| 「スピ系ブックス・TV&ムービーズ。」 の記事一覧 |
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「ヒトラーの贋札」を見ました。
2008-03-08
はいー、では先ほどお守りプレゼントの抽選メールを発送させていただきました。好意的なご感想などお寄せいただきまして、大変勇気づけられました、誠にありがとうございました。(^^)
ではまた次回もいろいろ相変わらず変わったことを考えておりますので(^^;)、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
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さて、今日の教育テレビでは
NHK 知るを楽しむ 『人生の歩き方 野村克也 逆転の発想』
を、昼間たまたま放映してたので見ていたのですが、なかなかすごかったですねぇ〜。
野球あまり見ない女性の方でも少しはこのブルドッグのようなお顔の方を見たことがあるとは思うのですが(^^;)、まぁほんとに金色なオーラ輝いてまして、それでいて愛情深い紫色もとても良く出ていて、すごいなぁ〜ってまず思いましたよね(^-^)、
でもそれは第一回でもお話のあった極貧生活の苦労なさった経験から磨き上げられてきたものというのも、よく分かりましたよねー。
「日の当たる王・長島に比べたら、自分は月見草のような存在」とおっしゃってましたが、現役大活躍しているときでも辛酸をなめていらっしゃったのにもめげずにこつこつと他の選手の癖を観察し、緩急をつけて勝負どころを逃さない「ID野球」は、ものすごく一般の社会に通用する考え方ですよね。
また監督になられても弱いチームばかり任されて、でも着実にそれを強くしていったのは(阪神以外)、見ていてもよく分かりましたね。
もともとの野球選手≒武士っぽい無骨なオーラが、野村監督の直観力のさえた肩の力の抜けた柔軟なオーラになるに従って自信がついてきて、試合でも緊張しなくなって勝てるようになる、というのも見ていてよく分かって、為になりました。
とくに古田選手に対しては常にそばにいさせたようで、これは師弟関係でしたらなんでもそうですけれども、一緒にいると師匠のオーラが弟子に自然に映るわけですね、言葉以外のものが伝わると…。
でもそれが阪神監督の際は、選手に配る「野村ノート」を楽してプリントで渡していたからだめだったと。ちゃんと黒板に書いて、選手にも書かせて覚えこませなきゃだめだった、ということでしたよねー。
また私が見ても阪神の選手は当時変なプライドがあったようにも見えて頑固だったので、3年かけても最下位だったようにも見えますよね(^^;)。まぁ野村監督の功績もあって次の星野さんで花開いたということでもあったようですねー(^^)。
また名言もたくさんあるわけですが、一番印象に残ったのは、
「失敗」と書いて、あなたはなんと読みますか?
実は『せいちょう(成長)』と読むんですよ。
という言葉でしたねぇ〜(^o^)。
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またちなみに私見ですが、プロスポーツというのは戦国時代のその地方の武将の心意気のようなものを必ず反映して出来上がっているようにも見えるので面白いですよね、というか、そのチームのスポンサー会社自体をも現していることも多いですよね(^^;)ここでもトップが替われば会社、球団のオーラもがらりと変わりますね。
また不思議なのは、このような良い監督さんなのに奥さまがこれまた…というのは、某日本の中部にある球団の優勝監督さんとそっくりというのもあり…、
それらは一体どのような因果関係なのか、というのは前世からのもの、ということなのでしょうけれども、いろいろ考えてみても面白いですよね(^^;)。
このように野村監督の場合は「野球道」という感じになっているので、また今後の仙台での好勝負も楽しみですねー(^^)。
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というわけで、いつものように前フリで時間をだいぶ使ってしまったので、また次回に続きます(^^;)。
Posted by fy3on3 22:55:24│Comments(0) │TrackBack(0)
3月ひとり映画オフでした(^^)。
2008-03-02
はい、関東は日に日に春めいて参りまして何よりですね(^^)、写真はどこかの携帯の庭で、ではなくて図書館の庭にあったサンシュユさんのつぼみですね(^^)。中国原産だそうですが、このように日本の植物ももともとは大陸から伝わってきた、というものも多いのにかかわらず、農産物の知的財産権問題なども最近はでてきて、いろいろと対応も難しいということで、さまざまな解決すべきことも多いというのも現世ならではと思いますねー。
そういえばこちらの機械などもそうですが(^^;)、ふむーなかなか何か権利を守ろうとしてもこれまた難しいという、ほどほどにバランスが取れるまでは試行錯誤するというのはいつの時代でも同じですね(^-^)。
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さて、昨日の映画の日は、ひっそりと埼玉の片田舎のシネコンでサザエさんではないですが、映画を3本立てで見てきました、そして疲れました(^^;)。
でもまぁなかなかですね、やはり映画はよいものですしねー、大画面で誰にも邪魔されないで見れるので、そういう意味ではとても瞑想空間になるといえばそうですよね。ですから私もいつも、受付の人が絶対にススメない前のほうのガラガラの席を指定して見るわけですが、
20年くらい昔は、地方の映画館というとトイレのほうからなにやら香りが〜…というような小さいところしかなくて、ここ川越ですと、一時間くらいかけて池袋とか歌舞伎町とかまで出張ってやっとこさちゃんと見れる、という感じだったのですが(^^;)、
最近のシネコンはホント綺麗で、今回のところも椅子が革張りみたいな風格で長く座っていても腰が痛くならない!という感じだったので、助かりましたねぇ〜、よい時代と相成りました(^-^)。
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で、昨日の一本目はまず
「明日への遺言」
でしたね。お話の主人公の方もすごいですが、演じる藤田まことさんのオーラも当然なかなかなので見に行きましたが、やはり好演なさっていらっしゃいましたねー。岡田資(たすく)中将を中心とした戦犯裁判の映画でしたが、あの白州次郎さんのように、イギリスに武官として赴任したことがおありという優秀な方でいらしたようですね、ですから、日本軍もそりゃーたしかにとってもひどいことを近隣諸国にしましたが、アメリカ軍の無差別爆撃も確かに国際法上違法であったと、堂々と法廷で述べることができるような方だったのかなーと思いますねー、私心がない人であったかと思います。
またこちらの方のページの岡田中将のお若いころのお写真を見ると少し話題の誰かさんに似ている雰囲気でもありますね(^-^)。
その他トップページに日本の元軍人さんの遺書集が掲載されておりますが、これを読んでいってもよくお分かりのように、遺書というのはなかなか人の素の気持ちというのがよく出る、
普段は気張って頑張っているような方でも、自分自身のどうしようもない無力さや次の世代に託す思い、家族に対するやさしさというものは、どんな方にでも奥のほうにあるのだなーというのが分かりますね。
ただひとつ「遺言」とはいっても、、スピリチュアル的に言っても、人は肉体が死んでも魂は死なないので、ふむーやはりこう体制に流されて建前的に生きて無念、というよりは普段から本音の部分を出して生きていったほうがよいのかな?という感じもするのでありますね…。
で、今も例のイージス艦の事件が毎日報道されておりますけれども、なだしおの事件も知らない若い人も多くなってきて、改憲だなんだーというときにまたこのようなことが起こるというのは、もう皆さんもお分かりのとおり、何か見えない力が働いておりますよね。
お亡くなりになったとても仲のよかった漁師さんの親子の方は、身を挺していろいろ教えてくれたと思いますので、このような出来事を風化させないようにしないといけないなーと思いますね…。そして3月10日は東京大空襲のあった日ですね。実はこの日は陸軍記念日となっていた日だったそうです。このように戦争はいつまでたってもカルマの法則が働きますから、美輪さんがおっしゃるようにやっぱり絶対にしてはいけないということですよねー。そういえば江原さんも空襲で迷ってしまった親子の霊さんを導いたこともある、とおっしゃっていましたが、今年はドラマもありますねー。上野公園では今年も追悼集会があると思います。
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というわけで、あと二本ありますが、またお時間ありますときにと存じます(^^)。
Posted by fy3on3 23:49:29│Comments(0) │TrackBack(0)
私はなぜスピリチュアリストとして生きるのか (ドリス・コリンズ 著/ハート出版)その2。
2008-02-28
はいー、今日はようやっとお引越し作業もひと段落着いたので、大宮にある「ジョン・レノン ミュージアム」に初めて行ってきました(^^)。
それで、いやーやはりすごい方ですよねー、オノさんのほうが気が強い女性、というのは誰がみても分かるとは思うのですが、ジョンも小さいころに両親が離婚したときのトラウマを抱えながらビートルズの活動をしていたということもあったわけですね。ですから後になってプライマル・スクリームなどの治療を受けたわけですねー。
ジョンの魂
私も催眠療法をしていたので原理的には良く分かりますね、非常に効果が大きく出る方もいらっしゃいますし、そうでない方もいらして、スピリチュアルなエネルギーなどが分かる今となってはあーなるほどと思うところもあるのですが、できればトラウマ治療もオーラがちゃんと分かる方に見てもらうほうが良いかなーと思いますね(^-^)。
それにしても、ジョンとポールが出会ったのも境界ですし、全体的にビートルズの曲も賛美歌をアレンジしたようなものも多いような気がしますし、こりゃー前世は…というのもなんだか感じますよね。ですからミュージアムもなかなか神聖なオーラに包まれていて、大変心地よかったですね。入館料がそれなりなので行ったときはガラガラでしたから、平日のほうがおすすめかもです(^-^;)コブクロの人も来たよーという写真もありましたね。
