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プロの占い師が集う[占いブログ]

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今年は全国各地巡礼して参ります予定です、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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発酵道―酒蔵の微生物が教えてくれた人間の生き方(寺田 啓佐著・河出書房新社)

2008-01-31

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はいーこないだ徹子さんのお部屋をみていたら、三國連太郎さんがゲストで、なかなかいろいろあった戦時中の体験をおはなしなさっていらっしゃいましたね。ウィキにも少し載っていますが、それ以前の、中学生のときに学校で軍事教練がはじまったので、いやになって下田の港からの船に隠れてチンタオまで行ったというお話しでしたねー、本当に戦争はいやだったようなのですねー。

で、結局は軍隊に行かされて、中国大陸で終戦を迎えるわけですが、俳優さんになられてからも結構戦争映画に出る機会が多いというのも縁なのではとおっしゃってましたね。で、やはり名優さんというのはオーラが輝いていて、ものすごいセンスを感じましたよねー。

またどうも女系の方がとても強いというお家だからなのか、男性がそのぶん優しい人になるという法則にもかなっている感じのお家ですよね(^-^)。

>>>

さて、この本ですが、この間ご紹介していただいて読んでみますとやはりとても良い本でしたねー(^^)、ではどんなところが、ということで、早速引用させていただきましょう。

子供の頃から「どうして争いがなくならないのだろうか」
「争わなくても、生きていくことができないものだろうか」
と思ってきた。学生時代には、平和運動や学園闘争にも参加したが、戦争に反対するセクト同士までが対立し、争ってしまう現実に愕然とした。

…何か大切なものを見落とし、間違った方向に進んできたのではないだろうか。そう考えたとき、発酵醸造を生業とする私自身の世界を見つめた。

発酵醸造という微生物の世界。その世界は、互いに支えあって生きる、相互扶助の力が大きく作用している。微生物の世界は「愛と調和」で成り立っていた。それを見て、

「人間も微生物のように、発酵しながら生きれば、争わなくても生かされる」ことを確信した。


という書き出しですが、すごいですよねー。なかなか酒屋さんにしては高邁な理想をお持ちの方、ともうしあげるのも失礼かもしれませんが、私こそ一介の占い師にしては理想ばかり追いかけておりまして足元がおぼつきませんのでなんですよね(^^;)。そして、20代前半に蔵元を継いでからのお話になってきます。

二日酔いになる甘くべとべとした日本酒

桶(おけ)売りできる酒が多ければ多いほど利益は上がり、経営は安定する。

原価を安く、しかも大量に酒を作る方法があった。それが、「アルコール添加」と「三倍醸造清酒」というものである。略して「アル添」「三増酒(さんぞうしゅ)」と呼ばれる。

…もともと、日本酒の原材料は、米と米麹と水だけである。戦前までは、このシンプルな材料で日本酒が作られていた。今で言う「純米酒」だ。

事情が変わったのは、戦時中のこと。米不足のために、思うように酒が造れなくなったので、量を増やす目的で添加されたのが「アルコール」である。これが「アル添」と呼ばれる方法だ。

…(またグルタミン酸ソーダなどの)添加物を使うと、なんと元の三倍量の酒ができる。だから「三増酒」という。コストは安いし、量産も苦労しない。一度やり方を知ってしまったら、もうやめられない、酒造メーカーにとってはまさに「おいしい酒」なのだ。


という普通酒蔵さんが知られたくない内情までことこまかく書かれていらっしゃるよい方なのですが、実は以前はいろいろ工夫してお酒を作ってもなかなか人がついてこなかったりして経営がうまく行かなくて、さまざまな異業種に手を出したり、ギャンブルに走った挙句に、腸が腐って人工肛門をつけなくてはいけないような手術を35歳のときにするまでになった、ということなのですね。

腸が腐るとは、またなんとストレートな病気の表し方だろうか。

でも、なぜ腐ってしまったのだろう。

うちの会社の経営も、腐っていたってことだよなぁ。

どうすれば腐らなかったのだろう。自分も会社も。そもそも腐るって、何だろう?

そんなことを考えていたら、あるとき大変なことに、いやすごく当たり前なことに気づいてしまった。

「発酵すると腐らない」

なすだってきゅうりだって、そのまま放置していればいずれ腐敗してしまうのに、ぬかみその中に入れればいつまでも腐らない。日本の発酵食品の代表選手である味噌やしょうゆも、製造過程で腐ったなんて話は、いまだかつて聞いたことがない。その理由は発酵しているに他ならないのだ。

…蔵元に婿に入って10年にして、ようやく気がついたのである。蔵は金を得るためにあるんじゃない。自分がここに来るずっとずっと前から棲みついていた微生物たちが、力を合わせて「発酵」を続けている場所だったのだ。

…ぬかみそで気づいたことは、こういうからくりだったのか。いい発酵がいい発酵を呼び、腐敗など寄せ付けないのだ。

…ああ、そうか、「発酵」と「腐敗」は、人間の気持ち、意識にも当てはまることなのだ。

自分のもの、自分のお金、自分の会社、自分の成功、「自分の、自分の」という我意識は、腐敗を招いてしまう。発酵している意識というのは、本来の自分、本来の自分を言うのだろう、一人一人の心の奥にある。純粋な意識のことを。

「自分の利益や欲を捨てたときに、人間は救われる」

これはかつて父に言われた言葉だ。自己中心的な姿勢を改めたとき、発酵という救われる道ができるということだったのかもしれない。


…という感じで、いやーすごいですねぇ〜、まさに芳醇な発酵が醸し出すオーラがまわりも活性化させて生命を存続させるわけですよね。ところが自分のことばかり考えると生命力がなくなってしまう、それはこの後の章にもでてくる、ふつうのお米と無農薬無化学肥料米との比較、10年たつと農薬化学肥料米はタール状になってしまう、ということにも現れていますねー、生命力が違ってくるわけです(^^)。

ですので私もオーラの輝きはその方の内面にいかに夾雑物がないかと比例するのでは?と思うのですが、そうしているとあとは波長の法則で自然と明るいものがよってくるようになりますよね(^^)そして回りをさらに元気にしていくお役目を与えられるわけです。

>>>

というわけで、ここまででもまだ前半なのですが、後半はまたとても興味深いお話ばかりですから、ぜひご一読をお勧めいたしますね(^^)。またタイムリーなことに、「はなまるマーケット」でも4日に紹介されるようですねーたのしみです(^^)。

「寺田本家」さんサイト

そういえば去年もマンガ「もやしもん」も流行りましたけれども、そこからいろいろ学んでいくとなかなか明るい菌未来も開けてきそうですねー(^^)。

Posted by fy3on3 16:27:53Comments(0)TrackBack(0)

生きがいの確信(出口 日出麿 著 講談社)

2008-01-27

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はいー東京もホント寒いですねー、氷点下まではいかないのでしょうけれども、底冷えしますね〜って、我が家が木造で古いからだけなのかもしれませんけれども(^^;)、とうとうここ何日かは一階の寒い部屋にある冷蔵庫の電源を切っても平気になっております(^^;)。



さて、ニュースでは、インドネシアのスハルト大統領が帰幽なされたということで、あらためてインドネシアの歴史をみてみると、やはり戦時中の日本軍による占領のことなどもいろいろあるんだなーって思いましたね。オランダからの独立を日本軍が支援したからインドネシアは独立できたのだ!と誇らしげに言うのもよいのですが、それ以上の犠牲も強いていますので、ふむー戦争はやっぱりって思いますよね。

またあの空気が読めないといわれる(^^;)デヴィ夫人が日本に帰って表舞台で活躍なさっていらっしゃるというのも、初代大統領スカルノさんの意向もあるかもしれませんねー、それにしてもウィキ読むと実は篤姫さんではないけれども、送り込まれたということで大奥のような感じで、ご苦労なさったんだったんですねぇ〜、麻布霞町出身でお父様は大工さんという江戸っ子で実は気が利く方だったから生き延びてこれていらっしゃったのかもしれませんねー。



で、インドネシアは双系社会なんですねー、なかなか自由で面白いと思いました。日本も実は「隠れ母系社会」だったわけでして、そのような意味で大奥がいろいろ決める、というのもOKだったわけですねー母は強しですね(^^)。

で、デヴィ夫人は第四夫人であったというのもあり、クーデターで逃げちゃったわけですが(^^;)、逃げなかった第一夫人ファトマワティさんとのご長女メガワティさんが一つ前の大統領になったというのも、これ私が見るとオーラがすごーく明るくて、その影響もあるのではーって思いますね。特に今年これからは女性の時代到来ってわたしも思っているので、応援していきたいと思いますね。またこのように、今この日本も戦時中ではなくて、過去の歴史から学べる状態にいるということもなんだか感謝ですねー(^^)。

>>>

さてこの本ですが、日出麿さんは出口家に養子に入った方ということなんですが、もともと霊感もおつよかったとのことですね。これは1984年に出された本です。

今年の寒さはいずこともひどい。京都の冷たさは、また格別だ。

それでも、平気で外で溝を掘っている人もあれば、深窓暖火を擁して「寒い寒い」と言っている人もある。

蝿のとまった事に立腹する人があるし、人に足を踏まれても笑っている人がある。空が曇ったと言っては泣き言になる人があるし、生死の境に立っても平然としている人がある。世はさまざまである。

在ることは、みな、真実である。悪も否定することはできず、闇も絶滅することはできない。

しかし、すべてのものに、それぞれの理想がある。悪魔の理想は悪であろう。人の理想は真善美である。より偉大なる光明である。悪でもなく闇でもない。


…というわけで、ふむーなかなかそうですよねー、そこでもう一声あります。

人は実際、我慾、我利、我執の塊であるから、悪人といっても、事故と利害を共にする人に対しては
非常に親切であり、一見、高潔である。いな、悪人ほど利己心が強いから、いやしくも自己のためになる人なら、それはそれは丁重に扱うものである。

