね。
私たちがどうして動物と暮らすかというと、動物の魂が人霊へと進化するためのボランティアなんですね。人間と接することによりより動物が人間らしくなる、愛が芽生えていくということなんですね。動物は自分しか愛せないんですが、人間は他者も愛せる、最近では残念ながら自己保存だけの人間もおおいですけれども…(笑)。
また野生動物とペットはぜんぜん表情が違う、ペットはそれだけ魂が人間に近くなるんですね。人間の子育てもボランティア。だから心配要らないんですね。
また霊視するとどちらかというとケンタ君に助けられてた時のほうが多かったのではと思うんですね。ですから、いろいろな思いも強いと思いますが、たましいのつながりはいついつまでもあるので安心して、ケンタ君の幸せを願ってみていってください。
【天国への手紙】
「お兄ちゃんへ。交通事故で亡くなってから3年、突然だったので衝撃だった。つらかったですが、自分がかわいそうなだけだと言い聞かせ前向きにがんばってきたつもりです。
私はもう男の子のお母さんになりました。喧嘩して泣かされていた記憶もありますが、それ以上にやさしかったこともありましたね、またたまに夢にでてきてくれたりしますよね。
この世の未練を引きずっていませんか?いままでほんとうにありがとう。また会えるのを楽しみにしています。」
兄弟愛を感じさせるホロリとくるメッセージですね。
ではお兄さんからのメッセージがあります、おかあさんになったけれども、あれこれクヨクヨ悩んでいるようですねと。また昔から繊細で、悩みやすい性格だったけれどもなぜそうしてくよくよしているんだとおっしゃっています。ですから、そういうところでもっと強くなれよと、夫ことのことが大変でも乗り越えて、親のことも頼むと、いうことですね。
自分がいなくなったから大変だけども、早くに亡くなったから無念なこともいっぱいある、そしてもともとこの世に長くいる気がしなかった、などともおっしゃてますね。だからどこかで寿命だった、自分で定めた人生だったと言うことですね。
したかったこともあるようですけれども、今天国で好きなことをいっぱいしているようです。ですから安心して、これからも元気に生きていってください。
【クラシック・セレクション】
お便りです。「求職中なのですが、なかなか行動に移せないんです、仕事をするのがマイナス面ばかり考えてしまうんです。そのようなときに、前向きになれる曲はなんでしょうか?」
先週に続き、ハンガリー舞曲の中から6番ですね、自分の中では人生七転び八起きのエナジーにあふれる曲だと思っております。もともとピアノの連弾用に書かれた曲が、ヴァイオリンやオケ用にもなったと言うことです。
(曲:ハンガリー舞曲 第六番/地震速報)
【エンディング】
お便りです。「神様はすべてお見通し、という言葉がありますが、本当にすべて見ているんでしょうか?また、どういうふうに見ているのでしょうか?」
人間は自分も神様なんです。ですから、自分が見ているって事で、アカシックレコードにすべての思いも言葉も行いもすべて自分自身の魂に刻み込まれている、そして死後、それをすべて見るようになるんですね、恐ろしいですよー。
思ったことも「あんた、チクショって、いいましたね?」って自分が自分に対してくるというようなね、ことなんですねー。
そしてね、自分の子供がね、幼稚園の時に、神社の幼稚園だったんですが、「かみさまのうた」っていうのがあるんですよ。
そして、それを聞く時にね、大人のほうがやだと思いますよ。その歌詞がですね、
「かみさまは くちではなんにもいわないが
あなたのしたことしっている しっている」
って繰り返されるんですね。
これを子供たちは無邪気に歌うんですけれども、これを聞いているお父さんお母さんのほうが、ドキッとしたのではないでしょうかー?(笑)
おはよう!
朝一番の言葉が
今日の運命を、切り開いていく
ステキな週末をお過ごしください。
>>>
ということで、今週も楽しかったですねぇ〜、「かみさまのうた」も一度聞いてみたいものですね(^^)では又来週も楽しみです。
Posted by fy3on3 22:29:50│Comments(2) │TrackBack(0)
江原啓之 幸せのレッスン 第5回 (ニッポン放送)
2006-11-10
はいー、今日も東京は良い天気でしたね。こんな日にあまり閉じこもっているのもなんなので、小さなチャペルでオルガンを聴いてきました(^^)。
ではきょうも手回しラジオで聞きながらポイントを引用して参ります(^^)。
>>>>
不運であること、それは、幸運の前触れなのです。
朝日が昇る寸前が、一番闇が深いと言います。
暁の前の暗闇を抜ければ、きっと光が差してきます。
不運な時期があるからこそ、私たちは成長できます。
そして、確実に成長できた時、次の幸運が訪れるのです。
さぁ、あなたも幸せになりませんか?
二週間ぶりになりましたが、お元気でしょうか?寒くなってまいりましたけれども風邪予防はやっぱり食べることですかねぇ。冬の野菜などで身体を温めてみてください(^^)。
メールです。「ぬいぐるみを捨てられず困っています。かわいがっていたものですので、しまって保存しておくのもかわいそうです、どうしたらいいでしょうか?」
とっておくのならそうしていただいて、もしお役目ありがとう、ということであれば、神社とか仏閣、人形などを集めているお寺などもありますので、お布施してお願いしてみるのもよいのではないでしょうか?(^^)
【今思うこと】
今月のテーマは「美しい日本」です。安倍さんもキャッチフレーズにしてますが、心においては、美しさを失いつつあるのではと思いますね。こう私も旅をして、「スピリチュアル・サンクチュアリ」の本でもいろいろ神社など紹介してますが、それはなぜかというと、私が神主をやっていたから、というのではなくて、神道というのは「日本のスピリチュアルな文化」だと思うんですね。
神道には、他の宗教のような教義がなくて、「恐れ多く賢きもの」をあがめる、大きいうずしおをみたら「渦潮の神」すごい突風が吹いてきたら「風の神」と自然崇拝なんですね。ですからわたくしなんかも「大喰らいの神」になっちゃうんですね、そして又体重が増えると「デブの神」になったりしてね(笑)。
また二本には多くの神様がいて、人間に災いをもたらす「禍津神(まがつかみ)」も神様なんですね。なんでも賢きものが神だと。
そして、人間は自然もコントロールできないのに傲慢で、何でも出来るとか思っているから、都会でも緑を失っている。花粉症になっていたりするのもアスファルトがあるからだったり、便利を追求するのも傲慢さからではないかと。
神社の杜というのは必ず木立がある、いかに神社などがあることで森が守られているかということですね、東京などは皇居などがあるからまだ良いですが、大阪などには極端に緑が少なかったりしますね。もし神社とかがなかったら、物質主義的な考えで全部マンションになっちゃうんだとも思うんです。
このようなことも、もう一つ自分自身の心を見つめなおすために、日常の生活の中で考えて行かれると良いかな?と思います。
(曲:いい日旅立ち by 山口百恵)
この曲聴くと、CMの効果もあったかもしれませんけど、旅行に出たくなりますねー。
【今月のゲスト:尾崎亜美さん】
ご自分では声がよくないとコンプレックスがあったということですね。
尾崎:本名は「美鈴」とご両親がつけたのですが、赤ちゃんの時の泣き声も神社の大きな鈴のガランガランとした感じであまりよくなかったんです。
江原:「鈴」といえば、とてもスピリチュアルなもので、巫女さんが使ったりしますが、鈴はお祓いをするもので、たとえば鈴木さんというお名前でも、鈴の木と言うのはないわけですよね。
だから実は木に鈴をつけて、「ひもろぎ」として、神おろしをするためのものだったわけですね。神社の杜というのは、最初は木が一本立っていただけなんですね。
そのなごりが諏訪大社の御柱などですね。時代が下るにつれてお社を建てるようになった。ですから神社の起源って「斎庭(ゆにわ)」というんですね、また奈良の大神神社などは山自体がご神体というところがあるんですね。
ですから亜美さんの声はいろいろな人を浄化する力が宿っているのではないでしょうか(^^)?