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さてこの本ですが、ドリスさんのデモンストレーションの記録がたくさん載っており、非常に参考になりますね。
マーゲイトの会場でも、観客の女性に向けて、例会から多くの人が現れました。その数があまりにも多く、列をなしている様子を伝えると、客席からは大きな笑いが起きました。
その女性の亡き母は、彼女が現在付き合っている男性に対し、三回も心変わりをしたと伝え、<彼はあなたとは会わないわ。でも、人の意見を聞きません>と語りました。
すると、今度は娘さんのおばあさんが現れました。<もっとよくなれるのに、前に進む気がないのです。何でも決めてくれる人を望んでいますが、そんな人は現れません。もし私だったら、視野を広げます。あなたのお母さんがやったように、好きなようにすればいいのよ。お母さんには本当に手を焼いたわ。>
と、おばあさんが語ると、観客たちはおなかを抱えて笑いました。
というように、泣き笑いありのデモだったようですね、それは江原さんの公演でもとても感じましたよねー。でもドリスさんと違うところは、ドリスさんは結構入神してしまうので、公演の最中の出来事をほとんど全部忘れてしまうということですね。やり方も人それぞれなのだなーと思います。でも霊視それ自体はすごいことではない、ともおっしゃってますね。
形を持っていない魂は、確かに目では見ることはできませんが、存在をつたえたい魂たちは、地球上にいたときと同じ姿を私に感じさせてくれるのです。それは、いたって単純な思考で、テレビのように与えられた写真を複製して、思いを記録するだけなのです。
大切なのは魂と心のつながりであり、見え方よりも、彼らの心情と希望をいかにして『あちらの世界にいる人の声を聞きたがっているこちら側の人に伝えるか』が重要なことなのです。
その方法は、まるで機会を回転させるように、自動的なものであり、決して『神わざ』と呼べるようなワザではありません。
聖書には国王が夢の実現のために預言者を呼んでいた、と記述されています。そして旧約聖書の中の預言者は皆、見通す力がありました。たぶん、彼らにも霊視能力というスピリチュアル・ギフトがあったのでしょう。
今日に至っても、霊視には真新しいものはないのです。
という感じで、お役目を授かった人はいつの時代でもガイドさんの助けを借りて視る事ができ、それをこの世の中の平和のために役だ出せてきた、という歴史があるわけですね。今度の江原さんの武道館もビートルズ来日同様なかなか象徴的な出来事のようにも感じますから、今年もまたスピリチュアルな知識の普及が進むと良いなーと思います(^^)。
Posted by fy3on3 22:20:47│Comments(0) │TrackBack(0)
私はなぜスピリチュアリストとして生きるのか (ドリス・コリンズ 著/ハート出版)
2008-02-19
はい、両親のウイルス騒ぎも一段落いたしまして、東京マラソンの賑やかさもうたかたのごとく去りました都内ですが、川越からの帰りにめずらしく池袋で降りまして、少し巡礼をして参りましたね(^^)。
だいぶ前にブログにも書いた四面塔もよかったですし、雑司が谷の鬼子母神さん、そしてその近くには大鳥神社がありましたね。この付近は意外と、と申し上げると何なのですが、駅の周辺のごみごみしたものがなくなって、さらに少し高台のせいか、なかなか気持ちよい場所でしたねー(^^)。
ちなみに豆知識としては全国的に大鳥(鳳・鷲)神社といえばのご祭神は日本武尊さんですね。「らき☆すた」で盛り上がった埼玉にある関東最古の神社「鷲宮神社」さんにもお参りした、ということですねー、同じ埼玉でも川越からはだいぶ遠いので、まだ私も一度もおまいりしたことは無いのですが、いずれと思います(^^)。どちらかというとこの前も書きましたとおり高麗神社などの朝鮮渡来系の方々のゆかりの神社がたくさんあったりしますね。「白髭神社」というのもあるのですが、「しらひげ≒新羅」からきているとも、また相模の「寒川神社」も関連があるようですね。
スサノヲとニギハヤヒの日本学(日本文化考)
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そしてずんずんと歩いて高速道路をくぐっていくともう午後九時になって…、ではなくて護国寺につきましたね(^^;)。写真はその近くの老舗石材やさん、目の前は片側三車線の国道なのですが、そこを行きかう人々を眺めているワンちゃんですね、とてもよい感じでした(^-^)。
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さて、この本ですが、アマゾンにも在庫がない!ということでだいぶ品切れるほどベストセラーなのかな?どうしようかと思っていたところに、池袋の大きな本屋さんに聞いたらあったので、早速取り上げていければと思います(^^)。
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まず、江原さんが「ドリスとの出会いは私の原点」という前書きを書いていらっしゃいますね。
当時すでにご高齢でしたが、とても恰幅が良く、元気な女性でした。…
「あなたのお母さんが食べ物を持って立っているわ」
当時私は23歳でしたから、普通に考えれば母親が他界しているような年齢ではありません。 いかさまを言う霊能者とはまったく違うことは、当然一目でわかりました。
「あなたが食べるものに困らないように…と言っている」という言葉を聞いて、亡き母の言葉だと確信しました。
こうして出会いの瞬間から驚かされたわけですが、その後も、シッティングを受けたり、彼女の行うシッティングの様子を見学させてもらう中で、その霊能力のすばらしさに幾度となく感動を覚えました。
という感じで、なるほどーすばらしいミディアムの方だったわけですね(^^)。かつて日本ではそのような本物の方はあまりマスコミなどには出てこなかったわけですけれども、江原さん以降もどんどん出てくると良いですよねー(^^)。では次回に続きます。
Posted by fy3on3 03:13:56│Comments(1) │TrackBack(0)
完全なる治癒―ガストン・ネサンのソマチッド新生物学 (クリストファー バード 著 徳間書店)
2008-02-15
はいー今日の東京の夜も寒いですね、外でたら頬が痛くなるくらいでしたが、日本海側もより寒いのかなーと思います。そんな中バレンタインデーでしたが、わたしは一人で仕事しておりますので義理もなんにもなーしでしたね(^^;)、
またもしかしたら去年のホワイトデーにお返しをして忘れていたからかな?と思いましたが、去年もそういえば全然もらえてなかったのもさきほど思い出し、それはある意味煩悩のない無の境地に近く今生もすごせているかな、と切り替えて行くわけです(^^;)。
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さて、十年前に翻訳されたこの本ですが、いやー世の中いろいろな事があるもので、あまりにも革新的な事をしてしまうと逆に反感を買ってしまう、今の江原さんのような感じかもしれませんが(^^;)、ということもよくわかるような本ですね、トンデモ本としても扱われていることもあるようです。
こちらの方のページにも良く紹介されていますが、フランスのガストン・ネサンさんが「ソマトスコープ」と呼ばれるようになった非常に小さなものまで見える顕微鏡を発明し、「ソマチッド」という血漿中に存在する微小生命体を発見します。こちらの方のページではそのビデオがみれますね。
で、それは実はDNAをも司るほぼ不滅の生命体なのでは?ということで、人が病気になったりするとどんどんそれが減り、亡くなると外に出て行ってしまう、という現象が見られたりするわけです。
また、人の感情の変化によりソマチッドのサイクルが変わり、それが体の変化にも影響を与える、ということもあるということですね。
ソマチッドは特有のライフサイクルを持ち、血液中で形態を変化させている。その「ソマチッド・サイクル」の観察によって、がんなどの変性疾患の発症を18ヶ月前に予測することができる。
ネサンが独自の理論にもとづいて開発した免疫強化製剤「714−X」鼠蹊リンパ注射によって、がん患者千人のうち750人が完治し、エイズ、筋萎縮性側索硬化症などの難病患者も劇的な改善を示している。
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ソマチッドがなければ、生命体は存在しない、DNAの前駆物質である。
まず、焼き串にさしたシシカバブ用の肉と同じ立方体の新鮮な肉を一個用意する。その肉に、試験管内で培養したソマチッドを注入し、それを真空状態の密閉容器に入れ、周囲の空気や、肉を腐敗させる空気中の物質による汚染から守る。その容器を窓辺などにおいて、日中は自然の陽光にさらす。
生きた不滅のソマチッドを注入された容器中の肉片は、その後ずっと腐ることは無かった。容器に入れたときの新鮮さを保っていただけでなく、次第に大きくなっていった。
まるで生きた有機体の一部のように、成長し続けたのである。
とのことですね、ほんとかなー?と思うところもありまして、なんだか新しい代替療法や健康補助食品の売り上げ促進のための理論付けとして説明されているような感じじゃないの?とも感じられるふしもあるのですが(^^;)、
まぁそうですね、私なりにスピリチュアル的に見るとソマチッドというのはやはりこうオーラそのものじゃないですけれども、それに近い構成元素(体液・プラーナ・プネウマ・マナにちかいもの)であると。
ですから魂魄と連動して、あらゆる形に変化して、それが無くなると人は元気ではなくなるし、たくさんあるととても活発となる、ということなのかな?って思うのですね。
ですから、ただ単にリンパに注入しただけでよくなるのか?というと、「波長の法則」で隣にいる人の良いオーラがどんどん悪いエネルギーも駆逐するということなのかなーとも思いますね。ものすごい単純な仕組みでよくなっちゃうわけです。
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ですから、こんなので簡単に治ってもらっちゃったら薬が売れなくなる、という方々がいろいろいちゃもんつけたのがカナダでの裁判で、その記録も乗っているわけですね。またこちらのサイトの名前もそのものずばりですが(^^;)、日本でも牛山先生など、すごい方がいらしたのだなーということがわかります。