古来−君子の交わりは淡き水のごとく、小人のそれは、甘きこと蜜の如し−といっているのも、心あのことである。自己に属するものに対しても、善人よりは悪人の方が、より執着が強いだけに、より尽力するものである。

真に自己を放れて公共のために尽くす人たちと、公共のためを口実にして、自利をはかっている人たちとは、ちょっと区別がつきかねる場合がある。しかしこれらは、長い間には、いつかはその真相が現れてくるものである。



…というわけで、選挙に当選した方々も、長い間かかってやっといろいろわかってくることも、実際多いですよね(^^;)。わたしなども以前富士山のごみ拾いをせっせとしておりましたけれども、偽善者では?という見方をする方もいらっしゃいましたものねー、なかなか難しいものですね(^-^)。




執着とれば面白き世

どんなことにも、囚われたらモウおしまいである。学者は学問に囚われ、宗教家は神様に囚われ、法家は法に、杢兵衛(もくべえ)は「オラが若いころは」に、書家は筆法に、史家は記録に…等々に囚われていてはいけないというのである。

…見ようによって、理屈はどんなにでもつく。他人を悪く思うのは、自分が悪いからだ。「ああいう型の人だ」というだけで、悪人だというわけには行かない。

たのむところが大きいから、失望することも大きいのだ。人を恨み、世を呪う、大半はこれだ。

心の大きい人は、淡白だ。

猜疑心は利己心からだ。

他人を悪いと思うのは、自分が小さいからだ。

…どんな境遇にあっても、こだわりなしにスラスラと暮らしている人は極楽におるのである。物事に思い悩んだり、人をいやがったり、沈痛に過ごしている人々は地獄にあるのである。



…なるほど、こうスラスラと生きていきたいものですねぇ〜(^o^)、ですから実はどなたでも自分にどのくらい欲があるかということを日々試されているかのような人生なのかもしれませんねー(^^)?

というわけで、出口日出麿翁さんの著作はほんとにのんびり心地よいですねー、老荘思想にも通じる感じで、スピリチュアル的でもありますね(^^)。他のご本もとてもよいので、私も10年前と、また最近になっても良い方に勧められましたから、ごらんの皆様も是非と思います(^^)。

Posted by fy3on3 17:28:21Comments(0)TrackBack(0)

北海道残酷史 (合田 一道 著・幻洋社)

2008-01-24

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はいーやはり夜食は簡単便利なコーンフレークに限るということで、毎度お手軽に夜食も済ましているわけですが(^^;)、いやいや、そんな食生活なのも今日は門前仲町のフランス料理屋さんで千円ランチを豪勢に?いただいたからですね、非常におしゃれなところで味もおいしかったのですがさすがに量が少なかったので、あとでコンビニでピーナツパンを食べたという、へたに体が大きいとなかなかエコではないですなーと思うしだいでしたね(^^;)。

で、今日も雪の降る中、用事のついでと申しますとなんですが、富岡八幡さまと深川のお不動さんにもお参りさせていただきました。いやーやっぱり良いオーラでしたねぇ!また江戸の下町は定番の旧跡名所も多いので、また改めて暖かい日に巡れればと思いました(^^)。



さて、この本ですが、読むきっかけとなったのは実は鹿島神宮で、宝物館に「悪路王」さんのお面がある、ということだったのですね。

前回は少し急いでいたので拝観しなかったのですが、こちらの方のページにあるようなお面のようですね。それでつまり、あのアテルイさんを模したものでは、ということだったのですねー。

で、このアテルイさんの塚が大阪は枚方にあるということなのですが、それも実は捏造では?という意見もありますが、要は心意気だと思いますよねー。やはりこうがんばって一族を守ってきた方に対して共感するというやさしい気持ちからは戦争を生まないですものね〜。

しかし、やはりこう数百年前まではとっても人間野蛮であったということで、歴史を調べるということは今をよりよく生きことにも非常につながると思いますね。自殺だ殺人だーってやらなくてももう権力者の中で横暴な方もいましたから、ほんとこれが夢でなかったら人生やってらんない!という一生を送った勇気ある先達さんが多かったように思いますよねぇ〜、その分今が平和だと思いますし、もっと感謝もしないといけませんよねー_(._.)_。



さて、では少し目次から引用いたしますと、

・松前藩、百六人を処刑−蝦夷キリシタンの殉教

・生贄になったアイヌ娘たち−矢越岬の海中へ突き落とす

・国後目梨事件のアイヌを処刑−和人殺害の首謀者ら37人

・苦渋を重ねた静内移住−稲田騒動の果てに

・土工を酷使して殺害−恐るべきタコ部屋の実態

・労務隊長、警察官らを殺害−三菱大夕張で中国人労務者暴動

…他、ということで、大変だったのは北海道に限ったことではないと思いますが、やはり差別やさまざまな事件に巻き込まれてということも多かったのだなぁ〜と読んでいて思いましたね。

その中でもやはりアイヌの方に対する差別はひどかったようで、その代わりにというか、当時蝦夷地を支配していた松前藩にはお家騒動があったり、噴火や大津波にあったりともうさんざんだったようですねー。

では国後目梨事件についてですね、


事件は寛政元年(1789年)に起こった。したがって「寛政の蝦夷騒乱」とも呼ばれる。蜂起の背景になったのが和人の道東、千島への進出だった。

安永三年(1774年)飛騨屋久兵衛が南千島の国後場所を請負い、さらに厚岸、霧多布、釧路などの各場所にも手を広げて東蝦夷地一帯の実験を握ると、巨額の資本を投入して漁業経営を拡大した。

アイヌに対してはそれまで実施してきたオムシャと称す交易儀礼さえ廃止し、安い報酬で酷使した。中にはその報酬をごまかして少なく渡すほどだった。余りのひどさに抗議すると、「生意気なことを言うなら毒殺か、釜で煮殺すぞ」と脅した。

アイヌたちの不満は高まるばかりだった。

そんな時、国後の運上屋から酒をもらって飲んだ国後トマリの長老、サンキチら二人が、急に苦しみだして絶命した。

「和人はわれわれアイヌを皆殺しにするつもりだ」

アイヌたちは憤慨し、結束した。

寛政元年5月5日、国後のアイヌたちはいっせいに蜂起し、運上屋を襲って松前藩の足軽、竹田勘平をはじめ22人を殺害し、金品を略奪した。勢いに乗ったアイヌたちは対岸の目梨へ渡り、オロマブ(現在の羅臼)コヌタカ(現在の標津)のアイヌと呼応して、沿岸沿いの番屋を片っ端に襲撃して番人36人を殺し、さらにコタヌカに来航していた飛騨屋のもち船「大通丸」を襲って、乗組員13人を殺害した。

…一方、助かった和人から騒乱の事情を聞いた厚岸の首長イトコイと国後の長老ツキノエは、このままでは泥沼の闘いになると判断、騒乱者を集めて松前藩に差し出して事態を収拾しようと企て、山にこもった蜂起アイヌたちに、「私たちが責任を持つから出てくるように」と降伏を説得した。

これに対し蜂起アイヌ約二百人がノッカマップに出頭して降伏した。

ところが寛大であると思われた松前藩の処分は想像以上に厳しく、武器を没収した上、首謀者八人と、和人を殺害した計37人を死刑にした。…ノッカマップは殺されたアイヌたちの地で赤く染まり、見るも無残な情景だった、という。



とのことで、いやーやはりこう欲得ずくであこぎなやり方で商売しようする人、というのが戦争を作り出しますよね。北方領土がなかなか帰ってこないというのも、実はこのような事件の思いも関係しているのでは?と勘ぐるわけですが、どうなんでしょうねぇ…、今後も引き続きアイヌの方々の生活や精神文化を学んでいくことができましたらと思います。

ちなみにシーボルトのこちらの絵図みましても、本当に素朴な生活だったんだなーと当時を垣間見ることができますねー。

Posted by fy3on3 00:14:13Comments(0)TrackBack(0)

 あなたが「宇宙のパワー」を手に入れる瞬間 永遠に続く幸せの源泉 ディーパック・チョプラ/著 大和出版

2008-01-14

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はいー、結局急遽予定しておりました出雲-九州巡礼も、諸事情とやっぱりこの時期寒いかなー?ということで、春に延期になりましたね、次回は梅や桜前線とともに北上致しましょう(18きっぷで^^;)。

>

さて、実は今月二十日には、写真にあるように、このえらく寒い中、東京タワーのふもとでエイエイ!っと水かぶって寒稽古することと相成りましたね(^^;)。

わたしも本格的なものは初めてなのでどうなのかー!っと思いますが、まぁ先達さんの後について大勢の方とご一緒に行うので、何とかなるかなーと思いますが、どうでしょうねぇ(^^;)。とにかく心身ともに、さまざまなオーラの汚れを禊いで今年一年も皆様とともに元気にと存じます(^^)。

>>

さて、この本ですが、もうもう大人気で、やっと予約の順番が回ってきた!のですね。では今回も早速良いところを引用させていただきましょう!

