「こんなはずじゃなかったのに」
笑い声と重なる様に、苦しそうな声が聞こえた。
両方共、彷徨う彼女の声なんだろう。
「聞いてよ・・・聞いて・・」
「いいよ。聞くよ」
私の相槌に答え、彼女は話し始めた。
東京に来たわけを。
上京してきたのは、
事務所にスカウトされたからだと彼女は確か言っていた。
だけれど、仕事がこなくて。
生活のためにホステスさんをやった。
ホステスさんは嫌で嫌でたまらなかったのに、
いつの間にか抜けられなくなっていた。
ヒモになってしまった男。
はじめてしまったクスリ。
それが自分の全てを狂わせたと彼女は主張していた。
聞いている最中から、私はイライラしていた気がする。
あの頃は、今の30倍は血の気が多かったから。
「自分勝手だよね。それって。
別の生き方も、別の男の人も選べたわけじゃない?
別に、ホステスさんになったから、人生終わったわけじゃないよね。
何でもかんでも、人のせいにしてるからそうなるんだよ」
若かった私は、そう告げた。
今想ってみれば、荒削りな一言。
相手への思慮はまったくない。
今だったら、私はまったく違う反応を示すだろう。
「同じ生き方」をするかしないかは別として、「理解」はする。
それが「礼儀」だと想うから。
「あんたなんかに話すんじゃなかった!誰も私の気持ちはわかんない!」
「大体ね、死んでまで人様に迷惑かけるなよ!」
一触即発の状態に入る。
「あぁ・・。もぅ・・朱華。お仕事をするためにココに来たのでしょう?」
小さくため息を師匠が吐く。
「ホステスさんも大切なお仕事です。
貴方に会いに来てくださる方もいらっしゃったでしょう。
体目当てではない人も、いたのでしょう。
やせ細る貴方を本気で心配してくれた人もいたでしょう?違いますか?」
柔らかな声で、思慮深い一言をかけていく。
相手の気配が、かわっていくのが分かる。
「お金がない人とは結婚できないと想った」
「お付き合いしていた方はお金持ちでしたか?」
「違う。でも、付き合っていた彼は私がいないとダメだと想った」
「それは、本当?」
「・・・私が死んでも、泣いてくれなかった」
笑い声が途絶えた。
ただ、静かなすすり泣きだけが響く。
「ただ、愛して欲しかった。
体とか顔とかじゃなくて。
私の寂しい気持ちを見て欲しかった」
・・・それが、彼女の本音だったらしい。
「もう一度、生まれ直しましょう。
今度は、大切なことは間違えてはだめですよ」
結局、任された仕事を私は果たせずに。
師匠が全部果たしてくれた。
誰も責めないのが、
師匠のお疲れ様という言葉が。
情けなくて、痛かった。
失敗は誰にでもあるけれど、
私のスタートは、情けないスタートだった様に思える。
それがあるから、今の私がいるのだけれど。
帰りのエレベータの中で聞いた。
師匠が、元々ホステスさんだったらしいことを。
その時、初めて、知った。
エレベータで上がった先。
車の外で煙草を吸いながら、漆黒は待っていてくれた。
終わったことを伝えると、
彼は手を静かに合わせて黙祷していた。
・・・。
10年近くたってから気が付いたのだが、
もしかして、あの女性は彼の知り合いだったのかもしれない。
アレから10年。
私は少しは成長できただろうか。
私はあの時の師匠と同じ年になって。
東京にいる。
先日。
母と銀朱様に言われた。
「いつかは、霊的な者と関わることを辞めてね。親はいつだって、子供に長生きして欲しいものなんだよ」
「俺は・・。本当は、お前に危険な目にあって欲しくはない。
それがお前の役目だとしても。仕事が終わるまで、気が気じゃないんだ」
霊的なものと関わるのは、
そろそろ潮時かな・・と最近、想うようになった。
命が惜しい。
そう思えるのは、私にとって、良いことなんだろう。