現代医学の功罪
どうですかー、ホントにこう今までの常識と思われてきたものが瓦解してまいりますよね(^^;)、医師会ってホントにどの国でもあれなんやなーって思いますねぇ。
まぁお医者さんみんながみんなそうではないと思いますけれども、実際仕事は結構ハードなわけですから、やはりこういろいろなオーラを受けてしまって、ストレス溜めてしまうことも多いかと思うんですね、それは先日書いた占い師や霊能者にしても、同じことなのかもしれませんね?対人関係のお仕事は同じ悩みがあるかもしれません。
ですから、いくらお勉強して偏差値上げて良い大学に入って、それからお医者さんになっても弁護士さんになってもお大臣になっても社長さんになってもなんらかで祭り上げられても、こりゃー頑固に保守的にになってはいけないんだなぁ〜と言うことが良くわかりましたね、最近のニュース見てもですね…。
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それで、結局ネサンさんは裁判に勝つわけですが、それは多くのいろいろな実証があったからですね。本書でも様々な例が載っています。
セーシェル共和国のフランス大使、ヴァニャルの手紙によれば、1984年、不妊の原因を調べる検査で致命的な白血病だと診断された妻は、…どの医師も余命は長くて3から5年だと宣告した。
進行を食い止めるだけの化学療法のほかに、彼女の命を救う方法は骨髄移植しかなかったが、適合するドナー(提供者)はみつからなかったという。
そんな絶望の中で、夫妻は幸運にもネサンに出会い、アンナは714−Xをリンパ内に注射する治療を受けることになったのだが、その結果について大使は手紙で次のように述べている。
「妻が初めて白血病と診断されてから五年もたっています。長期間にわたる化学療法のせいで、もう子供は生めないと大勢の医師に言われましたが、健康なすばらしい息子を授かりました。
<医学>では説明できないこの<奇跡>は、わが親愛なる友人ガストン・ネサンのやさしい治療のお陰だと感謝しています。」
夫妻の息子はガストンの名前の最初の文字を取ってガスパーと命名された。
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ジャックヴィアン 39歳、胃がんで、リンパ節にも転移。昨年6月6日、胃の8分の7を切除。
6日後、家で死ぬ事を決意して帰宅。
だが医師に見放されたものの、こんなに早く死にたくは無いと思ったヴィアンは、6月20日、714−Xの治療を開始する。
…晩秋のころには、鹿狩りやムース狩りができるほどに回復し、5週間前には仕事に復帰した。本の半年前には死を宣告されていた人物である。
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あれは1980年のことだが、乳腺癌に冒されたオス犬に出会った。ラブラドールレトリバーだったが、すでに末期のがんだった。
獣医はもう手の施しようが無い、余命は数週間だといっていた。
はじめその犬を見たとき、犬はソファーに横たわり、動くこともできず、うつろな目をしていた。
熱は高く、皮膚もかさかさだった。腹の最下部からは小さなメロンぐらいの大きさの、3ポンドほどの腫瘍がぶら下がっていた。飼い主はスコットランドのおきな邸宅を改造したホテルの経営者だったが、大事な愛犬を安楽死させる事を拒み、なじんだ家で最期を迎えさせてやりたいと願っていた。
私の薬でこの犬の命を救えるかもしれないというと、飼い主は何でも試してみてくれといった。そこで私は自分で作った薬を21回その犬に注射した。ネサンに指示されたとおり、一日に一回、リンパ節のひとつに注射した。犬が全快したときには、飼い主も獣医もどんなに驚いたことか。
その証拠写真もある。腫瘍はもうガンではなく、両性の柔らかい嚢になってしまい、手術で切り取ることができた。
とのことで、すごいですねぇ〜、現在いろいろお困りの方は早速こちらのサイトの方々にコンタクトしていけば、代替治療を受けられるかもしれませんね。純粋な気持ちの動物さんなどにはとくに効き目があるかもしれません。
でも、今生は人間で、様々な化学療法などでだめだったのに、この療法で治った方、というのは、ソマチッドが様々な理由で減っていてそうなった、という事を認めざる終えないと思いますから、要はその減る原因ですね、病気にしても例のごとく三種類あるわけですから、ここであの世に行く事を決めてきているからなる病気もあるわけで、すべて治ることが良い、ともいえないかもしれませんね…。
でも、肉の病、思い癖の病的なもの、イライラしたり悲しみすぎたり不満ばかり溜めたり、ということを改善しないと、またソマチッドが変質してしまって、ということになるかと思いますので、いくら薬を足してもということになるかもしれませんから、まずやはりどんどん自分から明るく過ごすというのが一番の薬かもしれません(^^)。
Posted by fy3on3 00:41:10│Comments(2) │TrackBack(0)
スピリチュアル・ヒーリング―宇宙に満ちる愛のエネルギー / ベティ シャイン (著), 中村 正明 (翻訳) 日本教文社
2008-02-12
はいー、引越し中にて川越におります。昨日は晴れましてなによりでしたねー(^^)。
で、引越しのさなか、午前中に長谷川テルさんの番組がありましたね。
RCCテレビ 第22回民教協スペシャル 広島発平和のメッセージ「失くした二つのリンゴ」
結構全国的に放映されていたようなので、ご覧になった方もいらっしゃったかもしれませんが、とても偉い方でしたよねー、また「延安ローズ」原清子さんという方もいらっしゃったのですねー。
私もこれからビデオ後半見ますので、また感想書けましたらと思います。
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さて、このように実家に帰りますと、昔読んでそのままだった本も山積みにある、というわけで、この本もかれこれ17年前に出た本ですね。
はじめのほうに著者のベティさんがミディアムのホリーさんに会ったときの印象的な会話が書かれていますね。
「おはいりください、ベティさん。お母様のアリスさんがお待ちかねです。」
小さな赤い電球のともるくらい部屋に入ると、やせた背の高い男が握手して迎えてくれた。私はこれまで霊媒(霊的媒介者)のところにいったことなどなかった。
今こうしてここへ来ているのもぎりぎりのところまで追い詰められていたからだ。私は今にも逃げ出しそうだった。
チャールズ・ホリー氏は親切そうな人だった。でも、いったいどうして私のファースト・ネームを知っているのだろう。第一、五年前に亡くなった母の名前まで知っているのもおかしい。
私が腰掛けるが早いか、ホリー氏は口を開いた。
「お母様はずいぶん前からあなたと交信したがっておられました。思います。あなたにゆるしてもらいたいとおっしゃっています。」
私ははっとした。母が私と交信しようとしていたことは分かっていたが、ゆるすといったって、何を許すのだろう。
ホリーは続けた。
「あなたがどんな人になっていくか温かく見守ってあげられたらよかったのにとおっしゃっています。」
確かにそれはそうだ。「今お母様はあなたがずっとほしがっていたものを与えようとなさっています。でもほしがっていたものそのものではなく、少し違うものなのですが」
「いったい何でしょう」
…「あなたはすばらしいヒーラー(治療師)になられます」
私が治療しになるですって?ばかばかしい。そんなことを聞くためにここに来たのではない。私自身が病気なのにどうしてほかの人を治すことができよう。
…「あなたはとてもかたくなな人です。現世にいるとき医者だった人が、あなたを通して治療活動をしようとしているのに、あなたは耳を貸そうとしません。あなたが病気になったのはそのためです。治療エネルギーを使わないから体の中にたまってしまったのです。ひとたび治療を始めたらあなたは健康になるでしょう」
…これから先、自分の人生が今までとはすっかり変わるであろうという意識が私にはなかった。ホリーは私についての途方もなく正確な情報をもたらしてくれたけれど、私は、ヒーリングについては何も知らず、治療師になろうという気持ちもなかった。46歳というとしになってまったく新しい生活に入ろうとは夢にも思わなかった。
と、ありますねぇ〜。いやーホリーさんもなかなかすごい霊媒の方ですが、なかなかこうやってきちんとシッティングできる方、というのは日本にもいらっしゃるとは思いますがいまのところ大々的には江原さん以外表に出てきていませんよね。
また、上記のように「あなたには能力があるからこれこれの養成講座を〜」って何十万もかかる講座を受けさせてーという商法のようなものも結構ありますけれども、卒業なさった方がすぐに江原さんのようになっているか、というとそうでもないか、もしくは人気がですぎてお疲れになってお休みになってしまったりということであまり続かなかったりと、いろいろなケースがあるようですね(^-^)。ですので、確かにスピリチュアル系なことを仕事にするのはとても良いことでもあるかと思うのですが、結構覚悟がいるようなので、いろいろ慎重に学んでいくのが良いようですね(^^)。ですから以下のようにもおっしゃっています。
人と人との関係はいいときもあれば悪いときもある。…あなたが怒ったり悲しんだりするのは自然である。けれども、そういう否定的な反応をした場合、それが長引いて生活に支障をきたすようなことがあってはならない。
文章に書き表すことによって鬱積した勧請を取り除きなさい。そうして消してしまうのである。
…ひとたび肯定的な態度が身についたら、もう否定的な態度には戻ろうと思わなくなる。
…誰をも、そしてどんなことも、恐れてはならない。恐れは、自分で考え、筋道立った振る舞いをし、大切な決断をする能力を破壊する。…勇気を出して、どんな人生にしたいかは自分で決めなくてはならない。
と書いてありますね(^^)、その他、江原さんのとはまたちょっとちがった卵オーラ法も載っていました、まぁすべてイメージが力をもたらすので、園方が一番やりやすいオリジナルな方法を作り出すのがよいとは思いますね(^-^)。
というわけで、今読んでみてもなかなかよい本ですね。ベティさんは1929年生まれでスピリチュアルなお仕事に就く前はオペラ歌手だった、というのも、なんだか面白いですね(^^)。やはりイギリスにはこのような本物の方がいまでも多くいらっしゃると思うので、引き続き注目していきたいと思います(^^)。
Posted by fy3on3 03:20:30│Comments(0) │TrackBack(0)