私たちには物質的な目標があります。たとえば、もっとよい家が欲しいとか、もっとよい車が欲しいとか、贅沢品の数々など。

私たちには人間関係における目標があります。私たちは安全と感じたいし、所属していると感じたいものです。

私たちは、自分自身を自由に、創造的に表現したいと感じます。私たちのうち何人かは、富や力を欲しがるかもしれませんし、名声を求めるかもしれません。

しかしその人たちに、なぜそういったものが欲しいのかを質問すれば、究極の答えはやはり同じなのです。彼らはそれらのものを手に入れれば、幸せになれると信じているのです。

人々に話をするうちに、私は「幸せを第一目標にすればいいんじゃないか?」「なぜ幸せをすべての二次的な方法を通して求めるのだろう?」と考え始め、さらにもっと興味深いことを発見しました。

もし、私たちが幸せを二次的な目標ではなく、第一目標にしたら、私たちが望むすべての事が簡単に達成できてしまうのです。


…ということで、理由のある幸せ、というものはとてもはかないものだ、だから理由のない幸せ、というものが、実は私たちが真に体験したいものなのだ、とおっしゃてますね。「理由なき反抗」ではなくて「理由なき幸せ」ですね(^-^)。

そういえば私たちは小さいころから誰かに「あなたはいつでも不幸だ、がんばらなくてはいけない、なにかを恐れなさい。」と思い込まされているようにも感じますねぇ…。だから自分に力がないと感じてしまって、自分を守るために武器などを持ちたがるわけですねー。

しかし、チョプラさんはこう言ってますね。

私たちは死なない

…次に、「私はどこから来たのか?」という問いに対する答えは、「私はどこから来たのでもない、なぜなら、私は常にここにいたから」です。

体はやってきては去っていきますが、『私』はつねにここにいるのです。

私は時間的には、始まりも終わりもないところからやってきました。私が行く場所も同じところです。ご紹介したように、空間や時間の中で特定の場所など存在しないのです。非局在的な宇宙の中では、どこにも行く先がないのです。

そして「自分の人生の目的は何?」それは幸せになること。宇宙の進化と創造に喜んで参加することです。

人生は、偏在するスピリット(または意識)によって想像され、思い描かれるものであって、すべての世界はスピリットの想像上の形、つまりスピリットの自作自演の演劇です。

最終的にはすべて意識が演じていることなのです。

そして、

「自分が死ぬとき、何が起こるのか?」

という問いに対する答えは、

「何も起こらない。なぜなら私は死なないから」

です。

純粋意識は表現されるのみで、破壊されるということがないのです。

これを知ることによって、死に対する恐怖から解放されます。宇宙の中のどんなものも今までに失われたものはなく、変化しただけなのです。…


…、という感じで、いやーこの世は神様のような自分という意識がが見ている「夢」のようなものだーって、おっしゃってますねぇ(^o^)。ですからどんなことがあっても実は織り込み済みですし、予定調和なんですね。ですから何でも起こることは「受け入れ」ましょう、という発想がでてくるのではとおもうのです。あきらめてしまう、というのではなくてですね。一人ひとりがこの世界を結構ダイナミックに創造しているわけです。

んでもって、人間やっぱり死なないわけですから、こりゃー永遠の命をもらっているので、人生の「旅の恥はかき捨て」にはできないわけですね、もうそれがわたしなどもなかなか大変なわけですが(^^;)、一つ一つカルマを返していくわけです。



またこの本で面白いのが「時間の定義」なのですが、これは相対性理論とか量子力学とか少し知っている方には常識なのですが、

物理学者たちは「時間」という言葉を使わなくなりました。彼らは、時間とは関連性の現象であり、絶対的ではないと知っているので、「時空間」という言葉を使います。

地軸を中心に自転しながら太陽の周りを時速何千マイルというものすごいスピードで移動している地球という惑星の動きが、私たちの時間の体験を作り出します。

しかし時間は幻想です。それは、私たちが認識、体験する変化や物事の関係を説明するために使う内側の対話のようなものなのです。


…ということで、時間の概念がない人は年を取らない、とも書いてありますね(^^;)。「人々が年を取って死ぬ唯一の理由は、ほかの人が年をとって死んで行くのを見るからだ。」という方もいるそうです(^-^)。

また私も「時空間」という言葉はあまり使いませんが、「自遊空間」というネットカフェはよく使うんですね(^^;)。

で、そこで一生懸命個室でネットしていると、時間を忘れてもう朝!とかなっていることも多いですねー。そんなことして夜更かししているから白髪も最近増えちゃって、思うのですが、気持ち的には「青春18」才の浪人生みたいな感じですから、まぁ時間に縛られていないと若い気持ちを保てるかもしれません、このままずっとのんびり生活していればだいぶ長生きしそうか?といえばどうかわかりませんが(^^;)、病気にはなりにくいかもしれませんねー。



というわけで、いやーほんとよい本ですねぇ〜、こうして自分の本当の姿、神秘性を確認することによって、野暮な考え俗的な思考によってオーラが曇らされるのを防ぐことができますねー、ですのでまた何かに迷って初心に帰る必要があるときは、このような本もお勧めです(^^)。

Posted by fy3on3 18:50:51Comments(0)TrackBack(0)

魂の伴侶と出会う旅 (ドリーン・バーチュー 著  宇佐 和通 訳 /クレイヴ )その4。

2008-01-12

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はいーこの間、品川のいつもの場所でわいわい鑑定をしておりまして、ひと段落してお手洗いに立って歩いていったら、少し離れた席に、なんとあの宮本亜門さんが、スタッフの方々と座ってお話していらしたのですねぇ〜。ですからミーハーな私は「おーっ!」と思ったのですが、

で、席に帰ってきてご一緒させていただいたクライエントさんにもその話をすると、「へぇ〜」という感じで最初感心されたのですが、それもつかの間、帰りにその方がその彼を見ておっしゃるには、

「いやー、野中さん、あの方は、最近よくテレビで見る、『オカマのダンサー』の方ですよ。(原文ママ)」

ということだったのですね…、そうですかー…。

でも、そんなにオネエ言葉でおしゃべりになっていなかった感じもするのですが…(^^;)、でもそういえばこちら公式ページに乗っているお写真よりもだいぶ色黒な方でしたから、わたしもまだまだですねー、それにしてもそのダンサーの方ってどなたでしょうねぇ(^^)?



さてこの本の続きですが、この本にはさまざまな天使からのメッセージも載ってますね(^^)。

あなたの怒りの感情は、腕につけている時計によってコントロールされているものですか?長針と短針によって示される時間があなたを駆り立て、急がねばならないという気にさせられますか?私たちから見ると、あなたはいつも時間にせきたてられています。

時間によって人間が管理されるような状態を許していて良いのでしょうか?あなたは、自分自身を時間と合わせるために膨大なエネルギーを使っていませんか?

あなたが肉体を持って生きている理由は、時の流れを真似することではありません。喜びの息吹を感じ、与えられた創造力をいかんなく発揮することに価値を見出してください。

そうでないと、時間というもののの本当の価値を知ることはできないし、時間に押しつぶされてしまいかねません。抑圧から創造は生まれません。

あなたの心は、時間に拘束されるためにあるのではないのです。時間に制約されることによって失うものは、あなたが思うよりずっと多いことを忘れないでください。

ほんの一時間で結構です。腕時計を見ないでください。そして、時間について何も考えないようにしてください。あなたの中でゆっくりと流れている意識に気づくのです。

創造的なアイデアが生まれるのは、ゆっくりとした意識の流れの中でしかありません。


…ということで、なるほどですねー、あせって日々送っていると、生かされている感謝の気持ちをはじめ、大切なものを忘れがちですよね、またガイドさんからの良いインスピレーションを見逃しがちの様な気がしますね。さらにあせることによってイライラオーラを作り出してしまうようにも見えます。

やはり「この世は夢」のようなものなので、物質的にはいつまでも何かをつかんでおくことはできないということなのですが、人間として生きている間でも、さまざまな負担をなるべくはずしていくと、私たちもある意味ガイドスピリット脱退時もあるわけですから、このような天使さんのような気持ちを思い出しながら、生きていくことができるかもしれないなーと思いました(^^)。

Posted by fy3on3 23:58:30Comments(2)TrackBack(0)

魂の伴侶と出会う旅 (ドリーン・バーチュー 著  宇佐 和通 訳 /クレイヴ )その3。

2008-01-11

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はいーまぁ私ももうすぐ40になろうとしているのに今生では結婚もしていないなんて、何の前世の因果であろうか〜っ!と思うまもなく、お弁当屋さんで「カキフライめんたい弁当(大盛)」を毎日頼み続けるしがない人生を送っておりますが(^^;)、

そういえばそうそう、江原さんもよく講演でおっしゃってましたねぇ…、

「お母さんの手料理は子供との絆を深めます。でも最近は便利だからといってお惣菜ばかり。しかし、お惣菜屋さんのおばちゃんと絆を深めてもしょうがないでしょ?」と…。

ふむーそうかそうか、それはそうですなぁ〜、やはり身内の方と私も絆を深めるべきですよね、と帰りにトボトボ歩きながら考えていたら、ふと解決策が見つかったのですが、それは…、

「いつも行っているお弁当やさんのおばちゃんの娘さんと結婚して、義理のお母さんになってもらう!」

ということですね。こりゃー親子の絆が日々深まりそう(割引もされそう)でよいですなーと思ったのですが、

「結婚したなら、その嫁に料理つくってもらわんかいっ!」

…って、さまぁ〜ずの三村さん並のツッコミがどこからか入りましたよね(^^;)。またいやいや、

「なら嫁は『弁当箱入り娘』かいっ!」

というツッコミでもよかったのですが、このくらいのネタでは永遠に敗者復活できませんよねぇ〜(^^;)。



というわけで、先のM-1もあまりお笑いの方が出ないような東北出身の方が優勝なさって、ほんとに喜ばしいですねぇ!と思うのですが、こちらの富澤さんのブログでは霊能者さんのお話ものっていましたね。

なかなかスピリチュアルな感じでなるほどーと思いますが、予言的なものに関しては、あのブラジルの方同様、本当にどんどん運命は変わっていくので、今見えていたとしても変化しますから、いたずらに怖がることなくよい方向に努力すれば何でも大丈夫ですよね(^^)のんびーりと思います。

>>

さて、いよいよ本題の本に入る前に、図書館で予約していた「 幸福論 (須藤元気著)」が借りれたので、少し引用しておきましょう、お遍路さんの道すがらに出会った人や気がついたことがブログ風に気さくにかかれていて、とても面白かったですね(^^)。

自分が何を楽しいと思うか。今、何をすることが一番ワクワクするか。それを基準に仕事も日常も生きることが、人生うまくいくコツでもあるのだろう。

自己を抑制するばかりでなく、自分の楽しさを大切にしてもいいのだと思う。

自分が楽しまなければほかの人を楽しませることはできない。これは恋愛でも同じことが言える。

僕も高校、大学のときに好きだった娘(高田さん)(安田さん)とデートすると、いつも相手は楽しんでいるかどうかばかり考え、きくしゃくしてしまい、それが裏目に出て桜が散った。

結局、大事なことほど自分が楽しむことを意識すればうまくいくのである。


という感じで、なるほどーそうですよねー、自分が楽しいことは何なのか?を自分で見つけられるような感性を、「どうせやっても無理」などと、親や周囲がまだ子供のうちに抑えてしまっていることは、実際多いのではないかなーって思いますよねー。またご結婚してからパートナーの無理解により我慢してしまう、ということもあるようです。

またそうして周囲にあわせてばかりでもストレスがたまって、こちらや、こちらの記事のような感じのことも…?と思いますので、ふむーやはり如何に今生でもできる限り自己実現してあの世に帰るか?ということを常に考えて生活していくのは重要なことかもしれませんねー?

