仕事帰り、銀朱様に拾っていただく。
本当は今夜はゆっくりと過ごすはずだったのだが、
案の定、スケジュールが合わず、
1時間程度一緒に過ごしただけで、銀朱様は向かうべき所に向かう。
話したのは、たくさんのこと。
週末の試験のこと。体のこと。心のこと。
琥珀ちゃんのこと。
これまでのこと。これからのこと。
家に送られる間。・・・・少し、話をした。
少しだけ、彼の記憶の断片から、見えたものがあったから。
今までは、浮かばなかったもの。
今だから、浮かんできた・・・重要な記憶。
それは、彼の心が帰りたい場所。最も幸せだった時間。
午前3時。
流れるラジオの音の下で。
彼が護りたかった者と共に過ごした、ただ幸せな時間。
もう二度と、訪れることのない時間。
モノクロの映画の様に、切り取られた時間が私の視界に舞う。
この力をかつては憎んだけれど、この力を今は幸せに想う。
いとおしい人の痛みを、少しでも理解できるから。
流れる車を見ながら。私は口にする。
私にしては珍しい、鋭さを秘めた言葉。
「貴方が忘れることをせず、
痛みにもがき苦しみながら、思い出を抱いて生きられるのは。
6年前のあの日に、幸せを知ったから。
あの日、幸せを知らなければ、貴方はそこまで痛みを知らずに済んだ。
同時に、あの優しい時間と帰る場所を知っているから、貴方は本当に強い。
護れなかった大切な人を覚えているから、
繰り返さないようにと願うから、貴方はより広い視野を持った。今度こそ護る為に」
「・・・そうかもしれんな。
だが、お前はそれを作っていくんだろう?
同じものなど望まん。お前達と共に作っていくことが、俺の夢だ。
まだ、終わりたくない。終われない。俺にそう思わせたのは、お前達なんだよ」
私は乗り越えて、想い出を手放すことで強くなった。
彼は忘れないことで、想い出を抱き続けることで強くなった。
その違いがどうして発生したのか。
・・今なら何となく分かる。
「琥珀の件、・・・よろしく頼む」
別れ際。
銀朱様に琥珀ちゃんのセラピーを依頼される。
お任せ下さい、とゆっくりと頭を下げて、答える。
自分が嫌いだと、彼女は泣いた。
変われない自分が嫌いだと。
でも、変わりたいと。けれど、自分には無理だと。
その諦めも嘆きも。哀しみも。思い出したくない過去も。
向き合い、乗り越えていきたい気持ちさえあれば、
変わりたいという「目をあけて見る夢」さえあれば。
・・・・私は全力を賭して、手を貸す。
それが、セラピストだろう。
「私の役目は。
彼女の過去の傷を癒すお手伝いをすること。
そして、彼女の可能性を引き出すこと。必ず、役目は果たしますよ」
「肩の力を抜けよ。大丈夫だ、お前なら」
「ええ、大丈夫。
でも、全力で。それはね・・。
セラピストは人の心の中に入る仕事だから。
だから、全力でやらなければ、許されない仕事だから」
「・・・そうだな。
その中で、お前が学ぶこともあるだろう。今まで、そうであった様に。
俺には無理な職業だが、セラピストって言うのは幸せかもな。・・・人生が広くなる。」
「ええ。人の人生の一部も味わえる・・。
悲しいことも楽しいことも、苦しいことも、幸せなことも。
味わい、少しでも分かち合える。
私は、セラピストである自分を、幸せだと想います。
琥珀ちゃんは私に、色々なものを見せてくれるでしょう。
その中に、私の学びがあり、私の幸福がある。
・・・・・。私にとって、大切なものですから」
だから、任せてくれるのでしょう?と付け加えて、車を降りる。
ブレーキランプを3回点灯して消えていく車を見て、私は身を翻した。
今夜の月は、とても、綺麗だ。