食品の裏側―みんな大好きな食品添加物 (安部 司 著/東洋経済新報社)
2008-02-07
はいー、SODR第三期【オンライン講座】もご参加いただきありがとうございます_(._.)_。また次期なのですが、やはり旅行に出てしまうと言うことで未定でもあるのですが、何らかの方策を見つけてスカイプなどでも開催できればと思います、どうぞよろしくお願い申し上げます(^^)。
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さて、講座では実はわたくしのほうが皆さんにいろいろと教えていただくことが多くていつも感謝!なのですが、この本もその一つですね、ちょっと読むだけで目からうろこなのですねー。目次をこちらの方のページから見るだけでも、うーんと思いますねー(^^;)。
またこちらの
著者インタビュー
にも、内容がとても要約して書かれてましてよいですね。
「台所にないものが添加物」「まずは手首の練習」とかですね。私も早速いつものスーパーでチラチラ裏を見ていたら、もうなかなか無添加の食品って見つからなくて、困り果ててとりあえずヨーグルトと納豆くらいだけ買ってくることになりましたね(発酵食品なので^^;)。
また特に明太子に関しては去年あたりにも週刊誌で特集されて話題になったようなのですが、おお、確かに着色される前の色と言うのは、あまりこう赤くないのだなーと。明太子にしてもこの原色が出るようですね。
そして、たとえば添加物の一つ「たんぱく加水分解物」には毒性が?という議論もあるわけです。
こちらの「味のメーカーの担当さん」のマンガもまた興味深いですね(がんばれムーミ○(^^;))。
でもそれ以上に、スピリチュアル的にともうしますか、重要なこともおっしゃってますね。
<子供にたんぱく加水分解物の味を教えないで!>
「化学調味料」もそうですが、「たんぱく加水分解物」のは子供が大好きな味です。
しかし、一度この味を知ってしまったら、野菜や本来の天然のだしなど、淡白な味を「おいしい」と思えなくなります。味覚が麻痺してしまうのです。
それではければ「おいしい」と思えなくなる。天然の味がわからなくなる。
それが怖いと言っているのです。
子供がこの味を覚えたら、本物の素材の味、お母さんの作る料理を「おいしい」と思わなくなります。「化学調味料」「たんぱく加水分解物」をたっぷり使った加工食品にしか、うまみを感じない。
恐ろしいことではないでしょうか。
…そしてなによりも問題にしたいのは、最後の章で述べますが、子供たちが食事をいとも簡単に出来上がるものと思ってしまうことです。
味覚が壊れることも怖い、毒性の問題があることも怖い、しかし、それ以上に科学的に作られた食事によって食卓が壊れていく。
それが一番怖いのです。
うーむ「味のある白い粉」、ともうしますと、うちの近くにも建物がある会社かー…、と思うのですが(^^;)だからなのか、結構いろいろ社会貢献・ボランティア活動にも力を入れてバランスをとっていらっしゃる会社さんでもありますよね。まぁ光があれば…というのが世の常なわけですが、また大きくいろいろ変化する時期と言うのもくるかもしれませんね。
でも、これも政治家さん選びと同じで、もうしょうがないから、とりあえず便利だから買う!ってやっていると添加物コテコテ食品を支持してしまうことになって、やはり企業が作り続けてしまう、ということになるようですね(^^;)。
まぁですから著者の方も伝統職人さんが魂を売り飛ばさざる得ないような「魔法の粉」、食品添加物ばかりの食品を売り歩くようなあたかも「死の商人」のようなことはやめました…というようなことも少し書かれていたようです(^^;)。
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でも、食品に限らず、なんだかきっと人間として生きる、修行させていただく、というのは必ず毎日ゴミを出さざるおえませんし、二酸化炭素もだしているでしょうし、地球に負担のかかることばかりしていると思うので、やはり徐々にその便利さと引き換えにしてきたリサイクルできないような部分と言うのは、徐々に自分たちにも還って来ているということなので、「自然に還れ(ルソー)」までとは言いませんが、さまざま毎日の生活をかんがえんとあかんなーと言う感じでもありますよね。
で、私もそうやってひとつひとつさまざまなものをそぎ落としていくと、生活がシンプルになりその方のオーラの汚れも取れていって、輝いてくるようにみえるわけです。お金持ちになって裕福になってブラックカード使い放題になりたい!もしくは自分の子供はそうさせたい!って必死になっていると、これまた例のごとく、お金では解決できないことが出てくると言うことのようですよね(^-^)。
ですので、前も申し上げたかもしれませんが、良く江原さんも「究極の目標は霊能者撲滅!」とおっしゃってますが、まぁたしかにスピリチュアルなことを理解して自立して行動できれば世の中自然によいほうに動くと思いますのでそれはそれでよいと思うのですが、
でもなかなかスピリチュアルな法則というのは、ものすごく私たちの経済活動にも密接につながっているんだなーっ!と言うことを感じる「感性」ですね、それを育てていかないと、物事の全体像を見ずにごり押しして、「頭かくして尻隠さず状態」でもいいやーってなってしまう、
みんなが学校が会社がやっているからよい、とりあえず流されても良い、と思ってやっているといつの間にか溺れちゃう、と言う感じになってしまうと思うのですね。
そんな中、敏感さを保って、たとえばちょっとネガティブな言霊を言うだけでもあ〜気分が落ち込んじゃった、今日は朝少し何かに怒っただけだったのになんだかその日の仕事がはかどらなくなっちゃった、相手のせいにしていたら自分が怒られちゃった、クヨクヨしてたら余計お金が出て行った、などということをメッセージとして受け取って、あーこれは身から出たさびなんだなーということを認識できることができれば、より心の成長も早いってもんですよねー、って単純に考えるわけですが、
世の中安定していたり、変に順調だったりしていると、逆にそういうことに気づかない、何かほころびが出るまでナイナイーってことにしがちなので、さまざまなことが徐々にニュースになって先に見せてくれている、と言うことかと思います(^-^)。
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というわけでですね、あぁこれから旅に出て外食ばかりになる放浪の占い師予定の人は、どのような食品添加物サバイバルをしなくてはいけないのかと思うと、野草とか木の実とかの知識に詳しくなっていかなくては生き抜いていけないのではないか?とか極端に思ってしまうわけですが(^^;)、まぁこちらも例のごとくですね、食品のオーラをみながら、比較的明るいものを選択していくと言う方法がベストになってくるかしらーと言う感じですね(^-^)。
で、そうするとやはりお肉ですね、食べると元気は出るのですが、でもオーラ見て判断するとなると徐々にはずされてくる、というのもあるわけですね…。
まぁなんでも感謝して自分自身のオーラも浄化しつつ食せばよいと思うのですが、どうもやはり畜産加工の段階でいろいろある場合もあるのでは?と思う節もあるので、今度はこちらの映画も鑑賞して勉強させていただけばーと思っております。(^-^)
「いのちの食べかた」公式サイト
「いのちの食べかた」ブログ
ふむー、NYTも絶賛で、でもPG-12になってしまっているということなのですが、予告編見るだけでも確かに少し考えてしまう場面もありましたねー…。食品産業というのは大量消費なので、どうもまだまだいろいろな解決すべき問題がありそうですね(^-^)。
Posted by fy3on3 23:45:58│Comments(0) │TrackBack(0)
僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真実(草薙 厚子 著/講談社 )
2008-02-03
はいー今日は都内は雪でだいぶ寒くなりましたねー、でもそんな中やはり豆まき大会にはということで、地元の2神社にお参りに行ってきました(^^)。
写真は「高輪神社」で、下のビデオは品川駅前の「高山稲荷神社」さんですね。
ホント小さい神社なので普段は人がいないのですが、やはり節句になるとみんな集まってよい感じですねぇ〜(^^)。節分はオーラの浄化、そしてもうすぐ旧正月ですが、新しい一年の始まりでもありますよね、ですから大切にしていきたい行事かと思います(^^)。
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さて、この本ですが、やはりさっきから文章が消えちゃったりして苦労しておりますが、やはりなかなか大変な事件でしたよね。それで、人間そのものが悪い、というわけではなくて、環境ですね、家族環境が影響してこのようなことになってしまった、ということが良くわかる本でした。
またマスコミの記事の書かれ方によってもだいぶ印象が違うんだばーということが学べましたね。最近も冷凍食品の件や、また芸能人の方のことや政治のことやといろいろありますけれども、
取り上げ方によって180度印象を変えることができるので確かに「第3の権力」やなーっていうのは強烈に感じられてきましたね、マスコミ各社のオーラも実はもう大変なところも多いですよねー大手の会社さんほど…(^^;)。
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で、「加熱する受験戦争への警告の書!」と帯にもありますように、実はにお父様のプライドやDVが生んだ事件、ということはいえるようです。
注目に値するのは(少年の)実母が父親について、「私立の医大を卒業して医師になっており、お金で医者になったというコンプレックスがある」と分析していることだ。
実母の父親は内科の開業医で、実母の母方の祖父も医師だった。医師の一族に育った実母だからこそ、夫のコンプレックスを敏感に感じ取ったのだろう。
と、いうことだったようなのですね。わたしなども人間誰しも完璧ではないから、また生まれてきてお互い助け合うことで成長していくのですよーっていうことを納得するまでは自分の実力でどこまでもーって思って独善的なっていましたから、逆に私は大学落ちたりして出る鼻をくじかれたのでよかったなーと思いますよねー(^^;)。
もし順調にどこかの六大学にでも入っていたら、人脈も学歴もあった私は早いところ結婚して親になり、英才教育をさせている親ばかな人になっていたかもしれませんね(^^)?