>>

さて、いよいよこの本ですが(^^;)、エンジェルカードでも有名な方ですよね、で、書いてあることもいやーとってもよいですね、早速引用させていただきましょう(^^)。

ある日、自分が書きとめた天使の言葉を読みながらペットの雄猫ロメオを何気なく見ると、全身がぼうっとした光で包まれていました。

驚きと嬉しさで息が詰まりそうになりながら、オフィスに飾った月下香の花に目をやり、無意識に精霊の姿を探していました。それまでの私になかった行動です。

そしてティンカーベルのような姿をした精霊をはっきりと見たのです。

蛍のように美しく、小さな存在です。「はっきり」といいましたが、それは正確ではありません。私は、心の目でも見ていたのです。



天使に言わせれば、人間はあえて困難な生き方を選んでいるようです。思いや祈り、そして示現の力を使う代わりに、耐え難い仕事を黙ってこなすことなど、天使にとっては考えられないことなのです。

私たち人間に密度が高い肉体を与えられている理由は、あえて困難な方法で物事をこなそうとするからです。人間の肉体は、物質主義で硬化してしまった考えてできている、といえるかもしれません。


という感じで、なるほどーやはり精細な波長を感じ取れる状態ですと、やがて小さなオッサンも見えるようになる、ということのようですね(^^;)でも、心で見ている、ともおっしゃてますが、私もまさに心で感じるというか、ちょっとこう気に留めなければ忘れ去られてしまうような感覚をつかんでいくと、ちゃんと信号は送られているんだなぁ〜と安心して毎日過ごすことができてきますよね(^^)。

またそうですね、人間はホント気苦労をしすぎで、またかこのことやプライドや許せなかったことを開放できないせいでだいぶ肉体が硬化しておりますよね。

それがオセロの黒いほうの人のように、赤黒いオーラのくすみとしても現れるわけですが(^^;)、それがない人ほど確かにこだわりが少ないですね、でも白い人のように、あまりにも自分がないと、人についていくだけになってしまって主体性がなくなりすぎてしまうこともありますから、やはりバランスが大切ですよねーと思います(^^)。

ではこの本にはさらによいことが書いてあるので、また次の機会にもと思います(^^)。

Posted by fy3on3 00:47:39Comments(2)TrackBack(0)

美輪明宏からの遺言"ブラボー日本"(TBS)

2008-01-10

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いやー正月明けてからヘヤカット1000へ行ってスッキリしたのはよいものの、なんだかスースー寒いですねぇ〜って感じになっちゃったので、頭から風邪引かないように帽子かぶって寝ようと思います(^^;)。



で、今日はいきなり「スピリチュアル小ネタ」になるんですが、そういえば私のオーラの見方が独特なのかなんなのか、たとえば動物さんいますよねぇ東京にも、猫とか犬とかのペットですね。

で、オーラを見てみると基本的に「ペットは飼い主に似る」ですよね、もうそっくりになりますね。

飼い主さんががんばりすぎなガンコな方なら赤やシルバーオーラ、逆に人懐っこい、たとえば知らない人にも擦り寄ってくるような猫ちゃんやワンちゃんの場合は、緑や紫の優しいオーラ、そして飼い主さんもそうだったりしますね。公園の猫ちゃんなどは、猜疑心が強くて結構気が強いオーラですよね、ですから粘り強くエサあげながら近づいていく必要があるわけです(^^;)、またカラスさんなども、田舎のほうがのんびりオーラだなーと思うことが多いですよね(^-^)。

で、私も勘違いもあったりするので、べつに自慢とかそういうのではないですが、少しいろいろわかる方なら、その場にいなくても、また写真などなくても、ペットのオーラまでもわかるようになりますから、そうすると飼い主さんのプライベートな生活がどうなのか、ということもそこからわかってきたりしますね。

職場などでは元気にやっていても、実はがんばりすぎで家でヘターっとなっている方は、その疲れをペットさんが吸い取ってくれているようにも見えますよね、またいつもしかったりイライラをぶつけたりしていると、そのペットのオーラも赤黒くなってしまったりします、そうすると尿管結石とか、腰をわるくしたりしますよね。そのほかいろいろな飼い主さんの欠点をそのまま映し出してくれますね、とうぜんマイペースに飼い主さんを癒してくれるオーラを出してくれるペットも多いです(^^)。

またそれは動物さんだけではなくて、植物でも、真身ににつけているアクセでも、また携帯などでも、友人関係によりいろいろべっとり、という方もいらっしゃいますが(^^;)

まぁそのようなことも徐々に、年がら年中「この世は夢」と悟り、スピリチュアルな生き方で気持ちすっきり切り替えていくようにすると、わかってきたりしますから、また次回の講座からは、その方のタイミングによりけりですし、私の独善的なものになのかもしれませんが、ある程度実用的なオーラ診断法なども教授させていただければと思っております。

でも、これをすれば得をする、この日時にこの売り場に行けばオーラが明るいから宝くじが当たる、というようなこないだのようなテレビ向きな感じではないですね(^^;)。

すべては夢、すべては幻なのだけれども、多く受け取ればまた多く返さなくてはいけないカルマの法則も働いているので、多く愛情を受け取りたい!という方はまず多く愛情を与えればよいという、そのようなことを学ぶよすがになればと思っております(^^)。



さて、この番組ですが、やはり美輪さんいいですねぇ〜聞いていてスッキリですね。またパネラーの方もオーラに出ていた方が多かったですねぇ。

○ホモセクシャルとして生きることについて、

・人間が人間を愛しているという図式に変わりないわけでしょう?自分が人間的にちゃんとして生きていればね、なんの恥じることもないのよ。

○霊が見えているのか?

・上から指令がくるのよ。見て見ぬふりをしていると金縛りになっちゃうのよ。そうするとみえてくるのよ。

・日本の閉塞感をなくすためには、日本文化を取り戻すこと。

また「女性の品格」坂東眞理子さんもゲストでいらしていて、

自分が、自分が自分が、というのが品格がなくて、社会を良くしたいとかという風に、考える気持ちが品格なんだと思います。



とおっしゃってましたねぇ〜、それでまた美輪さんが、礼儀についても、

若い人たちはね、親のフリみて子は育つんですよ。

まぁねぇ、中年の人たちの慰安旅行、みんな新幹線でも傍若無人でもう大声出しちゃって、「あのー、美輪さんサインしてください」って言うのもね、若い人たちは枕詞がつくの、「お忙しいのにすみません」とか。

でもオッチャンオバチャンですよ、「ホラ握手、握手握手!」って、こうやって来るんですよ。行儀が悪すぎる…。

ですからまずね、中年以上の連中をね、全部ね、もう一度義務教育を設けて、そこで人としての基本を教えるべきですよ。



と、おそらくほかにも、今回は「遺言」ってくらいですからもっとズバっとおっしゃっていたのが、いろいろなからみでだいぶカットされてしまったような感じが、進行の石原良純さんの雰囲気からも見て取れましたが(^^;)、

なかなかそうですねぇ〜、実は物質的に苦労してがんばりすぎてきてしまった方々は、ちょっといろいろ忘れてきたものも多くなってしまったのかもしれませんよね?(^-^)隠れてこそこそしてしていても全部わかってしまっているので、ぜひ今後とも隠し事ない人生を後れればと思っております(^^)。



さて番組はがばいばぁちゃんの再現ドラマがそのあとあって、もう少し続くようですね、次回にまたと思います(^^)。

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魂の伴侶と出会う旅 (ドリーン・バーチュー 著  宇佐 和通 訳 /クレイヴ )その2。

2007-12-29

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はいーまた少し間が空いてしまいましたが(^^;)イヤー年末で東京はどんどん人口密度が低くなっている感じでスッキリしてきましたねぇ。昨日なども銀座をそぞろ歩きしておりましたが、クリスマスを終えるとやはりのんびりした感じですものねー。

そんな感じで、お誕生日も個人的にいろいろお祝いいただき誠にありがとうございました(^^)。なかなか歳を取ったという実感がないのですが、体力だけは落ちているなーという感じなので、来年はぜひ年甲斐もないひとりオフ会イベント(一合目から日帰り富士登山、神社巡礼マラソン、寒稽古)などを引き続き行って、健康に気を使いながらオーラも輝かせるようにできればと思っております(^^;)。



さて、お話は少し前回と重なりますが、渋谷区にある放送局で『ドキュメント にっぽんの現場』という番組、ちょっとあの中島みゆきさんのテーマが流れていた番組のリアルタイム版という感じで似た雰囲気でしたが(^^;)、たまたまそれが録音されていたので見ていたら、

こちらのシアタークリエっていう、日比谷芸術座の後に出来た劇場のことを扱っていたのですね。

で、支配人の方ほかメインのプロデューサーがみな30代の女性の方で、劇場も若い女性の方向けに作られたということのようなのですねー、女子トイレだけでも18ブースもあって、またスイーツや周辺のお買い物情報なども発信するなど、なるほど女性の方ならではの発想に感心しましたねー(^^)。

で、いつものとおりスタッフの方々などのオーラを見ていたら、やはりみなさまスゴいんですよねーお若いのにぜんぜんこう曇りがなくて輝いていて。少しは気負いや緊張があるかと思いきや、いろいろな困難もどんどん前向きに取り組んで何とかしちゃうという感じで、

そういったところは一概には言えませんが、同世代の男性よりも肝がすわっているのかな?と言う感じも致しましたねぇ…がんばれ男子、とも思いますが(^^;)、前世含めて考えますと、現代はいままでで一番女性が前に出て活躍できる時代だったりするかもしれませんので、さまざまな経験値が豊富で、さらにご苦労なされたたましいの方が多く出てこられているのかもしれません(^-^)。




また杮落とし公演が大分県出身のユースケさん主演で同じ九州男児の川上音二郎さんのことを上演する、ということでまぁまたそれも縁がある感じですねー。音二郎さんもだいぶ変わった人だったようですが、こちらみてもユースケさんもですよね(^-^)。

「恐れを知らぬ川上音二郎一座」記者会見!