また亜美さんというのはフランス語の友達という意味からなんですね?
尾崎:昔子供につけようかなーとおもっていたりして、アジアの美しい、やや美しい、ということもあったりしますね。
江:お名前も対称的でバランスが取れてますね。
尾:亜美をローマ字で書くと「amii」と書いて、そのiは「アイデンティティ」や「愛」という意味もあるんです、自分を見失わないように。
それは小さいころは実際に迷子になりやすかった。それはわざと不思議な世界に入るのが好きだったのですね。うそつき少女だったんです、空想家だった。
たとえば地元京都の「船岡山に一メートルのアリがいた」なんていうと、ふーんてみんな聞いてくれるので、楽しかった。そしてお友達も実際に捜索に行っりしていたんです(笑)。
でも音楽という言葉だったら、うそついてもいい、思い描いているものを、音楽で表現していいんだと思ったんです。細い線でつながっていたんですね。
江:もう三十周年ですが、お子さんがいない分、音楽のお子さんは沢山お生みになりましたね。またガンの方々などをはげましたりしましたねー。
(曲:77年の大ヒット:マイ・ピュア・レディ:試聴)
曲もいいですけれど、詩の感性が輝いてますねー。
<スピリチュアル・カウンセリング>
質問:生まれてすぐ、私は今の両親に養女にもらわれてきました。江原さんは、すべて自分で選択して生まれてきているとおっしゃてますが、一体私の人生の目的はなんなのでしょうか?
今までもいろいろな葛藤や苦しみなどもあったかもしれませんけれども、それ自体が御自身の経験と感動になり、やさしさや強さ、いろいろなものを、プレゼントしてくれたと思うんですね。
生みのご両親と、血がつながっていなくても親が自分を愛してくれるということや、血がつながっていないから、というせいにしがち、嫁姑の関係もそうですが、そうならないようにする、それもまなびですね。つながってなくてもここまで愛してくれている、ということも感動につながりますよね。
人間はですから一つ一つ愛を学んでいる、今生では「血を越えた愛を学ぶ」という目的があると思います。
また霊視すると本当のご自身は結構自由奔放な性格ですから、今生は義理を考えたりなど、冷静さも身についてきていらしているようです。こうやってマイナスと思えることにも絶対プラスがあって、そこから必ず学べる、ということなんです。
今こうやって強くなられているというのは今までのいろいろな経験と感動のおかげなのではないでしょうか(^^)。
質問:父のことで悩んでいます。自営業なのですが、母は父に愛人がいるのに離婚する気がないのです。母を置いて出るわけにも行かず、どうすれば?
答えは、「ほうっておきなさい」です。娘さんは娘さんで、夫婦のことは夫婦で決めさせていくのがよいでしょう。母が…というのはいいのがれにも見えます。あなたが経済的に自立すればよいです。いそがばまわれですね。
【新コーナ:天国への手紙】
お会いしたことのない主人のお父様へ:
「結婚16年目を迎え、いまだに主人のご家族となじめず、自分を責めてしまっています。お母さん、おねえさんとうまく付き合えなくてごめんなさい。
こんな嫁が来てしまって本当に申し訳ありません。お父様が生きていてくれたら、もっと仲良く出来ていたかも、とも思います。こんな嫁に、何かメッセージをいただければと思います。
主人の家族とも、本当の家族のように、仲良くなれればと思っています。」
お姑さんとの難しい問題があると思いますが、お父さんがおっしゃるには、義理のお母さんお姉さんは決して悪いわけではないけれでも、理想が高いようです。またよくありがちですが、息子かわいい、という感じで、息子にいいたいことをお嫁さんに言ってたりするんですって。嫁に言うことで息子に言おうとしていたりですね。お嫁さんが悪い役に回っているという感じですね。
でもそれにはお母さんにしても寂しさがある。ご主人はとても幸せだと、感謝していると。
ただご主人が過労気味で心配だと、また子供がやんちゃだから大事に見守っている、というメッセージも来ています。
【クラシック・セレクション】
今月の最初はブラームスです。生きるのに疲れた時、聞くと良い曲ですね。「ハンガリー舞曲」全22曲の中でも「第五番」が有名ですね。きっと皆さんも聞いたことがあると思います、生きる息吹があるという感じですよね。
(曲)
【エンディング】
お手紙です。「生のたまねぎが苦手です、嫌いな食べ物などはスピリチュアル的にどうですか?克服の方法などは?また江原さんの嫌いな食べ物は?」
私はゲテモノやフランス料理のうさぎちゃんとかは苦手ですね。スピリチュアル的にはとてもエナジーがありますから、生がダメであればうまく工夫して食べるとよいですよね、ちょっとたまねぎさんの代弁として、言わせていただきました(^^)。
大きく息を吸ってそして吐く
きのうのネガティブなエナジーは吹き飛ばしてしまいましょう
素敵な週末をお過ごしください。
>>>>>>>>>
と、いうわけで、天国への手紙、もよかったですねぇー。また尾崎亜美さんもとてもオーラ明るいかたですねぇ、中学校の後輩に綿矢さんがいる、というのはなかなかスピリチュアルな感性を持った土地柄のご出身かもしれませんね(^^)。又来週も楽しみです。
Posted by fy3on3 22:53:07│Comments(2) │TrackBack(0)
江原啓之の幸せのレッスン 第4回 (ニッポン放送)
2006-10-28
はい、今回は消えないようにと言うことで…(^^;)大体のところをUP致しますね。全文起こし、というわけには行かないので、抄訳という感じですね。
>>>>>
笑顔は、幸運を呼び込むために、
なくてはならないものです。
笑顔がなければ、どんな美人でも、幸運には恵まれません。仕事もうまく行きません。一時的にはうまく行くように見えても、長続きはしません。
逆に言うと、笑顔さえあれば幸せになります。
笑顔のステキな人の周りには、いい人が集まるからです。
仕事も良い人に恵まれて、うまく行くのです。
さぁ、あなたも幸せになりませんか?