でもそれらを全部失って専門学校へ行き、またそこも辞めて当時は費用が安かった中国留学をしてしまったので、まったく別な人生になってしまったわけです。それはそれで今になっていろいろ役に立っているので、ホント人生はわからんですなー面白いなーって思いますねぇ…まぁあちらにいってもいろいろご迷惑かけっぱなしでしたが(^-^;)。
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それで、やはり一番いけなかったのは親父さんの「かっと来る性格」と「暴力」で、こうも書いてありますね。
小学校入学前の少年は「神童」の片鱗を見せていた。
だが真に驚くべきは少年の学力ではない。幼稚園児である少年に対し、父親がすでに暴力を振るっていたことだ。実母に勉強を見させていた頃は、監督者である実母に向かっていた拳が、マンツーマン指導するようになって直接浴びせられるようになったのだろう。
幼稚園児に向かって「なんでそんなんできへんのや」と怒鳴り、手を上げる父親−。普通では考えられない光景が、早くも繰り広げられていた。
とありますが、いやいや、暴力まで行きませんが、こないだもある神社で赤ちゃんを連れて正装でお宮参りなさっていたご夫婦を見かけましたが、その若いお父さんのほうが、「準備ができてない!だからお前はいつも…」とか何とか言ってとっても奥さんのことをずっとブツブツ叱っていたのですね。
まぁせっかくめでたい日なのにねぇ〜って思いましたが、あれもちょっとオーラ見ていくと、そのお父様そっくりの性格でいらしているようで、やはり子供はいつも親のケンカを見ていますし、性格的なオーラも伝わりますよね。イライラするだけでも赤ーいオーラを撒き散らしますから、一緒にいる方たちもそれらを感じるわけです。
ですから子供に何かをなしてほしいと思ったときは、如何に親が自分を律して、いわばスピリチュアルな生き方ができるか、ということが一番大切なんじゃないかなーって思いましたよね。ちなみに叱られているほうの奥様のオーラはいつもとても穏やかな方のような感じでしたね。お互いカリカリしてしまう夫婦はやはり難しいですから、そのようなご縁の組み合わせというのも、お互いの成長のために必然なのだなーって思いますよね(^^)。
それで、あとがきにはこうかかれてますね。
われわれは結果の特異性に目を奪われがちだが、すべての過ちの始まりは父親がわが子を「所有物」だと持ったことにある。そう考えると、今の日本で同種の問題をはらんでいる家庭は、決して少なくないだろう。
…大切なのは、血がつながっているかどうかより、真の愛情があるかどうか−これは、私が東京少年鑑別所の法務教官を勤めた時、実感したことでもある。
愛されている、必要とされていると思うことが、少年の更生には何より必要だ。悲しみを乗り越えて少年を愛そうとする「祖父母」の思いが、胸を打った。
とのことですねー、うーん、まさに夢のようなこの世だけがすべてではない、ということが実感としてわかっていれば、そのような執着もなかったわけですよねー。
それで、見ていても他界なされた奥様はとてもオーラが輝いていて良い方でいらしたのだなーというのもとってもわかりますねー、その分、助かったご主人は、この世での修行を続けていかなくてはいけないわけですから、大変といえば大変なのかもしれませんが、またこれからいろいろな方に伝えるべきお役目もおもちなのかもしれませんね…。
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というわけで、受験シーズンも真っ只中ですが、受かるときは受かりますしそうでないときはそうでないので、世間体や合否に余り執着せずにですね、そのときにしたいことができる学校へ行くのが一番かと思います(^^)。
Posted by fy3on3 23:42:18│Comments(0) │TrackBack(0)
ひとりお参り映画オフでした(^-^)。
2008-02-02
はいー、今日は映画サービスデーでしたので、お約束どおり、人様からなんといわれようと、がんばって合計3本、見てきましたねー(^^;)。写真は月参りさせていただきました、渋谷の金王八幡さまですね。
で、「ひとりオフ会」なので、それにちなんで「劇団ひとり」さん原作の映画も…と思ったのですが今回はやめといて(^^;)、予定しておいた「ジプシーキャラバン」の他に、あの監督さん一家が好演した映画と、見てるだけで貧血になりそうな、くら〜い街が舞台の映画を見ましたね(^^;)一つ一つ感想をと思います。
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で、金曜日ですから、映画館にはバレンタインデー前のカップルも多くてなんでしたが(^^;)、そんなデレデレした人たちをよそ目に、まぁ私も今回も映画見るときはガッツリ勉強するためにチケット代払います!という感じで見ましたよね(おすすめしませんが^-^;)。そして自然と今日見た映画から学んだテーマは「音楽と人種」という感じになったようです。
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ではまず、「ジプシーキャラバン」ですが、概要は、主役は大昔にインドのパンジャブ地方から旅立ったジプシー/ロマの方々の、今でも各国で活躍している音楽グループが集まって、チケットが2ヶ月前くらいから売り切れになった全米ツアーをしたもののドキュメンタリーですね(うまく説明できてませんが)。
お互いが日がたつにつれて意気投合していく様子もよく描かれていましたねー。
で、私も浅学非才なもので、改めていろいろ調べてみると、ジプシーと呼ばれるのもエジプシャン(エジプトのほうから来た人)のなまりのようなものだということ、また、フラメンコももともとはロマの方々がスペインに持っていったものだということ、
ですから実はスペインの人にとってもエキゾチックなものだった、ということのようですねー。あのカルメンもそういえばジプシーでしたねぇ(^^)。
さらに空耳でも有名な(^^;)ジプシー・キングスは、フランスの歌手の方だったということは、さっき知りましたねぇ〜、意外でした。
それで、印象的だったのは、やはり音楽は国境や人種を越え人をひとつにするということ。またさまざまな差別を受けてきた方々だから、とてもやさしい心をお互い持てるようになっていらしているということ。
たとえばこちらのマケドニアのエスマさんは、お父様がナチから虐待を受け、また自分にお子様がいなかった代わりに、47人もの孤児たちの面倒見て、またコソボの難民の方のためにチャリティコンサートを開いたりと、とても愛情深いお母さんという感じでしたねー(^^)。
また映画では公演の様子だけではなく、それぞれの国のお家まで訪問して、ご家族などとの会話なども撮影していましたね。
印象に残ったのはバンドの皆さんがスペインの方除いては、とっても田舎に住おすまいで質素な生活をなさっていたのと、地元の宴会などには必ず音楽が付き物で、皆さん大観衆の前と同じように一生懸命演じていらしたのが、よかったですねー、音楽というのは生活にも欠かせないものなのだなーと思いました。
またこちらに女性監督さんの苦労がかかれてますが、私が思うにはとってもよく編集されていて、結構長い映画だったのですが飽きませんでしたねー。構成などもほんと完璧な感じで、それこそジプシーの方々の先祖代々の見守りがあったのではないかなーって思いましたね(^^)。
というわけで、途中にジョニー・デップさんもインタビューで出てきたりしてなかなか興味深い映画でしたねぇ〜、すべてインド音楽が発祥というのもあってか、聴いていてもこう情熱を感じる音楽でしたね、ひきつづきいろいろ研究できればと思いました(^^)。
>>
さて、見た順番が逆になりますが、せっかくジョニーさんがでてきましたし、うーん実は見るかどうかだいぶ迷ったのですが、やっぱり一応ってことで、サスペンスミュージカル映画?の「スウィニー・ドット」も見てきましたね(^-^)。
もうですね、去年できたシネコン新宿バルト9で、内容余り知らず大画面の一番前の席取っちゃって見ちゃったものですから、ブラッディなシーンが余計大迫力な感じでしたね(コワイコワイデスネー^^;)。こちらの方の記事もいろいろ参考になりますね。
スウィニー・トッドとマダム・タッソー
私もロンドンには2回ほど、郊外に一ヶ月くらい間借りもしたこともありますが、博物館めぐりや懐古趣味以外、余り良い思い出がない街でしたねー…、きっと前世でも身分が低い出身で、ここで苦労したのだろうと確信できる街、でもありましたねー(^-^)。
その際にロンドン・ダンジョンなども見に行きましたけれども、なんだか趣味がそちら系で、東京にある例の鉄娘さんがある博物館とかも思い出しちゃいますよね。まぁ昨今では鉄分が多い女の子、の意味で使われているようで救われるのでもありますが…(^^;)。
ですから実はあまり見たい映画でもなかったのですが(^^;)、でもまぁ、見た教訓と致しましては、やはり過去は浄化して前向きが一番!ということや、なんでもバランスが取れるものということと、普段菜食にしていてよかったなーと、実際動物さんも、あんな感じでねぇ〜、でしょうからねぇ〜、いつも見えないところでとはいえ、すこしかわいそうなわけでありますよね…、そういうアピールも暗に込められているのではないかと(^^)?、
昨今も某冷凍食品のお話もあって、ではないですけれども、節分の「恵方巻」も玄米菜食のお店で注文しておいてよかったなーと、少し思ったわけでありますね(^^;)。昨日の寺田本家のご主人も菜食にしたらすこぶる体調よくなったそうですし…(^-^)。
で、まぁ内容はそんな感じで、全体はもう前編ミュージカルそのままでしたよね、音楽は非常に有名なスティーヴン・ソンドハイムさんということだったのですが、この方も先ほどお名前知りましたね(^^;トホホ)、拝見しても当たり前といえばそうなんですが、オーラどこまでも輝いているすごい方ですねー。だから映画見ていても音楽が良いのでバランス取れてましたよね。
ジョニー・デップ ニュース/JD NEWSさんの
記事より
あとあれですね、ジョニーさんって言うのはどうも、母方に、やはりジプシー同様、迫害されていたチェロキー族の血が流れていらっしゃるということなんですねー。また青年期は両親の離婚も経験して大変ご苦労なさったということですね。
ウィキ
なーるほどですから独特のお顔立ち、というわけですが、ティム・バートン監督が「カリガリ博士」の影響を受けて今回もなんだか青白いメイク、ということもあるようですね(^^;いいんですが)。
それで、なんだかチェロキー族さん系統の芸能人はすごい人が多い、プレスリーもジミヘンも、ということで、スピ的に見る方でもみなくてもこりゃー先祖代々守られていますでしょう?と思うわけです(^^)。
>>
というわけで、いろいろ見る映画にも偶然は無くて必然、と感じながら、一つ戻って2つ目に見た映画ですね、そうそう、エハラーはやっぱり見なくてはいけないでしょうという、奥田瑛二監督「風の外側」ですね(^-^)。
で、こちらもどうしようか?と迷ったのは、こちらのヤフーの映画評をみると、このような評判になっているからですね(^^;)。
まぁ全体的に見た方の人数が少ないというのもあって評点も低くなってしまっているかもしれませんが、まぁ一応参考にして見に行ったわけです。それとあのヤクザ映画の殿堂「新宿昭和館」の後にどんな映画館ができたのか?というのも見たい!というのもありましたね(^-^;)。
それで、小さいエレベータで3階まで参上したところ、なかなかスタッフの方の対応も良くて好感を持てたのですが、やはりすこし雰囲気が、あーかつてのあの感じだー、というオーラは残っていましたよね、でも、建物がきれいになっても、そのような雰囲気が残っているからまた良かったなーとも思いましたねぇ(^-^)。