三谷さんも当然すごい方で、ほんとにこう舞台というのもケミストリーが働いてすごいパワーを作り出すのだなぁと思いました。ですから観客の方も元気をもらって帰ることができるんですよね、でないとうん万円もチケット代払わないですものねー、私が申し上げるのもなんですが、確かにそれだけの価値があると思います(^^)。ちなみに音二郎さんのお墓のある承天寺さんもこりゃなかなかの名刹ですねぇ。

で、ある意味、会社というのも、社長さんと社員さんが一緒に作り上げるというところもあるので、普通の仕事自体もこうテーマ、目標を持ってみなが集中していくことで、すばらしい業績をあげて、社員さんも良い人生が送れるのかなーとも思います(^^)。また写真は四条京阪のところの「出雲の阿国」さんですね(^^)。

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さて、こちらの本も、前回は広島まで持って行っておきながらやっぱり寝てしまって内容書けなかったので上げますが、結局来年に持ち越しになりそうですね(^^;)、つづきます。

Posted by fy3on3 23:46:25Comments(0)TrackBack(0)

魂の伴侶と出会う旅 (ドリーン・バーチュー 著  宇佐 和通 訳 /クレイヴ )

2007-12-12

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はいー、昨日今日と受講生の方の面接を行っておりますが、立て続けに行うとまたくたびれた〜!というよりは、皆さんとても古くからの知り合いのような気分がしてきて、元気が出てきますよね(^^)。

このような講座にお出になられるというのも、きっと前世でのご縁もあってと思いますので、引き続きまた末永くスピリチュアルな生き方をなさっていかれればよいなーと思います。



さて、場所はいきなり飛んで今日は京都からなのですが、いつものネットカフェですね(^^;)。もう三時なので意識が朦朧としているのですが、何でそんな時間になっているかと申しますと、写真を見てもお分かりかと思いますが、とうとうセカンドライフを本格的に始めまして、その中でさきほどチャット鑑定をしていたからですね(^-^)。

「3Dのアバターなのにオーラわかるの?」と疑問に思われるかもしれませんが、いやいやー、もう実はお二人さま拝見してさせていただいたのですが、結構評判よかったので(手前味噌)、こりゃーぼちぼちできるかなーと手ごたえをつかんでおります(^^)。

とはいえ、セカンドライフ自体まだマイナーなので、じっとひたすら待っていてもぜーんぜん人が来なくてさびしい限りなのですが(^^;)、そんな見た目逆風の中、最初は関西SIM(島)のひとつ、Umedaさんにて土地をお借りして、神社を建ててみましたー。

セカンドライフ ウォーカー

この建物なども、本当にすごいアーキテクトの方がいらして、その方から購入したものなのですが、なかなか本物そっくりにできているので感心しました、お賽銭箱もちゃんと機能しますし、神宮大麻もちっちゃーいんですけど、細かいところまで凝って作ってありましたね(^-^)。

ですから、どんどんほかのお店回っていろいろ購入していけば、大体丸一日くらいで写真のような感じまでわたくしのような初心者でも出来上がるのですねー。費用にしても、飲み代一回分くらいですみますので、ほんとに安いものですね、土地代も今住んでいるところの家賃の100分の1ですから、まぁホント助かります、リアルでもそのくらいの家賃ならだいぶ人生エンジョイできるかとも思うのですが(^^;)。

これで、東京にいながら梅田にも住める、ということで、今後関西弁バリバリになりたいかと思うのですが、あまりチャットでバリ関西弁という関西人の方もいらっしゃらないようなので(^^;)まぁ普通にお話しております。またボイスチャット機能も使えるようになってますから、実は電話会議のようなこともできますよねー、これからに期待のようです。



でも、何でわざわざいまさらセカンドライフ?あなたもヒマジンオールザピーポー? とも言われそうですが(^^;)、

いえいえ、今回導入した第一の理由というのは、普段小心者だからリアルでは行けないエロなところへ行ったりやばくちしたりするためではなくて(^^;)、

もうそうですね、セカンドライフは映画「マトリックス」の世界そのものなわけですから、それをどんどん体験してみましょう、というのがメインですね。またやはり非常に霊界というか幽界というかに近い場所であるのでは?と思うのですね。

ですから、思うがままにテレポートして、どこでもドアのようにすぐに思った場所にいけますし、ドラゴンボールのようにポンと簡単に家が建てられたりもしますね。それにしてもいろいろなパーミッションというか、いけないところもありますけれども、それも霊界でのレベル分けみたいなものということで、考えると面白いですよね。また常に居場所も座標軸によって測られますし、アリバイもアドミンさんにはバレバレなわけですから、それもこの現世と実は同じ、ということもよくわかるわけです。

またSL内の造形物なども、私たちがこの世でいろいろ見聞きしたもの、勉強したものから得た意匠を基にして大体作るわけですよね。

よく江原さんもあの世に行った方もこの世と同じように家に住んで、いろいろ仕事をしている、なんておっしゃってますが、やはり実際そのようで、実はこの世もあの世もあまり変わらない、でも、現世ではすこし努力が必要、現実化するのに時間が必要だったりするのが、霊界などでは結構早くできるから楽、というのはあると思います。

ですから、セカンドライフ内でもどのように活動するか?というのは、もともとクリエイティブな思想がない方には自由すぎてしまって、やらなくなってしまう。あまりにも自由だと人間つまらなく感じてしまう、というのは、あるのかなーとも思いますね。日本の方は英語があなるできないからとかいう理由もあるかもしれませんが(^^;)。

でも私たちも霊界などがあまりにも自由すぎて、同じ考えの方同士しか集まれないので、わざわざ現世に降りてきた、ということですから、まぁやはり自分で選んできたとはいえ、不自由すぎるこの世でなんだか行き詰ったときには、このような仮想的世界、でも実はそのほうが魂の実相的世界に近い、というところを体験していくと、例の「この世は夢」ということも体感的にわかってくるようになるのではー?って少し思うのですね(^^)。

で、結構はまっていろいろやっていると、出会う人もあー女性の容姿をしているけれども、ふむー実は男性が操っているのでは?といろいろ外見では判断できないことも多かったりして警戒感が増すのですが(^^;)、

それは現世では結構容姿で判断しがちな人にとってはとても勉強になることだと思います(自分か?)、でも、例のごとくまたオーラを見ていくと、あーこの方はちょっとなるほどな方だなーということもわかってしまうというか、なので、これまた便利といえば便利かもしれないのですが、


それはまたネットオークションで、この人は危険なにおいがするから取引をやめておこう、というとそのとおりだったりするとかいうことにも応用が利いて便利だったりもするわけですが(^^;)、

この前のオーラの泉のゲストの秋吉久美子さんのように、つまり人間というのはそのように原始人てきな感覚をもっていたのを、失ってしまっているので、もっとこう表面的にはおんなじだけれども、実はそれがかもし出している雰囲気を読むようにしていく習慣というのを、よりつけていくことが良ろしいのではないかなーと思うのですね。

一朝一夕にはできないわけですが、その準備段階として、例のピカーっと自分のオーラのくすみをまず取ったり明るく前向きに常に考えるような心がけをつけるというのはあると思うのですね。

ですから講座などでもやっていただいておるわけですが、その準備ができて、「すべては自分の一部」ということがわかってきた段階で何が来ても物怖じしなくなると、じょじょに物事を常に客観視できるような度胸もできて、

自分自身のことがどう思われようが、人になに言われようが、この世界は自分の認識しだいでどのようにも変わるということもわかるので、常に静謐さを保つことで、自分以外の波のさざめきがわかってくるようになる、それがオーラの読めるような状態なのではないかなー?と思うのですね。

…とはいえ、自分自身がいつでも冷静で、というわけではないので、実はあまり高度なことはオーラ視にあたっても要求されてはいないと思いますが(^^;)、やはり一番できなくてはいけないことは感覚の鋭敏さを高めることも大切ですが、「浄化」なので、

それをするには、常に波長を高く保つ、ちょっとしたことでイライラしないなど、マイペースをキープしながら毎日過ごしていけるような心構えも必要になるとは思うのです。

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というわけで、だいぶとりとめのない前置きが長くなりましたが(^^;)続きます。


つづきます。

Posted by fy3on3 22:35:53Comments(2)TrackBack(0)

ユダヤ人 大富豪の教え(本田 健 著・大和書房

2007-12-06

さて、12月にはいってブログサボっていたらあっという間に一週間たってしまって、オロオロするばかりですね(^^;)。

そんな年末歌合戦の出場者も決まってきた中、今年の年越しオフ会場所も、やっぱりご遷宮真っ最中の「伊勢神宮」ということに決定いたしました(^o^)/。

今年は例のお餅がなくても、その本店隣にある「すし久」がありますね!てこね寿司はいつ食べてもおいしく絶品ですねぇ、元旦もちゃんと営業していると思いますから(たぶん)早速お昼に頂きましょう(^^;)。



写真は天岩戸神社ですね、さてこの本ですが、スピリチュアルなことが流行する前、つまりオーラの泉以前にベストセラーになりましたね、でも内容はだいぶスピリチュアルなものなので、久々に白金の古本屋さんで買ってみました(^^;)。