ということで、始まりましたが、今日は、デディベアの日ということですが、なにげに似ている江原さんもよく人からペシペシと相撲取りさんみたいに叩かれるそうです、痛点は太っていても同じなので、あまりはたかないで、ぜひ今度は優しくなでていただきたい、とのことでしたね(^^;)。
<今思うこと>
子供の犯罪などが増えてしまった世の中で、一番身近な大人はやはり親です。では親とは何か?。
家族とは何かというと、スピリチュアルな視点からすると学校なんです、山田さんなら「山田学校」。自分でこの家はふさわしい、と思って生まれてくるんですね。
親は先輩、兄弟も先輩後輩また同級生ということでご先祖はOBやOGですね。魂としては来るところは別だけれども、親子は一つの人間関係であるから、親子で気が合わないというのも別に普通でよくあることです、なぜならそれは親子も「人間関係」だからです。
親子でも、似ている親子とそうでない親子があるけれども、それは「魂は別」ということのあかしですね。ですからそれはそれでいろいろ学びがあると、反面教師だったりとか、でですね。
また子育ては一つのボランティアですよね、そこでは子供に教養を身につけさせることも重要です。美輪さんもおっしゃっていますが、今の人はつめこんだ知識ばかりあって教養がない、教養とは知識をどのように人生に生かすことができるか、ということなんですね。
たとえば日本人はみんな同じブランドのバッグ持ったりして、どうもセンスがない、というのもありますよね、ちょっと厳しいこというと、美的な教養がない、ということですね。
そのようなマナーとか教養を身につけさせることが、親というか、先輩としての役割でもありますね。でもある程度大人になったら、人間関係として尊重しなくてはいけないから、友達と一緒、というところもあります。ですから「親だから」というふうに威圧してしまうのもおかしいですね。親子の人間関係を大事にしていくのが大切だと思うのです。
そして、ある程度の時期を過ぎたらあとは、パトロン、スポンサーになるわけですね。「今の時代、せめて大学には行ってちょうだい!」という親がいますが、何で頼んでお金出して、学費に悩んでまで上の学校にいかせる必要があるのか、私は不思議に思うんですね。
年齢超えたって、働くようになって、勉強が大事だと思うと、実はそのほうが成績優秀になるんですね。そのような人のほうが、やりたくて勉強するから、逆に若い人のほうが成績も低かったりするんです。
私も2つの学校に年齢は遅れて入ったけれども、見ていると他の40歳くらいの方が成績トップで、まるで年功序列のような感じで成績がよかったんです。私が音楽の学校にいた時も皆勤してました、必要に駆られて、自分でお金も出しているので一回のレッスンでも欠席するともったいないと思ったんですね。
ですから「行ってちょうだい」、というのは物質的価値観で、やるきなかったら働いてちょうだい、でいいんですよね。急がば回れで、人生に遅いというのはないですね、そして親は必要な時にサポートするのがいいんですね。
子供がもし上の学校に行きたいと言ったら、たとえばの話、親も面接して、その動機を聞いて、後でちゃんと学費を返済させるようにするなど、社会のルールにあわせて行くのも良いのではと思いますね。そうすれば子供も頑張ったりと、そういうほうがよっぽど自立しあってて良いと思います。
>
また見ていると、そもそも親とは何か、なぜ家族を築くのか?ということを考えることによって、親子の問題というのだいぶ解決してくるのでは?と思いますね。ニートの問題もそうですが、親の物質的価値観を押し付けないことですよね。
でも、そういう親も暗中模索だと思うんですよ。しかし、どれだけ与えたかではなくて、プレゼントも心がこもっていなかったらつまらないんですよ。
悲しい時にいっぱいプレゼントをもらったから立ち直れるかというと、立ち直れないんですよ。
それよりも、ほんとに身近なところで一声をかけてくれたりすることとか、ただ座ってくれるだけでいい、寄り添うことが重要だと思うんです。
なぜかといえば、親子で出来ないものは、外でも出来ないんです。生まれてから一番わがままが言えるのは親子だから。こう家族は無条件の愛を示せるところだから、ここを一番大事なふるさとにしていくべきだと思うんですね。
最近の親は、自分は何も子供にしてあげられないんだ、離婚したら子供に何にもしてやれない、などと言ったりしますが、要は「込め」ればいいんです。込められた子は、絶対幸せで、どんな屈強な困難があってもかならずや立ち直れる力がつくと思うのです。
どれだけ与えたかではなくどれだけ込めたか、「込める」を私たちの暮らしの基本にしていきたいものです。
(曲:ドヴォルザーク・わが母が教えた給いし歌)
この曲を聴くと親子っていいもんだなぁって思い出される曲ですね(^^)。
<ゲスト:イルカさん>
人との出会いは、人生でもっとも幸せな出来事。
この時間は、音楽の世界で活躍する、さまざまなアーティストをお招きして、その方が紡ぎだす、ことたま、おとたまの世界を紐解いて行きたいと思います。
江原:イルカさんがスピリチュアルソングを作るとしたら、どんな歌詞などがよいと思いますか?
イルカ:「こころ」ははずせないでしょうね。
江:今は心を生き返らせることが大切ですね。
イ:私もついつい忙しすぎるということがいけないのじゃないかとおもってね、すこしのんびりしていると、こう創作的なことがどんどん湧いてくるんです、そして不思議と同時期にそういう依頼も増えてくるんですね。
今も絵本を書いていて、これがなかなか大変ですけれど、それも喜びなんですね。25年ぶりに書いてます。前の本の時はサイン会をしたんですよ。
江:私もそのときのサイン会行きました、渋谷の西武デパートに。長蛇の列でしたけど、そのときに写真もあります。
イ:絵本は心を落ち着けないとかけないし絵を書くのが時間がかかるんですね。それで、今アジアアフリカの子供たちに愛を届けようという基金の活動にも参加しているのですが、そのキャンペーンソングの「真冬の天使」という曲も、新聞にインドの子供が赤ちゃんを抱いている写真があって、それを見ているときにに思い浮かんだんですね。まるでその少年の瞳に書かされたという感じです。
江:この曲の歌詞もホントに今の時代に必要ですよね。それで、私は「言葉を運ぶ船が、おとたま」だとおもうんです。おとたまの船に乗っかってことたまが人の心に入っていくと思うんです。
>
またこの歌詞にも、セーターがいっぱいあっても着る時は一枚だけ、とありますけど、日本にはどうしてこんなに物があるのかと思いますね。
イ:私も最近荷物整理してますけど、そうするとほんとにスッキリしますね。江原さんもお掃除が大事とおっしゃっているけれど、ホント掃除すると家が見違えるように光ってくるんです。ですから不要なものをもらってもらう人を全国各地に決めているくらいなんです。
江:でもね、最近の日本って、もらって欲しくてもみんな余っているからいい、って言うんですね。物を送ると迷惑になるかしら?って思いながらね。でもこれはちょっとおかしいのでは?って思うんです、外国とのバランスが取れてないですよね。
イ:私も家族でいつもバリ島に行く時に、チャリティで服とかもっていくのですが、差し出すとみんな目の前ですぐ持って行ってサーっとなくなるんですよ。それをみんな着てくれているのを見るのもうれしいしいんですね、服も喜んでるの。
…だから日本のように物があふれているのは、ある意味、不幸かもしれませんねー。
>
江:「こころ」って愛の電池が蓄えられていないと誤作動をおこしてしまうんですよね。たとえば実は買い物ばかりしたくなるのは愛が欲しいからなんですよ。
イ:では、今のような「愛の電池」という曲はいかがですか?江原さんがよくおっしゃっていることが歌になると良いじゃないですかー。
江:はい、では有難く頂戴いたします(^^)。
<曲:FNSチャリティキャンペーンソング「真冬の天使」>
江:この曲もホントに心にしみる歌で有難いなぁと思います、このような愛の波動が世の中にいっぱい伝わってくれればーと思いますね。さて、これからのご予定は?