で、この映画でもやっぱりのっけからアウトローな方が出てきたわけですが(^^;)、それにしても安藤サクラさんのオーラがすごい、初主演とは思えない演技でしたねぇ〜さすが俳優ご一家という感じでした。たまたま代役で、ということでしたけれどもいやいやーということで、今後も楽しみですねー(^^)。
また、例の江原さんのシーンも見ましたが、あっはは、面白かったですね(^-^)さすが霊媒≒役者さんですなーと思いました。あれ見ると映画だとしても、アンチスピリチュアルな方はすこしは溜飲が下がるのではないでしょうか(^^;)?またオペラの先生役というのは、主役のサクラさんがオペラ歌手を目指していたからということで、この映画も音楽が絡んできていたわけですね。
で、前半は恋愛ベースでそれはそれでよかったわけですが、ちょっとだれるかな〜と思いつつ後半からは在日韓国人の方への差別問題などがじわじわ〜ってテーマになってきて、私は見ていてなかなか飽きなかったんですよね〜。常に関門海峡がバックに映っていてきれいな映像であったというのもありましたね(^^)。
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で、そうそう関門海峡ともうしますと、もう2年前くらいに私も「赤間神宮」さんにお参りさせていただいて、確か以前のブログにもだいぶいい感じにロックしている「耳なし芳一」さんを載せさせていただいたと思うのですが(^^;)、
やはりこう源平合戦でのいろいろな思いというのがこりゃーのこっとりますなーと感じるとともに、でも実は、もっと以前からのものもあるのでは?と思う感じも致しましたね、もっと以前にもいろいろ合戦などがあったのかも、しれません。
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ですからいろいろ無念に思う方のエネルギーも手伝って、ということもあるかもしれませんが、その分毛利さんや、長州藩の方々はすごくて、あの先日の鉄道の父「井上勝」さんも入っている長州ファイブ、の方々もイギリスに渡ってお勉強して立派になったわけですね、そういう先進的な方も、きっといろいろあったでしょうけれども見守られて乗り越えて、すばらしいわけですねー。
ちなみに毛利氏の由緒は実は関東で、神奈川県厚木市付近だそうです。そこからはやはりなかなか勝気な元祖アイドルさんも出ていますよね(^^;)。また戦の時代はやはり駆け引きでいろいろあったようで、このように顔を立てたり義理を重んじたりということもせざる終えなかったというのはちょっと任侠の世界にも通じる感じで、ホント共感するばかりですね…、でも今の企業などでも同じようなことが起きているかもしれません。
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で、不思議なのは、「長州ファイブ」が映画になったときに、山尾庸三さんを演じた方が松田龍平さんなわけですが、彼は東京出身でも、そのお父さんは下関のご出身だったわけで、ご出演もそのご縁でしょうね…、こちらウィキの下のほうの国籍のところを見ても、やはり考えさせられますね。
そして全部見終わって、いやーネットの前評判とはうってかわってなかなか良い映画でしたね〜、韓国人の近所のおばちゃん役で綾戸智恵さんもおでになっていらっしゃったのも良かったですね(^^)。また次回作も期待です(^^)。
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というわけで、最近あまり映画見ていなかったので一度に見ましたが、一日3本くらいが限度ですよね(^^;)、でもやはり映画は人生も学ばせてくれると思いますので、引き続き見続けていければなーと思います(^^)。
Posted by fy3on3 01:59:47│Comments(4) │TrackBack(0)
発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方(寺田 啓佐著・河出書房新社)
2008-01-31
はいーこないだ徹子さんのお部屋をみていたら、三國連太郎さんがゲストで、なかなかいろいろあった戦時中の体験をおはなしなさっていらっしゃいましたね。ウィキにも少し載っていますが、それ以前の、中学生のときに学校で軍事教練がはじまったので、いやになって下田の港からの船に隠れてチンタオまで行ったというお話しでしたねー、本当に戦争はいやだったようなのですねー。
で、結局は軍隊に行かされて、中国大陸で終戦を迎えるわけですが、俳優さんになられてからも結構戦争映画に出る機会が多いというのも縁なのではとおっしゃってましたね。で、やはり名優さんというのはオーラが輝いていて、ものすごいセンスを感じましたよねー。
またどうも女系の方がとても強いというお家だからなのか、男性がそのぶん優しい人になるという法則にもかなっている感じのお家ですよね(^-^)。
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さて、この本ですが、この間ご紹介していただいて読んでみますとやはりとても良い本でしたねー(^^)、ではどんなところが、ということで、早速引用させていただきましょう。
子供の頃から「どうして争いがなくならないのだろうか」
「争わなくても、生きていくことができないものだろうか」
と思ってきた。学生時代には、平和運動や学園闘争にも参加したが、戦争に反対するセクト同士までが対立し、争ってしまう現実に愕然とした。
…何か大切なものを見落とし、間違った方向に進んできたのではないだろうか。そう考えたとき、発酵醸造を生業とする私自身の世界を見つめた。
発酵醸造という微生物の世界。その世界は、互いに支えあって生きる、相互扶助の力が大きく作用している。微生物の世界は「愛と調和」で成り立っていた。それを見て、
「人間も微生物のように、発酵しながら生きれば、争わなくても生かされる」ことを確信した。
という書き出しですが、すごいですよねー。なかなか酒屋さんにしては高邁な理想をお持ちの方、ともうしあげるのも失礼かもしれませんが、私こそ一介の占い師にしては理想ばかり追いかけておりまして足元がおぼつきませんのでなんですよね(^^;)。そして、20代前半に蔵元を継いでからのお話になってきます。
二日酔いになる甘くべとべとした日本酒
桶(おけ)売りできる酒が多ければ多いほど利益は上がり、経営は安定する。
原価を安く、しかも大量に酒を作る方法があった。それが、「アルコール添加」と「三倍醸造清酒」というものである。略して「アル添」「三増酒(さんぞうしゅ)」と呼ばれる。
…もともと、日本酒の原材料は、米と米麹と水だけである。戦前までは、このシンプルな材料で日本酒が作られていた。今で言う「純米酒」だ。
事情が変わったのは、戦時中のこと。米不足のために、思うように酒が造れなくなったので、量を増やす目的で添加されたのが「アルコール」である。これが「アル添」と呼ばれる方法だ。
…(またグルタミン酸ソーダなどの)添加物を使うと、なんと元の三倍量の酒ができる。だから「三増酒」という。コストは安いし、量産も苦労しない。一度やり方を知ってしまったら、もうやめられない、酒造メーカーにとってはまさに「おいしい酒」なのだ。
という普通酒蔵さんが知られたくない内情までことこまかく書かれていらっしゃるよい方なのですが、実は以前はいろいろ工夫してお酒を作ってもなかなか人がついてこなかったりして経営がうまく行かなくて、さまざまな異業種に手を出したり、ギャンブルに走った挙句に、腸が腐って人工肛門をつけなくてはいけないような手術を35歳のときにするまでになった、ということなのですね。
腸が腐るとは、またなんとストレートな病気の表し方だろうか。
でも、なぜ腐ってしまったのだろう。
うちの会社の経営も、腐っていたってことだよなぁ。
どうすれば腐らなかったのだろう。自分も会社も。そもそも腐るって、何だろう?
そんなことを考えていたら、あるとき大変なことに、いやすごく当たり前なことに気づいてしまった。
「発酵すると腐らない」
なすだってきゅうりだって、そのまま放置していればいずれ腐敗してしまうのに、ぬかみその中に入れればいつまでも腐らない。日本の発酵食品の代表選手である味噌やしょうゆも、製造過程で腐ったなんて話は、いまだかつて聞いたことがない。その理由は発酵しているに他ならないのだ。
…蔵元に婿に入って10年にして、ようやく気がついたのである。蔵は金を得るためにあるんじゃない。自分がここに来るずっとずっと前から棲みついていた微生物たちが、力を合わせて「発酵」を続けている場所だったのだ。
…ぬかみそで気づいたことは、こういうからくりだったのか。いい発酵がいい発酵を呼び、腐敗など寄せ付けないのだ。
…ああ、そうか、「発酵」と「腐敗」は、人間の気持ち、意識にも当てはまることなのだ。
自分のもの、自分のお金、自分の会社、自分の成功、「自分の、自分の」という我意識は、腐敗を招いてしまう。発酵している意識というのは、本来の自分、本来の自分を言うのだろう、一人一人の心の奥にある。純粋な意識のことを。
「自分の利益や欲を捨てたときに、人間は救われる」
これはかつて父に言われた言葉だ。自己中心的な姿勢を改めたとき、発酵という救われる道ができるということだったのかもしれない。
…という感じで、いやーすごいですねぇ〜、まさに芳醇な発酵が醸し出すオーラがまわりも活性化させて生命を存続させるわけですよね。ところが自分のことばかり考えると生命力がなくなってしまう、それはこの後の章にもでてくる、ふつうのお米と無農薬無化学肥料米との比較、10年たつと農薬化学肥料米はタール状になってしまう、ということにも現れていますねー、生命力が違ってくるわけです(^^)。
ですので私もオーラの輝きはその方の内面にいかに夾雑物がないかと比例するのでは?と思うのですが、そうしているとあとは波長の法則で自然と明るいものがよってくるようになりますよね(^^)そして回りをさらに元気にしていくお役目を与えられるわけです。
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というわけで、ここまででもまだ前半なのですが、後半はまたとても興味深いお話ばかりですから、ぜひご一読をお勧めいたしますね(^^)。またタイムリーなことに、「はなまるマーケット」でも4日に紹介されるようですねーたのしみです(^^)。
「寺田本家」さんサイト
そういえば去年もマンガ「もやしもん」も流行りましたけれども、そこからいろいろ学んでいくとなかなか明るい菌未来も開けてきそうですねー(^^)。
Posted by fy3on3 16:27:53│Comments(0) │TrackBack(0)
生きがいの確信(出口 日出麿 著 講談社)
2008-01-27
はいー東京もホント寒いですねー、氷点下まではいかないのでしょうけれども、底冷えしますね〜って、我が家が木造で古いからだけなのかもしれませんけれども(^^;)、とうとうここ何日かは一階の寒い部屋にある冷蔵庫の電源を切っても平気になっております(^^;)。
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さて、ニュースでは、インドネシアのスハルト大統領が帰幽なされたということで、あらためてインドネシアの歴史をみてみると、やはり戦時中の日本軍による占領のことなどもいろいろあるんだなーって思いましたね。オランダからの独立を日本軍が支援したからインドネシアは独立できたのだ!と誇らしげに言うのもよいのですが、それ以上の犠牲も強いていますので、ふむー戦争はやっぱりって思いますよね。