・実業家として成功するための3つの要素

1.目標に向かって、戦略を立てること。
2.そして実行すること。
3.悩んでいないで、やり遂げる情熱を持つこと。


・困難にぶつかったとき、クリエィティブなアイデアを出せるかどうかが成功への分かれ目。


・どんな実業家も、人の応援なしに成功することはできない。




・自分の人生に100パーセント責任を持つこと。自分の人生で起こることに自己責任を持つこと。




・幸せに成功したければ、自分らしい人生を生きることに集中して、お金のことや成功することを忘れることが必要。



・お金儲けのことばかり考えている連中より、仕事が大好きでしょうがない人間のほうが成功する。



・現在の世の中は、経済価値や喜びを与えた人間が豊かになるようになっている。



・自由人の人生には『しなくてはならないこと』がとても少ない。


逆に不自由人は、自分で自らを不自由にしている。夜や週末の時間を平日の仕事の宇佐晴らしに使ってしまっている。自分を変革する面倒な作業よりも、日々の生活に終われるほうが良いと思っている。その人が真剣に人生を変えようと決めるまでは、何も変わらない。



・夢を追いかけるのを忘れて、安定した人生を選んだ人間は、言ってみれば『退屈な人生を生きる終身刑』を自らに課しているに等しい。



・自分が好きな仕事とは、わくわくして興奮するものというよりは、静かで、落ち着いたもの。周りの人間が評価してくれなくても、それをやるだけで楽しくてしょうがない、時間を忘れてしまう、そんなこと。



・子供にしてやれる最大の贈り物は、自分が好きなことをやって生活する姿を見せること。

・大好きなことにめぐり合う一番の方法は、今やっていることが何であれ、それを愛して全力投球すること。

・思考が人生を形作り、感情が人生をコントロールしている。

・お金は、感謝と愛情の表現として使うもの。

・金持ちになった人たちは、お金のなかったころから収入の10%を寄付していた。『お金持ちになってから寄付しよう』という言葉の裏には、今は自分にはその余裕がないというメッセージが隠されている。

つまり、自分には富を生み出す力がないと宣言していることになる。『人と分かち合うことで僕はますます豊かになる。自分には無限の富を生み出す力がある』

・人は人を喜ばせた分だけお金を受け取れるようになっている。

・達成できたことと、できなかったことのリストを作る。

達成できたことを見ると、自分の望んだ現実が確実に手に入ってきたことがわかり、

達成できなかったことを見ると、大きい目で見れば、自分の幸せ度はあまり変わらなかったことに気づく。また実現しなかったことによって、より大きな学びがあったことにも気づく。

目標が達成したところをイメージし、潜在意識に植えつける。

周りの人すべてに支えられて、今の自分があるという風に感謝して毎日を過ごす人間と、「これは俺がやったから、これくらいの成功は当然だ」と傲慢に開き直る人間とでは、将来差が出てくる。

・決断というものに失敗はない、そして一度決めたら断固たる決心で進むべきだが、実際の人生では、間違ったり、失敗しなければ何も学べない。

・失敗とは、あきらめてしまったときにのみ起こる現実だ。だから現在に意識を集中し、心から楽しめることをすること。自分が失敗しても、それを受け入れ、愛することができれば、それを恐れることがなくなるもの。


・実は人生に良いことも悪いこともまったくない。『悪いことが起こりませんように』と恐怖の中で生活していくか「私の元にくるものはすべてベストなんだ、すべてを受け止めよう」という態度で生きるかでは、心の安定がまったく違ってしまう。

・批判は、単にその人が物事をどう考えているのかという意見表明に過ぎない。自分の価値とはまったく関係ない。そのような批判する人を恨むのか、儀彼らに心から感謝できるのかで、その人の器が決まる。

・恩人には3つのタイプがある。

1.心から応援してくれる人。
2.ネガティブなことを言って、今まで気づかなかったことを教えてくれる人。
3.自分の気づかないところで応援してくれる人。

・自分でダウンを認めない限り、人生のゲームに負けはない。人は必ずたくさんの失敗をする、要は失敗からどれだけ学んで、カムバックするである。


つづきます。

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泣いて笑って三くだり半―女と男の縁切り作法 (高木 侃 著・教育出版)

2007-11-30

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はいー、元気さんと双雲さんのライブトークも今日まででしたが、よかったですねぇ(^^)。

(司会)山本シュウさん:(派手な入場パフォーマンスなど)ルール破りなことをしたらね、自分のやっていること、ものすごく批判されたりするでしょ?ありました?

須藤元気さん:はい、もちろんありましたけれども、人間の価値観というのは人それぞれ違うわけじゃないですか。でもその価値観に僕があわせようとすると、これって自分の軸がなくなるんですね。

なぜなら全員、100人いたら100人考え方が違うんですから、頭でこの人の考え方にあわせようって考えると、軸がぶれて自分を見失うようになって、どうなってるんだろうというふうになってしまう。だから頭で考えずおなかで聴くようにするっていうのは、僕は意識しています。

又他者というのは好きな事言うんです。好きな人は好きって言ってくれるんです。嫌いな人は嫌いと、その二つの価値観だけなんです。

そういう意味で好きって言われても驕らないんです、ふつうに「ありがとうございます。」って。嫌いだ、といわれても、「あぁ、この人の価値観でこの人は嫌いなんだな。」ということで、それで淡白に終わってしまうんですよね。そうすると人に何を言われても傷つかないんです。すべての自分の意識の投影物がこの世界だと思っているんです。

結局すべての出来事は、自分が作り上げている、という風に意識しているので、いい事悪い事すべて自分が引き起こしているっと分かっているので、傷つくことはないんです。

…現象は変えられないんです、でも捉え方を変えると、世界が変わるんです。その「捉え方を変える」っていうことが、本当の「自由」だと思うんです。


…という感じで、悟っていらしてますね〜(^^)。お二人とも弘法大師さんをお好きでいらして、なるほど書道もそうですよねー、「仏になったつもりで、俗世間にまみれて毎日生きなさい」と空海は言っていたんですよ、と双雲さんもおっしゃってましたが、なるほどですよねー(^^)p。


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さて、この本はカウンセリングをやっておりますと切っても切れない縁がある「離婚」問題を扱っている本ですね(^^;)。毎週一回はそのようなご相談があるという感じですから、ふむーなかなか男女関係は難しいようです。ちなみにこんな記事もあって、やはり「恋愛は感性の学び、結婚は忍耐の学び」なのだなーとつくづく思いますねぇ。

さて、いまよりは結構我慢強かった人が多いであろう江戸時代でもなかなか忍耐我慢ならぬダンナがいたおうちもたしかにあったようで、その奥方のためにきちんと「縁切寺」なるものがあったわけですね、本書でも紹介しております。

で、わたくしも鎌倉の東慶寺は知っていたのですが、もうひとつ群馬に「満徳寺」というのがある、というのは初めて知ったのですね。今は資料館になっているそうです。実は著者の高木さんが館長ですね。インタビューを読むと、妻が夫への引導の代わりに三くだり半をあらかじめしたためておくこともあったとかで、今とあまり変わりませんよね(^^;)。


で、いろいろな戦も多かった北鎌倉にある東慶寺でもそうなのですが、オーラ見るとほんとこうあったかな良いオーラをしているわけなのですね。仏さまのエネルギーがいっぱいな感じなので、誰かと縁を切りたい方はぜひと思うのですが(^^;)、そうじゃなくて心機一転したり、心穏やかになりたい方もお参りすると良い感じですよねー。



また離婚率についても載っていますが、実は現代の約2パーセントよりも明治16年の3.39パーセントのほうが高かった、というのがあげられていますね。それが低くなったのは明治31年に「明治民法」ができて、妻のほうからは離婚請求しても夫が応じなかったら離婚できなくなったから、だそうです。

また江戸時代は「初婚で終わることはまれで、女子で、30歳前に夫に離死別した場合、8割以上が再婚し、6婚、7婚の事例も少なくない「多婚」であった」とのことなのですね。ですから結構過去にとらわれず臨機応変な感じだったようです。

いろいろご家族のことで悩んでいらっしゃる方を見ると、実は忍耐力の欠如ではなく自立心の欠如だったりする場合が多いような気がしますので、愛の電池不足で体を悪くしたりする前に、よく考えて相談して前に進んでいかれるとまた良いかと存じます(^^)。

Posted by fy3on3 23:21:09Comments(0)TrackBack(0)

大江戸見聞録 (江戸文化歴史検定公式テキスト (初級編) 小学館)

2007-11-25

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はいー、最近本で「からだが弾む日本語」というのを読んだら、中に「良寛戒語」なるものがあることを知り、偉く感動しましたねー。

その中で、

悟り臭き話

学者臭き話

茶人臭き話

風雅臭き話


などもありましたが、私もよく言っているので、注意ですよね(^^;)。その他この方のページには聞き上手の条件ものっていて参考になりますねー(^^)。

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それで、東京ではあのミシュランが話題でベストセラーにもなっておりますが、いえいえ、百年以上も前にもちゃんと大江戸レストランガイドがあったんですよ、ということがこの本に書いてあって知ったわけです(^^)。

江戸買物獨案内

ありがたいことに、こちらの「住田文庫」さんで実物写真を見ることができますね(^^)。


そうするとあの東京風月堂さんや、おそばの麻布更科さんも載っていたりして、ふむー歴史を感じさせますね。ちなみにそば屋さんの薀蓄はこちらの方のページのようになっております(^^)。

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というわけで、この本は江戸文化歴史検定のテキストですね、初級編なので、上級編の半分くらいの厚さになっております。

問題例もサイトに載っておりますが、3級ですと簡単といえばそうですし、うっかりしていると間違えそうでもありますね。しかし、勉強するにも歴史の教科書のように味気なくではなく、この本は江戸時代の人に案内してもらう形で書いてあるので自然と知識が身につきやすいですねー。