イ:2月にも新宿でチャリティコンサートがありますね。
江:わたしもまた乱入するかもしれませんね(笑)。
<スピリチュアル・カウンセリング>
・僕は時々憑依現象を受けてドカ食いしてしまいます、波長を高めるような曲は?
内観がすべてなので、テーマソングのカバリリア…の間奏曲などもいいですね。そしてドカ食いをしていまう…、私もいつも反省ですが、現代人はそういうリズムで生きているから食べちゃうんですね、気持ちで食べちゃう。
落ち着きたいけど休息がないので食べちゃう、現代人は朝から夜寝るまで、ずーっと何か動いていて、トイレ入っていてもメールしていたりして、動かない時間はないのでは?と思うんですねー、自分自身の心を見つめる時間がないんですね。
たとえば、パチンコ屋さんの軍艦マーチは球をたくさん打たせるためですし、食べるところでも軽快な音楽をかけると回転がよくなるのではとおもいますよね。ですから、逆に食事の時にゆったりとした音楽をかけると、テンポがゆっくりになって早く食べれなくなると思うんですね。
また興奮はオーラで言うと赤ですから、冷静を加えるとよいですね。物質界で言うと水ですね、水をたくさん飲んでから。考えればいいんです、そうすれば食欲も失うと思うんですが、実はその暇もないんですよね、私がいつもそうです(笑)。
では次、気を取り直して…(^^;)。
・主人が二年くらい前から過呼吸症候群とうつ病、不眠、気持ちがおちこむ、頭が締め付けられるなどの症状があります。ある霊能者にきくと、前世とのかかわりがあり、一生治らないと。なおすにはどうすれば?薬を一生飲み続けなくてはならないでしょうか?
ちょっと最初にイジの悪い見方をすると、最後の「一生薬を飲み続けなくては?」という言い方は、物質で判断するのは少しいけないですね、薬を飲み続けたって別にいいわけですね。身体が快調で、そして毎日を有意義に生きられたなら、ですね。その薬を…というのでもう被害妄想というか、不幸だーっていう風にしてしまうのはもうそこで問題なんですね。
そういうところもポイントなんですよ、私も相談者の方ってね、「どうしてこういう考え方するかなぁ〜?」と思うときあるんですね、そういうことが不幸を呼び込むポイントでもあったりすることも忘れないでいただきたいと思うんですね。その人が輝いて生きられれば良いということですね。
そして「一生治らない」と言われました、とありますが、もし本当にそうであれば、霊能者の方もいわなければよいわけですよ、一生治らないことを敢えて言うことないですよね。
また、それが宿命であれば仕方がないですが、おおよそれは運命の法則でね、治らない、って言ってしまうほうがおかしいですよね。今回のようなものも、先天的なものとはちがうわけですから、症状を軽くして生きることはできるのか?ということですよね。
だから「治らない」と言うのはまず間違い、と思うんです。
そして少しお答えしますと、「少し時間を見て上げなさい」という言葉が還ってくるんですね。それはどういういことかというと、早く治って欲しいというのもわかるんだけど、それは物質的価値観から来るものだから、まず、
この方が、いろいろな精神的なものを持ってね、こういう風な症状、病気になった、そしてそこからもどるというのは、少し時間がかかる、と言う風に猶予をみないとですよね。なんでもやっぱりみんなインスタントを望む、これも物質的価値観ですけれども、そうじゃないんですよね。
それで、彼の問題点は、精神的なもろさなんですね。実は人間関係からやってきている。言いたいことが自分が言えない、と言うことが実は、呼吸器に来ているんですね。
>
で、スピリチュアルな面から言って、病気って三つの種類があるんですね。
1.肉の病 過労などで自分で悪くしてしまうこと。
2.思い癖の病 こころ、たましいがシグナルとなって病気で教えてくれると言うこと。
たとえば自分自身の人生が不平不満で消化できない、と消化器系が悪くなるんです。「何で俺はこんなめにあわなくちゃならないんだー」ってばっかりやっていると、消化器悪くなるんです。考え方を変えなさい、というサポートを受けている、自分で自分に教えているようなものですね。
3.宿命の病。寿命や課題としてもってくる先天的なものですね。
そしてわたしはこの方は思い癖の病つまり、運命の病だと思うんです。そしてその彼がいい子でいけない自分というのがあって、親御さんからも可愛がられていいこだったと思うんです。でも自分の本音がなかなか言えない。
でね、言えない人生の息苦しさがあるということを呼吸器の病で教えてくれているわけですね。そして、うつ、と言うのもある意味では心のフリーズですね。
たちどまって身動きが取れない、だれでもあることですが、それがずーっと継続してしまっているのがうつ状態ですね。
ご主人の場合はやっぱり思い癖があるから、ご自身がそのこころを聴いていてあげることですね。
でも、「じゃぁ話して」って言うのではなくて、寄り添うことが大事なんですね。相手が口を開く時間を作る、なんてことない時間をつくる。お茶飲んだりとか、無駄な時間を作るんですね、そうしているとぼそりぼそりとでてきますね。北風と太陽のような感じですね。
悩み事を聞く時も無理やりは無理ですね。そういう時間を大切にすることですね、そうしていって心のかげりをとって、新たな視点を持てるようになるまではまだ1,2年かかりますよ、って守護霊さん言われているんですね。
1、2年だからいい、というのではなくて、そうやって心を知る、改善していくと言うことですね。短絡的に決め付けないことが大切なのです(^^)。
・私の悩みは人を心から愛すことが出来ないんです。男性にも親近感を感じないんです。好きとはわかるが愛すると言う感情がわからない。でも結婚したい。感情障害なのでは?と思います。
結婚が人生すべてではないし、こどももそう、すべては学びだから。結婚をしない学びもあります。
人間関係も、人がいるから悩むんです。孤独もそう、人がいるから孤独。いる悩みがあり、いない悩みもある。
子供も、持つ悩み、持たない悩み、いろいろある。結婚も、すべてはメニューですね、したから立派、しないからどうとか関係ない、すべては自由意志ですね。
この方は結婚をしたいと願っているのですが「このままではかなわない」というのもネガティブで足引っ張っちゃっていていけないですし「感情障害」などと、すこし言葉が悪いですよね…。
それで、ポイントは、恋愛も結婚も人間関係もそうですが、うまく行く秘訣は、「あなたが人が好きですか?」ということですね。
異性とか親子とか役柄を決める前にまず人間が好きかどうか?人って面白いなーとか、人は可愛いなーとかいう気持ちをもてるかどうかです。
そうして人を愛することができていると、どんな人も可愛く思えるんです。でも愛せないというのは、まず自分の「愛の電池」を溜めることですね。
ですからまず「自分を愛する」ということ。また霊視すると、この方は完ぺき主義なんですね。褒められて立派な自分が当たり前と思い込んじゃって、そうするとね、失敗を恐れるんです。
出会っても好きだなと思っても学歴がないとか、職種がとか、なんでも感情をを押さえてしまって無機質になってしまうんです、そのままの気持ちでいけばいのにですね。
たとえばおなかがすいている時はあまり考えないで食べますよね。これが好きあれが嫌いってやっているうちは、本当におなかがすいていない証拠なんです。
ですからどこかで自分の中で、ホントに人ににかかわりたい寂しさとかね、理解されるうれしさとかが、まだまだちょっとわかっていないかもですね。
そしてまずは完ぺき主義をなおすということですね。自分も完璧でなければ相手も完璧ではないということ。そして完璧でなくてはいけないことは一つもないと言うこと。
むしろ完璧だったら、生きてないです。すごい完璧な人は、むしろ早死にしますよ(笑)この世にいるって言うことは、もっと学べ!ということだから。完璧でないから生きているんですよ。
ですから、失敗を恐れない、また「愛する」ということも、付き合い始めてから愛が芽生えてくると言うのは悪いことではないんですね。惚れっぽいひとほどお別れも早かったりしますね。ですから接していく中で愛をはぐくんでいくのが大事ですね。
まとめると、愛の電池の再確認と、完璧でない自分を愛すること、また、失敗はないのだから恐れないで、ということですねー(^^)。
<クラシック・セレクション>
今回はフジコ・ヘミングさんのラ・カンパネラです。もうすでに有名な方でいろんな苦難を乗り越えて今花咲かれているという方ですが、最初聞いた時、音をつむぐ感じがして鐘(=カンパネラ)の音がするなぁと、とても感動しました。人生の喜怒哀楽が自分の人生にも当てはまるような感じでしたねー、ある意味勇気を与えられる曲だと思います。
またたとえばもっと早く引けたりとか、技巧的にうまい、という人もいますけど、そういうのと、良い、というのは違いますよね、スピリチュアル的にもどれだけ「込めたか」ですよね。
<エンディング>
いろいろ厳しいことも申し上げてきましたけれども、人間って、いろいろなものをこうほじくりだして恐れちゃうものですよね。
それで、幸せとはなにかというと、例えば、みんな健康が幸せとか言うのも、実は物質的価値観なんですよね。じゃぁ病気になっちゃったら不幸せってことでしょ?