またあの空気が読めないといわれる(^^;)デヴィ夫人が日本に帰って表舞台で活躍なさっていらっしゃるというのも、初代大統領スカルノさんの意向もあるかもしれませんねー、それにしてもウィキ読むと実は篤姫さんではないけれども、送り込まれたということで大奥のような感じで、ご苦労なさったんだったんですねぇ〜、麻布霞町出身でお父様は大工さんという江戸っ子で実は気が利く方だったから生き延びてこれていらっしゃったのかもしれませんねー。
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で、インドネシアは双系社会なんですねー、なかなか自由で面白いと思いました。日本も実は「隠れ母系社会」だったわけでして、そのような意味で大奥がいろいろ決める、というのもOKだったわけですねー母は強しですね(^^)。
で、デヴィ夫人は第四夫人であったというのもあり、クーデターで逃げちゃったわけですが(^^;)、逃げなかった第一夫人ファトマワティさんとのご長女メガワティさんが一つ前の大統領になったというのも、これ私が見るとオーラがすごーく明るくて、その影響もあるのではーって思いますね。特に今年これからは女性の時代到来ってわたしも思っているので、応援していきたいと思いますね。またこのように、今この日本も戦時中ではなくて、過去の歴史から学べる状態にいるということもなんだか感謝ですねー(^^)。
>>>
さてこの本ですが、日出麿さんは出口家に養子に入った方ということなんですが、もともと霊感もおつよかったとのことですね。これは1984年に出された本です。
今年の寒さはいずこともひどい。京都の冷たさは、また格別だ。
それでも、平気で外で溝を掘っている人もあれば、深窓暖火を擁して「寒い寒い」と言っている人もある。
蝿のとまった事に立腹する人があるし、人に足を踏まれても笑っている人がある。空が曇ったと言っては泣き言になる人があるし、生死の境に立っても平然としている人がある。世はさまざまである。
在ることは、みな、真実である。悪も否定することはできず、闇も絶滅することはできない。
しかし、すべてのものに、それぞれの理想がある。悪魔の理想は悪であろう。人の理想は真善美である。より偉大なる光明である。悪でもなく闇でもない。
…というわけで、ふむーなかなかそうですよねー、そこでもう一声あります。
人は実際、我慾、我利、我執の塊であるから、悪人といっても、事故と利害を共にする人に対しては
非常に親切であり、一見、高潔である。いな、悪人ほど利己心が強いから、いやしくも自己のためになる人なら、それはそれは丁重に扱うものである。
古来−君子の交わりは淡き水のごとく、小人のそれは、甘きこと蜜の如し−といっているのも、心あのことである。自己に属するものに対しても、善人よりは悪人の方が、より執着が強いだけに、より尽力するものである。
真に自己を放れて公共のために尽くす人たちと、公共のためを口実にして、自利をはかっている人たちとは、ちょっと区別がつきかねる場合がある。しかしこれらは、長い間には、いつかはその真相が現れてくるものである。
…というわけで、選挙に当選した方々も、長い間かかってやっといろいろわかってくることも、実際多いですよね(^^;)。わたしなども以前富士山のごみ拾いをせっせとしておりましたけれども、偽善者では?という見方をする方もいらっしゃいましたものねー、なかなか難しいものですね(^-^)。
執着とれば面白き世
どんなことにも、囚われたらモウおしまいである。学者は学問に囚われ、宗教家は神様に囚われ、法家は法に、杢兵衛(もくべえ)は「オラが若いころは」に、書家は筆法に、史家は記録に…等々に囚われていてはいけないというのである。
…見ようによって、理屈はどんなにでもつく。他人を悪く思うのは、自分が悪いからだ。「ああいう型の人だ」というだけで、悪人だというわけには行かない。
たのむところが大きいから、失望することも大きいのだ。人を恨み、世を呪う、大半はこれだ。
心の大きい人は、淡白だ。
猜疑心は利己心からだ。
他人を悪いと思うのは、自分が小さいからだ。
…どんな境遇にあっても、こだわりなしにスラスラと暮らしている人は極楽におるのである。物事に思い悩んだり、人をいやがったり、沈痛に過ごしている人々は地獄にあるのである。
…なるほど、こうスラスラと生きていきたいものですねぇ〜(^o^)、ですから実はどなたでも自分にどのくらい欲があるかということを日々試されているかのような人生なのかもしれませんねー(^^)?
というわけで、出口日出麿翁さんの著作はほんとにのんびり心地よいですねー、老荘思想にも通じる感じで、スピリチュアル的でもありますね(^^)。他のご本もとてもよいので、私も10年前と、また最近になっても良い方に勧められましたから、ごらんの皆様も是非と思います(^^)。
Posted by fy3on3 17:28:21│Comments(0) │TrackBack(0)
北海道残酷史 (合田 一道 著・幻洋社)
2008-01-24
はいーやはり夜食は簡単便利なコーンフレークに限るということで、毎度お手軽に夜食も済ましているわけですが(^^;)、いやいや、そんな食生活なのも今日は門前仲町のフランス料理屋さんで千円ランチを豪勢に?いただいたからですね、非常におしゃれなところで味もおいしかったのですがさすがに量が少なかったので、あとでコンビニでピーナツパンを食べたという、へたに体が大きいとなかなかエコではないですなーと思うしだいでしたね(^^;)。
で、今日も雪の降る中、用事のついでと申しますとなんですが、富岡八幡さまと深川のお不動さんにもお参りさせていただきました。いやーやっぱり良いオーラでしたねぇ!また江戸の下町は定番の旧跡名所も多いので、また改めて暖かい日に巡れればと思いました(^^)。
>
さて、この本ですが、読むきっかけとなったのは実は鹿島神宮で、宝物館に「悪路王」さんのお面がある、ということだったのですね。
前回は少し急いでいたので拝観しなかったのですが、こちらの方のページにあるようなお面のようですね。それでつまり、あのアテルイさんを模したものでは、ということだったのですねー。
で、このアテルイさんの塚が大阪は枚方にあるということなのですが、それも実は捏造では?という意見もありますが、要は心意気だと思いますよねー。やはりこうがんばって一族を守ってきた方に対して共感するというやさしい気持ちからは戦争を生まないですものね〜。
しかし、やはりこう数百年前まではとっても人間野蛮であったということで、歴史を調べるということは今をよりよく生きことにも非常につながると思いますね。自殺だ殺人だーってやらなくてももう権力者の中で横暴な方もいましたから、ほんとこれが夢でなかったら人生やってらんない!という一生を送った勇気ある先達さんが多かったように思いますよねぇ〜、その分今が平和だと思いますし、もっと感謝もしないといけませんよねー_(._.)_。
>
さて、では少し目次から引用いたしますと、
・松前藩、百六人を処刑−蝦夷キリシタンの殉教
・生贄になったアイヌ娘たち−矢越岬の海中へ突き落とす
・国後目梨事件のアイヌを処刑−和人殺害の首謀者ら37人
・苦渋を重ねた静内移住−稲田騒動の果てに
・土工を酷使して殺害−恐るべきタコ部屋の実態
・労務隊長、警察官らを殺害−三菱大夕張で中国人労務者暴動
…他、ということで、大変だったのは北海道に限ったことではないと思いますが、やはり差別やさまざまな事件に巻き込まれてということも多かったのだなぁ〜と読んでいて思いましたね。
その中でもやはりアイヌの方に対する差別はひどかったようで、その代わりにというか、当時蝦夷地を支配していた松前藩にはお家騒動があったり、噴火や大津波にあったりともうさんざんだったようですねー。
では国後目梨事件についてですね、
事件は寛政元年(1789年)に起こった。したがって「寛政の蝦夷騒乱」とも呼ばれる。蜂起の背景になったのが和人の道東、千島への進出だった。
安永三年(1774年)飛騨屋久兵衛が南千島の国後場所を請負い、さらに厚岸、霧多布、釧路などの各場所にも手を広げて東蝦夷地一帯の実験を握ると、巨額の資本を投入して漁業経営を拡大した。
アイヌに対してはそれまで実施してきたオムシャと称す交易儀礼さえ廃止し、安い報酬で酷使した。中にはその報酬をごまかして少なく渡すほどだった。余りのひどさに抗議すると、「生意気なことを言うなら毒殺か、釜で煮殺すぞ」と脅した。
アイヌたちの不満は高まるばかりだった。
そんな時、国後の運上屋から酒をもらって飲んだ国後トマリの長老、サンキチら二人が、急に苦しみだして絶命した。
「和人はわれわれアイヌを皆殺しにするつもりだ」
アイヌたちは憤慨し、結束した。
寛政元年5月5日、国後のアイヌたちはいっせいに蜂起し、運上屋を襲って松前藩の足軽、竹田勘平をはじめ22人を殺害し、金品を略奪した。勢いに乗ったアイヌたちは対岸の目梨へ渡り、オロマブ(現在の羅臼)コヌタカ(現在の標津)のアイヌと呼応して、沿岸沿いの番屋を片っ端に襲撃して番人36人を殺し、さらにコタヌカに来航していた飛騨屋のもち船「大通丸」を襲って、乗組員13人を殺害した。
…一方、助かった和人から騒乱の事情を聞いた厚岸の首長イトコイと国後の長老ツキノエは、このままでは泥沼の闘いになると判断、騒乱者を集めて松前藩に差し出して事態を収拾しようと企て、山にこもった蜂起アイヌたちに、「私たちが責任を持つから出てくるように」と降伏を説得した。
これに対し蜂起アイヌ約二百人がノッカマップに出頭して降伏した。
ところが寛大であると思われた松前藩の処分は想像以上に厳しく、武器を没収した上、首謀者八人と、和人を殺害した計37人を死刑にした。…ノッカマップは殺されたアイヌたちの地で赤く染まり、見るも無残な情景だった、という。
とのことで、いやーやはりこう欲得ずくであこぎなやり方で商売しようする人、というのが戦争を作り出しますよね。北方領土がなかなか帰ってこないというのも、実はこのような事件の思いも関係しているのでは?と勘ぐるわけですが、どうなんでしょうねぇ…、今後も引き続きアイヌの方々の生活や精神文化を学んでいくことができましたらと思います。
ちなみにシーボルトのこちらの絵図みましても、本当に素朴な生活だったんだなーと当時を垣間見ることができますねー。
Posted by fy3on3 00:14:13│Comments(0) │TrackBack(0)
あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間 永遠に続く幸せの源泉 ディーパック・チョプラ/著 大和出版
2008-01-14
はいー、結局急遽予定しておりました出雲-九州巡礼も、諸事情とやっぱりこの時期寒いかなー?ということで、春に延期になりましたね、次回は梅や桜前線とともに北上致しましょう(18きっぷで^^;)。
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さて、実は今月二十日には、写真にあるように、このえらく寒い中、東京タワーのふもとでエイエイ!っと水かぶって寒稽古することと相成りましたね(^^;)。
わたしも本格的なものは初めてなのでどうなのかー!っと思いますが、まぁ先達さんの後について大勢の方とご一緒に行うので、何とかなるかなーと思いますが、どうでしょうねぇ(^^;)。とにかく心身ともに、さまざまなオーラの汚れを禊いで今年一年も皆様とともに元気にと存じます(^^)。
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さて、この本ですが、もうもう大人気で、やっと予約の順番が回ってきた!のですね。では今回も早速良いところを引用させていただきましょう!