この本にも書いてあることでは、たとえば歌舞伎を江戸に持ってきたというのは山城の国(京都)出身の猿若勘三郎さんという方、つまり初代中村勘三郎というわけですね、ですから、今の勘三郎さんはものすごい伝統を背負った方であるというもよくわかるわけですm(__)m。

その他「江戸紫」「市松模様」「浅草海苔」は実は品川産だったりと、江戸のうんちくだらけの本で、あまりその類の知識を鼻にかけても鼻につく人間になりそうなので適当にと思うのですが(^^;)、「いき」で「いなせ」な江戸っ子魂というのは、今でも東京に息づいている感じがしますね。ちなみに「いなせ」の語源は…、

出世魚である『鯔(ぼら)』の未成魚のイナの背をを意味し、日本橋魚河岸で働く若い衆の髷がこれに似ていることから、威勢の良さを表す言葉に転じていった

とのことです(^^)。また江戸長屋の大家といえば親も同然と言われたように、近所づきあいがあって当たり前だったのが今はすっかりなのも淋しいのですが、『秋深き 隣は何をする人ぞ』 と思う人の心はあまり変わらないようなので、遠くの国の貧困もとても気になるのですが、近くの他生の縁がある方にも気を配っていければと思います(^^)。

Posted by fy3on3 00:18:47Comments(0)TrackBack(0)

生きがいの創造 2 (飯田史彦 著 ・PHP研究所) )

2007-11-23

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はいー今日「掛川宿」まで参りました。ここは塩の道としても機能した秋葉街道がとおっておるのですが、秋葉街道自体はちょうどあの中央構造線に沿っているということで、分杭峠も通過しますから、自然となかなかパワーがある道の上になっているようですね(^^)。



さて、そうですねー須藤さんちょうどYahooでのライブトークがあった日に風の谷のあの人とご結婚ということで、見ててびっくりしましたが、おめでたいですねー(^^)。ライブトークもとてもためになって面白かったです、期間限定で録画を見れるそうですのでぜひと思います。武田双雲さんもさすがなかなかオーラですよねー(^^)。

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さて、この本ですが、ふむー面白いですねぇ〜、飯田さん自身が経験なさった、江原さんも体験したような興味深いスピリチュアル体験の実例が載っていますね(^^)。文庫本もありますので、ぜひお読みになっていない方にはオススメいしたい本ですねー。スピリチュアルなことに懐疑的な方にも大学教授が書いているので、信憑性もありますよね(^-^)。

許せない心

ある時、私の心に、「いかん、自殺してしまった!」と泣き叫ぶかのような「魂の声」が聞こえてきました。

そして、いつものように、「妻の所へ行って、自分からの謝罪のメッセージを、どうか伝えてほしい」と頼まれたのです。そのとき、娘と二人でお風呂に入り、バスタブでリラックスしていた私は、「ん?」と眉間にしわを寄せ、魂の訴えに、心を傾けました。

その魂は、大変急いでいました。「そんなに急がれても、僕にも仕事があるんですよ…週末まで待てませんか?だって、そちらの世界には、時間の感覚がないんでしょう?」と嫌がる私に、「どうしても急いで欲しい…こっちには時間感覚がなくても、妻のほうにはあるんですから」とうるさく無理強いするのです。


という感じで、お亡くなりになった方がはるばる飯田さんを見つけて問いかけて来て、遺族の方に伝言を伝えてほしいと頼みにくるということですね。お亡くなりになった方もこの人なら分かってくれるのでは?ということがその人のオーラの明るさで分かるようなのです、又考えていることも筒抜けであるようですね。そして、

…なお、「わざわざ遠くまで出かけてみたら、先方が不在だった」という経験は、一度もありません。なぜなら、依頼者である「魂」が、「このときに行けば会える」と教えてくれる日時に、あわせて出かけるからです。

どうしても私のスケジュールとあわない場合でも、予定外に自宅にいるように、仕向けてくれることがありました。


というように、魂のみになると、ある程度先のことなども、わかるようになったり、すこし不思議なこともできるようですね。まるで映画「ゴースト ニューヨークの幻」のようなわけですが、公開されてもう17年もたちますから、これまた平成生まれの人に説明するのは正直しんどいので(^^;)、誰か早い所リメイクして欲しいと思いますよねー。

…、という感じで、あまり核心部分をお話してしまうと読んだときの感動がないので、自粛させていただきますが、人間身体を抜けてもちゃんと「魂」としていきづつけますし、あの時はこうだった、こんなことがあった、家族や恋人と楽しい時間をこうやって過ごした…などの思いではしっかり覚えているようですね。

私は具体的にはあまりお亡くなりになった方のメッセージが聞こえてくることはないのですが、雰囲気は良く感じますね、もっと声が聞こえてくればいいのに、と仕事上思うこともありますが、それはそれでまだ徳が足りなかったり、タイミングというものもあると思いますので、無理に聴こうと訓練しすぎるのもなんですから、自然に任せていますね。でも必要なことなどはなんとなく伝わってくるようですねー(^^)。

というわけで、この本は飯田さんヴァージョンの「天国からの手紙」なので、また来月江原さんの「天国からの手紙」よりも前に、現在人生中だるみ状態に陥っている方は、お読みになると元気が出てくるものと思います(^^)。

Posted by fy3on3 20:56:28Comments(3)TrackBack(0)

美しくて面白い日本語(ピーター・フランクル著・宝島社)

2007-11-22

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はい、今日は「藤枝宿」までやってまいりました(^^)、藤枝東高はサッカーが強いだけでなく、いろいろなさまざまな才能のある方も出ているんですねー

で、ゲームもノルマを日々達成すると自動的にあがるモードにしているので、最近は1万3千歩以上歩いて、毎日一時間以上あちらこちら、高輪白金近辺のネコの通り道みたいな道も見つけながら散歩しております(^-^)。写真はイルミネーションも綺麗な東京タワー下ですね。

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さてひきつづきフランクルさんの本ですが、普段気づかない日本語のよさを再認識できましたね。その中でも大和言葉の美しさということもおっしゃっています、たとえば「恭(うやうや)しい」などですね。

でも「KO・NO・YO」で美輪さんもおっしゃっているように、カタカナ、ひらがなにしても感じを崩したものなので、四字熟語含め、中国から学んだものというのも大きいということも覚えておく必要もありますよねー(^-^)。



で、日本語の不思議さ奥深さも良いのですが、今回もピーターさんの考え方でなかなか共感できる所を引用させていただければと思います。ではのっけからなんだか不潔っぽい感じですが…(^^;)


「目糞鼻糞を笑う」

…ただしこの諺も、「一円を笑うものは一円に泣く」と同様、世の中を治める為の言葉のように僕には感じられる。

貧乏な人が一番ねたんでいるのは、実は大富豪ではない。自分よりも、ちょっとだけお金があるような人。つまりそれは隣人だ。「隣の芝生は青い」と言う諺もある。

例えば自分と同期で会社に入社したのに、だれそれのほうが早く出世したとかしないとか。そういう身近な所に、実はねたんだり恨んでいる対象があったりする。

人生をうまくあらわしている諺だが、このような嫉妬の目を本当の大富豪からそらさせる為の言葉のように感じられるのだ。

大富豪たちにしてみれば、高嶺の花である桁外れの金持ちを見上げて嫉妬するよりも、同じ程度の隣人同士でがんばりなさい、ということだろう。



僕の好きな数少ない英語圏の諺にこんなのがある。

「Comparison is no reason = 比較は理由になりません」と言う意味だ。

本来、比較とはあまり良いものではない。我々にとって、他人と自分とを比較しても、いいことは一つもない。

自分のほうが偉いと思い込んだり、逆に相手のことを偉いと思って劣等感を抱いたり、どちらもいいことなんてないのだ。

もし比較をするのであれば、昨日の自分と今日の自分とを比較すればいい。

今日の自分は昨日よりなにか新しいことを学んだろうか、昨日より心が広くなっただろうかと、自分自身の昨日と今日とを比較するのはいいだろう。

そうやって、みなが自分なりに成長していくのはいいことだ。



と言う感じで、ふむーなかなかスピリチュアル的な魂を磨くことに通じるご意見だと思うのですがいかがでしょうか(^-^)まぁお金持ちの方々はそれはそれで楽な生活かもしれませんが、その分気苦労も多いしお役目も多い、というのがこの世の習いですね、

人生長くても100年前後なので、実はお金持ちでいられる期間も限りがありますから、それをねたむ前に今生での自分の役割をしっかりやって、又来世などに備える、と言う風に考えていくとよいとは思います。

が、今生だって麒麟の田村さんのように何が幸いするかわからないので、日々希望を持ってですよね(^^)。せっかくですからホームレスの方々になにか支援をしたりするのもよいですよねー。



又この本には日本語に関係ないところでですが、ハンガリーの浮気事情についても書いてありますね(^^;)。


「知らぬが仏」

ハンガリーの浮気事情を説明すると、男性の浮気相手は若い女性ではなく、相手の女性も不倫と言う場合が多い。

僕の友人に、結婚して二十年以上経つ夫婦がいる。二人はいまだにとても仲が良いけれども、旦那は奥さん以外にいつも三、四人の彼女がいる。

彼は日本に一ヶ月間遊びに来ると、ちゃんと日本人の彼女を作って楽しく過ごす。奥さんも薄々は知っているけれども、「まぁ一ヶ月ならいいだろう」と許している。

ある時、彼に「君は外で女性と遊んで、家に戻って奥さんや子供に対して恥ずかしいとか申し分けないとか思わないのか?」と質問してみた。

すると彼は「いや。これは逆にいいことなのだ」という。

「外で女性と遊ぶと、とても元気が出る。その元気のお陰で、毎日いい笑顔で笑えるし、女房や子供たちに対してもやさしい態度で接することができるんだ」などというのだ。

「じゃあ君の奥さんはどうなの?奥さんと他の男との関係は気にならないのかい?」と聞くと、

「まぁ、きっと彼女にも何かあるのだろうけれども、それについては知りたくないね。」と答えた。

彼はまさに、自分の事も奥さんのことも、浮気については「知らぬが仏」と答えたのだった。


…というわけで、まあ世の中いろいろな方がいるということですね(^^;)。又こんなこともおっしゃっています。

「やきもちを焼く」

これは諺ではないけれど、僕が面白いと思う表現の一つだ。

ドイツ語に…「やきもちとは、痛みの元を一生懸命探す趣味だ」という表現がある。

つまり、痛みなんか探さなくてもいい、探さなければ痛みなんかはない、という意味。

自分で進んで苦労を探して、勝手に痛みを感じるなんていう行為は、いわば自業自得の自虐趣味というわけだ。

実際、相手が何も悪いことをしていないのに、やきもちを焼いてしまうということが多い。やきもちを焼く人は、いろいろなことをきっかけに勝手にやきもちを焼いてしまうものなのだ。