だからそういった意味では本当の幸せって何かと言うと、「何も恐れることがない」ということなんですよね。
だから生きることの意味っていうことを知っていると、ちょっとつまずいたとき転んだときも、意味がある、それをしっかりと受け止めていけたら人生怖いものないんです。
だって、「死」も「ふるさとに還るだけ」だともしわかっていたとするならば、何も怖いものはないでしょ?だから、みんなが、何も恐れない人生につながってくれたらいいなぁって、今日もしみじみ思いました。
愛とは、どれだけ与えたかでなく、
どれだけ「込めたか」である。
「込められた人生」は「幸い」です。
素敵な週末をお過ごしください。
>>>>>>>>>>>>>>>
ということで、非常に良いことをおっしゃってるとてもよい番組なので大変感謝なのですが、ささやかなお願いとしては、はよ全国ネット放送にして欲しいなぁ〜と思うのですね(^^;)。
それにはもっとスポンサーについてもらわなくてはいけないということなのでしょうが…私も何のご縁なのか、このニッポン放送さんにはに少しお世話になっていましたから、よく存じておりますね…(^^;)。
…それにしても、高校の履修不足問題も、ほんと物質的価値観ですなぁ〜と思いやられますよね(^^;)。まぁ知識よりも教養と言うことで、学校の先生方ほどスピリチュアルな考え方をもっと学んで生かしていただきたいなぁ〜って思いますよねぇ(^^)。ではまた第三回もマイペースにと思います。
Posted by fy3on3 02:54:41│Comments(4) │TrackBack(0)
江原啓之 幸せのレッスン 第3回 (ニッポン放送)
2006-10-20
はいー、一度書いたのですが、全部消えてしまったので、もう一度起こしてますが、これも修行ですね(^^;)。
というわけで、また書きます<m(__)m>。
>>
…と、今日は東京別院の万灯万華大法会という縁日があったので、それを見に行っていましたね。壁に耳ありクロード・チアリさん(古い!)のコンサートは残念ながら鑑定で見れませんでしたが、インド舞踊奉納や大般若転読護摩大法会はなかなか迫力ありましたねぇ(^^)。動画も少しのせました。
はい、ではひきつづきUp致しますね。
>>>
偶然に出会う人は、誰一人いません。
どんな人も、あなたに何か教えるために
出会わせてもらった人なのです…。
この世に偶然はありません。
この世の出会いはまた必然です。
電車の中であなたの足を踏んだ人さえ、
あなたと縁があるのです。
その人とであったのはなぜなのか、
どんな魂のつながりがあるのか、
常に考えるようにしてください。
人との出会いが、一層楽しくなるはずです。
そして、このラジオでの出会いも、
あなたと私の必然なのです。
さぁ、あなたも、幸せになりませんか?
こんばんは、江原啓之です。
と、いう感じに始まりましたが、10月20日は「頭髪の日」ということで、江原さんも白髪なので染めないと若年寄のようになってしまって大変だそうです。ヒゲも白髪になるのでとうとう剃った、ということですね。
またたまに洋服を着ていると「今日は着物じゃないんですねー。」とかよく言われるそうです。江戸時代の人じゃあるまいしと思うのですが…でもいつものお話の内容が内容だけに落ち着いてみせるということもあるし、もう一つは日本の文化を大切に守りたいと、女性の着物もだいぶ増えてきたけれどもまだ少ない、男性着物などは特に少ないし…、ということですね。
<今、思うこと>
今日は教育についてです。スピリチュアルな視点からすると、本来は「教えを育む」ということ、「生きることの真理」を育みあうことなのではないかと。ただですら、子育てって12歳から15歳くらいまでしか出来ないことなのではと思う。子育てとはボランティア、盲導犬のように、というとたとえが悪いかもしれないが、小さい時に愛をいっぱいかけて、いろいろマナーを教え、ある程度になったら社会に貢献するように送り出していく、ということですね。
人間の子供もそう、「肉からしか肉は生まれず、魂からのみ魂は生まれる」ようするに、家族ってみんな魂は別なんだということ。おかあさんのおなかを選んで生まれてくるけれども、でもその魂は別。
親の言葉で「自分自身がで作ってきた子」自分の私有物のようにね、言うのは間違いで、預かりものなんですね、自分も同じようにこうやって世に出て、経験と感動をしているのと同じように、この世に出て学びたい魂がいっぱいいる。子育てとはそれをボランティアしましょ、ということなんですよね。預かり物なんですね。
それで、12から15歳くらいまではどうしたら良いかというと、この現世のマナー、ルールを教えたり、感性を育ててあげること、いろんな絵画を見るとかもそうだし、いろいろな人とのふれあいもそうだし、そういったことを協力してあげて、15歳以降というのは、その子がどういう風に生きて生きたいかということをサポートしてあげることなんだと思うんです。
それで、親子というのも、そんなに奇麗事ではなくて、ケンカしたりしますよね。そんなときにお母さんだったら子供の好きな物を夕ご飯につくってあげようかな?って思ったり、こどもだったら普段していないごみ捨てくらい手伝ってあげようかな?とか
言葉ではすぐあらわさなくても、そういう思いやりがあればいいんですよね。言い過ぎたことに対しての反省とか、ですね、そういうのが出来れば良い、そういうのが「育み」で、そういうことがあって、「あぁ、親って大事だったよな」とか「子供って層は言っても、自分のもとに来て、自分も教えてもらえて、よかった」なんていう風になる。
そもそも、最初から親っていないんですよ、どうやって親になるかって言うと国家資格があるわけじゃないですよね。ですから子供が親にしてくれるんですね、鍛えてくれるんですよ親として。もう休み、っていうと熱出すとかね(笑)。そういったことは、もうみんな経験することだと思うんですよ。
だけどももうそうやって鍛えてくれるって言うもんでね、そうやって、子供もお世話になった分、子供も親を鍛えるという恩返しをしてくれる。親も親でボランティアしながらいろいろ教えてもらえるという、お互いギブアンドテイクの関係でもあると思うんです。
ですから、教育とは私は元はと言えば、親子、家族が一番もとだと思います。
最近恐ろしい話とかこう聞くんですね、どういうことかというと、学校の先生とかから聞くんですが、
最近は父兄から、学校へ苦情の電話が来るんですって。「うちの子供が、うちでうんとマナーも悪いしね、親に対しての口答えとかもして、一体学校で何を教えてるんですか?」って言うんですって。
昔はね、学校が家にね、連絡して「ご家庭では一体何をしているんですか?」というのが 元なんですよね、それが今じゃひっくり返ってて、学校に全部預ければ、学校でちゃんとぴかぴかの子供作り上げてくれるように思ってしまう、これも物質的価値観、なにか預ければ、成長して帰ってくるとか。
