彼女がその書物を処分して、しばらくしたある日。
彼女から不意に電話があった。
結婚するはずだった人が、交通事故を起こしたらしいことを
自損事故を起こしたらしい。
ひどい事故で長期入院は確実な怪我。
もしかしたら、後々、面倒な怪我かもしれない・・という情報だった。
「私・・・」
彼女はひどく動揺をしていた。
「私が彼を・・・」
「・・そのつもりだったでしょう?
その覚悟があったのでしょう?」
彼女は電話口の向こう側で泣いていた。
・・・追いつめるように言葉を放ったのは、
「人を呪う」ということの意味を知らない人間への、
私の当てつけだったのかもしれない。
ただ、反射的に、私はその一言を口にしてしまっていた。
・・・自分の手を汚さずに。
望んだ結果を手に入れて。
なおかつ、「こんなはずじゃなかった」なんていうのは。
少しずるいわね・・と思いながら。
不意に電話は一方的に切られる。
・・それでも、仕方がないと思った。
彼女には時間が必要だから。
その夜、今度は、その女性のお母様からお電話を頂いた。
娘である彼女から、お母様は話を伺ったらしい。
勘の鋭いお母様はそれを聞いて、
何か思ったのだろう。
私に電話をくれたというわけだ。
「先生、何か、肩代わりしませんでしたか?」
京特有のなまりを含んだ、
穏やかでなおかつ、強さを含んだ音に、
この人にはかなわないな・・と思いながら、一部始終を説明した。
・・・・
「やはり、そうでしたか。ご迷惑をおかけ致しました。
然るべきお支払いを・・」
「いえ、依頼を受けてやったわけではないので、
それは受け取れません。
・・・それより、彼女のケアをお願い致します」
携帯電話の切断ボタンを押した後。
ベッドに横たわって、深く息を吐いた。
やるだけのことはした。
でも、後味が悪いのは、やっぱり呪いに関わらせるんじゃなかったと言う後悔の念と。
きっと、電話を切る前に、彼女が書物を手に入れた経緯を聞いてしまったからだろう。
お母様によれば。
彼女が彼に別れを告げられた日。
浴びるように酒を飲んで、家に帰る最中。
古美術を扱う店にふらりと入ったらしい。
その際、目を引かれて、その書物を手に入れたそうだ。
翌日、お金を払っていないかも、と思った彼女はその店を探したが。
やっぱり、見つからなかったらしい。
でも、普通。
そんな夜遅く、古美術ショップが開いている訳はない。
「誘い(いざない)か。・・・魔が差すってヤツだな」
人には踏み入れてはいけない領域がある。
それらはきっと、人の心の隙間に入り込むんだろう。
目に見える形でか、そうでないかは別として。
私は泣くわけでもなく、笑うわけでもなく。
ただ、ゆっくりと体を横たえたまま、目を閉じた。