もちろん、夫が帰宅したときにシャツに口紅がついていたり、ポケットから怪しげなホテルの領収書が出てきたら、奥さんがやきもちを焼くのも当然だろう。

でも、だからと言って、いつもいつも「もしかすると?」と疑いを持ち、夫の服のポケットを探ったり、届いた手紙を読んだりするのは、よくない。

それは自分に苦しみを与えているのと同じことなのだ。つまり、やきもちを焼く人というのは、けっかとしては一生懸命に自分自身を苦しめているということになるのだ。

それを考えると、人はもっと大らかに暮らすべきだと思う。


…というわけで、ふむーなかなか的を得てますよねー、気苦労が多くてオーラが暗くなっている人もとてもよく見かけますし、江原さんのお母様も「しなくても良い苦労はするもんじゃない」なんておっしゃってましたよね(^^;)。

ですからあまり考えすぎて被害者意識をもちすぎたり、「自分ばかり大変だ」と思いすぎて愛の電池不足で誤作動を起こさないように、つねに余裕を持って考えるということが必要なのだなァと思いましたねぇ…。それにしてもホント宣教師さんのようにスラスラと人生訓というか、生き方のヒントが出てくる方ですよね(^-^)。

この後の文章ではセッ○スに関しての興味深いお話もでてくるのですが、ここでは残念ながら自粛して割愛させていただきますので(^^;)続きはぜひ本書をお読みいただけましたらと思います。

Posted by fy3on3 00:53:07Comments(4)TrackBack(0)

『僕が日本を選んだ理由 世界青春放浪記2』 (ピーター・フランクル著・集英社文庫)

2007-11-20

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はいー、今日もてくてくと品川駅周辺までお散歩してきたのですが、こちらのページ見てもわかるように東口はここ数年で大変貌を遂げましたよね。また近くでは日テレも入った汐留ですが、こちらのようにもうニョキニョキしておりますが、ビルの中にも京都の茶寮・都路里さんが入ったりしていて、雰囲気良かったですね(^^)。逆に某広告代理店ビルはオーラなかなか…な感じでしたが、富士山登ってゴミ拾いすることは良いことだとは思うのですけれども本業でも…と思いますよね(^-^;)。

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で、写真は左上から港区平和の灯、日テレ前の「たとえ胸の傷が痛んでも、生きる喜びを感じながら生きている」けっこうリアルに前向きなキャラクターさんたち、

そして芝東照宮とその御神木、又左下からはこの前菊まつりを見に行った亀戸天満宮、隣の小さいのはその近くにある「香取神社」にあった「亀戸大根」の碑、昔は名物だったそうです。

そして飯田史彦さんの講演の際に見た文京区にある「春日局」(生誕地は丹波)の銅像と、江原さんの講座を開催している草月会館わきにある高橋是清さんの銅像ですね、ダルマ蔵相(o^^o)として人気があり、やはり少し前に暗殺されてしまったこれまたすごいオーラの原敬さんとも仲良しだったわけですが、とにかく2・26事件では残念でしたよね…、でも今見ると銅像もとっても明るいオーラを放っていらっしゃいましたねー(^^)。


で、私事ですが「二・二六事件」と言えば、事件を起こした側ですが同姓のご縁で「野中大尉」をいつも思い出すのですが、正確には「野中四郎」さんとおっしゃいますね。

それで実は弟さんが「五郎」さんで、事件後はこちらのページにもありますが、特攻隊の司令官として戦死なさったということらしいのですね。それもまた人間ロケット爆弾「桜花」(いわゆる「BAKA BOMB」)を運ぶ役目を負っていて、特攻にも批判的だったにもかかわらずだったということなので、当時の戦争の悲惨さというか、軍人というのがいかに不条理な生き方であるかが思いやられますよね…。それにしても方法としては今でもイラクで行なわれている「自爆テロ」と同じなわけですから、今も昔も土地は違えど変わらないわけですよね…。

またこちらにもお写真があり、「愛児への手紙」もあるのですが読んでいると泣けてきますねぇ…、もうすぐ12月8日ですし、また戦争の悲劇を繰りかえさないようにしなくてはいけないと思いますよねー。

「人間爆弾」桜花からの生還〜「出撃した日は、桜が満開でした」

またこちらでは226事件などもいろいろな仕組みがあった、と言うことが書いてありますね。またその関連でもうよく皆さんご存知の「儲かる戦争のお話」や「お金の作られ方」についてのビデオもこちらにございます(^-^;)。



というわけで、目先のことで感情に走ってしまうことはどうやってもいろいろなものに操られやすくなってしまうので、避けたいものですよね。さまざまな方のオーラ見ていますと特に会社で働くサラリーマンの方々はくすみが目だっていて、日々大変なのだろうなァと思います、OLの方もですね。

ですから江原さんの言うように車の両輪で、何を目的として生まれてきたのかと言うことを日々自分に問いかけながら生きて、自分を見失わないようにすることが、改めて大切だと身にしみて思います。

ローンにおわれて四苦八苦して今生は終わりでも、それはそれでその人の選択なのでよいかもしれませんが、どうしてもそのストレスの分さまざまな所にひずみが出てしまうようですよね…。大きな流れに流されないようにさまざま知識を蓄えていくことも肝要かと思います(^^)。


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さて、こちらの本ですが、ピーターさんの著作はこちら見ても結構出ているんですよね。以前の平成教育委員会でも活躍なさっていらっしゃいましたが、数学が苦手な私にはあこがれの存在となっておりますねーさらに大道芸もできるということで、やはり天才は違うなぁと思います(^^)。

でも、この本を読むと数学の問題は全然出てこないのですこしほっとするのですが(^^;)、今までの人生で日本で有名になる前のご苦労話などがことこまかく書いてありますね、ハンガリーからフランスに亡命したので、国籍のことやユダヤ人であること、また日本のみならずさまざまな国の方との交遊録などもホントためになりました(^^)。

そのような中で、どんどん有名になってからも謙虚でいられる秘訣としてこのようなことが書いてありましたね。

今も大道芸を続ける理由

ある程度有名になると大きな落とし穴がある。自分は偉い人だと思い込んでしまうことだ。

僕もこの十五年間で、日本ではかなり有名になった。…サインをするととてもありがたいことのように丁寧な挨拶をされて恐縮する。本を買ってくれて僕のほうがありがとう、と言う立場なのに。

いろいろな状況が重なって人に知られるようになっただけなのに、このように遇されることが続くと「やっぱりおれは天才だ、やっと世の中はそれを認めてくれるようになった」と鼻が高くなってしまいそうだ。

舞台の上に立って、下に座っている人に向かって講演することも多い。けれどもそんな時、舞台上にいるからといって僕が聴衆より偉いわけでは決してない。

むしろこちらは講演料をもらっているのだから、料金を払って聴きに着てくれた人たちの下僕だと思っている。

日本人はとても礼儀正しいので、講演の話がつまらないからといって、欧米のように生卵やトマトを投げたり、ブーイングするわけでもない。せいぜい静かに寝てしまう程度だから、余計に勘違いをしやすい。

自分の話が興味深いことなのかどうか、理解してもらったのかどうか。偉くなって傲慢になると、相手の反応など気にせず、自己満足な講演になってしまいがちなのだ。

しかし大道芸なら、おもしろくなければ観客はすぐ踵(きびす)を返していってしまう。「お客様は神様」と言う気持ちで芸をしないと、誰もいなくなってしまうのだ。だから大道芸人としての僕は少し自分を冷静に見ることができる。


結局この十五年間で僕はすごく賢くなったのか?顔が良くなって色男になれたのか?

とんでもない。単にふけただけである。だから大道芸をすることは僕が原点に戻る大事な行為なのだ。


日本で有名になれたのは周りの人たちのお陰だ。見物する人が拍手喝さいしてくれたから、テレビや雑誌に紹介されて講演会に呼ばれたり、本も売れるようになり、今日の僕がいる。

テレビ出演などで間近に見た、多くの芸能人や大学の教授、政治家などには、自分が社会の特権階級の人間だと思い込んだピノキオのような人が多い。

だから思いあがることのない普通に人こそ、心が温かくて好きだし、僕がそのごく普通の人間であることを忘れない為にも大道芸は役立っている。



ある時、新聞に僕の取材記事が載った。いつ掲載されるか知らずにいたのだが、渋谷で大道芸をやっていると、ホームレスが一人現れて、帽子に百円を入れてくれた。そのうえ懐の中から僕の記事が掲載された新聞を取り出して見せてくれて、感動した。

今でもその近辺を自転車で走ると「今度の日曜日も大道芸をやりますか」などと声を掛けてくれたり、挨拶をしてくれる。

こういう人のほうが、世間で偉いと感じている人たちより、ずっと自分に近い存在だと感じている。

大道芸を通して社会のいろいろな立場にの人とかかわりを持つことは、視野が狭くならない秘訣だと思っている。


と言う感じで、すごいですねぇ〜、このような姿勢を日本人に伝える為に、また生まれ変わってわざわざ外国からやってきた、と言う感じですよね(^^)。引き続き他の著作も拝読できましたらと思います。

Posted by fy3on3 20:05:04Comments(0)TrackBack(0)

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