そこにまた「育み」がないんですよね。
だから全人類家族として、育んでいく、真理ををそこから見出していくということが、大事だと思うんです。
また、最近キレル子が多いんですが、その原因としてまず第一にみんな睡眠不足。昔の子は大体夜九時くらいにはねなきゃいけなかった。でも塾なんていっている子はへたすれば12時近くになってからねるようになっちゃうでしょ?だからそういう風な社会がつくられちゃってる。大人だって寝不足が続けばやっぱりキレちゃいますよ。
また食生活、おうちでご飯を食べるなんてのはみんななくなっている。「買い弁」なんて何のことだろうと思っていたら、買う弁当のことなんですね、そういうふうになっちゃってたりとかで、栄養バランスとかも悪くなる。「食育」なんて最近言われてますけれども、やっぱり食べるもの、というのはすごく大事ですね。
あとは、表現力。キレる子というのはやはり表現力が乏しいんですよね、ボキャブラリーがない。…だから、自分の言いたいことを表現できないとなると、カーッってなるんですよ。小さい赤ちゃんがよくかんしゃくを起こすでしょ?あれは伝えられないから、じゃないですか?本も読まないし、それでいて、会話を楽しむこととか、ラジオとかもっと聞いていただきたいし、そういう言葉っていうもの似興味がなくて、友達ともしゃべらず、友達が来ても一緒にテレビゲームやってあまり会話がなかったりしますよね。だから表現が出来なくなっちゃう。
またコンピューターなんかも、私は小さいころから子供にやらせようとするのは反対なんですよね。いまITで活躍している人たちだって小さい時からあったわけじゃないですよ。やりたいと思ったら子供はやるんですよね。
だから、小さい時だったら、ピアノやらせたほうがいい、指先動かしてね、それに、同じように弾いても同じようには出来ないんですよ。ねこふんじゃったを弾いても、十人十色になるんですよ。だからそこに自己表現、昔のドラマなどにもいきなりピアノに向かって「情熱」とか弾き始めちゃったりするものとかありましたけど、そういう「表現」が出来ないから、結局キレる。
何かを伝えたいのなら、伝えればいいのに伝えることが出来ないんですよね。だからそういう意味では芸術的なことなどは大事にしたほうがいいと思うんですね。
>
…という感じで、少し長くなりそうなので分けます。(^^)
Posted by fy3on3 21:59:21│Comments(5) │TrackBack(0)
江原啓之 幸せのレッスン 第2回 (ニッポン放送)
2006-10-13
はいー今日も始まりましたが、江原さんも秋になるとセンチメンタルになるということで、夕方コロッケを買った帰り道に夕日を見て涙してしまったことがあったくらいだ、ということですね(^^;)。
また冒頭メッセージとして、今は子供が変わったと言われますがそういうわけではなく、社会が変わったということだと、いじめがあるというけれども、大人の社会にもいじめがあるのに、子供のいじめをなくせるわけがな、たとえば政治の世界でもいじめがあるし、ということですね。
つまり物質至上主義、「こどもが危ない」という本にもいろいろかいてありますけれども、奈良の事件にしても、子供が物になってしまっていると、「投資の回収」という観点からだったから、ああなってしまったと、
子供は、いてくれるだけで感謝なのに、親はなかなかそうはなれないと、スピリチュアル・カウンセリングをしていても、男性が出世競争に負けてしまったばかりに無気力になったり、その奥さんもだんながエリート競争から脱落したら離婚を考えたり、ということもあるそうなんですね。
ですから、学歴じゃなくて、必要なのは「人間力」、どんな状況でも生きていくことが出来る力ですね、それは愛情から出て、どのくらい「込めたか」にかかっていると。
たとえば、10パーセントの愛がわからないと、100パーセントの愛などはわからない、それには、まず愛の電池を蓄えて、自分が愛されていることを最初に理解することが、真に人を愛することができるとのことですね。
またほとんどの事件は「自己愛」から来ている小我」であると。親もそうですね。ニートにしても、いろいろ物質的に与えられているが、込められてはいないと。親にいろいろ与えられているが、自由のある座敷牢のようである、ということですね。
「込め」られているのであれば、世間体的にわるくても二人三脚でいっしょにやっていくものだと。ですから、団塊の世代の人たちはよりがんばってほしい、物ではなく心で愛の修行をしてほしいということですね。それには全員が家族という気持ちでですね。
「夜明け前の闇は一番暗い」ので、夜明けに向かっているんだ、とがんばって言って欲しいと。事件の少年のように、物質的価値観はこれほどまでに人を苦しめてしまうと。
本でも言っていますが、「価値があるから生きるのではなく、生き抜くことに価値がある」ということですね。
「生きるとは大きな感動と経験を得ること」、そして永遠の命があるのですから、現世に出てきたのは、そういった経験と感動をしに来たのだと、亡くなったらすべてのものを失い、学歴も通用しなくなる。
またどんなに物質的に失っても、それは大きな経験と感動であると。道で寝転がって、というようなことがあっても、それは経験としてプラスである、ということですねー。
>>
(S&Gの曲−水曜の朝午前三時)
この曲の詩も実は若者が窃盗してしまって、といういけないことなのですが、こういうのもまぁ失敗と言うので終わらず、すべては成功につながる、今の若者たちにもいろいろな問題があるけれども、それらも経験と感動につながって成長していくだろう、と思っています、とのことですね。
>>
(イルカさん登場)
イルカさんのラジオ番組が15周年ということで、昔のANNの時の「バカヤロー」のコーナーは江原さんも受験生のときに聞いていてすっきりした、ということですねー(^^)。そのころのリスナーは団塊の世代の人たちだったわけですけれども、イルカさんは、21世紀に入ってからはみんなが急に心を大切にし始めたのではないかなー?と、そして江原さんの存在も大きいですよね、とのことですね。
イルカさんはこれからも生活を大切にして曲を作って生きたいと、そしてこの曲「風にのせて」は、以前悩みのある少年からの投書に対して書き上げた詩を曲にしたもので、とても思い出深いものだそうです。
(曲:風にのせて)
>>>
(スピリチュアルカウンセリングのコーナー)
・恋愛の仕方がわかりません。好きになれない。
年をとるにつれデートなども面倒になった。
秋なので人恋しいです。