私たちには物質的な目標があります。たとえば、もっとよい家が欲しいとか、もっとよい車が欲しいとか、贅沢品の数々など。
私たちには人間関係における目標があります。私たちは安全と感じたいし、所属していると感じたいものです。
私たちは、自分自身を自由に、創造的に表現したいと感じます。私たちのうち何人かは、富や力を欲しがるかもしれませんし、名声を求めるかもしれません。
しかしその人たちに、なぜそういったものが欲しいのかを質問すれば、究極の答えはやはり同じなのです。彼らはそれらのものを手に入れれば、幸せになれると信じているのです。
人々に話をするうちに、私は「幸せを第一目標にすればいいんじゃないか?」「なぜ幸せをすべての二次的な方法を通して求めるのだろう?」と考え始め、さらにもっと興味深いことを発見しました。
もし、私たちが幸せを二次的な目標ではなく、第一目標にしたら、私たちが望むすべての事が簡単に達成できてしまうのです。
…ということで、理由のある幸せ、というものはとてもはかないものだ、だから理由のない幸せ、というものが、実は私たちが真に体験したいものなのだ、とおっしゃてますね。「理由なき反抗」ではなくて「理由なき幸せ」ですね(^-^)。
そういえば私たちは小さいころから誰かに「あなたはいつでも不幸だ、がんばらなくてはいけない、なにかを恐れなさい。」と思い込まされているようにも感じますねぇ…。だから自分に力がないと感じてしまって、自分を守るために武器などを持ちたがるわけですねー。
しかし、チョプラさんはこう言ってますね。
私たちは死なない
…次に、「私はどこから来たのか?」という問いに対する答えは、「私はどこから来たのでもない、なぜなら、私は常にここにいたから」です。
体はやってきては去っていきますが、『私』はつねにここにいるのです。
私は時間的には、始まりも終わりもないところからやってきました。私が行く場所も同じところです。ご紹介したように、空間や時間の中で特定の場所など存在しないのです。非局在的な宇宙の中では、どこにも行く先がないのです。
そして「自分の人生の目的は何?」それは幸せになること。宇宙の進化と創造に喜んで参加することです。
人生は、偏在するスピリット(または意識)によって想像され、思い描かれるものであって、すべての世界はスピリットの想像上の形、つまりスピリットの自作自演の演劇です。
最終的にはすべて意識が演じていることなのです。
そして、
「自分が死ぬとき、何が起こるのか?」
という問いに対する答えは、
「何も起こらない。なぜなら私は死なないから」
です。
純粋意識は表現されるのみで、破壊されるということがないのです。
これを知ることによって、死に対する恐怖から解放されます。宇宙の中のどんなものも今までに失われたものはなく、変化しただけなのです。…
…、という感じで、いやーこの世は神様のような自分という意識がが見ている「夢」のようなものだーって、おっしゃってますねぇ(^o^)。ですからどんなことがあっても実は織り込み済みですし、予定調和なんですね。ですから何でも起こることは「受け入れ」ましょう、という発想がでてくるのではとおもうのです。あきらめてしまう、というのではなくてですね。一人ひとりがこの世界を結構ダイナミックに創造しているわけです。
んでもって、人間やっぱり死なないわけですから、こりゃー永遠の命をもらっているので、人生の「旅の恥はかき捨て」にはできないわけですね、もうそれがわたしなどもなかなか大変なわけですが(^^;)、一つ一つカルマを返していくわけです。
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またこの本で面白いのが「時間の定義」なのですが、これは相対性理論とか量子力学とか少し知っている方には常識なのですが、
物理学者たちは「時間」という言葉を使わなくなりました。彼らは、時間とは関連性の現象であり、絶対的ではないと知っているので、「時空間」という言葉を使います。
地軸を中心に自転しながら太陽の周りを時速何千マイルというものすごいスピードで移動している地球という惑星の動きが、私たちの時間の体験を作り出します。
しかし時間は幻想です。それは、私たちが認識、体験する変化や物事の関係を説明するために使う内側の対話のようなものなのです。
…ということで、時間の概念がない人は年を取らない、とも書いてありますね(^^;)。「人々が年を取って死ぬ唯一の理由は、ほかの人が年をとって死んで行くのを見るからだ。」という方もいるそうです(^-^)。
また私も「時空間」という言葉はあまり使いませんが、「自遊空間」というネットカフェはよく使うんですね(^^;)。
で、そこで一生懸命個室でネットしていると、時間を忘れてもう朝!とかなっていることも多いですねー。そんなことして夜更かししているから白髪も最近増えちゃって、思うのですが、気持ち的には「青春18」才の浪人生みたいな感じですから、まぁ時間に縛られていないと若い気持ちを保てるかもしれません、このままずっとのんびり生活していればだいぶ長生きしそうか?といえばどうかわかりませんが(^^;)、病気にはなりにくいかもしれませんねー。
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というわけで、いやーほんとよい本ですねぇ〜、こうして自分の本当の姿、神秘性を確認することによって、野暮な考え俗的な思考によってオーラが曇らされるのを防ぐことができますねー、ですのでまた何かに迷って初心に帰る必要があるときは、このような本もお勧めです(^^)。
Posted by fy3on3 18:50:51│Comments(0) │TrackBack(0)
魂の伴侶と出会う旅 (ドリーン・バーチュー 著 宇佐 和通 訳 /クレイヴ )その4。
2008-01-12
はいーこの間、品川のいつもの場所でわいわい鑑定をしておりまして、ひと段落してお手洗いに立って歩いていったら、少し離れた席に、なんとあの宮本亜門さんが、スタッフの方々と座ってお話していらしたのですねぇ〜。ですからミーハーな私は「おーっ!」と思ったのですが、
で、席に帰ってきてご一緒させていただいたクライエントさんにもその話をすると、「へぇ〜」という感じで最初感心されたのですが、それもつかの間、帰りにその方がその彼を見ておっしゃるには、
「いやー、野中さん、あの方は、最近よくテレビで見る、『オカマのダンサー』の方ですよ。(原文ママ)」
ということだったのですね…、そうですかー…。
でも、そんなにオネエ言葉でおしゃべりになっていなかった感じもするのですが…(^^;)、でもそういえばこちら公式ページに乗っているお写真よりもだいぶ色黒な方でしたから、わたしもまだまだですねー、それにしてもそのダンサーの方ってどなたでしょうねぇ(^^)?
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さてこの本の続きですが、この本にはさまざまな天使からのメッセージも載ってますね(^^)。
あなたの怒りの感情は、腕につけている時計によってコントロールされているものですか?長針と短針によって示される時間があなたを駆り立て、急がねばならないという気にさせられますか?私たちから見ると、あなたはいつも時間にせきたてられています。
時間によって人間が管理されるような状態を許していて良いのでしょうか?あなたは、自分自身を時間と合わせるために膨大なエネルギーを使っていませんか?
あなたが肉体を持って生きている理由は、時の流れを真似することではありません。喜びの息吹を感じ、与えられた創造力をいかんなく発揮することに価値を見出してください。
そうでないと、時間というもののの本当の価値を知ることはできないし、時間に押しつぶされてしまいかねません。抑圧から創造は生まれません。
あなたの心は、時間に拘束されるためにあるのではないのです。時間に制約されることによって失うものは、あなたが思うよりずっと多いことを忘れないでください。
ほんの一時間で結構です。腕時計を見ないでください。そして、時間について何も考えないようにしてください。あなたの中でゆっくりと流れている意識に気づくのです。
創造的なアイデアが生まれるのは、ゆっくりとした意識の流れの中でしかありません。
…ということで、なるほどですねー、あせって日々送っていると、生かされている感謝の気持ちをはじめ、大切なものを忘れがちですよね、またガイドさんからの良いインスピレーションを見逃しがちの様な気がしますね。さらにあせることによってイライラオーラを作り出してしまうようにも見えます。
やはり「この世は夢」のようなものなので、物質的にはいつまでも何かをつかんでおくことはできないということなのですが、人間として生きている間でも、さまざまな負担をなるべくはずしていくと、私たちもある意味ガイドスピリット脱退時もあるわけですから、このような天使さんのような気持ちを思い出しながら、生きていくことができるかもしれないなーと思いました(^^)。
Posted by fy3on3 23:58:30│Comments(2) │TrackBack(0)
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