秋なので人恋しい、と言うのは大切で、そうでなければ友達もつくらないし、恋愛もしないですから、その波長が類は友を呼ぶことになって、自分の人格に会った人を引き寄せて、実はよいわけです。
また霊視すると、現実を見過ぎでご家族もいろいろあったようで、耳年増的なので、結果を先に見てしまう。32歳なのですから、二人ならもっと良い人生が、とこれからも人生に期待をして、結婚は学びですので挑む気持ちで行くと良いでしょう。
人生には生まれたときに赤い糸の釣竿を宿命の海に釣り糸をたらすようなもの。
ろくな相手に出会わないのは、自分がそうだから、鯛をつりたいと思ったら沖に出なくてはいけない。
また素材がどうであれ、料理の腕前で決まる、人間力、経験と感動による、楽しいことも辛いことも味わうと、さまざまな工夫が出る。自分が辛いときにこうだったからと、思いが巡る、家がごたごたして育った、と言うことも生かせる。
出会いは宿命、結婚は運命、出会いがないときは動き回って、それからは自分の手で、どうぞ希望を持って、幸せはすぐ目の前にあります。
>>>
・自分の生きている意味がわかりません。地方なので若い頃は親元を離れ今は実家、大学も3回変わりその間にいじめや事故に会い、就職もうまくいきません。
辛い思いをされてきましたが、大切なのは経験と感動で、その分料理の腕が上がっている、大変な人の気持ちが分かる、弱者の気持ちがわかるんです。エリートになっていたら気持ちがわからないかも?まだ若いので、自分の肥やしになったと喜ぶべきです。
若い議員さんが演説して回っていたときに、白い手袋で握手しているのを見て残念だった、本当に人と触れ合いたい場合は素手でと思う。その方も悪気はないと思うが、ひとつひとつ想像力を働かして、ガイドさんのメッセージは大器晩成、今までも人のために役に立てることを思っていたはずです。
でも、うまくいかなかったのは、親の面倒を見なくてはいけなかったと言う思いがあるから。自分自身がホントはどうしたいのか?気持ちを整理したほうが良い。「ふたりの主人」には仕えられないので、ひとつにする。
なにも悩む必要はない、人からどう見られるかと言うのは気にする必要はない、人の人生には変えられないから、ということでしたー。
>>>
(クラシックセレクション)
視野が狭くなったときに聴きたい曲
「イーゴリ公より韃靼人の踊り」(ボロディン作)
ボロディンは天才的な作曲家ということで、この曲は番組の冒頭にも使われています。ジャズでもつかわれたりするオペラではバレーのシーンということですね。
>>>
(エンディング)
映画の寅さんのシーンで、お墓参りのときお墓をまちがえてましたが、それでも大丈夫ですか?
お墓参りは病院でのお見舞いと同じです、間違えても隣のお墓の人はビックリしているかもしれませんが、思いは家族にちゃんと届いているので大丈夫、ということですね(^^)。
>>
人はなぜ道に迷うのか?
それは、道に従い生きようとするから
私は道に迷わない
なぜなら
道は自分で作るから
>>
ということでしたねー、ふーむ今回もなかなか興味深かったですね、早口でなかなか全部は書き出せませんが、濃い内容でしたねぇ(^^)。
確かに、私たちはさまざま輪廻転生して、男にもなり女にもなり、王様にも貧乏にもなり、貪欲にもなり清貧にもなり、とさまざまな人間を演じるために生まれてきているので、それぞれの立場を一生懸命生きて行くことが、そのときの人生での学びを深めることができる、ということなので、あまり画一化してしまって同じ幸せを求めていってしまうこと自体が、不幸の元なのかもしれませんねー?
ですから、ある程度ホント満足して、こう今ある幸せを感じながら生きるというのは、なんだかあら損なようなのですが、私が見ているとそのような人のほうがこだわりがなくて付き合いやすい、オーラの明るい人に見えるのですね(^^)。そういう方ほど不満がなく、そして不思議と金銭的にも楽になって行く方が多いようです。
と、いうわけで、また来週楽しみです(^^)。
Posted by fy3on3 23:43:44│Comments(10) │TrackBack(1)
江原啓之 幸せのレッスン 第1回 (ニッポン放送)
2006-10-06
はい、今日の東京も大雨なのですが、そういえば今日から江原さんのラジオ新番組があるということで、AMラジオなんてもうホントこのネット時代に聴かないですから、わざわざ大雨の中歩いて買いに行きました(^^;)。
そして、最近では100円ショップとかでもラジオって売ってたりするので、それでよいかなー?っとプラチナ通り近くまで行ったのに物がなく、結局三田のホームセンターで防災用の手回しラジオを購入することになり、今も手で回しながら試し聴きをしております(^^;)。
番組のサイトはこちらですが、ご相談も受け付けるということで、なかなか興味深いですねぇ〜、「えぐら開運堂」のときのように電話相談とかはしないのかしらーって思いますが、いやーわくわくしますなぁ〜と、いうことで、初回はあのイルカさんのお話もなさるようですねー(^^)。
>
さて、始まりましたが、以前の「スピリチュアル・トライ!」と違ってお一人なので、江原さんも最初から意気込みが違う感じですねー(^^)。
冒頭の言葉を要約しますと、今の日本人が物質主義的な考えになってしまったのは、戦争があったためだと。戦前には心を重んじていたのですが、戦後はものがなくなったので、終戦は「物質信仰元年」になっってしまった、ということですね。
そしてそのころ生まれた「団塊の世代」の人たちは、若いころは理想を追い求めていたが、年をとるごとに、学歴や物質に染まっていってしまった。
そしてその人たちが親になり、子供に対しても物質的な考えの尺度でしか物が見れないので、「これだけしてやった」という考え、いい子というのは、お金をかけただけ見返りがある子、投資して回収できる子が良いという考えになった。
だから出来ない子は、親に恩返しできない子だと自分で思い込んでしまうので、自分なんか、と世の中をうらんでしまうになり、青少年のひどい犯罪なども増えてきた、ということですね。
そしてまた、戦前と違うのは、目に見えないものへのうやまい、というのがなくなってしまった。
罰が当たる、うしろめたい、という気持ちも消え、昔は言われていた、大黒柱、お父さんの威厳ある存在、というものもなくなってしまった。今は目に見えるもの、アメリカ的な考え方も入ってきて、力が神様になってしまった。
日本的な思いやりというのは、たとえば旅館の見えない気遣いなどや、日本語会話の「お茶が入りましたよ」なとという言い回しなどの奥ゆかしさにあった。
しかし今は、何か目に見えないと不満になってしまった、物が神様になった。
実際青少年の事件は、いい子だった、成績も優秀、という子も多いが、一体いい子の定義とはなにか?
そのような子供は表では悪いところをみせないが裏では陰ではいろいろやっていたりする、いわゆるうしろめたさがない。目に見えることだけ、そんな子が良い子になってしまっている。
だから、今の活動のモットーは温故知新、古きものでよきものを生かしていくこと。文明の進歩も悪くはないが、それをどう生かすか?
ラジオはスピリチュアルな感じでもある、電波を通すと一度に大勢に通じる、言霊のエネルギーも伝わる。そのような目に見えないものへの敬いながら、物質をどのように生かしていくか。物質社会に飲んでも飲まれるなという感じで、自分自身の意思によって私たちは生きているということを認識すべきだということ。…
>
そして、「宿命」とは、この時代、性別、国、家などの変えられないもの。
しかし「運命」はいかようにもかえられる。
それはあたかも「素材」と「料理」のようなもの。
「材料」はきまっているが、「料理」は工夫が出来る。だから、さまざまな境遇を嘆かずに、みんなで時代を料理していきましょう。
ということでした(^^)。
>>>
そしてABBAの「イーグル」がかかってましたね、江原さんもアバは曲自体が古くならない、ということでお好きのようですねー。で、この曲も元気が出るので、たまにお聞きになるそうです(^^)。
>>>
さて、今日のゲストはイルカさんですね。イルカさんはご結婚時の仲人だったんですねぇ。イルカさんとの初対面で江原さんが食べ物が喉を通らなかったという話もあり、ずっと前からのイルカさんのファンでずいぶんコンサートも行っっていたそうです。
またお知り合いになられた後も、イルカさんは江原さんをお友達に紹介して、その後にお友達にずいぶん感謝されたそうです。それはお嫁さんもだったようですね(^^)。
そのときの相談の様子は、結婚前の奥様に「自分の結婚相手はどんな方でしょうか?」と聞かれて、後ろを見てみると自分の姿が見えたので、ビックリしたー!ということですねー(^^;)。自分ではこんなもの霊視するくらいだからもう霊能者おしまいか、よっぽど疲れているんだなぁ〜って思ったそうです。で、そのときは「自営業の方で…」とかごまかして言っておいたそうなのですが、まぁそれで実際に結婚なさってしまったわけですからすごいですよねー(^^)。
それっで、江原さんもご両親早く亡くされて苦労したので、イルカさんも江原さんがご家族をおもちになったことはとてもうれしかったようです。
そして最後にイルカさんの曲「海岸通り」がかかりましたね。これは江原さんも学生時代みんなの前で歌った最初の曲、ということで思い出深いそうです(^^)。
>>>
ちなみに、当然コマーシャルも入るのですが、一社提供なのでなんとなく短い感じですね(^^;)。
つづいて、「スピリチュアル・カウンセリング」、ご相談のコーナーです。まずは女性の方から…
『父が他界して、葬儀が終わったあと、父は生前目が悪かったが、最後にめがねをお棺に入れるのを忘れたので、それが心配です。自分の息子は「天国に行ったら目はよくなるんだよ」って言ってますがどうなんでしょうか?』
それはそうなんです。亡くなるとよく見えるようになったり、足が不自由だった人も、こんなによくなったと言っていたりしています。
ただし、たまに生前の強力な思い込みで、あの世でもめがねを探してしまう方もいますね。ですから、そういう時は仏壇の前などにおいたりして話しかけるとよいですね。もしくは「もうそちらではメガネはいりませんよー。」って話しかけてあげてみてください。
2通目『クロネコが目の前を横切ると何がいけないのですか?』
霊柩車が通ったときには、とかいろいろありますけどまったく意味がないと思います。一切気にしないほうがいいですねー。縁起担ぎのようなものですね。
『主人が2004年に会社を興しました、しかし、どうも思うように行かないのですが…?』
これは奥様としては不安でしょう、霊視すると良いご主人様ですが、疑うことを知らない、子供っぽい、膨れたりするときもあるようですね。普段は明るく朗らかですね。
・天職と適職は別
天職=たましいの目標をかなえること、それでは食べられないことも多い、理想を貫くから。
適職=自分が持つ技能を生かすこと。代償としてお金を得る。
天職を捨てる必要はない。
これは両者の車輪=片方が小さいと前に行かない、同じ大きさがよい。
理想は理想としてもち、適職ももつ、そしてそこには人間関係の苦労などもいっぱいつく。
この物質界、巨万の富を持っていないのは幸い。なぜなら友達はいやなら離れられるが、仕事はいやな人間関係を持たなくてはいけないから。仕事は選ぶことが出来ない、これが自分自身の魂の学びにつながる。
それでないと自分に気に入る人だけ付き合う。そうすると向上しない。職場は魂の修行。お給料+魂の修行ができるところだから喜ぶべき。
独立するような仕事はまた学び。
成長するには2つの道、この両方かどちらかすると良い、それは「親になること」「自分で会社をすること」、なぜならそれらはままならないことだから。
私たちは現世で勉強しているんだ。やならやめる。大切なのは執着しないこと。にっちもさっちもいかなくなる前に、(勤めか独立か)早く切り替える。
その判断も、「逃げか卒業か?」が大切。独立が逃げか?どうか。
執着が問題。合わなければやめる。生きていくことが大事。
また霊視すると、奥さんが口やかましく言っているのが見える、すこし夢見心地かなーと。また旦那が性格良いから商売に向かないかも?
でもまだこの一年くらいは余力がある。夫婦で二人三脚で挑むイベントだと思ってやってみるのがよい。そうすれば夫婦として絆がふかまるから。
・恋愛と結婚
恋愛は感性の学び、人を好きにならないと人を思う感性が学びべない。
結婚は修行、金山堀りのようなもの。毎日が労働。嘆きながらも掘ったものを見たら、ちっちゃな砂金がある、その金があつまると「金“塊”式」になる。
魂はまなぼうとしている。ままならないことだらけなのがが「学び」です。
>>
ということでしたねー、本に書いてあることそのままだーって思いましたが、またこう講義してもらうとわかりやすいですねー(^^)。
>>>
それから「江原啓之のクラシックセレクション」ですね。
、
江原さんも当然クラシックの大ファンということで、学校教育の中で堅苦しいものではなく、たましいの音楽を、音楽の好みはその人の波長をあらわしますから、ということですね。
クラシックが再びブームなのはやはりたましいが心の奥から求めているからで、またクラシックにはさまざまな効能も結構あるので、それをご紹介、というコーナーのようです。今回は…
「マスカーニ歌劇 「カバレリア・ルスティカーナ間奏曲」
週末などにこの一週間を振り返って内観するときにオススメ。今回の演奏はあの佐渡裕さんの指揮だったそうです。
>>>
さて、最後に、もう今年もいつの間にか終わりに近づいてきたように、人生はぼやぼやしてるとすぐ死んじゃうようなもの、だから悲観するんじゃなくて心を込めて生きる、休むときも心して休め、楽しむときは思いっきり、働くときも思いっきり、その中から学べ、という無駄のない人生が良いと。一分一秒を大切に、ということですねー(^^)。
そして、私たちは自由意志を与えられている、だからこそ、運命を切り開こう。ということでしたねー(^^)。
>>>
ということで、全体的にはテレビと違ってなんだか江原さん肩の力が抜けていて、楽しそうにお話しているのが印象的でしたね、また来週も楽しみです(^^)。
Posted by fy3on3 18:56:09│Comments(7) │TrackBack(1)
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